第十四話『現実の問題/問題な現実』
どうも工人です。
ついに更新に一月かかるようになってしまいました。絶やさずに頑張ります。
今回から少し暗い雰囲気があるかもしれません。まあ今までも時たま主人公が暗かったですけど。
ところで、実は二度今回の前書きと後書きを書いているんです。
一度目はジョークも交えて(当社比で)稀に見るなかなかの前書きを仕上げられた、とご満悦だったんですが……
操作ミスって堪えますね……結構凹む。というか面倒臭さが押し寄せてくる。
書き直すのも、「え? ゴメンもう一回、今なんて?」って言われて同じネタ繰り返すみたいで恥ずかしいし。そもそも既に覚えてないし。
さて、これくらいで書き直し版の文字量は十分かな……なんちゃって。
では、第十四話です。どうぞ。
これは至極、当たり前のことなのだけれど。
自分が知らないどこかの誰かが、自分のことを知っている。
自分が死んだらどこかの誰かに、自分のことを調べられる。
自分の中身を無責任な誰かが、自分の外側を無関係な誰かが、勝手な思い込みで言い散らかす。
嗚呼、こんなに気持ち悪い事はない。
そんな社会に、生まれたくはない。
だけど無理だから、どうにもならないから、諦めて絶望するしかない。
真っ当な生物が生きていくには、この世は余りに汚すぎる。
せめて君は、こうならないように気をつけて。
――もう遅いけど。
第十四話『現実の問題/問題な現実』
雨。
雨を見ると、昔を思い出す。
今となっては遠い遠い昔、かつて“ボク”が“ボク”ではなかった頃。ここではない、普通の世界。
梅雨時の、温かい雨に濡れながら。
あの時のオレは、人を殺した。
数えて二度目の人生――はっきりと思い出せる限りでは最古の記憶で、“ボク”は“オレ”になり、初めて過ちを犯した。
忘れられない、なんてことはない。単に忘れていないというだけで。
ボクは余りに罪を重ねている。もはや、それを罪とすら思わなくなる程に。
そうしなければ生きて行けなかったからだ。重すぎる罰に耐えられないが故、罪に罪を積み重ねて。
だって仕方ないだろう。でないとボクは死ぬしかない。例え犯したのがどんな罪であっても、耐えられない罰を課せられたら死ぬしかない。
否……そんなのはもう、死んでいるのと変わらない。生きながらにして生きていない。
だったら、死なない為にはまた罪を重ねるしかないじゃないか。
それとも……死ねば良いって言うのか? 逃げずに罰を受け止めろとでも?
そんなのは死の恐怖すら知らない人間の戯れ言だ。『殺人犯が自分の住む街に逃げ隠れている』……それを知って恐い恐いと口にする、その程度の恐怖しか知らない人間が口から吐く言葉だ。
自分が後ろ手に縛られ今まさに目前に死が迫り、正義の裁きを口ずさむ殺人鬼が刃を振り上げる――その恐怖を知らない人間の言葉に過ぎない。
人間は、罪を背負えるようには出来ていても、罰に耐えられるようには出来ていないのだから。
罰は人を歪めさせ、罪で人は踏み外す。
結果、見せ掛けだけが元に戻るか、より大きく捩曲がる。
本質的には、どちらも何も違わないのだけれど。
ああ、分からない。
どうしたらいいか分からない。
どちらなのかも分からない。
どうにも分からない。
どうにもできない。
どうにもならない。
どうでもいい。
人を害することは、罪?
罪は悪?
それとも罰?
嗚呼――ボクは悪人なのか、罪人なのか、それとも――?
……などという悩みについては、実はとうの昔に自分なりの解答を見つけていて。
今の所はもう、気にするほどの問題でもなくなってしまっている。
あれから二千と九百九十九回の人生が流れた。
こんなことは考えるだけ無駄なのかもしれないが。
ボクは今更、迷うことなんてできやしないのだから――
「――お姉様、前から三人……来ます」
ふと、静かな研究所の廊下に響く声で、我を取り戻した。
「気ィ抜くなよ、唯貴」
「……うん。大丈夫、問題ない」
どうやらボクは、いつの間にか考え事に耽っていたらしい。
「時間がない、ボクがやるよ。姉さんも火無月も少し退がっていて。
…………『神製兵装』、複製」
天階にオリジナルが存在し、そこからコピーを地上に作り出している神製兵装は、その気になれば二つか三つまでの複製が可能だ。あたかも、一つの物体に複数の角度から光を当てて、いくつもの影を生み出すように。
かといって沢山つくり過ぎれば、それぞれの影が重なり合い、存在の輪郭が溶け合った結果として自壊してしまう。
この世に全く同じモノは複数存在できない。座標までを再現してこその完全同一性だが、それは二つの物体が重なって出現するということだ。『神製兵装』というこれ以上分解されることのない究極の“個”だからこそ自然消滅で済むが、粒子で構成された地上の物質ならば重なり合った原子が衝突して原子崩壊が起きている所だ。無論、その世界の法則にもよるが。
それに複製したって必ずしも良いことがある訳じゃない。例えば、リヒドが使っていたあの双剣――『無双双刃』だっけ?――なんかは二刀一対の神製兵装だろうから、二つ複製したら四刀。神製兵装は転生者にしか触れられず、かつ所有権を持つ本人にしか能力を発動できないからほとんど使い道がない。四刀流が出来るような重量とサイズでもないし、つくり出した二刀分が余ってまるで無駄になってしまうのだ。
――ボクは通路を駆け出しながら左手に『悪剣“シオン”』を生み出して握り、姉さんからは見えないような角度で右手を倉庫の“口”に突っ込む。
引きずり出すのは勿論同じ『悪剣“シオン”』。以前つくってから、そのまま格納していた物だ。
「にとーりゅー……なんちゃって」
多重複製なんてせいぜいこの程度の利用法が関の山だ。二刀流自体、普通の剣士にもそうそう扱えないのだが。
「おお、なんだそれ? 魔力素は見えないから魔動機じゃねぇみてぇだが」
その割には威圧感というか迫力があるような……とおそらく首を捻っているであろう姉さん。
神製兵装は“究極の個”であるからして、見た目はどうあれそれそのものが一つの完成された兵装だ。この『悪剣“シオン”』とて、形状こそ刀ではあるが刀に分類される武器ではない。『悪剣“シオン”』に分類される『悪剣“シオン”』という武器なのだ。
材質は鍛練した鋼ではなくこの世には存在しない黒水晶のような物質であり。
素粒子の集合体ではなく、この武器自体がこれ以上分解できない一つの粒子であり。
そもそもが物理攻撃武器ではなく精神攻撃兵器だ。
ここまで違うならば、同じ代物だなどと何故言えようか。形状以外をよく見れば、これは刀とは定義され得ないのが分かる筈だ。例え形が刀剣であれど、これは刀剣では有り得ない。
――曲がり角の先から響く複数の足音。
姉さんの疑問には答えないままに、駆けるボクはさらに加速する。
道の先に姿を見せてこちらに向かって来るのは、拳銃を構えた警備員。
一人目が角を曲がった瞬間を狙い、その右手首を左手のシオンで切り払う。
「動くな……がッ!?」
相手が痛みで取り落とした拳銃が床に落ちる前に、胴を右手のシオンで薙ぐ。
悲鳴を上げる間もなく痛覚の奔流に意識を刈り取られて崩れ落ちる。刃は人体を通り過ぎたが、外傷は出来ていない。
次に、勢いを殺し切れずに角へ突っ込んだ二人目を待ち構えるように左の刃を寝かせておき、脇腹を刔るように振り抜く。 床に転がる二人目に目もくれず、壁にシオンを突き刺して足場を作る。悪剣シオンは精神干渉、物質干渉を自由に切り替えられるので、壁に刺した後に切れなくして固定している。
それに飛び乗って天井にもう片方を突き刺し、最初のシオンを回収して天井に張り付くようにぶら下がる。身体能力は魔力で水増ししているが、魔力を探知できる魔動機の技術はボクが独占して外套警察にのみ提供している。転生者か姉以外に気づかれる心配はない。
三人目が警戒してゆっくり現れるのを見計らって、三人目の警備員の後頭部に頭上から踵を叩き付ける。
「……ぐあッ!!」
シオンを精神干渉に切り替えて引き抜き、四人目に備え床に着地して膝をつく。
姿勢を低くして右刃を居合に構え、左刃を後ろに引いて突きを備えておく。
……が、来ない。
「もう近くから……声は……聞こえません。三人だけ……ですよ」
「……癖だよ。次を考えておくのは」
『悪剣“シオン”』を倉庫の“口”に二つ纏めて突き入れ、姉から隠す。できれば見せないに越したことはない。ボクが望むのは、平穏な日常であるが故に。
「……なんか、唯貴って強かったのな。達人っていうのかな、そういうの」
「いやいやまさか。ボクが今まで剣を振るような環境なんかに居たと思う? ボクは、まだ生まれてから三回しか刃物を振り回したことのない素人だよ」
ただし、前世では合計で何百や何千回と刃を振るってたけどね。絶対に秘密だ。
「……確かにそう言われればそうだな。唯貴が家に来てからそんな時間は無かったか…………いやでもこの戦闘のキレは…………おっかしいな……」
なにやらぶつぶつと呟き納得いかないような姉さん。仕方がないので、話を変えて誤魔化すことにする。
「火無月……そろそろ着くけど、アレの周辺に守衛は?」
彼女はしばし眉を寄せた後。
「そうですね……アレの近くかどうかは……分かりませんが、『もうすぐ交替の時間だな……早く仮眠室行かせてくれよ……』って“内”の声で呟いてる人を……この先の“行き止まりの壁の奥”で見つけました……」
なるほどね。念入りに警備員まで配置したのが仇になったな。心の声を聞く技能『ROM』を持つ火無月なら、簡単に見つけられる。
「行き止まりまで急ごう。じきに次の警備員が来るかもしれない。狭い直線通路じゃ銃が危ないし」
「お前さっき避けてなかったか?」
「狭いと避けるスペース無いし。後ろにいる姉さんとヒナが危ないし」
「いや、俺らも当たんねーけどさ」
既に火無月は姉さんに『遮壁』を見せている。ボクにまで姉さんの追及の手が及ばないことを祈るばかりだ。
「走るよ、姉さん」
「あ、オイ、待てって唯貴」
――今ボク達は、王都の街外れにある研究所に潜入している。
……いや、来る敵来る敵を薙ぎ倒す方法を潜入に含めるならば、だが。
火無月はともかく、姉さんまでがついて来ると言って聞かなかったのは困惑した。お陰で派手なスキルが使えずやりにくいことこの上ない。まあ、厚意を無下にもできないので仕方のないことでもあるんだけれど。
目的は、とある物体を見つけることだ。
見つけだして、破壊する。
物語の為の、裏工作。
「火無月が“原作”を知って良かったよ。調べ物が楽でいい」
ただ、人の名前はしっかり覚えておいて欲しいんだけれど。
「人の名前を……覚えるのは、苦手なんです……」
「おい、もう行き止まりだぜ」
目の前に通路の行き止まりが見えて来る。
途中に脇道や部屋は存在していなかった。
「駄目駄目だね、これじゃさっきの警備員は何処から出て来たんだって話になる。
姉さん、火無月、走り続けて!」
黒いコートを靡かせて走りながら胸元からチェーンを引っ張り出し、鎖の先についた指輪を握り締める。
「『黒天剣』、起動――」
意識を集中して、待機状態の指輪型に魔力を流し込む。
魔力素を大気中から呼吸をする要領で体内へ。
放出したい部位まで流水が体内を押し流すようにして固有特色を彩色し。
それと同時にイメージを形にする為に水流の起点を感覚で脳に繋げる。
魔力を指輪内部の回路基盤に流し入れ、固有特色に更に魔動機の固有色を加える。
夜城唯貴と黒天剣はどちらも薄い黒。
合わさることでより性質を増した漆黒の魔力が、魔動機のパーツを物質化によって製造していく。
その魔力は黒い光を放出しながら結晶化し、黒く透き通った西洋剣を作り上げていた。
悪剣シオンに似たこの武器は、確かに紛うことなき刀剣でもある。
だが、その本質は魔動機。魔法プログラムを走らせる機械。
汎用術式多種複合型モジュール――いわば現代魔女の杖なのだ。
武器を握り意識を切り替える。選択した機能はマジックオペレート……攻撃術式のキャスティング。
提起されるテンプレートに日付や方角、天候、座標など様々な変数が自動で代入されていき、完成した発動直前の魔法陣が空中に展開される。面倒な情報を脳で処理する必要がないのは魔動機の一番の強みだ。
「さて、意趣返しといこうか」
おもむろに右腕を掲げる。
凝縮された魔力素が加速を始め、特有の物理現象である“魔法熱”を周囲の空間に放つ。魔法陣周辺の大気が揺らぎ、人間の本能を掻き立てて微弱な興奮状態へと変移させる。
「殺さずに纏めて制圧できればいいんだけど、そんな魔法はないから……」
黒天剣で斬るように魔法陣を叩き付け、炎の波を前方に打ち出した。
行き止まりに見せかけていたカモフラージュの“虚影”を突き抜け、奥の研究室に押し寄せていく。
展開した魔法は“焼圧”。圧縮爆発系の上位魔法。
前方広範囲を指向性の強い爆風で薙ぎ払う殲滅魔法。
爆炎に気流のような回転も加えて距離による威力減衰を極端に抑えたもので、数の少ない戦略級の魔女にしか扱えないレベルの術式だ。並の魔女では複雑すぎる魔法陣を展開すら出来ず、仮に可能でも魔法陣に魔力を通すのはそれ以上の精密さが求められる。
空気を掻き出すので密閉された空間に外から撃ち込める上、物陰すら安全地帯にはなりえないという禁術のようなものだ。
いや、ハッキリ言おう。
これは虐殺のための殲滅魔法だ。
――故に、部屋の中に残っているのは焼き焦げて異臭を放つ死体であった。
「……なんだろ、唯貴クンもこーゆーコトすんのな。危ないことさせない為に軍なんかに入ったつもりだったんだけどな……自信なくしたかもしんねぇ」
「……ごめんなさい」
「謝んなよ。少なくとも俺には謝んな。俺は今のとは比べものにならないくらいのもっと大勢を、虫ケラみたいに呆気なく殺してきてんだ……日常的にな。
謝るくらいなら殺すな。
殺すくらいなら謝るな。
謝られて許す死者なんかいねぇ。死者は誰も許さねぇ。黙って無様に死に果てるしか、俺達に償いはできねぇよ」
「……うん。分かってる」
「ふん、可愛いげのある奴め」
「あはは、何それ……」
ありがとう、姉さん。
貴女の気遣いは嬉しいです。
でも、やっぱりごめんなさい。
本当は、ボクが謝ってたのは人を殺したことなんかじゃなくて……
「なんか……死屍累々の中で……義姉弟がいちゃいちゃ……背徳的でいいですね……」
「台なしだよオイ」
不謹慎の極みだった。
五分後。
「こっちはこれでよし、と。資料の焼却終わったー?」
「これで終わりだぜー。差し替えた偽資料の発送はどうだー?」
「さっき……済ませました。後は……例のアレですね」
「アレだな」
「アレだね」
「アレです」
三人揃って部屋の中央を見上げる。
「しっかし、コレがこんなとこにあるなんてなぁ……どーやって見つけたんだ?」
「私の……魔法です」
火無月は魔女ではない訳だが。
「とにかく、これをどうにか壊しとかないとマズイね」
そう提案したボクに、姉さんは忌ま忌ましげに呟いた。
「だな。だが慎重に、だ。この盗まれた新型魔力炉を下手に壊せば、魔力汚染でヤバイことになるからな……っと、悪りぃ」
――少し、揺らいだ。
「……いや。気にしないで、姉さん」
すると、僅かな心のさざ波を読んだのか、火無月が不思議そうに聞いてきた。
「八年前……ですか? 何があったのか、詳しくは知らないんですが……聞いても?」
『ROM』で読んだな。八年前、か……。
「あー、火無月とか言ったっけ? 俺もあんまり知らないんだが、その辺は聞かない方が……」
「いや、いいよ姉さん。簡単にだけど、話しておくよ。今となっては、大したことじゃない。結局……世界中のどこにでもある、ありふれた悲劇だ」
そう……ただの、過去なんだ。
両親を失った、八年前のあの事件は――
前書きで述べた理由により今回は後書きを省略します。
多分、リアンと真遊と明石が既に“夜月の教会”本部に攻撃をかけたことを書いていたような気がするんだけど……
本当に申し訳ない。
また次回。しーゆーあげいーん。