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『X・OVER WORLD』  作者: 工人
第一章『近代魔法世界編』
11/25

第八話『明けない夜』


長らくお待たせしました、工人です。


少しリアルが忙しくて更新に間が開いてしまいました。すいません。


という訳で、第八話始まります。


 一寸先も見えないような暗闇の黒。

 目の前には、見えない壁がある。

 手を伸ばすと、固く冷たい感触に指が触れた。

 進めない。

 なぜか自然に、そう思った。

 右に手を伸ばす。

 同じように、壁に触れた。

 左にも手を伸ばす。

 反対側と同じ。

 振り返って確かめる。

 壁は阻む。

 四方を囲まれている事に絶望する。

 天井にも壁。足場とて壁。

 六方が壁。

 八方塞がり。

 十二単にがんじがらめ。

 この壁は自分の罪なのだと、誰に言われるまでもなく理解していた。

 冷たい黒が、絡み付いてくる。

 足掻いた。

 間違った方向に足掻いた。

 自分という存在を蝕んでいく闇。それに閉じ込められる恐怖に追い立てられ、闇から抜け出る以外の事を考えられなくなっていた。

 これが罪なら、重すぎる。

 これが罰なら、惨すぎる。

 耐えきれない罰から逃れる為に、罪を重ねた。

 罰が罪を重ねさせた。

 自我が摩耗して、自分が何者か分からなくなるほどに。

 普通の人間には取るに足らないような平穏を、無意味と知りつつ自身の寄る辺とせねば正気も保てないほどに。

 ――その時、光が見えた。

 一筋の光明が、闇の彼方で輝いている。

 いつの間にか檻を抜け出していた目の前に、自分にもよく分からない目的地が現れていた。

 走る。

 暗闇の中を、ただ只管に。

 闇に躓きながら、なおも走る。

 光に向かい、手を伸ばして――

 ……その手を再び遮ったのは、やはり見えない壁だった。

 だけど諦めきれない。

 絶対諦めたりしない。

 もう一度手を伸ばす。

 何度でも手を伸ばす。


 だって今度は、閉じ込められたのは自分一人ではなかったのだから――






第八話『明けない夜』





 魔力通信機(MKP)とは、夜城唯貴博士――つまりボクが最初に発明したとされる遠距離無線通信用高層素帯回折式個人用魔動機の通称である。

 ……などと長ったらしい名前を言えば難しそうに聞こえるが、つまるところは魔力を媒体に用いた携帯電話のことだ。

 魔女の魔力をエネルギーにして起動し、個人が持つ魔力の固有特色をアドレス代わりにする。

 上空遥か高い大気圏ギリギリに存在する魔力素の流れ――幾重にも立体的に交差して編み目状になっている星の息吹(ベルトライン)と呼ばれる魔力の河を衛星中継のように利用し、地上から発せられた通信を再び地上へと届ける。

 他の詳しい原理はボクしか知らないブラックボックスだが、電話のないこの世界では一般の魔女に広く普及しているのだ。

 もちろんこれが別世界での携帯電話などの技術を参考にしたものであることはいうまでもない。

 企業に持ち込んだら当然のように商品化されてしまったので、当時からの有用な資金源になっていたりする。

 この資金源というのはかなり重要な因子で、性格によってはなくてもなんとかなる場合もあるのだが、今回のボクは他人に面倒見てもらえるようなお気楽系の性格ではないので自分から工面する必要があった。

 熱血系なら真面目に働くことも出来るが、どちらかというと無気力系なボクには結構キツイ。死んでもたいしたことはない転生者(ボクら)は、そもにして生きる気力が弱いからだ。

 なんかニートっぽい思考のような気はするけれど、気にした人にはVの一族直伝の『ぶらっど☆どれいん』でK点(致死量)越えを目指してもらうので無問題。

 まあ、冗談だけどね。

 ……などとふざけたことを考えているボクだが、今この目前に鎮座する現状を逃避せずに述べるのなら、こうなるだろう。

「冗談じゃないぞ……」

「ええ……まさかこんな事になるなんて……」

 オレにも予想外でした、と続けるリアン君……いや、不良少年一号リアンヌ=エルスィーネ。

 ついでにボクは不良少年二号。

「――今、保護者の方に来ていただいている。魔法テロやら通り魔やらで最近物騒なのに、こんな夜に子供二人で出歩くなんて……」

 並んでパイプ椅子に座るボクとリアン君。

 正面に座って説教しているのは、中年に差し掛かったお巡りさん。

 この場所は、王都中央区駅前にある交番の中。

 言わずとも分かる筈だ。

 何を隠そう、真遊達と合流しようと夜の王都を走っていたボク達は、不運にもこの警官に捕まり補導されてしまったのである。

 本来ならリアン君の外套警察の制服でスルーされる筈なのだが、あれは血まみれになったのでボクの家に洗って干してある。

 魔力通信では傍受される危険性もあるからと、真遊と明石少尉に直接会って連絡だけして、今日は解散するつもりだったのだ。

 ボクも、C級魔女のライセンスカードを腹に穴が空いたコートのポケットに忘れてきた。

 つまり頼みの綱の真遊達を保護者として呼ぶことで身分を証明して脱出しようという魂胆が、リアルタイムで進行中。

 リアン君は両親がいないのでここ最近はホテル暮らしをしているらしい。ますますもって主人公ポジションだ。

 ボクも家族は養父しかいないし、あの人は魔力通信機(MKP)を持たない主義の人らしい。

 設計したのがボクだって知ったらどんな反応するだろうか。訓練用結界装置とかも。

 研究関係は、養父には何も教えていない。普通に部活してると思ってるのかも。忙しい人だし、放任主義だから仕方ないとは思うけれど。特に伝える必要性も感じなかった。

 つまり言ってしまえば、夜城唯貴という名前は『知ってる人は知っていても、知らない人は知らない』程度にしか世間に認知されていないということ。

 まあそんな訳で、頼れる仲間達の到着を待つことしかできないのだった。

「いいか、分かったかね。もう二度と夜中に出歩くんじゃないぞ」

「はーい」

「ほーい」

 先に返事したのはボク。後からのはリアン君。

 なんだかんだでノってきた辺り、悪ふざけは好きみたいだった。

「なっ……ふざけるんじゃない!」

 お怒りの中年警官。

「だってさ、リアン君」

「え、唯貴さんでしょう?」

 そんな馬鹿な。

「ここで急遽、■■■■の名言シリーズその七!」

「いえーい……あの、一から六は?」

「内緒。それじゃあいってみよー」

「こら君達、真面目にワシの話を……」

「いえーい」

「いや、いえーいじゃなくてだな……!」

「『場に男だけではむさ苦しい。あんな地獄をまた味わうのなら、いざとなったらボクは女性になりますよ……ある種の水棲生物みたいに、ね』」

「だから前回はあんなだったんですかね? 男だらけの園に降臨した地獄がなんだったのかは恐くて聞けませんが。というか名言ですか、これ?」

 メタな発言は慎むように。

 さっきから話を無視され続けたオッサンが、心なしか疲れた会社員みたいな顔を浮かべてる。国家公務員なのに。お巡りさんなのに。

 と、入口の方に人の気配。やっと来たか。

 オッサンが傷つくのを止められなかったことを責めるように(とばっちり)、ボクは後ろに声を投げ掛けた。

「遅いよ、真ゆ――」

 しかし返ってきた声は、ボクの予想をいろんな意味で遥かに越える人物のものだった。


「――あぁ、悪いが別人だ。ま、この俺が来てやったんだ、他のヤツが良いなんてツレねーことは言うなよ……出来の良い弟を引き取りに来たぜ」


 無言。

 三者三様の沈黙。

 警官は、あの『赤の魔女』を目前にした思考停止。

 リアン君は、有名人が現れた理由が見つけられずに。

 ボクは、姉上様が自分から現れた不吉さに。

 たっぷり十秒。以前沈黙。

 その無音地帯を破壊したのは、またもや現れた来訪者。

「こんばんわー。あ、唯ちゃんのお姉さん、お久しぶりですにゃー」

 なんということはない。真遊と明石少尉だ。

「――そのお方をどなたと心得る! 恐れ多くも希代の工学博士、夜城唯貴博士にあらせられるぞ………………あ、あれ?」

 ……どうでもいいが、それはギャグなのでしょうか、明石少尉。なぜ先の副将軍を知っているんだ? 偶然?

 あと、ボクはそんなに偉くはない。

「……まさか、シルヴァニアン特尉!? なぜ貴女が王都に!?」

「あん? なんだ、担当派遣はお前か、明石。新入りなのにこんな案件を任されるたぁ、たいしたヤツだったのか?」

「おねーさん二年ぶりー。帰ってきてるなんて珍しいにゃー。

 ……貸したゲーム返して」

「唯貴さんのお姉さんって、あの赤の魔女《シルヴァスタ=S=シルヴァニアン》だったんですか!? 流石唯貴さん、凄い人望です! あ、人望は関係ないか」

 ――ああもう、収拾つかなくなってきた!





 交番を後にしてしばらく。夜の街を歩いている最中。

「折角ですし、家に泊まっていきませんか?」

「そうだそうだ、俺も泊めてくれ、親父にはもう言ってあるからな。お前らも泊まっていったらどうだ?」

 ボク言った言葉に姉が反応して、更には真遊とリアン君がなし崩し的に泊まることになっていた。

 意外だったのは明石少尉で、なぜか妙にノリノリで泊まっていきたいと語り始めたのだ。

 さっきの交番でのセリフを考えると、嫌な予感はひしひしとボクに警告を伝えてくれているのだが、流石に人の家で暴走はしないだろう。多分。

「……で、姉さんはなんでまたボクの所に?」

 どうやって居場所を把握したのかが一番気になるが、多分聞くだけ無駄だろう。まともな説明はしてくれない気がする。

 ボクの質問に、姉さんは不敵に笑う。

 なにか嫌な予感がする。

「お前らが面白いこと調べてるみてぇだったからな、俺も混ぜろよ。あの現場にあったメッセージ、見たぜ。急いで探して正解だったな、まさか襲撃受けてたなんて知らなかった」

「なっ……夜城博士、襲撃とは!? お怪我はありませんでしたか!?」

 あああ……言っちゃったよ……。

 明石少尉が食いついてきた。それとなーく話そうと思っていたのに。

「あー、ええとですね……」

 ……ああでもないこうでもないと五分弱。

 なんとか当たり障りなく昼間の襲撃の件を説明して(姉さんと明石少尉に転生者関係は言えないので、怪我についてはなかったことにした)しばらく歩くと家についた。

 それぞれを部屋に案内してから、ダイニングに集合して真遊達の報告を皆で聞く。

「んじゃ、まずは私達から報告にゃー」

 夜食のサンドイッチ(余り物)をかじる魔女帽子女。

 太るよ?

 ……とは言えない。命は惜しい。

「一般公開情報では魔力炉の暴発事故ということになっていましたが、どうも違うようです」

 明石少尉が続ける。

「間違いなく、あれは襲撃を受けて吹き飛ばされた跡だね。圧縮爆発系で外壁をどかーん。残留魔力汚染がたいしたことないのも当然だにゃー、残ってたのはせいぜい個人の魔力で行使された魔法の残留汚染だけ。研究所の事故だからって汚染濃度の検査を優先したから、固有特色なんて調べる前に拡散して消えちゃったんだろうね」

 ――圧縮爆発系魔法。

 およそAランク魔法の中でも、上位に類する殺傷力を有する高難度技法。

 魔力素の圧縮と熱変換を伴う解放を行うだけの簡単な仕組みの魔法だが、魔力素というエネルギーを爆発させるには、実はかなりの高密度まで圧縮する必要がある。高い魔力操作資質か軍用最新式レベルの魔動機がなければ不可能な魔法といっていい。

「おそらくは……昼間のアイツかな」

 そう。昼間の喫茶店襲撃事件でボク達がくらったのがそれだ。

 視認からの回避は間に合わず、高熱の炎は軽く触れただけで致命傷。更には周囲の物を地雷やクラスターのように弾き飛ばして無差別に不特定多数へダメージを与える凶悪さまで兼ね備えた気合いの入れよう。

 喫茶店襲撃の時は突発的だったのか焦っていたのか……いや、念を入れて、だろう。威力はS級相当、本気の威力で殺しにかかっていたようだ。

 その時は壊して困るモノ(・・・・・・・)なんて、なかった訳だしな。

「で、新型魔力炉が跡形もなく盗まれていた、と」

「……流石は夜城博士でしたか」

 やはり。

 ……でも明石少尉、そんなこと言われるとくすぐったいのですが。

 リアン君と揃って、キラキラした眼差しを向けてくるのは胸に痛い。

 後ろめたい人間には針のムシロだ。

 そんなたいした人間じゃないんだと言ってみてはいるが、謙遜(けんそん)か何かだと思われているらしい。

 第一印象って、怖い。

「魔力炉なんか盗んでどうしようっていうんだ……?」

 リアン君のそんな独り言が聞こえるが、ここでボクの予想を話す訳にはいかないのでスルー。犯人の心当たりにも言及しないでおく。

 ――そうしておくつもりだったのだ、ボクは。

 おもむろに口を開いたのは、今まで静観を決め込んで煙草(タバコ)(くゆ)らせていた赤の魔女――ボクの姉であるシルヴァスタだった。

「……そろそろ茶番はやめにしようぜ。お前の頭ならもう分かってんだろ、唯貴?」

 それは、貴女の頭でも既に分かっているから――言える台詞ですよね、姉さん。

 だからボクが口にしないことを疑問に感じたんだ。

 どうやら、相棒の愛那(あいな)さん……ルナテクス=愛那=ソラウライト巡士を捜しているのは、そういう訳(・・・・・)だったらしい。

 情報を吐き出させるつもりで自分が吐き出してますよ。

 まだまだですね、姉さん。

「犯人に心当たりがあるというのは本当ですか、夜城博士!?」

 驚きの表情を見せる明石少尉。転生者(こっち)の都合で振り回してばかりで申し訳ない。

「まあ、ある程度まで、ですが」

「ほほーう、それは私も気になるにゃー、唯ちゃん?」

 お前は分かってなかったんかい。

 そう思って真遊に目をやると、思わせぶりにウインクのアイコンタクト。

 話しやすいように気を利かせたぜ、と言わんばかり。

「…………」

 オーケー、お前も敵か。

 こ、の、魔、女、め!

 何を勘違いしているのか、心なしか犬が尻尾を振ってるような表情。

 やめろ、褒めんぞ。胸が痛いけど。そこはかとなく痛むけど!

「あくまで推測です、と前置きさせてもらいますが。使用された魔法系からみるに、ボク達を襲撃した導師服の男が実行犯で間違いないでしょう。そしてあの導師服――記憶にあります」

「なんと……それは一体?」

 明石少尉の疑問に答えたのは、他ならぬ赤の魔女だった。

「明石、お前も知らない訳じゃねぇだろう。この世界で一番の信仰を集める、唯一無二の宗教だ」

 リアン君もそれに思い至ったのか。驚愕と共に教会の名を口にした。

「それはまさか……『夜月の教会(ラセイクル)』のことですか……!?」

「その中でも頂点に立つ、四千年前からずっと生き続けてると言われている馬鹿げた三人の聖人が着てる服が、あれによく似てんだよ。あの伝説の大魔導士、夜の月の弟子である四使徒の生き残りである三人にな」

 『夜月の教会(ラセイクル)』とは、今のこの世界を実質支配していると言って良い程の勢力を誇る宗教である。

 教祖……というよりは神の位階に四千年前に亡くなった大魔導士を据え、三人の聖人が最高位の神官として君臨しているらしい。

 教の基本的な教えは、生身の人間が持つ魔法の力を神聖なものとして奉ること。教祖である四千年前の英雄的存在『夜の月』が、体質的に魔力を扱う能力に秀でていた為に生まれた考え方だと思われる。

 王都の中枢である『(シチカ)』にも信奉者は多く、『軍』に魔導機使いが少ない理由でもある。赤の魔女なんかはマイナー(きわ)まりない人種だ。生身で扱う固有の魔法技能も強いからこそ許されているだけで。

「夜月の教会が暗躍しているというのですか……!?」

 明石少尉の驚きも頷ける。『夜月の教会』という連中は、その教儀である魔法の研鑽(けんさん)以外には興味を示さず、基本的に世の中には干渉してこない。

 おそらくは、聖人――最低でも一人は間違いない――による、独自の行動なのだろう。

 あとは、通り魔事件の現場に残されていた予告状の文を見れば……目的の予想はつく。

「はは……馬鹿げてるね。『夜の月』……自分達の御主人様を、蘇らせよう(・・・・・)ってのか、連中」

「…………!?」

 皆、もはや絶句して声も出ない、ということらしい。

 意外なことに、表情にこそ出さないが姉さんも気づいていなかったと見える。

 唯一の例外は、常にすっとぼけた性格を前面に押し出している左門(ひだりかど)真遊のみ。まるで話を聞いていないがごとく動じない。やはり熟練の転生者は人生経験が違うということか。

 とはいえまだまだ若い。ボクくらいの熟練度になれば、白々しくもさりげなく驚いた顔の一つでもしてみせるのが嗜みである。先の『はは……』なんて呆れたような苦笑いも、言うまでもなく演技。

 スパイや密偵に匹敵するぐらいの隠遁スキルを身につけている訳だが、無駄に長生き(?)しているということは、一つ一つの挙動に至るまでが「その道のプロ」レベルまで洗練されているということでもある。

 それを意識して崩すことで、周囲の目をごまかしているのだ。

 歩き方一つ取っても、重心の配分や軸がブレない移動、隙なく意識を配りつつ気づけば常に逃走経路を探している――など、気を抜けばあっという間にボロが出てくる。

 ちなみに、足音を消す癖なんて流石のボクにもついてない。はずかしいじゃん、どんだけ厨二病なんだよ。

 むしろ、うっかり出たら一般人にすら気付かれて言い訳が利かないような癖なんてつける訳ない。

 ……突拍子もないような結論に、自己弁護(セルフフォロー)のつもりで補足する。

「目的から過程を類推した訳でも、過程から目的を模索した訳でもない、目的と過程を無理矢理くっつけただけの格好悪い推理だけれどね。

 少なくとも、連中の目的には必要があって奪っていったってことだけは間違いないだろうと思って良いよ」

 本当は目星が付いていることだけは、絶対に言うもんか。物語(イベント)の流れを引っかき回すのは危険この上ない。

「新型魔力炉を……もしくは更に別の何かを足して、死人を生き返らせようとしている。

 馬鹿げた話だが、ありえねぇ訳じゃねぇ。

 完成まであと数千年はかかると言われていた『死者蘇生術式』――既に完成していたとしたら、膨大な魔力を必要とすることになるのは想像に(かた)くない。もしそんなものがあれば、の話なんだがな」

 世界一といえる魔女にそう言われると、やはり説得力が違うのだろう。

 というか、よくそんなオカルトというか都市伝説の一種みたいな魔法知ってたなぁ。

 某世界の日本国で「錬丹術知ってます」って言うくらいマイナーな話。

 ん? メタじゃあないんだぜ?

「ま、後は明日、情報屋の所にでも行って裏付けを取ってから教会の調査を開始、って流れでいいだろ」

 姉のその一言に同意して、皆は部屋に戻って寝ることに決まった。

 苦手な今のボクの代わりに仕切ってくれてすごく助かる。もし、この為だけにボク達に合流したと言われたとしたら、感涙にむせび泣いて「お姉ちゃん」と呼称を昔のように戻すこともやぶさかではないかもしれない。それぐらい助かっている。

 その後、皆それぞれの部屋に戻った。

 ちなみにその時の会話は以下、こんな感じ。


「んじゃ、俺は眠いから寝るぜ。おやすみなさい、だ。あ、唯貴クンはお姉ちゃんと一緒に寝――」

「寝ません」

「ちぇっ、つまんねーの。いつでも夜這いを待ってんぜー」

「いーから早く(とこ)に着け、セクハラ(ねぇ)

「失敬だな、セクハラじゃないよ。愛だよ愛、(うるわ)しい家族愛じゃねーかな」

「絶対違います。お黙りなさいこの『ジーパンふぇち』め」

「フェティシズムの何が悪い! なんかなぁ、あのキメ細やかかつ荒々しい繊維を撫でてるとなぁ、興奮すんだよ! 匂いだって嗅ぎたくなるんだよ! 唯貴クンがジーパン穿いてる妄想があれば一日中それだけでイける――」

「わー、待て、やめろ! お客様の前で何を言うんですか!?」

「次点でワンピースふぇちだから、これも妄想で唯貴クンに着せちゃうんだぜ。ペアルックとか尚更興奮すんだろぉがぁぁぁあ!!」

「知るかー!!」


 皆、ドン引きだった。





 深夜。

 二階にあるボクの部屋。

 とりあえず綺麗になっている床木。

 皆が寝静まった頃に、ボクはある予感を感じていた。

 物語(イベント)の変動――その予感を。

「マズったな……リアン君に転生者関係を話したのが際どかったか……?」

 憂鬱に独りごちる。呟く声は窓の外の闇に消えて行った。

 実際の所、これまでに得た情報を整理したり、それを元にシミュレーションを行っただけだが、今まで八十パーセントは的中してきた安心の技術だ。

 夜風がさらりと頬を撫でるのを感じながら、ボクは一つの思考に到達した。

「……仕方ない、いかなきゃ」

 自分の死に繋がるのが経験則で分かっている以上、このままという訳にもいかない。

 とにかく、いかなきゃ。

「なんであの子、電話持ってないんだよ……」

 

 黒いパーカーと、昔の誕生日に姉にプレゼントされたジーンズ。気づかれないよう静かに急ぎ着替えると、上から黒い外套を羽織った。

 転移術式は駄目だ。おそらく、ボクが転移の為に作った回線は既に姉さんが掌握している。

 だからあの時、ボクの居場所を先回り出来たのだろう。

 実は決まった所にしか転移できない術式であることを、姉は知っているだろうから。

 何を利用して転移座標を指定しているのか、もはや分かっているのだろう。

 どこからでも転移はできるが、どこへでも転移ができるという意味ではない。

 魔法を構築する段階で既に回線に接続しているから、ことによっては転移前に駆け付けてくるかもしれないだろう。


 ――窓枠に足をかける。


 躊躇いはなく、そのまま夜の闇に身を踊らせた。

 衝撃をころし、難無く着地。

 ……幸せな結末(ハッピーエンド)にはまだ遠い。

 夜の闇は未だ厚い壁を築き上げている。

 その壁に両脇を挟まれて、走る。

 一本道をひたすらに。

 夜の王都を走る。

 走って走って、気がついたらそこは、入り組んだ路地裏だった。

 流石に息が切れて歩きに切り替える。

「ふぅ……急がないと夜が明けるな……」

 この時間なら目的の人物にも接触出来るだろう。日中ふらふら出歩いていて捕まらなくても、この時間なら就寝の為に自宅に居るはずだ。

 そうでなくても、朝に目が覚めた時点でボクが居ないことを姉さんや明石少尉に気づかれてしまう。それはマズい。襲撃を受けて半日もしない内に一人で出歩くなんて、なんて言われるか分からない。

 そんなことを考えながら、ボクは溜息をついた。

 マンションはこの近くらしいけど……どこだ?

 辺りを見回してみるが、いまいち分かりにくい。

「さて……それはともかくとして。なぁ、君、どうした?」

 ボクは唐突な風に、誰の気配もしない路地裏の暗がりに声を投げ掛けた。

「夜道で人の後ろから|ナイフを振り上げたりなんか(・・・・・・・・・・・・・)して……ボクを殺す気かよ?」

 ざわり、揺れる気配。

 ボクの後ろから現れて月明かりの下、ナイフを片手で玩ぶ以外ごく普通で温厚そうな少年は、されど冷たく硬い口調でこう問い掛けてきた。

「……テメェ、なぜ気づいた?」

「生存本能が耳元でアラート鳴らしてるのを、聞こえないフリする方が難しいだろう」

 すると少年は、

「答える気はない、ってことかよ。ひはっ……忌ま忌ましい野郎だ」

 狂ったような笑いを、心底苦々しい顔で吐き捨てた。

 ボクという本質的には男でも女でもない存在に向かって、野郎とは失礼な。

 ……という冗談(実はわりと真剣)は置いといて――しかし、本当にマズったかな……『黒天剣(アマテラス・ラヴ)』はおろか、魔動機の一つすら持っていない。自衛に使えるのはスキルだけ。

 しかしコイツは転生者ではないようだ。だから使うのはマズい。たとえボクが死んでも、スキルを派手に表沙汰にして他の転生者に迷惑をかけるのだけはマズイ……ロクな目に合わない。袋だたきなんて有り得そうで恐い。ナイフで(バラ)されるより、そっちの方が絶望的だ。何と言っても、来世まで後を引く禍根になる。

 そんな内心を押し殺して、情報を集めにかかる。慎重に、刺激しないようにしないと……

「ふむ……君が通り魔くんで間違いないかな? 『夜月の教会(ラセイクル)』の所属だってのは分かるんだけど」

「あぁん……? それがどうしたよ……って、あー、これは言っちゃダメなんだったっけ? しまったなー、またオッサンとリヒドにどやされちまう……いや、まぁいいか。

 どうせ、

 ここで、

 お前を、

 殺せば万事、解決ってなぁ――!!」

 刹那の瞬間、前に踏み込んできた通り魔の両腕をかい潜り、奴の後ろに走り抜ける。

 冗談……快楽殺人鬼の相手なんかやってられるか……!

「おっ……上手く避けるねぇ……もし腕に触れてたら、気持ち良ぉく殺してやれたのに。デスクワークのインドア派だって聞いてたのに、なかなか動けるじゃん」

「お褒めに預かり光栄だけどね、死ぬのは御免(こうむ)るよ!」

 なるほど、接触起爆系の魔法か。身体強化の亜種……だから同系統の純粋な身体強化は使えないのか。

「……体質による魔法の固有変質だな。無意識に魔法が特定のものに変化する体質かな?」

「さっすが博士号! 頭と舌はよく回るねぇ。……大サービスだ、教えてやる。魔法の効果はなぁ、『直接接触した生物の神経系を麻痺させて機能を狂わせる』ことなんだよ! 触れた瞬間に身体は動かせなくなって、痛覚は感じなくなる……むしろ気持ちいいかもだぜ?」

 博士号は魔動機工学でとったんだけど。

「……なるほど、随分とタチの悪い魔法だ……」

 言葉を交わしながらも、逃げ惑うボクと追い掛ける通り魔の攻防は続いている。

 紙一重で奴の左手とナイフを交わしてはいるが、やはり分が悪い。

「生きたまま、痛みも感じないままに身体をバラバラにされて内臓を引きずり出されて、頭を切り開いて脳を取り出されるのはどんな感覚だろうなぁ? なまじ痛みがない分だけ、意識と感触が明確で地獄だろうぜ。

 ま、俺は死体さえ好きにできるなら満足だしぃ、生きた人間なんて興味の欠片もねーけどなぁ、ひははははははっ」

 コイツ……快楽殺人鬼(シリアルキラー)じゃなくて屍体愛好家(ネクロフィリア)かよ……付き合ってられない。

「にしてもテメェ、本当に上手く避けやがるな。人間か?」

 人間だと信じたいが。

「さて、ねっ……!」

 くっ……もう息が持たない……

「意味分かんねぇが、体力がある訳じゃねーんだな、アンタ。

 ――あばよ、夜城博士。アンタは知りすぎたんだ」

 突き出されたナイフを目で追いかけるが――身体が動かない。

 やられる……ッ!

 諦めかけた、その時だった。



「――心の声がやたら煩いと……思ってみたら。通り魔さんは私に下さる約束……だった筈ですよ、お姉様(・・・)?」



 読んでいただきありがとうございました。今回は時間がかかったので、いつもより少し長めです。



 ちなみに、この作品にはハッキリとしたメインヒロインはいないです。というか、比較的頻繁に性別が移ろう主人公にどんな相手を据えるべきなのか。

 ある意味ヒロインっぽいのは神様だったりするのですが、一章はまだまだ導入部なので出番は皆無です。

 いずれ登場する女の子版神様をお待ち下さい。



 ではでは、今度こそ近い内に。しーゆーあげいん。

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