感覚詐欺の朝
目覚まし時計の機械音が、止まっては鳴り響いてを繰り返す。
カーテンの隙間から、どんよりした眩しさが入り込んでいる。
母の声と体の重さが、脳を掴んで体を動かしてしまう。
体を伸ばし、私の体はひとりでに立ち上がった。頭の中で通行止めが起こり、まるで一人称の映画でも見ているかのようだ。
母が作ってくれたであろう卵焼きを頬張り、喉に張り付く米を水で流し込み、食後のデザートとして甘い味の薬を一錠飲み込む。
歯を磨き、顔を洗い、急な腹痛に悶えてトイレに駆け込む。当たり前の日常、当たり前と言うと怒る人間がいるらしいが、少なくともこれが今の私の日常だ。
腹の痛みで、ようやく頭が働き始める。文章が、言葉が、映像が、物語が、列を成して駆け抜けていく。止めることはできない。
これが自我とよばれる物だろうと、そう決めつけたのはいつだっただろうか。
そうだ、あの時、私は車に乗っていた。チャイルドシートに身を任せて、ぼうっと、それこそ朝起きた時と同じ様にぼうっとしていた。
それは瞬きの瞬間に訪れた。何気なく、そういう物だと思っていたデータたちが一斉に声を上げて、情報へと変わっていったのだ。
しかしそこに、『私』はいなかった。ふわふわ浮いている感覚だけが、私の体のある場所を覆っていた。
ちょっとした昔話を思い出して、しかし私の心は震えもしなかった。毎日のように観ているのだ、いつかは飽きが来てしまうのも、当たり前だろう。
ようやく身支度を終え、外に出る。外に出た、というはっきりとした感覚を失ったのは、果たしていつだっただろうかと自問しながら、鍵をかける。三、四回ほど扉を引いて、有無を言わせぬ安心を刷り込んで、ようやく、私の体は駅へ向かっていく。
吐き気に負けないように、足を動かし続ける。何度も酸っぱい匂いが込み上げて、頬の裏を灼いた。それでも、家に戻る選択肢はなく、何処からか降ってくる期待されているような幻覚を頼りに歩いていく。水を口に含んで、また一歩前へ。目の前で小麦粉のような光がちらつき、目の前が真っ暗になる直前の、不安定である意味安定な状態の中で単振動して、私はまた、流れゆく文字列に全てを任せる。
ふわふわ浮いている感覚というのは、心地良いものであった。束の間の不思議な感覚は、心地よさに関わらずたとえ相当な苦痛であっても、遺伝子の螺旋に囚われて分裂のたびに心を汚す。だからいつまでも忘れることはなく、もしもこれが夢の中だとしても現実のように振る舞ってしまう。
電車を待っていた。改札を通り、階段を下り、駅のホームに私は在った。まだ来ない、まだ来ないと、スマートフォンの電源を入れた。充電の数値が、百を超えていた。
私ははっとして、目を覚ました。目覚まし時計の音が不規則的に鳴り響いている。暗い光が部屋に差し込んで、起きろと叫んでいる。
ああ、またか、と私は微笑んで、顔を枕に埋めた。眠気が吹き飛ぶことはなく、頭痛が消えてしまうこともなく、ただ一人称を見つめ続ける。
形の崩れた卵で口を満たして、甘ったるい薬を飲み込んで、そして腹痛を覚えてトイレへ駆け込んだ。
日常は変わらない。細かい部分は確かに違っているのだが、大筋は変わらない。夢で見た内容も、ああそうか、確かに現実とは違っていたのだろう。空気の粘性というか、私を食い止める何かが違っていたのだ。
家を飛び出して、鍵をかけて、階段を駆け降りた。元気よく、体の軽さを喜んで、一段飛ばしで降っていく。しかし、平穏は続かない。足を挫いて、階段の縁に頭から突っ込んだ。心という名のついた臓器が悲鳴をあげて、痛みを感じる前には、映像が視覚を奪っていた。
確かに私はそこに在った。ふわふわの集合体は、確かに空想上の存在を私なのだと示していた。足元から形作っていき、『チャイルドシートに固定された人形』として、一番最初を演じ始める。出来上がっていく一連の状態変化は全て私とは関係のないところで進んでいき、いつのまにかふわふわした感覚が消え、脆い意識は初めての重力に負けて暗い色に染まった。
身体中が痛い。怪我をした痛みではなく、長いこと変な姿勢で眠っていた時のような、固まった物体を無理やりほぐされている感覚だ。
何かを考える、そんな余裕もなく、私は目覚まし時計を蹴り飛ばして、足元の枕を手繰り寄せた。枕に抱きついて、あーあーと声をあげ、眠りに誘われていく。
体を起こして、私は周囲を見渡した。やけに紫がかった景色の中で、ここは自室だと認識し、水を求めて食卓へ向かった。
今回はわかりやすかったはずだ。しかし、何度目であっても、結局無意識は変わることなく、違和感しかないであろうコップを手に、へらへらと何かを宣っている。
感覚というものは非常に不明瞭で、そして何よりも鮮明だ。私は私以外をわかることはできないが、しかし確かに他人がそこに存在するのだろうと想像に想像を重ねることはできる。
だからといって何かが変わるわけではなく、こちらから何かをするわけでもなく、選ばれてしまった今現在に旅立つように、またベッドから転がり落ちた。
これは面白いなと思いゆき、書き記したのは何度目か、私は初めから数えていなかったために、もうわからない。わからないが、十回は超えているだろうと、そう思い至ったところでまた、全てがリセットされる。目を覚まして、また朝を認識する。
目覚まし時計のうるさい音に、そして暗い部屋に光を招くカーテンに怒りを抱いて、乱暴に起き上がった。
清々しい朝の気配に意識が再起動し、体の感覚も捨て置いて立ち上がった。
なにやら楽しいことがあるのだろうか、高鳴る心臓に起こされて、しかし上機嫌で飛び出した。
存在するという感情に似た感覚は、しかし感情とは一線を画して、そして紙に記されてしまう。それぞれが私を経験した幻として、また私の意識を覚醒させる。それは連鎖的で、強制された仕組みでもある。
一分を何年にも感じることがある。一分を一秒にしか感じないこともある。妥当な時間に感じることも勿論ある。
柔らかい指に驚いた場合もあった。寂しい頭になぜだか悲しくなった場合もあった。まず、家にさえいない場合もあった。ありえないことがおきながら、当たり前だと思ってしまうその全てに、私のそばには私自身の感覚が在った。
なぜだか面白いと感じて、今度はパソコンを立ち上げて、文章を書き殴った。スマートフォンのメモアプリを開いて、文字を並べた。腕から足にかけて血流に乗って暴れて狂う文字列を、流しそうめんの要領で掬い上げて、頭から被った。
そして今、私は、数百回目の投稿ボタンを押す。
さて、ここが現実か、それとも私の夢の中なのか。そんなことは誰にもわからないのだと諦めて、甘ったるい薬を流し込む。喉が焼ける苦痛は、頬の内側が焼けるよりはマシで、しかしそれほどひどくないために、病名のつかない苦しさを付加価値として私を苦しめている。
くらくらする視界の中、私はまた、目を覚ました。
これはループじゃない。
ただ、とてつもなく寝覚めが悪いんだ。




