第二話 花言葉
17時半。
今日は仕事始めだったからか、家に帰るなりソファに突っ伏した直後、うたた寝してしまった。
1時間ほど経ったところで母が起こしてくれ、父の作った夕飯と、僕が買ってきた白身フライも併せていただくことにする。
初めての仕事でパックした白身フライを、父と母はとても喜んでくれた。
「優、お疲れ様だったな!今日はちょうど白身フライを食べたいと思っていたから嬉しいよ!」
「優、お疲れ様。お父さんが作ってくれた夕飯も美味しいし、優が一生懸命パックしてくれた白身フライも一段と美味しく感じちゃうわね!」
「父さん、母さん、ありがとう。明日も頑張るね!」
父と母は、どんな些細なことでも僕のことを褒めてくれる。
僕は、産まれた頃から身体があまり強くなかったそうだ。
一般的に男子が生まれた時の体重は平均3kgほどだそうだけど、僕は2.3kgほどしかなく、生きるもの危うかったそうだ。
その後は奇跡的に成長したものの、幼少期からいろいろ大変だった。
幼稚園の運動会のかけっこでは、すぐに体力がなくなるためレースの最後まで走り切ったことがないし、お遊戯会ではたびたび振り付けを忘れてしまう。
でも、先生や友達はみんな優しくて、いつも僕を応援してくれた。
それと、不思議なことに僕は「やるべきこと」は忘れやすいのに、周りの言葉や目に映ったものにはとても敏感なんだよな。
「優君、今日も元気な挨拶だね!先生も負けないぞ~!」
「すぐるくん、ぼくが走るの速くてカッコイイって、いつもほめてくれてありがとー!」
「すぐるくんがほめてくれるママの手づくりバッグ、ママにおしえたらよろこんでたよ!」
こんな感じで、先生や友達はいつも僕を褒めてくれた。
僕は周りの人たちの良いところを本人に教えてあげただけなのになぁ。
家に帰って父と母にそのことを話すと、とても嬉しそうにしてくれた。
「優は今日も良い一日を過ごせたんだな。偉いぞ!」
「優もお友達も先生も、とても素敵ね!これからも周りの良いところに気づいたら、すぐに言葉に出してごらん?きっと幸せの種が周りにどんどん広がっていくよ!」
「分かった!お父さんもお母さんもすてきだね~!明日もようちえん楽しみ!」
* * *
そう思っていたけど、小学校に上がるとちょっと話が変わってくる。
小学生になると、皆「勉強や運動ができる子がすごい(できない子は恥ずかしい)」「男子が女子を褒めると好きだと勘違いする」など、幼稚園児の時とは考え方が変わるようだ。
でも、僕はそう感じたことがない。
「松山のせいでリレーごっこ負けたじゃん!」
「松山と鬼ごっこすると、松山から逃げるばかりになって楽しくないんだよなー。全然捕まらないし。」
「松山って鈍くさいから、サッカーでパス出してもすぐボール取られるから嫌だわ!」
幼稚園時代の友達とは打って変わり、小学校のクラスメイトは嫌な言葉ばかりを発するようだ。
なぜなのか、僕にはよく分からないけど。
ぼーっと考えていると、いつも肩を揺らしながら歩いている佐藤君と、なぜか佐藤君にランドセル持ちをさせられている竹内君がやってきた。
「あ、佐藤君と竹内君。そういえば佐藤君、今日の体育でも足が速かったね!カッコイイよ!」
「は?お前何言ってんの?男が男を褒めるなんてキモチワリー!変な奴!竹内も松山が変だと思うだろー?」
「え、えっと・・・。」
「ほら!キモチワリーって言えよ!!」
「・・・。」
何が気持ち悪くて、何が変なのか?
そして、僕には引っかかっていることがある。
「佐藤君。今、僕のことを"男が男を褒めるなんてキモチワリー!"って言ったよね?それ、佐藤君のお父さんも気持ち悪いってことでいいのかな?」
「は?!」「え?」
「佐藤君のお父さんだって男でしょ?ということは、いつも佐藤君が言ってる"父さんからサッカーが上手いって褒められた!"っていうのは、嬉しかった話じゃなくて、"俺の父さんって、男なのに男を褒めてキモチワリー!"っていう意味だったんだね!」
「は?違うし!!お前バカじゃねぇの?!」
「あれ?違うの?それじゃあ僕が"佐藤君のお父さん"だと思っていた人はお母さんだったの?見間違えちゃった!」
「だから!ちげぇって!!バーカ!」
「ふふっ」
「おい竹内!何笑ってんだよ!?」
「ご、ごめん。なんか、松山君の言ったことがお笑いコントみたいで、ちょっと面白かったから・・・。」
「お前、ふざけんなよ!」
「竹内君はふざけてないよ。ふざけてるのは佐藤君じゃないの?」
「なんだと?!」
「佐藤君はなんでいつも"俺の父さんはサッカー教室の先生だぞ!"ってみんなに言って回ってるの?」
「俺の父さんがすごい人だからじゃん!」
「さっきは"男が男を褒めるなんてキモチワリー!"って言ってたのに、次は"俺の父さんがすごい人だからじゃん!"って、ふざけてるのかな?それに、仮に佐藤君のお父さんがすごい人であっても、それは佐藤君のお父さんの手柄であって、佐藤君の手柄ではないでしょ。何をどう自分もすごいと勘違いしたわけ?仮にすごかったとしても、竹内君にランドセルを持たせていい理由にはならないよ。」
「お、俺らはただランドセルじゃんけんしてただけだよなー!竹内?」
「え、えっと・・・。」
「そうだと言えよ!!竹内!!」
「そ、そうだね・・・。」
「ほら!こいつもそう言ってるじゃん!」
「こいつじゃないよ、竹内君だよ。友達というわりには攻撃的だね。とても友達には見えないなぁ。それとも佐藤君が一方的に友達だと思い込んでるだけ?」
「う、うるせぇ!お前、調子に乗んなよ?!先生に言ってやる!!」
「さっきからお前、お前って・・・もしかして、僕の名前を忘れちゃったの?僕の名前は松山優だよ。優と書いて"すぐる"って読むんだよ。それはいいとして、別に先生に言ってもいいよ。佐藤君が竹内君にランドセル持ちをさせていた事実が明るみになるだけだけどね。自分のケンカなのにいちいち大人の力に頼るなんて、佐藤君って一人じゃ何もできないのかな。仮にお父さんがすごい人でも、佐藤君は・・・」
「ぅぅ・・・うああああああーーーん!!!」
そしてなぜか佐藤君は、生まれたての赤子のように突如大声を出して泣き始めた。
* * *
「ま、松山君。大丈夫・・・?」
「え?何がどうしたの、竹内君?」
「だってさっき、佐藤君とすごいケンカしたじゃん。佐藤君のお父さんはサッカー教室の先生だし、僕たちの担任の先生と仲が良いらしいから・・・。」
「そうなんだ!」
「そ、そうだよ。もし佐藤君が先生にさっきのことを言って、その後佐藤君のお父さんに伝わったら・・・。」
「伝わったら何か起きるの?」
「が、学校の問題になったり、しないのかな?」
「問題になったほうがいいんじゃない?」
「え?!」
「だって、"お父さんがすごい人だから"って、その子供がそれを武器にしてクラスメイトに嫌なことを言ったり、竹内君にランドセルを持たせたりしていい理由にはならないよ。学校の問題になって、考えるきっかけになったほうがいいよ。」
「・・・なんか、松山君ってすごいね。」
「え?僕は何もすごくないよ。僕は速く走れないし、そもそも体力が少ないし。それに忘れ物も多いし、勉強も得意じゃないよ。むしろすごいのは竹内君じゃないかな?」
「ぼ、僕?」
「うん!竹内君、この前社会科のテストで95点も取ってたでしょ?先生に褒められてたの見たよ。それに図工でお花の絵を書いてたよね?竹内君ってお花が好きなの?」
「うん、僕、お花が好きなんだ!授業が終わった後、佐藤君には笑われちゃったけど・・・。」
「綺麗なものが好きってだけなのに、何が面白いんだろうね。それより、実は僕のお母さん、お花屋さんで仕事してるんだ。うちにもいくつかお花があるんだけど、今日見に来る?」
「え!いいの?行きたい!」
「いいよ!家に友達を連れてくるの、竹内君が初めてだから、お父さんもお母さんも喜ぶよ!」
「うん。ありがとう!」(友達って言ってくれた・・・。それより、さっきまでの話はどこに行っちゃったんだろう。もう気にしてないの?やっぱり、松山君ってすごいや。)
竹内君がふたたび笑った。
* * *
「ただいまー!」
「お、おじゃましま~す・・・。」
「優、おかえり!」
「優、おかえりなさい!あらお友達?」
竹内君は恥ずかしいのか、僕の後ろにすっぽりと隠れている。
「うん!友達の竹内君だよ。」
「は、初めまして、竹内広大です・・・。」
「広大君か!いつも優が世話になってるね!」
「うちの優と遊んでくれてありがとね~!」
「こ、こちらこそありがとうございます!」
「お父さん、お母さん、実はね・・・。」
僕は、事の経緯を全て話した。
学校で起きた出来事を、僕は父と母に隠したことはない。
「はっはっは!友達のために立ち向かうなんて!優、今日も偉いぞ!」
「今日も元気いっぱいだったのね~!」
「お父さん、お母さん、ありがとう!」
(げ、元気いっぱいの一言で済ませるなんて・・・この家族、すごいや。)
僕は一旦、部屋に竹内君を案内する。
* * *
「僕、これからは佐藤君と距離を置きたいんだ。でも、佐藤君の性格からすると明日仕返しをしてくると思うんだ。」
「仕返しも何も、竹内君は悪くないし、僕も間違ったことは言ってないよ。」
「で、でもだよ!こういう時は一旦"冷戦宣言"をしておいたほうがいいと思うんだ。」
「れいせんせんげんってなに?」
「お兄ちゃんの社会科の教科書で見たことがあるんだけど、"直接ケンカすることはやめるけど、仲良くもしないこと"って意味らしいんだ。」
「なるほど。さすが社会科が得意な竹内君だね!」
「ありがとう、友達から褒められたの初めてだよ。それでね、佐藤君に送る"冷戦宣言文"は何にしようかなって・・・。」
「う~ん。僕にはよく分からないけど、竹内君がお花が好きなら"花言葉"を送るっていうのはどう?」
「花言葉?」
「うん。前にお母さんが言ってたんだけど、花ひとつひとつには"愛情"とか"永遠"とか、そういった意味が込められているんだって!」
「へぇ!それは知らなかったよ!」
「竹内君はお花が好きで、イラストも得意なんだから、メッセージカードとして佐藤君に渡すのはどうかな?」
「佐藤君、読んでくれるかな・・・?」
「マンガの題名みたいに"冷・戦・宣・言!"って表紙に書いてみたら、面白そうだから見てもらえるんじゃないかな?」
その後僕たちは、「佐藤君へ捧げるにふさわしい花言葉の花」を知らないか、お母さんに聞いてみることにした。
「あ?なんだこれ・・・?」
翌朝、佐藤の下駄箱にはメッセージカードが入っていた。
マンガの表紙のようなイラストとともに、デカデカと「冷・戦・宣・言!」と書かれている。
「れいせんせんげん?誰だよこんなもん入れたの!」
そう言いつつも、佐藤は自分の好きなマンガのデザインに似たカードに、少し興味をそそられる。
中を見てみると、そこにはこう書いてあった。
"われわれは、仲良くもなければ、ケンカもないことを、ここに宣言する!"
そして、メッセージよりも大きく描かれた花がある。
まるでブドウの皮のような、どす黒い紫っぽい花だ。
そして、その下にはこう書いてある。
"クイズ!これは何の花でしょう?答えはウラに書いてあるよ!"
「クイズってなんだよ、知らねーよこんな花!」
そう言いつつも、好きなマンガのイラストに似たタッチがどうも気になってしまうので、佐藤はカードの裏を見てみる。
そこには・・・。
「正解は、クロユリ。この花の花言葉は、"呪い""復讐"・・・!?キャアアアアア!!」
佐藤は突然、ニホンザルのような甲高い悲鳴を上げた。
肝心の差出人の名前まで見る余裕はなく、佐藤は走り去った。
「・・・さ、佐藤君、急に叫んでどこかに行っちゃったけど、大丈夫かな?」
「よく分からないけど、気にしなくていいんじゃない?」
「それにしても、松山君。佐藤君があのホラーマンガが好きなことよく知ってたね。」
「うん。全巻持ってるって自慢してるところを見たことがあって、あのマンガのイラストっぽくしたら興味持ってくれるかな?って思って。」
「予想が当たったね。すごいよ松山君!」
「僕は何もすごくないよ。僕は速く走れないし、そもそも体力が少ないし。それに忘れ物も多いし、勉強も得意じゃないよ。むしろすごいのは竹内君じゃないかな?」
(ま、また始まった・・・!でも、これお笑いコントみたいでちょっと笑っちゃうんだよな。)
それ以降、佐藤が竹内や松山、他のクラスメイトに意地悪をすることはなくなったらしい。
松山とのケンカも、言い負けて大泣きしたことを恥ずかしく思った佐藤は、先生や父親に告げ口していなかったため、学校でも特に話題にはならなかったそうだ。




