第1話 vs.世界
カポ、カポ、カポ、カポ
雑草と砂ぼこりだらけの田舎道を、年老いた馬に引かれた一台の馬車が進んでいく。道の左右に広がるのどかな草原に、老馬の足音がゆったりと響いている。
カポ、カポ、カポ、カポ
馬の背にはくたびれた御者がひとり。そして馬車の中にはこの上なくふてくされた顔をした令嬢がひとり。その令嬢こそが私、ミリア・グリゴール伯爵令嬢ですわ。
いえ、『元』伯爵令嬢でしたね。
爵位は剥奪されましたので。
「ちょっと、まだ着かないの!?」
足元に置いたカバンをイライラと靴先で蹴った。今朝王都を出発してから、もう半日は退屈な馬車に揺られ続けている。たまりかねて御者に声を投げたが、「あと半日も行けば」と三時間前に聞いた時と同じ答えを返されてイラ立ちがさらに増しただけだった。
(どうして私がこんな目にあわなければなりませんの!?)
……どうして?
どうしてか、なんて分かっている。
私は悪役令嬢として断罪され追放されたのだ。
◆
「でたらめよ! 婚約破棄された腹いせにそんな嫌がらせをするなんて酷いわ!」
私はそう叫ぶと両手で顔をおおい、舞踏会場の床に泣き崩れた。確かに目の前の公爵令嬢は王太子殿下に婚約破棄された。だけどそれをこんな形で仕返ししてくるなんて本当に酷い。
王太子妃の座を奪おうと、でっちあげの悪い噂を流したのも婚約者のいる王太子に近づいたのも言い訳できない事実だ。でもそんなこと貴族社会ならみんなやっている日常茶飯事、言ってしまえばお互い様。少なくとも私はそう認識していたし、それに私のお父様が彼女をダマしてニセモノの薬を渡しただなんて言いがかりにもほどがあ……
「証拠? もちろんありますわ」
へ?
証拠あるの?
寝耳に水の事態に口を開けてぽかんとしている私をよそに、断罪はとんとん拍子に進行していく。そして私が首尾よくおとしいれた(つもりになっていた)公爵令嬢は、凛としたたたずまいでよどみなく論理を展開していった。いわく私の父である伯爵は、私を王太子妃に押し上げるためにこの令嬢のお父上に毒を盛ったらしい。
は、はあ!?
なんですのそれは!?
毒殺はさすがにやりすぎですわ! 性悪な私ですらドン引きですわよお父様!
想像だにしなかった父の悪行を知って言葉を失う私の姿はさぞ滑稽だっただろう。やがて大広間に王宮騎士団が現れ、父は捕縛され連れて行かれた。
ーー終わった。私の人生。
冷えた床にへたりこみ大声で泣いた。混乱する頭でもこれだけは分かる、私は負けたのだ。この物語の主人公は私ではなかった。
開け放たれたバルコニーから夜風に乗って、きっと物語の主人公たる令嬢のつぶやきが耳に届く。
ざまぁ、ね。とーー。
◆
「ざまぁされちゃったのね、私」
舗装などされていないデコボコ道にしこたま揺すられながら私はぽつりとつぶやいた。父は失脚、財産は没収、伯爵家も当然お取り潰し。私はすべての悪事の共犯として、王都を追い出されド辺境の親類の城に預けられることになった。永久追放というやつだ。
王太子殿下との婚約も即日破棄され、殿下ともあの断罪の日以来会っていない。まあ本気で好きだったわけでもない、王太子妃ゆくゆくは王妃の座につくために必要だっただけーー
「嘘。本当はちょっと好きだった」
はあ、とため息をついて頭を振った。私はいつもこうだ。基本的に惚れっぽいし、見た目が可愛いから受け入れられることの方が多かった。でも私の中身を知るにつれて、みんな私から去っていく。言われるセリフはいつも同じ。「幻滅した」「いいのは顔だけ」「きみと結婚するつもりはない」「本命にはできない女」「思ってたんと違かった」……
うっ
うっ
「うるっせぇんですわよー!!!!!」
ぎゃあ、と一声吠えた。前にいる御者と老馬が一瞬ビクッとしてから聞こえなかったふりをしたのが分かったけれど、どうせ目的地に着いたらそのまま置いて行かれて二度と会わないのだ。醜態を見られようが王都で醜聞を振りまかれようが、私には何の関係もない。
「どいつも! こいつも! 私をバカにしくさってえええ! 『顔だけ』ってなんですの!? この美しさを維持するために私が日々どれだけ努力してるかなんて」
そこまで叫んだところで、私は中空に振り上げていたこぶしを下ろした。わかってる。本当はわかっているのだ、愛してもらえない理由なんて。
「私の、性格が、悪いから」
だから誰も私を好きにならない。可愛いから、綺麗だから、伯爵の娘だから、ちやほやするだけ。
現に伯爵家お取り潰しが決定したあと、あれだけ人数がいた使用人たちは誰一人残らなかった。屋敷にあった絵画や調度品やドレスや宝石を未払いの給金代わりだと根こそぎ持って出て行かれて、金の切れ目は縁の切れ目という格言が頭の中をむなしくただよっている。
家族にしたってそうだ。お父様は私を政治の道具としてしか見ていなかった。それでもこの美貌と男ウケ抜群のぶりっこモードで王太子に気に入られた時はやっと、やっと私を褒めてくださった。あのまま殿下と結婚できていたら、もっともっと褒めてもらえたのかしら。
まあ、最後の最後に失敗したのですけれど。
「マッッジで世の中クソですわ……」
カポ、カポ、カポ、カポ
「……一番クソなのは、私自身ですけれど」
カポ、カポ、カポ、カポ
田舎道を馬車は進んでいく。
お読みいただきありがとうございます。続きます。
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★前日談はこちらです。未読でも本編に影響はありませんが、ざまぁシーン好きな方はぜひ。
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