オレは共和国の市民だぞ
これは小説習作です。とある本を開き、ランダムに3ワード指差して、三題噺してみました。
随時更新して行きます。
【お断り】「棘、粗末、他人」の三題噺です。
(以下、本文)
【1】
パワハラとは部下を粗末にあつかう事ではない。
人間を粗末にあつかう事である。
いじめの被害者の中には、いじめた当人も含まれている。
自分と他人を区別できないから、部下を「かわいがる」積もりで、過去の自分に復讐してしまうのである。
繰り返すが、パワハラ上司が敵に回しているのは、自分も含めた全人類なのだ。
【2】
かく言う私は古い世代に属しているため、社会に出て以降は「技術は盗んで覚えろ」式の教育を受けた。
「手取り足取り」どころではない。「バカ・アホ」呼ばわり抜きの「コーチング」はありえなかったのである。
あの頃のいやな感じは今でも心から消えていない。
心に刺さった棘は今でもそのままだ。
社員教育に名を借りた弱い者いじめも横行していたが、周りも全部そうだったからガマンするしかなかったのである。
いや。あの巨人の星の昭和時代にも、ちゃんとした叱り方ができた上司はいた。
その人の名はXさんとしておこう。
Xさんは甘い人じゃなかった。
細かい事、どうでもいい事は言って来なかったが、部下のやる事はどんな細かい事でも見逃さなかった。
部下に手の内を読ませないので、部下から見れば一番やりにくい、一番コワい上司だった。
私が何かしでかしたら、Xさんは会議室か何かに私を呼び出して叱る。
叱る時は低い声で、言葉を一つ一つ区切って、私の目を正面から見すえて、「私は怒ってるんだよ」と言う事をちゃんと伝えて来た。
Xさんがすごいのは、ここから先だ。
Xさんは本気で怒っていても、自分の怒りに流される事は決してなかったのである。
具体的には、こう言う叱り方をしたのだ。
Step1「君がやった事の、ここからここまでは適切だった。」
Step2「だが、ここの別れ道で、君は間違った方を選んでしまった。どうしてそう言う判断をしたのかね?」
こうなったら私も正直に答えるしかない。
何も考えずにしでかした事なら、「何も考えていませんでした」と答えるしかない。
Step3「そうか。だったら今後はどうしたら良いと思う?」
私も必死である。
その時、頭に浮かんだ事を正直に告げる。
ただの思い付きであっても言う方は必死だ。
その場限りのきれい事が通じる相手じゃないからだ。
Step4「うーん。『それでいいのか』と言う気がしないでもないが、君が本気でそう思っているなら、それでやってごらん。
もしも、うまく行かないようなら、私にすぐ言うんだよ。君が一人で抱えこんだら全てが君の責任になるけど、私に報告・連絡・相談した時点で君は免責されるんだからね。」
案の定、私はまたズッコケる。
また叱られる。
「どうしたら良いと思う?」と、また聞かれる。
「こうしたいです」と答えたら「それでやってみろ」と尻を叩かれる。その繰り返しである。
つまりXさんは、部下を叱りながらPDCAサイクルを回していたのである。
同じ失敗を何度でも繰り返すドジな部下が、自分の力で正解にたどり着くまで、PLAN(こうしようと決意する)→DO→CHECK(ズッコケたら反省する)→ACTIONのサイクルを回していたのである。
こんなすごい叱り方ができる人、平成になっても令和になっても、この人以外には現れなかった。
もっとも、このXさん。割り切りが良すぎて情に欠ける所があり、社内では人食い鬼とかダース・ベイダーとか呼ばれていた。
うまくは行かないものである。
【3】
さて、月日は流れた。
私は今ではお気楽なアルバイトの身である。
短期間でポンポン職場を渡り歩くので、色んな人と出会う。色んなものが見える。
今日も「お得意さま」のA社で、私は見たくもないものを見せられた。
私を担当しているY主任は、会社内外に知らぬ者とてないパワハラ上司だったのである。
Y主任の直属の部下はZさん一人切りだったが、その「かわいがり」ようは、すさまじかった。
妻も子もいる一人前の男であるZさんの事を、良くもこんな風にあつかえたもんだと思う。
私がZさんと二人切りになった時の事である。
何かの都合で外出していたY主任に、Zさんは電話連絡した。
電話を切る時、Zさんは「それでは失礼します」と言った。
確かにそう言ったのだ。
Y主任は自分の一人切りの部下に「それでは失礼します」と言わせる男だったのだ。
こう言う人間を、私は憎む。
直属の上司と部下の関係は「親しき仲にも礼儀あり」が基本であって、部下に必要以上に多人行儀に振る舞われたのでは普通にできる仕事もできなくなってしまう。
退社する時のあいさつじゃあるまいし、電話を切るたびに自分の部下から「失礼します」なんて言われたら、もしも私がその上司の立場にいたら「こいつはオレに気を許していないのか?」とか「何か言いたい事でもあるのか?」と勘ぐるだろう。心配になるだろう。
私が仕えた最悪のパワハラ上司でも「たまには一緒にメシでも食わないか」と部下全員に声をかけるぐらいの気は遣っていた。
Y主任はやっぱり異常だ。
こう言う「アンタ何様?」上司は昭和にも平成にも令和にもいた。
それなりの規模の会社には必ずいる。
中小企業にはいない。
いたら部下が辞めてしまうからだ。クビにされるのは、管理能力のないパワハラ上司の方である。
【4】
こんな小噺を聞いた事がある。
誰かから、人を人とも思わないような扱いを受けたとする。
こういう場合、度を越していたら、文句の一つも言ってやるべきだろう。何でも水のように受け流していたら、相手のためにならない。
こういう場合は決まり文句は「人を何だと思っているんだ!」または「アンタ、何様の積もり?」だと思うが、英語には、I am someone ! またはI am somebody !(俺だって人間だ)と言う言い回しがあると聞いた。
フランスには「オレは共和国の市民だぞ!」と言う決まり文句もあるらしい。
「アンタ、ナニ様? ルイ何世様やアンリ何世様の積もりなの?」と言った含意があるのだろうか。実際に、これを口にしているフランス人を見た事はないが。
【5】
「ニッポンの現実」に話をもどす。
Y主任にはY主任なりの複雑な事情があるんだろうが、自分と他人が区別できないかのごとき振る舞いは、見ていて感心できるものではない。
ハタで見ている私ですら、思わず口にしそうになる。
オレは共和国の市民だぞ!