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迷宮社会より地上社会の方が癖強なんだが!?  作者: ユキ サワネ
一章 迷宮育ちの行商冒険者
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九話 ジャノス その③(女騎士ユイカ視点)

いつも読んでいただきありがとうございます!

九話は騎士の回顧となります。

十話へと繋がる話です。


 冒険者協会(ギルド)から選抜された百戦錬磨な迷宮冒険団と王宮守護騎士団(ゲニウスハーツ)による合同迷宮攻略作戦は無機質な(ほむら)によって危うく灰燼(かいじん)()す所であった。


 何度思い返してもあの光景は鮮明に焼きついて哀愁(あいしゅう)畏怖(いふ)の狭間に安堵(あんど)を宿してやまない。



⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


 ―幼馴染の女獣人族の冒険者は王都で今一番の新星、その名はマニ。


 彼女は【聖凛獣姫】(ミコ・ロゼトゥス)と呼ばれ、王都四星は一角の大冒険団【緑光獣牙】(フォルティアポス)の筆頭者。

 物心ついた頃から我が家名、ガウェインの使用人が1人の子として私と素養豊かに育てられてきた。

 

 獣人族は大陸中で永く日陰を歩まされてきた一族。


 男獣は労働力として迷宮探索の先陣隊【クラバスティグマ】として強制され、女獣は基本、使用人という隠蓑(かくれみの)に王宮や国内貴族の奴隷として(しいた)げられるが、中には(めかけ)として酷く扱われる者もいてマニの両親世代までは、それが当たり前だった。


 いつから始まったのか定かではないその歴史に終止符を打ちつけたのが若かりし頃の私の父、テラセナ・ガウェイン。

 ファスト国王その人だ。


 そして、そんな父と共に大陸革命を勇往邁進(ゆうおうまいしん)・忠勇無双を為した多くの戦友が1人で私とマニの剣武の師。

グラデュオム・ルゴール。


 国政執務で多忙な父が最も信頼する我が師は大陸最強騎士や怪物と永らく言われて、壮年期の今も数多くの英傑(えいけつ)豪傑(ごうけつ)憧憬(しょうけい)として君臨する。


 魔人族らしさの体格は筋骨隆々で山の様に聳える印象の姿は騎士となった今でも相変わらずだ。


 魔人族とは人族よりも魔素に永く当てられて繁栄してきた一族で、他種族より豊富な魔素を身に宿すが、その姿は人族と変わりなく、大陸の魔素濃度が濃い地域に生まれ育った者はそう呼ばれ、大陸各地に一定数存在する。


 その大半は魔素に長ける分、様々な分野で偉業を為すが、特に人族からは優秀過ぎる故、畏怖の念に晒されてきた過去もある。


 そんな師が死中に活を求め、若い世代だけでも逃がそうと必死の抵抗を示す最中、王都の精鋭達は皆、苦痛と失意と信念の三つ巴に揺れて、その迷いが言葉なき足枷となって師を窮地に追いやった。


 冷静に考えると、あの紫甲冑と思念体に遭遇した瞬間に退いておけば良かったのだ。


 今となってはもう遅いが。

 

 師は足手纏いの全部隊を庇いながら、敵達の猛攻を防いでくれた。


 私やマニ達も応戦したが全く歯が立たず、その都度、師は追撃を凌ぎ捌く。


 師の言うとおり素直に退却をしておけばとここ数日何度も悔やんだ。

 友のマニと共に師の病床傍で。


 未だ目覚めぬ師を落ち込むマニと呆け気味に眺めながら自然とあの日起きた出来事を思い返す。


 マニもマニだった。


 【聖凛獣姫】(ミコ・ロゼトゥス)と呼ばれるくらい破竹の勢いで王都の傑物達と肩を並べ成長したが故に身の丈を計り間違えたのだ。


 私も王宮守護騎士団(ゲニウスハーツ)の最強騎士の副長として自負したばかりに多くの仲間を危険に晒し、愚将の窮みだ。


 いや、あの場にいた師以外の全員、いつの間にか順風満帆(じゅんぷうまんぱん)な生き様に自惚を羽織っていたのだ。

 

 両手の硬く大きな剣胝で周囲に王女という体裁を叩き斬る様を見せ続け研鑽(けんさ)を重ねてきた剣技スキルに絶対的な自信を持っていたつもりだった。

 

 だから、師が敵前に散りかけた時、私はただ嗚咽に掻き消されながら、赤児みたく狼狽えるしかなく現実を認められなかった。

 マニに至っては獣人族の鍛え抜かれた鋼鎧の様な頑丈な肉体を最も容易く貫かれて虫の息でいた。


 その姿を捉えた瞬間、絶望感に嘲笑(あざわら)われ、奪われた。


 それまで育ち彩ってきた心根の部屋から何もかもを。


 他の傑物達も殆どが失意に打ち拉がれて、生気を瞳に宿せずにいて、辛うじて意識を保つ者は何とか起き上がるも敵の圧倒的な重圧を前に立ち上がれずにいた。


 私は心の中で父や師に懺悔(ざんげ)しながら冷たい石肌を最大限の力で握りしめる事しか出来ず、師の最期の背中すらボヤけてまともに捉えていなかった。

 

 唇から滴る鉄臭すらその時はどうでもよかった。

 悔いと無力感が交互に激しく打ち寄せる中、振り絞って誰に向ける事もなく声を出した時だった。


 願いが通じた様にそれらは姿を現した。


 人や魔物が断ち斬られる時の音とは違う甲高い音が木霊するが、その景色をハッキリと捉えるには少々時間を要した。


 霞み揺れる景色の中、誰かの暖かく落ち着いた声に伴い、眼前に薄らとした陰を感じた。

 

 『持続的回復魔法』(デュベネディクト)という掛け声が聞こえると霞も揺れも徐々に鮮明になり、全身の重苦しさも鳴りを潜めたが、紫甲冑と魔素思念体に迫る程の魔物の気配を纏った端正な顔立ちの男に全身の神経が逆立っている。


 頭では理解できている、助けてくれた。

 師を含む全ての傑物達を囲う魔力障壁から感じる魔力量は師すらも凌駕している。


 でも、心がそれを拒んでいるのか恩人である彼を直視出来ず呆けと戯れるしかない。


 彼は次々に傑物達を救護してくれている。

 先で聞いた掛け声が何度か聞こえたらその声は魔力障壁の向こうにある悍ましい気配に向かっていた。


 魔物。ただただその言葉しか思い浮かばない。


 何故魔物が人を助ける?


 何故魔物同士で闘っている?


 その魔物は一度だけ振り返ったがその眼差しはまるで人族のそれだ。

 

 でも、とても人族からする魔素気配ではない、幾ら考えても心と頭が共鳴しない。


 その魔物のすぐ後ろで跪き、肩を大きく上下にゆっくり揺する師も固まったかの様にその場に留まっている。


 私の周囲では先程の男が献身的に救護してくれているが、動ける様になった者は余す事なく、その気配に警戒と戸惑いを示す。


 どんな言葉を投げつけられてもひたすらに慈愛を示す彼に次第に重傷者以外の者は警戒を解きはじめ、気付けば私は彼の補助に回っていた。


 彼が使用する魔法は大陸中でも扱えるのは限られた少数の聖属性魔法。


 私はそれが扱える事もあり、彼の立ち振る舞いにより正気を取り戻せたのだ。


 私が今為すべき事。それは、聖属性魔法で生命を繋ぎ止める事。

 

 彼はザバンというらしく、一番酷い被害の師を懸命に救おうとしている。

 私はその彼の指示に従いマニの微かな灯火が消えぬ様に必死になっていた。


 応急処置をしながら、気を抜けないがそれ以上に、もう1人の行方に目を離せずにいられなかった。


 正直言ってこの時の私は、嗚咽(おえつ)塗れ(まみ)絶望に苛まれた事を忘れてしまうほど、その気配に虜になっていた。


 読めなかった紫甲冑の太刀筋を全て凌ぎながらも2回も見事に反撃した。


 その残像が薄く写絵のように焼きつけると、再びマニへ集中を戻し、一応の応急処置を済ましザバンに呼ばれて駆け寄った。


 ザバンから感じた気配は最早、心地良い空気さえ感じ、彼の質疑に素直に応じながら、部隊の状況を鑑みて私はジャノスに駐留している支援部隊に連絡を取り、ザバンもゼノという友に何か話している。


 暫くすると彼に連れられてゼノは集めた仲間達に自信に満ち溢れたように言い放った。


 ジャノスへの同行を条件に、部隊の失念を取っ払ってくれるらしい。


 初めは何を言っているか理解に苦しんだが、そもそも彼らが居なければ私達はどうなっていたか……


 師に代わって副官としてこの部隊を預かる以上、決断に責任は付き纏う。だが、戸惑いはするも迷う選択は無い。ゼノに何かを感じずにいられない私は彼に全て委ねた。


 後で幾らでも罰を受けよう。彼らの言う通り失念が取り除かれれば良いが、そんな奇跡染みた魔法がこの世にあるのだろうかと戸惑いは隠せない。


 それでも構わない。もうどうなっても良い。


 ゼノから手渡されたシロップを仲間達は重傷者に次々と飲ませてゆくと順を追うように瞬く間に傷が塞がってゆく。


 彼方此方で騒めきを起こしている中、懸命にザバンと仲間の魔法で師は繋ぎ止められている。


 私は、師はもう助からないと思った。

 片腕と意識を失っている。


 その現実は未だ受け入れられない。


 ゼノは何故落ち着いていられるの?


 歴戦の勇士達の最期は何度も観てきたからわかる。


 師も友も今日失うのだ。


 その気持ちだけが繰り返し押し寄せ、心を整理させてくれない。


 ゼノと交代したザバンが心配そうに私に寄り添ってくれる。

 未だ気持ちの整理が着かない私はそれでも必死に震えを堪えて気を張った。

 

 ゼノの慣れた手つきと雰囲気に一瞬にして呑まれた。

 

 師の腕はどんどんと再生して、傷が塞がってゆく。


 「ユイカ殿。シロップを彼女に飲ませて。」


 傍からのその声に素直に従い、脚元に横たわるマニの口へと薬を運んだ。


 意識朦朧(もうろう)としていたマニの瞳孔はやがて微かに動き出し、貫かれていた腹の穴は少しずつ塞がりはじめた。


 「なに……この薬……」


 その言葉が精一杯だった。


 騎士として、1人の傑物として、気を緩める訳にはいかないと思えば、思うほど、堪えきれず溢れるそれは、普段みせる凛とした気高さとは程遠い弱々しく、慈悲深な薄ら笑みを浮かべるマニのせいか、ゼノの薬効のせいかわからなくなった。


 「良かった……ホント……よかっ……も……ダ……かと……」

 「ユイ……いたい……なよ……」


 冷えた肌に断続的な小刻みの震えを肌で感じ取ると覆る常識に言葉を詰まらせながら私は意識を取り戻しつつある戦友をしっかりと抱きしめていた。

 

 戦場で溢れ落ちゆくその無情さを知っているからこそ、この奇跡の間だけは完膚無きまでに私の中の鎧兜は脱ぎ剥がされていた。

 この瞬間だけ、騎士でも王女でも弟子でもない私は、私の中に宿っている私を呼び起こした。

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