八話 ジャノス (その②)
―ジャノス軍医施設、王宮治癒院
ファスト王国の肝入りでジャノスの発展を陰ながら支えてきた由緒ある医療機関、王宮治癒院研究所
の所長室に来ている。
「この回復薬はタングラの迷宮素材並の効能ですよ。ここで採れる素材を本当に使ったのですか?この品質をどうやって……」
グロリアから貰い受けた回復薬の分析結果を持ちながら所長室の端から端へとブツブツ呟きながら落ち着きなく歩き回る男はここ治癒院の責任者で、かつ王都で最高位の薬師、小人族のニル・チトマだ。
知性に長ける小人族は成人となっても人族の背丈半分ほどしかなく、人族でいう7〜8歳くらいの身なりをしている。
「なんか、すごいブツブツ言ってない?」
「貴方の魔力錬成術のおかげね。」
グロリアは嬉しそうに答えたが、俺には理解できなかった。
昨日の回復薬がどうやら地上世界の常識では摩訶不思議な現象に見えるらしい。
こちらとしては売られた喧嘩を余す事なく買ったまでなのだが……
高品質な薬を錬成するには魔力操作の繊細さは勿論だが魔力壺の中に溜める魔素の質も高くないといけない。
―魔力壺
本来、魔素というのは魔力探知無しでは肉眼で存在を捉える事は出来ない。
回復薬に限らず魔力錬成で作る際、魔素探知能力を扱い魔素を抽出、収束して魔力に耐えうる壺の中の媒体に定着させる事で魔力壺となる。
が、しかし、幾ら抽出元の素材の品質がいくら良くても壺の中の媒体である水質が悪ければ宝の持ち腐れとなり、逆に言うと素材の品質が悪くても水質次第で完成品はガラッと変わる。
グロリアや北エリアの工房やこの治癒院研究室の魔力壺は軒並み水質が頗る悪い。
故に昨日は壺を使わずに作製した。
「あぁぁ!やっぱり無理ですよこんなの!理解できない!」
小人が常軌を逸したかと思うほどの雄叫びをあげている所に噂を聞きつけた他の研究員達がこぞって所長室に流れ込んできて所長に詰め寄っている。
考え込み過ぎて脳内がショートしたのかの様に呆けている所長が飛び跳ねる様に他の研究員達を押し退けて凄い勢いのまま足元に跪いてきた。
「お願いします!これを作った魔力壺を下さい!」
体格のせいか凄く愛らしく感じるその健気で謙虚な姿勢に免じて教えてあげよう。
「実は魔力壺使ってないんだ、ソレ。壺がすこぶる良くなくてさ、魔力錬成で作った。」
「!!!」
俺の言葉に度肝を抜かれたのか研究員含め小人達の目が一瞬にして丸くなる。
可愛いな、おい。
魔力は使えど錬成が不得手な種族らしい。
その為、物理技術による研鑽が受け継がれてきた。
その場は一気にヒートアップして小人族達の阿鼻叫喚はさながら耳触りの良い演奏にすら聞こえる。
「この街の魔力壺は全て我々が作ったのです!そ、そ、それが……す、す、すこるぶッ……」
チトマ、噛んでるよ、焦りすぎだ。
とりあえずここは落ち着かせる為に魔力壺をまず作ってやるほうが話は纏まるだろうな。
現に昇天しそうなチトマを他の者も心配してるし、一丁作ってやるか。
「そうだな……魔力錬成については個人差はあるだろう?教えてもすぐに出来る事じゃないし、なにより不得手ならそれ以外のやり方、例えば壺の改良っていうのはどうかな?」
眼光に輝きを宿した彼らをみて確信した。
ここにいる者は皆賢い。
無知は罪というのを理解している。
まず、媒体の水質改善から手をつけよう。
とはいえ、ラム婆の所にあった魔力壺の中身とは随分かけ離れた性質だ。
「どこの水を使っている?」
「それは、この研究室裏の大滝から汲み上げ蒸留したものを使っていますが。」
「蒸留前の水はある?あれば見せてくれないか?」
別室から持ってきてくれた水を魔力探知で解析すると、そこまで悪くない。
となると、蒸留方法に問題があるかも知れないとおもい蒸留水も解析してみる。
なるほど、蒸留後の魔素がやけに多い。
取り除き切れてないのだ。
壺の中身は万物の魔素を溶かしやすい性質。
これでは素材を溶かしたところで魔素定着率が少ない。
これを解決するにあたり最善の方法は魔力機構の構築だが、あまりにも手間が掛かる上に魔力錬成も必要になる。
つまり彼らだけでは難しい。
ならば、魔力を必要とせずもっと手軽にできる方法……
◆◆◆
研究室に来た。
製作機構は後で考えるとして、試作は魔力でしてみるか。
そういえば昔、ラム婆が使ってた素材があったな。
魔具袋からビーチクエルクス材を取り出した。
それを覆うように耐火魔法壁を展開し火魔法を流し込み炭化させる。
更に炎を強くして蒸気や木材からでるガスを利用してそれらを賦活し、水魔法で酸洗浄する。
あとは風魔法と土魔法で乾燥させる。
単調で雑ではあるが、良い音がする。
これで一旦試してみるか。
魔力壺の中にあるそれに漬けてみると、みるみる余分な魔素が吸着してゆく。
しばらくして水質は幾分マシになったとはっきり解る。
「では、この壺でポーションを作ってみてください。いつも通りの魔力量で。」
チトマが恐る恐る地産の素材カードを漬け込む。
壺を加熱すると魔素が次第に壺の中に溶け込んでゆく。
溶け切った液体を少しずつ冷やし、専用容器に移し替えると、昨日錬成した物よりは劣るが、その出来栄えは火を見るよりも明らかで研究員達は飛び跳ねて大喜びした。
どうやら良いアイデアが浮かんだのか、大急ぎで研究員達は駆け回り散会していき、チトマも深く謝意を述べてからどこかへ駆けていった。
「あとは、彼らがなんとかするだろう。腹減ったからなんか食べに行こうか。」
「ええ。なら良い店あるわよ。」
貪欲で好奇心の塊である彼等の姿に親近感が芽生えて、思った。
彼等ならもっと究めてより良い結果を出せるだろう。
八話まで読んでいただきありがとうございます♪
あれこれ悩みながら書いてます。
また機会があれば次話読んでみて下さい。
うぅ、物語ががまとまらねぇ(汗