五話 紫甲冑と魔素思念体
まだまだ未熟な書物ですが試し試し書いてます。
ご容赦ください(汗)
俺は死の恐怖を臭わせる程の威圧感を人知れず鼻水で遮断した。
鈍い紫色の甲冑姿をした人影は兜越しでも判るほど狼狽え、背後で全身傷だらけで跪いている壮年の男から漏れ伝わる貧弱な呼吸は温かさしかなく、この助太刀はある種の正解を感じさせる。
眼前の紫甲冑から目を逸らせば、気を抜けば、一瞬にして俺の首が刎ね飛ぶ確信しかない。
相手の不気味な刀身から放たれる瘴気はこの世の物とは思えなくて、ひたすらに静かで冷たく、時折痛みを錯覚させる。
ザバンが俺の背中を預かってくれて得意の魔力壁を展開し負傷者達を救護してくれているが、多くの失意と混乱で捗っていない。
「これは……困った。」
出発前日に師達から言われた『地上民について』の話をふと想い出して不意に口をついてしまった。
「それはこちらの台詞だ。貴様はなんだ?」
「ただの行商冒険人だ。」
「それは奇怪よ。我が妖刀を前に叩き斬れぬ物はないというのに、何故貴様の身体は疎か、その棒切れまでも壊れていないのだ?後ろの雑魚の様に。」
眼前の敵とそう言葉を交わした刹那、異様な気味悪さに襲われ驚いてしまい焦る様に敵の腹に蹴りを入れてしまったがそれがどうやら怪我の功名とも言える絶妙な間合いをあけた。
「我が妖刀、武具殺しは全ての武具を破壊するのだがな……」
全ての武具破壊?なんて卑怯な性能してやがると叫びたかったが、油断は禁物。
物理的距離があっても無駄口叩けば一瞬にして首が飛ぶ気配は一向に止まない。
余計な一言が命取りになりそうだ。
「そうか、貴様のそれは魔剣か。」
察しの良すぎる分析力にこちらも少なからず動揺したが、それ以上に背後から騒めきが細波のように届いた。
邂逅してものの数分で知性の高さを感じさせる人影に今更ながらある種の恐怖を憶えたが斬撃に飛び込んだ時よりも幾分精神的な余裕が生まれていた。
周囲を見渡せば敵対する人影の更に奥からこちらを眺める人のなりとは違う魔素思念体がいた。
そこから感じ取れる気配は憔悴か落胆か。
「だから言っただろう… …クサビ。面倒な事になったと。」
魔素思念体がそう言うと眼前にいるクサビと呼ばれた紫甲冑は浅いため息をつきながら少し何かを考え込むと奥に目を配らせた直後一気に殺気だった。
紫甲冑が考え込んでいた隙に魔具袋から魔素カードを開放し魔剣を用意しておいて良かったと空いてる右手にそれを握りながら自画自賛した。
「やるってんなら容赦はしない。ここで死ぬわけにはいかないんで。」
「ほぅ、貴様… …良いな!」
身の丈3倍ほど離れた距離が瞬きほどの時間で詰められ妖刀の剣先が首を掠める。
反応が遅れていたら喉は肉の串焼きのようになっていただろう。
初手を躱したのも束の間、相手の肘打ちが右頬に強打され体勢を崩し蹌踉めくと妖刀の太刀筋は薪を割るかの様に頭上から綺麗に鋭く重く降り注いだ。
「くくっ……これを止めるか貴様。」
っ危ねぇ!
咄嗟に双剣を交差させていなきゃ間違いなく真っ二つに叩き斬られて俺の冒険は終わっていた。
そうか、やはりこいつは人の形をしているが魔物なんだな、殺意に一欠片の躊躇も無い。
――なら遠慮は要らないな。
交差した双剣を妖刀の刀身に滑らせながら懐まで潜り込み紫甲冑の土手っ腹に太鼓を叩くバチの如く叩き弾いてやった。
魔素思念体のすぐ横の岩壁まで軽く吹き飛んでくれたが、うーん、大した手傷では無いようだ。
甲冑を叩く瞬間に魔剣と甲冑の間に僅かな魔力壁が見えたがそれはどうやら彼らの会話から察するに魔素思念体の仕業らしい。
厄介だ。紫甲冑と魔素思念体の相手をしなきゃいけないかと思うと骨が折れるが、この手の攻防には里の師達との日々が重なり既視感を抱いた。
どうやら敵は早くこの茶番を終わらせたいみたいだ。
紫甲冑が身体強化魔法を使って鋭敏な足取りで仕掛けてくる。
さすが身体強化魔法。この術式を構築した偉人は何故無名なのかとさえ思えてしまう。
紫甲冑の動きは格段に良くなったが、こちらも漸く身体が温まってきた分、しっかりと相手の動きを追える。
左右に振り抜く一閃に数段の突きの組み合わせ。
一見出鱈目に見える太刀筋は実に規則正しく、確立された型があるのだと幾度か魔剣で受け流すと良くわかる。
ラー爺とグスタバの特訓の記憶が重なる事も頷ける。
この立ち合いはほんのりとした懐旧の念を抱かせる。
相手の太刀筋は洗練されていて一撃が重い。
持久戦は愚策。
一気に叩き打ってやろう。
神経を研ぎ澄ませば空間の魔素一つ一つの僅かな揺らぎを捉えられる。その隙間を縫う様に妖刀の太刀筋を躱して俺は魔剣を甲冑目掛けて全力で振り抜いた。
恐らく魔素思念体と紫甲冑は先程の間合いを基準に俺の攻撃を計っていたのだろうが、残念だったな。
先の一撃は両手だったが、今度の一撃は両手と見せかけた居合抜きだ。
速さが違う。
その刹那の差が勝敗の分かれ道だ。
また岩壁まで吹き飛んだ紫甲冑の甲冑は右脇腹から胸元までしっかり割れている。
「クサビ、君の負けだ。約束は守ってもらいますよ。」
紫甲冑は仕方無さそうに魔素思念体に従うと閃光と共に姿を消し、辺りから重い禍々しい瘴気は跡形なく消えた。
しかしながら里からの八層目には毎度困るほど強い魔物が出る仕組みなのか里に帰った時聞いてみようと思う。