四話 邂逅
「……ゼノ。ふざけてる?」
里を出発してから数刻過ぎた辺りでザバンがなんとも言いようのない視線で問いかけてくるが、きっと言いたい言葉はこの左手に持つビーチダイヤ材の棒切れの事だろう。
ひとえに楽なんだよな。剣はそれなりに重いし、狭い場所では扱いに気を割かねばならないし、何よりこの棒は魔力を纏わせて魔剣化すると更に硬質になり、剣よりも短く、軽く、振り回しやすいのなんのって。
それに魔剣化しても棒切れだから魔力の消費量なんて僅かだし周辺の魔物は一撃で倒せるのも魅力的だ。
前回の火牛みたいなのが出てきたらちゃんとした武器を出そうと思う、あんなのが相手なら流石に棒切れじゃ倒せないだろうと伝えたらザバンは呆れていたけど降り掛かる火の粉を払い続ける内にザバンの内心は最早どうでも良くなったのだと確信した。
里からの一本道を暫く行くと、広い草原地帯に出るのだが、ここに棲息している塩牛の肉は保存食にすれば味の深みがある燻製肉になるし調理すれば柔らかで脂の載った霜降りステーキにもなる。冒険食としてうってつけだ。
ただ気性は荒く、同族以外の姿を見ると襲撃待ったなしのお転婆さんだ。
その度に俺の左手は剛腕を発揮し気付けば狩り尽くしてしまったが、何日かしたらまた姿を現すだろう。
(それまで里の皆、ごめんなさい!)
さてと、塩牛の肉が大量に手に入ったし、ここからは速度を上げて進もう。
道中絡んでくる魔物はとことん殴り倒して全部カードに納めてやった。
見つけた資源も採り尽くさない程度に確保したり、休憩時は魔具を駆使して調理したり、料理の香りに釣られて寄ってきた魔物をまた殴り倒して、そうやって繰り返しながら里から出発して4日が過ぎた頃、目前の広間はかつて里の勇士達が壊滅寸前まで追い込まれた地、確か里から8層目にあたる階層に繋がる階段手前の広間。
以前は急ぐあまり周囲を気に留めなかったが、こうして余裕があるとふむふむ、貴重な鉱石が目を引くどころか其処彼処に乱立しとるやないか。
ザバンは彼の地にトラウマなんだろう。近づく程苦い表情に酷く動揺しているからちょっと元気づけてやるか。
「おーい、ザバン。鉱石の回収済んだし、そろそろこの辺で飯にしようか。」
「あ……うん。」
落ち込む時は美味いもんってな。
周囲に魔物の気配は無いし、遠慮なく調理するぜ!とはいえ、時短の調理が良いな。
楽だから。
ボーキサイト鉱石からアルミナを抽出して雷属性魔法で地金を形成し、魔力強化した棒で薄く延ばせばアルミホイルの出来上がり。
アルミホイルの上に厚めに切り分けた塩牛の肉に胡椒を両面にまぶして傍にすり潰した大蒜を一緒に包む。あとは火魔法で魔具に着火し完了。
しばし待つ間に、残りの地金を延ばしておこう。
「クン……クンクン……なんか良い香りがするんだけど。」
「だろ?これは大成功だぞ〜。」
辺り一帯にステーキと大蒜の香ばしさが充満して空腹の鐘の音が鳴り止まない。
アルミホイルを開くとその香りはより一層強みを増して食欲を誘ってくる。
ソルトブルというだけあって肉に塩味を程よく感じさせ、すり潰した大蒜も良いアクセントになる。
何より肉汁が堪らん!バクバク食べているうちに
重圧に震えていたザバンは落ち着きを取り戻していた。
やはり美味いもの喰らえば元気は出るし、その勢いがある内にトラウマ克服と行こうじゃないか!
まぁ……念の為に、魔具袋から一振りの剣を用意しておくか。
「そういやさ、ゼノは戦闘職はどうするんだ?」
「正直なところこれと言ってないかな。ただ適性は知っておきたいし、適性あるやつでいいかも。」
「ゼノなら剣士か戦士か魔法士とか濃厚なんじゃないかな?」
そいつは王都に行ってからのお楽しみだ。
ザバンは差し詰め魔法士だろうな。
属性魔法の種類は目を見張るものだってミルティーが言ってた。
「何にせよ、俺もザバンも楽しみ増えたな。」
そんな会話をしながら階層を上っていると奥から少しずつ衝撃音や焦臭を感じたが、それは勘違いではなかった。
階段を上り切ると異様な気配の人影の背中を見たがその先に多くの人影が転がっていたり伏せたりしている。
ざっと数えても50……いや60人程か……全員酷い負傷をしている。
「あの手前の人影、人……か?」
ザバンの気持ちはよくわかる。
明らかに一つ毛色が違う。
落ち着いて見れば手前の人影が全てを相手にした後だと判断できる。
それに何故かそいつを視界に捉えると胸騒ぎがするというか妙に心が掻き乱される感覚に陥る。
奥で伏せている人影達は皆瀕死なのだろう、広間に充満する悔しさや嗚咽の気配から劣等感を匂わせる。
圧倒的な勝者と敗者の温度差。
気が付けば俺は圧倒的勝者の振り下ろした斬撃を受け止めていた。魔剣ビーチダイヤで……。