三十三話 這鳥
いつも読んで頂きありがとうございます♪
探り探り書いてますので、読みづらい点はご容赦下さい。
迷宮から出てきたそれは、四本の大黒柱で大地に悠然とその壮大な影を落としながら打ち払おうと天高く大きく振り翳した瞬間。
「全員ッ!退がれッ!」
俺は躊躇する事なく叫んだ。
その言葉には一片の曇りもない。
甚大な衝撃による薙ぎ払いに全軍、とりわけ迷宮側に近い部隊ほどその場に辛うじてたじろんだ。
俯瞰して例えるならば、洗練されたかの様に狂わずにいたV字型の烏合が大気と大地が織りなす圧により泡のように途切れて弾けた。
迷宮から出てきたその影は山へと姿を変たが、天高く舞う鳥からするとその山はまだ小さく映って見えているのだろうか… …。
眼前に聳え立つ大山は部隊をまるで蟻を踏み歩く様に雄大にしなやかに歩を進める。
「我、この根源を先住の贄に捧げる。数多の叡智の宿り舟よ、今ここで契りを交わし、不動の風と為り曇天の威を断ぜよッ!【覆す神威】ッ!」
俺は焦りはしなかった。
だが、金輪際無いだろうと言い切れるほどの勢いで高速詠唱をしていたと誰もが思ったかも知れない。
そう考えた俺もそこに含まれているのか。
振り降りた〝理不尽な無慈悲〟が辛うじてルゴール達、中央部隊の頭上で闇とも表現し得る影を落とし、轟音を上げ、中央部隊との境目で激しく閃光が弾けると俺の身体はかつてない体験に身を圧し捻じ切られる様な感覚に陥った。
「ヴッ… …ッ!!」
その圧巻に身を委ねかけていた猛者達を中心にルゴールは叱咤しながら、瞬時に俺の気配を読み取り、こちらへと鬼気迫る顔で駆けだし、それに、釣られた猛者達が全身全霊でその背中を追い続くが、俺は途切れた左右でたじろぐ猛者達が起き上がるまでの時間を必死の抗戦で稼ごうとした。
一度の理不尽に抗うとごっそりと魔素は削れて、その不快さと言えば、鼻出血を伴う程である。
今にも意識が飛びそうだ。
聞こえる音に耳を澄ませばその音はやがて次第に大きく抑揚頓挫する。
(そうか… …この音は… …俺の心音… …か)
喉が潰された訳ではないのに、声が出ない。
眼窩から一体何が滲み出ているのだろうか?酷く冷たいが〝ぬるさ〟も微かにする。
視界が妙に重く、暗く、強引に瞼を閉ざされそうで、俺の体内を巡るあらゆる物質が聞こえるはずもない軋みをあげている。
滲み掠れゆく景色の中で、その両端を黒い影が横切った気がしたが、ハッキリと捉えられる余裕が無い。
ものの、十数秒だろうか、体内から全てを振り絞り切るとあの大山が、一歩か、二歩程度激しく後退した様に思えた。
脳内に響く音は呼び声か?
誰だか不明である。
誰だ?誰が、俺の名を呼ぶ?
霞む視界から何かが砕け散っているが、随分と酷い緩慢な崩壊だ。
まるで、そこに居ないはずの魔導の師であるミルティーの反重力魔法が唱えられているのかと錯覚を無性に起こす。
温かい気配と確かに俺の名が両耳から聞こえる事は解る。
解るが、刹那に迫っていた筈の漂う闇色が今はその陰を一切とも許さない無音の純白世界を見せる。
あぁ、やはり温かい。
この温もりは、随分と昔に感じた気さえ起こす。
俺の名がやがて反響を繰り返してゆき、いつしかそれは気付け薬と成っていた。
うら若きというべきか、透き通った、否、それは懐旧と慈愛に満ち溢れた情の様な風の音だ。
その風音に身を委ね、漸く気付くと、そこには一人の美しくも、どこか儚げさを滲ませる絶世の美女が浮かんでいた。
「アレは、俺… …?」
美女を捉えたと同時にその無白に漂う酷い有様の俺と同じ装備をした男と美女の背中を俺は俯瞰していた。
何かが、聞こえる、聞こえているはずなのだが、巧く聞き取れない。
何かとても大切な問いかけの様な、それでいて、温もりを不思議と感じ続けたいが為にそこまで必死に泳いで近づこうとしている。
理屈じゃない何かに背中を押される。
なんだ… …?頭がボヤけている… …。
漂う男は目を開くこともせず微動だにしない。
脳内を支配する靄が濃霧と化してゆくのが手に取るように解る度、猛然と清閑な風が決して交わる事なくそれを薙払ってくゆく。
幾度も幾度も… …もう、どのくらい時が経つだろう。
霧に埋もれぬ様… …時に猛々しく、時に戦ぎながら… …。
ついつい微睡んでしまう世界を漂う内に俺の意識は微動だにしない男に宿ったか、眼前に突如現れたその美女と口づけを深く交わした。
その一瞬、ほんの一瞬だ。
一つ、輝きを強烈に放つ紋と、焼け焦げて原型を留めておいて置けなかった何かが、フラッシュバックし、確かな痛みが直後に突き抜けた。
無白に微睡む身体が動いた事に気付くと同時に美女は微笑みながら何かを告げたが漸く聞き取れた言葉… …。
「… …『不変の〝 〟』」
その最後の言葉だけハッキリと脳裏に確かな認識を植え付けた途端に俺の視界には、地団駄を何度も踏みつける魔象の憤怒を捉えていた。
今にも割れてしまいそうな【覆しの神威】の残光の細い筋は正中線を辿るかの如く俺に向かって延びてきており、それは後光ならぬ、導きの灯かと不思議に思えていた。
踏み割った勢いで猛烈に向かってくる魔象にふと、違和感を感じる。
丹田から脳裏に向かって駆け抜けるシナプスに絆されたか、灯による温もりなのか、ほんの僅かな己の揺らぎなのか、得体の知れない何かに心を溶け委ねながら、帯刀していた一振りの魔剣に記憶の途方も無い遥か底から〝輝紋〟を掬い上げて囁いていた。
「この血、悠久の時世を焦がし、彼の地を這い潜り、在るべき頂きへと還らんと欲し、その心中に眠る尊びをこの地に宿さん、風の名音をここに記せ… …【獄駆極抜】… …」
何故だろうか、刹那の間すら振り向くことさえしなかった背中の向こうにあまねく見知った顔達の驚きの表情に瞳孔と口元が開いている情景が垣間視えた。
―身体に迸る魔素が癒やしと嘆きを一面に与えているのか。
―あぁ、この〝輝き〟のお陰なんだな。
―不思議だ… …記憶がない。
気付いた頃には、迷宮の入り口より少し奥まで続いている亀裂に魔象の体躯は巻き込まれたのか、裂けた魔素体から見覚えのある一杯の杯が禍々しい光を解き放ち、散りゆきながら甲高い音色を奏で地に溢れ落ちたのが見受けられた。
俺は軋む身体に鞭を打つ様に、だけど今度こそしっかりと皆の安堵を確認したくて振り返った。
俺の表情は薄幕を着飾っていたらしく、裂けた迷宮の遥奥から包みこんでくるそれを纏っていた半身はまさに後光に愛されていたと、後に皆は語っていた。
―轟音に誘われながら崩壊してゆく迷宮を見届けた後、荷馬車の荷台に揺られながら、夜風を浴びつつ、無事に誰も、何も失わずに王都へ帰還出来た事に感謝したのはそんな日の夜だった。
ここまで読んで頂きありがとうございました♪
一身の都合上、不定期更新ですが、また次話読んで下されば嬉しいです♪
前話あげてから、なんか気持ち悪くて気持ち悪くて、眠れなくって、勢いの趣くままに書いてしまいました。
ご指摘、ご感想、ドシドシ承り仕ってます!
書…寝よ寝よ、良い加減、もう朝… …_φ(・_・




