一話 果実と果報
俺の名はゼノ。歳はまぁ、大迷宮の隠れ里で生れ落ちてから10年は経つ。
生れ落ちるという言い方には理由があって里を見渡せる小さな丘の広場にある大樹、【万能樹】の太い幹から別れる数多の枝にどういう訳かこの大樹に流れてくる栄養が蓄積しきると眩く鮮やかな色光を放ちながらその実は地に落ち割れて生命を象るが、年齢や人種など様々あり、俺もこの10年で様々な果実を目にしてきた。
かく云う俺も人族の若人姿で生れ落ちてきたからな。
「うむ、今年も豊作よのぉ。ゼノよ。」
朗らかにほくそ笑みながら話しかけてきた老人は里長ことラウズヴァール氏。
里の皆は親しみ込めてラー爺とか師とか里長と呼ぶ。
今日は迷宮探索を終えて腹拵えしに里の広場にある料亭に寄ったのだが、大樹から新しい果実がまた生れ落ちそうだと里長達に声をかけられその様子を好物の果実酒を呑みながら観ていた。
10年に1個の果実が生まれ落ちれば良い方らしいが、最近は1年に10個のペースで果実は落ち、里も少しずつ賑やかになってきている。
今日もまた一つ生命が生まれたらしい。
里には赤ん坊竜人から老齢のエルフまで多種多様な老若種族が共生していて、ラー爺曰くこの里はこの世界における縮図だという。
迷宮探索後に料亭にて好物料理に舌鼓を打つ事が俺にとって至福の時だが、今日は大樹の前で盛り上がる皆を静観するのも変化があって良いと想いつつも気になっている事がある。
(最近の魔物肉は食べ応えあるな… …)
近年、迷宮の活性化により魔物の質や強度などが上昇していると里長達は言っていたが納得できる。
近年討伐した魔物や植生素材を魔素カードに収めるとその質の変化はより解る。
この世界の理として、縦8cm、横6cm程の無垢のカードがあるのだが、魔力を介してそいつを使うと植生する素材から棲息する魔物や生活品をはじめあらゆる物の価値を適正にカードに反映する事が出来る。
それは魔素カードと呼ばれ、素材の品質次第でカードの市場価値が偉く変わるんだが、そのおかげで俺の探索人生は毎日楽しいわけだ。
里には様々な仕事がある。
腕に覚えある者は警備団に所属し迷宮探索に赴く事が主になり、魔物狩や資源確保などを担う、戦闘を好まない者は職人となって工房や店を開いたり、農作に励んだりする。
とりわけこの里は迷宮の絶大な影響下にあり魔素が豊富で職人は質のいい仕事が出来るというから割と職人は人気がある。
俺は生まれた直後から青年であった為かラー爺ら里の実力者達に色々と技や知識を叩き込まれた甲斐あって独立探検者としての地位を確立したが、古くから里にいる先人達は基本的に狩りも職人も熟す。
その筆頭が里長ラー爺と三傑と呼ばれる師。
魔導師ミルティー、魔具師ラムラム、闘師グスタバ。
この4名による地獄の特訓が今日の俺を支えてくれている。
まぁ早い話、里の為になる事を請け負う便利屋としてのセンスを磨いてもらったと今なら言えるな、うん……そういう事にしよう。
実際、料亭の女将さんからはほぼ毎日食材確保の依頼はされるし、鍛冶師団や魔導師団からは素材の採取依頼されるし、警備団からは訓練のお誘いや里の設備の修繕や増築工事があったりと毎日大忙し。
そんな俺を里の民はフリーターと呼ぶのは愛、故であると言い聞かせている。
「ゼノ、お疲れ様。」
人の肉料理に手をつけながら横に座り言葉をかけてきたエルフ族は俺の魔術仲間であり、時には探検仲間であり、友でもあるザバンという名の男。
ザバンは端正な容姿に加えて品性の高さを感じさせる堅物紳士なのだが、どういうわけか俺と接する時だけは砕けた態度を見せるんだけど、正直言ってその方が俺も接しやすい。
その辺の匂いを嗅ぎ分けて接してくれているのだろう、なんとも気持ちの良い奴である。
聞けばこの所、活性化する迷宮に新たな魔素を感知し警備団や里の重鎮らは調査をしているが難航して捗っていないらしくその件をこの友は話に来たのだが、本音は里での魔術指導による日々の鬱憤を俺と探索で晴らそうという魂胆だとわかるが、なんにせよ友の願いとあらば協力してやろうではないか。
翌日、里の出入口にある魔素が澱む壁をザバンとすり抜けると迷宮の通路に出るのだが、この通路にはウジャウジャと魔物が蔓延っていて毎度思うのだが、なんでこんな所を出入口にしたのか謎である。
里長はこの出入口の位置を変えられるらしいが聞いても惚けるだけでまともな返答は聞いた覚えがない。一度だけ、鼻に指を突っ込みながら呆けた顔を見てイラっとしたのでその腕を小突いて半泣きにさせた事もあったっけ。
弱い魔物といえ、最近は魔素の濃度も増して瘴気の溜まりもよく目立ち、迷宮の活性化は如実に見て取れる。魔物の質、強度が上がり、並の鍛え方の者ならば長生きは出来ないだろうとは思える。
現に里の出身者で迷宮へ行ったきり消息不明になった者もいるし、決まってそういった輩はどこか師の言葉を舐めていたり、普段の里での言動に品性が欠けていたりする。
『無知はこの世界で生きていけない、弱肉なれど賢くあれ。』
迷宮に降り立つ度に武術の師、グスタバの竜人族らしい厳つい顔と力強い声が脳裏を照らすが10年もこの世界を生きてれば御愛嬌だ。
通い慣れた通路を暫くザバンと進んでみては魔力探知で痕跡を探す。
噂によると里から1時間ほど歩いた所に魔素の痕跡があるらしいが、それっぽいものは見当たらない。
横にいるザバンもどうしたものかと怪訝な表情をしているが、正直言って新たな魔素とやらもこれ程気配が無いと眉唾ものに思えてくる。
まぁ俺としては探索ついでに魔物に鉱石に植物にと宝の山の様に素材を回収出来て嬉しいし、ザバンも久方の探索に御満悦だし、なにより彼との探索は効率が良い。
やはり腕の良い仲間が居ると楽だ。
魔物のあしらい方や探索時の準備や心持ちも理解している分、気兼ね無くすごせる。
疲労を溜めないよう休憩はこまめにとり、時には飯を作って食べたり、戦闘時には魔物の特性や習性を逆手にとり戦況を有利にしたり、魔力錬成で必要な道具作ったりと、普段俺がやらなきゃならない仕事を半分担ってくれる。
結局探索は3日程掛けて里の階層から二つ程上ってみたけど新たな魔素は見つからず徒労に終わったが色々貴重な素材が集まった事はよしとしよう。
里に帰り、俺はザバンと魔素カードを山分けし終え、一息ついた。
一仕事終えての果実酒は堪らなく美味いと感じながら明日の魔素カードの売却総額に想いを馳せ眠りについた。
魔素カードの売却相手かつ俺の魔具師としての師匠であるラムラムは老年なエルフ族の淑女でザバンの祖母にあたる。(俺はラム婆と呼んでいる)
里の中では珍しい血縁家族であり、孫が品のある堅物紳士に育つのもなるほど頷ける。
普段ならカードを買い取とると直様魔力壺にぶん投げて魔具を錬成する彼女だが、どうやら本格的に俺に魔具の錬成、とりわけ魔剣の錬成をさせたいらしい。
ここ数年の魔具師としての働きを評価してくれての判断らしいが心が踊りっぱなしでどうしようもない。
期待と不安が混在する。
期待は魔具錬成は手慣れているし、何より今回山の様に素材がある事。
不安は本格的な魔具錬成になると交易品としての価値を生み出さなければならない、少しでも売値が高く付くような品質をより多く造らねば… …その重圧感に気づかれたのかラム婆から焦らず楽しめと一言だけ聞かされてハッとした。
魔具錬成駆け出しの頃、魔力の扱い方が巧くいかなくて売り物になりそうな魔具をやっと作れる様になったのは5年と少しくらい時を有し、その間の結果が出ない日々はただ苦しかった。
毎日毎日ラム婆からはモノづくりは楽しむ事とよく励まされたっけ。
折角すべての素材を任せてくれたんだ、いい結果にしたい。楽しもう、ラム婆の言う通り。
そうして俺は、魔力が枯渇しない様、魔力制御しながら全ての素材を錬成し終わった頃、工房の作業場に魔具が溢れていた。
中でも魔剣錬成には骨が折れた。
この世界では魔剣とは魔力を纏った剣の他、槍や弓、果ては楽器までの武具、兜鎧や指輪まで身につける防具の事を指す。
通常、錬成時には魔力壺という魔素が溜められた瓶に魔素カードを複数入れて魔力を介して魔具を作り上げるのだが、ラム婆に今回魔剣の錬成だけは壺を使わずやってみよと言われたのが事の発端だ。
壺の有無で格段に錬成の難易度は変わる。
例えるなら雪原に熱源が無い状態で放り出されて寒さを凌がなければいけないくらい、心身共にゴリゴリ削られる感覚。コートや手袋や暖炉付きの家屋があれば雪原なんて余裕だろう。
魔力の補助が無い為、魔素が安定しづらく抽出後から媒体への定着までが一番難しく、魔力もゴッソリ削られるし、魔力枯渇を起こしそうになると回復薬でドーピングしたが、何度も続けると水腹になるわ、頭痛に吐き気に目眩起こすわで魔力の自然回復を促すため瞑想に耽ったりしてなんとか作りきった。
ラム婆は疲れ切った俺を横目に錬成した魔具を魔素カードに納めてくれていた。
なんでも俺の作る魔具は交易品としてそこそこ高値で売れるらしく(今日作った魔具は武防具だけじゃなく迷宮の資源を使った家具や植物由来の抽出液や探索様の薬品や小物など50種類ほどあるが)
近いうちに地上世界との定期交易があるのでその時まで預かってくれるらしい。
定期交易……俺も行商人としていよいよデビューなんだと思うと好奇心と求知心が擽られる。
待ってろ。地上世界!
ルビ振りました。
一部文面訂正しました。