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竜殺しの過ごす日々  作者: 赤雪トナ
番外2 三年の間にあったこと
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5 リッカート小事件

 リシズ・ホイネという男がいる。年は三十頃で、特別な特徴のある男ではない。人柄も他者に嫌われるようなものではなく、人付き合いはそれなりに上手くやっていた。

 リッカートに住み、小さな装飾品の店を営んでいた。もとはリッカートから数日離れた小村に母と一緒に暮らしていたが、母の死後リッカートで店を持つという夢を実現するため、引っ越してきたのだ。一生懸命働いたこととちょっとした臨時収入のおかげでその夢は叶い、小さいながらも店を持つことができた。

 けれど順風満帆にいっているかというとそうでもなかった。


「どうしたらっ」


 苦渋に満ちた声が出た。

 明かりもつけず暗い部屋の中で椅子に座り、リシズはテーブルに肘をついて表情暗く考え込んでいる。

 外は昼だというのに戸を閉め、カーテンも閉じているため暗いのだ。カーテンを開けていても表情は暗いままだろう。

 ここ数日悩み続けても答えがでないのだが、どうにかできないかと考え続け、精神的な疲労を溜めこんでいた。

 玄関先から足音が聞こえてきた。家の中は静かでリシズも声を出さないため、小さな音でも聞こえてくるのだ。

 その音にリシズは恐れを抱き、びくりと体を震わせる。

 すぐに扉がガンガンと叩かれる音が聞こえてきた。家のどこにいても聞き逃すことのないほどの大きな音で、扉が壊れてもおかまいなしといった具合の強さで叩かる。


「ホイネ! いるのはわかってんだ! 出てこい!」


 数人の男の怒鳴り声が聞こえ、リシズは聞きたくないと耳をふさぐ。が、扉はこじ開けられ男たちが入ってくる。


「やっぱりいるじゃねえか!」

「ひっ」


 脅すような笑みを浮かべて近づいてくるリーダー格の男に、リシズは椅子から転げるように落ちる。


「そんなにおびえなくてもいいじゃないか。俺らは間違ったことなんぞしてないんだからよ。借りたら返す、当たり前のことだろう?」

「返します! 返す気はあるんですっ」

「だったら金を出せよ、俺らがほしいのは言葉じゃなく金だ。それさえだせば荒っぽくしなくてすむんだからよ。互いにそのほうがいいだろうが」

「もう少しまってください! なんとか工面しますから!」

「お前前回もそう言っていたよな? あれから十日だ。お前が逃げ出さないように見張るのもただじゃないんだぜ? いい加減この店売っちまえよ、持家なんだろうが」

「それだけは! やっとのことで手に入れた店なんです!」

「そんな事情は俺たちには関係ないんだがな? 俺たちはさっさと金を返してもらいたいんだよ」

「その金がっ」


 ないと言おうとしたとき、借金取りの一人が木箱を片手に近づいてきた。

 リシズの表情が歪められた。


「それは!?」

「金貨がありました」


 ほうと小さく呟きリシズを見る。


「あるじゃないか」

「それは、今後の商売のための資金なんだ! それを持っていかれると、商売も生活もどうにもならなくなる!」


 コインをつまんだリーダー格の男に、必死な表情のリシズがすがりつく。


「商売やめたらどうだ? 店を売って借金を返してさっぱりしちまえよ。今日のところはこれで帰ってやる。次は十日後だ。金の準備しておけよ」


 すがりつくリシズを払いのけ、借金取りは去っていく。

 その場に残ったリシズは床に両手をついてうちひしがれる。


「店を大きくすることなど考えるべきじゃなかったのか?」


 ぽつりと漏らした。後悔しながら、自身の考えを思い返す。

 以前あった北の戦いで多くの魔物が住処から移動し、これまで魔物がいて入れなかった場所に入ることができるようになった。新たな資源や希少な資源が手に入るようになり、それらの発見者は優先的に資源が購入できるようになり、しかも割り引きもされる。購入したそれを使い、大金を生み出したという話が聞こえてきた。

 リシズはこれを聞いたとき、店を大きくするチャンスだと思ったがすぐには飛びつかず情報を集めた。そして移動していない魔物がいることもわかり、派遣した冒険者が死に資源入手が失敗することもわかる。

 集めた情報をまとめて、賭けになる部分もあるとわかり迷いを見せたが、多少の博打は打たないと店を大きくできないと考え、有能とされる冒険者を雇った。

 結果は三度の派遣で二度空振り、最後で移動していない魔物の巣に突っ込んで大失敗となった。

 この失敗で資金が大きく減り、それを取り戻そうと通常の商売に励んだが、流れが悪くなったかそちらでも失敗が続き、仕入れのためにした借金を返すことができなくなったというのが現状だ。


「どうする? 元金もなくなった今じゃ仕入れもできないっ」


 必死に考えてもこれといったアイデアが浮かばず、無為に時間が流れる。次の返済期日までは十日あるが、一秒ずつ時間が減っていくたび精神的に重圧が増していく感じがしている。

 日が暮れて、食わず飲まずでぼんやりとしだした頭でリシズはふらりと立ち上がる。目には覇気はないが、奇妙な意思が宿った。

 寝室にのろのろと向かうと、床板を外し、床下の土の中を掘り返して、金属箱を取り出した。その中には飾りけのないブローチが一つ入っていた。

 大粒のルビーがはまっており、深く濃く透き通る赤は見るものを魅了しそうだ。


「母さん、ごめん」


 今はなき母親の形見なのだが、それを売ること以外にも謝罪を込めた。

 リシズはブローチを布で包むと、家を出る。向かうは知り合いの宝石商の店だ。


 幸助は今日も店の様子を見に来て、菓子作りの手伝いをしていた。

 作っているのはスフレチーズケーキで、店に出すほかに余分に作っている。余分にできたものは店員のおやつとリビオンたち教会の人たちへの差し入れとなる。

 材料費は幸助に入ってくる利益から天引きするように言ってあるので、遠慮なく材料を使っていく。

 キッチンスタッフにスフレチーズケーキ作りのポイントを話しつつ、作業を進めていると警備の一人が近づいてきた。


「オーナー、少しいいですか?」

「ん? なにか用事?」


 手を止めて聞く。


「ここに雇ってほしいという者がきているんですんですが」

「またか。少しだけ待つように言ってくれる? こっちをささっと仕上げるから」


 時々こういったふうに雇ってくれと人が来るのだ。今のままで十分なので基本的に断るようにしている。面接してこれはという者がいれば雇うが、そういった者はいなかった。

 一度のっとり目的で近づいてきた者がいるが、それは調査した後にガレオンを通して兵に引き渡した。その後、のっとりの主犯が閃貨二十枚を提示してきたが、そんなはした金と幸助が言い、これくらい持ってこいと閃貨百枚を家から持ってきてテーブルに放り投げると退いていった。実際、店員ごと手に入れようとしていたので、閃貨二十枚では釣り合わなかった。

 その後の主犯がその閃貨目的に強盗を雇ったが、店に入る前に警備に捕まり、得た情報から幸助が主犯の家に調査に出向いて、ほかにもやっていた犯罪の証拠をつかんだことで首脳陣逮捕となった。


「わかりました」

「そういや、今は裏口で待たせてる?」


 警備は頷いた。

 じゃあと二階に上げるように言い、見張りとして一緒に上がるように頼む。

 警備がキッチンから出て、ケーキをあとは焼くだけという段階まで進め、キッチンスタッフに焼き上がりの管理を頼む。

 二階に上がる前にセレナを呼ぶ。メリイールは休みで、買い物に出かけている。


「どうしたの?」

「雇ってほしいと言ってる人がいる。一緒にきてくれる?」

「わかった」


 セレナはフロアスタッフに抜けることを伝え、一緒に二階に上がる。

 事務所にいたのは十七ほどの青年で、所在なさげにソファーに座っている。

 先に上がってもらった警備に礼を言って、戻ってもらう。

 幸助とセレナは向かいのソファーに座り、口を開いた。


「まずはこんにちは。俺はここのオーナーで、隣の彼女は店長だ」

「あ、はいっこんにちは。俺はナーコンといいます。それにしても……」

「それにしても? なにを言いたいのかな?」


 途中で止めたナーコンにセレナは先を促すように聞く。


「お店のトップが若いのだなと」

「お金さえ準備できれば、誰でもお店を持つことはできるよ。だから年齢はあまり関係ないね。その後経営し続けることができるかは頑張り次第だと思うけど」


 セレナは店を始めてからの生活を思い出しつつ答える。幸助のフォローがあって他店よりは楽ができたが、セレナたちも頑張っていたのだ。

 その返答にナーコンは生真面目に頷く。


「それでここで雇ってもらいたいということらしいね。どういうことをやりたいのかな? 接客なのか調理なのか」

「接客でしょうか。いずれ自分の店を持ちたいと思っていまして。そのときの参考になればと経営に関しても学びたいです」


 幸助とセレナが固まった。その反応になにかしでかしたかとナーコンは不安を抱く。


「残念ながら、雇用は断ることになります。もとより雇う気は少なかったんだけど、その理由だと余計にね」


 セレナもこくこくと頷く。

 この店の経営を参考にしてまともな商売などできないと、二人ともわかっているのだ。

 経営が常に赤字というわけではない。一応は黒字を出している。セレナはこの店が続いているのは、わりと自由にやらせてもらっていることや幸助の無欲さのおかげとわかっていた。幸助が利益を追求してればもっと店の雰囲気はギスギスとしていたと予想している。

 店員の給料はよそより高めだ。それは仕事に相応の態度を求めているからだが、慣れてしまえばきついことでもない。本格的な作法は求められていないのだから。それでこの給料はもらえていて、無茶ぶりもされていないのだから店員たちは頑張ろうと思えていた。そういった思いが、店の雰囲気をよい方向にしている。

 人間関係としてみればいい状況だが、利益を求める意欲が旺盛ではないのは商人としてほめられたものではないだろう。


「どうしてですか!?」

「この店の経営をまねようって時点で、だめだめだから」

「少しは事前調査をしましたが、評判はいいし、客の入りも悪くないです。飲食物の値段も高めだから儲けは高いはずでしょう?」

「そこまでわかって、どうしてもう一歩思考を先に進めなかったんだ」

「値段が高めなのは、原価が高いからで儲けのために上げてるわけじゃないんだよ? 原価そのままの値段設定しているわけでもないけど、それは人件費や材料費や店の維持費のために上げてて必要な分をとってるの」


 お金がかかるのは店員の給料だけではなく、高級な茶葉やお菓子の材料もそうだし、調度品の維持費も安くはないのだ。


「この店で利益出すにはもっと値段をあげないとね。この店作って三年近くたってるけど、初期費用回収はまだまだ遠いよ。このペースだと回収に四十年近くかかるね。それだけたってようやく俺に利益が発生するんだ」

「四十年ですか」


 思った以上に長い時間にナーコンは気の抜けた声を出す。


「そう、四十年。私たちももっと早くに利益を出したいんだけどねぇ。これがなかなか」


 自分たちの努力不足でもないと言い切ることができる。客への対応をずさんにしたり、味を落として客足を遠のかせるようなことはしていない。初期投資の金額と抑えられた商品金額では劇的に儲けることは難易度が高すぎるのだ。

 幸助としてはセレナたちの働きに満足している。収入が約三倍になったのだから、頑張っているとよくわかっているのだ。


「オーナーさんは月どれだけ給料をもらっているので?」

「銀貨十枚前後」

「……少ないですね」


 いろいろと節約してなんとか暮らしていける額だ。店を持つ者の収入ではない。

 想像したよりもトップの給料が少なく、思いのほか経営は苦しいのかと感想を抱く。幸助はそれを表情から読み取る。


「経営がぼろぼろなわけじゃないから。給料はきちんと出してて、仕入れも滞ってない。俺はほかに収入があるから、給料を後回しにしているんだ。店長の給料は銀貨で二十枚超えてるしね。でも君は俺みたいに利益後回しにするつもりはないだろう?」

「はい」

「君が求めているものはここにはないよ。いざとなれば俺の収入で店のフォローもできるし、特殊な店だよここは」


 日本だと税金対策のため赤字の店を所有することもあるかもしれないが、幸助はそういった考えはない。税のありかたも日本とは違うのでその対策は使えないだろう。


「……そうみたいですね」

「まともに経営を学びたいのなら、ほかの店に行ったほうがいいよ」


 セレナも他所に行ったほうがいいと勧める。メリイールがいても同じことを言っただろう。

 そういうことでとナーコンを帰し、二人はもといた場所に戻る。

 少ししてケーキは完成し、幸助はケーキを持っていったらそのまま帰ると言い、ワンホールを持って店を出る。

 向かう教会は店から南西に位置し、冒険者ギルドに行くよりは近い。

 もう何度も通っているので、最短距離の道もわかっていて、大通りからはずれた道を進む。生活音が聞こえる道をのんびりと進んでいると、曲り角の先から人の悲鳴が聞こえてきて、すぐに人が飛び出てきた。

 薄汚れた感じのする男が七才くらいの少年を横に抱えており、少年は怖いのか泣いている。


「なにをしてるっ」

「ちっ」


 幸助が声をかけると、男は空いている手で懐からナイフを取り出すと、それを持って幸助へと走り寄る。


「怪我したくなかったらどけ!」

「どけないな」


 被害者が大人ならばどいたが、子供ならば放っておくことはできない。

 その場から動かなかった幸助はケーキを地面に置いて、左手の指でナイフをはさみ、男の腹を蹴る。男はその衝撃に子供を抱える腕から力を緩めた。


「置いてってもうらうよ」


 言いながら子供を奪い取ると男を足で押しのける。

 角から蹴り倒した男と似たような身なりの男たちが出てきて、子供を抱いた幸助を睨む。

 子供を取り戻そうと動きかけたそのとき、どこかから、


「警備兵がきたぞ!」


 という声が聞こえてきて、男たちは顔を見合わせると慌てて去っていった。

 逃げる方向は皆一緒で、ばらけて追手を撒くという発想のなさや体の動きから素人っぽさを幸助は感じ取った。


「あっちはスラムだっけか、身なりといいあそこの住人の可能性が高いらしいな。まあ、そんな推測はどうでもいいや、とりあえず兵に渡すかな」


 もう大丈夫だからと少年の頭をなでてからケーキを拾い、いまだ泣いている少年を抱いたまま、騒ぎのあった角の向こうに連れていく。

 三人の警備がいて、体を痛そうに押さえた六十ほどの老人に話を聞いていた。

 その四人に近づいて、話しかける。


「あの、この子を取り戻したんで、預かってもらえませんか?」

「ああっ坊ちゃん! 無事だったんですねっ」


 老人は大きく喜び、幸助から少年を受け取る。

 強く抱きしめる様子を横目に、警備は幸助に話しかける。


「犯人たちの話を聞かせてもらっても?」

「ええ、いいですよ」

「まずは犯人と出会ったときから……」


 そう多くはない話をしていき、逃げた方向も話す。


「最後に顔とかはどういった感じだった?」

「そうですね……紙と書くものありません? 覚えているかぎりで描こうと思いますが」

「少し待ってください」


 それらを持っていなかった警備は、近くの店に入って借りてきた。


「これに書いてくれ」


 受け取った紙にささっと書いていく。短時間にしてはできのいい似顔絵に、警備は絵描きなのかといった感想を持つ。

 できあがったそれを、老人と少年に見せて、確認をとる。


「たしかにこの男が坊ちゃんを連れ去りました! よく似ている!」


 むざむざ連れ去られた悔しさを思い出し、似顔絵を握る手に力がこもる。

 破られると困るので、警備たちは老人の肩に手を置き落ち着かせ、似顔絵を回収する。

 念のため家まで送ろうという警備に、少し待ってもらい老人は幸助に頭を下げる。


「お礼が遅れました。坊ちゃまを助けていただき本当にありがとうございます。お礼をしたいので、ついてきてもらえないでしょうか?」

「これから行くところがあるので。助けたのもたまたまですから気にしなくていいですよ」

「そうはいきません! 店長もきっと礼を望むはずです、後日お礼に伺いますので名前と住所を教えてください」

「ほんとに気にしなくていいんですが、それにこの街に住んでいるわけではないんです」

「よその村でも町でもかまいませんっ」


 菓子折りの一つでももらえば老人たちの気もすむだろうと幸助は思い、店のことを話す。


「メレナスっていう名前の少しかわった喫茶店があります。そこのオーナーをしています」

「あそこのオーナーでしたか」

「知っているんですね」

「主も幾度か世話になっているそうで」

「ありがたいことです。ちなみにそちらのお名前は?」

「メルドード木材店といってわかりますでしょうか」

「ああ、ビジットさんのところの」


 お店関連で何度か会ったことがあるのだ。


「ええ、その通りです。坊ちゃまはそこの長男でして」

「そうでしたか」


 では後日礼に伺いますと老人は頭を下げて、警備と一緒に去っていった。

 それを少し見送り、幸助も教会に向かう。


「どうもー、差し入れ持ってきました」

「あらぁ、ありがとうね。あなたの持ってくるものおいしくて皆楽しみなのよ」


 入り口近くで花に水をやっていた老女のシスターに声をかけ、もっていたケーキを見せる。

 シスターはケーキがあるとわかると嬉しげに顔をほころばした。

 楽しみにしてもらえて、作った幸助の気分も上向きになる。作ったものを美味しいと言ってもらえるのは何度聞いてもいいものなのだ。

 シスターは水やりを手早く終えて、皆を呼んでお茶の準備を始める。

 お茶が全員に行き渡る間に、幸助はケーキを切り分けながら口を開く。


「ここに来るちょっと前に人さらいにあったよ」

「物騒だね、どうなった? さらわれようとした人は無事だった?」

「助けて、連れに返しておいた。メルドード材木店の長男らしいね」

「さらわれかけたのワイグット君!?」


 リビオンや神父たちが驚いたような表情を浮かべた。


「あの子のこと知ってる?」

「ここで子供たちを預かることがあるって知ってるよね? 時々やってきて子供たちと遊ぶんだよ。送り迎えがついてくる子はすごく少ないからよく覚えてる」

「わりと大きな店らしいから、まあ送り迎えくらいはつくか」

「だね。これまでは一人だけだったんだけど、これからは本格的な護衛がつくのかな」

「しばらくはつきそうだね。狙われたのは偶然なのか計画的なのかがわかるまでは外出も控えるかもね」

「そのほうが親御さんも安心だろうしねぇ」


 きりわけたケーキをリビオンの前に置き、リビオンが食べ始めたことでこの話は止まり、ほかの話題に移っていく。

 これから先は警備の仕事で、ことが終わったあとそれぞれのつてから話を聞いて進展なり結末なりを聞けばいいだろうと思ったのだ。


 翌日、幸助はまたリッカートに来ていた。今日は店の手伝いではなく、商店の寄合があるのだ。

 ほとんどメリイールやセレナが行っているが、都合があえば幸助が行くこともある。

 大きめの倉庫を一つ貸し切って行われる。そこにいくつかの店が宣伝のため料理などを持ち寄ってくるため、宴会のようにも見える。


「こんにちは」


 入口で招待状を警備に見せた幸助は誰に言うでもなく挨拶を向ける。近くにいた者たちも短く挨拶を返す。

 幸助に関心を払う者は多くはない。嫌われているわけではなく、コネを得たり、情報を集めたりといったことに集中しているためだ。ほとんどの者にとってここは他店との繋がりを強化したり、情報を集めたりするための場で、腹の探りあいも珍しいことではない。

 幸助たちの店は利益追求を第一としていないので、ここで大きく動く必要はない。話しかけられ、反応を返すというのがほとんどだ。

 それを最初に伝え、積極的に利益を追求する姿勢を見せていない彼らに、他の商店は警戒心を下げている。同業者はそうでもないが、競合しない店は幸助たちと話すときに警戒心を抱くことはない。それが癒しと感じることになっているのか、用件がすんでから話しかけてくる者は少なくなかった。メリイールやセレナは孫のように可愛がられてもいる。幸助も幸助で頼られることがある。ほかの大陸まで短時間で移動できるのだ、急ぎの届け物を頼まれたり、材料の購入を依頼されていた。

 最初は次から次に依頼されていたが、冒険者ギルドから仕事の横取りと睨まれることになり、本当に急ぎのとき以外は控えるようになった。荷物の護衛などでギルドと商店の繋がりは深い。敵対することになるのは避けたほうがいいとよくわかっていた。


「今日は君がきたのだね」


 ぶらぶらと歩いてた幸助に五十手前の男が話しかけてきた。


「ええ、タイミングがあったので」

「ケットニ鉄工店さんが頼みたいことがあるとか言ってたよ」

「どういったことか聞いてます?」

「カルホードに書類を届けてほしいんだとか。詳しいことは本人に聞いてくれ。左奥にいたよ」

「わかりました」


 話しかけてきた男に頭を下げて、ケットニ鉄工店の主がいる方向へ歩く。

 その途中で鉄板で食べ物を焼いていた男に声をかけられた。


「お、メレナスさん、ちょいとこれを食べてくれないか?」

「新製品ですか?」

「その一歩手前だな。もう少し煮詰めたい」


 出されたものは、小さめのパンケーキ三つに棒をさし手軽に食べられるようにされている。

 一口かじってみると、果実の風味が感じられた。果汁とドライフルーツが入っているらしい。


「入れるのは果物だけですか?」

「いまのところはな」

「粉末状にしたりグラノーラといったナッツ系もいずれは?」

「その予定だ。今はこれ自体の完成を目指している。一緒にする組み合わせで味を損なうこともあるだろうからな。色々と食べ比べてみないと」

「味に関しては、俺からいえることはないですかね。紅茶の葉を使ったのも面白いかもしれません」

「おぼえておく。ありがとうな」


 いえいえと返しその場から離れ、探し人を見つけた。

 三十半ばの女で、五年前に親から店を受けついだということを幸助は聞いたことがある。


「ケットニさん、こんにちは」

「ああ、こんにちは。来てくれたということは誰かから話を聞いたのかな?」

「はい。書類を運んでほしいんだとか?」

「そうなんだよ。カルホードのぺジオルド竜国からできるだけ急いで輸入したいものがあってね」

「俺が輸入品を運ぶ必要は?」

「そこまでしなくていいよ。書類を運んでくれるだけでだいぶ助かる」


 急ぎといっても仕入れ先が遠距離ということは織り込み済みだ。明日明後日に必要というわけでもない。

 これを向こうの商人ギルドに渡してくれと大きめの書類と手紙を渡す。

 それを肩にかけていたカバンに入れる。


「あともう一つ頼みがあるんだ。こっちはできたらでいい」

「なんです?」

「五日後に大事な客がくるんだ。そのときに気合いをいれた茶菓子を出したくてね。都合があえば、君に作ってもらたい。ま、忙しいなら受ける必要はないよ」

「そうですねぇ……」


 どうしようかと思う幸助の脳裏に、シュークリーム食べたいと声が滑り込んできた。

 ミタラムの催促だ。

 仕方ないなと小さく笑みを浮かべた幸助はシュークリームを作ることに決めた。

 それを伝えるとケットニの女主人は嬉しそうに頷く。彼女自身も幸助のお菓子を楽しみにしているのだ。

 この会話を聞いていた周囲の者たちも、ついでにと頼んできて三十近く作ることになる。

 作らせて一軒一軒運ばせるという手間をかけさせる気はなく、依頼した者たちがケットニ鉄工店に受け取りに行くことになる。

 ちなみに報酬はメレナスの宣伝となっている。他の町の者に店のことを話し、それらが地元で話すため馬鹿にできない報酬となっている。


「君の作る菓子はここのところ食べていないから、楽しみだよ」

「ありがとうございます。作り手にとってなによりの言葉です」


 和やかに話しているそこに、一人の商人が近づいてきた。三十を少し過ぎた中肉中背の柔和な男だ。

 何度か話したことがあり、普通の商人として利益を追うことはあるものの、人柄のよい人物という感想を持っている。


「やあ、メレナスさん」

「あ、メルドードさん。昨日は大変でしたね」


 ビジットという名前は知っているが、ここでは店の名前で呼ぶことがルールなので店名で呼ぶ。


「うん、その礼を言おうと思ってたんだ。ありがとう」

「子供が襲われたらしいが、そのことにメレナスさんが関係あるのかい?」


 ケットニの女主人の言葉に、ビジットは頷いた。


「さらわれかけたところを助けたのが、メレナスさんなんですよ」

「それは運が良かったね」

「ええ、あのままさらわれていたらと思うと、ぞっとします」


 そうならずにすんでよかったと、心底ほっとしたように笑みを浮かべた。


「どうしてさらわれかけたのかわかりました?」

「いや、まだわかりません。特に恨みを買った覚えもないんですよ」

「私もそちらを恨んでいる奴がいるとは聞いた覚えがない」

「じゃあ、たまたま標的になったってだけかな」

「おそらく……と言いたいところなんですが、私への恨みではなく、父への恨みだとすると可能性があるんですよ」

「あー、そっちがあったね」


 思い出し納得したようにケットニの女主人が頷く。

 昔からいる商人たちの間ではわりと知られた話なのだ。ケットニの女主人は会ったことはないが、先代や知り合いの商人から聞いたことがあった。


「なにをしたんです?」

「女癖が悪かったんですよ。家に働きにきた人やうちに関わりのある工夫の奥さん娘さんに手を出してたりですね。立場を利用したり、弱味を握っての行動でしたから強くいえる人がおらず、発覚に時間がかかりました。自殺した人や家庭崩壊した人もいて、死刑になったんです。でもそれで気がすんだ人はどれだけいるのか。父が死んだところで自殺した人が生き返るわけでもありませんから」


 父親のことを語る口調には軽蔑の色が強く表れてた。

 ことが発覚するまでは強欲な商人という印象だけで嫌ってはなかったのだが、やってきたことを知って庇うことなどせず率先して兵に突き出した。その後遺体を引き取ることも、一応たてられた墓に行くこともしていない。

 そういったきっぱりとした決別や被害者たちへのフォローのかいあって、店が潰れるようなことはなかった。ビジットはこれを狙っていたわけではなく、心の底からの行動だった。


「最低な人だったんですね」


 子供に向かって言っていいことではないかもしれないが、そういう感想しかでてこない。


「そのとおりで、庇うことなどできません」

「恨みに思った人が行動した可能性があるってことですか?」

「たぶん。いまごろという思いもありますけどね」

「たしかにしでかした奴が死んだ今頃動くのは少しおかしいね」

「そうなんですよね。でも偶然じゃないとするとそれくらいしか身に覚えがないんです」


 父がしでかしたことで店の評判が落ち、信頼を取り戻すため無茶はできなかったのだ。恨みを買うようなことはしてこなかった。そんなことをすれば店が潰れる可能性もあった。店を継いでから誠実な対応を心掛けてきた。それはケットニの女主人たちも知っている。


「兵もきちんと動いてくれてるらしいから、さっさと終わるといいな」

「ほんとに」


 ケットニの女主人の言葉に、深々とビジットは頷いた。

 誘拐に関しての話はここで終わり、別の話題に移り、時間は流れていった。


 寄合が終わり頼まれていた書類を届けて、家に帰る。

 そして数日たって、店でシュークリームを作るとケットニ鉄工店へと向かう。


「三つ取っていいよ」


 歩きながら幸助は見ているだろうミタラムにシュークリームを渡す。持っていた器から少しだけ重さが減り、ミタラムが持っていったことを確認する。

 鉄工店で、女店主のかわりに出てきた店員にシュークリームを渡すと、幸助はドリーポットの住人に頼まれた鍋などの生活必需品を買うために店を回っていく。

 

「えっと寸胴鍋に布数種類に針にと、あとは塩だったか」


 買ったものを確認し、塩を扱っている店に向かう。

 歩いていると路地裏から騒がしい物音が聞こえてくる。なんだろうかとひょいっと覗き込む。

 一人の顔色の悪い男が複数の男に追われて、幸助のいる道に走り出てくるところだった。

 幸助はぶつからないように下がり、その数秒後男が飛び出てきた。

 周囲を確認するように、必死に見回し幸助を見つけるとすがるように近づいてくる。


「た、助けてください!」


 幸助がなにか言う前に、男を追っていた者たちも飛び出てきた。

 幸助と追手も互いに見覚えがあった。


「この前の誘拐犯?」

「邪魔したやつか!?」


 強さを知っているためか、男はわずかに後ずさる。


「また誘拐でもしようとしてるのか?」

「違うっ。そいつに用事があるんだ! 渡してもらおう」

「別にいいけど」


 あっさりと頷かれたことに助けを求めた男は驚く。

 先日の子供と違って、守る気はない。子供には罪がないことがほとんどだが、こういった大人同士の争いだとなんらかの事情があることがほとんどだ。そういった者まで無条件に助ける気は起きない。


「ううっ」


 助けを求めた相手が頼りにならないと、男は少しずつ下がって再び走り始める。


「あ、待てこら!」


 追手たちも再び走り始める。

 その中の一人似顔絵描いた男を幸助は捕まえた。手助けではなく、この前の事情を知るためだ。


「離せっ」

「ちょっと事情を聞きたいんだ。知りたいことを知れたら追うのを邪魔しない」


 力では敵わないと知っているため、抵抗はさっさと諦めてさっさと話せと促す。


「あの子を誘拐は狙ってのもの? それとも誰でもよく偶然さらっただけ?」

「狙ったものだ。ちなみに依頼人は今追っていた奴だ」


 妙な繋がりと展開に幸助は首を傾げた。

 依頼人ということは仲間かそれに近い者のはずだ。それがどうして追われているのかわからない。


「依頼人があの子を狙った理由は?」

「さてな、金に困ってということしか知らん。金に困っていたのは俺たちも一緒だけどな」


 金が欲しかったからこそ、人さらいなんぞに協力したのだ。事情になど興味はなかった。

 けれどそれは失敗し、成功していないから金は払わないということになった。ならばともう一度挑戦しようとしたが、似顔絵が出ていることで動きづらくなっており、狙った子の警備も強固になっていた。

 これではどうしようもないと思っていたところ、別の者たちを雇うとあの男が言いだした。このままではただ働きで動いた分だけでも男から回収するために捕まえようとし、逃げられた。


「どっちもどっちだな」

「金がないのが悪いんだよ」


 もう行くぞと走り出した男を今度は引き止めず、幸助は店へと足を向ける。

 荷物を置いた幸助は逃げている男の似顔絵を描き、メルドード木工店へと向かう。捕まえようという気は起きないが、情報を渡すくらいはしてもいいかなと思ったのだ。


「こんにちは、どのような用事でしょうか」


 客と思った店員がすぐに近づいてくる。


「客ではなくてですね。この前誘拐事件があったじゃないですか。そのことでちょっと情報を手に入れまして。店主さんを呼んでもらえますか?」

「……少々お待ちください」


 いきなりやってきた幸助を信じていいものか迷う。疑いを持ち追い返すこともちらりと考えたが、本当に情報を持っていたらと思うと勝手な判断はくだせない。

 この店員が幸助をメレナスのオーナーだと知っていれば素直に通した。店主の息子を助けたのは幸助だと聞いていたのだ。

 とりあえず店主たちの判断を仰ごうと、幸助に待つように言って店の奥に入っていく。

 十分ほどして数日ぶりとなるビジットが出てきた。最初は怪しんだ表情だったが、幸助を見ると表情は一変した。


「情報を持ってきたと聞いて、誰が来たかと思ったらメレナスさんでしたか」

「メレナスって少し変わった喫茶店のことですよね。この男がそこに関係しているんですか?」

「この人はあそこのオーナーだよ。ワイグットを助けてくれたのもこの人だよ」

「……この人がですか。若いと聞いていたけど、二十かそこらとは……」


 自分よりも若いのにもう店を持っていることが羨ましかった。いつかは自分もと気合いが入る。


「私はメレナスさんから話を聞くから、仕事に戻ってくれ」

「わかりました」


 店員は頷いて、やりかけて止まっていた仕事を再開する。

 幸助はビジットに連れられ、店奥の客室に通される。

 お茶などを準備して、ビジットは口を開く。


「情報があるということですが、どういったものでしょう? 兵から入ってくる情報ではまだ進展がなくてですね。似顔絵の男に逃げられているといったことくらいです」

「その男に会って話を聞けたんですよ」

「……捕まえたりは?」

「それは兵の仕事です」

「まあ、そうなんですが」


 捕まえてくれてもと思うが、既に恩を受けた状態でそれ以上望むのどうかと考え直し首を振る。

 それよりもってきた情報に関心を向けることにする。


「なにかいい話聞けました?」

「あいつらは雇われていて、雇ったらしい男に会った。これがその男」


 出された絵を見て、ビジットは記憶に引っかかるものがあった。

 どこかで見たようなと、似顔絵をじっと見て、思いだせた。

 父のことで謝って回ったときに出会った一人だ。


「リシズさん、か」

「知り合いですか?」

「親しいというわけではないですね。父が手を出して、産ませた子供の一人。兄弟といってもいいかもしれない。どちらが兄で弟かまではわかりません」

「以前聞いた恨みという線であってるんでしょうかね」

「……会ったときは多少思うところはあるようでしたが、心底憎いという雰囲気はなかったです。店を出したいというので、その手助けをして手打ちとなりました。まあ、あれが演技ではないと言い切れないんですが。ともあれ情報は助かりました。このあと兵に知らせて一緒に会いに行ってみたいと思います」

「誘拐を実行した男たちから逃げているんで、探すのは大変かもしれませんよ」

「追われているですか……ギルドに頼んでみますが、あなたにも頼めませんか?」


 少し考えて人海戦術で動くことに決めた。リシズは荒事になれているわけではないはずで、街から出ていなければ、逃走中ということもあって情報は集めやすいと考えた。


「俺にもですか?」

「ギルド長と懇意にしていると聞いていますからね。有能なんだと予想していますが」

「そこらの冒険者に負けるつもりはありませんが、今回は人探しですし普通の冒険者でも大丈夫な気がしますけど」

「ええ、わかっています。ですがすぐに動くことができる人もいるほうが助かります。依頼を出してもすぐに受ける人がでてくるとはかぎりませんから。できるなら生きた状態でリシズさんに会いたいんです。どうして誘拐なんかしようとしたのか聞きたいですし、疎遠ではありますが兄弟ですからね」


 ふむと一度呟き、少し動くくらいならいいかなと思う。あてを思いついたのだ。


「俺にも用事がありますんで、今日明日だけなら」

「急な頼みですし仕方ありませんね」

「あと俺が動いていることをギルドに説明もしてもらいますよ?」

「はい、わかってます」

「それと、既に追手に捕まって死んでいる可能性もあります。それは覚悟しておいてくださいね」

「ええ、それも承知の上です」


 それならと幸助は依頼を受けて、探すときに役立つはずと新たに似顔絵を描いてから店を出る。

 幸助が動き出した少しあとにビジットはギルドに人探しの依頼を出し、依頼書を見て何人かの駆け出し冒険者たちが街を走り回り情報を集めだす。


 メルドード木工店からでた幸助は教会へと向かう。

 リシズを追っていた男たちはおそらくスラムの住人だろう。情報を集めるならばスラムが一番で、教会の人たちはスラム住人に対して色々とやっていて受けがいい。スラムの住人たちから情報を得るには、リビオンたちの力を借りるのが一番だろうと考えたのだ。

 教会につくと庭の雑草を抜いてるリビオンたちがいた。


「やあ、リビオン」

「ん? コースケ君」


 手についた土を払い立ち上がる。


「いきなりで悪いんだけど、ちょっと力を借りたいんだ」

「珍しいね、何度も世話になってるし僕にできることならいいよ」


 神父やシスターたちも力を貸すことに反対している様子はない。


「ありがとう。スラムで人探しをしたくて、ここの人が一緒ならスラムで情報が集めやすいと思って」

「そういうことか。今から行く?」

「そうしてもらえるなら助かるよ。ではリビオンお借りしていきます」

「いってきます」


 気をつけてと見送られて、二人はスラムへ向かう。

 その途中で頼むことになった事情を説明していく。話しているうちに整備の行き届いていない古臭い区画についた。

 道行く人は身なりのいい二人を見て、一度は警戒したものの、リビオンだと気づくと警戒を解いて頭を下げる。

 そういった一人にリビオンは声をかける。


「人を探しているんだけど、この二人を見かけなかった?」


 出された二枚を見て、話しかけられた男は首を傾げる。


「わっしは知らんが、ほかのやつは知っとるかもしれん。ちょいと聞いてくるさ」

「ありがとう」

「いつも世話になっとるけん、これくらいはどうってことないさ」


 借りると言って似顔絵を持ち、男は走り去る。

 雑談をしながら待つこと一時間。男は戻ってくる。


「三十分くらい前に南の倉庫街で見たというやつがおった。逃げとるって話やから、隠れるためにそこに行ったんかもな」

「三十分だとまだいるかもね、ちょっと行ってくるか。これは情報料だ」


 幸助は銀貨を一枚渡す。労働一時間の対価としては多いが、手持ちが石貨と銀貨しかなく、石貨では少なすぎると銀貨を渡した。

 男はそれを嬉しそうに受け取り、二人に頭を下げて去っていった。


「ここからは俺一人で行ってくるよ。リビオンのおかげで助かった」

「僕はなにもしていないよ。頑張ったのはここの人たちだし」

「俺一人だったら警戒されて、こうもすんなり情報は集まらなかったよ。一緒にきてくれただけで十分だよ。んじゃ、急がないとリシズって人が無事でいられるかわからないから」

「うん、助けてあげて」


 リビオンとわかれると、幸助は屋根へと飛び上がり倉庫街目指して走り出す。

 眼下から聞こえてくる人々の声は遠く、風を置き去りにする速度で走り、到着する。


「気配はあるかな。あのまま逃げられているなら、きっといらついて荒々しい気配をだしてるはず」


 屋根をゆっくりと移動しつつ気配を探っていく。

 六つ目の倉庫の屋根に移動して、幾人かが慌ただしく移動する気配をみつけた。

 ここかなと、地上に降りて入口から中に入る。二階建ての倉庫で、気配の主たちは足音大きく二階を探しまわっている。


「さて逃亡中のリシズさんとやらはいるかな」


 気配を探ることに集中すると、二階の物音に混ざって一階の片隅から小さくなにかを踏む音が聞こえてきた。そちらに足音を忍ばせて進むと、人一人分の気配が感じ取れた。

 積まれた木箱の物陰に隠れているらしい。

 静かに移動しそこを見ると、誰かが近づいていることに気づき逃げようとしたリシズがいた。


「あんたはっ」


 どうしてここにいるのかと驚いたような表情を浮かべるリシズを、幸助は二階の男たちが降りてくる前に抱えて倉庫からでる。

 いきなり抱えられそのまま走る幸助が何を考えているのかはわからないが、倉庫から離れることができリシズはほっと安堵の溜息を吐いた。

 倉庫から十分に離れてリシズは声をかける。


「助かったよ。これだけ離れれば十分だ、下ろしてくれ」

「このまま連れていくところがあるからじっとしててくれ」

「……どこに連れていくんだ?」

「メルドード木工店」


 リシズの表情がひきつり、下ろしてくれと暴れるが幸助は抱えたまま睡眠の魔法を使い、リシズを眠らせた。

 静かになったリシズをビジットのもとに連れていき、おとなしいならちょうどいいと一緒に兵のもとへ行くことになる。


「取り調べには興味ないんで帰ります」

「こんなに早く連れてきてもらいなんとお礼を言っていいのか。依頼のお金と一緒に後日経緯を書いた手紙を店に送らせてもらいます」


 頭を下げるビジットに見送られて幸助は荷物を回収するため店に戻っていった。

 取り調べにはビジットも参加した。事情を知りたいのだから当然だ。

 ビジットはやつれたリシズに声をかける。


「お久しぶりです」

「あ、ああ」


 目の前に立つビジットを見て、兵たちに怯えていたリシズはさらに表情を気まずいものへと変え顔をそらす。

 取り調べが始まり、リシズはあっさりと口を割っていく。兵を前にして黙る度胸はなく、そこにビジットもいるのだから心乱れて隠せるような心境ではなかった。

 リシズは父に恨みを抱いてはいなかった。良い印象を抱いているわけでもないが、物心ついたときからおらず、母親からは死んだと聞かされていて、それに納得していたのだ。

 今回の犯行は恨みではなく、お金がなくどうしようかと切羽詰っての行動だ。魔が差したと言ってもいい。自分もあの店の血縁者なのだからお金をもらってもいいはずだと思い込み、正直にそれを言ったところでどうしようもないだろうとさらに思い込み、誘拐を思いついた。

 男たちを雇ったお金は、母親の形見を売って作り出したものだ。その形見は母が祖父母との思い出の品だと大事にしていたものだった。それを売って悪事を働こうとしていたので、売るときには罪悪感を感じた。けれどこうしなければ店を守れないと自分を誤魔化した。

 通常のリシズではありえない発想だ。近所付き合いはそつなく、取引相手にも悪くは思われていない。彼らがリシズの行動を聞けば、本当にそんなことしたのかと耳を疑うだろう。まさに魔が差したというのにぴったりだった。


「そうですか」


 話し終えたリシズに、ビジットは短く返す。

 リシズはどこかすっきりとしている。思い込み誤魔化しても隠せない罪悪感はあったのだ、心情を吐き出せて心が軽くなったような思いだ。自分勝手に暴走し、迷惑もかけたことはわかっている。捕まり、どうしようもなくなったことで落ち着くことができ、反省もできた。店を手放すことにも躊躇いはない。刑罰をおとなしく受けるつもりだ。

 すっきりとしたリシズを見て、ビジットは小さく溜息を吐いた。


「ここで責めたところでどうなるわけでもなし、反省していて今後うちに関わる気がないなら、なにも言う気はない。あとのことは兵たちに任せます」


 リシズから視線を話し、取り調べに使っていた部屋からでる。

 困っているならば困っていると素直に頼ってくれば、無償での手助けはしないが、金貸しよりは低い利率で金を貸すくらいはしたのだ。

 暴走されるよりましだし、兄弟みたいな存在だ、それくらいの融通はきかせた。

 それも被害を受ける前の話で、迷惑をかけられては融通をきかせる気は起きなかった。死刑は目覚めが悪いので、それだけは兵に言っておき店に戻る。

 この後リシズは店を売り借金を返し、一年間の強制労働で罰を終えることとなる。その後はよその国へ引っ越し行商人として地道に働いていくこととなる。


 ことの顛末を幸助は、依頼料と一緒に送られた菓子折りに一緒に入っていた手紙で知ることができた。

 お菓子は店に置かれており、あいにくタイミングがあわなかったため、ダメになる前に店の者たちで食べられていた。


「お金には魔力があると聞いたことあるけど、見事にそういった魔力に振り回された感じだったんだねぇ」

「お金が人生を狂わせたって話は何度か聞いたことあるよ」


 休憩中のセレナが頷く。殺し殺されも当たり前のように起きていた。


「ないと困るけど、たくさんあっても困るものだって近所の爺さんが言ってた」


 何年も前に聞いたことをセレナは思い出し、口に出す。


「たしかにね。身の丈にあった金額を持つのがいいんだろうね」


 幸助も自身の身の丈にあった金額以上を持っていると思っている。

 村づくりに必要なので、すべて幸助のものというわけでもないが、使いどころを誤ったり、自身のお金だと勘違いしないようにと心にとどめておくことにする。

※おしらせ

いつも読んでいただきありがとうございます

今月の27日から本編11話以降を一時的に消去することとなりました

ダイジェストではなく、消去です

再掲載はしばらく後ということになっています

それと番外は残すことになっています

ご迷惑をおかけしますことをお詫び申し上げます

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― 新着の感想 ―
[一言] バトルや冒険ばかりでなく、日常にも焦点を当てて書かれていて、読んでいてとても楽しかったです。
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