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竜殺しの過ごす日々  作者: 赤雪トナ
番外2 三年の間にあったこと
68/71

3 夏、コウマにて

「うん、できてる」


 氷室にて、冷え固まったアイスを見て幸助が満足そうに頷いている。

 一リットル入るガラスの器が六つ並び、それぞれにバニラ、ブドウ、リンゴ、イチゴ二つ、チョコマーブルが入っている。

 そのうちイチゴ一つとチョコマーブルを、低温の魔法がかけられた岡持ちに入れて幸助は空中に向かって口を開く。


「じゃあ、お願い。礼はイチゴのアイスで」

『わかった』


 ミタラムの声が氷室に小さく響き、幸助はそこから姿を消した。同時に残ったイチゴのアイスも消えていた。

 ミタラムに頼んだのはコウマへの転移だ。自身でも転移できるが、竜装衣を使わないといけないので少し面倒なのだ。こういった転移はミタラムにとって難しいものではなく、アイスの報酬で十分満足できる頼みだった。

 一度、シズクが着替えている最中の部屋に転移させられ、ナガレに一時間以上正座で説教されたことがある。ミタラムはわざではなく、シズクの近くにとばしただけで、タイミングが悪かっただけだ。

 それがあってから、屋敷の前にとばしてもらうようにしている。

 コウマのルビダシア家前に飛んだ幸助は、門に近づく。氷室から真夏の空の下に移動し、うっすらと汗が滲む。コウマの夏は湿気のある暑さで、不快に思うところがあるが日本に似たこの暑さを幸助は嫌いではなかった。


「こんにちは」

「久々だな」


 顔見知りとなった門番に声をかけて、入る許可をもらう。ゲンオウから客としていつでも来ていいと許しをもらっていることは、門番たちも知っており面倒な手続きは必要ない。


「今日はなにをしに?」

「暑い日が続いているから、シズクやヒコイチに冷たいものを差し入れに」

「ああ、それは喜ばれるだろうな」


 ヒコイチとはシズクの弟で、剣の才能はそこまで高くはない。並かその少し上といっていいだろう。けれども頭の切れは姉以上だ。勉学では姉よりも先のものを学んでいる。だが子供らしさもあり、今日のようにお菓子やそこらに売っている玩具をお土産に持っていっていたら懐かれた。

 二人を呼び捨てにしているが、それを咎められることはない。屋敷のお偉いさんたちを唸らせていたら認められたのだ。ただし唸らせたのは剣の腕ではなく、料理の腕でだが。

 おにぎりはあるのに焼きおにぎりはなく、こういうものもあるよと実践して見せたらえらく好評でほかにもなにかないかと聞かれ、教えていったのがきっかけだ。

 ほかにも散らし寿司と刺身はあるのに、握り寿司はないので作ってみたり、丼物を作ってみたり、きりたんぽを作ってみたりという風にコウマの食材で色々と作っていたらいつの間にか気に入られていた。そして強いこともあり、呼び捨てでも気にされなくなったのだ。

 ちなみに料理を十種類伝えた時に、料理の伝道師という称号が手に入っている。


 門番の近くに氷の塊を差し入れで作り、屋敷に入る。

 貴族のものだけあって屋敷は広い。この屋敷の隣に大きな道場がある。道場と屋敷の間には壁で仕切りがあり、二箇所の扉で行き来できる。

 隣から聞こえてくる掛け声にお疲れ様ですと思いつつ、和風の敷地内を進む。

 シズクとヒコイチがいるのは高弟専用の道場だろう。午前の鍛錬が終わる時間を狙ってきたので、そちらには行かずゲンオウたちの私室近くにある渡り廊下に腰かけ待つ。


「あら、コースケ殿」

「こんにちは、キクノ様」

「はい、こんにちは」


 幸助に声をかけてきたのはゲンオウの妻で、シズクたちの母親だ。

 夏用の薄手の簡易束帯を着て、艶やかな黒髪は朱の紐でポニーテルにしている。白いうなじに色気がある和やかな美人だ。年は三十前半で、スタイルが崩れることを気にしている一般的な感覚を持ち、出自も貴族ではなく平民だ。

 ゲンオウとの馴れ初めは、屋敷に働きに来たキクノにゲンオウが一目惚れ。身分の差など気にせず正室として迎え入れ、以後側室を持たずに仲睦まじく一緒にいる。

 武力第一のルビダシア家に、政略結婚という意識は低く反対の声はほぼなかった。


「今日はなに用で?」

「またお菓子を。暑いのでアイスを持ってきました」


 そう言って廊下に置いていた岡持ちに手を置く。


「あの子たち喜ぶわ」


 キクノも嬉しそうだ。わけてもらうつもりなのだろう。その後にスタイルがと呟いているのには触れなかった。


「キクノ様はなにをして?」

「そろそろ鍛錬が終わるので、夫と子供たちを呼びに」

「そうでしたか」

「一度失礼しますね」


 一礼して道場へと歩いていく。三分後に道場からお疲れ様でしたと揃った声が聞こえてくる。

 そして軽い足音が聞こえ、覚えのある気配が近づいてきた。


「兄ちゃん!」

「ヒコイチ元気そうだね」

「うん!」


 胴着姿のヒコイチが走ってきた。額には汗が流れていて暑そうだ。ヒコイチはシズクと初めて会った時と同じ年齢で、そろそろ九才になる。


「アイスあるってほんと!?」

「あるよ。昼ご飯の後に出してもらうといい」

「チョコある?」

「ちゃんと作ってきたよ」


 やったと満面の笑みで喜んでいる。チョコマーブルはヒコイチの好きなアイスで、イチゴがシズクの好きなアイスだ。

 最近あったことを聞いていると、よく絞った布を持った女中が近づいてきた。この人はシズクに対するナガレのように、ヒコイチの身の回りの世話を受け持っている人だ。


「ヒコイチ様! 汗も拭かずに動き回っては駄目ですよ」

「ごめんなさい」

「こんにちは、オウカさん。今日も元気なヒコイチに振り回されていますか」

「こんにちは。振り回されてますね」


 元気なのが嬉しいのだろう、オウカはヒコイチの汗を拭きつつ笑みを浮かべて頷く。

 幸助が一度魔法で水を出し、それで布を洗って上半身全体を拭いていった。体から熱がとれてさっぱりとした表情を浮かべている。

 胴着から着替えるために、オウカに手を引かれてヒコイチは自室へと連れて行かれる。

 

「コースケ殿」

「ゲンオウ様」


 普段着に着替えたゲンオウが道場からやってくる。

 さすがに座ったままでは失礼だと、立ち上がり頭を下げる。


「よくぞ参られた。ゆるりとしていくがよい」

「お邪魔いたします」

「アイスを持ってこられたとか、楽しみにしておるよ」


 ゲンオウも暑さにまいっているところがあるのだろう。冷たい差し入れをありがたく思っている。

 とりとめもないことを話し、少し時間を潰すとゲンオウは先に行っていると立ち去った。

 そうして最後にシズクとキクノがやってきた。ナガレの姿がないことに幸助は首を傾げるも、出かけているのだろうと一人納得した。ゲンオウから用事を言いつけられ出かけるのは珍しいことではない。

 シズクは十一歳になっている。成長期で、二年前とは身長も髪の長さも違う。身長は百四十六センチを超え、髪も肩辺りまで伸びている。初めて会った時とは十五センチ近く背が違う。

 開き始めた蕾のようで、ほんの少し大人びたものを感じさせる。

 丁寧に汗を拭かれていて、かすかに香水の匂いが漂っている。服装は正され、髪にも櫛が入れられていて、身の回りのことが気になる年頃なのだと感じられ、成長しているのだなと思える。


「コースケ様、久しぶり」

「様づけは止めてほしいと何度も言ってるんだけど」

「先生って呼ばせてくれないから」

「相手しているだけで、なにか教えてるわけじゃないし」

「勝手に学んでるもの」


 挨拶代わりとなった会話を交わした二人は、同時に苦笑を浮かべた。そんな二人をキクノも笑みを浮かべ見ている。


「三ヶ月ぶりだっけ。元気そうでよかったよ」

「はい、コースケさんも」

「お土産にアイス持ってきたから食後に出してもらうといいよ。イチゴのあるから」


 それを聞くと年相応の笑みがこぼれた。


「いつもありがとうございます。では行きましょう」

「あいよ」


 誘われて幸助はシズクたちと共に昼を食べるため廊下から移動する。

 家族用の居間では、ゲンオウたちが既に座っており、幸助たちを待っていた。風通しのよい造りの部屋だが、今はごく弱い風しか吹いていない。そのため魔法で風を吹かせている。

 テーブルにはざる蕎麦とおにぎりと菜っ葉の漬物があった。

 幸助は勧められた座布団に座り、女中に岡持ちを渡す。全員が座るとゲンオウの合図で祈りを捧げて、皆食べ始める。

 つゆは椎茸出汁で、そばも風味が感じられ美味い。少しの間チュルチュルスゾゾっと蕎麦を食べる音のみが響く。

 満足した様子で幸助は箸を置き、少し冷ましたほうじ茶を飲む。

 食事を終える頃を見計らい、涼しげなガラスの器にアイスが入れられ出された。幸助の分はオウカに渡してある。


「蕎麦、美味しかったです」

「アイスも美味かった」


 食事を終えて食器が下げられた居間で、幸助とゲンオウが話している。シズクは目を閉じて壁に寄りかかり、午後の鍛錬に向けて集中している。ヒコイチはキクノと日陰の縁側で涼んでいる。


「手合わせの後、少し頼みたいことがあるのがよいかな?」

「内容によりますね」


 来るたびに手合わせをせがまれるので断る気すら起きない。


「難しいことではない、おそらくな。実はナガレが里に帰っていてな。親類に不幸があったわけではなく、たまには親に顔を見せろと送りだしたのだ。予定では五日で戻ってくるはずだったのだが、七日を過ぎても帰ってこない。休みすぎというつもりはないが、少し帰還が遅れるという連絡以外になにもないのが心配でな。様子を見に行ってほしいのだ」

「誰かやらなかったんですか?」

「十日を過ぎればやろうと思っていた。そこにコースケ殿が来て、頼めるかと思いついたのだ」

「そういうわけですか……わかりました。特に予定はありませんし引き受けますよ」


 内容を聞くに厄介事というわけでもないので、幸助は頷いた。それにゲンオウはありがとうと礼を述べる。


「もし」

「ん?」


 シズクが目を開き、幸助を見て口を開く。


「もしナガレが困っていたら助けてあげてください、お願いします」

「わかった。できる範囲で手助けしてくる」

「ありがとうございます」


 礼を言うとシズクは再び目を閉じる。

 その後はゲンオウと話していると、ヒコイチに呼ばれ庭でバトミントンをして遊ぶことになった。幸助対ヒコイチとキクノの三人で休み休み遊んでいく。

 シズクはこの後の手合わせを楽しみにしているとヒコイチもわかっているので誘わない。

 そうして一時間ばかり時間が流れ、ヒコイチは勉強をするために自室に戻っていった。

 シズクは先に道場に行っており、胴着に着替えてわくわくとしながら幸助が行くのを待っていた。その様子だけみると二年前と変わっていない。

 楽しみにしているのはゲンオウも同じだった。なぜなら技術的にも力量的にも幸助が二人を上回っており、そんな強者と戦えることをゲンオウは楽しいと感じている。どれだけ力を磨いてもさらに上にいる相手との戦いは、バトルジャンキーな二人には楽しいものだった。

 シズクは当然として、ゲンオウも幸助と手合わせをしだして、停滞していた力量が上昇しだしている。具体的な目標が見えているからなのだろう。

 追いつけないことに焦りも悩みもなく、目標があることを嬉しがっている親子だった。

 手加減など考えない人を殺せる攻撃が飛び交う手合わせを終えて、幸助は風呂で汗を流した後にゲンオウの元へと向かう。


「それではナガレさんのところに行ってきます」

「うむ、頼んだ。これを村人に渡せば問題なく会えるはずだ」


 差し出された書状を受け取り、ポケットに入れる。合言葉でのみ開くことが可能な書で、ナガレとゲンオウしか合言葉を知らない。

 もう一度里の在り処を確認した幸助は空を飛んでそっちへ向かう。

 ナガレの故郷はルビダシア家から東に徒歩二日と少しの位置にある。森に囲まれた人口三百人の村で、ナガレのような隠密行動のできる者を育てている。忍の里と言ってもいい。

 そこに着いたのは夕方で、森に囲まれた村は既に薄暗くなり始めていた。上空から見える村は、小さな田畑が点在する見たかぎりではなんの変哲もない場所だった。


「なに用だ!?」


 空から降りてきた幸助を警戒し、着流しを着た村人たちが囲む。

 それに敵意はないと両手を挙げ、用件を伝える。


「この村にナガレさんという人がいると思うんですが、その人に会いたくて着ました。ルビダシア家からの使いでもあります。取次ぎ願えないでしょうか?」


 それに村人たちはさらに警戒心を上げる。中には懐に忍ばせている武器に手を伸ばしている者もいた。


「ナガレはたしかにいるが……お主名前は?」

「コースケと」


 そしてこちらがルビダシア家からの書状ですと差し出す。ポケットに手を入れた時が一番警戒度が上がった時だろう。

 渡された書を見て、それがどういった物が知っていた長は村人の一人に渡す。


「しばし待たれよ」


 書を持った村人の一人が走り去っていく、残りは見張りだ。五分も経たずにナガレと一緒に村人が戻ってきた。

 ナガレはコースケを見て、目を丸くしている。


「ほんとにコースケ君だわ」

「知り合いか?」

「はい。お嬢様繋がりで、何度も会っています」

「そうか。コースケとやら、警戒してすまんかった」


 詫びて村人たちはそれぞれの家へと帰っていく。長はちらりとナガレを見て、それにナガレは大丈夫だと小さく頷きを返した。

 その場には二人だけが残された。

 とりあえずうちに来てと誘われて、並んで歩き出す。


「こんなところまでなにをしに来たの?」

「ゲンオウ様からどうしているのか見てきてくれと頼まれて」

「なるほど」

「それでどうして詳しい連絡しなかったんですか?」

「えっと……」


 口ごもり視線を逸らす。朝や昼間ならば頬がほのかに赤くなっていたことに気づけただろう。


「ま、まあ、いいじゃないそのことは! そろそろ帰られると思うし! ここが私の家よ!」


 誤魔化すように勢いよく喋り、家に入っていく。

 家の中は、昔の日本家屋のように土間があり、そこに台所があった。

 居間らしきところには、六人の人間がいる。四十半ばに見える男女は両親だろう。ナガレよりも下に見える者たちは弟妹か、一人赤子を抱いているので、弟か妹は結婚しているのだろう。

 入って来た幸助を見て、父親が口を開く。


「どちらさんだね?」

「コースケ君といってね、私の知り合い」

「なるほど、だからお見合い断ったのね?」


 母親がなにかを納得した様子で手を叩く。ほかの者たちも納得したように頷いている。

 きょとんとしたナガレと幸助がなにか言う前に、父親が正座して背筋を正す。


「ふつつかな娘ですが、どうかよろしくお願いします」


 ほかの者たちも父親に倣い頭を下げた。

 意味を理解した瞬間、ナガレは両手を突き出し否定するように振る。


「ち、違うから!? そんなんじゃないよ!?」

「そんな照れずともいいさ。わかってるって」

「わかってないから! この人はお嬢様の婿候補なの!」

「ちょっ!? そんなこと初めて聞いたんだけど!?」


 傍観者だった幸助はいきなり自身の話題が出てきて驚く。自身の知らないところで結婚話が出ていたのだ、驚きもするだろう。しかも相手は現時点で十一才。いくら日本よりも適齢期が早いといってもそれはない。


「あ、候補っていうかそのね? まだ秘密だったのに、慌ててつい話しちゃったわ」


 どうしようと表情から血の気が引く。


「どういうこと?」


 幸助の表情は穏やかだが、目は真剣だった。

 ナガレは観念したように小さく溜息を吐く。


「お嬢様が十六才になるまでに、結婚してなかったら婚約者候補として発表しようかなとゲンオウ様から聞いたのよ。お嬢様が十六の頃だと、コースケ君は二十五くらいでしょ? それまで相手が結婚してなければ相手がいないだろうし、拒否はされないだろうって」


 ナガレもそうだが、二十五才で独身でいるのは婚期を逃したと見られるのだ。


「……事実婚とかの可能性もあるんだけど?」

「それは貴族だと側室とかも可能だし?」

「今のうちにお断りさせてもらっていいかな?」

「お嬢様嫌いですか?」

「好きだよ? 結婚相手としてみてはないけどね」

「まあ、そうですよね」


 育ったら美人になるしその魅力で落せるかもとは口に出さない、シスコンが入っているそんなナガレの思考だった。

 あとはシズク本人が、結婚すればいつも戦えるようになると判断して婚約に頷きそうだとも考えていた。


「なにやら話がずれているようだが、ナガレの良い人ではないということか?」


 父親が口を挟んでくる。


「ゲンオウ様から私の様子を見に来てくれと頼まれたのよ」

「そうだったか。いやはや早とちりしてすみません。なんせ婚期逃しそうな娘を訪ねてきた男なので、なんとかしてくっつけないとと思いまして」

「自重してよ父さん」


 ナガレは疲れたように大きく溜息を吐いた。さすが家族ということなのか、幸助が初めて見るナガレの表情を次々と引き出していく。


「ご両親にお聞きしたいんですが、ナガレさんはあとどれくらいで戻ることできますか?」

「まだまだ帰せないわね」

「す、すぐに屋敷に戻れるわよ!」

「そう言ってもね」


 母親はどう思うと家族に問い、聞かれた者たちは首を横に振る。


「そもそもどうして滞在期間が延びてるんです? 手伝えることなら手伝いますよ。シズクからも手助けを頼まれましたし」

「こればっかりは手助けがあっても難しいわ、ナガレが自分自身で頑張らないと。一品でもまともな料理を作れるようにならせたいと思って教えてるんだけど、できなくてねぇ」


 どうしてかしらと母親は首を傾げている。

 滞在期間が延びた理由も詳しい連絡がない理由もこれが原因だ。料理ができないから帰るの遅れますと報告するのは恥ずかしかったのだ。

 仕事やシズクの世話をなんの落ち度もなくこなしていた姿を見たことがあるため、苦手なことがあるのを聞いて幸助は意外だと思っている。料理もなんでもない顔でこなせると思っていた。


「あ、でも焼きおにぎりの時は手伝ってたような?」

「あの時はおにぎりを握るだけだったから。あれは料理じゃなくて単純作業でしょ? 手順が単純なものはできるの。でも手順が増えるとどうしてか駄目になって」


 気をつけていてもどこかでミスを犯すのだ。アレンジを加えようとしているわけでもない。母親が横で指示を出していればできるのだが。

 例を出すなら、目玉焼きやゆで卵は大丈夫で、オムレツは失敗する。

 自身で味見をして駄目だと判断できるのでまだ救いはあるのだろう。味覚もおかしかったら、母親は指導を諦めていた。

 失敗するのはタイミングにズレが生まれるからだ。ナガレは小さい頃から忍の才を認められ、それを伸ばし続け、技術が身に染み込んでいる。真剣になるとその培った技術が自然と生じるのだが、料理にも真剣に取り組むため呼吸が忍の時と同様のものとなる。料理に忍の技術など関係なく、タイミングがおかしなことになってしまうのだ。

 ようはもっと気を抜いて料理すればいいだけの話なのだが、苦手意識を持っているためどうしても真剣になってしまう。


「そもそもどうして急に料理をしようと思ったのさ? 苦手なのは以前からわかってたんだだろうし、腕を上げたいなら……」


 幸助は言い切らずに言葉を止めた。

 ナガレと母親から禍々しい気配が感じられたからだ。家族は二人から目を逸らしている。

 料理の腕を上げようと思った原因はお見合いにある。結婚する気はなかったが、両親の顔を立てて相手に会うだけ会ったのだ。その時に相手側の親から料理ができないということをチクチク攻められたのだ。

 軽く例を挙げるなら「隠密として才が高くとも、料理の一つもできないんじゃ女としてどうなのかしらねぇ」といった感じだった。

 その場では二人とも笑みを取り繕っていたが、女のプライドを随分と刺激されるお見合いだった。お見合いは当然破談。

 そして家に帰り、一つだけでも覚えてもらうという母親からの命に、ナガレは頷くしかなかった。

 

「ま、まあ料理できなくてもいいよね。うん!」


 強者の気配ではない、関わりたくない類の気配を放つ二人から一歩はなれて、幸助は顔を引きつらせ誤魔化すように言う。


「料理できるコースケ君が言っても説得力はないわよ?」

「いやあの……ごめんなさい」


 謝る必要はないが、謝ってしまう。


「屋敷に帰るわ」

「まだ料理を覚えてないでしょ」

「屋敷でも練習する。いい教師役を見つけたし」


 そう言って幸助の肩にポンと手を置いた。料理が上手なことは、これまでの付き合いでよくわかっている。

 さきほどまでの気配が残っており、幸助は断る気すら起きないでいた。


「すまんな」

「いえ」


 断らせないだろうと判断した父親からの短い謝罪が、教師役の決定を確定させた。月一でのコウマ訪問が確定した瞬間でもある。


「帰り支度整えてくるわ」

「じゃあ、俺は転移の準備しておくよ」


 なんでこうなるかなと思いつつ、別れの挨拶をすませて、家を出る。

 家の中からは別れの言葉ではなく、「料理の腕を上げて見返してやるのよ!」「わかってる!」といった会話が聞こえてきていた。シュールだった。

 二十分ほどして見慣れた和服姿のナガレが出てくる。見送るためか家族も出てきた。


「別れはすませた? 聞こえてきたかぎりではまだのような気もするけど」

「そういえばそうね。またいつか帰ってくるわ。それまで元気でね」


 短い別れの言葉に家族は頷きを返す。

 もういいのといった幸助の視線に、ナガレは頷き、差し出された手を取る。転移の魔法が発動し二人は村から姿を消した。

 屋敷についた二人はゲンオウに挨拶し、調理場へと向かう。今日から料理教室開始だった。作ったのは茶碗蒸し。調理手順を教えて、紙にも書いて、いくつか一緒に作り、最後に幸助がいないところで一人で作った。

 結果は見事に失敗。原因は熱しすぎてすが入りすぎ、口ざわりが悪くなった。味は悪くはないので、ナガレの分の茶碗蒸しはそれになった。

 皆がプルンとして口当たりのいいものを食べている時に、一人それを食べるのは少し侘しいものがあったらしい。

 第一回料理教室を終えて、幸助は茶碗蒸しをお土産に帰っていった。

 

 最後に。婿候補のことを話し断ろうとした幸助が、娘のどこが不満なのかという親ばかの攻勢に押されて断りきれなかったことをここに記しておく。

二ヶ月近く放置してたのに、点数はいってありがたく申し訳なかったので更新です

次書くとしたら冬のなにかと思われます


誤字指摘ありがとうございます。誤字脱字多いなぁ

表現のおかしいところをそのまま変えるのも芸がないんで、自分なりに変えてみた

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