1-蛇足の2 白竜との出会い
黄金竜の依頼から少しばかり時間が過ぎて、幸助は村づくりを進めつつスケジュールを調整していた。そして二日の完全に自由な時間を作りだした。その休日の朝に幸助は旅の荷物を再確認していた。長期のものではなく、二日の休日にあわせたものなので荷物は少ない。
荷物を入れたショルダーバッグを肩にかけ、リビングへと移動する。食器を洗っていたエリスが振り返る。
「これから出発か?」
「うん。無理言ってごめんね」
二日の休日を作り出すのに、エリスたちには少し無理させたのだ。
「いや、かまわんよ。昨日今日急に言い出したことではないから、そこまで負担にはなっておらん」
「根菜が名物らしいし、それをお土産に買ってくるよ」
「それはいいな。それで向こうの連中に差し入れ持っていってやれば喜ぶだろうさ」
「そうしようかね。んじゃ行ってくる」
「ああ、気をつけてな」
「そうそうアクシデントなんかないだろうけどね」
笑って幸助は裏口から庭に出る。そこには洗濯物をほしているウィアーレがいる。
「ウィアーレ、行ってくる」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
「たった二日だし、そこまで注意しないでもいいと思うけどね」
「体を休めにいくんだから、警戒しすぎるのもおかしいか。帰ってくるのは明日の夕方頃だったよね?」
「うん、お土産買ってくるよ」
「楽しみにしてるわ」
ウィアーレに見送られ、幸助はリッカートの外に転移する。門を通り、仕事に向かう者たちと一緒に歩き、自分の店に向かっていく。
店の中には既にメリイールやセレナだけではない、複数人の気配がある。
「おはよう」
『おはようございますオーナー』
揃った声で挨拶が返ってくる。皆私服で旅行鞄を持ち、楽しみだといった表情でフロアに集まっている。フロアスタッフだけではなく、警備もいて総数は二十二人。
以前提案した旅行が決まり、今日明日で行くことになったのだ。旅行先は多数決で、観光よりも日々の疲れを取るため温泉となった。
「最終確認するからもう少しだけ待ってて」
幸助はそう言うと、メリイールとセレナを呼ぶ。
「全員集まってる?」
「はい。二度確認して全員いることを確かめました」
メリイールが頷いた。
「戸締りは?」
「しっかりと閉めてきた。後は入り口を閉めれば終わり。留守中の警備も大丈夫。手配された警備の人たちに挨拶したし、既に始めてもらってるよ」
今度はセレナが答えた。同時にメリイールが玄関を閉めに行った。ついでに今日明日臨時休業と張り紙をしてくる。この知らせ自体は十五日以上前からしているので、知らずに来る客は少ないはずだ。
警備は多めになっている。ガレオンがここを餌にして、盗人などを捕まえようとしているのだ。少し高い物が揃っているこの店は、泥棒にとってわりと狙い目なのだ。そのため店に誰もいなくなるということは多くの者に知られるよう情報が流されていた。
このことは幸助たちも話が通っており、警備費はギルド持ちになっている。
「あと確認することは……忘れ物とかない? お金忘れたら、マッサージとか受けられないけど」
「大丈夫じゃないかな。一応、お店のお金も予備に持って行くし。ということで、はい」
金庫から出してきたお金を幸助に渡してくる。それを受け取り、バッグにしまう。
「んじゃ、出発準備始めるとするかな」
「転移とか初めてだよ、ちょっと緊張するね」
「ここにいる者たち皆初めてだと思うわ」
近づいてきたメリイールも若干緊張している様子を見せる。
「そこまで怖いものでもないよ。すぐに移動できる」
パンパンと手を叩いて皆の注目を集める。それに気づいて静かになった。
これから転移を始めるので、いきなり景色が変わっても驚かないようにと言って、幸助はミタラムに転移を頼んだ。
そのすぐ後に幸助たちは、旅行先である大陸南部にあるムウビルトという町のすぐそばに転移した。
「転移完了」
ミタラムに礼を言い、皆に町に入ろうと声をかける。
初めての転移に騒ぐ者たちを連れて町に入る。温泉独特の匂いが町に入る前から感じとれていた。
馬車に乗っていない軽装の団体客を、入り口に立っていた警備兵は訝しむ目で見てていたが転移魔法を使って来たと説明し、問題なく町に入ることができた。
町は賑やかだった。祭の賑やかさではなく、物騒な雰囲気に近い。一月前に来た時は、このような雰囲気はなく、幸助は首を傾げた。メリイールたちも雰囲気のおかしさにはなんとなく気づいており、首を傾げている。警備担当の者たちははっきりと荒事の雰囲気を感じとっていた。騒ぎすぎには要注意と心に刻んでおく。
「見えてきたよ。あれが泊まる宿」
幸助が指差す方向に中規模の宿がある。店先には今日明日貸切と看板が出ていた。
幸助は一ヶ月ほど前に予約ができる店を探していたのだ。町を歩いて、評判のいい宿の情報を集めて、いくつか上がった候補に出向いて全員が泊まれる宿か確認し、予約できるか交渉した。
「あそこかー」
「評判がいい宿を選んだから期待していいよ」
それは楽しみだとおかしな雰囲気のことを忘れて、皆気分が上昇する。
「こんにちはー、予約していたワタセですが」
「いらっしゃいませ」
受付に話しかけ、前金に渡していた以外の残りの宿泊費を払う。
「こちらが部屋の鍵となっております。あとこちらは頼まれていたマッサージ店などの情報です」
「ありがとう。今日と明日世話になります」
「はい、こちらこそ至らないところのないよう努力させてもらいます」
頭を下げた幸助に、受付も丁寧に礼を返した。
受け取った鍵を持って、メリイールたちの元へ行く。
「二人部屋と三人部屋の鍵があるから、事前に決めていたとおり受け取りにきて」
返事をして、幸助から鍵を受け取る。男は二人部屋、女は三人部屋だ。幸助は一人部屋で、メリイールとセレナは二人部屋となっている。
「この紙で温泉とかマッサージ店とか確認したら、部屋に荷物を置いて自由行動。昼食は各自自由に。夕食は午後七時に大部屋に運んでもらうことになってるからね」
そう言って三枚の紙を渡す。
受け取った紙に集まり、わいわいとどこに行こうか楽しげに話している。それを聞きながら幸助は受付に再度近づく。
「なにか用事ですか?」
「町の雰囲気が少しおかしかったから、それを聞きたくて。一ヶ月前は落ち着いていたんだけど」
「十五日ほど前のことです。白竜がここから一時間行った山に降り立ちまして」
「白竜が……そこになにかある? これまでも同じようなことは?」
「特にこれといった山ではありません。強い魔物がいるとか、遺跡があるとか聞いたことありませんし。白竜が降り立ったことも初めてです。一番長生きしている老人に町長が話を聞いたらしいですが、覚えているかぎりで白竜が立ち寄ったことはないということでした」
白竜は黒竜のように警戒される竜ではない。ほかに警戒される竜は、土の中を移動して地盤沈下を起こす土竜や嵐を伴い移動する雷竜がいる。白竜はそういった暴れる竜や存在するだけで災害をもたらす竜とは違い、なにか起こすということはない。ただ空を飛び回るだけの竜なのだ。
だからムウビルトの住人は町が滅びるといった心配はしていない。心配事はほかにある。それは噂を聞いて集まった冒険者たちが一目竜を見ようと集まっていることだった。
荒っぽい者たちが集まって雰囲気が物騒になったことを不安に感じ、その冒険者たちが白竜を刺激しないかという二つが心配事だった。
暴れたことのない竜とはいえ、ちょっかいをかけられれば大人しくしているとは限らない。住民たちは余計なことはするなよと思い、町の雰囲気のおかしさはそこから来ていた。
冒険者たちの多くは馬鹿ではないので、見るだけですませている。しかし馬鹿もいて近づいてみようかと言っては止められていた。
「珍しさに人が集まっただけで、これから戦闘が起こるとかそういった話ではないんですね?」
「ええ。私たちとしても人が集まることは嬉しいのですが、騒ぎになることはちょっとと思っていますね。冒険者の方々も自重してくれてますから大騒ぎにはならないかと」
情報の礼を言い、受付から離れた幸助にメリイールとセレナが近づく。エルジンが肩を落として二人から離れていったことから、一緒に外に行こうと誘って断られたのだろう。すぐに気を取り直しほかの女店員に声をかけ始めたので、そこまで落ち込んでいなかったらしい。
エルジンが働き始めてそれなりに経つが、辞める気配はない。安定して収入の入るこの仕事から離れられなくなったらしい。ほかの警備からは、仲間を探すなりして、もっと他の仕事に積極的になれと度々忠告されていた。
「なにを話していたんですか?」
「ちょっとね。町の雰囲気がおかしいのは気づいてた?」
二人は頷く。
「それについて聞いていた。白竜が近くの山にいて、それ見たさに人が集まっていたんだとさ」
竜と聞いて二人の表情が曇る。彼女たちの国は長年黒竜に苦しめられ、竜に対していい印象がないのだ。
「暴れるような竜じゃないから大丈夫だよ。二人とも竜のことは気にせず、温泉にでも入ってきたら」
「そう、ですね」
「そうするよ。せっかくここまで来たんだし楽しまないと」
二人は与えられた部屋に荷物を置きに向かう。幸助も同じように荷物を置いて、宿を出た。
改めて町行く人々を見ると、鍛えられ引き締まった肉体を持つ者が多い。そういった者に混ざって道を歩き、幸助はお土産によさげなものを探していく。
これといった工芸品はなく、ほかの村や町でも買えそうな織物や焼き物が並ぶ。ほかの客もそれはわかったのか、売れ行きはいいとはいえなさそうだ。
幸助はそこから離れて、名物という根菜を見ることにした。町の端に市が開かれており、今も町の周辺の村から持ってこられた野菜が並んでいる。料理店のコックや主婦がいいものを探していて、活気ある光景だ。
根菜が名物とあって、並ぶ野菜はそっちが多い。色鮮やかな人参、ころころとしたジャガイモ、雪のように真っ白な大根とかぶ。
入ってきた野菜を使った屋台も出ていて、タマネギとトウモロコシと牛肉のバーベキューや蒸かしたジャガイモとサツマイモ、タレをつけた皮ごと炭であぶられ香ばしい匂いをさせるサトイモといったものが売られていて、景気良く売れていく。
幸助も匂いにつられてバーベキューとサトイモの炭火焼きを買う。それらを食べて感心したように頷く。
「名物と言い切るだけあって、タマネギもサトイモもいいな」
実際に味を確かめて、村と知人へのお土産を野菜に決めた。
「差し入れはここにある野菜で作るってことだけど……ポトフでも作ろうかな」
一度に多く作る必要があるということで、並ぶ野菜を見てポトフを作ることにした。
いいものを探すため市の中を歩いていく。売れ行きと自身の目で見て、買う物を決めていく。交渉しお金を払って、必要分を取って置いてもらった。持ち歩くには少々邪魔だった。
最後によさげなジャガイモを見つけ近づく。
「こんちは。ジャガイモがほしいんですが」
「まいどありって言いたいんだけど、すまないな。もう売り切れなんだ」
籠にはまだ半分以上入っている。幸助はそれを指差し聞く。
「そこにあるのは予約分ですか?」
「ああ、知り合いの店に卸す分なんだ」
「それは残念。ちなみに明日も市に着ます?」
「いや、明日はこないな」
「そうですかぁ」
「村に来てもらえばまだまだあるんだけどな」
「村ってどこにあるんです?」
「こっから南に徒歩三時間ってとこだな。ジアンって川そばの小さな村だよ」
三時間ならば魔法で飛んでいけばすぐそこだ。明日も自由時間はあるため、買いに行くことにした。それを伝えると物好きだなと店主は言いながらも、名前を教えてくれた。表情には笑みが浮かんでいる。そこまでして自分の作った野菜を求めてくれて嬉しいのだ。
幸助は礼を言い、野菜の回収に向かう。大きめの籠を買ったのでそれに入れて宿に戻る。
その途中でこの町一番と思われる宿の前を通りがかり、そこから出てきた冒険者にひっかかるものを感じた。
「どこかで見たような?」
少し考えて、以前ウィアーレからの頼みで遺跡調査のために護衛をした時、一緒に行った冒険者だと思い出せた。
立ち止まりじっと見ていることに気づいたのか、あちらも幸助を見る。視線が合ったので、幸助は頭を下げた。
幸助と同じようにあちらも少し考え込んで、思い出せたような表情となり近づいてくる。彼女たちがすぐに思い出せたのはそれだけ強く記憶に残っていたからだろう。
「お久しぶりです。たしかワタセさんでよかったんですよね?」
「どうも、その節はお世話になりました」
「久しぶり。イーリアスさんとホールトン君」
籠を下ろし、幸助も挨拶を返す。
約三年ぶりの再会となる。イーリアスはトニーが言っていたように美人度を増していて、ホールトンは成長期に入ったのか幸助の身長を少し超えている。二人とも立ち振舞いから、以前よりは腕を上げているとわかった。
ホールトンが一緒にいるのは、あの依頼の後一人でいるのは大変だろうとトニーがホールトンを自分たちのパーティーに誘い、ホールトンはそれに頷いたのだ。
「トニーさんとライル君は一緒じゃないの?」
「トニーさんは別の仕事でここには来ていません。ライルは町の外に出ています」
「ワタセさんも白竜見物でここに?」
「俺は旅行先がたまたまこんな騒ぎだったんだよ。白竜がいるなんて知らなかった。ホールトン君たちは見物?」
それに二人は少し違うと首を横に振る。
「俺たちは白竜を見たいと言った金持ちの護衛でここにきたんだ。そのついでに俺たちも見ようとは思ってる。ライルさんは先行してルート確認をしてる」
二人を呼ぶ声が聞こえてくる。
「ホルト、出発らしいわ」
「え、あほんとだ。じゃあ失礼します。行こうイアスさん」
二人は幸助に頭を下げて、宿から出てきた集団に向かって走っていく。その二人の距離が近く、仲が良さげに思えた。
「愛称で呼んでたし、そういった関係か?」
想像した関係であっていた。ホールトンがパーティーに入り、顔見知りということで色々気遣っていくうちにくっついたのだ。姉さん女房といった感じで、イーリアスが引っ張っている。
幸助に刺激を受けたライルが強くなることを優先し、イーリアスとコンビを組むことが減ったため、暇な時間の増えたイーリアスがホールトンの世話をするといった流れで、現在に至る。
「ライルと仲良さげだったのになー」
自身が原因だと知らず意外だと言いながら、宿に戻っていく。部屋に籠を置いた幸助は、ひとっぷろ浴びるかと浴場に向かう。既に入って涼んでいた者たちと言葉を交わし、湯船に浸かる。
「温泉はカルホードで入ったぶりくらいかな」
久々の温泉をじっくり堪能する。家の風呂も足を伸ばせて十分にリラックスできるが、なんとなく温泉はいいものだという思いがあり、効能がわからずとも気持ちよく感じる。
三十分と少々長湯しあがる。のんびりと酒を飲んでいたトアドたち警備員組に混ざって、まったりと過ごす。
「いやー満足できる給料をもらえているうえに、こんな思いまでさせてもらってありがとうございます」
「温泉ってのは初めて入ったが、いいものだな」
「疲れがとれますな。家族にも入らせたいくらいだ」
酒で顔を赤くしたトアドたちが、次々と礼を言ってくる。
「今後も気合を入れて働いてもらいたいですからね。その前払いみたいなものと思ってくださいな」
「はっはっは。ここまでしてもらったんだ、気合入れて働きますよ」
「うんうん」
「また一年くらいしたら、ここか別のところにでもいきましょうか」
幸助の提案にトアドたちは嬉しげに歓声を上げる。
「また来ることができるんですか、さらに気合が入りますな」
「この年で楽しみが増えるとは」
楽しげに笑い声が上がり、酒が進む。
そうして一時間ほど酒盛りが続いた時、遠くから吠え声が聞こえてきた。酔いかけのトアドたちは気づかなかったが、素面の幸助は気づくことができ、断りを入れて宿の外に出る。
外を歩く者たちも声に気づくことができており、近くにいる人たちと何事だと話している。冒険者がなにかしでかしたのかと言っている者もいた。
聞こえてきた方角は、人々の話し声から白竜のいるという東だとわかった。
「確認に行ってみるかなー」
飛翔魔法を使い少し浮いた幸助に、マッサージを受けて返ってきたメリイールとセレナが近づいてきた。
「オーナー、どこへ? まさか白竜のところへ!?」
「危ないよ!?」
「行ってみるつもりだけど、遠くから確認するだけ。転移魔法があるしすぐに戻ってこれるよ」
「しかし」
安心させるように笑みを浮かべてみせるが、それで二人の不安は晴れなかった。
「向こうの状況によっては、予定を中断してリッカートに戻ることも考えないといけないし、少しでも情報がほしいんだ」
「……無茶しないでくださいね。お店にとってとても重要な存在なんですから」
「遺産として店を受け取るなんて嫌だからね?」
「わかってる。じゃあ、行ってくるよ」
メリイールたちだけでなく、街の住民にも見送られ、幸助は東へ飛ぶ。
十五分ほどで山の近くまで到着し、山頂に黄金竜よりも小さな白竜を見つけた。黄金竜と違い西欧型の竜でほっそりとしてた。なにかと戦っているようで、白いブレスを吐いている。
山の周囲に視線を動かすと、町へと移動している集団を見つけた。その殿に魔物と戦っている者たちがいる。
「なにか話が聞けるか?」
高度を下げていくと、殿で戦っているのはライルたちだとわかった。
ある程度の高さで飛翔魔法をキャンセルし、落下しながら雷の魔法を準備し着地と同時に使う。
幸助の手のひらから出た何本もの雷が弧を描き、戦っている者たちから離れている魔物たちへと命中していった。
それで目の前の魔物と集中できるようになった冒険者たちは、魔物と余裕を持って戦い倒していく。
魔物たちが蹴散らされ、冒険者たちはほっと一息吐く。
「誰かは知らないが……ワタセ?」
助かったと言おうとして、ライルは幸助のことを思い出した。
強くなるために無茶をしたのか、腕や顔にいくつか傷が見える。
「久しぶり。イーリアスさんやホールトン君からいることを聞いてたけど、ここで会うとは思ってなかったよ」
「俺もだ。まあとにかく助かった」
以前のような生意気さがなくなり、落ち着きを持って頭を下げた。
「変わったね」
「強くなるためにはどんなことにも動じない心が必要だと思っている。以前のような言動だと強くなれないと思い、平静を心がけている」
「そうなんだ」
常に平静でいようとするのは仕事中戦闘中だけで、日常生活ではもう少し柔らかい。それでも以前とは変わっているが。
このライルを未熟者扱いする者はいなくなり、次世代のパーティーを支える柱として見られるようになっている。
「ワタセがここに来たのはやはり白竜のことか?」
「そうだよ。なにがあったんだ? 冒険者がちょっかいかけた?」
違うと首を横に振る。
「群を率いた強めの魔物が白竜に挑んでいったんだ。ここらを縄張りにした魔物なのかもしれない。自身の縄張りを荒らされたと思って戦力を集めて、挑んだのではと俺たちは見ている」
「ライルたちを追っていたのはその魔物の取り巻き?」
「そうだ」
「魔物の長が倒されれば、白竜は大人しくなると思う?」
「おそらく。今まで遠目で見る分には俺たちのことを少しも気にしなかった。この襲撃が終われば、また大人しくなるんじゃないか」
「だといいんだけど」
先を行く集団に追いつくためこれ以上は話していられないと断り、ライルは去っていった。
一緒に行くかという誘いを断り、幸助はその場に残り、山頂を見上げる。そこからは戦いの気配が感じられなくなっていた。白竜の大きな気配はそこにあるので、戦いの場を移したわけではないのだろう。
「終わったのかな」
再び上空へと上がり、そこから白竜の様子を見る。白竜も幸助の力を察したか、顔を上げサファイアのような青の目を幸助へと向けた。そして翼をはためかせ飛ぶ。
「こっちにくるけど、戦意とか敵意は感じられないな」
なにか用事なのかと、その場に止まる。すぐに目の前まで白竜がやってきた、先の戦いで人間は全て町に戻ったため幸助が白竜と向き合っているところを見る者はいない。
「竜殺しで違いないのか?」
若く渋さのない声が白竜の口から発せられた。男ともとれるし、女とも取れる声だ。
「たしかに竜殺しだけど、どうしてそれを?」
「夢を司る神アーセラン姉上から聞いた」
「神と知り合いなんだ。というか姉上?」
アーセランは元々竜だったのかと思ったが、ミタラムから羊だったと聞いたことを思い出した。ならばなぜと首を傾げる。
「どこが気に入ったのか、随分前に向こうから接触してきたんだ。姉上というのは年上だからそう呼べと言われた」
「気に入った者に声をかけるっていうし、ありえないことじゃないのか。姉上って部分はわからないな。それほどまでに気に入ったのか?」
知り合いという部分には納得した様子を見せる幸助を、白竜は地上に誘う。飛んだまま話すというのは中々に不便だった。
下りた場所は戦いで荒れた山頂だ。魔物の死体が転がっているが、ここならば邪魔は入らない。
下りてすぐに白竜の姿が霧のように分解され、小さく集まると人の姿を模った。年の頃は十代半ば、背は幸助と同じか。柔らかなパーツで顔が作られ、男にも女にも見える。背中までの髪も肌も白で、着ているローブも白。目だけが青い。体つきは華奢で、とても戦えるような姿には見えない。
白竜は竜としては若い部類に入るので、この姿はあながち間違いではない。といっても生まれて五十年近く経っているが。
「竜って人に変化できたのか」
驚いたように幸助は言う。それを白竜は否定する。癖のない髪が動作にそって揺れた。
「人の魔法を習得し使えば私たちも人に変化できるだろうが、これは魔法ではなく称号の効果だ」
「竜も称号がつけられるんだ。どんな称号?」
「なにものでもない者。この称号のおかげで、人だけではなく獣にも魔物にも変化できる」
なにものでもないということは、この先なにものにもなれるという解釈もでき、そこから変化の効果がついてきた。
男女どちらにでもなることができ、今の姿はその区別をつけていない状態だ。
「便利なのかな」
「便利かもしれないが、この称号を捨てたい。そのことについて相談したくて、竜殺しを待っていた」
「待ってたってことは、俺がここに来ることを知ってたから、山頂に降り立った?」
白竜が頷く。
「アーセラン姉上からここの町にくると聞き、待つことにした」
「ピリアル王国にある家に直接行こうとは思わなかった?」
そうすればムウビルトの人たちも不安を感じずにすんだのではと思う。
「竜殺しは目立つことを避けていると聞いた。だから直接家に行くのは止めた。竜の姿でなくとも予測不可能な事態が起こるかもしれないと思った」
「こちらの事情を考えてくれたのか、ありがたいような慎重すぎるような」
白竜は真面目な性格なのかもしれないと推測する。
「一応礼を言っておくよ。それで相談ってなに?」
「私は称号が示すように、なにでもない。そのことに不安がある。なにかになりたい。どうすればなにかになれるのか教えてもらいたい」
「なにでもないって竜ってだけで十分だと思うんだけど」
キャラクター付けとしては十分な長所だろう。亜竜ではなく、正真正銘の世界に九体しかいない竜。これ以上の特徴はそうそうない。
幸助の答えで言いたいことが伝わっていないことを察した白竜は、例を挙げることにした。
「黄金竜は墓守と竜の誕生を役目としている。双海竜は海の流れを管理している。神竜と護国竜はそれぞれの場所を守っている。そういった役割が私にはない。ただ空を飛ぶだけで、なにもしていない」
その説明で伝えたいことが幸助にも理解できた。同時に就職や進学に悩む学生と似たような考えの白竜に脱力する。竜としてそれでいいのかと呆れた思いも抱いた。
「俺が倒した形になる黒竜って好き勝手やるだけでなにもしてないんじゃ?」
「あれは悪役という役割をしていた」
「……そういうことになるのかな?」
意識してやっていたわけではないはずだ。なので役割といえるのかと疑問が湧いた。
「そういった役目ってもたないといけないものなの? 自由に空を飛んでいればいいと思うけど」
「それでは駄目だと思ったから相談している」
疑問を抱かなかったら、今も空を飛んでいるだろう。
「他の竜に聞いてみた? 同じ竜だし参考になるかも」
「聞いた。どうしてそういったことで悩むのかわからないと答えが返ってきた」
だろうなと幸助も心の中で頷く。
黄金竜は生まれた時から墓守をすることが決まっているが、ほかの竜はなにをするのか決まっていない。これまで生まれた竜の中には、一生のほとんどを寝て過ごし、本当になにもしなかった竜もいるのだ。
だから悩むようなことではない。だが白竜は幸助が思ったように生真面目なため考え込み、そのあげくなにもしていないと意識しすぎたため称号もつけられた。
「んー……そもそもどうして俺に聞こうと?」
「流離い人と聞いた。考え方に違いがあり、なにかいい考えがでるのではとアーセラン姉上が言っていた」
「丸投げされたのか……やらなくちゃという考えじゃなくて、やりたいことをやるってのは? 興味あることとかあれば、それをやるといいんじゃないかな。例をあげるなら黒竜は暴れたかったから暴れた、そして悪役になった」
例としてあげたが、黒竜がなにを考え暴れていたかなど幸助は知らず、口に出した後にいい加減なこと言ったなと気づいた。
そんな幸助の言葉を受けて、白竜は考え込む。こういった何事も真面目に受け取る素直さをアーセランは気に入っていた。
幸助も好感を抱くものの、ここでずっと考え込まれると夕食に遅れるので、白竜任せにせず考えはじめる。
「……どうして空を飛んでんの? なにがしたいか考えるなら巣でじっとしてる方が落ち着く気もする」
「空を飛んでいる方が落ち着くから。考えに煮詰まった時は、眼下に見える景色を見ていると気が紛れる」
「空を飛ぶの好き?」
また考え込む白竜に、難しく考えず思ったようにとアドバイスを送る。
「嫌いではない。よく晴れた空を飛ぶのは爽快だし、雨に打たれるのもあれはあれでいい。雷の輝きは綺麗だと思える。上空から雪に染まる大地を見るのはどこか嬉しい」
「好きっていっていいと思うよ、それは。空を飛び続けてみたら? んでどこでどんな風景を見たか、文字に残してみるとか。俺はそれを読んでみたいね」
エネーシアに見せたら喜びそうだった。竜にツテを得られるからではなく、旅をしたかったと聞いたことがあったのだ。純粋に読むことを楽しむはずだ。
「それはなにかをしていると言えるのだろうか? これまでと変わらない気が」
「紀行文を書いているかぎりは記者じゃないかな。そういったことをしながら、別にやりたいことを探してみたら? とりあえず俺からできるアドバイスはこれだけ」
やってもいいかなと思えたが、問題が一つあった。
「文字が読めない書けない」
「あー……姉上殿から教わったら? たぶん書けるんじゃないかな。それか文字の読み書きができるようになる魔法を知ってるかも」
「聞いてみる。今日はありがとう。書けたら持っていきたいが、直接行くと迷惑になるのでは?」
「竜の姿のままじゃなければ問題ないと思うけどね。問題あると思うなら、姉上殿経由でミタラムかコーホックに渡してもらえれば、こっちに届くよ」
「わかった」
頷いた白竜の姿が、人から竜へと戻る。
目に感謝の色を浮かべて幸助を見た後、はばたき日が傾き始めた空へと消えていく。
それを見送る幸助に、アーセランから感謝の言葉が届いた。どういたしましてと返し、町に戻る。
町の上空を白竜が通ったため、去ったことは住民もわかった。ほっとしたような雰囲気が町を包む。
人々は結局白竜なんのために山に降り、とどまったのかと話し合う。当然ながら人生相談と当てる者はいなかった。この話題は町の民話として末永く伝わっていくことになる。
「いなくなったんだから、理由はどうでもいいじゃないか。さあ、宴会だ。不安はなくなったし、楽しもう」
メリイールたちも話していたが、考えても答えがわかるはずもないと忘れさせる。
「……そうですね」
「もともと楽しむことが目的だしね」
表情を不安から笑顔へと変えて、メリイールとセレナは頷いた。
「一番コースケ・ワタセ! 演奏する!」
ギターを取り出した幸助は、場を盛り上げるように賑やかな曲を選び、弾き始めた。
宴会場として用意された大部屋の雰囲気は、いっきに賑やかなものへと変わる。
楽しげな笑い声は宿の外にも届き、伝染するように町全体が賑やかになっていく。少し前の不安など吹き飛ばせと、町のあちこちから笑い声が上がった。
翌日の昼過ぎ、温泉も特産品の野菜も堪能した一行は楽しかったと口々に言いながら、リッカートに帰っていった。
感想誤字指摘ありがとうございます
3.5 どんなタイトルをつけたらいいかわからないにミタラムのにっきちょうを追加