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竜殺しの過ごす日々  作者: 赤雪トナ
番外1 消えない火種(三年後)
60/71

1-蛇足 黄金竜の依頼

「そろそろかな」


 三つの窯戸から漂ってくる香ばしい匂いに幸助は本から目を離す。

 

「いい匂いですね」

「だねぇ」


 すぐ近くで話していたメリイールとセレナも視線を釜戸に向ける。今日は休日で二人とも私服だ。

 メリイールは白のブラウスに薄桃色のロングスカート。ブラウスは袖や襟に銀糸による刺繍が施されている。膝上に深紅のショールが置かれている。セレナは緑の縦セーターに黒のパンツだ。幸助はいつものジャケットを椅子にかけて、なんの装飾もない白シャツに黒のジーンズという簡素な姿だ。

 三人がいるのは自分たちのお店ではなく、冒険者ギルドの庭だ。そこに椅子とテーブルを持って来て、作っているものが完成するまで日向ぼっこをしていた。

 ちなみにここにある窯戸はもともとあったものではなく、幸助が作った釜戸だ。


「呼ぶか」


 椅子から立ち上がった幸助は、足下に落ちていた小石を拾うと、ガレオンの部屋の窓目掛けて投げる。

 石がぶつかった音に気づいたガレオンは顔を出し、すぐに引っ込めた。


「来るまでに切り分けとこうかね」

「手伝います」

「早く食べたいね」


 作ったものはピザだ。トマトとタマネギとピーマンを載せた基本的なもの、シーフードトッピングのもの、ハムとジャガイモとマッシュルームとニンニクを載せたオリジナルという名の大雑把ピザの三種類だ。

 窯から出すと、焦げたチーズの匂いとケチャップの香りが、周囲に広がっていく。匂いに気づいた職員が窓から顔を出している。そんな職員たちに幸助たちは手招きする。

 大きく作っていたので十人以上集まっても大丈夫なのだ。

 どうしてギルドの庭でピザを作っているのかというと、数日後に行われる春祭でギルドと店の合同でピザを作るからだ。味の確認と窯の出来具合を確かめるため作ってみたのだ。

 

「にーちゃん、来たよー!」


 声のした方向を見ると、ガレオンと手を繋いだフェウスが近づいてきている。出会った頃とは違い、満面の笑みを浮かべて、日々を楽しんでいるとよくわかる。

 フェウスはガレオンに会うため、祭に参加するため昨日からリッカートに来ていた。


「すっかり孫と祖父だね、あの二人」


 微笑ましいとセレナは笑う。

 フェウスは普段隠れ里で過ごしているのだが、幸助がたまに外に連れ出している。その際に何度かガレオンとも会い、どこが気に入ったのか懐いていったのだ。ガレオンとしても懐かれて悪い気はせず、会うたびに好々爺といった様子を見せている。

 ガレオンにも家族はいるが、奥さんだけで娘とは死に別れている。なので孫はいないのだ。リッカートに来るとフェウスはガレオンの家に世話になっていて、夫婦に本当の孫のように可愛がられている。


「熱いから気をつけるんだぞ?」

「うん」


 ガレオンは幸助から受け取ったピザを少し冷ましてフェウスに渡す。


「よくできてるな」


 一口食べたガレオンが関心する。フェウスは夢中で食べていて、感想を言う暇がない。


「本当に美味しいですよねぇ。オーナーの出すものどれも美味しくてついつい食べ過ぎて体重が」


 ピザ片手にほろ苦い表情を浮かべるセレナ。その気持ちがよくわかるメリイールは数度頷いた。

 ギルドの女性職員は美味しいものが食べられる羨ましさと、体重に関する複雑な思いを込めて二人を見ていた。


「お店の人気№1もオーナーの作ってくるお菓子で、よくお客様に今日はないのかと聞かれます」

「頻繁にはお店にこないから幻の商品とか言われてるよ」

「俺としては差し入れのつもりで持っていってたんだけどね」


 こうは言っているが、渡した後のお菓子をどうしようが気にはしないのだが。


「客集めにちょうどよかったので」


 お店に出したのは、メリイールとセレナなりに利益を上げる方法を模索した結果だ。オーナーが利益を求めてはいないとはいえ、それに甘えるのは心苦しく、また働きがいがなかった。

 そういった動きのかいあって、店を始めた頃はオーナーに入ってくるお金一月銀貨五枚が、三倍の十五枚に増えていた。


「そういやアミューズメントパークってのはどうなった?」

「一区切りつきましたよ。人を集めて、土地を確保して、建物も建てた。椅子や柵といった必要なものも運び込みました。あとは玩具の量産と設置くらいですね。そのあと安全の確認してオープンといった感じです」

「日数にすると?」

「長くて一年くらいですね」

「始めて約四年か、早いな」

「まあ、一人でやったわけじゃないですから。始めた頃はどこかの街に作ろうと思ったのに、今じゃアミューズメントパークを中心とした村ですからね。どうしてああなった」


 玩具作りをすると決めた幸助はいくつかの玩具を作った後、人を集めて娯楽を提供する場を作ろうと決め、神の力を借りて動いた。

 当初は街の一画に作ればいいやと思った幸助だが、交渉事などが面倒なのと好き勝手やれない束縛を嫌い、国が管理していない土地を確保しそこに作ることにした。その過程でホネシング王国とコウマ王国とカリバレッテ公国の力を借り、小さな村を超える人が集まったのだ。

 そこは娯楽場として試験的な意味もあり、ドリーポットと名づけられたその村が成功すれば、各地に似た村が作られることになる。

 アミューズメントパークが完成していない今は、宿場として機能しているところでもある。


「関わったのがすごい奴らばかりだからな、小さくまとまることはないだろうさ」

「そうですよ。二国の王と高位貴族が関わっている時点でこぢんまりというわけにはいきませんよ」


 そういった者たちは利益が見込めなければ援助しないだろう。それをわかっているからの言葉だ。


「というか交友関係広すぎ。どうしたら王様と知り合えるの?」

「ルビダシア家はちょっとしたハプニングで、カリバレッテは依頼で、ホネシングは向こうから来たなぁ」

「こいつは知る人ぞ知る腕利きの冒険者だからな。時々とんでもない者が近寄ってくる」


 アミューズメントパークを作る費用のため、高額依頼を受けまくったので腕利きと王族や貴族に認知されている。ただし、変装した姿と名前がだが。

 冒険者シオンの名を知らぬ貴族はいないくらいだ。必要分が溜まり、村自体でも収入が入りだした今では活動を自粛しているが、依頼は今でも世界中から入ってくる。それをガレオンが本人不在といってほとんど断っていた。たまにややこしくないものを幸助に渡している。

 お金に関してはコーホックから融資の話も出たが、できるだけ人の手で進めたかったので、最後の手段として受けることはなかった。

 

「俺が一番驚いたのはあれだな、滅んだって思われてた水棲族が依頼してきた時だ」

「すいせーぞくってなに?」


 ピザを食べ終えたフェウスがガレオンに聞く。


「水棲族ってのは水に適応した人間って感じだな。有名なのは人魚か。もともとセブシック大陸南の海を住処にしてたんだが、二百年前から姿を見せなくなったんだ。それで絶滅したと思われてたんだ」


 絶滅したのではなく、住処をさらに南に変えただけなのだ。陸地から遠のき姿が見えなくなった。さらにセブシック大陸南の海では定期的に嵐が起こるようになり、航路を変えざるを得なくなった。また水棲族は陸地の生物と無理に接触しなくとも生活できるので、わざわざ陸地に姿を見せることはなかった。これによって接触が途絶え、絶滅したと勘違いを受けたのだ。

 最初に魚人から依頼を受けた人は、夜中家に帰る途中ひたひたと音を立てて近寄られたことでホラー的な怖さを味わった。


「オーナー、水棲族からの依頼ってどんなものだったんです?」

「ゴミ掃除かな」

「簡単に言いすぎだろう」


 内容を知っているガレオンが苦笑している。

 依頼は海流の関係で流れ着いてくる沈没船、それを吸収して暴れる幽霊船退治だ。幽霊船というのは便宜上の名で、実際は三年前の戦いで生まれた歪みが沈没船にとり憑き動き出したのだ。実際に幽霊が動かしていたわけではない。

 幸助がやったことは簡単で、特攻して歪みを封印それだけだ。その後の集まった沈没船の処分の方が時間がかかっている。

 処分したのは、船そのものと積んでいた荷物だ。長年海水に触れて駄目になった物もあったが、貴金属は泥と苔に塗れただけだった。塵も積もれば山となる。それを地で行き、集まった貴金属は都市一つ買えそうなくらいだった。

 水棲族は宝石には興味あっても、金貨銀貨などは価値はないということで、幸助への追加報酬にこれらが当てられた。

 そういった沈んだ貴金属の中にすごい物も混ざっていた。それはクレセントルビーと呼ばれる宝石で、今から百五十年前に紛失した世界五大宝石の一つだ。三日月型の紅玉で、これを手に入れるため血が流れたこともある。記録には運んでいた船が嵐にあって、海中に消えたといわれており、大発見といって間違いない。

 これの発見を幸助は誰にも言っていない。水棲族にもだ。持ち帰れば大金が手に入るが、また無用の血が流れる可能性があった。そういった騒動に巻き込まれるのは面倒だったので、海底に埋めた。

 

「実際はなんだったの?」

「歪みによって動きだした船をどうにかしてくれってな。何隻もくっついて水棲族には手に負えなくなったんだとさ。一般の冒険者には手に余ることだったんで、コースケに頼んだんだ」

「そうだったんだ。水棲族の国に行ったんだよね? どんなとこだった?」


 セレナの質問に、少しだけ思い出す様子を見せてから口を開く。


「透き通った水と色とりどりの珊瑚が綺麗なとこだったよ。陸地のように家がなくて、岩棚をくりぬいて作った住処に皆住んでた。貝や魔物の骨で作られた楽器の音がそこらじゅうから聞こえてたな。水の流れを操ることができるみたいでね、魔物を住処に近寄らせないようにしてた。そのおかげか、のんびりしたところだったな」

「綺麗なところだったんだぁ、見てみたいな。そういえばオーナーはいままでいろんなところに行ってるでしょ? どこが一番だった?」

「どこか一番かと言われると……コウマかな。特別風景が綺麗とかはないけど、落ち着くんだよねあそこ」


 古い時代の日本に似ているせいだろう。木と紙の家、生えている植物、料理の作り方そのどれもが、するっと心に入ってくるのだ。

 月一で調味料などを仕入れに行って、ゲンオウやナガレと縁側でお茶を飲んでいたりする。シズクにはお菓子を持っていっている。


「コウマかぁ。どんなところなんだろう」

「俺が気に入っているだけで、セレナが行っても感じるものはないと思うけどね」

「それでも一度くらいは行ってみたいな。この街周辺から出たことないんだよ私」

「そういう人が普通ですけどね」


 メリイールもセレナと一緒でこの国から出たことはない。


「休みが取れたら日帰りでも一泊でもどこかに連れて行けるけど? 転移の魔法であちこち行けるからね」

「いいんですか?」

「店をまかせっきりだし、そうだねこの際店員全員連れて慰安旅行でもいいかな」


 店員全員の転移は幸助には無理だが、ミタラムかコーホックに好物でも作って頼めば、そのくらいの転移はしてくれると確信を持っている。

 

「お金はなにか依頼を受けたら大丈夫だろうし」


 なにかあるだろうとガレオンを見るも、見られたガレオンは首を横に振る。


「お前さんに頼むような依頼は今はないぞ?」

「じゃあ、手持ちから出すか。宿と朝夜の食事は俺持ちで、お土産と昼の食事は店員たちの自腹って感じでどう?」

「どうと言われても、本当にいいんですか?」

「店員を労わるのもオーナーの仕事だと聞いたことがある、という言い訳で誤魔化しておくよ。本当はただの思いつきだし。それにこれで店員の労働意欲を刺激できれば儲けもの」

「意欲は低いというわけじゃないんですけどね」


 労働に求められる質は高いが、その分多めに賃金は渡される。休憩と休暇もきちんと出て、店員の対する扱いも悪くない。たまにある幸助の差し入れも好評だ。


「旅行に行ける……どこが楽しめるところなのかわからない」


 楽しみだという思いを抱きつつも、行ける場所が思いつかずセレナは難しい表情となっている。

 そんなセレナに助け舟を出したのはガレオンだ。


「温泉でゆっくりするのもいいじゃないか? あとは時期的に大陸東部のシルコンサ高原が花満開で見ごたえあるとか。ほかはセルバシアンに行ってマッサージを受けるのもいいかもしれんな」

「セルバシアンってマッサージで有名なの?」

「セルバシアンには暇潰しのダンジョンというものがあって、それ目当てに冒険者が集まってくるんだ。だから冒険者用の商売が盛んで、そんな商売の一つに疲れをとるマッサージ屋がある」

 

 最近腰がなぁと思いつつ、知っていることを話す。


「そんなところが。どれも迷う……」

「まあ、今すぐ行くわけじゃないし皆と話し合うといいよ」

「そうします」


 迷うセレナのかわりにメリイールが答えた。

 そんなことを話しているうちに皆食べ終えて職場に戻っていく。


「ピザの出来も窯の調子も問題なしですね」

 

 幸助の確認にガレオンは頷く。


「昼ご飯食べに行くけど、誰かついてくる?」


 ピザだけでは足りない幸助の提案に、ガレオンたち四人は頷いてギルドを出て行く。

 ガレオンお勧めのクラブサンドを出す喫茶店に入って、有名店の店長たちがやってきたと店員たちに緊張をはしらせたりしつつ、昼食を楽しんだ。


 四人と別れて家に帰ると、家にいないはずのエリスから客だと告げられた。エリスとウィアーレはドリーポットのことで、向こうにいるはずなのだ。

 セクラトクスかコキアたちかなと思ったが、それならば名前を言うはずで誰だろうとリビング入り口から覗き見る。そこには見知らぬ男が椅子に座っていた。三十半ばのようで、ある程度鍛えてはいるが冒険者のようには見えない。


「エリスさんの知り合い?」

「その表情だとコースケの知り合いというわけではなさそうじゃな。私の知り合いでもないぞ」

「まったく知らない人をよく家に入れたね」

「いきなり執務室に転移してきて、お主の顔絵を見せてきて大事な用事があると真剣に頼んでくるのでな」


 転移してきて、さらに幸助を指定しての頼みに竜殺しだとばれた可能性があると勘繰り、探るため連れて来たのだ。

 竜殺しのことは三年経った今でも秘密にしている。知られていれば、のんびり村づくりをしている暇などない。


「その用事聞いてる?

「いや。聞いておらぬよ」


 幸助と一緒に聞こうと思っていたのだ。

 それじゃあ聞こうと部屋に入り、声をかける。


「こんにちは」


 声をかけると男は立ち上がり、頭を下げる。

 男の前面の椅子に座り、その隣にエリスが座る。


「俺に用事ということですが、内容を聞く前にどうして俺を指定したのか聞いてもいいですか?」

「妻があなたを指定しまして。あ、妻は人ではなく竜です」

「……は? え? 竜と結婚したんですか?」


 幸助もだが、エリスも驚いて目を見開いている。


「はい。一目惚れしまして」


 顔を俯かせて照れている。


「黄金の容貌を一目見た時から私の心は妻に掴まれたままなのです」

「……黄金の竜というと墓守の竜だったっけ?」

「そうじゃな。書物でそのような姿だと書かれていたのを見たことがある。雌だとは思ってなかったな」

「竜とですかぁ」


 驚いたままの二人の様子を、男は不快とは思っていない。誰もが似たような反応を示すのだ。


「人に変化した時に惚れた、ということなんでしょうか?」

「いえ竜の姿ですね。妻本人にも物好きだと笑われましたよ」


 たしかに物好きだと二人は心の中で頷く。


「えっと、そうだっどうして奥さんが俺を指定したのか聞いてます?」

 

 これ以上はなんと言えばいいのかわからず、話を進めることにした。


「詳しいことはなにも、私は伝言役なだけですから。ただ仲間を助けてもらいたいと」

「仲間ってことは竜のいづれかが危機に?」

「そういうことなのでしょうね」


 厄介事めんどくさい、と心に浮かぶ。竜に危機が迫って、竜本人で解決できないことなど厄介事に違いない。

 断れるなら断りたいなと考えていると、そんな雰囲気を察したか男が懇願するような表情で口を開く。表情がわかりにくい竜と共にいて、表情の読み方が上手くなっているのだ。


「話を聞くだけでもお願いできませんか?」

「今までの経験上、話を聞いたら引き受けてるんだよね」

「引き受けてもいいかもしれん」

「エリスさん?」

「竜が頼みごとをするんだ、よほどのことじゃろう。被害が広がれば、私らがやっていることまで被害がくるかもしれん。早く潰せるならその方が害も小さいじゃろ」


 そう言いつつも放っておいてもいいかもしれないと考えている。根拠は神がなにも言ってこないこと。世界規模の事件ならば以前のように接触があるだろうが、今回は音沙汰なしだ。大陸崩壊といった危険はないかもしれないと考えていた。関わることを勧めたのは、念のためだ。


「……かもしれないね。とりあえず話だけでも聞くか」

「ありがとう!」


 勢いよく頭を下げた男はなにかの魔法を使う。聞くとそれは合図を出す魔法で、合図を受けた竜が男と男に触れている者を呼び寄せる魔法を使うとのこと。


「エリスさんはどうする?」

「私は向こうに戻るとするよ。手伝いがほしいなら、言ってくれれば加勢する。ウィアーレにも話しておく」

「わかった」


 幸助が男の肩に手を置いた四十秒後に二人は消えた。それを確認したエリスもドリーポットへ転移する。

 転移した幸助たちはエゼンビアの大砂漠にあるオアシスに来ていた。ここは常に砂嵐の結界で護られている場所で、通常は入ることができない。

 竜の夫が入った時は、発生した竜巻から逃げていると砂嵐と竜巻が干渉しあって安全地帯ができ、それに沿って進むうちに入り込んでしまったのだ。そしてそこで眠っていていた墓守の竜を見て一目惚れした。即プロポーズした男に、竜は興味が湧いてそれからずっと一緒にいるのだ。

 今も幸助の背後では、オアシスを囲むように砂埃が風に舞っている。しかし幸助はそれを気にしない。なぜなら目の前に墓守の竜がいるのだ。その外見を見て、幸助もまた綺麗だと感想を抱いた。

 柔らかそうな蜂蜜色の鬣、透き通った金の目、磨きぬかれた黄金の鱗、一流の彫刻家でも画家でも表現できないような黄金の竜が目の前にいた。

 姿形は地球でいうところの東洋の竜だ。神秘的な雰囲気を纏い、神の一人だといわれても納得できそうだ。


「ようこそ、竜殺しよ」


 男とも女ともとれる鈴のように綺麗な声で幸助の称号を呼ぶ。


「竜殺し!?」


 そんな存在だとは思わず、隣に立つ幸助から男は一歩離れる。


「そうだ、我が夫よ。こやつは邪竜と呼ばれたものを殺し、竜殺しとなったのだ」

「お前も殺されるなんてことは!?」

「ないない。意味なく竜を殺してなんになるんだよ」

「本当に?」


 疑わしそうに見てくる男に、頷きつつ付け加える。


「この場でいきなり戦いを仕掛けられたりしなければね」

「そのようなことはしない。頼みを断られたくないからな」

「引き受けるかは話を聞いてからだけど、それでいい?」

「受諾してもらいたいのだが、まあいいだろう。早速話すが、頼みというのは我らの仲間を助けてもらいたいということ」

「仲間ってことは青海竜とかそういった大物でしょ? 自分たちでどうにかできなかったのか?」


 幸助の言葉に竜は首を横に振る。


「助けてほしいのは、お前たちの言葉で言うならば竜もどきと呼ばれるものたちだ」

「ドラゴニスとかそういうやつら?」

「その通りだ。一年と少し前からだ。竜もどきたちが数を減らしていったのは」

「単に倒された時期が重なっただけじゃ?」

「そうではない。倒れただけならば助力を願わぬ。倒され一つにまとめられているのだ」

「まとめられている?」

「うむ。殺されるのは自然のあり方で、我はどうこう言わない。だが今回はあり方を歪められ、死ぬことももできず無理矢理生かされている。苦しみ悲しみの声を上げながらな」


 同胞が苦しみ続けていることが悲しいのだろう、瞳に宿る憂いの色が濃くなる。


「ということは一つにされた竜もどきたちを殺すことが俺に求められていること?」

「その通りだ。ああなってしまっては元に戻ることは不可能だ。ならばせめて苦しみから解き放ってやりたい。それならば我ら竜で片付ければいいと思うのだろう?」


 幸助は頷く。


「強さ的にいえば、我と双海竜が力を合わせ立ち向かって倒せる程度だ。白竜もいれば被害なく倒せるだろう。しかし我らでは無理なのだ。少しでも触れてしまえば一体化してしまう。そうなればさらに強化して、手がつけられなくなるだけだ。だから我らよりも強く同化の心配のないお前に頼むのだ」

「竜よりも強い?」


 指摘されれば墓守の竜から神秘性は感じるものの、脅威という感じは少ないとわかる。

 竜の強さは人間の表示の仕方で、ステータスB-からB+だ。一番強いとされていたのが幸助が偶然倒した邪竜のB+。墓守の竜はBの下位、双海竜はBの中ごろだ。幸助は現時点でBの上位、竜装衣を使えばB+の上位と墓守の竜たちの強さを超えていた。

 以前海竜に遭った時はB-だったので、その時の印象を引きずり自身が竜を超えたことに気づいていなかった。

 

「ステータスという部分で見た場合だがな。実際は長寿からくる経験の差も絡んでくるので、我らが勝ちを拾うこともあるだろう」

「そうだよね。安心した」


 化け物だと突きつけられたようで不安になったのだ。改めて突きつける必要もなく、化け物と呼ばれる存在だが、それを認めらるほどには精神が成熟していない。


「話を戻すけど、倒してもらいたい相手の強さはどれくらい?」

「B+には届かないだろう。お前が本気で戦えば少し苦労するといったところではないか?」


 幸助は渋い顔となる。

 同程度と読んで苦戦した偽神との戦いの例があるので、竜の言葉に安心はできない。


「戦うことを引き受けた場合、あんたたちのサポートを受けることは可能? 遠くから気を引くための攻撃しかけるとか」

「ふむ……遠くからでよければ可能だ」

「あと、やるやらないはおいといて一度偵察したいんだけど。どこにいるのかわかる?」

「それも大丈夫だ。常に居所を把握している。送ることはできるが今すぐ行くか?」


 同胞の悲鳴を聞いて原因を探ってからずっと見張っているのだ。すぐに幸助を呼ばなかったのは、触れると一体化することを知らず自分でどうにかしようとしていたからだった。


「ちょっと待って」


 称号を『竜殺し』から『魔物の天敵』へと変える。魔物の天敵は数多くの魔物を殺したことで得た称号で、魔物の弱点や脆い部分が一目でわかるという効果を持つ。これで弱点がわかれば儲けものと変えたのだ。

 ついでに近場に出た場合、すぐ離れられるように飛翔魔法も発動させる。


「お願いします」

「五分ほどでここに戻す。ではいくぞ」


 尾がゆるりと動き、幸助に聞こえない程度に小さな声で魔法を発動させる。

 その場から消えた幸助はカルホード大陸南東の海の上空に現れる。見渡すかぎり海で、同じ位置に雲が見える。

 視線を下げると海にうつぶせに浮かぶ十メートルの物体があった。少し高度を下げて、近づくとはっきり姿がわかった。

 形状としてはスキュラと呼ばれる魔物に近いのだろう。下半身は五十を超える竜の尾で構成され、上半身はドラゴニス。ただし腕は竜魚そのもので尾びれと肩がくっついている。背には皮膜の翼と昆虫の翅と鳥の翼の六枚が生えており、頭部はドラゴニスと甲竜と呼ばれる昆虫型竜の頭部とプテラノドンのような頭部の三つがくっついている。

 幸助はあれを合成竜と呼ぶことにした。


 合成竜の正体は、天才の弟子が生み出した試作品だ。失敗作として海に捨てたそれが生き続け、竜もどきを吸収し続けたのだ。

 失敗作と判断したのは、これが一種類の生物しか吸収しなかったせいだ。吸収したのは竜魚。最初に竜魚を取り込んだことで、これが吸収できるのは竜種のみとなった。竜もどきを捕らえることは簡単ではなく、用意できたのは竜魚のみで、そのことが失敗作と思わせる一因となった。

 このことに気づかず天才の弟子は、一種類の生物に寄生するだけのキメラですらない魔物と判断し、いらないと捨てたのだった。

 

「ぐっちゃぐちゃだな」


 顔を顰めて、それを眺める。

 漏れ出た感想が示すように、各部位の大きさはそろっていない。

 そんな不恰好さが脆さに繋がっているようで、幸助の目には脆い部分がそこかしこに見えた。

 このようななりでも一応竜種に属する。それならば称号に反応しないのだが、色々とくっついていることでキメラとしての面も持つようで、称号によって弱点がわかるようになった。

 ばらばらの体を繋ぎとめている一点が首の後ろにある。そこが弱点とわかった。

 弱点と脆い部分をしっかり記憶して、呼び戻されるのを待つ。


「戦うとしたら、あの弱点を一突き、あとは脆い部分を斬りつけて終わりかな」


 厄介なのは触手のように見える尾に狙われることだろう。


「遠くから攻撃してもらってそっちにひきつけてもらって、上空からいっきに接近そして攻撃。動きがわからないと、それで大丈夫なのかいまいちわからないな。あと二分ほどだし、ちょっかいかけてみるかな?」


 帰還は他人任せなので、苦戦して怪我を負っても大丈夫だ。一分ほど動きを見るために近づいてみようと考え、心の中で残り時間をカウントする。

 残り一分になる少し前に海面まで下り、そこから正面に移動する。

 接近に気づいた合成竜は竜魚の腕を幸助に向ける。口が開いたかと思うと、水流が吐き出された。一般的な家ならば簡単に砕く勢いの水流を難なく避けてさらに接近する。

 幸助が近づく間に、合成竜は体を起こす。そして海中から尾が何本も飛び出し、襲い掛かってくる。


「この程度なら余裕だなっと」


 水しぶきまでは無理だが、縦横無尽に動く尾の方は動きを見逃すことなく避けることができた。けっして尾の動きは遅くはない。けれども三年前の戦いで、多方向から攻撃を受けることには慣れきっていて、いまさら動揺することもない。

 尾全てを避けて前進した幸助と合成竜は真正面から見合う。一瞬だけ静寂が訪れ、幸助は墓守の竜に呼び戻された。


「あれなら大丈夫、殺せるよ」

「受けてくれるか」


 幸助の言葉に偽りを感じず、墓守の竜は嬉しげに頷いた。


「でも既に言ったようにサポートしてもらうよ?」

「ああ、かまわない。では礼について話しておこうか。冒険者とやらは報酬を必要とするのだろう?」

「もらえるなら、それにこしたことはないね」

「骨を少しでいいだろか?」

「骨? 骨ってーと竜骨!?」


 頷く墓守の竜を幸助は心底驚いたという表情で見上げる。

 竜の鱗と肉はお金を積めば、手に入れることが可能だ。しかし骨は一切市場に流れないし、どこかの王族貴族が持っていることもない。なぜなら骨だけは、竜の死後に代々の墓守の竜が持ち去ったからだ。

 墓守の竜が来る前に入手することは可能なのだが、その場合墓守の竜が力ずくで取り返すのだ。

 二千二百年前に一人の鍛冶師が盗んだことがあった。盗んだ骨を使って剣を作り上げた。骨を持ち帰り、かけている部分があると知った墓守の竜はすぐに探し当て、上空から鍛冶師の住む街ごとブレスで吹き飛ばした。あとに残ったのは竜骨の剣と瓦礫と死体のみで、剣を回収した竜はここに戻った。

 その話が神を通して人々に知れ渡り、骨を盗もうとする者はいなくなった。

 ちなみに作られた剣は湖の底にずっと眠っている。卵殻の材料になればと湖にいれたが、ほかの金属と混ざっているせいか残ってしまった。

 鱗や肉と骨の扱いが違うのは、きちんと意味がある。骨は次代の竜の卵殻となるのだ。骨がないと卵はできず、竜が生まれなくなる。だから墓守の竜は暴れてでも取り戻したのだ。

 以前骨が盗まれた時は、殻の厚さを薄くして大きさも変え誤魔化した。それが関係しているのか、生まれてきた竜は他の竜に比べ弱めだった。その竜を討ち、二人目の竜殺しが生まれたのだった。


「欠片しか渡せないがな」

「欠片でもどれだけ価値があるのか」


 驚きはしたが正直なところ骨をもらっても利用法は思いつかない。それでも既に持っている鱗をもらうよりはともらうことにした。

 今日のところは家に戻り、準備を整える。今回エリスたちの助力は必要ないと知らせることはなかった。

 夜が明けてオアシスに呼び出される。早速墓守の竜と共に合成竜のいる海へ移動することになった。


「怪我なんかしないようにな」

「大丈夫だ、我が夫よ。我がやることは小さな手助けにすぎない。怪我などしようがない」

「それでも無事を祈るよ」

「……そうだな、祈っていてくれ。何事もなく終わるように。無事帰ってこられるように」


 見詰め合う二者の間には誰も入れない雰囲気がある。夫が妻の胴体にキスをしてようやく出発となる。

 はたで見ていて竜と人のラブシーンには違和感を感じずにはいられなかった幸助だ。

 墓守の竜に声をかけて移動してもらう。

 事前に決めていた通り、二手に分かれて墓守の竜に合成竜の気を引いてもらい、戦いが始まった。

 そして戦いは十分も経たずに終わった。

 同格とはいえ、弱点がわかっていて、奇襲が成功すれば短時間で終わるというものだ。

 合成竜を倒したことで得た力は、以前ものとは違う吸収の腕輪に入っていった。以前のものは吸収限界に達して、自室においてある。なにか魔法具でも作る材料にしようと考えていた。

 絶命し海の底に沈みかけた合成竜を、墓守の竜は魔法で浮かばせる。


「どうするんだ?」

「竜と同じように葬るのだ。助けることはできなかったのだ、これくらいはしてやりたい」

 

 竜の墓場に戻った彼らは湖のそばに現れる。

 地面に合成竜を下ろした竜は魔法を使う。すると合成竜の体が銀色の炎に包まれる。音を立てず、匂いも出さず、骨以外を焼き尽くすまで銀の炎は燃え続けた。


「この骨はどうするつもり?」

「竜骨と同じように、湖に入れる。もしかすると卵の殻となるかもしない」


 竜の骨は数年の時間をかけて湖の底で卵となる。さらに百年の時間をかけて孵化するのだ。今は邪竜の骨が卵になりかけている。それに使われるのか、新たな竜の卵となるのか、それともなにもならず沈んだままなのか、墓守の竜もわからない。できれば新たな生命発生のきっかけとなってほしい、墓守の竜はそう思っていた。


「では礼だ。手を出すがいい」


 言うことに従い差し出した掌に、金の粒がゆっくりと落ちてきた。一見大きめの砂金のように見えるそれは、金属にはないなにかを秘めていた。


「もしかしてあなたの骨?」

「うむ。次代の竜のためにそれ以上は渡せないのだ、すまないな」


 身を削っての礼だ。不満に思うわけはなく、ありがたく貰う。思ったよりも楽な仕事で、これは十分すぎる礼だと思えた。

 これで用件は終わり幸助は、お幸せにと夫婦に別れを告げて、ドリーポットへと帰る。

 一風変わった夫婦の話と礼にもらった骨は、エリスとウィアーレを驚かすいいお土産となった。

次はいつになるかわからないけど、三年の間にあったことの予定です


誤字指摘ありがとうございます

双海竜は青海竜の書き間違いではなく、もう一匹いる緑海竜とあわせた総称となっています

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