隠れ里
幸助がいつものように子供の近くにいると、倉庫の外から名前を呼ばれた。
なんだろうと思いつつ、外に出る。そこにいた同僚によるとボスが全員を呼んでいるらしい。
「シオンも来たか。これで全員だね」
一番広い部屋に二十五人の人間が集まっている。
幸助が知らない顔もいて、おそらく彼らが用心棒なのだろう。
「ボス、話とはなんですかい?」
「うん。実はリッカートでの仕事を次で最後にしようと思ってね。最後の仕事は全員でやろうと思っている」
それだけ大仕事なのだろうと泥棒たちは楽しみだという顔で話し合っている。
ボスがパンッと手を叩き、騒ぎを収める。
「押し入る場所は、金貸し屋のオーグルムマネーだ。それなりに名の知れた金貸し屋だから知っている者も多いだろう。そこの情報は十分集めた。皆が役割を十分に果たしてくれれば成功間違いなしだ。頑張ってくれ」
ボスの言葉に気合の入った返事が響く。
満足そうに頷いたボスが、個人個人に役割を言い渡していく。当然幸助にも役割が言い渡される。
幸助がやることは建物の内を見回っている警備の始末と、盗んだ金をここに運び込むことだ。コンストも同じく運搬を任される。
「ボス。シオンにそんな荒事ができるんですかい?」
「シオンはああ見えて、この中で一番強いよ。ステータス平均D+と聞いた」
幸助に注目が集まり、視線で本当か問いかけられる。それに幸助は頷きを返した。
「まだ疑う者がいるみたいだから、用心棒さんたちと手合わせしてもらおうか。オウンさん、お願いできますか」
「いいだろう」
ボスが指名したのは二人居る平均D上位の片割れだ。
使う武器は槍だが、さすがに仲間内で殺し合いをする気はないようで、素手対素手の勝負となった。
庭に出て、ボスが開始の合図を出す。
向かってくるオウンを幸助が迎え撃つ。セクラトクスや偽神に比べたら欠伸が出るほどの速度で、幸助は突き出されたオウンの腕を掴んで引いて、足を払い背中から地面に叩きつける。咳き込むオウンの首を掴んで、ニッコリと笑って少しだけ力を込めた。
「降参だ」
時間にして一分も経っていない早い決着に、周囲は沸いた。
これで幸助が警備の相手することを心配する者はいなくなる。
「決行は明日の深夜だ。各人、準備があればそれまでに済ませるように」
それが解散の合図となり、それぞれ幸助にすごかったと告げて去っていく。
オウンたち用心棒はボスに呼ばれて一緒に去っていく。
地下室へと戻ろうとした幸助のそばをコンストが通り、何気ない仕草で紙を渡して去っていく。
その場で中身を確認しそうになったが、誰かに見られたら怪しまれると倉庫の中で確認することにした。
倉庫の扉を閉め、天井の窓から入ってくる光の下で紙を確認する。
(夕飯の材料を買いに行く時、初めて会った場所に寄れ。無理して来ることはない、か。いつも通りなら行けるけど)
書いてあるように、誰かつけてきたり同行しようとして無理だったら行かないことにして、地下室に入る。
この三日で、いまだ怯えられるものの、子供の体に触っても逃げられなくなっていた。触れるようになったら、体を洗おうと決めていた。自分でも濡れタオルで体を拭いてはいるようだが、十分とはいえず臭いがしていたのだ。
体を洗うよと告げてから、用意していた大き目のタライに水を入れ、魔法で沸かす。
服を脱がせたことで、性別がようやくわかる。男だった。将来もてそうだなと思いつつ体を拭いていく。くすぐったく動く子供を垢が出なくなるまで、丁寧に拭いていく。少し肌が赤くなったが、さっぱりした様子だ。
「次は頭洗うから、目を閉じてて」
子供は無言で首を横に振る。
「頭洗われるの嫌?」
再び首が横に振られる。
「……目を閉じるのが嫌?」
頷いた。幸助には少し慣れたが、それでも目を閉じている間になにかされるかもと怖がっている。
「困ったね……ああ、散髪する時仰向けで洗うことがあったっけ。あれなら大丈夫かな」
なにか方法がないかと考え、すぐに思いついた。そのための準備を整える前に、体を拭いて風邪をひかないようにする。
服を着せた後、必要な物を取るため外に出る。
壊れて捨てる予定の板を持ち込み、それの下に野球ボール大の石を三つ並べて、板の片方がタライと同じ高さになるよう調節した。
子供に寝転がってもらい、頭を片手で支えながら、ゆっくり髪を濡らし頭皮を揉んでいく。手入れ不足でぼさぼさだった髪は、洗ったことで鮮やかな赤い色を取り戻した。
それに見惚れていると子供の目から涙が零れ落ちる。
「ど、どこか痛かった!?」
小さく首を横に振る。
髪を洗われるのがやはり嫌だったのかと聞いてみるも、同じく首を横に振る。
なぜ泣くのか幸助にはわからない。
なぜ泣いたのか、それは両親に体を洗ってもらった時のことを思い出したからだ。
いくら強かろうが泣く子には勝てない。どう慰めたものかと焦りつつ、髪を洗い終える。
髪を拭き終えても泣き止む気配はなく、どうとにでもなれと抱きしめ背中を軽く叩く。これで泣き止まなければ打つ手なしと、困った表情で一時間ばかり抱きしめ続けた。
久々の人の体の温かさに触れ子供は眠る。それに気づいた幸助は心底安堵した。
ベッドに寝かせて、今のうちに買い物に出ることにした。買い終えた後、倉庫に向かえばちょうどいい時間になるだろう。
同僚たちは準備に集中しているようで、同行する者も尾行する者もいなかった。
食材を抱えて倉庫そばで十五分ほど待ち続けると、コンストがやって来た。
「つけられてはいないか?」
「大丈夫です」
「では早速本題に入ろう。明日盗みに行くということをギルド長に知らせてくる。お前からなにか知らせることはあるか?」
「今稀玉族の子供の世話を任されているんですよ。その子の出身地の候補を調べてもらえるように伝えてください」
「稀玉族とはまた……わかった必ず伝える。ほかには?」
「伝えることはそれ以外には。あ、当日の動き方を聞きたいんですが。ボスの言う通りに動いた方がいいんですかね? それもコンストさんのガードに動いた方が?」
「俺のことを気にかけながら、指示通りに動いてくれ。できるか?」
「やってはみます。ですがそちらも危なくなったら気づけるように大声上げるなり騒いでください」
「わかった。念のためにもう一度聞くが伝えることはないか?」
「そうですね……」
言い忘れがないか考え、ないと判断し頷いた。
二人はそこで別れる。
夕飯を作り、子供と一緒に食べて、後片付けをしてといつもと変わらぬ行動でその日は帰る。
泣いたのをあやしたからといって、子供が急激に懐くことはなかった。少しだけ固さが緩んではいたが。
翌日のアジトではさすがに皆気持ちが高ぶっていて、いつもの馬鹿っぽい姿は見られなかった。
今日で彼ともお別れと思うと寂しさが湧いてくる、なんてことは全くなく幸助は普段通りに家事をこなしていった。
そして日が暮れる。仕事を終えて騒いでいた街の住民も家に帰り寝静まった頃、動きやすく目立たない服装に着替えた泥棒たちは動き出す。空には半月が浮かんでいるが、雲もある。明かりが生み出した影から影へと静かに移動していき、目的地であるオーグルムマネーに到着した。
ボスが全員が揃ったことを確認して、オーグルムマネーの周囲を探る。
オーグルムマネーに雇われた見張りのほかに、オーグルムマネーを囲むように深く気配を抑え込んでいる者たちがいる。捕り物のため雇われた冒険者と警備兵だ。オーグルムマネーから少し離れた物陰に隠れて気配を抑えている。そのせいかボスたちが気づいた様子はない。確実に気づいているのは初めから知っているコンストと気配を察した幸助だ。
「情報通りだね」
オウンたち六人ほど周囲の様子を探らせるために走らせたボスは、見回りの様子を見て満足げに頷く。この場を離れた者たちが古参だということに幸助とコンストは気づいていない。
もう少ししたら見張りが建物内に入ると言い、それに合わせて突入すると指示を出す。
ボスの言葉通り、警備は建物周囲の見回りを終えて中に入っていく。
「行け!」
ボスが小さく命令を下す。幸助とコンストを含めた突入班六人は敷地に足を踏み入れる。
目指すは金庫のある地下室だ。裏口の鍵を開け建物の中に入ると、建物内の気配が動く。動きは二つ、建物内に留まる者とゆっくり建物から出て行く者だ。幸助たちを逃がさないように動いているのだろう。
それらを気にしつつ先に進もうとした時、外から声が聞こえてきた。
「待て」「逃がすか」といったもので、外で待機した者たちが見つかったらしい。
六人は止まり、小声でこれからどうするか話し合う。それをコンストが逃げようと言って、外に出る方向へ誘導している。幸助も賛成し、四人は考え出す。早くしないと中に入ってくるとコンストが急かし、冷静な判断をできないようにする。
一分後、皆で外に出ることになった。
建物内で待ち伏せている者たちは動いておらず、このまま外に出ると捕まえるのは外で待ち伏せている者たちだ。
気配を感じ取っているのは幸助だけなので、あっさりと六人は捕まった。抵抗したのは四人で、幸助とコンストは無抵抗だった。
変装をしている幸助を見て、警備兵や冒険者はあんな美人が泥棒をしているのかと残念そうな顔をしていた。
捕まった者たちは手をロープで縛られ一まとめにされ、地面に座らされる。警備兵たちはこれで全員と言っていたが、明らかに人数が足りない。いない者はボスを含めて八人だ。
「コンストさん」
「ああ、逃げられたか」
幸助がなにを言いたいのか、察したコンストは自分の考えを短く返した。
「このまま街の外に出て行くかもしれん」
「金づると言ってたあの子を置きっぱなしにするわけはないよね?」
「ないだろうな」
「助けに行かないと」
「止める気はないが、この状態でか? いくら強いといっても無理だろう?」
「大丈夫」
そう言って立ち上がる。
「なんだ? 座れ!」
警備兵の言葉を無視し幸助は助走なしで屋根まで飛び上がった。人外の身体能力を目にして皆呆然としている。
アジト目指して一直線に屋根の上を走る。背後からは、慌てた声で止まれと聞こえてくるが聞く気はない。途中で手を縛るロープは力任せにちぎる。
全力での移動だったので一分もかからず、アジトが見える位置に到着する。そこからアジト前から移動する集団が見えた。ざっと全員を見て、子供を担ぐ男の姿を捉えた。魔法か薬でも使われたか、子供は静かに担がれている。
屋根を蹴り、子供を担ぐ男目がけて飛ぶ。着地場所は男のすぐそば。子供だけをさらうのは不可能と瞬時に判断し、男ごとさらい、再び飛び上がり近くの屋根に着地する。
静かで素早いその一瞬の手並みに、泥棒たちは誰も反応できなかった。
子供と一緒にさらった男が困惑しているうちに、子供から引き離し近くの花壇に蹴り落す。柔らかい土の上ならば、怪我はしても死にはしないだろうと考えたのだ。
男が落ちる音で、泥棒たちは我に返り動き出す。
「う、上だ」
落とされた男が痛みに呻きつつ、屋根を指差す。タイミングよく雲に隠れていた月が出て、屋根の上にいる幸助を照らす。
見下ろす幸助と見上げるボスの視線がぶつかる。
「シオンかい」
「この子は返してもらいますね」
「やはり警備兵が送り込んだスパイだったんだね」
「気づいてたんですか?」
「確信はなかったけど、コンストが少し怪しい動きを見せていたからその可能性もあると思っていた。そんな程度だよ」
ほかにもそのように怪しく思った奴はいて、そういった者をオーグルムマネーに送り込み、残りの怪しいと感じなかった者は店の前に待機させたのだ。自分たちが逃げるための囮とするために。今ボスの周りにいる七人は古参で、捕まると困る者たちだ。
オーグルムマネーを狙うというのは嘘だった。成功しようが失敗しようが関係ない。下準備と計画に手を抜かなかったのは、本気で狙うと新参者に思い込ませるためだ。
もともと新参者は囮として使い見捨てる計画だった。コンストと幸助が怪しくなくとも斬り捨てることに変わりはなかった。これはボスの常套手段だ。どの街でも最後の仕事は自分たちが逃げるための囮としていた。
「その子は惜しいが、外に運び出した物でも十分だ。逃げさせてもらうよ」
「させると思いますか?」
「足手まといがいて、俺たちを止められると? いくら強くでも無理だというものだよ」
オウンと幸助の力量について話し合っており、そこから足手まといがいるならばどうにかなると判断した。
「それは」
子供を抱いたまま屋根から飛び降りる。音もなく着地して続きを口に出す。
「やってみないとわかりませんよ?」
言うと同時に幸助は動き、一番近くにいた男の腹を蹴り抜いた。続けて回し蹴りでもう一人。
泥棒たちはここでばらばらに逃げるという選択をすれば、無事に逃げることができた。だが相手は腕の使えない女が一人。自分たちでも勝てると思ったのか、一斉に襲い掛かってきた。
幸助は服や髪に掠らせることなく、すべて避けていった。そして二分後には、その場に立っているのは幸助一人だけとなった。
「……いつか、復讐するよ」
ボスが苦しげに、だがはっきりと幸助に告げる。
「その顔、声、名前、すべて心に刻み込んだ」
「えっと頑張ってください?」
「余裕だね。名前が偽名で、姿も変装したものだから余裕があるのかもしれない。でも声まで変えることはできないし、その強さも探し出すヒントになる」
それでも探し出すのは無理だろう。声も違えば、性別も違う。シオンという存在はすべて嘘と言っていい。その存在に詳しいのは、ギルド長と泥棒たちだ。そんな状況で情報を集めて、幸助に辿り着くなど不可能だ。それができるなら情報機関で働いた方が、泥棒をやるよりもいい稼ぎになる。
「また会うことはないと思いますけどね」
正体がばれないという自信と、泥棒たちのこれからの処遇を思っての言葉だった。決して軽くない処罰が下るだろう。生きていられる可能性は低いのではと考えていた。
警備兵たちが近づいている気配を捉えた幸助は、屋根に上がってボスたちが捕まったことを確認し、その場を離れる。
そのままギルドへと向かう。こんな時間にガレオンがいるかわからないが、聞いてみるだけ聞いてみようと思ったのだ。いなかったら子供を連れて一度家に帰るつもりだ。
ギルド正面入り口は当たり前ながら閉まっている。裏手に回り、明かりがついていた部屋に近づいて、窓をノックする。
「どうしました、こんな夜更けに」
出てきた職員は子供を抱いた幸助に訝しげな視線を向ける。
「夜分申し訳ありませんが、ギルド長はいらっしゃいますか? 私はギルド長の依頼で動いていたシオンと言います」
「ギルド長なら執務室にいると思いますが、少々お待ちください。聞いてきますので」
部屋の中にいるもう一人の職員に幸助の見張りを頼み、ガレオンのところへ向かった。目立たない服装の女が子供を抱いて夜更けにやって来て怪しまない方がおかしく、見張りを置くのは正常な判断だろう。
五分ほどで職員は戻ってきて、幸助に裏口へ回るように言う。
「ギルド長がお会いになるそうです。ついてきてもらえますか?」
「はい」
職員の案内でガレオンの執務室に移動し、一緒に入る。
「コースケ。どうなった?」
子供をソファーに寝かせて、ガレオンに向き直る。もう変装する意味はなく魔法を解いた。
「全員捕まった」
「その子供は例の稀玉族でいいんだな?」
「うん。昨日の今日だからまだ故郷の候補地は見つかってないですよね?」
「まあな。その子から話を聞いてから探そうと思っていたんだ。その方が探しやすいだろ」
「それもそうですね」
「ギルド長、この人は信頼できるのですか? 敵視しているということではなく、ギルド長を残して私が夜警に戻っても大丈夫なのかってことなのですが」
「ああ、大丈夫」
「そうですか、では失礼します」
二人に一礼して、部屋から出て行く。
「着替えたいんだけどさ。余り物の服とかある?」
動くことに不自由はしないが、怪しまれること確実なので普通の服に着替えたかった。
「あるぞ。取ってくるから待ってな」
服を取って戻ってきたガレオンは、ついでに子供に毛布も取ってきて被せた。
その後はガレオンは報告待ちで執務室で眠り、幸助は子供が起きた時見知った者がいないと怖がるだろうとそばにいることにした。
子供は盗みの証拠の一つで、警備兵たちが確認を取るまでは勝手に連れ帰れないのだ。といったものの既に連れ歩いている状態であり、さらにボスの証言で誘拐されたと勘違いした警備兵たちが探し回っていたりする。その勘違いはコンストから事情を聞くまで続いた。
夜明け前に警備兵たちはギルドにやってきて幸助に事情聴取を行う。子供にも話を聞きたいが、起こすには早いと判断し後回しにする。
幸助はアジトでやっていたことを話し、警備兵は泥棒たちから聞いた話と照合していく。
「話に違いはないとわかりました。これはちょっとした疑問なんですが、変装していたんですよね? よく最後までばれずにいれましたね?」
「魔法を使った変装ですから」
「念のために見せてもらっていいですか?」
幸助は頷き、魔法を使う。
声が変わり、握手した感触が完全に女の手だということにも驚く。
自分の知っている魔法とは違うと言う警備兵に、上位の幻の魔法だと説明する。納得した警備兵はまた後で来ると言って報告に帰っていった。
窓外を見ると空が白みだしていて、もうすぐ夜が明ける。
「朝ご飯でも作ってこようかね。ガレオンさん食べます?」
「んー食べるわ」
「了解」
寝不足気味で眠そうながらも返事が返ってきた。
夜警の職員にキッチンを使うと断りを入れて、そこにある材料でフレンチトーストとサラダを作る。甘い匂いが静かなギルド内に漂う。使った物を洗った後、自分とガレオンにはコーヒーを、子供にはホットミルクを入れて執務室に戻る。
もう起こしてもいいだろうと、魔法で姿を変えて子供を軽く揺らす。
起きた子供はいつもの地下室ではないと気づき、回りをきょろきょろと見回す。
「おはよう。ご飯あるから食べよ? ここがどこかは食べ終わったら説明するから」
幸助の言葉に頷き、フォークを食べやすく切り分けられたフレンチトーストに突き刺す。
食事を終えて、食器を一まとめにしてトレイに載せる。それをテーブルの端に置いて、話を始める。
「なにから話そうか……まずは君が寝ている間にあったことを話すよ」
子供が頷いたことを確認して、幸助は一夜の捕り物話を話す。
「そういうわけで君はもう自由なんだ。怖い思いしなくていいし、おうちに帰ることができる。ここまではいい?」
子供は頷く。
「次は改めて自己紹介でもしようか」
そう言って幸助は魔法を解く。子供はそれに小さく驚いた顔になる。小さな反応ですんだのは感じられる魔力が同じだったからだ。
稀玉族は、魔法の得意な魔族の派生種族がゆえに魔力は身近なもので、人を見分ける手段の一つとして当たり前のように差異を感じ取っている。それは小さな子供でも同じだ。
「さっきまでの姿はあそこに潜り込むために魔法で変えたもの。こっちが本当の姿。名前はコースケ、改めてよろしく。それで君の名前を聞きたいんだけど」
「フェウス」
初めて声を出し答えた。少しは信じてもらえたのかと、幸助は嬉しくなる。
「そっかフェウス君か。フェウス君のおうちはどこか教えてくれる? そこまで連れて行くよ?」
フェウスは首を横に振る。
「おうちを教えたくない?」
「……おいだされたからない」
「追い出された?」
幸助とガレオンは顔を見合わせる。
「稀玉族は他種族に狙われることが多いから、結束は固いはずだぞ? 追い出すなんて初めて聞いた」
「どうして追い出されたかわかるかな?」
「わかんない。でもいみごって言ってた」
「忌み子、フェウス君が言われたの?」
「おとーさん」
フェウスから聞き出した断片的な情報を繋ぎ合わせ、幸助たちは一つの推測を立てた。
フェウスたち一家は、稀玉族が暮らす村で静かに暮らしていた。父親が村の掟になんらかの形で触れる存在だったが、居住は許されていた。しかし不作が続き、村の食い扶持を減らさなくてはいけなくなった。その対象となったのがフェウスたち。村から追い出されたフェウスたちは村を出て、ユーレウスという場所を目指していた。その途中、ボスたちに襲われフェウスが生き残った。
話して両親の死を思い出したか、涙ぐむフェウスを幸助は抱き寄せる。
「ユーレウスってところに親戚でもいたんでしょうかね?」
「いやユーレウスってのは、はぐれ者たちが集まって暮らす隠れ里だ。フェウスの父親のように一族から追い出された者や馴染めない者や追われる者が静かに暮らすことを望み作った村。隠れ里というように、明確な場所は知られていない。坊主の両親は噂を頼りにあちこち放浪したんじゃないか」
「ゴールがわからずに放浪、楽な旅ではなかったんでしょうね」
「だろうな」
両親の苦労を思い、少ししんみりとした空気になる。苦労したままで、フェウスを残し死んでしまった二人の無念はいかほどだろうか。幸助にはそれは想像すらできない。
「フェウス君は幸せにならないといけませんね」
「両親はそれを切に望んでいるだろうなぁ」
「フェウス君の今後といえば、これからどういった扱いになるんです? 出身地に送り届けても受け入れられることはないように思うんだけど」
「ただの孤児ならしっかりとした孤児院に入れるが、稀玉族を入れるわけにはな。目が眩んだ馬鹿に狙われる可能性が高い。となると取れる手段は二つだ。ユーレウスに連れて行く。お前さんが引き取る」
「俺が引き取るって」
「エリス婆やお前さんがいれば、誘拐される心配なんざないだろ。それにエリス婆は子育ての経験もある」
それは納得でき頷くことのできる理由だった。その方向でいこうかと真剣に考える。
考えていくうちに、自分たちと共にいてフェウスが幸せになれるかと考えが移っていく。
エリスはおそらく問題ない。ウィアーレは偽神信仰者に狙われている。幸助も一度目立てば周囲が放っておかないだろう。
自分たちの周りにいれば、フェウスも目立つ。騒ぎのある日常に身を置けば、傷つくこともあるだろう。そう考えると、穏やかな暮らしが送れそうなユーレウスに行った方がいいのではと思えてきた。
「……ユーレウスに連れて行こうと思います。そこは静かに暮らす者たちの秘められた村ということなので、稀玉族を狙う者もいないと思います。それに俺たちと暮らすと、同年代の友達ができそうにない」
似たような境遇の者たちとの生活の方が、稀玉族ということを隠さずにいれて暮らしやすいだろうと思い、ユーレウスに連れて行くことを選ぶ。
「そうか。村のありかは俺が知っとる。そこに入るための許可証も持っているから、後で貸そう」
「ありがとうございます」
隠れ里はリッカートから南に馬で二日の位置だ。そこには全長一キロ強の裂け目があり、底には川が流れている。裂け目は昔の地震でできたものだと記録に残っている。
裂け目を渡るための橋が一つあって、橋の東の壁に、村へと続く穴が開いている。裂け目の上からは見えない位置にあるので、探そうとしないかぎり気づかれるような入り口ではない。
村に入るための許可証は、紋章の掘られた木の鈴だ。鳴らすとコロンコロンと澄んでいるとは言いがたいが、落ち着く音が鳴る。
ギルドが開く少し前、冒険者たちがギルド前で開くのを待っている頃に、警備兵がもう一度やってくる。
フェウスに話を聞いて、ボスの話と違いがないことを確認した。そして今後の話になり、ユーレウスに連れて行くことになっていると知り、難色を示す。どこにあるかわからない村よりも、リッカートの方が暮らしやすいだろうと思ったのだ。だが街で暮らすとなると、常に護衛がついていなければいけない不自由な暮らしになるとガレオンに説明され、納得し帰っていった。
「この子の服とか小物買ってこようと思うんですが、お金ください」
「足りそうにないのか?」
「財布家に置いてまして」
取りに帰ればいいだけだが、ついでに報酬も貰うつもりなのだ。
ガレオンは金庫から今回の報酬を取り出す。
「今日明日は喫茶店にいますから、警備の人が尋ねてきたらそっちにいるって言えばいいですよ」
「ああ、わかった。お疲れさん」
幸助とフェウスは手を繋ぎ、部屋から出て行く。
今着ている服と来ていた女物の服は洗濯して後日、鈴と一緒に返すことになる。
その時に泥棒たちの処罰を教えられる。ボスとオウンを含めた古参たちは死刑、この街で参加した泥棒たちは取った行動で罰の重さが変わった。ボスに疑われた者は強盗に参加できず、罰が軽めになった。罰が重くなった者は死亡率の高い開拓作業へと回された。
ついでに探していた盗品も無事に見つかったらしく、ガレオンはほっと胸を撫で下ろしていた。
ギルドから出て、店を回り買い物を済ませて、喫茶店に向かう。子供連れで現れたオーナーに、メリイールとセレナを含めて店員たちは驚く。フェウスのことは送り届ける依頼を受けたと誤魔化した。見た目が可愛いため、フェウスは店員たちに構われていたが人見知りして幸助の後ろに隠れることが多かった。その様子も可愛いと皆は微笑ましそうに見ていた。
警備兵が訪ねてくることもなく、幸助はリッカートを出る。この二日でフェウスにユーレウスに住むことを話していて、納得してもらっている。幼くとも行く場所がないということは理解しており、愚図ることはなかった。
飛翔魔法を使い移動したので、馬で移動するよりも早く裂け目に着く。周囲に誰も人がいないことを確認して、ユーレウスへの入り口を探す。
光が入らず真っ暗な穴の入り口に立つ。ひんやりとした空気が満ちている。出口は遠いのだろう、奥の方に明かりは見えない。明かりの魔法を使い、進む。聞こえていた川の水音も聞こえなくなった頃、曲がり角の先にぼんやりと明かりが見えた。
通路から出るとそこは薄暗い林だった。見上げると、大きいとはいえない裂け目が見えた。入ってくる光量が少ないため昼でも薄暗いのだろう。
一歩を踏み出そうとして止められる。誰かいることに気づいていた幸助は驚くことはなかったが、フェウスは幸助にしがみつき声のした方向へ顔を向ける。
大木の後ろから弓に矢をつがえた男が姿を現した。サリーのような服を着た男だ。
「何用だ?」
その問いに幸助は許可を貰っていると告げて、鈴を取り出す。
「移住希望者を連れて来た者です。鈴も持ってきてます」
幸助が差し出した鈴をじっと見つめた男は弓を下ろす。
「本物のようだな。ようこそユーレウスへ。これから村長に会ってもらう、ついてきてくれ」
「わかりました」
男の後ろをついて林を五分歩くと、建物が見えた。建物の中には複数の気配あり、誰かの話し声も聞こえてくる。
男は扉を開き、入り口の見張りの交代を頼む。そして案内を再開する。
男につれられ村の中を歩く。少ない光量を補うように、村のあちこちに明かりの魔法が使われており、林の中のように薄暗いということはなかった。
出歩いている人は少なく、出会った人は幸助たちを珍しそうに見ている。ここいるのは事前に聞いていたように人間だけではなかった。獣人や妖精族や妖魔族も見かける。
やがて周囲の家と特に変わらない、家に到着し中に入る。
中にいたのは黒い人間だった。髪肌歯が墨を塗りたくったかのように真っ黒で、唯一違う色を持つ部位は目で色は群青。優しげな顔をした四十手前の女だ。
このような特徴を持つのは妖精族のシャドウしかいない。シャドウそのものか、コキアと同じように血の流れを汲む者なのだろう。
「村長、この者たちが移住を希望しておりますので連れてきました」
「ご苦労様、あとは私が話しましょう」
案内してきた男は失礼しますと言って家から出て行く。
「椅子に座ってくださいな、今お茶をいれますから」
「ありがとうございます」
礼を言う幸助の隣で、フェウスもペコリと頭を下げる。
出されたお茶はハーブティーの一種らしく、独特の香りがカップから漂う。幸助が飲んだお茶は微かな渋みが感じられ、フェウスの口には合わないかもと隣を見る。
「その子のお茶は甘くしてあるから大丈夫よ」
そこらの配慮はしていたようで、幸助が何か言う前に村長が説明する。その言葉通り、フェウスは問題なく飲んでいる。
「この村に来た用件としては、あなた方二人が移住希望ということでよろしいですか?」
「いえ、俺はただ送り届けただけで、この子を置いてもらいたいんです」
「わざわざここに連れて来たということはわけありなのよね?」
頷きフェウスの事情を話す。村長は頷き、微笑む。
「わかりました。責任を持ってお引き受けいたします」
問題なく引き受けてもらい、幸助はほうっと安堵の溜息を吐く。
「しかし本当にあなたも居住希望ではないの?」
「違いますよ?」
「その強さだと憧れを持たれる以上に、怖がられることの方が多いでしょうに」
「……ギフトですか?」
ここに来て幸助は能力の高さを見せていない。一目見ただけで力量看破するなど、相当な実力者かギフト関連でしかない。
幸助は村長に高い実力を感じ取っておらず、後者だと判断した。
「魔眼のギフトで、効果は計測よ。様々なモノの大まかな情報を得ることができるの。英雄クラスの人間は数度見たことあるけれど、怪物クラスの人間なんて初めて見たわ」
力量はわかるが、称号まではわからないようでそれについて口にすることはない。
「怪物って……まあ外れてないと思うけど」
ステータスCが英雄クラスと呼ばれ、ステータスBは怪物クラスと呼ばれている。Eは一般人、Dは強者、Aは神といったように区分けされている。
「強すぎる明かりは濃い影も生み出すものです、注意した方がよろしいかと」
「実力隠して生活してますんで、今のところは大騒ぎになったことはありませんよ」
「そうでしたか」
注意を促すこともなかったかと、いらぬお節介でしたと詫びる。
「外で暮らしづらくなったら、いつでもどうぞ」
「その時はよろしくお願いします。あ、外でここで暮らしたいって人がいたら連れてきてもいいんですかね?」
「構いませんよ。ただしよく吟味した上でお願いします。ここのような隠れ里を見つけるために、はぐれの真似をする人がいますので」
隠れ里には、フェウスのように希少な種族がいることがあるのだ。ここにも二人ほど、フェウスと似た境遇の種族が住んでいる。
ある人種にとっては隠れ里は宝箱のようなものだ。ここ以外にも隠れ里はあるが、見つかり略奪された場所もある。静かに暮らしたい村長たちにとっては迷惑な話だ。
「気をつけます」
「ええ」
「役割果たせたので帰ろうと思います。それで最後の質問なんですが」
「はい」
「この子の世話って誰がするんでしょう? ないとは思うけど、子供嫌いの人に頼むとかないですよね?」
「二つ考えがあります。そのどちらかになるかはわかりません。一つは私が引き取る。もう一つは子供を産めない女がいるので、そちらに預ける。私もその方も子供好きですから、虐待はあり得ません。断言できます」
しっかりと幸助の目を見て、言い切った村長の様子を見て信じられると考える。
「そう、ですか。安心しました」
幸助は立ち上がる。フェウスが幸助を見上げる。
「俺はもう行くよ。フェウスも元気で」
フェウスの頭に手を置いて、髪を撫でる。
フェウスは気持ち良さそうに目を細める。初めて会った時から考えると、信じられないような反応だ。
「もう少しゆっくりしていったらと思うのだけど。しばらく会えなくなるから、フェウス君寂しいと思うわ」
「大丈夫です。この場所は覚えましたから、転移の魔法で毎日でも会いに来ることができますよ」
「あら? だから気楽に帰るって言ってたのね」
フェウスにもこのことは話してあるので、寂しがる気持ちは小さい。
「だったら一つ頼まれてもらえないかしら」
「頼みですか?」
「ええ、この村は外との交流がほぼゼロと言っていいわ。時々村人が外に出て買い物に行くけれど、ここのことを隠すため頻繁には行けず足りない物が多くて。時々でいいから、足りない物を買ってきてもらえると助かるの」
「いいですよ。ただしお金はそちら持ちですよ?」
「それは当然、と言いたいのだけどお金はなくて。かわりに作った物採れた物を渡すから、それを売ってお金に換えてもらえないかしら? 依頼料もそこから出すわ」
「足りない場合はどうすれば?」
「それなりに貴重な物を出すから足りないってことはないと思うのよ。ちょっと待っててもらえる? 出してくるわ」
すぐに淡い青色の反物を持って戻ってくる。それをテーブルの上に置いた。
「これを」
「ただの布に見えるけど、貴重って言ってたからそうじゃないんですよね?」
「はい。これは妖精族シルフが風を紡いで糸としたものを織ったものです」
「風?」
「そういった特殊な技能を持つ一族がいたんですよ」
過去形なところに触れられない事情を感じて、幸助はそれ以上問うことを止めた。
触ってみてもいいか許可を貰い、手に取る。元が風だからかとても軽い。触り心地は柔らかくさらりとしている。絹には及ばないが、かなりのものだ。
「大体どれくらいで売れるんでしょう?」
「聞いた話だと金貨三枚ほどだと」
「そうですか。でしたらそれくらいを目安に交渉しますよ。あと何を買ってくれば?」
「優先してほしいのは調味料です。ほかには小麦粉。あと余裕があれば本もお願いします、物語集や事典が欲しいです。こんなところでしょうか」
「わかりました。では帰ります。フェウス、またね」
「うん」
そう言ってフェウスは小さく手を振る。それに幸助も振り返し転移の魔法でリッカートへ移動する。
ガレオンに会い、鈴と服を返したついでに預かった布をギルドが買い取るか聞いてみた。ギルドが買い取ってもいいが、もしかするとエリスが欲しがるかもしれないので、聞いてみたらどうだと返事が返ってきた。それじゃあと家に帰り、エリスとウィアーレにこれまでのことを話した後、風の布が欲しいか聞いてみる。買い取ろうとエリスが頷き、定価の金貨三枚で売れた。
そのお金で頼まれたものを買った幸助は、お土産にクッキーを作って隠れ里に持って行く。
大量に仕入れた調味料や小麦粉は村人に喜ばれた。クッキーは村の子供たちにとても喜ばれた。