剣にまつわるエトセトラ 前
偽神騒動を終え、二日ばかりのんびりと過ごしていた幸助はベラッセンに来ている。ウィアーレは魔法の勉強のため留守番だ。使いたい魔法があり、座学で学んでいる。使いたいものは今のステータスでは使えないが、後々どうにかするつもりでいる。エリスはその付き添いだ。
ベラッセンに来たのは、偽神の騒動があって保留となっていた幸助用の剣を作るため。
チェイン武具店に入ると見知らぬ男の店員がカウンターにいた。クラレスの従弟なのかもしれない。
「こんにちは。剣を作ってもらいたいんですけど」
「急ぎですか? もしそうだとしたら無理なんですよ」
理由を聞くと、店主であるクラレスの父親が所用で街の外に出ているらしい。この店で売り物になる剣を作れるのは父親だけで、今は製作依頼は受け付けていないのだ。
「特注でなくともいい剣ありますよ?」
「いえ、頑丈なものを作ってもらいたくて。以前買った二本はまだまだ使えたのに、力入れすぎて壊れてしまって」
「そうですか。戻ってくるのは二十日くらい先なはずですよ。待ちますか?」
「待ってもいいんですけどね……この街か近くの町村に腕のいい職人っています?」
「親父さんに匹敵する職人はいないと思いますね。親父さんクラスの職人で一番近くに居る人で、フィオーネ帝国の街ゴンハンハじゃないかな。そこにいる人以外だと大陸を出ないといないと思う。俺の知るかぎりではという条件がつくけどね」
フィオーネ帝国は大陸南部にある国だ。以前、ペレレ諸島に向かうために立ち寄った港がある国の南西に位置している。ベラッセンからゴンハンハまで馬車で順調にいって一ヶ月くらいだ。
国の規模や経済は特に大きいものではなく、幸助の住んでいるピリアル王国と変わらない。特徴といえば林業が盛んなくらいか。家具用木材や質の良い木炭を輸出している。
「そっちに行った方がいいのかな。ああそうだ、クラレスさん居ますか?」
「クラレスさんは出てるよ」
「まだ旅行中なんですね」
「旅行中っての知ってるのか。あと二ヶ月もすれば帰ってくるらしいって手紙が来たな」
そろそろボルドスも帰ってくるということなのだろう。エリスに知らせておくことにした。
ありがとうと礼を言って幸助は店を出る。
家に帰り、エリスにゴンハンハに行ったことあるか聞いた。そこには行ったことはないらしいが、フィオーネ自体には行ったことあるようで、連れていってもらえることになった。
転移を使用し、飛翔魔法を使えば一日かからないということで、馬車での移動はない。旅行から帰ってきて十五日ほどだ、また旅行を兼ねて行こうとは思えなかった。
ウィアーレは留守番で、エリスと二人でゴンハンハに向かう。家を出て三時間ほど、午後二時前に二人はゴンハンハに到着した。
空から見た町の大きさはベラッセンよりも小さい。人口五千人を超えるくらいだろうといった感じだ。
町に入り、道行く人に情報を聞くため話しかける。有名なようで店の場所はすぐにわかった。しかし不安になる話も聞いた。
「死んでたとは」
「作れる職人がおるかわからんのう」
幸助が求めた職人は二年ほど近く前に死んでおり、現在は息子や弟子が店を切り盛りしているらしい。彼らも一人前の職人だが、先代には及ばないというのが人々の見立てだ。
クラレスの従弟がこのことを知らなかったのは、彼が職人ではなく積極的に情報を集めていたわけではないからだ。
「行ってみるしかないか」
「駄目だったら、キューハン行きじゃの」
キューハンとはカルホード大陸にあるキューハン自立都市のことだ。そこは良質の鉄を作る都市で、ほかに希少な鉱石の採れる山が近くにある。それらを求めて職人が集まっており、腕のいい職人もいる。鍛冶の活発な街で、竜の鱗を扱える職人が必ずいるとエリスは確信を持っている。
最初からそこに行けばいいはずなのだが、転移でいける場所を増やすためにこちらを選んだのだった。
教えてもらった道を行くと、チェイン武具店よりも大きな店が見えてきた。看板にはエリアーナ武具店と書かれている。
「ほう」
店内に一歩足を踏み入れ、エリスは感心の声を上げる。幸助は地球のコンビニやブティックを思い出した。
店の中は綺麗に武器防具と区分けされており、広々としている。今まで行った武具店はどこか混雑さを感じさせたが、こちらはそういたものが感じられず精練されたものを感じる。今も五人の冒険者が武具を手に取り、自身に合ったものを探している。
だが二人には店の雰囲気に対し、客の数が少なく思われた。そういう時間帯に来たせいなのかもしれないが。
「すみません」
「はい。なにが御用でしょうか? お探しの物があればご案内いたします」
「いえ、剣を一つ作ってもらいたいのですが」
「人件費が必要となり既製品よりも割高になりますが、よろしいでしょうか?」
「はい」
「では少々お待ちください」
そう言って店員はカウンターの下から書類を取り出し、こちらに必要事項を書き込んでくださいと幸助に渡す。
内容は武器の種類、利き手、形状、希望重量、使用材料、予算といった感じだ。
エリスと相談し、細かく書き込み、店員に返す。
内容を確認するため読んでいた店員の顔色が徐々に変わっていく。材料や予算の部分に驚いたのだ。
「ご、ご確認させていただきます。お名前はコースケ・ワタセ様。剣を所望され、利き手は右。形状は両刃両手持ちの剣、重量は重くなっても構わなく、材料は竜の鱗、予算は指定なし。補足として、切れ味よりも頑丈さを優先。そして高品質であること。こちらでよろしいでしょうか?」
「それでお願いします」
「う、承りました。念のためお聞きしたいのですが、この要望だとかなり重くなると思われます。具体的には二十キロを簡単に超えてしまいますが」
「大丈夫です」
竜の鱗という部分や予算に糸目はつけないということで、店員はもしかしたら金持ちの依頼なのかもしれないと考える。貴族か、とも考えたがどう見ても二人は貴族に見えない。それに貴族からの依頼ならば店に来ないで、自分たちを呼びつけるので違うだろうと判断した。
要望を聞くかぎりでは、実際に使用することは難しく思え、装飾品としての依頼だと推測した。この重量で実戦用だと思えず、聞かずに判断してしまった。
この推測が破滅への一歩だ。
「こちらからも聞きたいのだが、ここの職人は竜の鱗を扱いきれるのか?」
「は、はい! 先代からしっかり指導を受けた者ばかりです!」
誇るように胸を張って、エリスの疑問に答える。
これが証拠だと壁に飾ってある片手剣を指差す。見ただけではわからないので、持たせてもらうと重心がしっかりしていて、握りもよく手に馴染む最高品だとわかった。剣に関してそれほど詳しくはないエリスにもそう感じさせた代物で、作り手の技量の高さがよくわかる一品だ。
「これを作ることができるのならば安心じゃの」
「どれくらいで出来上がりますか?」
「そうですね……長くて一ヶ月。早くて二十日を目安にしてもらえれば」
「じゃあ、一ヵ月後までには来ます」
「はい。お待ちしております。それでは前払いの料金として金貨一枚頂けますでしょうか?」
安くはない前払い金を躊躇い無く幸助が出したことで、店員は金持ちからの依頼だと確信してしまった。
竜の鱗と金貨を受け取り、店員は頭を下げる。二人からは見えないが、口元が歪み、欲に染まった笑みが浮かんでいた。
ベラッセンギルドに近寄らないため依頼を受けることがなく、時間が余っている幸助は暇になっているかというとそうでもない。
偽神と戦っている時に決めた戦闘技術向上のため、庭先で一人手製の木剣を振るっていた。基本である型を繰り返し、ゲンオウやセクラトクスといった強者をイメージしたシャドー、竜装衣を使い実際に動いて詳細を調べるなどといったことをしていた。学習能力が高く、しかも真面目にやっているため剣は冴えていくばかりだ。おかげで木剣で薪を切るなんてことも容易にこなせるようになった。
ほかには最も力が伝わるナイフの投げ方の開発もできていた。これを偽奥義の代わりに、ジェルムとコキアに伝授することにしている。近距離攻撃一辺倒のジェルムにとって、中距離への攻撃手段を持つことは今後に役立つはずだと思ったのだ。
ウィアーレに頼まれて、魔物退治にも何度か行った。困っている人を助けるためではなく、ステータスを上げるためだ。
ウィアーレも歪みを使いこなすため自己鍛錬をしている。それの成果を知るために魔物退治に出かけるということと、自力で幻を纏う魔法を使えるようになるためだ。使いたい魔法とは幻を纏う魔法だ。ついでに便利そうな魔法の勉強もしていた。
一人で魔物退治は危険があるかもしれないと、幸助に同行を求め、それに幸助は快く頷いた。
冒険者になるためではなく、ただステータスを上げるためだけなので、コキアに行っているような指導は必要なく、魔物を殺してステータスを手早く上げることに反論はなかった。
どうせならばと家の周りの魔物よりも強い魔物がいる場所をエリスに聞いて、そこでステータス上げを行うことにした。行った先で歪みを使い、同士討ちや高所からの自殺などをさせていく。そんな戦い方でも力は吸収できた。最後にはヴァイオレントバルブのいるところまで連れて行き、そこらの森で捕まえた鹿を夕食用に取り分けた後、釣り餌としてばら撒きおびき寄せる。出てきたヴァイオレントバルブたちを同士討ちさせ、ステータスアップを行う。これまでの魔物退治でなんとかヴァイオレントバルブにまで歪みが効くようになり、ステータスアップは成功した。
結果、十日ほどで平均Eだった能力は平均Dまで上昇した。能力だけでみれば、コキアをあっさりと抜いた。目的だった幻の魔法も使えるようになっている。必要魔力はDだったが、今のウィアーレは魔力D+で少しやりすぎた感が否めない。
心構えや戦闘経験の少なさ故に、同ランクの冒険者と戦えば勝率は一割あればいい方だろう。歪みを使わないという前提条件だが。逆にいえば歪みを使うと格上にも負けない可能性がある。
歪みを使わず戦い、最近魔物とも戦い始めたコキア相手に勝率五割に届けばいい方だろう、といった感じの強さになっている。
そんな風に剣が出来上がるまで過ごし、満一ヶ月となる少し前に再びゴンハンハにやって来た。受け取り帰るだけなので、滞在時間は三十分もかからない。そう聞いてウィアーレは留守番すると言い、同行していない。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
「一ヶ月前に剣の製作依頼をしたものですが」
「……ああ! ワタセ様でしょうか?」
頷くと少々お待ちくださいと言って、店員は店の奥に入っていく。
五分も経たずに、木箱を持った二人と持っていない一人と一緒に戻ってきた。
「お待たせしました。私は当店の店主です。この度は当店を利用していただき、まことにありがとうございます。こちらがご注文の品となります」
ご確認をと言って、木箱の蓋を開けるように指示を出す。
中身は飾り気の少ない黒金色のロングソードだ。鞘に入っておらず刃がむき出しになっており、柄から剣先まで一メートルを少し超す長さで、剣の腹は通常の剣より広めだ。
「詳細をお聞きしますか?」
「簡単に特徴的なところだけ教えてもらえますか?」
「特徴ですか……ご注文のとおり頑丈さを求めたため重量は三十キロを超えています。通常の剣の重さを超えましたが、その分頑丈さは折り紙付きです」
「代金はいくらに?」
「竜の鱗という珍しいものを触れたお礼に細かい分は省き閃貨三枚でいかがでしょうか?」
「安くないか? 品質高いものを頼んだのだ、もう二三枚上乗せしていると思ったのじゃが」
「そ、それはですね。独自のルートで品質の良い鉱石を安く仕入れることで、ほかの店よりも安く提供できまして」
焦ったような口調で早口でエリスに説明する。そんな店主にエリスは疑いを持つ。
「……そうか」
幸助が閃貨を出し、店主に渡す。
「ありがとうございます。馬車かお供の方がいれば、そちらまで運びますが?」
「その前に、幸助試し斬りしてみないか?」
「いいけど?」
「試し切り、ですか?」
店主たちは予想外といった表情でエリスを見ている。
「ここも武具店なら武器の具合を確かめるために演習場くらいあるのだろう?」
「ありますが、ですがこれを持って使うのは」
「持てないとでも? 幸助、持って見せてやれ」
ひょいっと木箱から片手で取り出した幸助を店員たちは驚きの表情で見ている。子供一人分の重さに、少しも重そうな表情を見せていないのだ、驚くのは当然だろう。
「重さはどうだ?」
「前使ってたやつよりも馴染むけど、もう少し重い方が」
飾り用だと思っていた剣が、実際に使われるものだと知り店員たちは心の中でまずいと同じセリフを吐いた。その表情をエリスと幸助は見逃さずにいる。
演習場に移動し、藁束の人形の前に立とうとした幸助をエリスが止める。
「頑丈さを知りたいのだ。そんな藁束ではわからんじゃろう。金属鎧を着せた人形を持ってきてくれ」
「いえ、あの」
「ないのか?」
失敗作の鎧を着せた人形があるにはあるのだが、それを使えば知られたくないことが分かってしまう可能性がある。
「…いえ、あります」
店員はちらりと店主を見た後、倉庫から鉄製の人形を運んでくる。店主は乾いた笑みを浮かべていた。
店員が準備している間に、素振りをしていた幸助が首を傾げている。それは剣に違和感を感じたせいだ。原因はバランスのおかしさだ。重さの調整ができていない。軽くする努力を怠っているというわけではない。重くしろといったのは幸助で、重いことに対しては文句はない。重心の位置がおかしいといえばいいのか、振って使うことを考えていない作りなのだ。飾ってあった片手剣とは比べ物にならない。比べること自体失礼にあたる。装飾用だと思っていたのだから、そこらを無視した作りなのは無理もない。
「……準備できました」
「これは鉄かの?」
「はい」
幸助が人形の前に立つ。
「ちょっと待ってください」
剣を振りかざした幸助を店主が止める。
「なんですか?」
「剣が壊れた場合の保障はしませんよと言いたかったのですが」
その場にいる全員がなに言ってるのかという表情になる。
この剣に使われた材料の一つは竜の鱗で、過去の記録から剣の硬度は鉄を超えていることがわかりきっている。
それなのにその発言は、鉄と同等と認めるようなもの。鉄と同程度など、ありえないのだ。怪しんでくれと叫ぶような行為だ。
どう反応していいのかわからず、幸助はエリスを見る。『かまわん、やれ』という視線を受けて、剣を振り下ろした。
その行為に幸助は鍛えた技術を使っていない。剣の頑丈さを知るためなのだから、技術で鉄を斬っても意味はないとわかっていた。
ガンっと金属同士がぶつかる音が周囲に響く。結果は剣が人形の金属部分を潰し斬り、胴体辺りで止まっているというもの。力と重さだけで鉄を切っていた。その代償はあり、剣の方も鎧に接触した刃が潰れていた。
「やはりか。竜の鱗使わなかったな?」
「使いましたが?」
なあ? と店主は店員に目配せし、やや戸惑った様子を見せつつも店員たちは頷く。
「ほう、使ったと? 使って鉄に負ける剣ができたというのか」
「このような結果になったのならば、鱗が偽物だったのでは? 竜の鱗は貴重な物、偽物を用意し詐欺に使う者もおりましょう。騙された責を私どもに押しつけられても困りますな」
自分たちは悪くないと押し切るつもりなのだろう。焦りも戸惑いも見せず、やや口早に強気で言い放った。
「偽物か」
「出た結果から考えるに間違いないかと」
「家にまだ十枚以上あるのだが、それ全てが偽物だということになるな?」
「そ、そういうことになりますな」
エリスの言葉に店主の気持ちが揺らぐ。先ほど言ったように竜の鱗は貴重な物。持っていても一枚のみで、証拠となる竜の鱗は既に相手方の手にはない。本物だとしても、その一枚がない以上本物だと証明しようがないと考え、強気に出ていたのだ。
「では家から取ってきて鑑定してもらおうか、商人ギルドの人間に。もちろんお前さんたちも同行してな」
「鱗が偽物だとして、私どもとは無関係でしょう?」
「偽物と言いがかりをつけ、出来損ないの剣を売りつけられたのだ。無関係ではなかろ?」
「っ!?」
店主は言い返せず詰まる。
そんな時、大きく溜息を吐いて年若い店員の一人が口を開く。
「諦めた方がいいですよ、プフルヌさん」
「なにを!?」
「このままだと最悪店じまいしなくちゃいけない。それがわからないあなたではないでしょ」
「黙れ! まだそう決まったわけでは! こいつらがあれは偽物だったと認めればいいだけだろ!」
無茶だと全員が呆れ顔になる。
明らかに粗悪品とわかるものを渡され、引くほど幸助はお人好しではない。ましてやエリスはいかなる理由があっても同情はしないだろう。
「仕方ない、止めさすか。潮時だしね」
そう言って店員は懐から一枚の紙を取り出し広げる。
紙の一番上には大きな文字で強制閉店状と書かれていた。これは商人ギルドが問題ある店へと出す命令書で、ギルドに加盟している店はこれに従う義務がある。閉店と書いてあるが、実際は店を閉めるわけではなく一時的な営業停止命令だ。
「そ、それは!? なんでお前が? まさか……」
「もともとあなた達を監視するためのスパイとして残ったのですよ」
「やはりか!? ゲートックの奴め!」
幸助たちを置いてきぼりにして、店員たちだけで話が進む。
とりあえず話を聞いていれば、おおまかに事情がわかるだろうと二人は黙って会話を聞く。
彼らの会話で、大体の事情は把握できた。
店主は先代の凄腕職人の息子で、店主自身も職人だった。しかし腕は一流といえるものではなかった。父親から一人前とは認められはしたが、父親のように一流になれそうにないのは自分でもわかっていた。正直なところ、武具を作ることよりも経営の方が興味があった。それを父親に告げるとやりたいようにやれと返ってきて、経営を学び始めた。そちらには職人よりも才があったのか、ノウハウの飲み込みが早かった。そして経営に加わり、店を動かし始めた。
有名な親を持つと子供は比べられるもので、店主も親と比べられていた。それに不満はなかった。職人として父親がすごいのはよくわかるし、誇りこそすれ妬むことはなかった。それでも何度も比べられ続けると、心に溜まっていくものがある。いつしか父親にも負けないことを成し遂げて、比べられないようになってやると考え始めるようになる。
職人としては勝てない。ほかに勝てるとしたら、と考え店を大きくすることを目的とした。当時の店は現在とは違い、大きい店ではなかった。なまじ有名なだけに店の中が混雑することもあり、客側としてはいい店ではないだろうと思っていた。この店をもっと利用しやすくして客を多く獲得すれば、認められるだろうと思ったのだ。
その日から店主は、経費削減、店の整理、改装の下準備といったことに励んでいく。おかげで店に来る客は以前よりも増え、収入も増えた。
そうして月日が流れ父が死に、店を継いだ店主は変わらず店を大きくすることに熱心だった。だが徐々に客足が遠のいていった。それは先代が死んで最高品質の武具が得られなくなったからだ。弟子の中に先代に追いつける職人がいなかったのだ。
減った客と収入を取り戻そうと、店主はさらに励み暴走していく。そのために粗悪な材料を使ったり、職人が納得のいかない完成品を店に出したり、本来の品質以上の宣伝文句で品を売ったりしていき、嫌気が差した職人が出て行く事態となった。今残っているのは店主が脅迫したり、金儲けに賛同している者たちだ。
ゲートックという人物も出て行った者だが、店主を粘り強く説得していた人物でもある。何度かの話し合いの末、無駄だと悟ったゲートックは自身の弟子の一人に店の行く末を見守り、これ以上店手が醜態を晒すようなら商人ギルドに密告するように言いつけ、別の街に去っていった。それが半年ほど前のことだ。
弟子は言いつけ通り動いて、今回のことでもう駄目だと考えて、事前に商人ギルドと話し合っていたことを実行した。今日の態度で処分が軽くなる可能性もあったのだが、店長に反省の色が見られないため、その可能性は潰れた。
ゲートックたち出ていった職人がすぐに商人ギルドに知らせなかったのは、店が潰れることを惜しんだからだ。先代を尊敬していて、店が潰れれば先代の名も落ちると考え、知らせることができなかった。
「終わりなのか」
体から力が抜けたようで、店主はその場にへたりこむ。鱗を売り、臨時収入を得て、それを使い豊富な材料を買いカルホード大陸で行われる武具の品評会用の品を作ろうと思っていた。そこで高評価を得られれば、また客が来ると考えていたのだ。
「絶望しているところ悪いが、竜の鱗はどうした?」
「売ったよ」
竜の鱗を受け取った店員から、飾り用の剣に使うのなら頑丈に作ってしまえば、実際に戦いに使用するわけではないのだから、鱗を使っているかどうかわからないだろうと言われ、頷き売ったのだった。
「では売った金と迷惑料をもらおうか、口止め料も必要か?」
店主は怒気が強く篭った目でエリスを見る。エリスはそれを鼻で笑う。
「なにを怒っている、当然のことじゃろ。こっちが依頼した物は作らず、出来損ないを渡され、提供した材料は盗まれた。返せないなら、金で払え」
「そんな金はない。全て材料費に消えた」
「では商人ギルドにでも借金してこい」
冷たく言い切る。どんな事情があろうが、同情する気は全くなかった。
こんなエリスを初めて見た幸助は、新鮮だなと思いつつ怒らせないようにしようと思っていた。幸助としても同情はする気はない。出来損ないを買わされたのだ、戦いの中で壊れでもしたら一大事になったかもしれない。いや大抵のことでは壊れたくらいでピンチにはならないだろうが。だからといって許せるものではない。
「店と店にある物を売ればなんとかなるでしょう」
スパイと名乗った店員が口を挟む。
「店を売るなどできるか!」
店主にとっては生きがいなのだ、売ることなど論外だ。
「あれもできない、これもできない。ふざけるのもたいがいにしろよ? 店を守りたいなら、店の品位を落すようことをしなければよかったんだ。それをお前がゲートックさんたちを呆れさせ、追い出すような真似をしたから、守りたかったものを失うことになるんだ」
「お前になにがわかる!」
「お前の事情など知らない! 知る気もない! 世界にはいろんな人がいるんだ、その人たち全てにそれぞれの事情がある。お前だけが特別だと思うな!」
スパイをこなした男にもなんらかの事情があったのだろう。それを乗り越えたからセリフに説得力を感じさせることができていた。
その言葉に込められたものを店主も感じ取ったのだろう、なにも言い返せずにいる。
傍観者な幸助は心の中で拍手を送っていた。
店主が観念したことで話は進む。店は営業停止となり、幸助たちは竜の鱗を売ったお金と支払ったお金の返却と迷惑料をもらえることになった。竜の鱗は既に街にはなく、行方知れずとなっていたのでお金での弁償となったのだ。
自分たちに被害がこないよう無関係を装っていた店員たちも、商人ギルドは見逃さず罰を与えた。店主の暴走を諌めるどころか協力していた者たちだ、自業自得といえるだろう。脅迫されていた者たちは、同情の余地ありと罰が軽くはなった。
商人ギルドは出ていった者たちが営業を行うのならば店の存続を許可した。だが出て行った者たちは首を横に振る。守ることができず、見捨てたのだ。今更戻ることはできないと、誰一人帰ってはこなかった。これによりエリアーナ武具店は短い歴史を終えることとなった。
「「ただいま」」
「おかえりー。剣を受け取るだけなのに遅かったね?」
ウィアーレはそろそろ寝ようかといった頃に帰ってきた二人を見て首を傾げた。剣を持っているように見えなかったからだ。剣はどうしたのかと問う。
事情を話し、剣を手に入れられなかったことを話す。
「だから明日ベラッセンで頼むことになりそうじゃな」
「そんなことがあったんだ。ついてなかったね」
「ほんとに」
この運の悪さは翌日まで持ち越されたのか、チェイン武具店の店主は再び出かけていてすれ違いとなった。いつ帰ってくるか未定の状態で、明日かもしれないし十日後かもしれない。
待っていても良かったが、行ける場所を増やすということでキューハン行きとなった。
「そんなわけでキューハンに行くことになった。ウィアーレはどうするかの?」
「そうだね……向こうで泊まりになるなら一緒に行こうかな」
「帰りは遅くなるかもしれんが、泊まりにはならんと思うぞ? さすがにまたハプニングがあるとは思えん」
「じゃあまた留守番してるよ。もう少しで雨避けの魔法ができそうなんだ」
「ほう? どこまでいった?」
二人が魔法について話す間に、幸助は遅い夕食の準備を始める。ウィアーレが作っていたので、温めなおすだけでよかった。
そして次の日、二人は二度の転移でキューハン自立都市に来た。まずは幸助が家から武道大会のあったレゾティックマーグへと転移し、そこからエリスがキューハンに転移したのだ。一度で移動するにはエリスの実力では少しだけ転移距離が足りなかった。次からは竜装衣を使った状態の幸助ならば、行き来できるようになる。
キューハンは街の周りを五メートルほどの石壁で囲まれた堅牢な街だ。壁の所々には見張り用の櫓も作られており、守りに力を入れているのがよくわかる。街を中心に五百メートル先にもいくつか見張り小屋と櫓があり、魔物や盗賊の動きを常に見張っている。
東西南の入口には常時二十人以上の警備兵が居て、諍いを起こそうものならすぐに兵によって鎮められる。街中にも警備兵の姿はよく見られ、あちこちに目を光らせている。
自立都市と名乗るだけあって、自分たちの身は自分たちで守るという気風が感じられた。
「この街で一番の鍛冶師を探さんとのう」
「まあ、一番じゃなくても竜の鱗が扱えて、信用のできる人ならその人でもいいんだけどね」
「そうじゃの。とりあえずギルドに行って情報を集めるとするか」
ギルドでは簡単にトップランクの鍛冶師を教えてもらうことができた。だが注文を受けてもらえるかはわからないということもわかった。それはエリアーナ店主も言っていた品評会が近いことで、鍛冶師はそれに出す武具作成に集中しているだろうから、注文を受ける余裕はないだろうとのこと。
「困ったね」
「行ってみて断られたら、品評会が終わった後にでも予約を入れられないか聞いてみようかの」
「それがいいね」
向かうのはワレイドア工房というところだ。そこは武具店は経営しておらず、契約した他所の店に卸したり、注文を受けて作ったりといった商売をしている。腕がよく、作った物が高く売れるので熱心に客を集めなくても生活が成り立つのだ。
「こんにちはー」
入り口から声をかけても返事はない。それどころか品評会に向けて忙しいのならば金属を打つ音などで煩いはずなのに、とても静かで熱気も感じられない。
念のためにともう一度声をかけると、奥から誰かやってきた。
「なにかご用で?」
四十半ばの女で、どこか暗い雰囲気を持っている。
「剣を作ってもらいたいんですが」
「ごめんなさい、今注文を受けていないの」
「やっぱり品評会用の武具作製で忙しいんですね。それなら品評会の後でもいいんですが」
「……品評会用の武器も作成していなくて、なにか作ることができる状態ではなくて」
「なにかあったのかの?」
暗い表情が悲しみに染まる。
「ああ、言いたくないのなら言わなくともよい。私たちは部外者じゃ、立ち入られたくないところもあるじゃろう。コースケ、別の店に行こう」
「うん」
「……すみません、せっかくお越しいただいたのに」
「気にせずともよい。早く問題が解決するとよいの」
「ありがとうございます」
女に見送られて、二人は工房から離れる。
次にオーボワット工房という所に行き、そこでも現在の注文は受けていなかったが、品評会後の注文は受け付けていた。
「注文は長剣ですね。いくらかかってもいいから、とにかく頑丈に。重さは五十キロまで大丈夫……えっと本気ですか?」
「本当です。なんならなにか持ち上げてみましょうか?」
「でしたら、そこの箱をお願いします。四十キロと少しあるはずですから」
イレノスと名乗った店員がナイフがたくさん入った箱を指差す。
「よいさっと」
幸助は箱の縁を掴み、片手で軽々と持ち上げる。
「おおっ本当みたいですね。これならば普段は使えないような材料も使えて、頑丈な剣ができそうですよ。職人が腕がなると喜びます」
「それは頼もしいのう。それでだ、作る剣の材料としてこれを使ってほしいのじゃが」
持ってきていた竜の鱗をテーブルの上に出す。
それはと不思議そうな顔をしたイレノスは、エリスに許可を取り、手に取る。触ったり、曲げたり、明かりに照らしてみたりとしていくうちに驚きの表情に変わっていく。
自身の知識から出た結論があっているのか、少し震える声で尋ねる。
「もしかして、竜の鱗ですか?」
「その通り」
「本物は初めて見ました」
溜息を吐き、椅子の背もたれに寄りかかる。すぐに真面目な顔つきとなり背筋を伸ばす。
「申し訳ありませんが、この注文は取り消させてもらいます」
「どうしてか聞いてよいかな?」
「私どもの得意分野は防具なのです。武器も一級品と呼べる物は作ることはできますがね。そしてこれを使って防具を作れと言われたら可能なのです。ですが武器は無理です。これを使って作っても、素材の持ち味を全て引き出すことができていない物を作ってしまうだけです。そのような物を客に渡すのは私どもの誇りが許しません」
できないことをできないと言い切ったイレノスから、確固たる信念を持っているのが感じられた。
「そうか、ではこれを使える武器職人を紹介してもらえないだろうか。少ないが謝礼も払う」
「謝礼などいりませんよ。こちらの力不足で断ることになったのですから。竜の鱗を扱えそうな職人はこの街に二人のみ。うち一人は刃物よりも打撃武器を得意としていますから、お客様の希望を叶えることができるのは、ワレイドア工房さんだけでしょう。ですが今あそこは……」
その先は言いづらいのだろう、最後まで言わずに口ごもった。
「そこには一度行ったのじゃよ。そこが駄目だったからここに来たのだが」
「そうでしたか」
「なにがあったのか聞いてもいいのかな?」
幸助の言葉に少し考える素振りを見せる。
「……同業者の多くが知っていますから、いつか耳に入るでしょうし、ここで話しても同じでしょうね。ワレイドア工房さんは親子と二人の弟子で武器を作っています。十五日前のことです。息子さんと弟子の二人で、近くの山に鉱石を取りに行ったのです。品評会用の武器に使う材料のために。そこで息子さんが崖から落ちてしまいました。ついていった弟子だけでは救護は無理で、麓にいた人たちに起きたことを伝えた後、街に戻って冒険者たちを雇い急いで救護に向かいました。ですが崖下には落下跡はあったものの、息子さんの姿はなかったのです。血を流した様子はないので、一人で下山したのだろうと探し回ったのですが、一向に見つからず。以来、仕事を放り出して山の中を探し回っているのです」
「そういった理由なら注文受付はしないよね。その山って大きいんですか?」
「それなりといったところですね。強すぎる魔物はいないし、対策もわかっているので、冒険者でなくとも入ることは可能です」
「……腕がよく、品評会が近い。出場を阻みたいライバルもいるのじゃろうな」
囁くようなエリスの言葉を聞いて、イレノスは頷いた。暗に事故ではなく事件ではないかと聞いたのだ。
「その可能性もあると思います。その線で考え、怪しまれた弟子の一人に街の警備兵が事情聴取を行いました。山に行く前に怪しい者に会っていたということもなく、結果はシロでした。私も話は聞いたのですが、なにか隠しているような気もしたのですよ。事故現場は誤って落ちるような場所ではないですし。それは警備兵も同じらしく、それとなく弟子を見張っているらしいです」
「そういった情報は話してはいかんのじゃないかの?」
「でしょうね。話したのには理由があります。あなた方にバハル君の捜索を依頼したいのです。そのための情報提供です」
「偶然会った冒険者に、よその工房の息子救出を依頼?」
おかしいだろうと幸助は首を傾げた。
「竜の鱗を持っていることや、先ほど見せてもらった力の強さ、資金力から実力のある冒険者と推測しました。事件を解決すればワレイドア工房さんもやる気を取り戻し、注文を受け付けてくれますよ。そちらにも損はない依頼でしょう?」
幸助の疑問に半分のみ答えを返す。後半の疑問には答えていない。
「実力があると仮定して、わざわざそういった冒険者に依頼する理由があるのかの?」
「ただ道に迷っているだけならばいいのですが、誘拐され監禁されていた場合、そこらの冒険者では無事に取り戻せないでしょう?」
疑問系だが、確信しているかのような口調だ。事故ではなく、事件だという思いが強いのだろう。
「その口ぶりでは、なにか確証があるのか?」
「ありません。ですが可能性はゼロではありません。過去品評会でワレイドア工房さんが高評価をもらい、邪魔に思っている者たちがいるのは確かなのです。そこに弟子さんの隠し事が絡んでいると考えています」
「私は気乗りしないが、コースケはどうだ?」
親という存在に含んだものを持つエリスは、親が喜ぶようなことをするのに気乗りしないのだ。
「何ヶ月も探せって言われると俺も引き受ける気はしないかな」
「それについては二十日と期限を切るつもりです。品評会絡みで行方不明になっているのなら、品評会の受付が終われば帰ってくると思いますので。用済みということで殺される可能性もあるので、あなた方に依頼しています」
「二十日か。それならやってもいいかな」
息子を見つけ出せば恩を売れて、気合を入れて剣を作ってくれるだろうと考えた。
それにこの街は世界でも有数の鍛冶が活発な街だ。ここでも竜の鱗を扱える職人が少ないのならば、ほかの場所にはほとんどいないと考えた方がいい。それを探す手間を考えると、ここで頼めるようにした方がいいだろう。それがわかっているので、エリスも完全に断る態度を見せていないのだ。
「コースケが引き受けるのなら手伝うか。あの工房が恨みを買ったことがあるとか、そういった話を聞かせてもらえるか?」
「受けてもらえるんですね。ありがとうございます」
イレノスは事故現場やワレイドア工房のライバル店や不満を持つ者といった、イレノスの知るかぎりの情報を話していく。
行方不明になった人物の名前はバハル。二十一歳で、鍛冶の腕はまだ発展途上。父親に追いつくことを夢としているのだと周囲に話していたらしい。父の作品だけではなく、いろんな人の作品を見るため、他所の工房に出かけることが何度もあったとのこと。時にはキューハンを出て、ほかの村や町にまで行って作品を見ていたらしい。
「最後に聞きたいんだけど。あなたとワレイドア工房の関係って? 無関係な人がここまでしませんよね?」
「あそこの店主マイナルとは従弟で、ライバルだったんですよ。ライバルといっても職人としてではなく、恋愛の方ですが。親戚に無事でいてほしいということもありますが、かつての想い人ユシルさんに元気になってほしいという思いもあります」
昔恋した人が沈んでいる様子を見るのは忍びなく、どうにかしたいと思い情報を集めていたのだ。
それに納得した二人は工房から出る。そのまま二人は事故現場に向かう。自身の目でどういったところか確認しておきたかったのだ。幸助は現場百回という言葉を思い出し、もしかしたらなにか発見があるかもと考えている。