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敗北した者たち

 二日経ち、あるかもと思われていた襲撃はなく、冒険者と警備兵で構成された討伐隊は街を出る。討伐隊の人数は四百人。前衛が二百三十人.後衛が百人.支援が三十人だ。残り四十人は馬に乗り、遊撃隊の役割を持つ。

 既に放たれていたベラッセン側の斥候の情報を元に、討伐隊は偽神信仰者たちの野営地に向かう。この時期の風向きも考え風上に立たないように行軍していった。

 野営地まで徒歩三十分というところまで近づき、再度斥候を出す。戻ってきた斥候によると、こちらの様子に気づいた様子はないとのこと。罠かもしれないとは思うが、奇襲できるかもしれないと討伐隊のトップは考え、ここからは戦闘態勢を整えて静かに移動するようにと討伐隊に命じる。

 支援組は徒歩二十分の位置までで止まり、そこに簡単な陣地を作り出す。

 前衛後衛組はさらに進み、魔法が届く距離まで近づくと、偽神信仰者からも討伐隊が見え、さすがに態勢を整えようと動き出す。

 その動きが終わる前に、討伐隊のトップが命じる。


「後衛、撃て!」


 準備を終え、いつでも魔法を使える状態だった後衛組は命令に従う。

 矢や投石や炎や氷や風や岩石が次々に飛ぶ。それらが偽神信仰者たちへと降り注ぐ様子を思い描いていた討伐隊は、軌道がずれていく魔法に目を剥いた。真っ直ぐ進んでいた矢と投石も、曲がる魔法に巻き込まれて野営地に届くことはなかった。


「馬鹿な!?」


 合図を出している男の声が周囲に響く。すべてが外れた光景を見た者たちも同じ思いだ。

 百人が魔法を飛ばしたのだから、十くらいは外れる魔法があっても驚かない。想定内といえるだろう。しかし全てが外れるのは明らかにおかしかった。

 討伐隊が動揺している間に、偽神信仰者側は粗方準備を整え野営地から出てくる。


「今度は出てきた奴らに魔法を撃て! その後前衛は前進だ!」


 再度の命令に従い討伐隊は動いていく。偽神信仰者たちからも魔法は飛び、数の差から相殺できなかった分が討伐隊に飛んでくる。ダメージを受けた者はいるものの、脱落者はでなかった。

 討伐隊の陣は前衛の方陣と後衛の方陣となっている。空から見ると、横長の長方形が大小二つ並んでいる。

 対して偽神信仰者側は態勢は整えたが、時間に余裕があったわけではないので、前衛と後衛の二つに分かれただけで、討伐隊のようにきっちりとした陣とはなっていない。

 前進した前衛と偽神信仰者の前衛がぶつかる。敵味方混ざり合う形となり、数の多さから溢れた偽神信仰者の前衛が混戦した場から離れて、討伐隊の後衛に向かう。それを魔法などで迎撃していき時間が流れていく。

 きちんと陣形を組めたことがよかったのか、形勢は討伐隊有利で進む。遊撃隊が敵後衛組へと突撃をかけ、魔法使用を阻害できたことも有利に進んだ要因だろう。

 これはいけるかと討伐隊のトップが考えていると、偽神信仰者の野営地からラッパが聞こえてきた。それが後退の合図だったのだろう。偽神信仰者たちは、走って討伐隊から離れ野営地に戻っていく。

 討伐隊には、追えという合図を待つ者と待たない者がいて、三十人ほどが追い討ちをかける。

 戦いの動きを見てトップが指示を出そうと動く。その前に偽神信仰者側からのアクションがある。

 衝撃波の波というのだろうか、津波のようにあらゆるものを薙ぎ払う攻撃魔法が偽神信仰者の野営地から放たれた。

 討伐隊や偽神信仰者の後衛が放った魔法とは格が違う。比べることすらおこがましい威力と範囲で、一度で討伐隊の前衛をほぼ全員倒してしまった。


「なんだと!?」


 たった一度の攻撃で崩壊した前衛組を見て、指揮を出していた男や周囲の人間は驚きを隠せない。

 動きを止めた討伐隊へと、野営地から一人の人間が歩み寄る。遠目には白い仮面をつけた人間ということくらいしかわからない。


「私は偽神。人間よ退け」


 偽神と名乗った者は特に大きな声を出しているわけでもないのに、その場にいる全員が抑揚のないその声を聞き逃すことはなかった。

 偽神自ら来ているのは想定していなかった討伐隊は、大きな衝撃を受けた。多くの者が負けたと考える。

 有利に進めていただけに、たった一度の攻撃で自陣が崩壊して感じた絶望は大きかった。


「私たちへの攻撃、一度は見逃してやる。その代わり、伝言役を果たせ」

「……伝言?」

 

 誰かが漏らした声に答えるように偽神は続ける。


「歪みに捕らわれし者を差し出せ。素直に差し出せばなにもせず退いてやる。もう一度言う。歪みに捕らわれし者を差し出せ。期限は三日だ」


 偽神たちはこの用件を伝えるため、わざと見つかりやすい位置に野営地を作り、討伐隊を待っていたのだ。

 街に一度も襲撃をかけなかったのにも意味はある。襲撃をかければ恨み憎しみが生まれる。偽神の狙いがウィアーレと判明した時、先走った住民がウィアーレを殺害しないように被害を出さなかったのだ。偽神も結果的にウィアーレを殺すことになるが、死体となって寄越されても困るのだ。

 用件を伝えた偽神は野営地へと帰っていく。その背に後衛組の一人が魔法を飛ばした。迫る炎に気づいているのかいないのか。反応をみせず直撃する。

 やったかと数人が心の中で思う。

 だが直撃を受けた偽神は魔法など当たらなかったといった様子で歩き続けた。どこも燃えた様子はなく、その様子から避ける必要すらない攻撃なのだと示しているようで、討伐隊は強さの違いを見せ付けられた気分だった。

 こんな状態で再度攻撃する気はおきず、討伐隊は退いていく。

 倒れている偽神信仰者がいたが、手を出せばどうなるかわからず放置して支援組のいる陣地まで戻る。そこで負傷者の治療をした彼らは街へと帰り、伝言役を果たす。


 町長は武力でどうにかなる問題ではないと判断。たった一撃で二百人近くを倒してみせたのだ、しかも消耗した様子はない。二倍三倍の数を集めても結果は同じだと考えた。集める時間がないことも理解している。

 町長たちは歪みに捕らわれた者を差し出すことに決めた。一人と街の住人全部どちらを選ぶかどうか迷うまでもなかった。絶対に約束が守られるかどうかはわからないが、三日で偽神を退ける用意ができず、少しでも街が守られる方に賭けることにしたのだ。

 王都に連絡を取ることができれば、まだなんとかなったかもしれないが、偽神がどうやってか邪魔しているようで連絡つかないのだ。馬を走らせても三日で到着は無理だ。転移の使い手ならば知らせることは可能だが、三日でどうにかできるとは思えなかった。一応、役人に手紙を持たせて行ってもらいはしたが。


 差し出すと決めてすぐに役人たちは情報を集めだし、ギルドからウィアーレがそうだと情報を入手した。居場所も聞き、孤児院に行くもウィアーレはそこにいない。どこにいるのかウェーイに聞いてもわからないとだけ返答が返ってくる。少しでも情報を集めようと、役人は街中にウィアーレについての情報を求める書いた張り紙を出す。

 討伐隊が意気消沈して帰ってきたところを見た住民たちは、役人がどうしてウィアーレを求めるのかわからなかったが、ウィアーレを探さないと自分たちが危ないかもしれないと察する。

 我が身可愛さに住民たちは動き、すぐに孤児院のことを突き止めた。役人たちと同じようにウィアーレの居場所を突き止めるまでには至らなかったが。

 ウィアーレが見つからないまま、時間は流れる。住民たちの不安は高まり、リッカートからやってきた冒険者と治療した冒険者でもう一度討伐隊を組んでもらおうかという案が出始める。

 三日目までにウィアーレが見つからなければ再度討伐隊を組もうと決まり、進展なく二日目が過ぎていく。



 転移先をギルドか孤児院のどちらかにするかで幸助は迷う。先にギルドに行くとそのまま動く必要があるかもしれないので、孤児院の無事を確かめることを優先する。

 玄関先や庭に出ると子供たちやそこを通っている人にぶつかる可能性があるため、屋根に出た。

 屋根から見た街は荒れている様子はなく、人通りがやや少ないといった感じだった。

 屋根から飛び降り、孤児院の玄関に近寄ると、扉近くで誰かが話している声が聞こえてきた。人数は複数で、腕に包帯、右頬には塗り薬をつけたウェーイ相手になにかを話している。


「ウェーイさん、ほんとに頼むよ」

「頼むと言われてもいないものはいないんだ。匿っていないのはこの前の調べたからわかってるだろう?」

「ここにいないのはわかった。だが行き先は知っているんだろう? そこを教えてくれないか?」

「街を出たことくらいしか知らんよ」

「いい加減この繰り返しは疲れてきたんだがねぇ。お前さんがここの子たちの行き先を知らないはずないだろう!? ここ出身の子たちに話を聞いてそのことはわかっているんだ!」

「知らんものは知らんのだよ。それに知っていてもウィアーレに犠牲を強いるようなことに協力はできん」

「その嬢ちゃん一人の犠牲で、お前さんたちも含めたこの街の住民が助かるのにか!? 冒険者や警備兵は負け、略奪が起きても守りきれる者はいないんだぞ!?」


 幸助は内容を理解し、気配を消して玄関から離れる。今この場で出て行くことはウィアーレの居場所を隠しておきたいウェーイが望まないだろうと推測したからだ。幸助はウィアーレと一緒に行動していて、街の人々はそれを覚えているだろう。今エリスの家にウィアーレがいることを住民たちは知らないが、なんらかの情報を持っていると推測するかもしれない。

 玄関から離れ、勝手口から入る。そこに誰かいれば話を聞けたのだが、誰もおらず勝手に動き回ることもできず、そこで玄関先の話が終わるのを待つことにした。

 話し合いは進展を見せず、十分後に終わる。

 焦りと不機嫌な雰囲気を感じさせる人々が、孤児院から完全に遠ざかったことを確認し、幸助はウェーイに会いに行く。


「こんにちは、大変なことになってますね」

「コースケさん!?」


 ウェーイの緯線が幸助の周囲を見るように動く。


「ウィアーレなら家にいますから安心してください」

「そうですか、よかった。今この街に来たら住民のほとんどがウィアーレを追い掛け回すことになりますから。それだけで済むかもわからない状態です」

「偽神信仰者が近くにいるんですよね?」

「そうです。ですがそれだけではありません」


 ウェーイは椅子に座りつつ話す。表情は暗い。幸助も近くの椅子に座る。


「詳しいことなにも知らないんですよ。教えてもらえますか?」

「ええ。偽神信仰者が近くに来て、ギルドは討伐依頼を出しました。偽神信仰者たちはなぜか動こうとしませんでしたが、どんな事情があろうが討伐するということに変わりなく、一昨日冒険者と警備兵の討伐隊は集まっている場所へ強襲をかけました。相手の数は五百ほど、対するこちらは四百と少なめでしたが、地の利はこちらにあり、策を使い、油断せず戦えば負ける可能性は低いものでした」

「聞こえていた話から推測すると討伐隊は負けた?」

「はい。負けました。負傷者は伝言を持たされ見逃されました。その伝言は三日後までに歪みに捕らわれた人間を差し出せというものでした。街に入り込んでいた偽神信仰者が上手くやったのか、それともギルドがなんらかの判断を下したのか、ウィアーレの似顔絵が歪みに捕らわれた者として街中に張り出されました。あとは皆がウィアーレを探し始め、ここに住んでいたことを知られといった具合です」


 偽神信仰者たちがエリスの家ではなく、こちらに来たのはコーホックが言っていたように、ウィアーレの位置を詳しくは捉えられないからだ。街のある辺りから反応があるのだから、そこにいるのだろうと思いベラッセンの住民にウィアーレを差し出すよう要求したのだ。

 偽神が感じ取った反応は、ウィアーレが長く街にいたことで残っている歪みの残滓だ。それがあったからウィアーレがペレレ諸島に行っていることに気づかなかった。


「ここの人たちは無事なんですか? 乱暴されたとかは」

「家捜しの際に突き飛ばされたなどはありましたが、大怪我をしたということはなく」


 よかったと幸助は胸を撫で下ろす。ウィアーレが心配するだろうと思って聞いたのだが、幸助自身も心配する気持ちがなかったわけではない。大事にならなかったとわかれば安心もする。

 けれど人は軽傷だけで済んでいるが、家具やドアなどは乱暴に扱われ壊れてしまった物も多い。


「討伐隊が負けた理由は相手が強かったり、こっちの質が低かったり、罠にかかったりですか?」

「いや、偽神がいたらしい」

「偽神? 偽神信仰者が崇めてる偽神?」


 聞き間違いかなと思い、確かめるように問う。


「それで間違いないですよ。偽神信仰者だけなら被害は出るものの勝てたらしいです。味方の不利を悟り、偽神が出てきて一気に形勢が変わったと聞きましたね」

「……偽神ってどれくらい強いんでしょうね」

「今の偽神はわかりませんが、昔の偽神が竜と互角に戦ったという話を聞いたことありますね」

「竜と、それは強い」


 幸助の脳裏には、以前間近に見た海竜の姿が浮かんでいる。


「まあこの国にいた黒竜のような上位竜ではなく下位竜ですが。それでもステータス平均B-はあるのですから、人間からしてみれば雲の上の存在ということに変わりないですな」

「B-ですか」


 幸助の心の中にいけるかもしれないという思いが湧く。自身の強さがB-、竜装衣を使えばBまで上がる。偽神信仰者たちは討伐隊とほぼ互角と見ていいだろうから、そこまで脅威ではなく無視していい。

 空からでも急襲して偽神を倒してしまえばなんとかなるのではと考える。

 ウィアーレを安心させたいのか、珍しく好戦的だ。少し慢心している部分もあるのかもしれない。

 いつもの幸助ならばエリスが近くにいれば一声かけるなりするだろうが、ウィアーレに知られないようにということもあり一人で動くことにする。

 偽神たちがどこいるのか、偽神の姿を聞いた幸助は暗くなるまで孤児院で寝させてもらった。戦うのなら万全の状態で戦いたかったということと、奇襲するなら暗い方がいいだろうと考えたからだ。

 明かりがあるおかげで暗さが緩和されている街から出て、暗い平野を偽神たちがいる場所へ走る。

 徒歩で一時間ほどの距離を走り通し、偽神の野営地を見つけた。暗い中、明かりをつけているので非常に目立っていた。

 そこを念のために気配を消し、観察する。


「仮面をつけた、人間と変わらない姿だったか」


 ウェーイが人々から得た偽神の情報だ。顔半分を隠す白の仮面をつけている者が一人いて、それが偽神だと冒険者たちが言っていたのをウェーイは聞いた。

 外には出ていないだろうと思いつつも、遠目に偽神を探し動いていく。


「やっぱりいないか。あの立派なテントの中だろうなぁ」


 野営地にはいくつもテントがはられ、その中に一つだけ大きさも装飾も違うテントがある。

 目星をつけた幸助は、急襲のため空に浮かび偽神がいるであろうテントの上空四十メートルまで移動する。

 陽動としていくつかの場所に火を放つことも考えたのだが、物資を燃やしてしまうとベラッセンやほかの町村から略奪しそうなので止めておいた。

 偽神信仰者たちに常に狙われるようなことにはなりたくないので、どこかの街で見た男を少し変えた幻を纏い、竜装衣を使う。

 徐々に高度を下げ、地上から二十メートルまで来た時、幸助は体から力が抜ける感覚がして、飛翔魔法の効果が切れた。

 何事と思う間に、幸助はテントの天井を破り中に突っ込んだ。

 こんな派手なことをすれば当然周囲は気づく。

 偽神信仰者たちがテントを取り囲む中、痛みに顔を顰めつつ幸助は偽神と対面していた。


「何者」


 仮面で顔を隠した者が短く問う。

 声が発せられただけで、幸助の背にじわりと汗が滲む。

 見た目から女だとわかるが、枯れた声と見た目の年齢があっていない。年は二十過ぎくらいだろう。真っ白な長髪と青白い肌を持ち、すっきりとした顎のラインや形のよい唇から美人なのかもしれないと、幸助は思う。仮面の目の部分に穴が開いてはいるが、暗く目は見えない。


「刺客と答えようか」

「一人でか? 剛毅」

「やれると思ったから来たまでだ」


 そう言いながら幸助は内心焦っている。戦いに来たのだが、今はどうやって逃げようかと焦りを押さえつけ必死に考えている。

 偽神から感じられる強さが思った以上だったからではない。むしろ海竜よりもずっと弱いと断言できる。ステータスで表せばB-に届いていない。

 それなのに幸助が弱気になる原因は、


(コーホックからもらった薬なんだろうな)


 と予測をつけていた。

 空から落ちた時に感じた力のなくなる感触が、コーホックがそばにいた時に感じたものと同じだったのだ。

 しかし全く同じではない。同じだったらもっと焦っている。焦が少ないのは力の下がり幅が少ないからだ。あの時はステータスEだったが、今はそれ以上にあると感じられている。いつものB-にはまったく届かないが。

 

(だいたいジェルム以上エリスさん以下。ステータスD+くらいかな)


 それくらいと自身の力を見て取り、当たっていた。

 冒険者としては上位に来る実力だが、偽神を倒し、集まった偽神信仰者を倒せるかというと無理だ、断言できる。偽神信仰者の中にはステータスD+の者もいる。そういった者がいなくとも、今の幸助に百人以上の相手を蹴散らす力はない。故に逃げることを優先しなければならない。理性も本能もそれで一致していた。

 

「来ないのか?」

(それができたら苦労はしないんだよ!)


 対面する偽神から自分以上の力を感じ取り、迂闊に動けないのだ。

 あの薬は神と幸助の力量を同程度下げる効果がある。だがその効果は、幸助が偽神に自分以上の力を感じ取っていることからわかるように、完全には発揮されていない。

 これは偽神が正式な神ではないからということと、歪みを力の元としているからだ。正式な神ではないため、力の下がり幅が少ない。体の中にある歪みが薬を正常に作用させていない。偽神は歪みを使いこなすことはできないが、確かに偽神の中にある。

 この二つの理由が、幸助と偽神に力の差を生み出した。


「こっちから行く」


 偽神は近くにあった装飾の多い錫杖を掴むと無造作に突き出してくる。幸助はそれを避けきれず、右腕に滑るように当たるも性能の上がったジャケットのおかげでダメージはなかった。偽神が全力ではないこともダメージがない理由だ。

 偽神は連続して錫杖を突き出し、幸助は少しずつ下がりながら避けていく。初めに比べると突きの速度は上がっていて、幸助は完全に避けることができなくなっていた。ジャケットに当てればダメージが少なくて済むので、腕で防御していく。


「どうした防御と回避だけか?」


 隙あらばと幸助は投げナイフを両手に持ってはいるが、投げる暇はなかった。

 幾度も突きを放ち、偽神はジャケット部分に当てても成果はほぼないと察し、顔や足を狙い始める。当たればダメージは受ける。だが狙いが絞れたおかげで、少しは避けることができるようになる。

 滲んでいた汗は、今では流れるほどになっている。


「粘る。お前の実力か、それとも事前に行ったなにかのおかげか」


 偽神も自身の能力が下がっていることに気づいていた。それが神の作った薬のせいということや二人が離れたら元に戻るということまでは気づいていない。


「どうだ!」


 隙は見つからなかったが、無理矢理ナイフを投げる。代償として太腿を叩かれ、骨に響く痛みが走る。それを歯を食いしばって我慢する。

 偽神の胸目掛けて飛んでいったナイフは狙いたがわず命中する。


「動きはいいが、無力」


 ナイフは服に穴を開けて止まる。そのまま床に落ちた。床に転がっているナイフには血の一滴もついていない。偽神にダメージを与えることはできなかったのだ。

 あの程度では駄目ということを覚えておき、次に投げる時はもっと威力を高めると幸助は心の中で考えている。

 再び偽神の一方的な展開になる。下がることは止めておらず、後ろに下げていた手にテントの壁が触れる。

 幸助は錫杖を避けながらもう一本ナイフを取り出す。壁は分厚いが布製で、切り裂いて出ようと考えた。


「アメガレト様、失礼いたします」


 背を見せダメージ覚悟で、壁を裂こうと動きかけた時、テント入り口から中の様子を知るため偽神の世話役が入ってきた。

 一瞬偽神の気がそれたことを見て取り、幸助は入り口へと走り外に出る。すぐ後ろで錫杖が壁を叩く音が聞こえた。

 外にはテントを囲むように偽神信仰者たちが集まっていた。少なく見ても百人以上はいる。中には武器を手に持ち殺気立っている者もいる。これら全てを相手取る必要はないだろうが、数十人と戦うことになるかもしれず気後れするも、偽神から早く離れようと思い、痛む太腿のことを考えないようにして囲む人々に突っ込む。

 四方八方から剣や槍が突き出され、それを避け切るのは無理だった。胴と腕は無事だが、顔や足に切り傷があっという間に増えていく。同士討ちを避けるためか、魔法などは飛んでこなかった。一歩進むたびに傷は増え血が流れ、一メートル先が遠く感じられる。傷だらけになりながら幸助は技術も鍛えることを決めた。今までは力押しでどうにかなってきたが、セクラトクスや今回のよう特殊な状況で同格の相手と戦い、力押しになりがちだと痛感したのだ。次があるかわからないが、あるかもしれない次に備えておこうと心に決めた。

 そんなことを考えているからか、既にテントから偽神が出てきている、そのことに気づく余裕もない。

 ただ必死に突き出される武器を避けていると、背後から偽神の声で散れと聞こえてきた。

 偽神の命令に偽神信仰者たちは即座に従い、左右に避けていき、偽神から幸助まで真っ直ぐに道ができる。

 今がチャンスと幸助は振り返らず走る。その背に偽神は魔法を放つ。


「死ね」


 吹雪混じりの氷の矢が幸助へと迫り、いくつも当たっていく。幸助は勢いに押され、地面を転がる。転がっている途中で薬の効果範囲から抜け出たのか、力が戻るのを感じ取った。

 あの状況では倒れたままだろうという偽神信仰者たちの予想を裏切る動きで幸助は立ち上がり、痛みを我慢し走り去る。夜闇に消えていく幸助を偽神信仰者たちは追いかけるが、振り切られ捕らえることはできなかった。

 そのことを偽神は咎めることなく、テントに戻る。


「あいつは何者だったのでしょう?」

「刺客」


 世話役の疑問に短く答えた。


「アメガレト様を殺せると思っていたのでしょうか? というより刺客を送ってきたということは我らの要求を突っぱねるつもりなのでしょうか」

「かもしれない。再度の攻撃あるかもしれぬ、皆にそのこと告げておけ」

「はい」


 世話役はテントを出て行き、偽神は錫杖を置いて、椅子に座り目を閉じる。

 世話役が戻ってきても目を開けることなく、そのままでいた。世話役は偽神に声をかけることく邪魔しないよう静かに椅子に座る。

 そのまま静かに時間が流れていく。


 幸助は偽神のいる野営地から全力で十分走り続け逃げ切った。血が減り遠のく意識を繋ぎとめ、家へ転移魔法を使う。

 転移先は居間で帰りの遅い幸助を、エリスとウィアーレがそこで待っていた。


「た、ただいま。治療お願い」

「なにがあったんじゃ!?」

「コースケさん!?」


 全身傷だらけ、息も絶え絶えな幸助の様子にただ事ではないと二人とも慌てる。人間最強と言っていい幸助がここまで傷だらけになることなど滅多にない。またセクラトクスと戦ったかと考えたが、それならば共にいるはずで別のなにかにやられたのだろうと考える。


「意識保つの、辛いから、短く言うと、偽神が来た。ベラッセンに、ウィアーレを、要求。それを、どうにかしようとして、このざま。……ごめん、ちょっと寝る」


 短すぎる情報を残して幸助は意識を失った。

 ここで幸助はもう少し粘るべきだった。制限のつく薬のせいで負けたと言えば、二人もなんのハンデもなく真正面から戦い負けたと思うことはなかったのだ。

 エリスが治療するのを手伝いつつウィアーレはウェーイたちのことを考える。

 治療が終わり二人で幸助を部屋に連れて行く。


「コースケさんがここまで傷つくなんて」

「今回の偽神は強いのだな。今までの偽神の中で一番の力を持っているのかもしれん」

「そんな偽神にベラッセンが狙われたら」

「ひとたまりもないじゃろうな」


 部屋を飛び出そうとしたウィアーレの腕をエリスが掴む。


「名乗り出て交渉でもするつもりか?」

「それしか父さんたちを守れる手段がない!」


 放してと手を揺らすも、エリスの筋力には敵わず掴まれたままだ。


「交渉に応じてくれると思うのか? お前さんが出て行けばこれ幸いと捕まえ、あとは好き勝手動くだけじゃと思うがな」

「でも交渉に応じてくれるかもしれない! コースケさんがどうにかできないなら、偽神の欲しがってる私自身を対価にするしか!」

「コースケがどうにかできないと決まったわけじゃなかろう。一度戦いなにか勝機を見出しているかもしれん。お前さん自身が出て行くのは、最後の手段にしておけ」


 納得できないという表情のウィアーレにエリスは続ける。


「コースケが信じられんか? これまでお前さんの頼みを引き受け、どうにかしてきたコースケが信じられんか?」

「信じられるけど……」

「今はその気持ちを抱いてコースケが起きるのを待っていろ」


 看病は任せたと言ってエリスは部屋から出て行く。幸助が起きたら再戦のため動くだろうと考え、そのための準備を今からしておくのだ。

 一時間ほどなにかを考えつつ、看病していたウィアーレは決意した顔で立ち上がる。そっと扉を開け、静かに玄関へと向かう。

 階段を下りて玄関の前まで来た時、聞き覚えのある声が頭の中に響く。


『おっとストップだ』

「……この声はコーホック様? なにか用事でしょうか?」


 エリスに聞こえないよう小声で話す。


『ああ、行かれたら困るからな。歪み使いは神には重要なんだ』

「では偽神をどうにかしてもらえるのでしょうか?」

『いや、なにもしない。偽神の被害は人間のみで、世界に影響を与えることはないからな』


 偽神は強い力を持っているが、これまで信者ためにだけ動いている様子を見て、世界を壊すようなことはないと判断している。信者たちは死にたがりではないので、世界を壊すといった自殺行為は望まず、神にとっては無害なのだ。

 神の名乗ることがおこがましいという思いすら抱いておらず、世界の一部としてみなし排除する気もない。

 

「そんな!?」

『慌てることはない。コースケならばなんとかできる』

「なんとかできるって、また負けるかもしれないじゃないですか! 今回は怪我で済んだけど、次は死んじゃう可能性だって……そんなのは嫌です。止められたって行きますから」

『……仕方ない。事が終わるまで隔離させてもらうぞ』

「え?」


 疑問を抱いたウィアーレを包むように淡い黄色の光が生じる。その光が薄くなっていくと同時にウィアーレの姿も薄くなっていき、光が消えた頃にはウィアーレも消えていた。


『ミタラムは上手くやったかねー』


 誰もいなくなった階段前にコーホックの声が小さく聞こえ消えていった。

 ウィアーレが消えて一時間経ち、準備を一段落させたエリスが幸助の様子を見に部屋に入る。


「コースケは起きた? ……ウィアーレ?」


 トイレかと思い、幸助の様子を見つつ少し待つ。十五分が過ぎてさすがに変だと、家中を探してみる。一通り見て回っても見つかることはない。


「出たのか」


 落ち着いた様子でいない理由を推測する。

 まだ遠くに行ってはいないだろうと、ベラッセン方面へ人探しの魔法を使うが、反応がなく首を捻る。


「どういうこと? 歪みを使って魔法の効果を逸らしている? そんなことできるとは聞いておらぬが」


 いなくなって慌てないのは、ここからベラッセンまで徒歩二日弱かかり、転移や飛翔の魔法を使えないウィアーレには行程の短縮化ができず、先回りが可能だからだ。

 ウィアーレがいくら急いでも一日足らずで到着は無理だ。幸助の目覚めを待っても十分に間に合う。

 エリスは自身の体力を減らさないため、床に座り込み毛布に包まって壁に寄りかかり眠る。寝心地がいいとはいえないが、野宿よりもましだ。



 幸助は意識がどこかぼんやりとしながら目を開く。目に入る色は乳白色一色。それに以外になにもないが、そのことに疑問は抱かない。ただ安らいだものを感じている。


「起きた」


 乳白色の空間に、突然濃紫の長髪を持つ少女が現れた。誰もが可愛いと思うと同時に考えが読めないと思うだろう容姿だ。


「誰?」

「ミタラム」

「……偶然と必然の神様と同じ名前」

「本人」

「そうなんだ」


 いまだぼんやりとしたままの幸助に、ミタラムは幸助ではない誰かに何事か呟いた。

 それが関係しているのか、幸助の意識がはっきりして目に光が宿る。途端に様々な疑問が浮かぶ。


「え? ミタラム? どうして? それにここどこ?」

「あなたに助言しに来た。ここは夢の中。夢を司る神の力で話せている」

「神様って人の夢の中にまで来られるのか。助言って?」

「偽神と戦うのに役立つはず」

「偽神? あ……」


 眠る前に起きたことが心に思い浮かんでいく。

 幸助は両腕で震える体を抱く。顔は恐怖で染まっていた。


「怖いの?」

「怖い? 怖いに決まってる! 死にかけたんだ!」


 これまで幸助が死にかけたのは三回。

 竜にぶつかった時、セクラトクスと戦った時、そして今回だ。

 一回目は意識がなかった。二回目は怒りで恐怖が薄れ、痛みで意識が飛びかけていた。だが今回は最初から危機を感じていた。

 明確に命の危機を感じたのは初めてなのだ。ステータスが強化され遠ざけられていた死を感じて、それを思い出し恐怖に震えている。

 そんな幸助の様子を見て、困ったように小首を傾げたミタラムは近づいて幸助の頭を抱きかかえた。以前見た人間の親が、泣いている子供にこうやっていたことを思い出し真似た。

 ここは夢の中だ、時間などいくらでもあり、落ち着くまで待つのに問題などない。

 いくらかの時間が流れ、震えが治まった幸助はミタラムから離れる。恥ずかしさに顔を赤くしつつ。神とはいえ見た目年下の少女にかっこ悪いところを見られ、なおかつの胸に抱かれ慰められたのだ、すごく恥ずかしかった。


「落ち着いた?」

「……おかげさまで。ありがとうございます」

「本題に入る」


 幸助の心情を気にせず、ミタラムは夢の中にまで来て伝えたかったことを話す。

 淡々としたミタラムのおかげで、幸助は頭が冷え落ち着いて話を聞くことができた。


「力の使い方が下手」

「力の使い方?」

「抑えて戦うか、全力で戦うかしかしてない。それだと偽神を相手にするには厳しい」

「……また偽神と戦うって決まったわけじゃ」

「ウィアーレを見捨てるの?」

「っ!?」


 その反応で見捨てられないと見抜き、ミタラムは続ける。今度は遮ることなく最後まで聞いていく幸助。

 聞き終えて、閉じていく意識の中で偽神に届くかもしれないと小さく希望を抱いた。

 完全に意識が閉じる前に「頑張って」と聞こえたような気がした。

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