エリガデン島への旅路
穏やかに時間が流れていき、出発の日となる。
昨日のうちに、幸助はコキアやメリイールに遠出するのでしばらく留守にすることを話しておいた。
幸助が出かけている間、ウィアーレは歪みを使った練習をして、エリスはその練習風景を見ていた。
最初ウィアーレにできたことは歪みを真っ直ぐ五メートルほど飛ばすことのみ。五メートル飛ぶと、歪みは消えていった。一日かけた練習で軌道を曲げることはできるようになった。
歪みにとり憑かれていた時のように、複数の歪みを自在に操れるようになるまで、もうしばらく時間がかかりそうだ。
エリスは制御に関してのアドバイスはできなかったが、色々と質問することで歪みを使いできることをウィアーレに自覚させていった。
門の近くには旅の準備を整えたジスたちが、幸助をいまかいまかと待ち受けていた。
エリスとウィアーレの同行を事前に聞いていたことで動じる様子は見せず、反対することなく受け入れる。
「さあ馬車に乗りに行きましょう」
「待って、エリスさんが魔法で途中まで送ってくれるってさ。だからここでは馬車を探さなくていいんだよ」
「本当に?」
ジスの問いにエリスが頷く。
「それは助かります。ありがとう」
早速、エリスは皆を周囲に集めて転移魔法を使う。
到着先は港まで馬車で五日という距離にある街だった。ジスたちは幸助たちに喫茶店で待つように言い、すぐに馬車を探し出す。
待ち始めて十五分ほどで困り顔で、二人は戻ってきた。
「どうしたんじゃ?」
「馬車が出られないそうで」
ジスは悩みながら答える。その横でリーゼは旅が順調にいかず不機嫌そうだ。転移で距離を稼ぐことができ喜んだ分、ここでの邪魔は余計にいらついたのだろう。
港への道はこの街から東に見える山脈を越える必要がある。だが今はその道が使えない。
ここら一帯は一昨日まで強い雨が降り続いていたらしく、馬車の通り道が土砂と倒木で塞がれているのだという。復旧までしばらくかかると二人は聞いてきた。
南に山を迂回する別のルートもあるが遠回りになるようで、そっちを通るかここで待った方がいいのかジスには判断がつかないのだ。
「それは困ったのう」
「俺が見てこようか? ここから見るに山までは馬車で半日くらいだろうし、空を飛べばそう遠くない距離だよ」
一度現場を見て進路を決めた方がよさそうだと、幸助が提案する。
「それもいいかもしれんの。行ってくるか?」
「ん、ちょっと行ってくる」
「まあ、待て。そう急ぐな」
すぐに行こうとする幸助をエリスは止める。宿を取ってから行けと。
滞在することになるなら宿を決めておいが方がいい。帰ってきたらどこに宿を取ったか知らずに探し回るはめになりかねない。
納得し、宿に荷物を置いた後、幸助は宿を出る。
「ちょっと待って」
さて飛ぼうと思っていた幸助をリーゼが止めた。
「リゼスさん、なにか用事?」
「私も連れて行って」
「リゼスさんも自分の目で確かめたいの?」
「ええ」
「背負っての移動になるけど大丈夫? それに高いとこ飛ぶよ?」
「自分で言い出したことだから、文句は言わないわ」
それならと幸助は魔法を使い、リーゼに背を向ける。乗ったことを確認し、幸助は宿の上空に上がっていき、山へと飛んでいく。
初めての高さにリーゼは緊張するようで、幸助の肩を掴む力が強くなる。
「しっかり捕まっててよ」
「わかった」
速度を上げ飛び続けること三時間、土砂崩れの現場上空に到着し下りていく。
飛び始めて一時間もすれば慣れたようで、リーゼは周囲の風景を見る余裕もできていた。
現場には復旧作業のために人が来ており、空から下りてきた二人は注目の的だった。
「こんにちはー」
「……ああ。こんなとこになにか用か?」
「どれくらいで復旧するか見に来たんですよ。長くかかるようだったら、ここを使わずに別のルートを使おうと思って。
復旧どれくらいかかります?」
幸助の言葉に工夫は土砂に視線を向ける。
「んーそうだなぁ……順調にいって八日かねぇ。街で工夫を募集しているんだが、それに人が集まればもう少し早くなるかもな」
「攻撃魔法で土砂を吹っ飛ばす……ってわけにもいかないか」
振動で違う場所が崩れる可能性があると言いながら気づいた。
「道を塞いでいるものを爆破することもあるが、今回は地盤が緩んでいるからな」
「そうですか。ありがとうございます」
工夫に礼を言って少し離れる。
「八日らしいですけど、遠回りした場合ってどれくらいかかるんですか?」
「たしか十三日だった」
「工事日数プラス移動日数で十三、移動するだけで十三。どちらもほぼ同じかぁ」
どちらを選んでも同じで、幸助もリーゼもジスと同じように悩む。
「……手伝いが増えればもっと早く終わる可能性もある、か。手伝ってみようかな」
ここで必要とされているのは力仕事のできる者だろう。どうせ暇なのだ、自分にピッタリだと考え、手伝うことにする。
「私も手伝うわ。少しでも早く終わって通れるようになるなら、その方がいい」
「力仕事になると思うけど」
「これでも筋力はD-あるわ。そこらの男よりも上よ」
たしかに一般成人男性より上ならば十分だろう。
リーゼは流したままだった髪を、ポケットから出した紐で縛り作業の邪魔にならないようにする。
「すみませーん。街の募集を通さずにここで即決で雇用を決めてもらうことってできます?」
さきほどの工夫に聞くと、できると返事が返ってきた。
「じゃあ、よろしくお願いします」
幸助と一緒にリーゼも頭を下げる。
「人手が増えるのはこっちも助かるしな。
早速、どかせるものからどかしてくれ」
「「わかりました」」
工夫たちに混ざって土砂に手をつけ始める。十人いる工夫たちの多くは一般人で筋力ランク的にいうとE+がほとんどだ。だから本人の言ったようにリーゼは十分な働きを見せる。男が一人で持つのに苦労しそうな石を運ぶ様子を見て周囲が驚いた、といったことはなかった。なぜなら一本だけでも数人かがかりで運ぶ倒木を両脇に二本抱え、平気な顔で運ぶ幸助の方が目立っていたからだ。むしろリーゼも驚く側だった。
工夫たちが考えていたよりもハイペースで作業は進み昼になる。
「兄ちゃんたち昼にしようや」
工夫の呼びかけに二人は手を止める。
「兄ちゃんたち昼持ってきてないだろ?
俺たちの拠点で一緒に食べよう。全員分を一度に作ってもらってるから、兄ちゃんたちの分も出せる」
「「ありがとうございます」」
「いいってことよ。
それにしても姉ちゃんもすごいが、兄ちゃんはそれ以上だな! あんなに軽々と作業をこなす奴初めてみたぜ。ここの作業が終わっても一緒にやってもらいたいくらいだ。
そんだけ力がありゃ、あちこちから呼ばれてんだろうな。仕事に困らなさそうで羨ましいな!」
工夫が幸助の背中をばしばしと叩きつつ笑い言う。
カラカラと笑う工夫の明るさに、幸助もリーゼも好感を抱く。
「力は有り余ってますからね。地元でも似たような依頼受けてますし」
「その力のおかげで作業が捗ったな。兄ちゃんたちがこのまま手伝ってくれれば、予定よりも早く終わるな」
「どれくらいですか?」
期待に目を光らせたリーゼの質問に少しだけ考え口を開く。
「雨が降らなきゃ、五日後の昼には通れるようになってんな」
「ほんとですか?」
「おう!」
自信を持って頷いた。それにリーゼはやる気に満ちた顔になる。
「頑張ります!」
「気合入ってんなー」
頑張るということは作業終了までここに来るということだろう。着替えを持ってきていないので泊まり込みということはない。
移動手段はリーゼにないので、幸助かエリスに頼む必要がある。
毎日来る気はなかった自分も来ることになるんだろうなと、幸助は気合の入ったリーゼの横顔を見て思う。
力仕事で体力を使うためか、聞いたように料理は多めに用意されていて幸助たちがもらっても問題ないくらい量があった。
具沢山スープと小型のフランスパンらしきものを貰い、食べ始める。硬めのパンだが、スープに浸すことで食べやすくなる。具からよく出汁のでたスープを吸ったパンはジャムやバターをつけるのに負けないくらい美味しいものだった。
ベラッセンで食べるものとは少し違った味に、幸助は土地柄を感じる。
食事と休憩が終わり、作業を再開する。石や木をどけた後、土をどけるを繰り返し、日が傾き始めた。
今日はここまでということになり、幸助とリーゼは工夫たちに別れを告げ、転移魔法で街の入り口に移動する。
そこから宿に移動しながら二人は話す。
「熱心に働いてましたね」
「当然じゃない。働くんだから手は抜けないわよ」
「早く通れるようにしたいから熱心に作業してたわけじゃない?」
リーゼが熱心なのはこっちが理由だと思っていた。
「それもあるけど、今言った理由も嘘じゃないわ」
「もしかして真面目ってよく言われます?」
「言われるわね」
幸助はこういう人なのかと少しリーゼのことを少し理解できた。
「使命を果たすのに熱心なのも、そういった性格から?」
「それはちょっと違うわ。私自身は封印に強い関心はない。
でも私は故郷の皆が好きで、皆が使命が果たされることを望んでいる。好きな人たちが喜ぶ顔を見たいからというのが理由よ」
「真面目なだけじゃないんだ」
故郷のことを話した部分のみ、リーゼの表情と雰囲気が柔らかなものに変わった。本当に好んでいるのだろうとよくわかる。
きりっとした表情も美人といえるものだが、そういった柔らかな表情も魅力的だった。
いいもの見れたなと、幸助はこれからの行き来の運賃に十分な対価をもらったと感じた。
「どうしたんです? ニマニマして」
「なんでもないですよ。明日も頑張って働きましょうかね」
「ええ、是非頑張ってください。私よりもあなたの方が作業に貢献してますからね」
「美人さんの応援もらいましたから、頑張ってみますか。
……頑張るといえば、ジスフィードさんが俺を探しにきた理由もリゼスさんと同じ? いい人そうだから頼まれれば断れずに旅に出そうでもあるけど」
「ジスのことはよくわからないわ。ジスは島出身じゃないから」
「そう言ってたっけ」
「島の関係者ではあるけどね。島の外に慣れてない私たちの案内役にって紹介されたのよ」
幸助を探しに出たのは二人だけではない。探す役割を持っているのは二人だが、二人の補助として何人か一緒に出た。
その人たちは依頼をこなして路銀を稼いだり、情報を集めて世界の情勢を探っていた。その人たちは幸助が見つかった時点で、ジスから連絡を受け先に島に帰っている。二人に同行しなかったのは、大勢で押しかけて威圧感を与えるような形にならないようにとジスが説得したためだ。
現在は転移で移動したため、その人たちよりだいぶ先行する形となっている。ここで足止めをくらっても、追いつける距離ではない。
「ジスは依頼で同行しているのかもしれないわ。だから島のことにはあまり関心はないのかもしれない。人がいいから依頼ということ忘れて、親切心で動いている可能性もあるけど」
そうやって話していると宿が見えてきた。
部屋に入ると、帰りが遅くなった理由を聞かれ。事情を話す。帰りが遅いことを心配していたのはウィアーレとジスで、エリスはなにかあったかもしれないとは思っていたが心配はしていなかった。
その後は夕食を食べ、疲れたリーゼがすぐに眠り、ほかの四人は思い思いに過ごしていった。
次の日もその次の日も幸助とリーゼは復旧作業に向かう。二人だけ働かせるのは悪いとジスも同行し、懸命に働いていた。残ったウィアーレは歪みを使う訓練を街の外で行い、エリスは護衛として一緒にいた。
作業は順調に進む。一日だけ雨が降ったが、小雨で長く降ることもなく作業に支障はでなかった。
四日目の作業が終わり、帰ろうとした三人を顔馴染みとなった工夫が呼び止める。
「あんたらはここまででいい。明日の作業はちょっとした補強と確認だけだからな。
今日中に馬車ギルドに連絡しとくから明日から運営再開だ。ギルドに口利いとくからすぐに乗れると思うぞ」
礼を言い、三人は頭を下げる。
「それとこれ報酬だ」
三人に銀貨十五枚ずつ渡してくる。
手に載せられた十五枚の銀貨にリーゼとジスが驚いている。四日の給料としては多いのだ。
「こんなにいいんですか!? 多すぎますよ? 通れるようになって助かったのはこちらなんですから、いくらかお返ししますが」
ジスの言葉に工夫は首を横に振る。
「返さんでいい。早く終わったことで商人ギルドからボーナスが出ることになったんだ。これだけ出しても俺たちにも利益がある」
流通経路の早期回復は旅人だけではなく、商人にとってもありがたいことだ。運ぶ予定だった生鮮商品の損失が少なくなる、期日までに間に合わなくなるはずだったものの搬入ができるようになり仕入れ金が無駄にならなくて済んだといった利益がでる。
土砂崩れが起きた時に商人たちは悲鳴を上げただろうが、今回の早期復旧にも嬉しい悲鳴を上げていることだろう。
「そういうことならありがたくいただきます」
ジスの言葉に同意し、リーゼも頷く。
工夫たちに別れを告げて、三人は街に帰る。エリスたちに出発できることを伝え、旅の準備を整える。
翌朝、馬車乗り場で名前を出すと、連絡が来ていたのかすぐに乗せてもらえることになった。
馬車に乗って山へと向かう途中に、撤収準備を終えた工夫たちと擦れ違う。といっても互いに気づくことはなかったのだが。
馬車の旅はハプニングなく、無事に港に着いた。船もタイミングよく二日後に出るものがあり、それに乗ることができた。
船乗りの話によると、到着先の港まで十六日。その間に幸助はエリスに魔法を習い、暇を潰す。そのそばでウィアーレも魔法のように見せかけて、時々歪みを使う練習をしていた。することのないリーゼはそんな三人の様子を見て暇を潰し、ジスは昼寝したりほかの客と話したりして過ごしていた。
十六日間ずっと魔法を習い続けたわけではなく、ほかに日光浴や釣りといったこともしていた。
その暇潰しの中で他の客や船員に好評だったものがある。それは音楽だ。
以前の客が忘れていったぼろいギターを幸助が見つけて修理し、甲板でのんびりと弾いていた。始めはエリスとウィアーレだけが聞いていたのだが、次に船員がそしてリーゼとジスが集まりといった具合に観客が増えていった。時間が余っていたのは皆同じだったのだ。フルールの指導のかいあっていい評価をもらえ、そのうち船長から依頼されてきまった時間に甲板で弾くようになる。船を下りる時にはおひねりと報酬で金貨一枚分稼いでいた。ついでにギターももらえた。このまま船に置いていても誰にも使われないのだ。また埃を被らせるのも可愛そうだと渡されたのだ。
船が到着した先はクワジット王国内の港ではあるが、エリガデン島ではない。エリガデン島に直通で行く船がなく、島近くの港から船ごと雇い、島へと出してもらう必要があるのだ。その港へはまた船に乗っても馬車で行ってもたいしてかわらない。
いい加減陸が恋しくなっていた一行は、馬車で進むことにする。
馬車でも暇つぶしにギターを弾いていた幸助に、客の一人が話しかける。
「いやー上手いですな」
「ありがとうございます」
「それにそのギターも味があっていい。名のあるものですか?」
「いえ、ただ古いだけですよ」
名のある楽器ならば、忘れ物にはならないだろう。
「そうでしたか。実は私も楽器を使うのでよ」
そう言ってハープを荷物から出す。軽く手を動かすと、澄んだ綺麗な音が馬車の中に響く。
「いい音ですね」
「ありがとうございます。十年以上付き合っている相棒なのですよ」
「長いですね。俺のは最近もらったばかりです」
「いい付き合いになるといいですな」
幸助は笑い頷いた。せっかく手元にやってきたのだ、この出会いを大事にしたいという気持ちになる。
「それでですな。あなたが弾いていた旋律が聞き覚えがなくて、どんなものが知りたく思い話しかけたわけなんですが」
「ああ、それで。俺の故郷の音楽ですよ」
教えてほしいという男に幸助は頷き、しばらく音楽教室が開かれる。
一曲分の指導が終わり、雑談に移って行く。
「目的地はエリガデンですか。今あそこでなにか発見でもあったので?」
「俺たちはちょっとした用事で行くだけなんだけど、エリガデンになにかあったんですか?」
「いえね、数日前に王国兵が動いて、エリガデンへと向かったという話を耳にしたのですよ」
「それ本当ですか!?」
なにげなく二人の会話に耳を傾けていたリーゼが勢いよく聞く。
「ほ、本当ですよ。百人とそれほど多くの兵ではないんですが動いたのか確かです。なにか魔物が発生したのかと噂になってます」
ほかの客も聞いた話のようで頷いている。
「魔物? 少なくとも一年前は問題になるような魔物はいなかったし、これまで問題になったこともないのに……。
そうだ! ジスっ」
「なんです?」
「島と連絡取り合ってたでしょ? その時なにか聞いてない?」
「そうですね……最後に連絡取ったのは十八日ほど前ですが、その時は平和そのものといった感じだった」
ジスの声にも心配そうな色がある。
島と連絡を取り合っていたといっても、直接島と情報のやり取りをしているわけではなく、相手は島から出て大きな村まで移動しそこのギルドを利用して連絡をしていたのだ。だから今すぐに島の情勢を知ることは難しい。
「なにか問題があったとしたらその後よね、なにがあったのかしら。軍が動くなんて並のことじゃないわ」
「船を借りる時に情報を集めればいいじゃろ。島に近いならばなにかしらの情報はあるはずじゃて」
なにかを考えながらといった感じでエリスが口を開く。
軍が動いたことにエリスは疑いを持っている。魔物が発生しただけならばいい。しかしタイミングが良過ぎる。封印が解けるとわかり、その鍵が島に向かっている。国にとっては強い力というものは魅力的だ。その回収に軍が動いたのだとすれば厄介でしかない。
この疑いを持ったのはエリスだけではなく、ほかの者も大なり小なり嫌なものを感じていた。
「妙な雰囲気になってしまいましたな。なにか気分の晴れるような曲を一つお願いしたいのですが」
「……いいですよ」
男の頼みに頷いて、幸助はギターを抱える。こっちの世界の曲でテンポいいものを弾き始めた。
これで幸助たち以外の気分は上向きになる。幸助たちも多少は気分が晴れるも、心の隅に消えないもやっとしたものが残る。
漁村に到着し、船を借りる前に情報を集める。軍が動いたという話に偽りはなく、この漁村の人間たちは国の船が島に向かうのを見ていた。
五人は浜辺で集めた情報を元に話を進める。海から吹く風はまだ冷たさを含んでいて、遠目に目的地であるエリガデン島が見える。
「目新しい情報は入っておらぬが、一応情報をまとめようか。
村人から証言で兵が動いたのは確定した。兵たちの目的はわからぬまま。
ここ二十日ほど島からの情報は入ってきていないし、島からやってきたという人もおらぬ」
「島で魔物が暴れているなら、一時的に島から離れるように兵たちが誘導すると思う。
それをしてないなら魔物が暴れている可能性は低いのかも」
情報を聞いたウィアーレが思ったことを言い、それにエリスが頷く。
兵たちが誘導する余裕がないほど、魔物が強かったり数が多かったりした可能性もある。だがその場合は応援を呼ぶだろう。島に向かっての移動が一度あった以外は、漁村の者たちは兵たちの移動を見ていない。兵たちが使う船は立派で目立つので、見過ごしたということはないだろう。
「魔物の線はほぼないと見ていいのね?」
リーゼの問いにエリスは頷く。
「じゃあ、兵たちの目的はやっぱり封印なのかしら」
それ以外に島に行く目的はない。封印以外はどこにでもある島なのだ。
「島の人々は兵たち拘束されている。これで決まりですかね」
顔を顰めつつジスが言う。
「兵たちと手を組んでいなければな。リーゼよ、聞きたいことがある」
「なに?」
「島の者たちは封印を解いたその後はどのように考えておるのじゃ?
利用しようとか明確な指針があるのか?」
その問いには即座に首を横に振る。
「私の知るかぎりだと、封印を解くことだけ考えているわ。その後のことを聞いたことはない。
封印されているものを神聖視している人もいるし、利用なんてことは考えてもない可能性もある」
「兵たちの目的が封印されているものの入手ならば敵対関係になり、ジスの言うように拘束されている可能性があるのう。
目的がわからんから封印のことを知り調査に来ただけとも考えられるが、念を入れて慎重に動いた方がよいじゃろうな」
これからの動きはこれでいいなと皆を見回し、幸助で視線を止める。
「なにを考え込んでおる。疑問でもあったか?」
「いやないよ。ただ兵の目的を考えてただけだから」
こうは言ったが本心ではない。
考えていたことは、リーゼたちの中に兵との内通者がいるかもといったことだ。以前見たドラマなどでこういった展開の場合スパイが入り込んでいたのを思い出したのだ。
リーゼとジスのこれまでの行動を思い出していたので、静かだったのだ。
エリスも内通者のことは考えていて、リーゼとジスのことも疑った。島のことを心配する様子に違和感がないことから、可能性としては低いと見ている。内通者がいても今島にいる人間かリーゼたちを補助していた誰かだろうと考えた。
幸助も同じく二人をスパイ候補から外す。
リーゼとジスが演技して幸助たちの目を欺いているとしたら、相当な役者だろう。幸助はともかく、エリスは経験が豊富で人を見る目はあるのだから。
五人は村人から小船を借りる。帆のない手漕ぎのもので、船尾に立ち櫂を使い動かす。帆付きの小船もあったが、そちらは漁で使うらしく借りることはできなかった。帆船の扱いなど誰も知らないので渡されても困ったが。
少し話し合い、リーゼが動かすことになった。船をリーゼ以外動かしたことがなかったのだ。
あとは目立たないようにエリスが魔法で、船を覆うように幻を被せた。今小船はイルカサイズの魔物に見えているはずだ。
漁村を出発し一時間を過ぎた頃、リーゼが少し疲れを見せ始めたので幸助と交代する。リーゼの補佐を受けつつ船を進め、到着する少し前にはほぼ問題なく船を動かせるようになっていた。
リーゼが向かおうとしていた船着場には、兵たちが乗ってきた船があり見張りらしき兵もいた。幻が効いているようで怪しまれている様子はない。
「ここから上がるのはよしたほうがいいね。
リゼスさん、どこかこっそり上がれそうなところある?」
「そうね……東に向かってくれる? そこにちょっとした入り江があるから」
「了解」
ゆっくりと櫂を操り、静かに船を東へ向ける。三十分ほど陸地沿いに進み、入り江に到着する。
岩の一つにロープで船を繋ぎ、五人は陸に上がる。時刻はもう二時間もすれば日が落ちるといったところだ。
「暗くなってから行動する?」
幸助の問いかけにエリスは悩む。
「その方が動きやすいが、取り返しのつかない事態にならないよう少しでも早く情報がほしいところじゃ。
幸助、こっそりと誰にもばれずに見て回ることはできるか?」
「できなくもないかな」
ナガレやシャイトの移動法をできるだけ真似、情報入手を欲張らなければという条件がつくが。
見つからないこと優先で、情報は二の次ということで幸助は一人入り江から移動する。身軽になるため荷物と剣は置いていった。
村人を心配してリーゼも行くと主張したが、隠密行動ができないのでエリスたちが止めた。
リーゼから現在地から村までの道のりは聞いているので、探す手間は省けている。
空を飛べば楽に情報を集められる可能性はあるが、それは一か八かの賭けにもなる。ばれなければ問題はないが、空の上だと隠れる場所などなく、見ているとばれてしまえば侵入者がいると相手に情報を与えることになり、秘密裏に動けるというこちらの優位性が一つなくなってしまう。
(見張りがいるな)
気合を入れて見張っているという風ではないが、見えている位置に一人、少し離れたところに気配がもう一つ。
そういった気配を避けて、木陰から木陰へと風の音木々のざわめきに紛れて静かに移動する。
日が暮れるまで村を遠巻きに回り、様子を探る。
村の中には住人を見張る兵が多いが、特に暴力を振るわれてはいない。村人は村から出ないようにされてはいるが、一箇所にまとめられているといったことなく、少し不自由な普段通りの生活をしていた。表情に明るさがないのは無理もないことだろう。
(これは厄介)
助けるにはどうすればと考え出た結論だ。
どこか一箇所にまとめられているのなら、エリスにそこに結界をはってもらい防衛拠点にしてもらえばよかった。
現状は住人と兵が入り混じっていて、助けるために突っ込んだところで手の届かない村人が人質にされておしまいだ。
ならば兵たちのトップを押さえればと考えたのだが、そのトップらしき人物の姿が見える範囲にいない。建物の中なのか村を留守にしているのかすらわからない。
これ以上詳しいことが知りたいのなら、もっと近づく必要があり見つかる可能性が高くなる。
情報は二の次が決められていたことなので、幸助は一度引くことにする。
その帰りにリーゼに村へとこっそり戻ってもらい、村人が決まった時間に一箇所に集まるようにできないかと考えたり、鳥の幻をまとってから空を飛べばもっと近づけたかもしれないと思いつつ入り江に戻る。だがこれらの考えはすぐに無駄になる。
幸助が入り江を離れて一時間弱ほど経ち、残った四人は入り江に潜みつつ帰りを待っていた。
「あとどれくらいでコースケさん帰ってくるのかな」
「ここからだと村に行くのに二十分くらいかかるから、まだかかると思う」
ウィアーレとリーゼは時々会話をかわして、エリスとジスはそれを聞きながら静かに帰りを待っていた。
リーゼは村人が心配なのかじっとすることができず、ジスは気持ちを紛らわせるためか荷物を何度も探っていた。
「怪我したりは心配してないんだけど、一人での行動はなにかあったら誰にも頼れないし」
「ワタセさんって強いの?」
「地元じゃ一番って言っていいかもしれないよ。ねえ、エリスさん」
「ああ、強さだけでいうなら言い過ぎというわけじゃないな」
「たしかに力は強かったわね」
一緒に復旧作業していた時のことを思い出す。
「地元で一番って具体的にはどれくらいの強さなんです?」
ジスは荷物を探る手を止めて、話している三人に近づく。
「最近だとウッドオーガを一人で倒したそうじゃな」
「ウッドオーガを一人で? それはすごいですねっ!」
語尾が強くなったのは幸助の強さに感動したからではなく、エリスに近づいたジスが手に隠し持っていた細身のナイフをエリスの肩に振るったからだ。
突然の暴挙にウィアーレとリーゼは理解及ばずといった表情になり、エリスは肩を押さえ悔しげな顔になる。
「その顔は僕がこうしたことに疑問を抱いていないようですね」
「今この場で確信を持てたのじゃがな。しかし……上手く隠したものじゃの……う」
「演技のギフトは伊達ではないということです」
ジスが持っているギフトは演技の2段階目。その効果を持ってすれば、エリスから疑いを逸らす演技をするのも容易いことだった。なにしろ人が良いという人格になりきっていて、旅の間の行動は心の底からのものだ。
嘘を見抜くギフトでも持っていれば見抜けたのだろうが、生憎とそんな便利なギフトは持っていない。
エリスは体を小刻みに震わせている。体を動かそうとしてできないでいる。
それに気づいたジスは笑みを浮かべた。
「動けないでしょう? この刃には持続性はないけれど即効性に優れた麻痺毒を塗ってありますからね」
効果は三分ともたないが、刺して十秒で体が痺れ始める優れものだ。話している間に、毒が体中に回った。
簡単な解説をしてジスは右手に持ったナイフをエリスの首に当てる。そして左手に持った小瓶をリーゼに差し出す。
「リーゼ、この薬をウィアーレさんに飲ませなさい。
逆らえばエリシールさんがどうなるかわかってますよね」
旅の間に浮かべていた笑みと変わらぬ、されど感じられるものは違う笑みでリーゼに命じる。
「ジス、どうしてこんなことを?」
「封印されているものを手に入れるために決まっていますよ」
ジスは島の関係者などではなく、封印を解く鍵を王国側が確実に手に入れるため投入された諜報部の人間だ。
ギフトによって島のことを考えて動いていると見せかけることができるため、選ばれたのだった。
今動いたのは、このタイミングが最善と判断したからだ。エリスとウィアーレを人質にとってしまえば、幸助がいくら強かろうがジスの言うことを聞くしかなくなる。島に到着し兵士たちの援軍がすぐに期待でき、幸助が一人離れたこの場面以上の好機が以後来るかわからず動いた。
強さのランク的にいうとジスは平均Dの上位といったところだ。C-のエリスとの差は大きいのだが、エリスが遠距離を得意としていて格闘では駆け出しに勝てる程度の実力しかないことが、ジスにとって幸いした。
事前に準備していれば接近戦もわりと大丈夫なのだが、そんな準備をしていないエリスはあっさりと奇襲を受けてしまった。
「さあ早く飲ませなさい。なに毒ではないです。ただの睡眠薬ですよ。殺してしまったら人質としての役割を果たせなくなりますから」
ウィアーレに直接飲めと命じないのは、飲む振りをさせないためだ。
小瓶を受け取ったリーゼは謝りつつ、ウィアーレの口に小瓶を持っていく。ウィアーレも拒めばエリスの身が危ないとわかっているので、抵抗せず飲み込んだ。
こちらの薬は即効性はないが、半日以上眠らせる持続性を持っている。
小瓶の中身が減り、ウィアーレの喉が動き、しっかり飲んだことを確認したジスは次にエリスの飲ませるよう命じる。
エリスも抵抗らしい抵抗はできずに薬を飲まされた。
「飲ませたわよ。最後に私も飲めばいいのかしら」
「いや、リーゼには起きていてもらう。三人とも寝ていたら帰ってきたワタセさんに怪しまれそうですし。
次はエリシールさんの腕をロープで縛ってください。魔法を使われると厄介ですからね」
幸助にはここまでジスを怪しまずに戻ってきてもらう必要がある。ここまで戻ってきてもらい人質で動きを制限する。
遠目にジスたちの異変に感づき、逃げられでもしたらその後の捜索などが面倒なのだ。戦闘能力の高さから捕獲が困難になるのは目に見えていた。
「島の、人間の中に、内通者が、いたのか?」
リーゼにロープで腕を縛られつつ、口をなんとか動かしエリスは聞く。
「はい、いますよ。エリシールさんに言ってもわかないでしょうけど、クレントさんって人がとある貴族に封印のことを話したのが始まりですね」
「クレントさんがどうして」
クレントという人物は外との物流を担当している。そのため島外に出ることもあり、島以外の暮らしに触れる機会が多い。外を見るうちに、徐々に島での暮らしに物足りなさを感じていき贅沢をしたくなっていった。
思いを溜め込んで悶々とした日々を過ごし、ある時鍵を探す道具が反応した。これを利用すれば望んだ生活ができるようになると即座にツテを頼って貴族まで話を持っていったのだ。
「誰でも望むこと、権力とお金のためです。
クレントさんの提案はこちらとしても魅力的でした。うちの国は小さく立場は低いですからね、大きな力というのはとても魅力的なのですよ。魔物であれば捕らえ使役し、道具であれば研究し、周囲の国に対する力とする」
「…ふんっ、手に負える、ものだといいがな」
「ここに集めた兵は、わが国でも精鋭。ギフト持ちも多数います。早々後れを取ることなどあり得ませんよ」
物量によるごり押しは、竜などの例外を除けばこの世界でも通じる策だ。それを理解しているジスは自信を持って言った。
そろそろ薬に抵抗しきれなくなってきたエリスは目を閉じ、押し寄せる眠気を受け入れる。
ウィアーレが起きさえすれば、なんとか脱出の望みはあると考えながら。
エリスとウィアーレは眠り、ジスとリーゼは幸助の帰りを待つ。エリスたちは岩を背に座らせ、毛布をかけ縛られているのを見せないようにして、休憩しているように見せかけられた。