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迷惑なレアすぎる称号発生

 ガレオンから依頼を受けた三日後には、幸助は依頼を終わらせていた。

 というのも二つの依頼の行き先が同じ方向で、それはホルンと一緒にエリスの家へと向かう時に立ち寄った場所で、移動が楽だったからだ。

 転移で跳んだ先からウッドオーガのいる森へと空を飛び、その日のうちにウッドオーガの首をはね、依頼のあった村に泊まり、翌朝ノシスボアのいる湖に飛んで向かい、ノシスボアが現れるまで潜み始めて一日経って、出てきたノシスボア三頭を仕留め、リッカートへと転移魔法で帰った。

 こんな速度で終わらせるとは思っていなかったガレオンは、驚きを露にして幸助の実力を認めることになった。

 疑おうにも、ウッドオーガの外皮とノシスボアが証拠にあるのだから、そんなことは無理な話だった。

 ガレオンを驚かせたことはもう一つある。それは依頼にエリスが同行していなかったこと。保険としてエリスが同行するだろうと考え、それならば幸助が失敗してもエリスがこなすだろうと思い、依頼を出したといった思惑もあったのだ。

 同行していないということは幸助を信じているということ。エリスがそこまで深い信頼をよせる幸助に興味が湧くが、ガレオンは何者かと問いかけることなかった。後ろ盾を必要とするくらいなのだから、下手に手を出すとやばいということくらいは思いつく。いずれ機会があるだろうと聞くのは止めた。


「まさか三日とはなー」

「ウッドオーガ退治の依頼紙に急ぎって書いてから急いだんですけど」

「いやいや文句を言うつもりはまったくねえよ。むしろ褒める。よくやってくれた!」


 言葉に嘘はないのだろう上機嫌に笑っている。


「後ろ盾が報酬だから、依頼をこなしたことの金は渡せねえ。だがウッドオーガの外皮と余分なノシスボア肉を売った金はお前のもんだ。受け取れ」

「ありがとうございます」


 少なくないお金をもらい、リュックの中に入れる。メリイールとセレナに美味しいお菓子の情報を聞いて、エリスへのお土産でも買って帰ろうと考えていた。


「ちょいと聞きたいことがあるんだがよ」

「はい?」

「ウッドオーガと戦ってどうだった?」

「どうって言われても、そこまで強くはなかったかな。ウッドオーガの強さよりも、その食欲に驚きましたね」


 幸助が森に着いた時、野球場よりも広い森の半分が一匹のウッドオーガの胃へと消えていたのだ。依頼紙に書かれていた情報によると、ウッドオーガが木を食べ始めて五日だった。

 その旺盛な食欲に、急ぎでという指定が出るのは当然だなと幸助は思ったものだ。


「あれを強くないって言い切れんのか! すげーな!」

「ガレオンさんは戦ったことあるんですか?」

「戦ったことはないが、同行して戦いを間近で見たことはあるぜ。三人の腕利きが苦労して倒していたのをよく覚えている」


 古い記憶なのだろう、懐かしげな表情となっている。

 若い頃、とある事情でギルド職員だったガレオンがウッドオーガ退治に同行することになった、そんなことがあったのだった。


「そんだけ強いのならいろんな国から引く手数多だろうに」

「いやーのんびり暮らす方が性に合ってるんで」

「ま、どう生きるかは人それぞれだよな。

 今後も頼みごとするだろうが、よろしく頼むな」

「……頷いていいんだろうか?」

「無茶すぎることは頼まねえよ。断ることも可能だしな。実力者がいない時に代理として頼むって感じか」

「できる範囲でいいなら協力はしますけど、貴族に仕えろとか護衛をしろとかそういった感じの依頼は断りますよ?」

「そっち方向を望んでないのはわかってるさ。名を売りたい奴がのんびり暮らしたいとか言わないからな。

そういや連絡をつけたい時はどうすればいい? ベラッセンのギルドにでも連絡しておけばいいのか?」


 エリスが街暮らしをしていないことを知っているのだ。だから同居人の幸助に連絡をつける難しさもわかっている。


「それでいいと思います。あとは俺がオーナーの店がリッカートにできるんでそっちでもいいかな。

 ああ、お店に護衛をつけたいんで引退して暇な元冒険者を見繕ってもらいたいんですけど」


 警備に現役を雇うことも考えたが、長期間常駐してもらうならば現役は不向きだろうと思ったのだ。

 引退したとはいえ、そこらのチンピラなんかよりもはるかに強いだろうし、安定した収入を欲している者には助かる提案だろう。


「ん、いいぜ」


 どのような者がいいか聞き、条件を聞き出していく。

 幸助の求める方向で十人ほど探し、あとは面接でということになる。


「その年で店持ちとはな」

「一生働かずに暮らせるお金が手に入ったんで、それをお店作りに使ってみました。

 そのお金がなくとも、依頼を受けて暮らしていけるんで」

「今回の依頼がこなせるんなら、金には困らんだろうなぁ」


 今回の二つの依頼料を合わせると、一家族が三年近く働かずに暮らしていけるものだった。


「さっきの頼みを聞くかわりなんだが、一つ頼みごとを聞いてくれねえか」

「依頼ですか?」

「いんや違う。俺も知人から頼まれたんだが、今ちょうどいい奴らがいなくてな」

「どんな頼みか聞かないと答えようがないんですけど」

「ドワーフが一人冒険者になるんだが、そいつをまっとうな冒険者のパーティーに加えてくれってな」


 ドワーフと聞いて幸助は髭のすごい小さな男を思い浮かべる。

 年寄りならばそういったドワーフもいるかもしれないが思い込みだ。人間よりも身長は小さめだが、平均の十センチから二十センチ小さいだけだ。身長が低い分が筋肉に回っているのか、力はドワーフの方が強い。

 ほかには人間の1.5倍の長生きということや、なにか一つのことに飽きずに集中する気質のおかげで優れた職人が多い、


「俺と組ませたいってこと?」


 幸助の言葉に、首を横に振る。

 

「実力が違いすぎだ。俺が求めてんのは初心者に近い実力のパーティーだ」

「心当たりはあるけど……」


 幸助の頭に浮かんだのはコキアたちのことだ。


「どんな奴らだ?」

「一人はまだ冒険者になっていない鍛え途中。一人は思い込みが激しいところがあるけど真っ直ぐな性根。一人は穏やかで、少し苦労人気質?

 一人目と二人目をちょっと指導してる」

「……一度会わせてみるか。ベラッセンにいるのか?」

「はい。俺の拠点がそこなんで、あの三人もそこを中心にしてます。

 そのドワーフさんってどんな人なんです?」


 ガレオンは指を顎に当て思い出す仕草をしながら話し出す。


「男で、年は二十二才。人間でいうところの十五才に当たるらしい。

 薬剤師で、技術は一通り修めていて総仕上げのために冒険者として動く必要があるんだと。

 なんで冒険者なのかってーと、一人前になるための試験に提出する薬の材料を自力で集めるためだ。それと地元だけじゃなくて外のことを知るためでもある。多くのことを知っている方が作品の幅が広がるって聞いたな」


 冒険者にならずどこかの工房で働いて材料を買うお金を貯めてもいいのだが、将来のことを考えると冒険者は都合がいいこともある。

 納得いく材料を集めるために自分で山に入ると魔物に出会うことがあるだろう、その時に冒険者の経験が生きる。ドワーフは凝り性な気質故か、材料集めを人任せにしないことが多いので戦闘経験はあった方がいいのだ。

 薬剤師には関係ないが、鍛冶師ならば体力や筋力が鍛えられる。患者が多い場合、長く治療を続けられる体力は必要だろうから、無関係ともいえないかもしれない。

 あとは外に出た時に得たコネで、希少な材料が得られることがある。


「名前は?」

「ウドリガっていってたっけか」

「これからすぐに会わせます?」

「故郷を出てまだここに着いてないんだ。距離的に考えると明日にでも到着するはずだ」

「迎えに来た方がいいですかね?」

「そうしてくれると助かるな。夕方前には着いてるはずだ」

「じゃあそれくらいにここに来ます」

「頼む」


 ちょうど明日コキアたちに会う日だ。いつもより長く指導して時間を合わせれば、とここまで考えてコキアたちを連れてきた方が手間が省けると思いつく。

 ウドリガを迎えに来て、ベラッセンに帰って、互いに合わないということになったら、また送り帰してと余分に転移魔法を使うことになる。


「迎えに来るより、あっちを連れてきた方が手間が省けるんでそうしたいんですけどいいですか?」

「別にかまわねえぞ」

「じゃあ、そういうことで」


 今日のところは用事がなくなったので帰ることに。

 幸助が扉の向こうに消えて、ガレオンは背もたれに体重を預ける。


「冥族から関心を持たれ、一部の貴族からも情報を探られている、か。

 懐にいれてしまえば毒にもなりかねるが、あの戦闘力は魅力的だ。正体がなにかわからないのがマイナスだが、探ろうにも知っていそうなのがエリス婆くらいだし、下手に触ると火傷するって勘が告げてんだよなぁ」


 リッカートの冒険者ギルドは周囲の冒険者ギルドのまとめ役だ。そんな場所の長なのだから、入ってくる情報は多い。詳しくはわからないが冥族や貴族が幸助に関心を持っていることも、そういった経路で入ってきていた。それぞれが関心を抱く理由までは知らないのだが。


「利用し利用されって関係で行くしかないな」


 幸助の人格自体は悪辣ではないのだ。ガレオンが卑劣な真似をしなければ、幸助もガレオンを害することはないだろうと見ている。それは見当違いの推測ではない。


「恩を売るための仕事をするかねー」


 そう言ってガレオンは引退した冒険者のリストアップを始める。

 それなりに有名な冒険者は引退した後も貴族や商家に請われて、そこの警備や家庭教師として雇われることがある。ホルンの家にも警備の相談役として元冒険者がいた。

 だからガレオンが残った冒険者の中からこれはという者を選んでも、既に雇われていたということが何度かあった。

 

 翌日、ベラッセンにて幸助はコキアたちと合流する。


「おはよう」


 三人がおはようと返してくる。テリアは来なくてもいいのだが、一人でいるのも暇ということで毎回来ていた。


「いつもの訓練前に少し話がある」

「話?」


 コキアが首を傾げ、幸助が頷く。


「三人に会わせたい人がいる」

「ご両親ですか?」

「なんで親を会わせないといけないんだ」


 テリアのズレた返答に思わず脱力する。

 テリアがこう答えたのには深い理由はなかった。ぽんっと頭に浮かんだのがそれだったのだ。言った後で自分でもないなと思っている。


「で誰なの?」


 ジェルムの問いに気を取り直し、続きを話す。


「ドワーフなんだけどな。三人とパーティーを組ませてみようかなと」

「もう少し詳しく。それと絶対組まないと駄目?」

「絶対ってことはない。互いに気が合わないとギクシャクするだけだろうしね」


 名前年齢とガレオンから聞いた話をそのまま伝えていく。


「回復役がいるのはいいことだと思うよ。だから積極的に考えてもいいんじゃないかな」

「会ってみないことにはなんとも言えません」

「そりゃそうだね。というわけで昼過ぎに転移魔法でリッカートに行くから」


 そのつもりでと告げて、指導を開始する。

 コキアは素振りと走りこみを真面目に続けているようで、僅かながらも成長の跡が見て取れる。

 ジェルムも癖が大分抜け、一振り一振りに力が余すことなく伝わるようになっている。

 そんな二人と手合わせし、直した方がいいところを指摘していく。

 自主練に移った二人を見ながら、幸助とテリアは魔法に関して話し合っていく。新しい魔法を教えるといわけではなく、既に使えるものを工夫するといった話し合いだ。これについては幸助が教師役ではなく、互いに意見を言い合うという形になっている。

 昼近くになり、四人で食堂に行く。運ばれてきた料理を食べ一息ついたジェルムが口を開く。


「昼からはなにするの?」

「ちょっと変わった模擬戦もしようかなと。テリアも参加するよ」

「そうなの?」

「うん」


 ミートスパゲティーを食べる手を止めて頷く。

 コキアとジェルムが自主練している時に、幸助から提案され内容を知っているのだ。幸助と二人で話し合った工夫を実践するのにちょうどいいと参加を決めた。


「コースケさん」

「ん、なにコキア」

「基本は大事とは思うけど、そろそろ技の一つくらい教えてもらいたいんだ」

「技?」

「あ、私も教えてほしい」


 と言われても幸助は困る。技など持っていないのだ。高すぎる筋力から繰り出される攻撃が常人から見れば必殺技なのだ。基本を技に昇華すると言ってもいいのだが、幸助はふと思いつく。


「いいよ。二人ができるかどうかわからないけど、奥義を見せてあげよう」

「ほんと!?」

「奥義!? いいの!? そんなの見せてもらって」


 奥義と聞いた二人は今から楽しみだとはしゃいでいる。

 完全に嘘でちょっとした思い付きの実験体としようと思っていたので、とても嬉しがる二人の様子に幸助は少し気が引けた。

 すぐ行こうと急かす二人を落ち着かせる。テリアがまだ食べている最中なのだ。

 食堂を出て、街の外へと向かう。街中では見せられないだろうとコキアとジェルムが気を利かせたのだ。

 もう少しで門に着くといった時、突然幸助は横からの衝撃に襲われる。敵意や殺意がないので接近する者がいるとわかっても、自身に用がある者とは思わず気にしていなかったのだ。


「よがっだー! やっど会えだー!」


 安堵に目を潤ませたウィアーレが勢いよく抱きついてきたのだった。

 周囲から集まる視線を無視して、ウィアーレの両肩に手を置いて離す。


「どうしたのさ。いきなり泣いてるし、また子供たちが無茶した?」


 これにウィアーレは首を勢いよく横に振る。目の端に溜まっていた涙がこぼれ落ちる。

 置き去り気味なコキアたちは、ウィアーレが誰で幸助とどんな関係なのか小声で話している。


「泣いたままだとわかんないんだけど」

「ここだと話せないから」

「今から外に行くつもりだったからついてくる?」


 うんうんと何度も頷く。

 おいでと手を差し出してウィアーレと手を繋ぎ、コキアたちを促して外へ向かう。

 コキアたちの聞きたげな様子を察し、幸助は簡単にウィアーレの紹介をする。

 外に出て、先にコキアたちの用事をすませることになる。終わった後ならばウィアーレも落ち着いているだろうという判断だ。


「さて奥義披露といこうかね」

「「よろしくお願いします」」


 幸助は剣を抜き、何度か素振りを始める。少しずつ剣を振る速度を上げていき、それで起こる周囲の状況をよく見て、思い描いていることがなんとかできそうだと素振りを止めた。

 

「んじゃ始めるよ。そうだね、あそこの草むらをよく見てて」


 剣で七メートルほど離れた草むらを示した後、棒立ちのまま居合い抜きをするかのごとく構える。本当ならば腰を落とし、その場にどっしり構えたかった。しかし狙いにそぐわないのでしない。

 表面上は気軽い様子を見せ、心の内や服の下など見えないところでは真剣に。

 

「いく」


 言葉と共に剣を振りぬく。言葉が発せられた二秒後、生えていた草は盛大に千切れ舞い散っていく。

 その様子にコキアたちは驚きの声を上げ、実は幸助も起こした結果に驚いていたが、表面に出すことはなかった。

 コキアたちは示された草むらを見ていて気づかなかったが、見ていたとしたら振り抜いた後しか認識できなかっただろう。それほど速く力を込めた振り抜きだった。そしてその振る最中に、幸助がやった小細工も当然見えないものだった。


「これは俺の故郷で、遠当て、飛び斬り、風流しと呼ばれるもの。

 一見ただ剣を振りぬいたように見えて、刃に魔力と斬るという意思を込めて混ぜ合わせ、剣を振るのに合わせて込めた力を飛ばすんだ。その一振りは岩をも切り裂く。

 今は全力で振るう時じゃないから、草を散らすことで止めておいた。

 魔法のように遠距離を攻撃できて、剣を振ることですぐに行うことができる。ただ剣を振っただけで衝撃が飛ぶっていうのは意表を突くよ。覚えておいて損はない」


 思いつくままに嘘を吐く。


「これって習得するのにどれくらいかかる?」


 目をキラキラさせてコキアが聞く。それに幸助が答える前に同じく目を輝かせたジェルムが口を出す。


「馬鹿! 奥義だよ! 簡単に習得なんてできるもんですか!

 きっと何年も剣を振り続けてようやく使えるようになるんだよ」


 早速真似するように剣を振り始める二人。

 テリアも興奮した様子を見せ、幸助に話しかける。


「コースケさん! すごいです! あれって詠唱とかを略した魔法と言ってもいいじゃないですか!

 今までたくさんの人たちが試行錯誤して、叶えることができなかったことですよ!?」

「少しついてきて」

「はい?」


 剣を振ることに熱中している二人から幸助とテリアは離れる。静かなウィアーレも一緒に離れる。


「テリアの勘違いを正すために言っとくよ。あの二人には内緒にね?」

「はあ」

「さっきの奥義は真っ赤な嘘なんだ」

「嘘? でも実際にやってみせましたよね?」

「あれには俺も驚いた。思った以上に威力があったから。もう少し練り上げたら本当に一つの牽制技にできそうだ。」


 あれを簡単に解説すると、うちわと同じで剣の腹で風を起こしただけなのだ。力任せの技ともいえないもの。

 コキアたちの目で捉えられない速度で振ったのは、振る途中で寝かせていた剣の角度を変えたところを見えないようにするためだった。魔力や意思など込めておらず、込めたのは成功させるという気迫だ。

 それを伝えるとテリアとウィアーレはなんともいえない顔となる。


「なんで嘘を?」

「始まりは嘘でも、熱心に練習したら実現できるかもと思ったんだ。その実験体になってもらおうと思って。

 実際にやってみて『あれ? できそうじゃね?』と思ったわけなんだけど」


 地球と似て非なる法則を持つファンタジー世界だから、多少の無茶は再現できそうだとも考えた。

 真剣な様子と難しそうな様子を見せなかったのは、二人に再現が困難だとは思わせたくなかったからだ。


「正直なところ、技っていってもないんだよ。だからこんな手を使ったというわけ」

「無駄に終わるかもしれないんですね」

「終わるかもね。

 代わりといったらなんだけど二人が諦めるまでに、技の一つでも開発するかさっきの技に似たような魔法を開発しとくよ」


 技の方はまだイメージはないが、魔法の方はなんとなくイメージがあるのだ。

 短い詠唱で剣などの武器に風をまとわせ、振った方向へと風を飛ばす。幸助が自力で起こした現象と同じなので、魔法として作る際にそのイメージは多いに役立ってくれるだろう。


「一応フォローは考えているんですね」

「まあ、努力が無駄になるかもしれないから、フォローなしってのはさすがに気が引けるし。

 テリア、二人の方に行ってくれる? ウィアーレの話を聞こうと思ってるんだ」

「はい。話し終わった後に模擬戦します? 今日は止めておきます?」

「んー……話の内容によるんだけど、すると思ってて」

「わかりました」


 ウィアーレに一礼し、ジェルムとコキアの方へと歩いていく。

 それを少し見て、幸助はウィアーレに向き直る。


「少しは落ち着いた?」

「うん。さっきはいきなりごめん」

「驚いたよ、それで事情話してくれる?」

「うん……何日か前から変な夢を見るようになってね。始まりは水の上にいるんだよ。そこから水に入ってたぶん海の底なんだろうけど、暗くてよくわからないところまで行くの。そこから声が聞こえる。なにを言っているのかわからないけど、すごく大きいなにかっていうのはわかる」

「海の底の大きなもの?」


 頷き続ける。

 

「それは怖くて、でもほんの少しだけ親しみも感じる」

「俺が思いつくのは竜かな。大きく怖いって部分は当てはまると思う」

「たぶんだけど竜じゃないと思う。

 その証拠といえるかわからないけど、夢を見るようになってから見えるようになったものがある。

 あれはたぶん歪み」


 ウィアーレがそう思ったのは魔法を使った人の近くで必ず見えるからだ。魔法を使えば歪みが発生するというのは誰もが知っている。


「歪み!?」


 久々に聞いた単語に驚きを隠せない。とっさにコキアたちの方を見てみるが、聞こえていないようでほっと胸を撫で下ろす。


「それとね」

「まだあるんだ」

「うん、ごめんね。

 時が経つにつれて使えなくなっていた歪みが、また使えるようになったんだよ」


 ほらと手のひらを幸助に向け、歪みを発生させすぐに消した。久々に見たそれは、以前の見たものと寸分の違いもない。


「最後にね」

「もうお腹一杯になってきたよ?」

「ほんとに最後だから」


 そう言ってウィアーレはカードを取り出す。ここ見てと指差したところには、、


「歪み使い?」


 と記されていた。


「カードに載るくらいだから、世界にそういうものが認識されてるってことなんだろうねぇ。

 俺はそんなの聞いたことないんだけど」

「私も初めて聞いた」


 戸惑う二人にどこからともなく声が届けられる。幸助は聞き覚えがあり、ウィアーレは初めて聞く声だった。


『久しぶりだな? お前を見ていると本当に飽きないな』

「コーホック!?」

「誰なの!?」


 久々に聞く声に幸助は驚き、誰か知らない人の声が突然頭に響いたことにウィアーレは驚いた。

 大声を出したことで、離れた位置にいた三人は何事かと二人を見る。それになんでもないと幸助は手を振る。


「どうして話しかけてきたんだ?」

「知ってる人?」

「神様だよ。娯楽を司る神」


 大声を出しかけたウィアーレの口を塞ぐ。


『今日、話しかけたのはコースケじゃなくて、ウィアーレに用事があったからだ』

「私にですか?」

『そう、歪み使いのお前さんにだ』

「神様は歪み使いについて知っているのか」

『知ってるさ。俺たちにとっては重要なことだからな』


 神に重要と言われたことにウィアーレは戸惑いの表情となっている。

 神の役割は世界の運営だ。世界を安定維持させるため、人の知らないところで動いている。

 その仕事に歪みは邪魔でしかないのだが、神には歪みに捕らわれた者を処置することはできても歪み自体には手出しできない。しかし歪み使いは歪みを消すことができるのだ。


『歪み使いとは、周囲に漂う歪みを消費し魔法のような事象を起こせる者たちだ。

 世界運営に邪魔な歪みを消すことができる唯一の存在と言ってもいい。

 神にとってはとてもありがたい存在なんだ』


 どんどん高まっていく評価に、ウィアーレはあわあわと落ち着かない様子となる。


『ウィアーレよ』

「は、はい!」


 出会った頃の軽さのない真面目で威厳に満ちたコーホックの呼び声に、背筋を伸ばし返事を返す。


『いまはまだ未熟なそなたには頼めはしない。

 一年後、五年後、十年後でもいい。歪み使いとして一人前になった時、我らの依頼を受けてくれるだろうか?』

「……はい」


 自信少なげに、けれども断ることなどできないと頷く。

 真面目な雰囲気を解き、コーホックは話しかける。


『そこまで緊張しなくていい。危険なことではないのだから』

「はあ」

『歪み使いとしてできることはわかっているか?』

「いえ、いまできることといったら歪みを集めることくらいで。あとはこれをぶつけるくらいでしょうか」

『それが基本にして、全てだ。ただし成長すればぶつける対象が人だけではなく、無機物や空間にまで及ぶ』


 こう聞いて幸助は歪みにとり憑かれていた時のことを思い出した。

 あの時はベラッセンに入ると出られなくなっていた。あれが空間にまで歪みの影響が及んだ状態だったのだろう。

 このことを伝えると、その通りと返ってくる。


「そんなことできるまで成長できるんでしょうか?」

『歪みを使い続ければ至れる。過去の歪み使いはそうやっていた。

 あとは注意点を二つ言っておかないといけない』

「注意点ですか? なにか副作用があるとか!?」

『副作用はないから心配しないでいい。

 神にとっては歪み使いはありがたい存在だ。しかし人間にとってはいい感情を持たれない。歪みに捕らわれた者との区別がつかないからな。だから歪みを使う場合は誰もいないところで使うか、ばれないように使うことだ』

「たしかにあの時のウィアーレも正気を保ったまま歪みに捕らわれてたし、区別つきにくいか」

「もしかして厄介な称号を得たんじゃ?」


 引きつった表情で聞くウィアーレ。


『否定はできない』


 返ってきた返答にさらに引きつった。

 過去、人々から理解を得られず爪弾きにされたり、リンチを受けて死んだ歪み使いがいる。だから隠せと言ったのだ。

 保護して手元で育てればいいと考え実行したこともある。失敗したことは現在それを行っていないことからわかるだろう。失敗した原因はプレッシャーによる短命化。神々から発せられる強い力が負荷を与え続けたのだ。

 

『二つ目の注意点は偽神信仰者に気をつけろということだ』

「彼らですか」


 いい思いは抱いていないようで、ウィアーレは顔を顰める。

 いまいちピンとこなかった幸助は、ホルンに教えてもらった偽神信仰者のことを記憶から掘り起こす。

 

『コースケは偽神のこと知らなかったか?』

「いやホルンから聞いてる」


 偽神とはその名の通り、偽の神。人間が生み出した神だ。

 本物の神は人間を特別視しない、数多くいる種の一つと見る。それに不満を持った人々が、ならば人間を優遇してくれる神を自分たちで生み出そうと考え実現させた。

 偽神は信仰者を慈しみ守る。甘い言葉でお前たちが大事だと言い続ける。それは催眠とも洗脳ともいえ、信仰者たちは自分たちは愛されているのだと選ばれたのだと歪んだ誇りを抱き生きていく。

 彼らのコミュニティーで自己完結していれば問題はないのだ。ウィアーレのように嫌うこともないだろう。

 彼らが嫌われるのは、他の生物を下等とみなし略奪を繰り返すからだ。奪われた物を取り返そうにも、偽神が信仰者を守る。記録に残る偽神の強さは下級神にも劣るB-。だが人間から見れば圧倒的に差があり、手が出せない。

 神は偽神に手出ししない。それは偽神が世界を乱そうとしていないからだ。略奪など偽神信仰者にかぎらず、他の人間もやっていることだ。手を出す気すら起きない。

 神は偽神に手出しづらい。それは偽神が捨て身で己が力を神に叩き込むと、歪みに捕らわれた神『邪神』が生まれるからだ。神と偽神が敵対すれば、まず間違いなく偽神は捨て身でくる。


『偽神の大元は歪みに捕らわれた人間だ。だからか俺たちと同じように長命というわけじゃない。それでも人間に比べたら三倍近く生きるんだけどな。

 偽神を維持するには新しい体を準備する必要がある。ここまで言えば、俺がなにを言いたいかわかるな?』

「ウィアーレが狙われる」

『その通り。偽神は歪みに捕らわれた者を感知できる。大まかにだがな。既に奴らは動き出しているだろう』


 不安に染まった表情でウィアーレは幸助の手を取る。


「俺に話を聞かせたのは守らせるため?」

『ああ、知ってしまえば断れないだろう?』

「まあ、ね。全く知らない仲ってわけでもないし、不幸になるのは見過ごせないよ」

 

 そう言って握られる手に力を入れる。頬に微かに朱をはしらせたウィアーレが幸助を見つめている。


『借り一つにしとく、いつか返す』

「生きてるうちに頼むよ」


 寿命の違いで時間感覚に差がありそうだと思い返す。

 心配するなと笑いを含んだ返事と共にコーホックは去っていった。

 二人は同時に大きく溜息を吐いた。


「大変なことになったね?」

「迷惑かけます」

 

 神が話しかけてきたり、期待をかけられたりで、ウィアーレはどうして自分が歪み使いになったのか聞くことすら思いつく余裕もなかった。

 ちなみに歪み使いになる条件は、一度歪みに捕らわれ、そのまま染まることなく助かった生物が、邪神といった強く歪みに捕らわれた存在に近づき影響を受け、自身の中にある歪みを活性化されるとなる。

 ウィアーレは幸助が海竜にさらわれた後、海底に邪神が封じられている場所の真上を通ったことで歪み使いとなる切欠を得た。その場ですぐにならなかったのは、影響を受けるには少し遠かったため。その後、ウィアーレの存在を感知した海底の邪神が仲間と勘違いし、いると知らせるため波動を送り続けたことによって歪み使いとなったのだ。


「まあ、俺と同じでなりたくてなったわけじゃないから、なぜ? どうして? そう思う気持ちはわかるよ」

「……わかる?」


 本当にわかるのか疑心を抱いている。

 だが本当に、自分の選択ではなく押し付けられたことに戸惑う気持ちはわかる。この世界に来たことや竜殺しになったこと、それは幸助が望んだことではないのだから。


「世界は誰にでも公平だけど、時として望まないことを押し付けてくる。

 それは俺の身に起きたことにも当てはまるからね」


 空を見上げ言う幸助の横顔にウィアーレはなにを見たのか、同じように空を見上げた。不安な未来を暗示するかのように、遠くに黒い雲が見える。

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