平穏は続く
幸助はいつものようにメリイールとセレナに会いに来た。今日はエリスも変装して一緒に来ている。変装したのはホルンの実家に見つかると厄介なことになるからだった。魔法を使っての変装なので、声も変わっておりメリイールたちに気づかれることもない。
「ここがコースケの店なのじゃな」
改装途中な店を見てエリスが言う。
「俺のって言ってもそこまで干渉する気はないし、お金出すだけなんだよね。ついでに俺に入る利益もそれほど期待してないんだよ。メリイールさんとセレナが暮らしていければそれでいい」
恩返し的な意味でこの場を提供したのだ、自分に入る利益はそこまで期待していなかった。商売人が聞けば、呆れるか怒るかしそうなセリフだ。
ここにはほかの役割を求めている。それは定期的に入ってくるオセロや爪切りなどのお金を保管してもらっておこうと思っていたのだ。自身で定期的に取りに行って家に置いていた方が盗難の危険はないのだが、取りに行くのが少しめんどくさかった。簡単に言うとすごくお金をかけた貯金箱ということになるのか。
それに店の経営が悪くなったら、置いてあるお金を使うように言うつもりなのだ。お金に困ったらすぐに使えた方がいいだろう。大金がここにあると知られたら盗賊などの的なので、そこらへんは気をつけないといけない。
銀行がこの世界にあればいいのだが、物を預かる職や金貸しはいても銀行はなかった。商人ギルドが似たようなことはしているものの、あくまで一時的に預かっておくだけで長期間保管や融資などはしていない。
いっそのこと商人ギルドに銀行のことを話してしまえば、また飯の種になるのかもしれない。
幸助自身はそれほどお金を必要としていない。エリスが食費も家賃も取らないおかげで、受ける依頼で入ってくる収入で十分だ。
「こんにちはー」
店に入ると顔見知りの大工たちが挨拶を返してくる。
「オーナーさん、上にお客さんがきてやすぜ」
「お客? どんな人だった?」
「商人でしたね。奴隷も連れていたんで、開店してからの労力として売れることを見込んで連れてきたんじゃないっすかね」
「奴隷かぁ。ありがとう」
礼を言って階段を上がっていく。そのまま上がりきらず、エリスに問いかける。
「奴隷ってこっちじゃ普通なの?」
「元いたところだと普通じゃなかったのかの?」
「いなかったよ。昔はいたっぽいけど、俺が生きてた時代にはいなかった」
「そうなのか。道理で渋い顔になっているのじゃな。こっちだと当たり前のようにおるよ」
「奴隷って聞いて俺が思い浮かべるイメージは、給料もなく、こき使われて、替えが簡単にきく命のすごく軽い存在なんだけど」
「前半は合っておるよ。じゃが後半は違うな。
長く生きるようにそれなりの扱いをする者たちが多い。お金を出して買ったのだから、元を取る前に死なれては損じゃろう?」
「扱いは悪いけど命の保障はされてると思っていいと?」
エリスは頷く。
「奴隷になる人ってどんな人たち?」
「どんな奴らか……さらわれてきたり、親に売られたり、自身を売ったりじゃな。
奴隷商人が一般人に売る奴隷は売られたり売ったりした者じゃな。さらわれてきた者たちは目立たぬように売られる。そういった者を扱うのは犯罪となっておる」
「犯罪者も奴隷になってるって思ってたけど」
「奴隷になるまで犯罪を犯すような奴は、大きな罪を背負った奴らじゃ。そんな危ない奴らをお金を出して買いたいと思うか?」
「思わないね」
買った後、暴れられたり他の奴隷を扇動されたら迷惑極まりない。
犯罪者は奴隷として売りに出されずに鉱山など隔離された場所に放り込まれ、そこで一生働かされ使い潰される。奴隷よりも下の位置づけとなっている。
奴隷が主人に奴隷から解放されることもあるのに対し、そういった犯罪者は稀な例外を除き釈放はない。
「奴隷は一目で見てわかるように、左手の甲に刺青を彫られておる。これを故意に隠すことは重罪じゃ。
手を保護しないと危ない仕事や、すごく寒い場所では隠すことは許されておる」
「そういや手に刺青している人を時々見たっけ」
解放された奴隷は刺青に罰印が入れられる。解放された奴隷を元奴隷といって差別することは犯罪になる。
表向きでは守られ、裏ではなくならない差別だが、この決まりごとができたことにより差別は確実に減っていた。
この決まりごとは、元奴隷で商売を成功させ大富豪にまで上り詰めた人物が、財産の大半を使い国々に認めさせたことだ。もう千年以上も昔の人物だ。
その人物は奴隷という存在をなくしたかった。しかし長く考えた末にそれは無理だと判断し、せめて少しでも奴隷の力になれるようにと尽力したのだった。
「奴隷が解放される条件って主人の許しだけ? 買われたお金分だけ働いたら解放とかはない?」
「許しだけじゃな。真面目に働いておれば、情に絆され解放する者が多いらしい」
幸助の思っていたよりも緩い状況な奴隷だったが、やはり渋い感情は湧き上がる。
しかしこれは日本の知識を元にした感情なので、こちらに照らし合わせていいとは言えないと考えた。
関わらないのが一番だなと結論を出し、ふと湧いた疑問を聞く。
「そういや値段っていくらくらい?」
「買うつもりか?」
「いやそんな気はまったくない」
命に値段をつけるのならば、いくらくらいなのかと思ったのだ。
「年齢、健康状態、身体能力、保有技術で変わってくるが……そうさな、コースケと同年代で病気なし、平均的な身体能力、技術なし、これで閃貨三枚くらいか」
「やすっ!? 一般家庭の生活費約三年分?」
「まあ、その年齢ならなんらかの技術は身につけておるからもっと値段が上がるじゃろうな。閃貨五枚を超すこともあるだろうさ。
あとは国がまとめて買うことがあるな。買って未開の地に送り、そこを開墾させる。大抵は行った先で魔物に喰らわれて一生を終えるのじゃが」
「見張りとかも一緒に?」
「見張りはつけないのじゃなかったか。行きは兵がついていき、道具と食料と一緒に奴隷を放り出す。そして後は奴隷任せ」
「それって意味ないんじゃ? 逃げる人絶対いるよね?」
「いるのじゃろうが、無事に逃げられても左手を隠しながら生きていればいつか奴隷だとばれる。
選べる道は、賊になり冒険者か兵に殺されるそんな感じじゃな」
「国に買われる時点で終わってるって感じ」
エリスは頷き肯定する。
噂として、開拓目的より生贄目的で奴隷を買っているというものがある。強大な魔物と取引をして、定期的に餌を送るかわりにその魔物が国内に入ってこないようにと。
それが本当なのかはわからないが、強い魔物が大きな動きを見せることは少ない。
いつまでの立ち止まり話していても仕方ないと、二人は事務所に入る。
大工たちには二階から先に仕事をしてもらっているので、メリイールたちは最近ここで寝泊りできるようになっている。
「あ、オーナーいらっしゃいませ」
誰が入ってきたのか顔を向けたメリイールの表情が微かに顰められる。オーナーという言葉を聞いた商人の目が笑みに曲がる。
間が悪かったのかと思いつつ、幸助は挨拶する。
「こんにちは、メリイールさん」
商人にも頭を下げる。商人のそばには護衛なのか冒険者のように武具で身を固めている男が二人、顔の整っている男の奴隷が二人いる。
「オーナーさんが来たのなら、そちらと交渉といきたいのですが」
「経営は私たちに一任されておりますので」
「しかしお金を出し、決定する権利はあちらにあるのでしょう?」
「それは、否定できませんが……」
「話してみるだけ話させてくださいな」
とメリイールを押し切った商人が幸助へと視線を向ける。
実のところ、この時点で商人は商売する気はなくなっていた。情報収集に切り替えたのだ。メリイールたち相手だと状況は芳しくなかったが、幸助相手ならば違った状況も望めるのではと思い、相手がなにを求めているか知ろうとしているのだ。
この商人は幸助たちが店を開くにあたって、大金を動かしどこでも一括払いしたことを知っている。
このことは商人ギルドが誰にでも公開している、というわけではない。むしろ情報漏洩には罰が与えられる。だがどこにでも金や酒に弱い者はいて、そういった筋から情報を得たのだ。
この行為を卑怯だと言う者はいない。商人ならば情報を集めるのは当たり前のことだ。商売に対する嗅覚が鋭いと褒められることはあっても、謗られることはない。
そんな情報を元手に派手に動いて、漏洩のことがばれるとばらした本人とばらさせた者にとって不利益が発生するので、よほど上手くやらないと強引な手段は取り辛かったりする。逆に言えば無茶なことをしなければ、目を瞑って見ないふりしてもらえる。
「初めまして。私はゴライオと申します。商いをやっておりまして、本日は商売の話をしにきたのです」
「初めまして、幸助といいます」
「失礼なことをお聞きしますが、あなたがこの店のオーナーというのは間違いないのですか? お若いので少々信じられないのですよ。貴族につてがあったりするのでしょうか?」
オーナーの思った以上の若さが、ゴライオに一抹の不安を抱かせた。この店を建てることだけに無理をして、経営のことまで頭が回っていないのではないかと。
無理な資金繰りですぐに潰れてしまうような店と商売はしたくなく、確認を入れる。
「間違いないですよ。大金を手に入れる機会に恵まれた運のいい人間です」
「たしかにお店を開けるほどの大金となると、いやはや羨ましいものですな!
ちなみにどうやって得たのか、お聞きしても?」
少しだけ幸助は迷いを見せるが、犯罪を犯したわけではないのでかまわないだろうと判断する。
「アイデアを売ったのです。それが大当たりしましてね、利益がいくらか入ってくることになりました」
「なるほどなるほど、よほどお売れになったのでしょうね。
おっと話が進んでいませんな。商売の話に来たのでした」
これはいけないと頬をかき、ゴライオは笑みを浮かべる。おどけて見せることで、警戒が少しでも解けてくれればと計算済みの行動だったりする。
「今日はこっちの奴隷たちを労力として買わないかと思い連れてきたのです。
どうです、体力健康ともに保証しますし、十九才と二十一才でこれから先長く働いてくれますよ」
この二人は対メリイールとセレナ用に連れてきていた。外見の良さ、保証する優良さで金持ちに売ろうと思っていた奴隷たちだ。優良品を始めに売り、印象を良くしようと連れてきた。
ゴライオの調査では、ここにはまだ男手がおらず従業員としても使え便利だろうと考えている。結果は駄目だったが。
「いえ、必要ありません。
これから始めようとすることに奴隷はそぐわないので」
元から買う気がなかったことに加え、貴族を真似ようとしているのに奴隷は使えないだろうと思って断る。費用が抑えられるからと奴隷を使えば、安っぽさが出てしまい店の雰囲気に合わない。
「そうですか残念です」
残念そうな表情はしたが、予測できていたので心の内では売れないことを受け入れている。奴隷がそぐわない喫茶店とはなんぞやと思いつつ、答えてはもらえないとわかっているので聞かない。
商売のアイデアはどのようなものであれ、他人にばらすようなものではない。誰かに話し先に使われても、話した本人の落ち度だ。
ちなみに二人の奴隷が十にも満たない子供だと、幸助は同情心が湧いて心動かされていたところだ。
いずれ夜伽に向いた奴隷でも紹介してみようかねと考えながら、ゴライオはこの場に持ってきていない商品のことで探りを入れてみる。
「では食器や食材はどうでしょう?」
「そういうのは店長であるメリイールたちに一任していますから、彼女たちがいらないと判断したらそれを支持しますよ。
ただうちは質のいい物を扱うつもりなので、こちらが使っている物よりいい物ならば買うのではないしょうかね」
幸助がメリイールに視線を向けると、頷きを返す。
だがメリイールは伯爵家が使っている品物を紹介してもらい、卸してもらえるよう交渉し承諾を得た。ゴライオが仕入れ先としている地域から、その品を超える物を持ってくるのは困難だろう。
頷きはしたが、ほとんど買い取り拒否が決まっているようなものだ。
「少し頑張って探してみましょうかね。
では今日のところはこれでお暇いたしましょう。失礼します」
護衛と奴隷を連れてゴライオは去っていく。お金は手に入らなかったが、今後の交渉はメリイールとする、品質のいい物ならば大丈夫、この店以外に収入があるという情報は手に入ったので良しとしていた。
ゴライオが出て行き、メリイールが大きく溜息を吐く。
「お疲れですか?」
「そういうわけではないのですが、最近ああいった商人が続けて来るもので。
全てオーナーがいなくて判断できないと断っているのですが、よろしいでしょうか?」
「かまわないよ」
「では今後もそう言って断ることにいたします」
子供の言い訳のようなものだが、そう言いたくなるほどひっきりなしに来るのだ。状況が落ち着けば、多少は契約先以外からの仕入れも考えられるようになるだろう。
「その話はこれで終わりとしまして、お隣の方はどなたでしょう?」
「この人は……」
答えようとして、名前をそのまま言うわけにはいかないことに気づく。
「この人はリズ。同居人で魔法を教えてもらっている人でもある。今日はここを一度見てみたいと言って一緒に来たんだ」
「そうでしたか。初めまして、私は店長を任されることになりましたメリイールと申します」
「初めまして、先ほど紹介されたようにリズだ」
手短に済まされた自己紹介にメリイールは口数の少ない人なのかなと考える。
幸助とユイスの類似性を見抜いたメリイールだが、エリスとリズのことは見抜けなかった。この先も見抜けないままだ。それはエリスが目立たないようにしていたことと、行動の節々を変えていたからだ。
「セレナはいないんですか?」
「今日は実家に顔を出しに行っています。なにか用事でしたか?」
「いやいなかったからどうしたのかなって思っただけ。
最近はお金が入用になったとか、なにか困ったことはありました?」
「そうですね……特に、いえ虫やネズミ避けをしたいなと思っています。ここに住むようになって何度か見かけまして」
開店して一階で虫などがみられるようになるのは困るだろう。衛生問題や雰囲気的に。
「虫避けの薬とかないの? というか貴族の屋敷ではどんな風に対策してるの?」
「そういった部分は対応していませんでしたので、わからないです。申し訳ありません」
メリイールが頭を下げて身を起こした時に、エリスが口を開く。
「貴族などの屋敷では、害虫害獣避けの魔法を使っているはずだ。殺虫薬もあるが、魔法と比べて一長一短だな。
薬は匂いが出るし死骸も残る、一度仕掛ければ十五日は長持ちする。魔法は匂いでないが、毎日使用する必要がある」
「死骸がでないのは嬉しいことですね。その魔法は難しいのでしょうか?}
「魔力Eあれば十分だ」
お湯を沸かしたり、火種を生み出したりと日常生活に使うものに属するものなので必要資質は高くはない。魔物避けの魔法の劣化バージョンといった感じだ。
「ではお金を払うので教えてもらいたいのですが」
「早めの開店祝いということでただでいい。紙があれば説明をそこに書くが?」
「ありがとうございます」
礼を言って紙とペンを準備する。
さらさらっと書いていき、注意点を口頭で説明していく。
注意点は時間と範囲についてだった。持続時間は十二時間強で、範囲はここの広さだと二階までフォローできない。なので使う場合は日に二回、一階と二階それぞれに使う必要がある。それと時々魔法に耐性を持った小動物がいるので、ネズミ捕りは仕掛けておいた方がいいということだった。
「今日はこれくらいかな」
「こちらから言うことはありません」
「じゃあ、また今度」
「はい、またのお越しをお待ちしております」
メリイールに見送られ、二人は外に出る。
「俺の用事はこれでおしまいだけど、エリスさんはなにかある?」
「一箇所行きたいところがある」
「どこ?」
「冒険者ギルドじゃ。コースケとそこのギルド長を会わせておこうと思ってな。コネを作っておけば、なんらかの役に立つじゃろ。
あの店のことも気にかけてもらえるかもしれんしな」
「ありがたいけど、私的なことにそういったコネ使っていいのかな?」
「頼れば貸しが生まれるが、こっちで難しい仕事を二三こなせば借りは返せるし、実力を知らしめることもできる。
難しいといってもお前さんならわりと楽な方じゃろ。繋がりは持っておいて損はない」
このまま平穏に暮らしたいなら、幸助の正体をばらすのはNGだし、貴族に繋がりを持つのも危ない。
だがこのままどこの有力者にも繋がりを持たないのは、権力が必要になった時のことを考えると少々不味いと考えたのだ。
コースケは今まで派手に動いたということはないが、わりと目立つことはしている。冥族の女王を始め、それなりに目をつけている人たちは多いと考えられる。
だからエリスは後ろ盾になってくれるような信じられる者を紹介しておくことにした。ギルドの長は大きな権力は持っていないが、蔑ろにされるような小さい者でもない。無償で動いてくれるような甘い人物でもないが、働けばその分きっちりと返してくれる。
「エリスさんがそう言うならそうなんだろね」
幸助は納得し頷く。
二人はリッカートのギルドに入る。エリスはもちろん、幸助もこのギルドには何度か来ている。依頼で届け物を届けたことがあるのだ。
エリスはギルドに入る前に変装を解いている。
「すまんが、ここのギルド長に取り次いでもらえないか」
話しかけられた受付嬢はエリスを見て軽く反応を見せる。
「あなたは……わかりました。名前はエリシールさんでよろしかったですね?」
「ああ」
「少々お待ちください」
この受付とは以前手紙を受け取りに来た時に会っていた。そのことを覚えていたのだろう。約束の有無を聞かずにエリスの要求を呑む。
今時間が空いているか聞きにぱたぱたと走り去り、三分ほどで再びぱたぱたと走り戻ってくる。
「お会いになるそうです。長の部屋まで案内は必要でしょうか?」
「いや、いらない」
「ではこちらの札を持っていってください。職員に止められた場合、この札を見せれば通してくれますので」
「ありがとう」
札を受け取り、幸助を促してギルド長の執務室に向かう。
近くを通る職員に札を見せ、止められることなく進み、部屋に着いた。
エリスが扉をノックして、返事を待たずに開ける。
「返事を待って開けるのがマナーってもんだろうがよ」
六十才ほどの老人がエリスに言葉を投げかける。
ほとんど白髪になっている短髪と同色の口髭を持ち、顔や手などに皺ができ始めており、もう若くないと思わせるが、それを否定するかのように意志の強い夕焼け色の目が特徴的な人物だ。
「返事を待たないのはいつものことじゃろ、気にするでない」
「そうだがよ。たまには人様に合わせるってことをしてみろや」
「めんどうなことはせぬ」
呆れたように長は溜息を吐き、入るように促す。
二人の間には気安さが感じられ、仲の良い友人に相当する関係なのだろうとわかる。
「ん? そいつは?」
「おぬしに紹介するために連れてきた。同居人じゃよ」
「ほー人嫌いの気があるお前さんが、コルベス家の嬢ちゃんやボルドス以外と一緒に暮らしとるとはな」
「初めまして、コースケ・ワタセといいます」
頭を下げる幸助に、長は「ああ!」と大きな反応を見せた。
「コースケのこと知っておるのか?」
「ベラッセンの有力株だろう? 報告が上がってきている。こういった形で会えるとは思ってなかった。
俺はガレオン・ノジュール。ここの長で、エリス婆とはそれなりの付き合いだ」
「婆?」
「婆で間違いじゃなかろ。俺より十も上だぜ?」
「見た目若いから婆って言われると違和感が。というかエリスさん怒らない?」
隣に立つエリスを見てみると少しも感情を動かしていない。
何年も前から言われていて、慣れているのだ。自身でも若いというつもりはなく、年齢のことを指摘されても気にならなくなっている。
「事実じゃからの。気にせんよ」
「そうなんだ」
「そういうこった。今更取り繕ったところで、年取ったってことは変えようがねえしな。
んで、今日はワタセの紹介だけか?」
二人を椅子に座らせ、用件を問う。
「お前さんにコースケの後ろ盾になってもらおうと思ってな」
「俺にねぇ。まあ、かまわないが大したことはできないぜ?」
「わかっておるよ。じゃがな、まったく後ろ盾がないよりはましじゃろうて。無理を通してコースケを守れとも言わんよ。時間稼ぎやちょっとした盾になればいい」
「そこんとこわかってんならいいが。
ただで後ろ盾にならせようってわけじゃないだろ? 出せる条件があんだろ?」
「ここのギルドで難易度が高く消化できてない依頼を二つ三つ回せ」
「お前さんが依頼をこなしたところで、俺が恩を感じるのはお前さんにだぜ?」
「わかっておる。依頼をこなすのはコースケじゃ。大抵のものならば問題なく終わらせることができるぞ?」
「噂が本当ならできるかもしれんが、失敗しましたじゃ済まんぞ?」
そう言いつつガレオンは机の引き出しからファイルを取り出す。そのファイルにはリッカートだけでなく国中の難易度の高い依頼ばかり記されている。
「これから好きなものを選べや」
エリスが受けとり、それを幸助が横から覗き見る。
しばらくぺらぺらとページを捲る音のみが響く。
依頼内容は魔物を倒してくれ、どこぞにある薬草を取ってきてくれ、届け物をしてくれ、といった普通の依頼と変わらない。
だが倒す魔物が強かったり、薬草のある場所が魔物の巣窟だったり、届け先が現在抗争中の街だったりする。
あとは明らかに無理だろうと思われる依頼もあったりする。一例としては、北の戦争の原因を探れ。ギルドへの依頼として出すようなものではない。
「これとこれがいいか」
エリスは二枚の依頼紙を抜き出す。近場で難しすぎないものを選んだ。
「なにを選んだんだ?」
「ウッドオーガ討伐とノシスボア肉入手」
ウッドオーガとはオーガという魔物の派生種だ。
大元となっているオーガは体長三メートルの巨人型の魔物。怪力、高い体力を武器に暴れまわる。雑食性で動植物はおろか、岩や土や毒物なども食べてしまう。食べては暴れて、疲れては寝てを繰り返す、なにかを壊すことしかできない魔物だ。
ウッドオーガは植物ばかりを食べていたオーガが変化した種だ。全身を木の皮で覆い、あちこちから枝や草が生えている。主食はもちろん植物で、放っておくと森林を食い尽くしてしまう。
重傷でないかぎり、植物を食べることで急速に怪我が治ってしまうところがやっかいだ。
もう一つの依頼のノシスボアは、湖をテリトリーとする猪だ。湖に住む魚や水草を主食としている。強さ的には下の上といったところで、強い魔物ではない。
この猪の肉は非常に美味だが、殺して一日が消費期限だ。一日過ぎるとどのような保管をしようが途端に肉は硬くなり異臭も放つようになる。熟成などしようものなら人が食べられるものではなくなってしまう。
この依頼が高い難易度になっているのは消費期限が原因だ。この街から一日の範囲にノシスボアはいない。近場で三日の移動が必要となる。食べたいのならば、こちらから向かわねばならない。だがわざわざ出かけるのは嫌だと言う名家の人間がいて、高い依頼料を出している。無茶な願いを叶えろというのが、難易度が高くなった原因だ。
「できんのか?」
エリスは確信を持って頷いた。
ウッドオーガは幸助が倒したドラゴニスより劣るし、肉の運搬も転移魔法を使えば簡単に終わる。
「お前さんはいいのか?」
幸助は迷うことなく頷いた。
「できなかったじゃすまされないんだぞ?」
「エリスさんができるって言うんだからできる」
幸助もまた確信を持って答えた。
それを受けたガレオンは依頼紙にサインを書き込む。
ガレオンが聞いた噂が真実ならば、たしかにこの依頼は無理ではないのだ。後ろ盾になれとやってきたのだから、これくらいは問題なくこなしてもらわなければ困る。そういった思いを込めて、依頼紙を幸助に渡す。
強い視線から目をそらさず、幸助はしっかりと依頼紙を受け取った。