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知っている知らない人

 幸助がコキアのことを放置していた期間になにがあったかというと、エリスと一悶着あったのだ。

 喧嘩したというわけではなく、初めて会うエリスと共同生活することになった。初めて会うという言葉に間違いはない。

 どうしてそんなことになったか。それは一つの魔法が原因だった。

 

 コキアにアドバイスして家に帰った幸助は、自分の部屋に転移した瞬間、大きな力の波動を感じ取った。

 エリスがなにか大規模な魔法を使ったのだろうと判断し、ここまで大きな力を発する魔法とはどんなものなのか興味を持ちエリスの部屋を訪ねる。

 

「エリスさーん」


 声をかけながら扉をノックする。気配は中にあるのだが返事はない。

 魔法に失敗して気絶でもしたのかと扉を開く。先ほどの波動は、制御に失敗して周囲に散った力といわれても納得できるものだったのだ。

 扉を開けると、普通に立っているエリスの姿が目に入る。振り返る姿に失敗はしてなかったのかと幸助は首を傾げた。


「エリスさん?」


 自身を見るエリスに幸助はさらに首を傾げる。違和感があるのだ。

 幸助が感じている違和感は視線と外見だろう。

 幸助を見るエリスの目には親愛の情はなく、そこらに落ちている物を見るような目だ。今のエリスは幸助のことをなんとも思っていないのだとわかる。

 そして外見は十才ほど若返っている。朝までのエリスは二十後半で、今のエリスは二十手前だ。


「えっと?」


 なんの反応も返ってこないことに幸助は戸惑う。

 そんな幸助からエリスは視線を外し部屋の中を見渡す。まるで初めて見るかのような反応だ。そうしてテーブルの上に二通の手紙を発見した。

 一通はエリシール宛、もう一通はコースケ宛と書かれている。

 エリスは自分の名の手紙を手に取り読み出す。

 内容が良いものだったのだろう。表情に薄く笑みが浮かんだ。それをすぐに消し、幸助宛の手紙を手に取る。


「コースケというのはあなた?」


 感情の篭らない声での問いに頷きを返す。

 差し出されてくる手紙を受け取り、幸助は目を通していく。


『コースケへ。

 目の前の私は、あなたを知らない私です。

 私は若い頃にとある大きな魔法の実験をしました。それは今と未来の自分を入れ替えるという魔法です。

 その魔法は成功し、私は未来に行きました。目の前に立っている私が、コースケにとって過去から来た私です。

 どうしてこんな魔法を使ったかは、いずれ目の前にいる私が話すでしょう。

 コースケに一つ頼みがあります。難しいことではありません。今まで通り過ごしてくれればいいのです。多少迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします。

 この魔法の効果は七日ほどでなくなります、それまでお元気で。


 追伸。

 魔法を使って一度会ったことがあるのに、ホルンに連れてこられた時初めて会ったという反応を見せたことに疑問を抱くかもしれません。

 あの反応はあれで正しいものです。魔法の反動か最近まで当時の記憶がなくなっていたからです。

 詳しいことが知りたいのなら、帰ってから話すことにします』


 手紙を二度読み直し幸助は違和感がなにか気づくことができた。

 手紙から視線を外し、エリスを見る。

 

「初めまして、でいいですかね?」

「ええ、そういった反応だと助かります」


 未来の自分と知り合いだと言っても、自身は知らない。それなのに馴れ馴れしくされても困るし、いい感じはしない。

 いつもと違う口調を新鮮に感じつつ、幸助は続ける。


「そろそろ昼なんですけど食べます? こっちに来る前に食べました?」

「いいえ、もらうわ」

「じゃあ準備してきます」


 できるまでここにいるわ、というエリスの声を背に幸助は部屋を出て行く。

 エリスは再度手紙を読み、最後に書かれた部分で止まる。 

 そこには『欲しいものは手に入る』と書かれていた。

 それを期待、疑惑、諦めといった感情の入り混じった目で見続けていた。


 部屋にフワリとほどよく焦げたチーズとホワイトソースの匂いが漂う。昼のメインはグラタンだ。できたてだと示すように湯気が上がっている。ほかには昨日作ったクルミパンと一口サイズに切られた果物がある。

 祈りを捧げてエリスはグラタンを口に運ぶ。熱さに顔をしかめ、息を吹きかけて冷ます。少しだけ動きを止め、幸助が口に合わなかったかと思っているうちに、フォークを動かし始める。どうやら美味しかったようで、皿が綺麗になるまで動きは止まらなかった。

 食事を終え、食器をトレーに載せながら幸助は話しかける。


「エリスさんは午後からなにするの?」

「……特に用事はありませんが。

 一つ頼みごとがあります」

「俺にできることなら」

「エリシールと呼んでください。エリスと呼ばれるほどにあなたのことを信じてはいないので」


 幸助はエリスのことを知っているが、若きエリスは幸助のことは全く知らないのだ。エリスと呼ばれることに抵抗があった。


「わかりました。次からはエリシールさんで」

「はい。ワタセさんは昼からなにを?」

「俺は畑仕事でもしようかなと」

「それを見てみてもいいですか?」

「かまわないけど、特別なことをするわけじゃないですよ?」


 エリシールは頷く。

 食器を洗って、倉庫から鍬などを出し、畑に向かう。

 すでに六畳分の広さの畑を作っており、三列野菜の種と苗を植えている。今日はその隣にも畑を作ろうと思っている。

 始めは畑にちょこちょこと生えている雑草を抜き、次に今日作る畑予定地の雑草を抜き、石をのけていく。急ぐ理由もないので、のんびりとしていった。

 そんな幸助をエリスは近くにあった岩に座って、時折雑談しながら見ていた。どこか上機嫌なようにも感じられる。

 途中で一休み入れて、夕方には畑はできあがった。なにを植えるかはまだ決めていない。

 夕食はなにか食べたいかエリスに聞き、なんでもいいという困る返答を受けつつ道具をしまっていく。

 川魚のムニエルをメインに、ジャガイモのポタージュ、サラダを夕食とした。

 夕食の後、明日の朝食に出すパンの下ごしらえをすませて、風呂を沸かす。

 幸助が家事をすませて風呂に入るまでエリシールはじっと幸助を観察していた。

 幸助が風呂から上がる前に部屋に戻り、ベッドに入った。大魔法を使った疲れがあり、早めに眠ることにしたのだ。


 日が昇り、幸助はいつものように過ごしだす。朝食を作り、洗濯して、掃除をこなす。そうやって十一時前になる。

 昨日と変わらずエリシールは幸助を観察していた。洗濯をする時に、自身の下着を洗われて少し反応していた。エリスはどうも思わないし幸助も慣れたが、エリシールは恥ずかしさがあった。

 午後からは勉強に当てる。本を読んで知識を詰め込んでいくだけなのだが。分かりづらい表現をしているところがあると、エリシールに聞く。エリスならば答えられることも、エリシールは答えられないことがあった。生きた時間の差なんだなぁと幸助は感心する。

 エリシールの様子に変化が出始めたのはここからだ。

 ここまでの幸助とのやりとりで、エリシールは気づいたことがある。それがエリシールの期待に沿うものではなかった。

 その日も前日と同じように幸助の観察をしたのだが、翌日から観察はしなくなり、なにかを考えるような様子を見せ始めた。それと幸助が話しかけるたびに微かに苦い表情を見せる。

 そして四日目、エリシールはほとんどの時間を部屋から出ずに過ごす。体調が悪いのかと幸助は考えたが、食事は普通に取るし、顔色が悪いということもなく、大事な考え事なのだろうと判断した。

 五日目も似たようなものだ。ただエリシールのまとう雰囲気が重い。これには幸助も心配し、どうしたのかと問いかけるも、なんでもないといった硬い返事が返ってくるのみだった。



 ベッドに寝転がって扉の向こうから聞こえてくる声を聞く。

 感情の篭らない返事をして、扉の前から遠ざかっていく足音を聞き流す。


「結局は無駄だったか」


 大きく溜息を吐いて起き上がる。

 求めていたものが手に入ると期待して、手に入ったと勘違いして、それが今の自分ではなく未来の自分のものと気づいた。

 未来に手に入ることを喜ぶのではなく、今この場で手に入れたかった。

 喜びに震えた心を思い返すと、大笑いしたくなるほどに滑稽だった。


「早く時間にならないものかな」


 もうここには用はないと帰還を望む。帰ったところで希望すらないのだが。

 なにもする気が起きずにぼんやりとして、そこで幸助が声をかける。

 もう幸助に関心をなくしていて、放っておいてほしい。声をかけられるたび、心に不快感が溜まっていく。

 やがてその蓄積したものは、無関心の域を超え、爆発する。



 六日目もエリシールは部屋に篭ったきりで、幸助はちょこちょこと声をかける。

 午前十時を過ぎて、四回目の話しかけのために扉をノックする。

 返事がないことに幸助は首を傾げた。これまでは短めながらも返事はあった。

 もう一度ノックして反応ないことを確かめ、扉を開く。

 瞬間、真っ直ぐ飛んでくる光弾が目に入り、しゃがんで避けた。背後から壁にぶつかった音が聞こえてきた。


「いきなりなに?」


 魔法を使ったままの体勢のエリシールに問いかける。

 が、返事はない。


「黙ったままだとわからないよ。俺に原因がある?」

「うるさい!」


 エリシールはもう一度魔法を使い、幸助も防ぐための魔法を使う。

 氷の槍が幸助目掛けて飛び、幸助が差し出した手のひらの十センチ前で砕けて消える。


「このっ!?」


 あっさりと防がれたことが気に障ったのか、次々と魔法を放つ。

 それらは必要魔力D-あたりの魔法で、効果範囲は小規模なので部屋に被害を与えることが少ないですんでいる。

 幸助は防ぎながら、どうしてこんなことになっているのか考える。

 そんな幸助の思考に意味はない。既にエリシールの頭から原因は抜け落ちて八つ当たりになっているからだ。いや原因は幸助にあるので、八つ当たりという言葉は間違いなのかもしれない。


「表に出ろ!」


 そう言ってエリシールは窓から外へと飛び出す。

 無視しては駄目なんだろうと思いつつ、幸助も同じように外に出た。

 着地のタイミングを狙い光弾が迫る。幸助はそれを威力を低いと判断し、踏み潰す形で着地した。

 はいているズボンに汚れと小さな傷が入った以外は被害はなかった。それを見てエリシールは幸助の実力を測る材料とした。


「もう一度聞くけどなんでこんなこと?」

「答えるつもりはない!」


 すぐにエリシールは魔法を使い、頭上にバレーバール大の二つの光球が浮かばせる。さらに魔法を使う準備を始める。

 幸助はどうすればエリシールが落ち着くかわからなかった。だからある程度好きにさせようと考える。

 余裕があるのはさすがに死ぬような攻撃はしてこないだろうという思いがあるのと、手紙に注意事項が書かれていなかったからだ。エリスはこういった事態になると知っていたはずだ。幸助がなにか特別なことをしなければならないのなら、ヒントかなにか書いてあると考えたのだった。そういったことは書いてなく、だったら自身の思うように行動すればいいのだろうと判断した。

 場所が広くなったからか、エリシールの使う魔法に幅が出る。

 テリアも使った雷の魔法が幸助を狙い、


「えいや!」


 いくつもの石が飛び、


「よっと!」


 火の波が地面を流れ、


「とりゃ!」


 地を削る風の塊が乱舞する。


「おっと!」


 幸助はそれらをことごとく避ける。場所が広くなって助かったのはエリシールだけではないのだ。

 苦労する様子のない幸助に、エリシールは舌打ちをする。先ほど当たった攻撃で無傷なことから、少なくともD+の魔法を使う必要があると考える。現時点でのエリシールの魔力ランクはC-。それも最近上がったばかりでそのランクの魔法制御は上手いとはとても言えない。上手く当てるには幸助のことを気にしないで集中する必要がある。

 

「行け!」


 エリシールは頭上で待機させていた光球二つを前進させる。それらがある程度幸助に近づくと、大豆ほどの粒を幸助へと射出しだした。もともとは接近戦を挑んできた者に対する、迎撃用待機魔法なのだ。それを使って時間稼ぎするつもりなのだ。

 光粒の乱舞が幸助を襲う。数が多く避けきるのは無理だろう。雨を避けろというのと同じだ。

 だが当たったところで幸助にダメージを与えるほどではない。目に当たれば危険かもしれないが、それ以外では被害はない。洋服が破けるくらいか。

 この攻撃は無限に続くというわけではなく、じょじょに光球が縮んでいる様子からあと二十秒も続けばいい方だ。

 なので幸助は目の当たりに腕を上げて耐え続ければいい。

 もとからこれでダメージを与えられると考えていなかったエリシールは、幸助の動きを鈍らせることを目的としていた。それが足を止めてくれるという幸運が舞い込んできて、使う予定だった魔法よりも一段階上の魔法を準備できるくらい集中できた。


「縛り上げろっアースチェイン!」


 じっと光弾の乱舞が収まるのを待っていた幸助に、地面から飛び出した土や石や根でできた鎖が幾重にも絡みつく。熊や象も簡単に行動不可能にする束縛魔法だ。これから使う魔法を確実に当てるために、確実に動けなくする魔法を使ったのだ。


「おお!?」


 巻きついた鎖に驚きの声を上げる幸助。常人ならばその重さで倒れるところだ。

 そんな幸助の様子に、この縛りでも完全ではないと思いエリシールは焦りを抱きながら、奥の手ともいえる魔法を使う準備を始める。

 

「炎よ! 雷よ! 風よ!」


 次々に最初使った魔法を発動させていく。それらは幸助へと向かわず、塊となってエリシールの傍に漂う。

 その三つの塊を自身の目の前まで移動させ、広げていた両手を叩く。同時に三つの塊は一つの塊となった。

 これはエリシールの持つギフト『魔法融合』で行っている。効果は名前通り魔法の合成だ。このギフトを使わずとも魔法は合成できる。だがそれは事前にそういった魔法を作る必要がある。一方でこちらはエリシールがやってみせたように、即座に合成できるのだ。


「三魔混合!」


 一つとなった塊は、三色が入り混じり完全に一つになることを拒絶するかのように暴れてぶれを見せる。

 制御するエリシールの体全体からサウナに入ったかのように汗が噴出す。歯は食いしばり、砕けはしまいかと思えるほどだ。

 十秒二十秒と経つごとに塊の振動はなくなっていき、一分後には振動はなくなり色も混ざり合った状態となった。


「……ちょっとやばいかな?」


 初めて見る現象に見入っていた幸助は鎖を解こうともがき始めた。塊から伝わってくる威圧感がドラゴニスを見た時よりも大きいのだ。

 あれを受けて死ぬことはなさそうだが、まともにくらうと大怪我ぐらいはしそうなのだ。さすがにそんな怪我は負いたくなかった。

 少しもがいてみてわかったが、鎖は外せないことはない。けれどもあっちの魔法が発動する前に動けるようになるかというと難しかった。そこで幸助は少しはダメージを負うことを覚悟して、体全体を覆うシールドの魔法を使う。防ぎきれはしない。しかしダメージを減らすことは可能だろう。


「ミックストルネード!」

「キューブシールド!」


 同時に魔法が完成し、縛り付けられている幸助の近くに雷と炎でできた竜巻が現れる。

 竜巻はシールドを瞬く間に削り、幸助を飲み込む。

 竜巻が現れて盾は四秒で効果を減少させ、熱気が幸助を襲う。七秒で完全に盾を砕き、雷と炎に晒される。十秒後竜巻は消え、朱色の視界が普通に戻る。竜巻は盾だけではなく、鎖も消し去っていた。

 

「……ぅぐっ」


 自由にはなった幸助だが動き出さずその場で痛みに耐える。体のあちこちに軽度の火傷を負い、血も流している。こっちの世界に来て竜に特攻した以外ではもっとも重い怪我だ。

 魔法を放ったエリシールはその場に倒れ伏していた。幸助にどれだけダメージを与えたか見てから意識を失う。思っていた以上に軽度ですんだことに悔しげな表情を隠さず。

 エリシールが気絶したのは無理をしたからだ。今のエリシールのギフトでは三つの魔法を合成することは無理なのだ。それを無理矢理行ったのだから消費する体力は多く、極度の集中も必要としたため精神的な疲労も多い。即座に意識を失わなかったことは賞賛に値する。


「早く治療しないと」


 いつまでも痛がっても仕方ないと、顔から順に足まで魔法を使っていく。


「あ゛ーっ落ち着いた」


 治療を終え、痛みは完全になくなった。髪の毛は燃えて切り揃える必要がある。服もジャケットの下に着ていたシャツが燃えてしまっているし、ズボンが半ズボン状態になっていて捨てるか雑巾にするしかない状態だ。ジャケットは特製なおかげで無傷だった。

 体の点検を終え、エリシールに近づく。いつまでも地面に寝かせいるわけにはいかない。


「うわっ汗びっしょり。簡単にでも拭いといた方がいいんだろうけど……まあ胸とか股間以外を拭くだけでもましになるよね」


 お姫様抱っこでエリシールを運び、ベッドに寝かせて顔首腕足腹背と拭いていく。

 拭きながら軽く診断した結果、疲労と推測。このまま寝かせて問題ないだろうと拭き終わり、散らかっていた部屋を手早く片付けてから出て行った。

 三時間おきに様子を見ていて午後八時を過ぎた頃、エリスの部屋から微かに動く気配がした。

 幸助はノックして反応を待つ。だが反応はなかったので、気にせず入る。エリシールはベッドから身を起こしている。


「ご飯食べる?」


 返事はなかったが、お腹の鳴る音が聞こえた。

 恥ずかしかったのかエリシールの顔がほのかに赤く染まる。


「オニオンスープ作ったから持って来るよ」


 返事を待たずに部屋から出る。

 冷めかけていたスープを温めなおし、深皿に盛る。

 パンを入れたオニオンスープなので物足りないということはないだろう。


「どうぞ」


 テーブルをベッドそばまで持っていき、そこに置いてから勧める。

 スープをじっと見て、手をつけずに幸助を見上げる。


「なにも聞かないのか?」


 口調が丁寧ではなくなったのは、こちらが地だからだ。出会った当初は警戒し、観察していた。自分を隠し丁寧に接していたのだ。出会う者全員に対してそういった対応をしている。


「答えてくれるなら聞きたいよ」


 くだらない理由ならば怒るつもりだ。怪我を負わされてそれを流せるほど幸助の心は広くない。


「まずは先にスープ飲んでよ。冷めると美味しくないと思うから」

「わかった」


 素直に頷いてスプーンを手に取る。しっかり味わうためかゆっくり咀嚼していく。

 食べる様子を見るのも失礼かと思った幸助は本棚から本を取り出し読んでいく。内容は物語集で昔実際にあったことを脚色してある。演劇の題材にも使われる英雄セクラトクスの活躍、知性ある魔物と子供の交流、願いを叶えるため神の試練の挑戦した者といった内容が書かれている。

 セクラトクスが大黒虎との戦いに向かうといったところでエリシールが食べ終わり、幸助は本を閉じる。

 視線を下げたままエリシールは黙っている。三分ほど経ち、幸助が話す気はないのかなと思い始めた頃、エリシールは口を開いた。


「私には欲しいものがあった」


 視線は下げたままで、どういった思いで話し出したのか感情を読み取りづらい。


「それが手に入ると手紙には書いてあって、内心期待していた。

 けれどもそれは私のものじゃなくて、未来の私のものだった。

 向けられる言葉、感情、全てが私ではなく未来の私に対してのものだった!」

「原因が俺にあるみたいだけど、ほしいものってなに?」

「そ、それは……」


 言いづらそうに口ごもる。そして小さくポツリと漏らした。


「……」

「聞こえなかったんでもう一回」

「信用とか信頼とかそういった感じのものだよっ!」


 怒鳴るように大声で言う。

 それに対して幸助は首を傾げた。幸助にとって、それらは当たり前にあるもので欲しがるものではない。だから理解しづらいのだ。


「私の生まれは知っているだろう?」

「いや知らないけど?」


 詳しいことは聞いたことがない。異世界だからエリスみたいな長命な種族もいるんだなと納得していたのだ。

 知らないと答えた幸助にエリシールは意外そうな顔を見せた。自分のことを話していると思っていた。そうした上でないと真に誰かと親しくなれない、とエリシールは考えている。それは未来の自分も同じことだと思っていた。


「……私は魔族と人間のハーフだ」

「それで?」

「魂石がないから魔族として扱われず、成長速度の違いから人間とも扱われなかった。

 両方から違うのだと爪弾きにされ続けた。いつかは状況が変わると思っていた、でもいつまで経っても変わらないっ。

 そうやって育った私は人間不審になって、対人関係はさらに悪化した」


 エリスの親嫌いはそういった経緯の大元が、自分を捨てた両親にあると考えているからだ。

 エリスの母は人間の娼婦で、父は魔族で客。一夜の遊びでエリスは生まれ、母親は産んだはいいが育てる気はなく孤児院前に捨てたのだった。

 その孤児院は人間のみで構成されていて、ハーフという珍しさが仇となったのだ。


「ある程度大きくなった時には、一人で生きていけるって思い込むことで周囲を威嚇しながら生きてきた。心の底で誰かと笑い合いたいという願っているのを見ないふりしながら」

「えっと、つまり」


 未来にやってきて幸助と一緒に暮らし、向けられる心地よい親愛が自分ではなく、未来の自分へと向けられたものと気づき荒れた、羨ましくて。溜まった鬱憤を晴らすための攻撃だったのだろう。エリシールが言っていた八つ当たりというのに違いはなかった。


「それで私のことを知ったお前はどうする? 理不尽に攻撃をしかけた私に対してどう思う」


 投げやりでいながら、それでも微かに本当に小さな期待混じりの声で聞く。

 いい加減な返事は駄目な場面と幸助は理解し、真剣に考える。


「……正直なところ八つ当たりされたのは理不尽だとは思う」


 そうか、と沈んだ声の返答がくる。


「そういった差別される思いは想像しにくいです。でもなんとなく荒れる思いはわかる。

 だから以後八つ当たりしないのなら水に流すよ」

「水に流す?」


 慣用句がわからないのだろう、エリシールは首を傾げる。


「ああ、気にしないって意味です」

「気にしないって死ぬような攻撃しかけたのに」

「まあ、生きてるし。話聞いたらこっちにも非があるようなないような、そんなもやもやとした気分になって責められないよ」


 エリシールにエリスとして接していたのは事実なのだ。それがいらつかせていた原因ならば、怒れなかった。

 かといって完全に自分に非があるとは思わない。勝手に期待してそれが裏切られたといって暴れたのだ。迷惑とは思えど、自分が悪いとは思わない。だから次はないと考え忠告した。

 

「まずは自己紹介からしなきゃいけないかな」


 既知の人ではなく、初めて会った人として接するのだから当然なのだろう。


「初めまして幸助・渡瀬と言います。この家の居候みたいなもの。年は十八。出身地は異世界。流離人というやつで、こっちについて色々とエリスさんやホルンという人に教えてもらった。二人のおかげで今こうしていられるんだ、感謝してる。

 んで竜殺しの称号持ち」


 エリシールの表情は少し呆けた後、驚きと疑いの二色となった。

 流離人という部分も驚かされたが、一番驚かされたのは竜殺しということだろう。

 証拠として差し出されたステータスと称号の表示されているカードを、エリシールは驚愕の表情で見ている。


「……竜を、殺したの? 殺せたの?」

「偶然だけど」


 事情を説明する。事情を隠さないのは手紙に忘れると書いてあったからだ。


「奇跡?」

「かもしれない。次はエリシールさんの番」

「私はエリシール。家名はない。年は三十五になったのか。冒険者としてギルドに所属し、ずっとソロで動いている。

 称号は細々としたものだけで、特にこれといったものはない」

「優れたる魔女とか一夜千殺とかはまだなんだ」

「それは私が得ることになる称号なのか?」

「一夜千殺は称号じゃなくて通り名らしいよ。三十半ばに得た通り名だってさ」

「ほかに未来の私についてないか知ってる?」

「ボルドスっていう子供がいる。捨てられていたのを拾ったとか、母じゃなくて姉って呼ばせてる」

「……子供を拾ったの……」


 エリシールには子供を拾い育てるという気は起こらない。みつけても見捨てるだろうと言い切れる。

 未来に至るまでに自分になにがあったのか、思いを馳せてみても想像つかなかった。

 姉と呼ばせることについては容易に共感できるのだが。


「そういえば異種族とのハーフということに思うところはないの?」

「異種族っていわれてもよくわからないし、ほらそんなのいない異世界から来てるから俺」

「異世界ってどんなところなんだろう」


 幸助は簡単に説明していく。


「神も魔物もいない世界って想像できない」

「うん、俺も神や魔物がいる世界って言われて驚いたし無理ないんだろうね」

「でも平和なんじゃないかって思う」

「俺のいた国は平和だったけど、外国だと物騒なところもあるよ。魔物がいなくても人間同士で争って危険な場所はある」

「どこも変わらないってこと」


 溜息一つ吐いて、エリシールは話題を変える。幸助がこっちに来てからどのように過ごしてきたのかというものに。幸助もエリシールがどのようなことをしてきたか聞き返し、時間は流れていった。

 夜更けまで会話は続く。そんなに長く誰かと話したのは初めてで、エリシールは楽しげな雰囲気を漂わせていた。時折、笑みもこぼれて警戒心はほぼなくなったのだとわかる。

 この会話で、リンゴがなくなったり紙くずが突如現れていたのは魔法実験のせいだとわかった。いきなり使って未来に来るというのはさすがに危ないので、まずは未来に送ったり、未来から取り寄せたりしていた結果だったのだ。


 朝になり、眠そうに目を擦りながらキッチンにエリシールがやってくる。

 すでに幸助は朝食の支度を整えていた。ピザトースト、コーンスープ、果物がテーブルに並ぶ。今日で最終日なので、豪華にいこうかと昨日聞いたのだが、普通でいいとエリシールは答えていた。


「いつごろ帰るのかわかる?」

「いや、夜前には帰ることになるだろうが」

「お土産のお菓子でも作ろうか?」

「頼める?」

「了解」


 今ある材料を思い出し、なに作ろうかと考える。


「……ナッツクッキー、パウンドケーキ、芋餡の饅頭、果汁で作った飴くらいかな。

 どれがいい?」

「饅頭っては初めて聞いた。どんなの?」

「パンに近いかな? 今から作ってみよう」


 材料を集めてちゃちゃっと下準備を済ませる。

 雑談しながら、調理を進め昼頃に完成した。

 ほかほかと湯気を上げる真っ白な饅頭を皿に載せエリシールの前に置く。作った饅頭は酒蒸し饅頭のような外見をしている。

 

「熱いから少し冷ましたほうがいいよ」


 幸助の忠告に従い、エリシールは饅頭を半分に割ってふーふーと息を吹きかけ冷ます。ぱくりと噛り付いてよく味わい飲み込む。芋餡はこして繊維をとってあるので、舌触りはさらりとしている。


「パンに近いけど、パサパサしてないのか。うん、美味しいよ」

「それはよかった」

 

 幸助はそのまま昼食を作る。饅頭を作りながら、ぺペロンチーノを作ろうと決めていた。パスタマシーンはないので、手打ち麺だ。

 少しだけ遅めの昼食も終え、そのままのんびりと過ごし二時を少し過ぎた頃、エリシールがなにかに気づく。


「そろそろ時間みたいだ」


 ほらと手を出す。指先から透明になりだしていた。反対の手にはお土産の饅頭を入れた紙包みを持っている。


「また会おう」

「うん。まあ、俺はすぐに会えるけどね」

「そうだな」


 エリシールは小さく笑みを零す。すぐに全身が薄れていき、完全に消える前に幸助へと手を一振りする。幸助も振り返すが、エリシールに見えたかどうかはわからない。

 エリシールが消えて十秒ほど経ち、二階から扉が開く音が聞こえた。

 すぐに疲れた顔のエリスが下りてきた。


「えっと、おかえり?」

「ただいまー、それと久しぶり」


 エリスは気の抜けた声で返答し、テーブルに突っ伏した。


「なんでそんなに疲れて? 向こうでなにか大変なことがあった?」

「いやいや、やることはあったが、疲れるようなことはなかったよ。

 此度の特殊交換魔法で、魔力を多く使ったのが原因じゃ」


 エリス側から干渉し、エリスが多めに魔力を消費するようになっていたのだ。それでもエリシールも疲れ果てるのだが。


「じゃあ、エリシールさんも向こうでぐったりしてる?」

「したな。疲労困憊じゃった」


 懐かしそうに話す。


「なにか飲み食いする? 芋饅頭余ってるけど」

「もらおう。あれを食べるの久しぶりじゃな」


 エリスの目の前に饅頭と水を置く。

 まずは水で喉を潤し、饅頭に齧り付く。何度か頷きつつ嬉しそうに食べる。


「そうそうこんな味だったのう」

「エリスさんに作ったの初めてだっけ?」

「うむ。作ってもらった記憶はないのう。今度から作ってもらえばいいだけじゃがな」

「そんなに美味しかった?」

「思い出の味というか、たった一つの証拠というか、な」


 過去に戻ったエリシールはほとんどのことを忘れていた。行って帰ってきたという確信はあるものの、どんなことをしてきたのかわからずにもやもやとしたものが心に生まれていた。ただ悪いことはなかったという思いがあった。

 そんな状態で持っていた芋饅頭のその味だけが記憶に残ることになった。味に付随するのは喜怒哀楽の中の喜びと楽しさという感情。その二つの思いが、思い出せないという言いようのない感情を逆撫ですることになる。

 そうやって溜まった感情のはけ口となったのが、一夜千殺と呼ばれる原因の出来事だ。

 感情を撒き散らして暴れて疲れて虚脱状態となったところへ、守られた形となった人々たちからの賞賛が届いた。いつもは心に壁を作り届かないその声は、なにも考える余裕がなく壁が剥げた精神状態だったが故に届いた。自身に感謝を向ける者がいると知った瞬間だった。

 これを機にエリシールの人嫌いは少しずつ小さくなっていった。

 そうして多くの人々と知り合い、ボルドスに会い、ホルンに会い、幸助と再会した。


「……今に至るのに必要で大切な代物だったのじゃよ」


 とても思いの込められた言葉だったが、事情を知らない幸助は首を傾げざるを得ない。

 そんな幸助を見て、エリスは笑みを浮かべる。理解されなくとも、自分がわかっているのだからそれで十分だった。


「よくわからないけど、また作るよ。

 そういえば向こうでなにかしたって言ってたけど何をしたの?」

「向こうで? ああ、知り合いのギルド長、当時はまだ一職員だった男に手紙を渡したのだよ。

 数十年経ったら、私にそれを渡してくれと頼んでな。

 それのおかげで空白となっていた記憶が数ヶ月前に戻った」


 記憶が戻ってすぐに昔会ったことがあると伝えなかったのは、信じてもらえる可能性が低かったからだ。

 それと自身が体験したことと違いがでないようにするためでもある。知らせてズレが出てしまうと、なにかまずいことが起こるかもしれない。うかつなことはしない方がいいと判断したのだ。

 

「これからもよろしく頼むの」

「こちらこそー」

「甘え倒すつもりじゃから、覚悟しておいてくれ」

「甘え?」

「魔力ないからのう、魔法便りだった身としてはなにをするにも不便でなぁ」


 甘えるということに他の意味合いも込められていた、なんてことがあるのかもしれない。

 それを知るのは上機嫌なエリスのみだ。


「ああ、そういうこと」


 了解と返し、二人は雑談に興じ出す。


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