弟子とともにやってきたハプニング 後
初日の成果はなしだった。
畑仕事をしている人たちにも話を聞いて、一度野菜畑が荒された以外は畑に被害はなしと情報を得たくらいだ。被害が出なくなったのは、畑を直す時また被害が出ては敵わないと早めでも収穫できるものはして、畑に野菜が残らないようにしたからだ。食べる物がなくなった畑にはもう用事はなかったのだろう。
村に戻り一夜明け、今度は目撃証言のあった方向へと三人は向かう。
目撃された場所はわりと偏っていて、もしかするとそっちに巣があるのかもしれないと三人は判断した。
「ストップ」
幸助の声に二人は止まる。
「なに?」
ジェルムは言葉短く問う。
「こっちの方向に二匹、大きめの魔物がいる」
幸助の指差す方向を二人は目を凝らしてみるが、なにも見えない。
それでも疑うことはしなかった。この数日で幸助の感覚の鋭さはわかっていたからだ。
「ウォックームでしょうか?」
「もう少し近づいてみないとわからないね」
「じゃあそっちに行くわよ」
警戒を上げ幸助の指差した方向へと歩き出す。そして五分ほど歩いてジェルムとテリアにも遠くに動く物体を見ることができた。
「ウォックーム?」
ジェルムの確認に、幸助は頷いた。
「気づかれてないから、魔法で奇襲」
それでいいだろ? と幸助はテリアに尋ね、テリアは頷きを返した。
使う魔法はなににするか手早く話し合い、雷系に決めた。炎では草に燃え移り、テリアの手持ち魔法の風や土や氷では外殻に弾かれる可能性がある。雷は外殻を無視して内部にダメージを与える、とった理由だ。
二人は魔法を使う準備を整え、さらに近づき使う。
「サンダースプレッド!」
「ライトニング!」
幸助の魔法はいくつもの細い雷が束になり真っ直ぐ進み、テリアの魔法は一条の太めの雷が真っ直ぐ進む。
どちらもその場に留まっていたウォックームに命中する。幸助が当てた方は倒れ動かなくなり、テリアが当てた方はよろめきながらもまだ立っている。
それを見たジェルムは走り寄り、斬りつける。一太刀では倒れなかったウォックームも、三太刀目で息絶えた。
「ありゃー俺が倒した方は剥ぎ取れないわ」
ウォックームの売れる部位は外殻だが、幸助が倒した方は焦げてぼろぼろになっており使い物にはなりそうにない。
これにジェルムはもう少し考えて魔法を使いなさいと軽く文句をつけ、テリアは杖の先でウォックームを突き焦げ具合を確かめていた。
軽くに留めたのは、過剰攻撃で駄目にするのはよくあることで責められるようなことではないからだ。それと目標に一歩進んだのに責めるのはさすがに的外れだとわかっている。わかっているのならば文句はつけるなというところだが、心情的に無理だった。
「これって私でも使える魔法?」
「テリアはたしか最近魔力Dになったんだっけ?」
「はい」
「じゃあ使えるよ。教える?」
「お願いします」
銀貨一枚という幸助の言葉に、テリアは頷いて交渉成立となった。
「それくらいただで教えたらどうなのよ」
「それくらいってDクラスの魔法だよ? 銀貨一枚は安い方なんだよ?」
コキアに教えた火打ち石の魔法ならばただでも構わないが、今回の魔法はただというわけにはいかない。
五つほどDクラスの魔法が載っている書物は、銀貨十枚近くする。それだけの価値のある物をただで教えるのは商売人を馬鹿にする行為だし、需要を潰す行為だ。場所によっては罰せられ罰金を払うことになる。
エリスが幸助に魔法を教えるのも家事の報酬として教えている、といった方便を使っている。一応労働の対価という形式だ。
ジェルムは魔法を使わないのでそこらへんには疎かった。
剥ぎ取りも終えた三人は目撃のあった地点に向かい、そこを中心にウォックームを探していく。
その日の成果は五匹だ。大型種は発見できなかった。
次の日は同じ地点で探し、三体倒すことができた。大型種はまたいなかった。
また次の日、今度はさらに先に行ってみようということになる。先に進むと草原ではなく、石や岩が転がる荒地に変わる。
「あ、一匹いた」
今回はみつけてすぐに倒すのではなく、帰っていく方向を知ると決めていた。そこに巣があるはずだ。
離れて後を追い、すぐに巣らしきものを突き当てた。蟻のように地面に穴が掘ってあり、大型種が通るためか人一人余裕で歩くことができる大きさの穴となっている。
「ここから油撒いて火を放てたらどれだけ楽か」
「どこか別に出口あったりしたら意味ないですから」
テリアの返答に、そうだよねと心の中で呟いた。
光量を落とした明かりの魔法をテリアが使い、三人は巣へ入る。蟻の巣のようにいくつも部屋があるかと思いきや、入り口から勾配の急な坂道を三分も進まないところに大きな穴が掘られているだけだった。天井部分にいくつか穴が開いており、光が差し込んでいて巣の中は真っ暗というわけではない。高さ三メートル、直径十五メートル弱の円柱状の部屋だ。
幸い気づかれずにすんだので、三人は入り口の影に隠れて奥を見る。
「でかいな、あれ。二メートル超してるんじゃ」
「ぽいですねぇ」
証言通り二匹のでかいウォックームがいる。カミキリ虫のようなタイプとダンゴ虫ようなタイプだ。カミキリ虫タイプは強靭な顎を持っていて木の幹など簡単に噛み砕きそうだ。ダンゴ虫の方は目立った箇所はない。足の数が少ないくらいだ。
大型種の回りには普通サイズの二匹のウォックームがいて、壁際には白く丸いものが二十個以上見える。
「あれって卵?」
「だろうね」
ジェルムの目には見えてないが、幸助は殻の中で動きを見せるなにかを捉えている。
「どうやって戦う? 私は突っ込むくらいしかできないけど」
「派手な魔法は使えそうにないよね?」
テリアがそういうのは、巣が頑丈に作られてないせいだ。蟻などが巣を作る時、唾液で巣を補強することがある。それをウォックームたちはしていない。そんな場所で派手な魔法を使えば、生き埋めになる可能性が高い。幸助とウォックームたちは這い出ることができるかもしれないが、ジェルムとテリアはおそらく脱出できないだろう。
「取れる方法としては、派手すぎない威力の魔法を使った後に突っ込む、待ち伏せる、おびき寄せるくらいか。
あいつらの好物知ってる?」
聞かれた二人は首を横に振る。幸助も知らないのでおびき寄せをするとしたら、幸助かジェルムが囮になる必要がある。
三人は話し合って、ほかに出ているウォックームがいるかもしれないので、様子見も兼ねて外で待ち伏せしようと決めた。
穴入り口の見える少し離れた岩陰に待機して、ウォックームたちの動きを待つ。
そうして四十分ほど経ち、獣を引きずった一匹戻ってきて巣の中に入っていった。その十分後、一匹出てきて巣から離れていく。
幸助だけが後を追い、巣から五分ほど離れた位置で攻撃を仕掛けた。頭部を剣で一振り、それだけで殺せ、今度は外殻を剥ぎ取ることができた。残った体は遠くへと投げ捨てた。50キロを優に超す体はよく飛び五百メートル先に落下した。人間離れしすぎた筋力の成せる技だ。
その後三時間かけて四匹殺し、さらに一時間待っても戻ってくるウォックームがいないことから、あれで普通サイズのウォックームは全部だったのだろうと考えた。
残るは大型種の二匹。おまけで卵複数。この数ならばテリアの護衛を考えずに戦えると、三人は再び巣の中に入る。
今回は特に気配を抑えるなどしなかったので、入ってきた三人に大型種は気づいた。
すぐにダンゴ虫タイプが動き出す。三人に向かってこようとして、途中で丸まり勢いよく体当たりを仕掛けてくる。足場としていいとはいえない地面など関係ないとばかりに、小石を跳ね飛ばし転がる。
三人はそれを避ける。ダンゴ虫は止まらず壁にぶつかった。その衝撃で天井からパラパラと土が落ちてくる。
「何度もぶつかられると巣が潰れるな。
ダンゴ虫は俺が倒してくる。二人はあっちを頼む」
幸助は返事を聞かすにダンゴ虫へと走る。ジェルムとテリアは互いに見合ってから、苦笑を浮かべカミキリ虫へと視線を移す。二人ともダンゴ虫のうぞうぞと動く足が気持ち悪く、近寄りたくなかった。なので幸助の提案に少しほっとしていたのだ。見合った時そんな互いの気持ちがわかり苦笑が漏れ出たのだった。
ダンゴ虫の相手はすぐに終わった。時間にして一分もかかっていない。
壁から身を起こし、近寄ってくる幸助に向きを変え、転がろうと動きしたダンゴ虫を丸まる前に斬ったのだ。頭部を上から真っ二つだった。硬い甲殻といっても、幸助には関係なくさっくりと刃を通したのだった。
虫の生命力高さゆえか、頭を潰されても動いてはいたが、横から蹴って横倒しにしてしまえば起き上がることなく、足を動かし続けるだけとなった。
こっちはこれで終わりと判断し、幸助はカミキリ虫を相手取っている二人を見る。
ジェルムが前衛、テリアが後衛。これは当然のことだろう。
テリアが威力低めの魔法を使い、カミキリ虫の顔を狙い、注意を引く。そうしてできた隙にジェルムが近づき、一撃見舞って離れる。注意はジェルムに戻り、テリアが再び魔法を使う。そういったヒットアンドウェイを繰り返していた。
カミキリ虫の攻撃は足を振るものと噛み付きだ。そのどちらもジェルムは避けていたが、空振った噛み付きが地面を抉った際に飛び散る小石までは避け切れていない。
ジェルムの攻撃は大した成果を出せていない。威力が足りず、足や胴に小さな傷をつけるので精一杯なのだ。普通のウォックームならば通っていた攻撃が大型種に通らないのは、単純に甲殻が分厚く硬いせいだ。
両者共に小さな傷をつけるだけとなっている。傷で痛みを感じず血も流れないカミキリ虫に対し、わずかながら痛みも血も出ているジェルム。状態は似ていても、身体に受ける影響に差が出ている。
テリアが教わったサンダースプレッドならば攻撃が通るのだろうが、外した場合壁にぶつかり巣に大ダメージを与える。習ったばかりでコントロールは甘く、命中率にも不安がある。生き埋めにはなりたくないので大きな威力の攻撃はできないでいた。
結果、なるべく同じ箇所を狙うという小さな積み重ねの攻撃になっている。
この戦い方は上手いものではなかった。体力の差があるからだ。殺したダンゴ虫のように虫は生命力が高い。そこにちまちまとした攻撃を加えて倒そうなど無茶もいいところだ。先に二人の体力が尽きる。
高威力の魔法が封じられている現状では、わかっていても選ばざるを得なかったのかもしれないのだが。
このままではいつまで経っても終わらないと思い、気配を抑えカミキリ虫の背後に回ろうとする。広くはない空間なので隠れて移動することなどできはしないが、二人よりも目立たなくしようと考えて気配を抑えようと思ったのだ。
そう幸助が動く前に、戦闘に変化が起きる。
飛び散った中にあった大きめの石をジェルムは避けようとして、躓き地面に倒れた。
この好機を逃すほど馬鹿ではなくカミキリ虫は、ジェルムに大顎を突きたてようと頭を振り下ろす。
テリアのフォローは間に合わない。魔法を使うよりも早く、顎が刺さる。
「ジェルムっ!」
テリアは叫び、ジェルムは防御の体勢を取り強く目を閉じる。
その場面を見た幸助は考えるよりも先に体が動き、剣をカミキリ虫へと投げていた。縦回転しつつ凄い速さでカミキリ虫へと飛び、投げた次の瞬間にはカミキリ虫の頭部を砕いて、若干勢いを衰えさせたものの地面に落ちることなく壁に突き刺さった。
カミキリ虫はビクンっと大きく体を震わせ倒れ、ダンゴ虫と同じように足を振るわせるだけとなった。
「ふう、お疲れさまー」
あっさりと倒した幸助に、呆然とした視線を送る二人に声をかける。
二人は攻撃が通じず、不安を抱えながら戦っていた。大したこともできずに、逃げることも視野に入れていたのだ。二人にとってカミキリ虫は強敵だった。特にジェルムは死の影が脳裏にちらついていた。
そんな存在をなんでもないかのように軽く倒されれば、信じられない思いを抱くのも無理はないだろう。
「……私たちより強いとはわかってたけど、ワタセさんすごく強かったんですね」
「まあ、ね」
「同じくらいの年齢なのに、どうしてここまで差があるのよ? ずるいじゃない! やっぱりきちんとした師匠に習うことができなかったから!?」
憧れを感じたテリアと違い、ジェルムはその強さに嫉妬する。死の恐怖から感情が乱れ、心情を隠さず吐露する。
「ずるいって……俺も師匠はいないけどね。少し教えてもらった程度。
俺とジェルムの差は運じゃないか」
「私が運がなくて、そっちは運が良かったってこと!? そんなのじゃ納得できないわよ!」
「俺の運がいい?」
幸運不運と言いたかったわけではない。運がいいならば来てそうそう死ぬような目にも合わないし、そもそもこの世界に来るといったこともなかったはずだ。
力は得たが、力と元の世界のどちらかを選ぶかと聞かれれば、幸助は元の世界を選ぶ。家族も友達もいるし、幸助の常識がそこにある。
「良かったらここにはいないよ? 死にかけもしたし。
運っていったのは運勢。アクシデントが起きるかどうかって意味で言ったんだ。
現状に不満はないけど、それでも以前の暮らしを恋しく思いことはある」
「それでも強くなれたんでしょ?」
幸助のことを知らないが故に簡単に言えるのだ。
「なれはしたけどねぇ。
まあ、アクシデントなくても少し実力伸ばすだけなら簡単だけど」
「実力伸ばすって私の?」
疑わしそうな目で幸助を見る。
「剣を振る時、もう少し腰を使って振ると力が乗る。早く振るのが癖みたいだけど、それのせいで腕だけで振るのに近い状態になってた」
「腰って言われても」
確認のためにその場でジェルムは剣を振る。自身ではいまいちわからないのか、振りながら首を捻っている。
ジェルムが練習している間に、幸助は大型種二匹から外殻を剥ぎ取る。いまだ足がピクピクと動いているが、それ以上の反応は見せず、もう無害だった。
二人がそれぞれのことをしている間に、テリアも卵を壊していた。威力の低い魔法でも簡単に壊せ、育ちかけのウォックームもその魔法で死んでいく。
「ねえ、よくわからないんだけど」
幸助の作業が終わったことを確認して、ジェルムが話しかける。
「わからないって言われてもね。じゃあ振り方を真似てみせるよ。その次に修正した振り方をする」
そう言って幸助はゆっくりと一回振る。そして次に癖を修正した方で振る。
「違いわかった?」
「もう一回お願い」
再度、二回振る。また頼み、なんとなく理解でき頷いたジェルムは違った箇所を意識してゆっくりと振る。
こんな感じかと幸助を見て、幸助は頷く。
もう一回振ろうとしたジェルムをテリアが止める。
「二人ともこんなところでやらないで、村に帰ってからやれば?
私もう帰って休みたい」
「卵全部壊した?」
幸助の確認に頷きを返す。
卵の残骸を見て動いているものがいないか確認して、じゃあもう用事はないなと転移の準備を始める。集めた外殻は足元に、二人には肩に触れてもらう。
「転移が使えるってことは魔力D+以上確定。剣も使えて魔法もいける、どんだけですか」
憧れを通り越してテリアは呆れの視線で幸助を見ている。
転移準備中なので幸助は苦笑を浮かべるだけに留めた。
リンヨウのいる場所に移動したので、一緒にいるコキアが突然現れた三人に驚く。
「お、おかえりなさい」
ただいまと返し、コキアを誘い村長の元へ向かう。
巣を潰したことを告げて、明日の見回りでウォックームが見つからなければ依頼達成ということになった。
「さっきの続きよ!」
そう言ってジェルムは幸助を引っ張り外に出る。
「続きって?」
「ワタセさんがジェルムの剣の悪いところを指摘したんだよ。それでちゃんと直ってるか確認してもらってるの」
「嫌ってる風だったのによく習おうって気になったね」
「ワタセさんがすごく強いからじゃない? 気に入らなくともアドバイスはもらいたいって感じかな」
「そんなに強かった?」
遠見の術では巣周辺は効果範囲外で、そこであった出来事を見れなかったのだ。だからあそこでの戦闘を知らず、幸助の強さもいまいちわからないままだ。
「私たちが苦戦して勝てないかもって思ってた魔物を一撃だもの。私たちなんかとは比べ物にならないわ」
「……一撃」
テリアから聞いても、なんとなく凄いとわかっただけで詳細がわからずもどかしくなる。
「武器の差もあるのかな?」
「それも少しは関係する、かも? ジャケットが特別製だったしありえない話ではないと思う」
「聞いてくる」
「私は宿に戻ってるわ。疲れたしね」
ジェルムも疲れているはずなのだが、強くなれるという思いが疲れを一時的に忘れさせていた。
一心に剣を振るジェルムの様子を見ている幸助にコキアが近寄り話しかける。
「ワタセさんの剣ってジャケットと同じで特別なの?」
「どうだろう。特別な効果はないよ。ただ重くて頑丈」
「持ってみていい?」
幸助は持っていた剣をコキアに渡す。幸助があまりに軽そうに扱うので、コキアは普通の剣より少し重いくらいなのだろうと考える。
だが受け取った剣の予想外の重さに、剣を支えきれず地面に落とした。
「重い!」
「そう言ったよ」
コキアは落とした剣を拾い両手で持つ。持って構えることはできるが、剣として扱うことはできそうになかった。まして幸助のように片手で持ち続けることは不可能だ。
「コキア、そんなに重いのそれ?」
好奇心が刺激されたのかジェルムは素振りを止めて聞く。
「えっと、一歳を過ぎた赤子と同じくらい」
どれくらいの重さか伝えようとして、隣の家の赤子を抱いた時と同じくらいと思い出した。
ジェルムは赤子を抱いたことがないので、どれくらいかわからなかった。
「私にも持たせて」
実際持ってみればわかるだろうとコキアから受け取る。自身の使っている剣の二倍以上の重さが手にかかる。
「……重いね」
何度が振ってジェルムもコキアと同じように使いこなせないと判断する。
剣を幸助に返し、ジェルムは頭を下げた。
「これまでの失礼な態度を謝ります。謝って許してはもらえなだろうけど」
これだけの力量差や具体的な指導を見せ付けられれば、自分が間違っていたと思い知る。
「謝ってもらえるなら許す気はあるよ」
「そ、そうなの? ありがとう」
許したのは、いつまでも睨まれるのはめんどくさいからといった理由なのだが。
「今日は疲れてるだろうし、宿に戻ったら?」
「そうする」
コキアも戻るようで、一緒に宿へと去っていった。
残った幸助も特になにか用事があるというわけはなく、ぶらぶらと散歩してから宿に戻る。
翌日、幸助とジェムルテリアの二組に分かれて、草原を見て回りウォックームがいないことを確認した。
その途中でジェルムは魔物に遭遇し戦う。アドバイスを意識して剣を振るうと、いつもより剣が魔物の体を深く裂き、多くダメージが入っていることがわかった。
このことでジェルムは一つの決意を抱いだ。
依頼を終えたその晩、ジェルムは幸助に弟子入りを頼み込んだ。都合のいいことを言っていると自覚があったのだが、少しのアドバイスでわかりやすい成果が出たことで、今後も師事していけばさらに強くなると確信を抱いた。
恥知らずだとはわかっている。しかし我慢できないし、する気もなかった。
「断る」
幸助はジェルムの懇願を一言で斬って捨てた。
「やっぱりあんな態度取ったから?」
謝っただけでは駄目なのだと表情を曇らせる。
「そのことはもう気にしないって言ったよ。弟子入りを断っているのは別の理由。
コキアを弟子にしていないんだから、なれそうにないって予想はついてたと思うけど?」
「それは、わかってたけど……でも!」
「ワタセさん、その理由ってなんなんですか?」
理由を知れば、相方の願いを叶える糸口を見つけることができるかもしれないとテリアは尋ねる。
以前理由を聞かれた時は答えられなかったので、再び聞かれた時のために幸助は偽の理由を考えていた。
称号を『竜殺し』から『歌姫の弟子』に入れ替えて、カードに表示させる。
「広めたくない理由なんだ。秘密にできるのなら答える」
信憑性を持たせようともったいぶる。
三人は間を置かず頷いた。それを見て、少しだけ考え込む素振りを見せた幸助は、カードを三人の目の前に差し出す。
「この称号が理由」
「歌姫の弟子」
読み上げたコキアはまだわからないという様子だが、ジェルムとテリアはなにかに気づいたような表情となる。
「歌姫というと、もしかしてフルール様?」
「この称号の歌姫ってカリバレッテの姫を示してるんですか?」
二人の疑問に幸助は頷きを返す。
フルールは積極的というわけではないが世界を舞台に活動していて、知名度はそれなりに高い。二人が知っていてもおかしくはないのだ。
「ちょっとした出会いをして、こんな称号をもらえるような関係になった。
俺は立ち位置がフルール様に近い。俺がなにかしでかせば、その影響がフルール様に及ぶ可能性が高い。
そんな俺が弟子を取って、その弟子がハプニングを起こすと、そのせいで迷惑がかかる可能性もある。
だから俺はカリバレッテから離れて、この大陸を活動の場として大事には巻き込まれないようにしているんだ。
弟子を取らないのも迷惑をかける可能性を減らすため」
実際のところはそんなことを考えていない。称号のことは広めてないし、称号を使おうとしなければ隠し通せる。なのでフルールに迷惑がかかる可能性はそこまで高くない。
ウィアーレのギフトのように称号を見て操る者がいればばれる。しかしながらそういったギフト持ちはそう多くはない。だから神経質に隠す必要はない。
「そういった理由ならジェルムを応援できないわ。王族に迷惑といった話じゃあね」
糸口なんか見出せずテリアはギブアップだ。
ジェルムも同じ思いで、諦めるしかないと思う。そこにコキアが自覚なく支援を送る。
「俺と同じじゃ駄目なの? 定期的にアドバイス受けるだけでもプラスになると思うけど」
ジェルムにとってはその言葉は天啓のようだった。
すぐに幸助へと頭を下げて乞う。
「コキアと同じでお願いします!」
「同じって言われても。コキアは一人前になるまでって約束でアドバイスしてるんだ。
ジェルムはほとんど一人前でしょ?」
強さや性格にはやや不安があるが、依頼者に対する対応や自分にあった依頼を選ぶといった点では間違ったことをしていない。
ウォックームに負けそうになったのは、突然変異がいるという情報がなかったせいだ。
こういった前情報から変更があり、依頼の難度が上がった場合は、依頼者の証言や証拠品があれば報酬の上乗せをギルドがしてくれる。
今回は村長や村人の目撃証言と剥ぎ取った外殻が証拠となる。
「そこをなんとか!」
「諦めてほしいんだけど」
「いえ、諦めません!」
「今日のところはこれで終わりにしよ? 騒ぐと家の人に迷惑になるし」
泊まっているところは正式な宿ではなく、広めの民家が民宿として提供している場所だ。防音にはそこまで気を使ってはいない。
「認めてもらうまで諦めない!」
そう宣言してジェルムはテリアと共に自分に与えられた隣の部屋に戻る。
この言葉に嘘偽りなく、ことあるごとに頼み込んだ。この時、断られても決して感情的にならずにいたのが、そばで見ていたテリアとコキアには印象深く感じられた。
街に帰っても続いたしつこく粘り強い懇願に、ついには幸助は折れることになる。生徒っぽいなにかの一人追加だ。
師匠という存在に不信感があるのは、以前の経験が元になっている。なので感情を裏返すとまともな師匠への憧れという部分が出てくる。だからか巡り合ったまともそうな師匠的人物を逃すようなことはしないのだろう。
ちなみジェルムの訓練にテリアもついてくることになるが、弟子入り志願はしなかった。師匠に自主練習のやり方は聞いていて、それに不満はなかったからだ。時々、新しい魔法を教えてもらうくらいだった。
翌朝、十分休んで疲れをとった三人とコキアは村を出る。行きと違って帰りは転移魔法を使え、村を出たその日の夜十一時頃にはベラッセンに帰ることができた。
夜でもギルドには緊急に備えて人はいるが、依頼終了の受付などはしてないため、四人は明日の昼ギルド前に集合することにして街の入り口で解散した。
幸助は泊まり慣れているシディの宿へ、コキアは実家へ、残る二人は幸助について行った。この街で最初に泊まっていた宿は依頼に出る前にすでに解約していた。なので宿に泊まるという幸助と一緒のところに行けばいいやと、ついていったのだ。
シディはすでに寝ており、ほかの従業員が受付にいた。その人とも顔見知りだったので、軽く挨拶してお金を払う。幸助は一泊、二人は三日分払い、それぞれの部屋に入ってさっさと寝た。
朝、泊まっていたことに驚いていたシディと話したり、客を連れてきたことを感謝されたりして時間を潰し、ギルドに向かう。
「依頼達成、お疲れ様です」
「報酬の追加について話がしたいんですが」
幸助の言葉に受付を担当していた職員は、背後で書類仕事をしていた職員にそのことを告げて、四人を小部屋に案内させる。
「報酬増加の話をしたいということですが」
「依頼だとウォックーム討伐となっていたんですが、行ってみるとウォックームの大型種がいたんです」
「待ってください。ウォックームに大型種ですか?」
そんな魔物は聞いたことないと幸助たちの報告に怪しさを感じる。
「これがその大型種の外殻。依頼主の証言もある」
「それを預かって調べても?」
「売るつもりだから、壊されると困るけど」
「それならうちで買い取りましょう」
幸助はジェルムとテリアにそれでいいか問いかけ、二人は頷いた。
「今回の報告が本当だとすると、これで七件目になるな」
思わずといった感じで職員は呟いた。
「七件目ってなんのことですか?」
「未知の魔物に関する事件の数。
世界中で見慣れない魔物が暴れて発見されるといったことが起きているのですよ」
テリアの問いかけに職員は隠すことでもないのか答えた。
「七種類の魔物が新発見されたってことでいいんですよね? 大騒ぎするようなこと?」
「七種類という数だけで見ると少なく感じるんでしょうけど、突然変異や新種の発見という面から見ると多すぎるのです。
だいたい十年で一種類見つかると言えば、今回のことが異常に思えてきませんか?」
通常ならば未開地に冒険者が行き、そこに住む新種や突然変異を見つけるのが普通なのだ。今回のように向こうから人のテリトリーにやってくるということは、ここ百年記録に残っていない。
それが七種類全部、人のテリトリーで見つかっているのだから怪しんで当然だろう。
「そういやカルホード大陸でも魔物を集める猿を見つけたっけ」
エリスにその話をした時、そんな魔物は聞いたことがないと言っていた。長生きしているエリスの知識にない魔物なので、新種や突然変異の可能性はある。
「その話は聞いてませんね。八種類目ということでしょうか」
武闘大会の後でボルドスたちが倒しに行ったラフドワームもこれ関連の出来事だったりする。
ただどこかおかしかったというわけではなく、通常よりもやや強力だったというだけなので珍しさは少なく、今回の出来事と関連があるとは思われてはいない。
「でもその猿は冒険者が森に解き放ってたんだよなぁ」
「詳しく聞かせてもらっても?」
職員の目が強い好奇の輝きを放つ。
獣人の村で起きたことをプライバシーに関わらない程度に話していく。
レグルスパロウが猿を解き放っていた者たちと関わっていたことは話さないでいた。
「猿を解き放っていた冒険者たちを探したいな。ですが顔がわかりませんから難しいですね」
「似顔絵描けるかも?」
「本当ですか?」
紙を一枚もらい、あの時のことを思い出し書いていく。書いては修正しと繰り返し、十分後別の紙に満足いく似顔絵ができた。
書いた絵はレグルスパロウに依頼した男だ。
似顔絵をじっと見て、職員は世界中のギルドにこの男の情報を流しておきますと懐にしまう。
「話がそれましたね。報酬の増額ということですが、話を聞くかぎりは信じられますし、そこまで大金になるわけでもないので、この場で認めましょう。
元が銀貨五十枚で、外殻買取も考慮して銀貨八十枚、お一人銀貨二十枚でどうでしょう?」
「あ、コキアの分はなしでいいので、三人分計算でお願いします」
「えっと、いいのですか?」
職員が確認するようにコキアに聞く。事前にこのことを知らされているコキアは頷いた。魔物討伐に参加していないのに、報酬をもらおうと思うほど厚かましくはなかった。それに報酬は出ないが、旅費は幸助が出していたのだ。お金は使わず、冒険者として経験が積めた、それで十分だった。
「でしたら銅貨十枚減らして、お一人銀貨二十六枚と銅貨十枚では?」
銀貨二枚を三人できっちり分けようとするときりが悪くなるので、幸助はそれでよかった。ジェルムとテリアもその報酬で十分だったので頷いた。
「そうですか。では報酬をすぐに用意しますが、銅貨十枚分の情報をなにか聞きたければ答えますよ?」
四人とも特に思い浮かぶことはなかった。首を横に振る四人を見て、職員は報酬を取りに部屋から出て行く。
ジェルムとテリアの価値からすれば、多い目な報酬に二人は嬉しげな表情を見せている。貯金に回し、装備を新調するための資金にしようと話してるのを聞いて、幸助は聞きたいことができた。
「こちらが報酬となります。ご確認を」
トレーに三等分され載せられている報酬を幸助たちの前に置く。
財布に入れて幸助は職員に聞く。
「さっきの情報のことなんですけど」
「はい」
「ぼろくなって使わなくなった剣とか鎧って置いてます?」
「置いてますよ。ある程度溜まったら廃材屋に売ります。売れないほどにぼろぼろな物は捨ててしまいますが」
「そういうのって貰ってもいいんですか?」
「そうですね……職員に許可をもらえれば大丈夫かと。ですがあなたは必要ないのでは?」
「俺じゃなくて、そっちの子になにかあればと思って」
コキアを示す。ぼろくなっても服や木剣よりはましなものがあるだろうと考え聞いてみたのだ。
装備の整っていないコキアを見て納得した職員は廃材置き場を幸助に教えて、置き場近くにいる職員に事情を話せば大丈夫でしょうと許可を出す。
職員に別れを告げた幸助は、早速コキアと廃材置き場に向かう。ジェルムとテリアは廃材には興味ないので、依頼を探すため分かれた。
廃材などを置いてある倉庫を管理している職員に事情を話し、持ち出し許可を貰う。ただし売れそうな物は認められないとのことだ。
廃材置き場には折れた武器、錆びついた武器、破損した鎧、破けた革鎧などなどそれなりの数の武具があった。その数は十や二十ではない。どうしてそんなにあるかというと冒険者たちが置いていくからだ。鍛冶職人などに売りに行く冒険者もいるのだが、そういったことをめんどくさがる冒険者もいるのだ。
「とりあえず好きに何個か探してみな」
「はい!」
コキアの目が輝いている。まともな装備を持っていないコキアにとって、ここはちょっとした宝の山だった。折れた剣でも木剣より攻撃力は高い。色々と楽しそうに手に取り出す。
その様子を横目に幸助も武具を手に取っている。使おうと思っているわけではない。修理できるものがないかと思っているのだ。家に自分の作業部屋ができたのだ。そこを使えば修理や金属塊に戻して一から作り直しもできる。本格的な鍛冶の経験はないが、どんな感じなのかやってみようかと少し好奇心がうずいた。
コキアは二本の折れたブロードソードと壊れた硬革の鎧を手に入れた。
ブロードソードは半ばから折れていて、ダガーといった感じなっている。ついでに刃も欠けていたり潰れていたりしている。
鎧は左肩辺りが無く、大きめな胸当てといった感じだ。小さな傷や血や土の汚れもついている。この汚れは布で拭けば落せるだろう。
幸助はいかにも使い物にならなさそうな剣と斧を貰った。
職員に礼を言って二人はギルドから出る。
「コキア、剣を研ぎなおそうか? 今よりましになるけど、どうする?」
「じゃあ、こっちお願いします」
一本、幸助に渡す。十日後に持ってくると言って幸助はコキアと分かれ、家に帰る。
その日から幸助はリッカートに行く以外は家から出ずに、鍛冶に挑戦することした。
やったことは溶かして板状に固め、熱して叩き、折り曲げ叩くといった地球にいた時テレビなどで見た鍛錬方法だ。十分鍛えたと判断して、研ぎ刃と成す。そして出来た刃物を見て、首を傾げることになる。
正式な手順を踏んでいないので、まともに剣ができるわけもない。出来上がったものは重心の狂った切れ味の鈍い刃。
今回のことでわかったのは、鍛冶職人に手順を聞いてから再挑戦した方がいいということだ。
それでも第一作ということで記念に取って置くことにして、鍛冶挑戦はひとまず終了となった。