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弟子とともにやってきたハプニング 前

 開店準備に一段落つき、溜まっていた依頼も片付け、落ち着いた日々が戻ってくる。

 することがなくなったかと思った次の日が、コキアと会って十日目だったので、うっかり二度寝しそうになりながらもベラッセンへと向かった。

 今日も依頼を受けにきたのかというディアネスに、コキアの様子見と答え雑談に興じているとコキアがやってきた。


「おはよう」

「ども、おはようございます」


 挨拶を交わし、早速訓練場に向かう。


「まずは剣を振ってみて。ズレとか変な癖がついてたりしたら指摘するから」


 コキアは頷いて、腰の木剣を抜く。

 上段からの振り下ろし、袈裟斬り、横薙ぎ、払い、突きと数回ずつ実演していく。

 真面目にこなしていたのだろう、十日前より様になっている。特に指摘するような部分はなかった。


「直すようなところはないね。今後もその調子でいけばいい。

 でも一つだけ注意してほしいことがある」

「なに?」

「戦闘になると実際に使うのはその木剣じゃなくて、金属製のものになると思う。そうなると重さが違うってのは予想できるだろう?」

「それくらいは」


 簡単に予想ついたコキアは頷く。


「その重さの差で、振り方にズレが生じる場合があるってことを覚えておいて。

 重さが違うってことは振り回すたびに使う体力が違う。木剣のつもりで振り回して、予想してない隙が生まれるかもしれない。そこから大怪我に繋がるかもしれない。

 金属剣を使い始めたらそこを意識しとくように、わかった?」

「覚えとく」


 その返答に幸助も頷き返す。


「次は回避と防御をやってみよか。反撃はなしで、避けること受けることだけを考えるように。

 最初はすごくゆっくり振って、そこから徐々に速度を上げてくよ」


 幸助は鞘に納めたままの剣を構える。

 鞘から抜いて殺傷可能武器を向けられる怖さも兼ねた訓練しようかと少し思ったが、コキアが予想もつかない避け方をして怪我させることになるかもしれないと止めた。ある程度避けられるようになったらやるつもりだ。


「じゃあいくよ」


 最初は本当にゆっくり、子供でも避けられる速度で振っていく。

 コキアは余裕を持って最小限の動きで避けていく。始めて三分までは避けのみで、そこから先は剣を使って受けることもでてきた。五分経つと余裕はなくなってきて呼吸が荒くなり始めた。七分後には余裕はなくなっており、剣は手放していて避けることのみに集中していた。五分以降、幸助は剣の速度は上げていない。ここらが今の限界だろうと判断したからだ。

 避けることに失敗したのは、体力が尽きかけよろけた時だ。避ける距離が足りず、幸助の剣が肩に軽く当たった。

 時間にして十分はもっていない。


「はい、終了。避け続けるのも攻撃するのと一緒で体力ないとやってられないからね。

 体力底上げはさぼらないように」

「避けるコツとかってある?」


 息も絶え絶えな状態でコキアは聞く。


「訓練して慣れるのみだと思う。

 あとは相手の動きをよく見ること。最初の頃はゆっくりだったから、見て避けきれたでしょ? 早くなっても相手の動作に気をつけていればわりとなんとかなる。

 フェイントされることもあるけど、これの対応も慣れるかよく見るかだと思うね。

 あとは一対一なら相手の動きを見てるだけでいいけど、複数の場合は回りのことも気にしてないと不意打ちくらうから気をつけて」


 対複数の訓練はできないので、こう言うしかない。ボルドスがいれば一度くらいは協力してもらえたかもしれないが、いないからどうしようもない。

 

「少し休んだら、まだ避ける訓練する? それとももう止めとく?」

「やる」

 

 慣れるという言葉を意識したコキアは頷いた。

 五分ほど休憩して避ける訓練を再開する。今度は最初からある程度の速度で始める。

 休憩と訓練を十回ほど繰り返し、最後にはフェイントも混ぜて訓練を終えた。フェイントに関してはまったく慣れていないので、面白いほどに引っかかっていた。


「実技はこれくらいで、知識の方に行こうか。といっても調べたことでなにか疑問があったか聞くぐらいだし、俺も知らないことは答えられない」


 なにかあったかとコキアは首を捻っている。

 

「罠の解除について本を見たんだけど、実際にやってないから本当に理解してるのかわからないってのがある。

 あと鍵開けについてはさっぱりわかんない。やり方とか本に書いてないし」

「鍵はここに置かれてるやつを使えばいいよ、と言いたいところだけどちょっとした条件があってコキアには使えないんだ」

「どうして?」

 

 幸助はギルドから評価、悪用しない、推薦者が必要といった理由を話す。


「どうしても練習したいなら鍵を買って練習するしかないんじゃないかな」

「そこまでして練習するつもりはないよ」

「じゃあ依頼をある程度こなすのが一番の近道だね。その時には俺がサインするよ」


 コキアは納得し解錠については後回しにすることにした。


「ほかになにか聞きたいことはある?」

「今はない、と思う」

「じゃあ、俺は行くよ。また十日後に来た方がいい?」


 コキアは頷く。

 十日後に来ることを約束し幸助は家に戻る。

 また一度か二度は様子を見に来ようとこの時は考えていたのだが、ハプニングが起きてコキアのことが頭から抜け落ちた。

 そしてハプニングが治まって約束の十日目が来て、幸助はベラッセンにやってきた。

 いつものようにギルドで待つ。今日はディアネスは休みのようで、依頼を見ながら時間を潰す。

 そうしているうちにコキアもギルドにやってきた。右腕をしっかりと包帯で巻き、動かさないように首にかけた布で吊っている。コキアの隣に幸助と同年代か少し上といった感じの女もいる。

 その女は明るい茶色の目で幸助を睨んでいる。幸助はなにか恨まれるようなことをしたかと疑問を抱くも、まったく見に覚えがない。どこかで会った記憶すらない。

 白っぽい黄色の髪をショートカットにして、黒のバンダナで頭部を覆っている。体は脂肪が少なくほっそりしている。顔は可愛い方だと思われるものの、今は不機嫌なようで愛らしさは消えている。


「おはよう、でどしたのその怪我。それに隣の人は誰?」

「おはようございます。この怪我はえっと……」

 

 言いづらそうに口ごもるコキアを見て、横にいる女が口を開く。


「森で魔物に襲われてたのよ。それを偶然通りかかった私たちが助けて一緒に街まで帰ってきた。それが一昨日のこと。

 こんな未熟な子を一人で森に行かせるなんて無責任もいいとこでしょ! なにを考えてるの!」


 女が怒っているのは、幸助がいい加減な判断で外に行かせたと思っているからだ。

 幸助は女のことをスルーしてコキアに話しかける。


「あー、森に行ったんだ?」

「……はい」

「どんなやつと戦った?」

「ファードッグってやつ、三匹」


 ギルドにあった資料で、自分が戦った魔物がどのようなものかは知っているのだ。


「あれか。懐かしいな。

 いきなり複数との戦闘はきつかったろ?」


 聞かずとも見ればわかる状態だ。


「怪我はどんな感じ?」

「切り傷は自分で治療したり、治してもらったりした。骨にひびが入ったのは、魔法での治療費が高くて払えなかったから普通の治療をしてもらった」

「その怪我治療してしまうから、腕をこっちに出してくれる?」

「治せるんですか? というかお金持ってないけど」

「今回は無料サービスってことで」


 ちゃちゃっと魔法で骨の治療をしてしまう。

 動かしても痛みのなくなった腕を、感動したように何度も触っている。


「この魔法覚えたいんだけど」

「実力が足りないから無理。魔力が最低でもD+必要だから」

「治療できるからって落ち着きすぎでしょ! 万が一ってこともあるの!」


 仲間が怪我をしたのに、全く慌てる素振りを見せない幸助に女の苛立ちはさらに増す。


「万が一があるのはわかってるけど、それはコキアの自己責任だよ」

「自己責任って!? 師匠には弟子を守る責任があるでしょ!」

「俺はコキアの師匠じゃない」

「はあ!?」


 幸助の否定に信じられないことを聞いたといった顔になる。


「この子の指導してるんでしょう? だったら師匠でしょうに。

 責任逃れするのもいい加減にしなさい!」

「……コキア、もしかしてこの人会った時からこんな感じで話を聞こうとしなかった?」


 その推測にコキアは苦笑を浮かべて頷いた。

 おそらくこの女は善人に分類されるのだろう。だが思い込みが激しくもあるようで、その思いのまま行動してしまっているようだ。

 こういった行動がいい具合に働くことはあるのだろうが、今は幸助にとってマイナスでしかない。

 しばらくギルド内で幸助は師匠役として適さないという噂が広がるだろう。

 弟子をとるつもりのない幸助は、そのことについてはどうこう言うつもりはない。むしろ助かることだ。


「どうしました?」


 ギルド職員が騒ぎとなっている場へやってきた。

 騒いでいることで他の冒険者たちの注目が集まっていたが、ギルド職員が近づいたことでどうにかなるだろうと関心は薄まった。

 その職員に女は事情を説明する。職員の幸助を見る目が厳しくなるが、一方の主張を鵜呑みにしないといった判断力はあり、幸助にも話を聞いてくる。

 その職員に一時的な教師役ということを話す。

 幸助とコキアの間に利害が発生していないこと、コキアもこの関係に同意していることを知り、一方的に幸助が悪いわけではないと職員は理解した。


「正直感心できる話ではないですが、同意を得ているのですから回りの人間がどうこう言う話ではないと思いますよ?」

「しかし無責任すぎるしょう!?」

「無責任というか、責任自体が発生しないでしょ?

 積極的に戦わせたというわけではなく、むしろ安全に育てようとしたみたいです。

 大きく騒ぐほどではないと」


 幸助に非が少ないとわかった職員は、騒ぎにならないように女を宥める。

 幸助にマイナスイメージがつくことは、ギルドとしては避けたいことなのだ。今回の噂を厭い実力者の一人がどこかへ移動といった事態になるのかもしれない。

 噂が真実ならばいなくなっても仕方ないし、ギルドも警告を出す。間違いで出て行かれた場合はギルドにとって損だ。


「注意するどころか、庇うのですか!?

 この人に任せていれば、この子が死ぬことになりかねませんよ!

 いいです! 私が戦い方を教えます! 行きましょう!」


 コキアの手を取っていこうとする女の頭を鞘にいれたままの剣で軽く叩く。パコンといい音が響いた。

 思いっきり怒気が篭った目で幸助を見る。


「なにをするのよ!」

「一人で突っ走りすぎだと思うよ。コキアに着いてくるのか聞いてもないし」

「聞くまでもないわ。一緒に来るよね?」


 ちらりと幸助を見て迷った素振りを見せるコキア。

 そのコキアに幸助は助言というか既に言ったことをまた言う。


「好きなようにすればいい。最初に言ったけど、俺の言うことを聞く必要はないんだ。ついて行きたいか行きたくないか、自分で考えて決めるんだ」

「……両方に教えを受けるってのは?」


 悩んだ末の結果は、どちらも選ぶというもの。いろんなことを知るという点では間違っていないのだろう。

 幸助はその考えに反対意見はなく、女は不満そうだ。


「どうしてこんなやつにまだ教わろうと思うのよ!」

「どうしてって……無茶は言われてないし、今のところ間違ったことも教えられてないと思うから?」

「怪我するようなことになったじゃない」

「それは自分のせいだから、ワタセさんを責めるのは間違いだってわかってるし」


 魔物について調べた時、近くの森の魔物はそれほど強くないと知り、行ってみたいという好奇心が湧いた。近頃は剣も最初の頃より長く振れるようになり、少しくらいなら大丈夫だろうと油断し街を出た。

 そうして怪我したのだから自分のせいだとコキアもわかっているし、幸助に町から出るのは無謀と言われたことも身に染みて理解した。

 ちなみに自分のせいだと女には説明したのだが、幸助を庇ったか恐れているかのどちらかだろうと女は聞き流したのだ。


「わかったわ。こいつより私の方が実力が上ならば教わることもないわよね?

 そういうわけで勝負よ!」

「なんでやねん」


 強引と思える言葉に、幸助はおもわず突っ込む。

 これにはコキアも職員もさすがに無茶苦茶だと呆れている。


「勝負内容はそうね……なにか依頼を共同で受けて、それを解決する様子を見学させて決めてもらうってのは?」


 疑問系でありながら、その場にいる者たちはそれで決まったんだろうなと考えが一致した。


「それってまだまだ未熟者のコキアを依頼に同行させるってことだろう? それで怪我したらどうするんだ?」

「私たちが守ればいいじゃないの」


 ここまで当然のように言い切るとそれだけの実力があるのだろうかと思えてくる。


「簡単に言うね」

「護衛依頼と一緒よ。何度も経験してるわ。だから大丈夫」

「どうするコキア? 俺としてはすごくめんどくさいんだけど」


 本音だ。いますぐ帰りたいと思っている。


「賛成というか、一度ワタセさんの実力を見てみたいです。悪いとは思ってるけど」

「これで決まりね! ちょっと待ってなさい。相方を呼んでくるから。逃げたりなんかするんじゃないわよ!」


 ビシっと幸助を指差し念を押して、女はギルドから出て行った。


「勢いある人だったな。そういや名前も聞いてない」

「ジェルムさんっていうらしいです。悪い人じゃないみたいけど……」

「思い込みが激しいよね。相方さん苦労してそうだ」


 苦労してそうだという部分に、コキアも職員も頷いた。

 職員は幸助に頑張ってくださいと告げて去っていく。目には同情の色が見えていて、心の底からの言葉だとわかった。

 十五分経ち、ジェルムはメガネをかけた女を連れてきた。

 濃い灰色の長髪と黒の目で、手には五十センチほどの杖を持ち、空色の厚手長袖シャツに白く染められた革の軽鎧とロングスカートという動きを考慮していない姿で、魔法を中心にした戦闘スタイルだろうと予測できる。


 幸助やエリスは使ってはいないが、魔法を増幅する物がある。ジェルムの相方が持っているような杖型、本の形をとっている物、腕輪指輪の形をしている物が主流だ。中には剣や弓といった形もあるが、それらは少ない。

 この増幅器の原型は、神が報酬として冒険者に与えた杖だ。神器と呼ばれているそれを元に研究し、レプリカが世に広まっていった。

 所詮はレプリカで増幅率は原型に遠く及ばない。神器は増幅率二倍以上だったという記録が残っている。その一方で人が作った物は最高傑作と呼ばれる物で一・五倍だ。平均的な冒険者が使っている物は、一・二倍が常だ。

 値段としては一・一倍の物が銀貨三枚、一・三倍が閃貨一枚、一・五倍で閃貨三十枚の値段がついた。神器については値段付け不可能となっている。


 神器を手に入れたいのならば、カルホード大陸にある暇潰しのダンジョンと呼ばれるところに行くのが一番手っ取り早い。

 そこは神が造っているダンジョンで、最奥まで到達した者には期限付きの神器を与えられている。半年から一年のスパンでダンジョンの内容は変わるので、クリアした者が出てもしばらくすれば再挑戦できる。

 ダンジョン踏破の他にも、変わったダンジョン探索をすると神器が贈られることもある。最近では全部の戦闘を回避し続けた者たちに、魔物避け効果を持つ鈴の神器が贈られた。

 現在、世界で一番冒険者が集まる場所だろう。


「依頼を探しましょ!」

「ちょっと待ってジェルム。自己紹介させて? 一度きりとはいえ一緒に依頼するんだし、名前知らないと不便だよ」

「名前……そういえばあんたの名前知らないわ」


 ジェルムは幸助を見て言う。


「そりゃ自己紹介なんかする暇なかったし。それにそっちも名乗ってない」

「……ジェルム」


 呆れたように相方はジェルムを見る。


「思い込んだら一直線っていうのいい加減直してよ」

「今回は私は悪くないよ!」

「いやコキア君の話を聞いてたらそんな結論にはならないでしょうに。それに今回は特にひどいように感じるよ?」


 溜息一つ吐いて幸助たちを見る。


「コキア君には名乗ったけど、そっちの人は初めてだからもう一度名乗るわね。

 テリアといいます。よろしくね、そしてつれが迷惑かけてすみません」

「幸助・渡瀬といいます。手綱取るの大変でしょうが、めげずに頑張ってください」


 テリアは苦笑いを浮かべて頷いた。


「ジェルムよ。

 これで自己紹介はすんだわね。依頼を探すわよ」


 ついてきなさいとコキアの手を取ってジェルムは依頼を探しに向かう。

 

「あのう」

「ん?」


 テリアが幸助に近寄り話しかけ、頭を下げる。


「もう一度謝らせてください。

 ジェルムには私からよく言っておくので、今回だけ付き合っていただけませんか。それでたぶん気がすむと思うので」

「いや、まあ気にしてないって言ったら嘘になるけど、そんなに謝らなくていいよ。たまにはこんなこともあるって思って付き合うよ」

「ありがとうございます」

 

 テリアはほっとして力を抜き、微笑みを浮かべる。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。

 さっき今回は特にひどいって言ってたよね? 最近なにかいらつくことでもあった? 誰かと喧嘩したとか、依頼で嫌な思いしたとか」

「いえ、そんなことはありませんでした。野宿が続いてゆっくりと休めなかったといったことはあったけど、そんなことは何度もあったし、今回のような様子を見せたことはなかった」


 当時のことを思い出し、首を横に振って否定する。


「なにも原因がなく、あんな感じになったってことなのか?」

「さすがに原因なく荒れるといったことはないと思うんですけど……」


 心当たりがないかテリアは考えてみる。


「……もしかしたら」

「心当たりあった?」

「八つ当たりか妬みなのかも?」


 自信はないのか疑問系となる。それでもいいので幸助は先を促す。


「ジェルムって師匠に恵まれなかったみたいです。戦える人に剣の扱いを教えてもらおうとして断られ続けて、ようやく了承をもらえた人からは、教えを受けられずセクハラを受けてたらしいです。

 それで師匠という存在にマイナスイメージを持ったのかなと思う」

「でも俺は師匠じゃないよ?」

「そうなんですか?」


 ジェルムにも説明したことをテリアにも説明する。


「それでもいい加減な指導はしてないんでしょ?」

「手を抜くことはしなかったつもり」

「だとしたら師匠という存在に近いものを感じ取っても無理はないと思いません?

 むしろそんな関係なのに、自分よりましなことに羨ましさを感じたのかも」


 推測にしかすぎないんですが、と締めくくった。

 テリアの推測は当たっている。そういった半ば無自覚な思いと元々の性格が合わさって今回の幸助への反応となったのだ。


「そこの二人! よさげな依頼見つけたからこっち来て」


 タイミングよくジェルムから声がかかる。

 

「この依頼を受けるわ!」


 ジェルムが突き出してきた依頼書には魔物退治と書かれている。

 ベラッセンから徒歩四日の位置にある村からの依頼で、出されて三日が過ぎているものだ。

 内容は、草原に最近住み着いた魔物を退治してくれというもの。草原の動物を食べ、畑を荒らし、家畜にも被害が出ている。人間は近寄らずにいるので、今のところ被害は出ていないらしい。しかしこの三日の間に被害は出ているかもしれない。

 依頼者から聞いた魔物の特徴から、ギルドはこの魔物をウォックームという魔物と判断した。


 ウォックームとは、二足歩行の昆虫の魔物だ。一メートルほどのカナブンやカブトムシといった甲虫が、二足歩行しだした様子をイメージするといいだろう。

 強さは、コキアが負けたファードッグより強く、ヴァイオレントバルブより弱い。これだと範囲が広すぎるので範囲を狭めると、幸助が獣人たちの村で戦った魔物たちよりやや弱いといった程度だ。

 駆け出しのコキアには強敵だが、イーガンたちレグルスパロウには物足りなく感じる魔物だ。

 この依頼を受けたということは、ジェルムたちは中堅と呼ばれる位置までは達していないということだろう。


 幸助はこの魔物のことを知った時、一つの疑問が浮かんだ。

 どうして二足歩行しだしたのかということだ。二本足よりも多足の方が安定性がある。機動力も空を飛べば解決する。空いた足が腕となることもなく、足のまま。

 その変化になにか意味はあったのかと幸助は思ったものだ。


 これは虫系統の魔物たちの願いを聞き入れた、虫関連の神が起こした変化だ。

 勢力を増してきた人に勝てるようになるには、人に似ればいいと虫たちは考え、それを神は叶えたのだった。

 結果としては中途半端で、ある程度の強さを持つ冒険者には勝てない失敗作になってしまった。

 一度起こした変化は取り消しはできず、こうしてウォックームという魔物は世界に誕生した。


「出発はいつにするつもりなんだ?」

「すぐにでも!」

「ジェルム、準備とかあるんだしすぐは無理だよ。せめて明日。ただでさえワタセさんに無理言ってるんだから急がせちゃ駄目」

「……わかったわよぅ。じゃあ、明日の朝八時ギルド前に集合よ」


 テリアの言葉に口を尖らせて渋々といった感じで頷く。

 旅の準備のやり方を教えてあげるとコキアを連れて行こうとするジェルムを幸助は止めた。


「どうして止めるのよ」

「コキアにどういった感じで準備させるつもりなのか知りたいんだ。つまり戦うことも意識させた準備なのか、旅に出ることだけを考えた準備なのか」

「戦うことに決まってるじゃない」


 なにを当たり前なといった感じで幸助を見る。


「それには反対。今のコキアはファードッグにも勝てないんだ。それなのに戦うことを意識した準備ってことは、ウォックームとも戦わせるつもりに思える。それは無謀だろう? また大怪我負わせるつもり?」

「ま、守るから怪我なんて負わないわよ!」


 説得力の薄い返答をするジェムルから視線を外し、テリアに視線を向けて聞く。


「テリアさん、あんたらは複数のウォックーム相手にコキアを補助しながら殲滅できる?」

「……無理です。私たち二人だけで、相手が五匹程度なら軽い怪我しながら勝てるといった感じだと思う。

 そこにコキア君が入ると、戦うといったことに集中できなくなって私たちも大怪我を追う羽目になりかねません」


 自分たちの命に関わることなので、テリアはジェルムを庇うといったことはせず正直に答えた。


「というわけだからコキアには戦いに参加しない準備をしてもらう。

 反論は聞かないよ。そもそもコキアに大怪我負わせるようなことをさせたって怒ってきたのはそっちだから」


 ジェルムは納得せざるを得ない。それでも反論はある。


「依頼をこなす時はコキアに村にいろっての!? どうやって依頼内容の判定を出してもらうのよ!」

「コキアに遠見の魔法を教えるよ。離れた位置から俺たちの行動を見てもらえばいいんじゃない?

 一応護衛もつける」

「護衛って?」


 自身のことだから気になるのだろう。コキアが聞く。

 幸助はジャケットを脱いで、久々に鷹に変化させた。上げた腕に止まったリンヨウを撫でる。

 着ている物が魔法の道具とは予測していなかった三人は驚いた表情を見せた。


「リンヨウって名前なんだけど、この子をつける。そこらの雑魚なら追い払えるくらいの力はあるから」

「そんな便利な物があるなら、どうして常日頃つけてあげないのよ! 外に出た時だってその鷹がいれば!」

「弟子じゃないから、そこまでする必要はない」


 付け加えるならば、急がしくて様子を見れない時に森に行くとは思っていなかったのだ。

 言い切った幸助に再び怒りの視線を向けるジェルム。


「明日絶対ここに来なさいよ!」


 怒りのままコキアを連れてギルドを出て行く。言い残したことはないので、今度は幸助も止めなかった。幸助と騒いで迷惑をかけたギルドそれぞれにすまなさそうに一礼して、テリアも去って行く。

 リンヨウをジャケットに戻し、幸助は椅子に座る。

 今回のことは冒険者の仕事ぶりを見学できて、コキアにはいいことなのだろう。

 いずれ教えることが早く来ただけと結論付けて、幸助は納得することにした。

 

「そういや依頼の手続きしたのか?」


 ジェルムたちが受付に行った様子はなかったことを思い出す。確かめるために受付に行き、依頼番号がわからないので内容を言って受ける手続きされているか聞く。

 ジェルムは手続きを忘れてギルドから出たようで、まだ誰も受けたことにはなっていなかった。

 誰かに受けられるようなことになる前に手続きをすませ、幸助はギルドを出た。家に帰る前にリッカートへ飛び、お店予定地で作業してる人たちに、メリイールたちへの伝言を頼み家に帰る。内容は、依頼で出かけるため次の様子見には来れない、といったものだ。

 エリスにあったことを話すと、面白いことに巻き込まれたなと笑われたのだった。


 翌日、時間前にギルドに到着した。十五分前についたのだが、コキアはすでに待っていた。

 遠足を楽しみにする子供のように、参加できないとはいえ、初めての依頼に興奮して早く着いたとのこと。

 もう一度戦闘には参加しないように言い含めているうちに、ジェルムとテリアもやってきた。

 互いに挨拶を交わし、ジェルムは幸助に対して渋々といった感じだったが、早速出発する。

 街から離れるとジェルムの表情からは不機嫌さは消える。いつ魔物に襲われても不思議ではないので、私情を抑え込み周囲を警戒しているのだ。

 一行のペースは、旅慣れていないコキアがいるため若干遅めになっている。

 薪を拾ったり、食べられそうな野草や小動物を採ったり、遠見の魔法を教えたりして進み、時間は流れていく。やがて日が傾き始め、今日の移動は終わりとなる。

 食事は調理のできる者で作るということで、幸助とテリアの交代制となった。コキアとジェルムは後片付けとなる。

 昼はテリアが作ったので、今度は幸助の番だ。ホットケーキと昼に狩った兎肉と野草の炒め物で簡単にすませるつもりだ。。


「ワタセさん、フライパンとナベの両方持ってきたんですね」

「できる料理の幅が広がるしね」


 通常ならば重さを減らすためどちらか持ち物から外すものだ。テリアも鍋を外して、底の深めなフライパンを持ち歩いている。

 だが幸助の場合は高い体力と筋力のおかげで外さずにすむ。

 肉に下味をつけ、野草のあく抜きをすませて、手早く作っていく。手馴れた様子に、そばで手伝えることはないか見ていたテリアは感心していた。


「ジェルムも料理覚えてくれると本当に助かるんだけど」

「まったくできないの?」

「私の方が上手くできるって言って任せきり」

「将来困りそうだねぇ、ちょっと味見してくれる?」


 皿に取った炒め物をテリアに渡す。

 野草と肉を口の中に入れたテリアは軽く目を開いた。よく咀嚼してから口を開く。


「……美味しい、美味しいですよ」

「ありがとう。じゃあ、これで完成だね」


 四人分を皿に分けて、先に作っておいたホットケーキをまとめた皿を持ってコキアたちの待つシートまで移動する。

 祈りを捧げて食事が始まる。

 炒め物を一口食べたジェルムの動きが止まった。


「どうしたのジェルム?」

「な、なんでもない」

 

 料理に文句の一つでも言ってやろうと思っていたのだが、意外と美味しく文句をつけられないでいた。

 偶然美味しくできただけと自分に言い聞かせ、全部食べたのだった。

 次こそは文句を言ってやると思いつつも毎回美味しく、この旅でジェルムが食事に文句を言うことは一度もなかった。

 食事の後は見張りの順番を決めていく。この見張りからコキアは除外した。慣れない長距離移動で疲れているのでゆっくり休ませることに、三人一致で決まった。

 順番はジェルム、幸助、テリアとなる。中途半端な睡眠でも十分体力が持つ幸助が立候補したのだ。

 幸助とテリアは見張りに備え、さっさと寝る。コキアはまだ眠くはないので、ジェルムに付き合い起きていた。

 時間が経ち、ジェルムに起こされて幸助が見張りに立つ。乱暴に起こされることはなく、言葉少なにだが普通に起こされた。すでにコキアは眠っていて、幸助はパチパチと炎の中で枯れ枝が爆ぜる音を聞きながら、一人で周囲を見張っていた。

 空は曇り、星明かりも月明かりもなく見張りはやりづらかったが特に異変はなく交代の時間がきた。テリアを起こし、また眠る。

 夜が明けて、テリアは朝食の準備を整えていく。その匂いで幸助が起き、次にジェルムが起き出してきた。まだ寝ているコキアをジェルムが起こし、軽く身支度を整え朝食となる。

 後片付けも終え、一行は目的地へと再出発する。


 道中こんな感じの繰り返しだった。

 魔物が襲ってくることもあったが、問題なく追い払えていた。その時に幸助が働かずジェルムが文句を言ったのだが、コキアの護衛だと答え一蹴した。

 幸助はただ護衛をしていたのではなく、ジェルムとテリアの実力を調べてもいた。

 その結果、今まで会った冒険者の中では下の方じゃないかと結論付けた。

 テリアの方は魔力が低いから戦術に幅が出ない。逆に言うとこれからの成長で順調に育っていくだろう。

 ジェルムはまともな師につけなかったということが戦いに響いていて、剣の扱いが荒い。我流故に変な癖がついていて、威力が分散されてしまっている。天性のものを持っているというわけではなさそうなので、我流を発展できず、成長しても思うようには動けないだろう。

 もしジェルムがコキアを指導するとなると、コキアも剣士としては歪んで育ってしまうのは確実だ。

 そうなるとわかっていて放置するのもどうかと幸助は思うが、弟子としていない以上手を出すのも躊躇うものがあり、なにも行動を起こさないでいる。


 整備された街道を進み、途中から整備の荒い道にそれて目的の村に到着した。

 問題の草原そばを通ったのだが、運がいいのかウォックームには遭遇することはなかった。その代わりに元々この草原に生息しているらしいサーベルバニーという凶暴化した兎と戦った。

 余所者ということで注目を集めつつ、ここに来た用件を告げ村長の家を教えてもらう。


 村長に依頼内容と目撃証言と依頼達成条件を確認して、幸助とジェルムとテリアの三人は早速草原に入る。今日のところは村回りの偵察だけを目的としている。

 コキアは村から幸助たちの様子を見ることになっている。冒険者としてではなく見学者として来たことは、村長にも告げていて了承を得ている。リンヨウはコキアの近くにある建物の屋根で待機状態だ。

 依頼内容に変化はなかったが、目撃証言で一つ気になることがあった。二体ほどほかのウォックームよりも大きな個体がいたというのだ。幸助の記憶ではウォックームに大型種がいるという知識はない。ジェルムとテリアも同じだ。

 依頼達成条件はウォックームの殲滅、条件つきで。条件がついたのは、殲滅確認など難しいからだ。だからある程度倒して、見回りをして出くわさなければ依頼達成となっている。


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