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アイデア売ります、買いますか?

 溜まっていた依頼の半分以上を終わらせて、ギルド職員の勧めから一度休憩を取ることになった。オーバーワークではないかという配慮からだったが、幸助的にはまだまだ余裕があった。そんな幸助を見てギルド側も心配する必要はなかったかと認識を改める。

 一日のんびり畑作りの下準備をして、依頼解決を再開する。

 この間に特別なことはなかった。エリスに魔法の道具を作る初歩を教えてもらったり、ウィアーレと仕事したり、遠くからコキアの様子を見たりだ。

 ほかにはエリスの魔法実験の失敗で、頭上から紙くずが落ちてきたり、テーブルに置いてあったリンゴが消えたくらいだ。どんな実験なのか聞いてみた幸助に、エリスは近いうちにわかると答え具体的なことは話さなかった。


 町に到着し、その足で職人街へと向かう。

 今からやろうとしている依頼は、アイデア募集という変り種依頼だ。依頼人は鉄工職人たち。

 なにかを切ったり叩いたりといった音が満ち溢れる工場のそばを通り、目的のロイゼン鉄工所に到着した。規模としては大きくはないように見える。腕が悪いのか、オーダーメイド専門で大きな店を必要としないのかは、外から見ただけではわからない。

 

「こんにちはー」


 店入り口から声をかけると、すぐに人が出てきた。三十過ぎくらいの男で、がっしりとした体を持つ職人っぽい雰囲気だ。


「はいはいー。なにかご注文ですか?」

「いえ、アイデア募集の依頼できたんですが」

「あ、ワタセさんですね? どうぞこちらへ」


 男の案内で客室に通される。

 水とクッキーをテーブルに置きながら、軽く自己紹介しトオリと名乗った男も椅子に座る。


「こんなものしかなく」

「おかまいなく。それで依頼についてなんですけど、もう少し詳しく聞いても? 新商品の案を出してほしいとのことですが」

「はい。私たちは鉄工所としては規模が小さくて、なにか主力になるような品を持ちたいと思ってまして。

 それで皆で話し合ってはみたんですが、新商品の案など簡単に出るわけはなく。外部に頼ることに」

「外部に頼るのなら、俺を指名しなくてもいいと思うんですけど?」


 もっと大々的に募集するという方法もあったのではないかと、暗に問う。

 

「指名したのは推薦があったからなんです」

「推薦? 誰からですか?」

「ラドルフです。以前この町で新しい劇を披露した人です」

「ああ、あの人か。ラドルフさんと知り合いなんですか?」

「はい。出身地が同じでして、故郷の様子を手紙で教えてもらってるんです。

 ラドルフにも新商品の相談した時、自分よりもそういうことに向いてそうな人がいると。

 あの劇の発案者なんでしょう? ああいった新しい発想ができるなら、俺たちの仕事にもなにか助言ができるんじゃないかと思って指名させてもらいました」


 この説明に納得した幸助だが、特撮は自分の発想ではないので少し居心地が悪かった。


「んんっそうですね、とりあえずこちらでどのようなものを作っているのか知りたいんですが」


 咳払いして気持ちを切り替え話を進める。

 どんなものを作っているのか聞いて、技術レベルが推し量れないかと思っての質問だ。案は出しても実現不可能だと意味がない。


「ここで作っているものですか。金槌と小型の杭を主に作っています。どちらも鋳造です」

「鋳造って型に溶けた金属を流し込んで作るってやつですよね? 金属を鍛えて作るっていう鍛造の方はできないんですか?」

「できますが、鍛造は時間がかかるので量産できる鋳造が主流になるんです。そうしないと経営が立ち行かなくなるんですよ」

「ちなみにどれくらいの物を鍛造で作れるんですか? あとどれくらいの質にまで仕上げることができるんですか?」


 トオリは職人たちの腕を思い出すため少し考え込む。


「そうですね、ここに職人は俺を含めて五人いますが、全員一人前の腕は持っています。

 ですが一流の腕を持っているかと聞かれると、首を横に振らざるを得ません。

 鉄で作ることができる小型の物はほとんど作成可能ですが、専門にされている方々には敵いません。大型の品物は作成不可能です。

 こんな答えでいいでしょうか?」

「例えばハサミを作ってほしいと頼めば作成可能ですけど、品質はそこまで高くないということですよね?」

「はい」


 実力不足を指摘するような問いだが、トオリは気分を害した様子なく頷いた。外部に協力を要請している時点で、そういったプライドは捨てているのかもしれない。


「ふむ」


 幸助はなにかいい案が出るかと考え込む。

 真っ先に思いついたのは品質を上げてブランド化するというものだが、それはトオリの言葉で無理だと否定されている。

 次に思いついたのは本来の用途に付け加え、ほかの機能を持たせるというもの。

 例えば果物ナイフに缶切りでも、と思った幸助はこの世界に缶詰がないことを思い出し没にした。

 ならば缶詰自体を作らせたらと思い、どうやったら缶詰を作れるのかわからず、また没。

 次に思いついたのは金属製ではないものを金属で作るというもの。

 頭に浮かんだのは鉄下駄。そこから鉄靴を作ってはどうかと発展させ、重くて使い勝手悪いだろうと没。さらに考えを進めて、全部ではなく金属補強するのはどうだろうと思い、すでにあるじゃないかと思い至る。

 ここで考えることを止め、口を開く。


「すぐに案は出せそうにないです。何日か時間を貰いたいんですが」

「かまいませんよ。もとから時間はかかるだろうと思っていましたので」


 この場でポンっと案を出されると、トオリたちが凹む可能性があった。

 今日のところはこれでと工場から出て、ほかの依頼に向かう。依頼をこなしつつ、なにかいい案が出るかなと考えていた。

 そうして出た結論は、地球にあってこっちにない物を提案するというありきたりなものだ。

 ありきたりといっても探し出すのは簡単ではない。二日かけて、ない物を探すということに意識を傾け生活し、これはという物を二つ探し出した。

 それは爪きりとピーラーだ。爪きりはハサミかナイフで切っているのを見たことがある。調理補助の依頼をした時、ピーラーがないことも覚えていた。

 どちらも行える魔法は存在するのだが、作業速度は道具を使った方が早いし、あれば便利だろうと思い提案することにした。作り方は缶詰同様わからない。しかし多方向から見た細かな絵を描いたので、そこからどうにかしてくれと思っている。部分部分の説明も書いてあるので、口頭のみよりはわかりやすいだろう。


「こちらが思いついた物になります」


 二枚の紙をトオリに渡す。


「爪きりと皮むき器ですか」

「はい。どちらも行える魔法は存在しますが、代用できる物があれば便利ではなかろうかと思いまして。

 どうでしょう? これが没だとしばらく案はでないんですが」

「没だなんてとんでもない! 十分な結果ですよ! ありがとうございます!」


 二枚の紙をありがたそうに手に持って、トオリは頭を下げる。


「早速、仲間に見せてきます!」

「では依頼はこれで達成ということで」

「とんでもない! 完成品を確かめてもらわないと。これの完成イメージはワタセさんの頭の中にしかないでしょう? できた実物とずれがないか確認してもらいたいのです」

「だとすると俺はこれからどうすれば? 毎日ここに来る必要が?」

「それはさすがに負担になるでしょうから。そうですね……どちらかの試作品を五日で作ってみます。なので五日後にここに来てもらいたいんですが」

「わかりました五日後ですね?」

「はい! 本当にありがとうございます」


 何度も頭を下げてくるトオリに見送られ、幸助は工場を出る。

 幸助が見えなくなるまで見送っていたトオリは、仲間たちの元へ駆けて行く。すぐに工場の奥から嬉しげな悲鳴が響き、周囲で仕事していた者たちを驚かせた。


 この五日後にトオリたちは苦心して爪きりの試作品を作り上げた。

 洗練されているとはいえない形の爪きりを前にして、二つの部品を繋げる箇所に苦労したと嬉しげに語るトオリたちに、幸助は彼らの職人魂を見たような気がした。

 実際に使ってみてきちんと機能したことで幸助から言えることはなく、あとは職人たちの創意工夫だけと伝えたことで職人たちの気合はさらに上がった。

 そのモチベーションのままピーラー作りに突入し、こちらも問題なく仕上げることに成功した。

 できあがった両試作品を研究し、さらに質を上げた物をトオリたちは商人ギルドに持ち込む。

 それを商人たちは認め、一定期間の独占生産を許可した後、大量生産を依頼した。

 トオリたちの工場は以後規模を拡大することになる。

 幸助への報酬は二つの売り上げのそれぞれ3%が五年間渡されることになった。

 このお金はオセロで得たお金と違い、すぐに使われることはない。使われるのはずっと先のことで、幸助がしたいことを見つけた時に使われることになる。


 時間は遡って爪きりとピーラーの案を提出した次の日。

 ギルド職員に頼まれて、リッカートへと急ぎの書類を配達した幸助は昼食を食べるためよさげな店を探している。ついでに少し観光もしている。以前メイドとして滞在していた時でも、あちらこちら全てを見て回ったとはいえず、まだまだ見所はあった。

 ベンチの据えられた広場を通りがかり、幸助は見知った人を見つけた。ホルン専属だったメイドのメリイールだ。私服姿でベンチに座り、ぼうっと空を見上げている。どことなく悩んでいるように感じられる。

 会うのは久しぶりだし世話になった人なので、声をかけてみようと足をメリイールへと向けて、幸助としては面識がないことに気づいた。このまま声をかけても不審人物扱いは間違いなく、一度広場から離れることにした。

 物陰でユイスに変装し、もう一度広場に入る。メリイールがいなくなっていたら無駄な行動だったが、いまだベンチに座ってぼうっとしていた。


「こんにちは、メリイールさん」

「……え? あ! ユイス!?」


 とても驚いた表情となるメリイール。


「お久しぶりです」

「久しぶり、半年以上ぶりかしら」

「それぐらいだと思います」

「どうしてリッカートに? なにか用事だったの?」

「はい。用事が済んだから、お昼ご飯を食べようと思ってぶらぶらしていたら、メリイールさんを見つけました」

「あ、そういえば私もお昼まだなのよ。一緒にどう?」

「喜んで」


 メリイールお勧めの店があるというので、幸助はそこに連れて行ってもらう。

 値段は少々高めだったが、旬の食材を上手く使い、大変満足できる料理だった。互いの近況を話しながらゆっくりと味わって食べた。再会記念に奢るというのを丁重に断り、店を出てそのまま散歩へと移っていく。

 甘い物を食べたり、小物屋と服屋をのぞいてみたりと友達と遊ぶように過ごしていく。

 そうして日が傾き始め、幸助はそろそろ帰ろうかと思い、そのことを告げる。


「そろそろ帰りますね」

「もう? ……いつまでも付き合わせるわけにはいかないわね。

 ありがとう。いい気分転換になったわ」

「お役に立てたのなら嬉しいです。

 それで最後に聞いてみたいことがあるんですけど」

「なにかしら?」

「なにか悩んでいました?」


 浮かんでいた笑みは消え、再会した時に近い表情へと戻る。


「あーうん、ちょっとね」

「愚痴くらいなら聞けますけど?」

「それはいいわ。ここまで付き合ってもらって助かったし、迷惑はかけられないわ」

「迷惑ではありませんよ? お世話になった恩返しですから気にしなくていいんですよ?」


 メリイールは迷う素振りを見せて、溜息を吐いた。


「同僚に愚痴るよりは、部外者に聞いてもらうほうがましかしら……もう少し時間もらえる?」

「はい」


 二人は移動して、再会した広場に戻ってきた。ベンチに座り、話し始める。


「私が悩んでいるように見えたって言ったわね? それは間違いじゃないわ。仕事にやりがいを感じられなくなってしまったの。

 あなたが去った後、お嬢様は遠くへ嫁入りしてしまった。急なことでお別れもお供もできなかったわ。

 お嬢様専属だった私とセレナは、ほかのメイドと同じような仕事を与えられて首になることはなかった。

 でもすっかりお嬢様に慣れてたから、ズレが生じてしまってね。少しずつやりづらさが生まれていったの。それにレーテル様よりもお嬢様の方が好きだから、仕事に気合も入りづらいし。

 そんな雰囲気が周囲にもわかるのか、人付き合いもぎくしゃくしちゃって。

 いっそのこと止めてしまおうかとも思ってるんだけど、せめて次の仕事を見つけるまではと惰性で働き続けているのよ」

 

 ホルンもメリイールとセレナのことは一応気にかけていた。だが他種族が支配し環境も違う国にまで連れて行くのはどうかと思い、声をかけるのは止めたのだ。

 実際、一緒に来てと頼まれても二人は迷っただろう。


「そうだったんですか」


 幸助は苦い思いを抱きながらメリイールの話を聞くことになった。

 メリイールの現状を生み出した原因は幸助たちにあるのだ。多少の罪悪感は感じてしまうものなのかもしれない。

 そういうわけで自然と相談に親身になる。


「働きづらいのならいっそのこと職場を換える、というのはいいかもしれませんね。

 今のままだと回りにも悪い影響を与えそうですし。

 お茶入れるのやお菓子作りが上手だったから、喫茶店に勤めるとかできそうですが」

「喫茶店かぁ」

「もしくは自分でお店を開いてみるとかどうですか? 好きなようにやれて、やりがいは出てきそうです」

「興味はあるけど、お金がないわよ。そこそこ貯蓄はあるけどね、お店お開けるほどには持っていないわ」

「お金、かぁ」


 幸助はすぐにタンスの中にある閃貨のことを思いつく。使い道はないし、メリイールたちのために使うのも一興かと思う。

 あれで足りるのかと思い、どれほど必要なのか聞いてみる。


「お店を開くとしたらどれくらい必要なんでしょうね?」

「そうね……私も詳しいわけじゃないけど閃貨十五枚もあれば十分だと思うわ。建物を借りて改装して、必要品を集めるというところまで含めてね。建物を買い取るのならもっとお金がかかるんでしょうけど」

「十五枚……実はですね、知り合いの冒険者さんに大金を手に入れて、使い道がないと言っていた人がいるんです。

 その人にお金を出してもらえないか聞いてみようかと思います」

「出してもらえるのなら助かるんだけど、信じられるのその人? 調子のいいこと言ってあなたを騙そうとしたんじゃ?

 あなた可愛いんだから、邪なことを考える人は多いと思うわ」


 心配してもらえるのはありがたかったが、自分自身に邪なことを考えることを想像し、苦笑を浮かべそうになる。

 それをぐっとこらえて、大丈夫だと伝える。受け取ってもらいたいので、説得には力が入った。


「そこまで言うならそのワタセさん? その人に一度会ってから判断しようと思うわ」

「帰り道で会いに行って、ここへ来るよう伝えておきます。

 どこか待ち合わせに適した場所はありますか?」

「できれば一緒に会ってほしいんだけど」

 

 分身の術を会得しないかぎりは無理な話なわけで、幸助はほかに用事があると言って丁寧に断る。

 待ち合わせの場所と日時を決め、幸助は宿に帰ると言ってメリイールと分かれた。

 去っていくメリイールの背に、力強さのようなものが湧き出しているように感じ取れたのは幸助の気のせいだろうか。


 三日後、幸助はまた休日を取りリッカートへとやってきた。

 予定時間の前に待ち合わせ場所の喫茶店へと行くと、すでにメリイールがそこで待っていた。メリイールのほかにもう一人いて、懐かしい顔パート2のセレナだ。


「すみません。メリイールさんでしょうか?」


 初めて会うといった感じを装い声をかける。

 振り返った二人は驚きを表情に出し、すぐにそれを消す。驚いたのは姿を見せた人物が思った以上に若かったからだ。本当にお金を持っているのか不安が湧いてもきた。


「あなたがユイスの知り合いでコースケ・ワタセさん?」

「はい。お店を出す資金提供の件でやってきました」

「その話は後にして、とりあえずは自己紹介からしませんか?」

 

 どうぞと薦められ椅子に座った幸助に、店員が注文を取りにくる。コーヒーを頼み店員が離れると、メリイールが口を開いた。


「初めまして、私はコルベス家に仕えるメイドでメリイールといいます」

「私はセレナよ」

「コースケ・ワタセといいます」


 互いに一礼し、話を進める。


「早速ですが、お聞きしたいことがあります。

 ユイスとはどういった関係で?」


 メリイールの質問を予想していなかった幸助は一瞬固まる。そこらへんの設定は考えていなかったのだ。

 頭に浮かぶまま答えることにした。


「以前依頼を受けたことがありまして。護衛の依頼でした。

 ちょうどお金に困っていた時の依頼だったのでとても助かりました。以来暇をみつけては何度か会いに言っています」

「お金に困っていたのなら、無駄遣いというか予定外の出費は止めておいたほうが。今後も似たような状況に陥ることがあるのかもしれませんよ?」

「定期的な収入のあてがあるので、その心配はいりません。今回のお金もそういった収入が貯まったものですし」

「どういった経緯の収入なのか、お聞きしても?」


 犯罪に関わっていたら嫌だなと考えての質問だ。


「新しい遊びを提案したら閃貨がもらえるじゃないですか。それ関連で収入が入るようになったんです」

「たしかにありますが、新たな遊びを考えついたんですね。もう長いことアイデアが出ることはなかったのに」

「運が良かったんですよ、きっと。

 それでこちらからも聞きたいことがあるんですが」

「はい。なんでしょうか?」

「そちらの方はどうしてここに? ユイスさんからはメリイールさんのことしか聞いてなくて」

「今日会うようになった経緯はユイスから聞いていますか?」


 幸助は頷く。


「この子も私と同じように感じていまして、ユイスと会った時のことを話すと一緒にやりたいと言い出しまして」

「ああ、なるほど。それでですか」

「えっと私の参加は不都合だったりします?」


 わずかに不安そうな表情を見せるセレナ。それを見て幸助はすぐに首を横に振った。

 セレナが参加してくることは幸助にとって喜ばしく、なんの不都合もない。会った日のことを話したメリイールに、グッジョブと心の中で声援を送った。


「いえ、そんなことはありません」

「そうですかぁ」


 セレナは安心したように表情を緩める。


「ほかになにか聞きたいことはありますか?」

「ええと」


 少し考えたが一つのことしか浮かばない。


「資金提供受けます?」


 この質問にメリイールとセレナは顔を見合わせ小さく頷いた。

 二人で考えていた質問を聞いてから、その答えによって結論を決めることにしたのだ。


「私たちがお金を貰い、喫茶店を開くとします。それで順調にいけばいいけれど、失敗する可能性もありますよね?

 そうなった場合、私たちはどうなるのでしょう? 借金を抱えるだけなのか、それとももっと悪い扱いになるのか。

 この答えによって、お店を開くかどうか決めようと思います」

「どうなるか、ですか」


 お店を開かせることだけを考えて、潰れた場合のことは考えていなかったのだ。

 だから失敗してもそれを追及するつもりはなかった。


「特にこれといってどうにかするつもりはありません。

 今回の話は借金としてお金を貸し与えるというものではなく、ちょっと変わった共同営業の提案です。ですのでお店を開く際に使ったお金、営業して行く上で使った経費を請求することはありません。俺も経営者の一人なので、お金を出すのは当然ですよね?

 失敗した時の負債全てを引き受けることはしませんが、その負債全てをあなた方に背負わせる気はありません。

 こんな答えなんですが、どうでしょうか?」


 幸助の言葉に納得いかなかった部分があるのだろう、二人は小首を傾げていた。

 メリイールが口を開きかけたが、セレナが先に問う。


「ちょっと変わった共同経営ってどういうものなの?」

「俺がお金を出すオーナーで、二人が経営を担当する店長と副店長。俺も少しは経営方針に口出しするけど、基本的にお店の舵取りは二人の担当って考えてる。

 俺はお店にかかりきりになる気はないから、お店のことは二人に任せる」

「似たような話を聞いたことあります。その話はお金を出したオーナーがトップで経営を担当し、店長は技術を提供するだけといったものでした。

 今回のは店長にもっと力が与えられるといった感じですね」

「その認識でいいと思う」


 どうするかと幸助は目で問い、メリイールは少しだけ考え込んだ。


「……私はお店開くのに協力してもらおうと思います。

 ここまでの話が本当ならば悪い話どころか、好条件といってもいいですし」

「私も賛成!」


 二人の了解が得られて幸助は内心安堵の息を吐いた。


「ではこれからの行動を簡単にでも計画立てませんか?」

「私たち側にすることがいくつかありそうですし、それでかまいませんよ」


 幸助の提案にメリイールは頷いた。幸助のすることはお金を渡すだけでもいいのだ。実際に店を動かすのは二人なので、店に関することは二人が決めた方が今後動きやすい。

 

「まずは辞めるってことを告げることが最初にすることかな。すぐに屋敷を出て行ってもほかの皆の迷惑になるかもしれないから、少しは残って仕事を片付けないと」

「幸い仕事が変わってそれほど経ってないし、仕事に関しては苦労はなさそうね。

 止めるまでの間に空き店舗も見つけたいわ。商人ギルドにいい場所がないか、頼んでおきたいわね」


 見つかったら次は改装だ。そのまま使えればいいが、ぼろくなっているところがあるかもしれないし一度点検してもらう必要はあるだろう。調理設備も揃える必要がある。

 そして必要備品の収集、従業員の募集、商人ギルドとの交渉といったところか。


「開くのは喫茶店? それともほかになにか案がある?」

「喫茶店ですね。料理よりもお菓子の方が得意なので」

「私も」


 予想していた回答だったので、幸助は用意していた腹案が使えそうだと判断する。


「それならちょっと変わった喫茶店を開いてみませんか? お二人だからできる喫茶店を」

「「私たちだからできる喫茶店?」」

「はい。貴族喫茶という名前です」


 メイド喫茶からアイデアを引っ張ってきた。始めはメイド喫茶そのものをやってはどうかと思ったのだが、そのセンスにこの世界の人々がついてこれるかわからなかったので、やめて少し改変したものを提案したのだ。

 貴族生活に憧れを持つ人はいると思い、そういったことを体験できるシチュエーションサービスの喫茶店は流行るかもしれないと考えた。


「どういったものなんでしょう?」

「貴族のお茶会を体験できる喫茶店です。ただお茶を飲むことができる場所というのはありふれているでしょ? そこにサービスを付け加えて精神的にも満足してもらうと。

 いわゆるゴッコ遊びみたいなものですけど、適度に本格的に行えばそれなりに楽しめるものだと思いますよ?」

「私たちが貴族生活を知っているからこそできるやり方ということでしょうか?」

「その通りです。で、やってみます?」

「私としてはこれまでやってきたことを生かせていいと思う」


 セレナの意見にメリイールも頷けるものはある。だが二つ疑問が湧き出た。


「通常の喫茶店を行うよりお金がかかりますよ? 茶葉や食材はいいものを使うことになるでしょうし。その高くなった費用を取り戻すために値段設定も上がります。値段の高い喫茶店に客は集まるでしょうか?」

「いいものといっても最高級品を使う必要はありませんから、高すぎる値段になることはないんじゃないかな。

 あくまで雰囲気を楽しむためのお店だから、本物の貴族が飲み食いしているものよりランクが落ちても問題はないでしょう。

 客を集める方法としては、最初の一ヶ月は開店記念として最大四割引くらいしましょう。物珍しさと割引された値段に惹かれて集まるかと。

 その一ヶ月でリピーターを獲得します。味が良ければまた来たいと思う人はいるでしょうし、ゴッコ遊びを気に入る人もいるかと。

 あとは宣伝もしておきましょうか。ポスターを作って店先や人の多く集まるところに貼らせて貰いましょう。

 最初の一ヶ月は赤字でもかまいません。宣伝期間として利益は捨てます。その後ゆっくり黒字を目指せばいいと思います。

 どうしてもゴッコ遊びが人々に受け入れなければ、普通の喫茶店に戻せばいいだけです」


 その回答に一応納得し、もう一つの疑問を問う。


「準備金が足りますか?」

「閃貨五十枚持ってきたけど」


 メリイールとセレナが口を半開きにして呆けた表情を見せている。いつも凛としていたメリイールのこういった表情を見るのは、初めてな幸助だった。


「ほほほ本当?」


 声を震わせて聞いてくるセレナに、閃貨の入った袋を渡す。それを覗き込んで目を見開いた。

 メリイールはそのセレナの表情を見て本当のことだと察し、冷めた飲み物を飲んで心を落ち着かせる。


「見苦しいところをお見せしました。

 大金を稼いだといっても、精々これの半分以下だろうと思ってましたので」

「足りる?」

「十分すぎると思われます」


 これだけあれば何もかも準備して、さらに半年赤字でも問題なく運営していけるだろう。

 半年も赤字が続くようならば、それまでに普通の喫茶店に戻したほうがいいと判断するだろうから、かかる費用が下がる分さらに運営期間は伸びるかもしれない。


「それじゃあメリイールさんの判断はどちら?」

「やってみようと思います」


 よろしくお願いしますオーナーと頭を下げ、セレナも一拍遅れて頭を下げた。

 こちらこそと幸助も頭を下げた。

 この後三人は商人ギルドへと行き、店舗探しを依頼した。一日あれば資料の中からよさげな物件をピックアップできるというので、明日の午後四時頃また来ることに決め、今日のところはこれで解散することになった。


 翌日、午後三時前までに依頼をこなした幸助はリッカートへとやってきた。

 商人ギルド前で待ち合わせすることになっているが、さすがにまだ早いと露店でおやつを買って軽く街をぶらつき時間を潰す。そして待ち合わせ十五分前にギルド前に移動した。

 待ち始めて五分を少し過ぎた頃、二人が姿を見せる。仕事の途中か終わってすぐ来たのか、メイド服のままだ。

 お待たせしました、いえいえ来たばかりですと言い合ってから中に入る。

 受付の一つが空いていたので、そこで用件と昨日話した職員の名前を告げる。あちらでお待ちくださいとドアのない個室を示され、そこで待つこと十分、資料を持った男の職員がやってきた。


「お待たせしまた。こちらがお求めの物件となります。とりあえず五つ探しました。この中で気に入るものがなければ、もう少し時間をい


ただくことになります」

「それぞれの簡単な説明を聞きたいんですけど」


 幸助の言葉に、にこやかに頷き職員は説明を始める。

 用意されたのは敷地が小さめの物件二つ、普通の物件一つ、やや広めの物件一つ、大きめの物件が一つ。大きさ的にはやや広めのもので、ファミレスより少しだけ小さめといった感じだ。やや広めの物件と大きめの物件は二階建てで、ほかは平屋だ。倉庫の高さは平屋を超えているが、ロフトっぽいものもついておらず、一階だけとなっている。

 どれも周囲に民家や店があって、人気が少ないせいで客が集まらないということはないだろう。

 そして高級住宅街や危険そうな場所から離れた位置にある。

 小さめの物件の一つは元民家で人が住まなくなり二年ほど経っている。元々の持ち主だった老人が死んで、売れずに残っているのだ。老人の死は老衰で、怪しい事件に関わったなんてことはない。

 もう一つは倉庫だ。隣の家の持ち倉庫だったのだが、家を改築した時使わないしいらないと手放した。

 普通の物件は元料理屋だった。商売が上手くいかず、手放すことになった。設備はそのままなので大きな改装はしなくていい。

 やや広めの物件は商人の持ち家だ。本宅は別の街にあり、こちらは一応持っているだけといったもので、使わないから手放しても問題ないということだ。

 最後の物件は商人の持ち家だった。十五年前にいた豪商の家だったが、商売に失敗し資金繰りのため売られたのだ。建てられて五十年近く、五つの物件の中で一番古く、あちこちにがたがきている。


「といったところです。気に入った物件はありましたか?」

「俺としては小さいやつと大きなやつの三つは除外していいと思う」


 職員の話を聞き、資料を見てメリイールたちも幸助と同じ判断を下す。


「では二つの物件を実際に見てみましょう」


 職員に連れられて三人は普通の物件に向かう。

 そこは人通りに面した場所で、ここで開店すれば休憩で入ってくる客もいそうだ。だが近くにすでに喫茶店があるのが不安材料か。客の取り合いで苦労があるかもしれない。

 職員が言ったように調理設備は揃っており、改築期間は短くて済み、費用も節約できそうだ。

 建物の隅々まで見て回り、次に向かう。

 次の物件は、通りからは少々外れた場所にあった。周囲にある建物は主に民家で、ライバルとなりそうな喫茶店などはない。人が住むための建物なので、喫茶店を開くには大幅な改築が必要となる。もともと改築は考えていたことなのでマイナスの判断材料にはならない。

 二つの物件を見て回った一行は再びギルドに戻ってきた。


「どうでしたか? どちらか気に入られましたでしょうか?」

「二人はどう? 実際に使うのは二人だし」

「私は二番目に行った方がいいかもしれないと思いましたね」

「私もかな。近くにライバル店がないのがよかったよ」

 

 意見が一致し、やや広めの物件が選ばれる。幸助もその意見に反論はない。


「では二番目に行った方で決定ということで?」


 三人が頷き、職員は二件の物件情報をしまい、別の書類を取り出す。


「あの物件を使うということですが、賃貸にしますか? それとも買い取りにしますか?

 賃貸の方は当ギルドに一ヶ月銀貨二十五枚支払うことになります。買取価格は閃貨十二枚ですね」

「喫茶店に改築する費用なんかもわかりますか?」


 幸助の質問に少し考え込む。


「……そうですね、客席やテーブルや調理設備を揃えるといったことまで含めると最低でも閃貨六枚はほしいところですね。おそらく十枚は必要ないでしょう」


 椅子やテーブルは質のいいもので揃えることになるので、閃貨六枚は確実に超えるだろう。


「買取でよろしくお願いします。改築業者と家具業者でいいところがあれば教えてください」

「すぐ調べてきますので、少々お待ちください」


 そう言って職員は席を離れる。


「二人は改築内容を考えてくださいね? 貴族っぽくという方向性で」

「コルベス家に似せるって感じでいいかしら?」

「それでいいと思う。というか私たちにとって貴族の家ってコルベス家しか知らないし」


 完全に同じにしてしまうと客が雰囲気に気圧されてしまう可能性があり、以後近寄りづらくなるかもしれない。だから似せるという方向性はゴッコ遊びを目指す貴族喫茶にはいいのかもしれない。

 必要そうなものをメリイールとセレナが話していると、職員が戻ってきた。


「こちらが業者さんの住所になります」


 そう言いつつ住所が書かれた紙を差し出す。


「ありがとうございます。

 一括でお金を払えるんですが、閃貨十二枚ぴったりですか? それともほかになにかお金が必要になります?」

「必要になりますね。商業権利金というのを、ギルドに毎月銀貨五枚払ってもらうことになります。

 商業権利金というのは、この街で商売をするために払ってもらうお金で、払っていない場合はモグリとみなされます。モグリだとなにかトラブルがあった場合、その解決にギルドの協力を得ることはできません」

「今払わなければいけないのは閃貨十二枚と銀貨五枚?」

「はい」


 財布の中を見て手持ちの銀貨が五枚はないことを確認し、閃貨十三枚を出した。


「確かに受け取りました。物件所有書とお釣りを取ってきます」


 今日お金をもらえるとは思っておらず、それらを用意していなかったのだ。

 すぐに戻ってきた職員はお釣りを幸助に渡し、書類に必要事項を書き込んでいく。


「サインをもらえますか?」

「誰がサインする?」

「ワタセさんでいいのでは?」


 メリイールの返答に、同意見のセレナも頷く。

 書類の確認を三人でした後、職員の指示に従い幸助は数箇所サインをしていった。


「これであの物件はあなた方の物となりました。

 なにか困ったこと聞きたいことがあればギルドまでお越しください。いつでもお待ちしております」

「ありがとうございます。俺たちはこれで失礼します」

「なにかあれば伺わせてもらいます」

「よろしくお願いします」


 幸助たちは一礼し、職員から離れていく。

 三人を見送った職員は一仕事終わらせたと満足し、個室を片付けていく。


 ギルドから出た三人はそのまま改築業者の元へ向かう。時間にして午後五時を過ぎていて業者も店じまいを始めている頃だろうが、少し話を通すだけでもしておこうと考えたのだ。

 案の定、店を閉める準備をしてた業者に改築してほしいとだけ伝え、詳しいことは明日にということとなった。

 明日までに大雑把な内装を考えておくというメリイールとセレナに別れを告げて、幸助は家に帰る。

 翌日は一つだけ依頼を終わらせて、爪きりの試作品を見に行った後、リッカートへとやってきた。

 午後二時前に来たので、また観光をして時間を潰す。今回の待ち合わせは業者の店の前にある小さな広場だ。

 昨日と似たような時間に来た二人と店に入ろうとして幸助は止められる。


「改築に関してお話があるんですが」

「改築は二人に任せるってのは言った気がするけど」

 

 言ったよね、と昨日発言を思い出す幸助。


「二階に関してなんですが」

「二階?」

「事務所にしようとセレナと話して、その時に私たちがそこに住むようにもできたらという話題が出まして」


 家から通わないのかと言おうとして、メリイールの実家は他所の町にあると聞いたことを思い出す。

 コルベス家で働いているうちは屋敷で寝泊りできるが、辞めてしまうと宿屋暮らしだ。だが買った物件を見てみると二階に居住スペースを取れそうなのだ。それならいっそ店で寝泊りできようにしたいとメリイールは考えた。

 セレナはというと、家はリッカートにあるが屋敷で働き出した時点で家を出ており、いまさら戻るのもなと思ったのだ。


「別に構わないとは思うけど、それほど広くはなかったよ? 大丈夫?」


 六畳少しの部屋が四つだ。私室の確保はできるが、事務所も作ることを考えるとそれ以外の部屋は難しい。


「台所やトイレとかは店のものを使えるので、それほど困ることはないと思うのです」

「二人がそれでいいなら反対しない。職場と住居が近いと便利そうだしね」

「「ありがとうございます」」


 嬉しげな表情で二人は幸助に礼を言う。

 話は終わり、店へと入る。

 そして待っていた業者と一緒に買った物件を見に行く。


「どういった感じに手を入れるか考えています?」

「一階部分は喫茶店にしたいので、大部分を作り変えてもらうことになりますね。二階は居住区と事務所を確保といった感じでお願いします。

 階段も今の位置から移動をお願いしたいですね」


 業者との交渉はメリイールたちに任せていて、幸助の出番はない。することがなく暇そうにしているので来る必要はなかったように見えるのだが、お金はまだ幸助が持っているので来る必要がある。それと一度くらいは来て業者に顔見せしておいた方がいいと思ったのだ。

 

「ちょっと家の中見てきます」


 暇すぎるので、点検でもしようと家を見て回ることにした。昨日粗方見て、見るところは大してないが暇しているよりはましだった。

 同じくあまり出番がないセレナが来たそうにしていたが、時々意見を求められることがあり離れられないでいた。


「隠し金庫や隠し部屋でもあったら面白いんだけど」


 あまり期待していなかったそんな思いが的中し、そのようなものはみつからない普通の物件だった。

 家の中は以前の持ち主の家具が残っている程度だ。価値のあるものは運び出されていて、掘り出し物があるというわけでもない。

 家具にはそのまま使えそうなものがある。それらをどうするかはメリイールたちが判断するだろう。明らかに使わないだろうという物を捨てる時に持ち出しやすいように一箇所にまとめていると、幸助を呼ぶ声が聞こえてきた。


「呼びました?」

「おおよその費用が出たので一緒に聞いてもらいたいと思いまして」


 費用は入れる家具も含めて閃貨十一枚だった。一般的な喫茶店だと七枚弱にまで減る。高級志向なのでどうしても高くなってしまうらしい。その分、出来上がる建物の価値と頑丈さはそこらの喫茶店と比べ物にならないのだが。


「今日一括で払えるんですけど、この場でお渡しします?」

「でしたら店の方に戻って書類を作ってしまいましょう」


 一度に全部支払われると聞いて嬉しげな笑みを浮かべる。大金が一度に手に入るのが嬉しいのだ。分割でも最終的には同じだが、気分の問題だろう。

 金貨一枚までの予算オーバーならサービスするというくらいには上機嫌だ。

 

「着工は明日からでよろしいですか?」

「はい。大体どれくらいで終わりますか?」

「多めにみて一ヶ月強といったところでしょうか」


 メリイールたちが仕事を辞めるまで、あと十日といったところだ。それまでに終わればと思っていたが、無理そうなのでしばらく宿暮らしになりそうだとメリイールは小さく溜息を吐いた。

 書類を作り、お金を渡し、店を出た。


「これで俺にできることは終わったかな。残ってるのは食材入手ルート確保、人材募集と育成、宣伝依頼くらいだよね。それは俺がいなくても大丈夫でしょ?」


 確認のため少し考えたメリイールは頷いた。


「そうですね……あとは私たちだけでも大丈夫かと。あ、あと一つやってもらいたいことが」

「なにかある?」

「人を募集した時に面接を行うので、その時に一緒にいてください」

「俺がいる必要ないと思うんだけど」

「トップがいないのは問題あると思うよ?」

 

 セレナの言葉にそんなものなのかと、了承の意味を込めて頷いた。

 

「あとはそう、五日に一回午後五時くらいに店に顔出すから、その時なにか問題があれば言って」

「わかりました」


 なにか忘れてないか考えて、お金のことが気にかかった。


「なにか入用になった時のためにお金持っておかないと」


 お店用に持ってきたお金を渡そうとする幸助をメリイールは止めた。


「なくすと大変なので、ワタセさんが持っていてください。必要になればワタセさんが来るまで待ってもらいますから」

「それにそんな大金持ってると落ち着かない」


 セレナ的にはこっちの理由の方が大きかったりする。

 セレナの言葉に幸助は少し笑ってお金をしまう。

 それではまたと言って街の出入り口に向かう。

 その背を少し見送って、二人は屋敷へと足を向ける。


「この数日で思ったんですけど、ワタセさんってユイスに似てないですか?」


 セレナの言葉にメリイールはそうねと返す。

 姿形は当然ながら似ていないのだが、ちょっとした口調や歩き方や飲み食いする仕草からユイスに通じるものを二人は感じていた。


「ただの知り合いとかじゃなくて、親族だったり、もしかすると恋人なのかも!」

「どうでしょうね。似た者同士ってだけかもしれないわよ。恋人なら私たちのためじゃなくて、ユイスのためにお金を使うでしょ?」

「それはそうかも」

 

 気になるのなら今度会った時に聞いてみたら、というメリイールにセレナは頷く。

 後日実際に聞かれ、二人の観察力の高さに幸助は驚くことになる。ついでに恋人といった勘違いには大きな困惑を抱くことになる。

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