日常の始まり
セブシック大陸に戻った幸助は徒歩や馬車ではなく、転移魔法で帰ることにした。今まで散々徒歩での移動をしたのでさっさと帰ろうと思ったのだ。
馬車を使っても二日や三日で帰ることのできない距離を、四度の転移魔法のおかげで二日で帰る。
久々の家だなと思いつつ最後の転移魔法を使う。エリスの家で幸助の実家というわけではないのだが、帰る家と認識していた。
前はエリスがおらず締め出された形となった。もしかしたらまた同じことがあるかもなどと思っているうちに魔法は発動し、家の前に転移する。
「ただいまー……って家がない!?」
見慣れた家を一瞬幻視するも、見間違いで目の前にはなにもなかった。
転移場所を間違えたかと周囲を見渡すと、以前幸助が作りかけた畑があった。手入れしていないので雑草が大きく育っているが柵にも見覚えあるので間違いない。
「ちょ、え? 追い出された?」
おろおろと戸惑っている幸助の近くにエリスが転移してくる。一目見てよくわかるほど上機嫌な様子で幸助に話しかける。
「お帰り。待っておったよ」
「エリスさん!? 家がないんだけど!?」
詰め寄る幸助を手で押し留めて、深呼吸でもして落ち着けと一声かけた。
「秘密にしておったが、引越し準備を進めていたのじゃよ。
七日前に引越しが終わり、今まで使っていた家は魔法で縮小させて持っていった。だから家がない。納得したかの?」
「……魔法ってそんなことまでできるんだ」
「いろいろとできるのじゃよ。では家に帰ろうか」
そう言って悪戯めいた笑みを浮かべエリスは手を差し出す。エリスの手をそっと握り、幸助は新しい家に思いをはせる。
二人はその場から消え去る。あとにはちょっとした広場が残るが、ここも一年と経たずに草に覆われ森の一部となるだろう。二人はここになんの用事もないので、その様子を知ることはない。
ちょっとした浮遊感の後、二人は新たな家の前に姿を現した。
家の周りは木の種類が違うが、環境としては似たようなものだ。家は新築なので当然のごとく汚れなど見当たらない。頑丈に作ってもらったのでどっしりとした雰囲気だ。前の家と同じように魔法でいろいろと強化もしてあるのだろう。
「前のより大きいね」
「コースケの部屋とか専用の作業室を作ったからのう。その分大きくなった。それと作業室には一通りの道具を置いておるよ」
「自分の部屋は嬉しいけど、作業室ってよくわからない。大工道具とかそこらへんの道具を置いてるの?」
「ああ、違う違う。魔法の実験をしたり道具を作るための部屋じゃよ。物作りも可能ではあるがの」
「そんな部屋まで……ありがとう。でもお金かかったんじゃ? いくらか出した方がいいかな?」
「出さんでいい。というよりは既にもらっておる。竜の鱗や神域へいった依頼料から」
「あ、そうなんだ。じゃあいいね。でも作業部屋って使うかなぁ」
勝手にお金を使われたことに対して幸助は思うところはなかった。貰ったお金が大金だったので、引かれて渡されていたと聞いても気にならなかったのだ。
「あって不便ではなかろ」
「まあ、そうかも。
そういえばここってどこになんの?」
「ベラッセンから徒歩二日弱の森じゃよ。ベラッセンから離れ過ぎるとボルドスが困るかもしれんからの。
さあ、いつまでも立っていても仕方ない中に入ろう」
中に入ると大きめの玄関があって廊下が左右に分かれていた。正面には二階に上がるための階段もある。左の廊下の端には地下への階段がある。
「一階にはリビングと台所と風呂とトイレと応接間と書庫、そして先ほども言った作業室を置いてある。二階は私室と客室だ。地下は倉庫と大きめの実験を行う部屋がある。
あとで確認しておくといい」
「うん」
「お前さんの荷物は部屋に運び込んである。ついでに家具もある程度買い揃えてある。足りないものがあれば買い足せばいい」
「ありがとう。じゃあ荷物置いてくるよ」
「うむ、旅先での話を聞きたいから下りてくるようにの」
二階のどこに自室があるのか教えてもらって上がっていく。
建物を正面から見て左側が住人のスペースで、右側が客室といった造りになっている。部屋の広さは十畳強で、日本人の感覚だと広いと思えるものだ。
自室の中のもののほとんどは新しいものだ。服や下着やタオルはベッドの上に畳まれていて、ほかの雑貨品は机の上と机横の床に置かれている。船に置いたままだった荷物も一緒だ。もともと持ち物は少なかったので、部屋の中はまだ広々としている。
幸助は荷物を置くついでに、置かれている物もしまっていく。置き方などに特にこだわりはないので時間はかからなかった。
「これでいいかな」
見苦しくないだろうと判断して、幸助はエリスに買ったお土産と洗い物を持って一階に下りる。
お土産はなにを欲しがっているのかわからなかったので、行った先でみつけた染物のハンカチだ。特殊な染料で作られているらしく、温度で柄と色が変わる。
「これお土産。エベルレス染めってやつらしいよ」
「変化するという染物だな。ありがとう、大切に使わせてもらうよ」
リビングにいたエリスにお土産を差し出す。エリスは一度ハンカチを広げて模様を見て、丁寧に畳みポケットに仕舞う。
テーブルにはお茶と茶菓子が置かれている。ハーブ系のお茶のようですっきりとした匂いが漂っている。
エリスの正面の椅子に座り、洗い物を床に置く。
「竜にさらわれた後の話を聞かせてもらえるかい? 竜はどうしてコースケを連れて行ったのか気になっていたのじゃよ」
「あの後はエゼンビア大陸に行ったんだ。大陸近くまで行ったら放り投げられて砂浜に埋まった。そこを通りがかったシャイトっていう元情報機関所属の人に助けてもらって、一緒に近くの山まで喉にいい薬を取りに行った。薬を手に入れた後はカリバレッテ公国の首都に行って、歌姫に歌を教えて、ちょっとした用事をすませた後カルホード経由でセブシックに帰ってきた。カルホードで名物料理を食べるため獣人たちの村にも行ったね。
簡単に説明するとそんな感じ。
竜が俺をさらった理由だけど、よくわからなかった。もしかするとお気に入りの歌姫関連でなにかあったのかもって感じかな」
「さらっと聞いてだけでも突っ込みどころが多すぎる。一人で行動させると相変わらず厄介事に関わるのう」
呆れた表情で言う。
「でもシャイトが厄介事を抱えてるって知らなかったし、まさか王族に会うために動いてるとか予想もできなかったよ」
「そのシャイトというやつに最後まで付き合わず、適度なところでわかれようと思わなかったのか?」
「お金貰ったらそうしようと思ってたんだけど」
「だけど?」
「歌姫に神様から神託があったらしい。俺が来るって」
「はあ?」
どうして幸助が行くことを知らされたのかわからず、エリスは疑問の声を上げる。
「歌姫に異世界の歌を教えて欲しかったみたい」
「なるほどのう。それなら呼び寄せるか」
「断ると後ろ暗いことがあると思われると思って会いに行くしかなかったよ。あ、その時に称号増えたんだ」
カードを見せる。
「歌姫の弟子か。なにか効果はあるのか?」
「なにも」
「そうか。また微妙に使いにくい称号が増えたものよ」
エリスの言葉を否定できず、幸助は苦笑を浮かべた。
この称号は王族にコネがあると宣伝するようなもの、目立つつもりがないのなら見せびらかすわけにはいかない。よってほかの称号のように得たことを隠しておいた方がいいのだ。
「歌姫はコースケのことについて、神からなにか聞いていたのか?」
「歌姫の知らない歌を知ってるってことだけ。竜殺しって言葉は一言もなかった」
「ならばいいが」
エリスはお茶を一口飲み、同時に吐きたくなった溜息を飲み込んだ。これからも厄介事についてはハラハラさせられるのだろうかと湧いてきた疑問に、そんなことないとは思えないエリスだ。
「これからなにをするのか決めているのかの?」
「いんや、決まっているのはお土産を渡してくるくらい。たまにギルドで仕事請けようかって思ってる」
「そうか、まあのんびりするといい。
ああそうだ。今日はコースケが料理作ってくれんか。久々に美味い料理を食べたいしの」
「了解。じゃあ洗濯してくる。エリスさんはなにか洗濯するものある?」
「今日の分は既に終わっとる。物干し台へは台所そばの扉から行けるぞ」
エリスに教えられた方へと歩き洗濯を済ませた後、幸助は家の中を探索する。
台所の横には冷蔵庫の役割を果たす冬と同じくらいの温度の食料庫があり、中は六畳ほどの小部屋で壁に棚が作られていた。棚の一番上には冷凍の魔法陣が描かれていた。
書庫には当然ながら本が並んでいる。何冊が手にとってみると、魔法関連だけではなく、様々な種類の本があった。だが危険と思われる魔法についての本はなく、それらはエリスの部屋に保管されている。
地下実験場はまだ一度も使われていないようで、綺麗なままだった。
地下倉庫の方は二種類に区分けされていて、日用品は手前、魔法関連は奥に置かれている。魔法関連はエリスの許可をもらってから触ろうと今は近づくこともせず離れた。
大体見て回り、庭に出る。引っ越す前に作りかけていた畑をこっちで作ろうと思い良さげな場所を探していく。
そうやって時間を潰し過ごしていった。
次の日、幸助は朝食を食べた後、お土産を持ってベラッセンに向かう。シディの宿の前に転移して、宿の中に入る。シディはすぐにみつかった。カウンターでなにか作業をしていたからだ。
「いらっしゃいませ……あ、コースケ君! お帰り!」
誰か入ってきたことに気づき顔を上げたシディが、その誰かが幸助だと気づき顔を綻ばせる。
「ただいまです」
「わりと長い旅だったね。空き部屋あるけどどうする?」
「家から通ってるから」
「あらら。お客さん一人いなくなるんだね。
家ってどこらへん? 新しく建てたって話は聞かないんだけど」
「街の中じゃなくて外に」
この返答を聞いて凄く驚いた表情となったが、すぐに落ち着いたものへと変わった。
「外!? 危ないんじゃ……ってコースケ君強いらしいから大丈夫なのかな?」
それに頷きつつシディの分のお土産を取り出す。
「魔法で守っているんで危険は少ないよ。
これ旅のお土産です」
買ってきたのは細やかな細工の施された木製の櫛と、旅先で泊まった宿の感想だ。
感想の方はこれからの宿経営に役立つかなと、簡単なレポートを作っておいたのだ。
どちらもシディには嬉しいものだったようで、満面の笑みで礼を言う。
「ありがとね! 嬉しいお土産だよ! 今度宿に泊まることがあったらサービスしてあげる」
「いつになるかわからないけど、楽しみにしてる」
「そうしておいて。
あ、そうそう。もうギルドには行った?」
行っていないと幸助は首を横に振る。
「ギルドの人から、コースケ君を見かけたら来るように伝えてくれって頼まれたんだよ。
暗かったり、思いつめたような顔じゃなかったから悪い話ではないと思うよ」
「ギルド? 後で行ってみる。じゃあほかにお土産持って行くから」
「ん、またね?」
ひらひらと手を振ってくるシディに振り返し宿を出る。
その足で孤児院へと向かう。時期は春。雪はすっかりとけ、暖かな陽気に道行く人々の表情も緩んでいる。
お土産は特に親しくしている人の分しか買っていない。この街だとクラレスも該当するが、クラレスも旅に出ていたことは知っているので必要なしと判断したのだ。食料品が買えればギルドにもと思ったのだが、賞味期限がもたないことはわかっていたので止めておいた。
「こんにちはー」
挨拶しながら入っていくと、庭先で遊んでいる子供たちの様子を見ているウェーイを発見した。
「おや、コースケさんお帰りなさい。今ウィアーレは買い物に出かけていていないんですよ。もう少ししたら帰ってくるかと」
「少し待たせてもらっても?」
ウェーイの座っているベンチに座らせてもらう。
「ええ、構いませんよ。
そういえば竜にさらわれたと聞きましたが、本当ですか?」
「はい。どうしてさらわれたかわかりませんけど。エゼンビア大陸まで運ばれました」
「……大変な経験しましたね」
「たださらわれただけで、攻撃されるといったことはなかったですから、珍しい経験したと思うことにしてます。
これ子供たちにお土産です。旅先でみつけた玩具をいくつか買ってきました」
「これはこれは、本当にありがとうございます。子供たちもすごく喜ぶことでしょう」
積み木や人形やパズルなどが入った布製の袋を渡す。孤児院のお土産はこれだけだ。子供たちが喜びそうなお土産が一番ではないかとウィアーレと相談し決めたのだ。
出されたお茶を飲みながら雑談していると、ウィアーレが買い物から帰ってきた。お菓子を買ってくる約束をしていたようで、子供たちに群がられている。幸助には気づかず、食堂に向かい買ってきたお菓子を与え、ほかに買ってきた物をしまいなにをしようかと考えている時、ウェーイに声をかけられようやく幸助に気づいた。
「来てたのなら声かけてくれればいいのに!」
「いやぁ子供たちの世話で忙しそうだったし」
いつ気づくかなとウェーイと二人で少し楽しんでいたりもした。いつまでも気づく様子がなかったので声をかけたのだ。
深呼吸して気持ちを落ち着かせたウィアーレは、幸助をしっかり見て頭を下げた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
「心配したんですから。無事で本当に良かったです」
「ちょっとしたハプニングに巻き込まれはしたけど元気に旅してたよ。美味しいものとか食べてきたし」
「どんな旅だったのか聞きたいです」
「いいよ」
エゼンビア大陸に着いてからのことをざっと話していく。シャイトを手伝った潜入のことは話せないので、そこはぼやかした。それでも有名な歌姫に会って一緒に歌ってきたと知り、ウィアーレとウェーイは大いに驚かされた。
それと獣人の話はウェーイにとって懐かしいものだった。なぜなら昔の仲間に犬の獣人がいたからだった。ここ十年ほど会っていないようで、元気にしているのかと懐かしそうな表情となっていた。
話はそれなりに長くなり、昼食をご馳走になった。
「そろそろお暇するよ」
「これから用事があるんですか?」
「ギルドに行かないといけないみたいで」
「ああ、なにか呼んでいるらしいですね。私にも会ったら来るよう伝えてくれって頼まれました」
「なんで呼ばれてるか知ってる?」
「依頼を頼みたいんじゃ? どうしてもコースケさんに頼みたいと依頼する人が多かったとか?」
ウィアーレも詳しいことは聞いていないので推測するしかない。
「そうなのかな。一緒に行く?」
「いえ、今日は掃除をしようと思っていたから。また今度誘ってください」
「わかったよ、じゃあね」
孤児院を出て真っ直ぐギルドへと進む。
ギルドに入って、顔見りを探す。受付はよく知らない人で、周囲を見渡すとウィアーレを指導していたディアネスがいた。
「こんにちは」
「はい、こんにちは……ってワタセさん!?」
声をかけられ幸助を見たディアネスはとても驚き、周囲の注目を集める。回りに騒がせたこと侘び、幸助へと向き直る。
「呼ばれてるようなので来たんですけど」
「こちらへどうぞ!」
この場では話せないことなのだろう。幸助を引っ張り、客室へと向かう。
幸助に椅子に座ってもらい、ディアネスは幸助に渡すものがあるため席を外す。
客室に戻ってきたディアネスは、緊張した様子で手に袋と書類を持っていた。
「こちらをどうぞ」
「中を見ても?」
「はい。ワタセさんのものですから」
袋の中身は閃貨だ。十枚二十枚ではない。幸助が何枚あるのか数える前にディアネスが教える。
「全部で五十枚あります」
閃貨のほかに銀貨や金貨でも送られてきたのだが、ギルド側が両替しておいたのだ。
「閃貨で五十ですか!? ……大金ですけど、なんで俺に? ギルドに貢献したからという訳でもないでしょうし」
「これは冒険者ギルドからではありません。商人ギルドからの預かり物なのです」
「……もしかしてオセロの」
商人ギルドとの繋がりはオセロ関連くらいしかなく、それ以外で大金を送ってくるような用は幸助は思いつかない。
「聞いた話ではその通りです。オセロという新しい遊びを思いつき、遊ぶための道具売買を商人ギルドへ頼んだと。
それの売り上げのワタセさんの取り分がその閃貨です。
こちらの書類に受け取ったとサインをお願いします」
差し出してくる書類に名前を書く。
それを見てディアネスは安堵の溜息を吐いた。その様子を不思議そうに見る幸助に理由を話す。
「閃貨五十枚は大金です。それこそこのギルドの予算半年分と同じくらいに。
そんな大金がそばにあって職員全員心乱される思いでした。魔が差すような思いをした職員は少なくないと思いますよ。
だからそばからなくなってほっとしているんです」
お金が送られてきた当初はそうでもなかったのだ。最初は十五枚ほどで、大金だなと思うくらいだった。だが時間が経つごとに貯まっていく閃貨に緊張感が増していった。銀貨一枚くらいと思わず心揺れる職員も多かった。
「ちなみに好奇心からなんで答えてもらわなくともいいんですが、それの使い道って決まっているんですか?」
「今のところはまったく。住むところはあるし、装備も不自由してないし、特別贅沢したいってわけでもない。
使い道を思いつくまでは、箪笥の中に入れっぱなしだと思います。
これだけの大金いきなり使えって言われても思いつきませんよ」
「そうですね。私もちょっと思いつかないわね」
と言って十日もせずに使い道を思いつくことになろうとは思っていない幸助だ。
「そういえば……」
「どうしたんですか?」
なにか思いついた様子の幸助にディアネスが問いかける。
なんでもないと幸助は首を横に振る。
思いついたことは税金のことだ。これだけの収入、日本では税金で多く持っていかれる。だがこちらではそんな様子はなく、そこらへんどうなっているのだろうと思ったのだ。
ここで聞くのも変だと思い、尋ねることはしなかった。帰ってエリスに聞くことにした。
税金はある。けれども現代日本と違い、収入によって支払う額が違うというものではなく、一定額を支払うというものと買い物をする時に含まれているものの二つ。
幸助は前者を払ってはいない。違法というわけではない。前者の税金は町や村に住んでいるものが支払うものなのだ。昔の地球の税と同じように外敵から守ってやるかわりにお金を払えというものだ。なので町村に住んでおらず、守られていない幸助やエリスは税を払う必要がない。
二人のように税を払っていない存在がいる。それはギルドに登録した冒険者たちだ。彼らは町村に住んでいても税を支払わずともよい。優遇されているというわけではない。税を免除される代わりに、領主からの拒否不可の徴兵があるのだ。しかもその兵役に給金はでない。
戦い慣れた戦力を容易に確保するための手段としての税免除なのだ。一般市民からの徴兵には給金は出るので、優遇されているとはいえない。
もし徴兵が嫌ならば、税金を払えばいい。ウィアーレのように武力に自信のない者はそうしている。
徴兵から逃げ回る者は全ギルドに情報が回され、ギルドの使用を拒否されるようになるし、要注意人物として指名手配される場合もある。
「いえ、なんでもないです。それより呼ばれていた用事ってお金のことだけですか?」
「いえ指名の依頼もあるのよ。ほとんどはほかに信用できる人に回したけど、どうしてもあなたがいいって人もいる。そういった依頼を受けてもらいたくて」
「べつにかまいませんけど、今日は依頼の確認だけでもいいですか? 大金を持ったまま依頼を受けるってのはさすがに」
「受けてもらえるのなら大丈夫よ。
こちらが依頼になります、確認をお願いします」
枚数にして三十弱といったところだろう。これで減らしたのだから元々は何枚あったのか。
置かれた依頼書の一番上から見ていく。
いらない家具を捨てたいので手伝ってくれ、といった雑務系依頼が多いのだが、その中に風変わりなものがいくつかある。
「宴会芸の代行……こんなものまで依頼してくるんですね」
「そういった依頼も時々あります。さすがにそれは受けなくてもいいとは思いますけどね」
「歌でもいいのなら受けてもいいんですけど、そこんとこどうなんでしょう?」
「一度依頼人に会って確認してみてはどうでしょう? 歌でもいいと許可が出れば受けてみては?」
「そうしますか」
一時保留と書類に書き込む。
「次は新商品の開発案を出してほしい、か。冒険者に頼むことじゃないですよね?」
「はい。私もそういった依頼は初めて見ました。おそらく身内などとの話し合いで煮詰まって、外からの考えを取り込もうとしたのではと私たちは考えています」
「これも話を聞いてみないとわからないと」
この依頼も一時保留枠だ。
「最後に弟子入り志願……」
「どうします?」
ギルド依頼経由で弟子入り志願する、始めこの依頼を受けた職員は耳を疑った。直接本人に頼めば済むことなのだ。どうしてギルドを通すのか思わず聞いた職員に依頼者は、断られにくいようにと答えた。ギルドを通せば絶対受けてもらえるわけではないと説明したのだが、ギルドを通せば弟子育成を途中で放り出せないからこれでいいと言ったらしい。
「依頼の途中放棄となって、違約金と信頼の低下というマイナス面が発生しますから上手い手かもしれません。
もしこの依頼を受けるのならば、こういった手段を使わなけれはならないほど手を焼く人物かもしれないと考えた方がいいです」
「これは断る方向でいこうかな」
「それがいいかもしれませんね」
ギルドを出てから幸助は気づいたのだが、弟子入りを認めると相手の称号に『竜殺しの弟子』とでる可能性がある。『歌姫の弟子』という称号を持っている幸助にとって外れた予想とは思えず、この依頼は受けないことにした。
「今日はこれで失礼します。この依頼書は持っていっていいんですか?」
「物をよくなくすタイプですか? もしそうなら預かりますが」
こちらに来て竜にさらわれたこと以外で手元から物がなくなったことはない。それを踏まえて幸助は首を横に振り、持って行くことにした。
ディアネスに別れを告げ、ギルドを出た幸助は家に帰る。
その後、弟子入り依頼を持ってきた女性が依頼はどうなったか聞きに来た。ディアネスが断る方向で考えていると答えると、一度本人に直接交渉させてほしいと頼み込む。熱心さと煩わしさからディアネスは渋々それを聞き入れ、また明日来るように告げた。