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肉を求めて

 シャイトと別れた二日後に幸助はカリバレッテの港に来ていた。乗ろうとしていた船はすでに出港していたが、別の船が四日後に出るということなのでそれに乗ることにし、余った時間で調べていた観光名所や美味しいものを食べるため出かけていった。歩きよりもはるかに速く飛べるため色々なところへと出かけることができ、満足できた観光旅行となった。

 予定通りに船に乗った幸助はカルホード大陸南西の港へと向かう。今回の船旅ではハプニングは皆無で、無事に到着できた。

 そこから今度はセブシック行きの船を探し始める。そして無事見つかりはしたのだが、すぐに出港とはいかなかった。


「出発は十日後かぁ」


 昨日一昨日とセブシック行きの船はすでに出ていて、しばらく出ないということだったのだ。ぽっかりと空いた時間に幸助は困る。十日は長かった。


「また観光でもして待つかな」


 財布の中身を確認し、贅沢しなければ持つだろうと現状を確認した幸助は、港町周辺の情報を集めるためのんびりと動き出した。

 船生活だと海産物が多かったので肉が食べたい、特産の肉とかあるといいなと思いつつ露店の主人に話しかける。


「美味しい肉かい? それならある。セブラ森鳥ってのが美味しいね。特に丸焼きが最高だ。

 皮はパリっと、胸肉は噛まずとも崩れるほどに柔らかく、腿肉はプリッと柔らかい。どちらの肉も旨みをたっぷり含んでいる。

 ただの丸焼きはこの街でも食べられるけど、本場をどうしても食べたいのならこの街の北にある森に行くといい。勧めはしないが。そこには獣人の村がある。その村がセブラ森鳥丸焼きの発祥地だ。

 あそこのは丸焼きの中にハーブや山菜を詰め込んだ後、秘伝のタレに漬けて焼く。その調理法がさらに肉の旨みを引き立てるんだ。

 一度だけ食べたことがあるが、絶品だったよ」


 美味さを思い出したのか、どこかうっとりとした表情になっている。


「そんなに美味しいなら真似してるんじゃ?」

「してるんだが、どうしてもあの味には届かない。取れたてを調理してるからなのかなんてコックたちは首を捻ってるよ。

 だからこの街の料理屋では真似せずに、素材の味を生かすといったこの街独自の方向性を模索している」

「じゃあまずはそっちを食べようかな」

「それが無理なんだ」

「どうしてさ」

「予定日を一週間ほど過ぎても鳥肉が入ってこないんだ。だからどこの店でも出せない」

「狩りに行けばいいだけじゃ?」

「森は獣人の住処だしな」

「そこに住む獣人は危険ってこと?」


 だとしたら行くのは止めようと考える。


「いや危険だったら持ってくる鳥を買い取りはしないな」

「じゃあなんで行かないの?」

「なんでって言ってもな」


 言いづらそうな様子を見せたあと、主人は続ける。


「やっぱり獣人だからだな」

「それが理由だって感じで言われてもよくわかないんだけど」

「そうなのか? この街の住人にはこれで通じると思うんだが」


 これは人間が持つ世界共通の偏見みたいなもので、理解できない幸助の方がずれている。

 獣人は獣から進化した種族だ。なので肉食獣から進化した者もいて、その肉食獣の中には人を食う者もいる。進化した後も人を食うことはあるが、積極的に襲ったりはしない。けれどもそういった種がいると考えてしまうせいで、人を食わない獣人に対しても敬遠の情を持ってしまうのだ。

 そういった理由で、この街の住人もすぐ近くにいる獣人に対して積極的に近づこうとはしていない。

 日本人といえば忍者芸者天ぷら、アメリカ人といえばカウボーイウェスタンハンバーガー、インド人といえばカレーヨガ。こういった思い込みと似たようなもので心から拭い去るのは難しく、森に住む獣人に人食いはいないとわかっていても接することに躊躇いを持ってしまうのだ。

 一度腹を決めて接してしまえば、危険ではないとわかる。事実、仲良くなった者たちはいる。


「とにかく食べたければ行くしかないってことでいい?」

「そうだな。止めることはしない。ついでになにがあったのか教えてくれれば助かる」

「ギルドに行けばそういった依頼出てそうだ」

「かもしれんなぁ」


 肉を食べたい幸助は森に行くことに決める。お金の心配はないので、ギルドに行くことはなかった。

 主人に情報の礼を言ってその場から離れ、保存食などを少し買い、北の森を目指し街を出た。街で集めた情報で、歩きで一日もかからない距離にあることがわかっているので気楽なものだ。

 歩みを進めるほどに潮風の匂いがなくなり、草木の匂いが濃くなっていく。そして完全に潮の匂いがなくなった頃、森に到着した。


「森のどこら辺に住んでるのか聞けなかったんだよなぁ。

 うろついてたら獣人が見つけてくれるかねぇ」


 街の者たちは森に近づかないので、住処に関して詳しい情報は知らなかったのだ。薪や薬草を拾いに来る者もいるのだが、そういった者たちも森の最外縁部をうろつくだけで、森に足を踏み入れることはない

 歩きで村が見つからないのなら空から探すという手段が取れるので、集まらない情報を気にせずやって来たのだった。

 足を踏み入れ、あてなく歩く幸助は首を傾げている。


「この森もムバラント山と同じで静かなんだな?」


 聞こえくるのは風で揺れる草や木の葉の音のみなのだ。時々小さく鳥の鳴き声が聞こえてくるくらいだ。

 獣人以外に危険な生物がいるとは聞いていない。森の内部の情報が少ないので、信憑性は低いのだが。それでも危険すぎる生物がいれば、街に来る獣人から話くらいは聞けているだろう。


「鳥肉を卸しに行かなかったこととなにか関係あるんだろか」


 気配を探りながら歩を進めていると、草木の擦れる以外の音を耳が捉えた。

 何の音だろうかとそちらへと進路を変え、歩いていく。一分ほど歩いた頃だろうか、音の中に悲鳴が混じっていることに気づいたのは。

 その声が子供のものだったと気づいた幸助はいっきに速度を上げ、現場へと急ぐ。現場に着くまでに十秒ちょっとだったのだが、その際視界の隅にレモンイエローの物体が見えた。それを気にしている暇はないと即座に意識から切り捨てた。

 音の発生源に到着した幸助が見たのは、三メートルほどの翼のない西洋竜に似た何かが、口を大きく開けて子供を襲おうとしている場面だ。


「やらせるか!」


 走ってきた勢いそのままに幸助は飛び蹴りを放つ。飛ぶ矢に迫ろうかという勢いで飛んだ幸助は、竜っぽい生物の両鎖骨の真ん中に蹴りを命中させた。蹴りは見事に首元の骨を砕き、一撃で竜っぽい生物は息絶える。

 動き出さないことを確認し、幸助は十歳ほどの少年を見る。その少年は赤い目の兎の顔で、一瞬コスプレの一種かと思ったのだが、森に住んでいる獣人の子供だろうと思い直す。


「大丈夫か?」


 声をかける幸助に、体を震わせながら無言で頷く。すごく怖かったのだろうと思い、もう大丈夫だという思いを込めて頭を撫でる。柔らかな髪の撫で心地がよかった。

 撫でる感触から震えが小さくなっていき、これならば答えてくれるかもしれないと考え、話しかける。


「どこか怪我は?」

「ないよ、大丈夫ぴょ」

「ぴょ? ああ、そういえば」


 ホルンから獣人の子供は独自の語尾で話すと聞いたことを思い出す。語尾からそういったものがなくなれば、成人へと一歩近づいた証なのだという。これがそうかと納得し話を続ける。


「君はこの森に住む獣人の子なんだよね?」

「うん」

「俺は君たちの村に行く途中だったんだ。良ければ案内してもらいたいんだけど、いいかな?」


 こくりと頷いた少年は立とうとして、すぐにしりもちをつく。

 怖い目に遭って腰が抜けたのだろう。

 幸助はしゃがみこんで、少年を抱きかかえた。


「進む方向を指差さしてくれる?」


 少年は頷いて、指差した。幸助はそちらに行く前に倒した魔物に近づく。

 魔物の姿をよく見て、その特徴から知識からこれはドラゴニスという魔物じゃないかと予測する。

 ドラゴニスとは竜もどきとも言われる魔物で、竜に近い姿と名前を持つように魔物の中でも上位に属する強さを持つ魔物だ。中堅どころの冒険者がパーティーを組んで挑んでも勝率は一割を切る。本来ならば幸助も負けはしないが、楽に勝たせてもらえる魔物ではない。今回は当たり所がよかったのだ。

 こんなものが近くに住んでいるとなれば、絶対噂の一つもあるはずなのだが、街では噂の影もなかった。


「この森ってこんなのが住んでるの?」


 幸助の問いに少年は首を横に振った。


「二十日くらい前から、いろんな魔物が少しずつ森に集まりだしたぴょ」

「集まりだしたか。そんなことが定期的にあってる?」


 少年は首を横に振る。


「ううん。初めて。皆どうしてかって不思議がってるぴょ」

「そっか。

 そういやこんな魔物が集まってて危険ってわかってるのに、どうして村から出たんだ?」

「世話してた鳥のことがどうしても気になって」

「それで君が怪我したら親御さんが悲しむだろう?」

「ごめんなさいぴょ」

「謝るのは俺じゃなくて心配かけた人たちにね」


 頷く少年の頭を一撫でして、幸助は動かないドラゴニスの尾を掴んで歩き出す。せっかく倒したのだから、売れる部分は回収しておきたいのだ。ここでの解体作業は血の匂いでほかの魔物を集めかねず、少年を危機にさらしそうなので止める。一度村まで持って行き、そこで解体できるのならして、駄目なら村から離れた場所でやろうと思ったのだ。

 

「やっぱりすごいんだぴょ」

 

 キラキラとして眼差しで幸助の顔を見上げて、そう言う少年の言葉に首を捻る。やっぱりという言葉遣いはおかしくないかと思っている。


「やっぱりって?」

「竜を倒したんでしょ?」

「……なんでそれを知ってるのかな?」


 幸助は歩みを止めて少年の顔をまじまじと見る。


「僕は称号が見えるぴょ」

「ウィアーレと同じギフトか」


 称号を見るというギフトは珍しいギフトではあるが、世界に一つというわけではないのだ。ウィアーレのほかに持つ者がいてもおかしいことではない。

 エリスからもそのように聞かされていた。


「俺が竜殺しってことは秘密にしてくれるかな?」

「どうしてぴょ?」

「騒がれたくないんだ。頼むよ」

「よくわからないけど、誰にも言わない」

「ありがとう」


 ギフトでばれるのは防ぎようがないなと思いつつ森を歩いていると、目指す先から気配と物音が近づいてきた。

 少年がいなくなったことに気づいた村人たちだろうと思いながら歩く。


「ジェルド!」


 近づいてきた者たちの一人が少年を見るなり名前を呼ぶ。近づいてきた男からは薬の匂いが微かに漂っていた。袖や首元には包帯が見え隠れしている。それは男だけではなく、ほかの者たちも同じだった。

 ジェルドというのが少年の名前なのだろう。ジェルドを探しに来た者たちは獣人ではなく人間だった。獣人の村に人間も住んでいるのだなと思う一方で、幸助は目の前の人間たちに見覚えがあるような気がしていた。

 微かな違和感を覚えつつ、ジェルドを地面に下ろす。


「心配したんだぞ!」

「ごめんなさい」


 がっしりと肩を掴んで怒鳴る男にジェルドは素直に謝る。

 怒っている男のそばでほかの男たちもジェルドの無事を喜んでいる。


「無事だからよかったものの」

「ほんとに怪我なくてよかったよ」

「そっちの兄さんがジェルドを連れてきてくれたのか? というかそのドラゴニスどうしたんだ!?」


 幸助の背後に転がっているドラゴニスを見て、男たちは驚く。


「ジェルド君を食べようとしてたんで倒した」

「はぁ~ドラゴニスを倒すとは兄さん強いんだなぁ」


 驚きと呆れと恐れを混ぜた声が漏れる。自分たちでは敵いそうにもない魔物が死んでいるのだ、そういった感情があって当然だろう。

 

「どうしたんだ?」

 

 ジェルドを叱り終えた男が幸助たちを見る。


「いやドラゴニスを倒したっていうから驚いていたんだ」

「ドラゴニスをか!? というかそんなものまで集まってきているのか!? こりゃギルドへの依頼を真剣に考えるべきなのか? まあそれは後で話し合えばいいか」


 男は視線を幸助に向けて頭を下げる。


「ジェルドを助けてくれてありがとう」

「子供が襲われそうになっているんだ、見過ごせなかっただけ。礼を言われるほどのことじゃない」


 おもいっきりその場の感情に従って動いただけなので、本当に礼を言われるほどではないと思っている。


「それでもジェルドが助かったんだ。礼は言わせてくれ……ん?」

「どうしたイーガン?」


 幸助の顔を見て、首を傾げたイーガンと呼ばれた男の仲間が問いかける。

 

「どこかで見たような?」


 幸助も持った違和感をイーガンも持つ。

 それを受けて幸助は二人がそういった思いを持ったのだから、どこかで会ったのだろうと考え、思い出そうと記憶を探る。

 そして思い出す。それはこの世界に来て三ヶ月も経っていない頃の記憶だ。


「……記憶違いじゃなければレグルスパロウって言ったはず」

「それは俺たちのパーティー名だが、それを知ってるってことは会ったことあるのか?」

「一度だけ。俺が雑事系依頼受けようとした時、強引に自分たちの依頼を手伝わそうとしたろ。

 ギルド員から警告受けた時だ」

「「「「あ! あの時の!?」」」」


 イーガンたちも記憶を辿り、思い至ったらしい。

 色々と複雑な思いがあるようで、幸助を見る目に感情の色が混ざり合っている。

 だがそれも溜息一つで消えた。覆い隠しただけかもしれないが、それを知るのは当人たちだけだ。


「あの時はすまなかったな」

「謝るんだ」


 今度は幸助が驚いた。あの時のことを振り返ってみると、到底謝るような人たちではないと思ったからだ。


「謝って驚くのか……まあ仕方ないといえば仕方ないな。以前の俺たちを知ってれば」

「今にして思えば、冒険者としての評価が低かった理由はよくわかるもんな」

「思い返すのも恥ずかしい」


 こうまで変わったのは、ここ数ヶ月でよほどのことがあったのだろう。きっかけでもなければ変わることは難しい。

 この変化は良いものではなかろうか。幸助はそう思う。


「俺たちのことはいいとして、お前はこんなところに何しに来たんだ?」

「鳥の丸焼きが美味しいって聞いたから、それを食べに」

「あれか、たしかに美味しいが……今は食べるのは難しいぞ」

「魔物騒動で?」

「ジェルドに聞いたのか。その通りだ。

 こんなことになった原因を探ることと、村の防衛で余所者に料理を作る余裕はない」

「だろうね。どうしようか、忙しいだろうし帰った方がいいのかな」

 

 美味いものを食べられないのは残念だが、迷惑かけるのも悪い。滞在しても邪魔になるだけだろうと思い、引き返そうかと考える。

 それをイーガンが止めた。


「待ってくれ。村の問題解決に手を貸してほしい。この通りだ頼む」


 頭を下げたイーガンを見て、ほかの者たちも同じように頭を下げた。

 

「できるなら村の人たちは俺たちの手で守りたい。でもドラゴニスなんて怪物まで集まってきたんじゃ、俺たちの手に余る。

 恩あるあの人たちを助けたいんだ、頼む!」


 言葉には心が篭っていて、本当に村の獣人たちを守りたいのだとわかる。そのうち土下座しそうなくらい必死な思いが伝わってくる。

 イーガンたちが変わったきっかけは獣人たちにあるのかもしれない。なんとなく幸助はそう思った。そしてそれは正解だった。

 だが声色の中に悔いるものが混じっていることには気づけはしなかった。

 四人の熱心さに押されて、幸助は頷く。竜殺しだと知っているジェルドも頼もしい人が来てくれると嬉しそうだ。


「いいよ。手伝う」

「そうか! ありがとう!

 村はこっちだ着いてきてくれ!」


 嬉しそうに笑うイーガンたちに先導され獣人たちの住む村に到着する。

 獣人たちが魔物対策か村全体を木製の柵で覆っている。

 村は獣人特有といった感じはなく、どこにでもある村の風景だった。土の道に、レンガと木の家、いくつかある井戸、遠目に柵で囲まれた畑も見える。

 村の規模からみて村人は百人もいないだろう。

 村に入ってきた幸助たちに獣人たちが気づき、一緒にいるジェルドを見て騒ぎ始めた。村中に聞こえるように大声でジェルドが帰ってきたことを知らせる。


「ジェルド! 無事でよかったにゃ!」


 あっという間に人が集まり、猫顔の女が目に涙を浮かべてジェルドに抱きついた。すぐそばに立つ白山羊の男もほっとした様子を見せている。

 ジェルドに抱きついた大人の語尾が獣人独自のものになっているが、これは感情が高ぶると年齢に関係なくでるのだ。


「こちらの人たちは?」

「ジェルドの両親だ」


 幸助の問いにイーガンの仲間イェルツと名乗った男が答えた。


「えっとジェルドは兎の獣人だよね? あの人たちはどう見てもタイプが違わない?」

「知らないのか? 獣人は同じタイプで子供を作っても違うタイプの子が生まれるんだ」

「そうなんだ」


 これは何世代にもわたって違うタイプと子を成してきたせいだ。

 遺伝子の中に様々なタイプな因子が眠っていて、最も強い因子が生まれてくる子のタイプとなる。

 親と同じタイプとなることの方が珍しいくらいだ。兄弟姉妹でも違うタイプとなるが、双子の場合は同じになることがある。一卵性双生児にかぎってのことだが。

 昔、それも大昔は親と同じタイプで生まれていた。獣人という種族が生み出されたばかりの頃のことだから、世界誕生にまで時代を遡る。


「イーガンさん、ありがとうジェルドを連れて戻してきてくれて!」


 ジェルドの父親がイーガンに頭を下げようとする。それをイーガンは止める。


「礼はあっちに言ってくれ。ドラゴニスに襲われそうになっていたところを助けたそうだ」


 イーガンは幸助を手で示す。

 会話を聞いて語尾になにもついてないなと思っていた幸助は、イーガンの紹介に一拍遅れて頭を下げる。


「息子の危ないところを救っていただきありがとうございます! ほんとに感謝の思いが尽きません。

 しかもドラゴニスなどという危険きわまりない魔物と戦ってくれて、さぞ苦労なさったことでしょう。私たちで出来うるかぎりの礼をさせてもらいたい」

「気にしなくていいですよ。不意打ちが決まって苦労しなかったですから」

「不意打ちが決まろうと楽に倒せるような魔物ではないしょう?」

「いえ、ほんとに不意打ちで首の骨が折れて、反撃を喰らうことなく終わったんですよ」

「それは……すごく運が良かったんですね」


 幸助が竜殺しと知らない父親は、幸助の実力をそこらの冒険者と同等と考えている。だからドラゴニスを倒した経緯を聞いて、本当に運に恵まれたのだなと思っている。そして実力差のある相手に向かっていって、息子を助けてくれたことを心の底からありがたく思っている。立ち向かってくれたことすら感謝の思いを抱くのに相応しい。それほどに一般人からすればドラゴニスは脅威なのだ。


「ええ、運が良かったんだ。だから礼なんていらないよ」

「そういうわけにはいきません! 息子を助けてくれた、それは本当にありがたいことなのですから」

「そうは言われても、ドラゴニスをさばいて売ればかなりの儲けが出るから。それで十分なんだ」

「しかし!」


 父親は気がすまないのだろう、さらに言葉を連ねようとする。

 それを遮ったのはイーガンだ。


「それなら森鳥の丸焼きを食べさせたらどうだ? こいつは丸焼きを食べるために来たと言っていたからな」

「そうなのですか?」

「うん。食べるのをすごく楽しみにしてたよ」

「では! 村の皆に協力してもらい美味しい丸焼きを作らせてもらいます!」

「それは楽しみだ」


 本当に楽しみだと幸助は笑みを浮かべた。


「俺たちはまた見回りに行ってくる」


 話が終わったことを確認し、イーガンたちは再び森へと足を向ける。

 

「待ってください! 連日の見回りで、ろくに怪我も治せないで疲れ溜まってるはずです。今日はこのまま休んでください!

 見回りなら私たちでもできますから」

「戦えないだろ、あなたたちは。そんな人たちを危険な森の中へ入らせるわけにはいかない」

「それでも狩りで土地勘はあります。だから逃げ切ることくらいはできます」

「逃げ切れないような魔物がいるかもしれないんだ、行かせるわけにはいかない」

「でも魔物のことはこの村の問題です。私たちがなにもせず、あなた方にまかせっきりというにはあまりにも無責任すぎる」


 獣人たちの総意でイーガンたちに押し付けているわけではなく、イーガンたちが率先して見回りに出ているのだ。

 自分たちも出ると言う獣人を押し留めていたのはイーガンたちだった。よほど強い思いで、今回の出来事に挑んでいるのだろう。


「俺たちがそうしたいんだ。気にしなくていい」


 それでも、と続けようとする父親。それを聞きつつ幸助が口を出す。


「怪我の治療なら俺ができるから、ちょっとした休憩を兼ねて治療受ける?」

「治療できるのか? それなら頼む!」


 自分たちでは治療できなかったイーガンがありがたそうに言った。

 この村にも医師はいるのだが、病気治療寄りで怪我治療系魔法は簡単なものしか使えない。なのでイーガンたちは簡単な治療のみを受けて、見回りを続けていたのだ。本来ならば安静にしておいた方がいい状態なのだが、鎮痛剤で誤魔化していた。


「じゃあどこか屋内でやりたいから、利用できる部屋を貸してもらえません?」

「でしたらうちでどうぞ」


 ジェルドの父親が提案し、幸助は頷いた。

 集まっていた村人たちは、ジェルドの無事とイーガンたちがきちんと治療を受けることができることに安堵の溜息を吐いて、各々の作業の戻っていく。

 父親の先導で家に到着した一行。居間に通してもらい、早速診察が始まる。

 全員に鎧を脱いでもらい、一人ずつ服を脱がせて全身を見ていく幸助。


「できることはしてるんだね。薬での治療だと俺にできることはないから、怪我してる部分に魔法かけるだけにしておくよ。

 イーガンさんだと右肩のひびと左腕の裂傷くらいか、魔法での治療が必要なのは」

「治せるか?」

「大丈夫。これよりひどい状態の人の治療したことあるから」


 ヴァイオレントバルブに襲われた冒険者たちのことだ。彼らの方がもっとひどい怪我だった。

 治療魔法を使った際に出る発光を患部に当てて、イーガンの治療を終える。


「どう? 楽になったと思うんだけど」


 聞かれたイーガンは腕や肩を動かし状態を調べる。治療していない打ち身から痛みがはしる、しかし一番痛かった部分からは痛みがなくなって楽になっている。


「治った、完全に治った! これならまた戦える」

「怪我の治療はしたけど、疲労は回復してないから無理はできないよ」

「怪我が治ったんだ十分だ」

「いや十分じゃないだろうに」


 幸助はイーガンを椅子に座らせ、次の患者を呼ぶ。

 全員どこかしら骨にひびが入っており、相当に無理を重ねているとわかる。これはきちんとした休憩をとらせないとまた大怪我すると考えた幸助は、最後の仕上げと見せかけて不意打ちで眠りの魔法を使う。疲れが溜まっていたおかげか、イーガンたちは抵抗できずに眠り込んだ。

 ぐったりとしたイーガンたちを心配そうに覗き込んでいるジェルド。


「イーガンさんたちになにをしたぴょ?」

「疲れが溜まってたから眠らせて、強制的に休憩をとらせたんだ」


 幸助は父親に視線を向けて、イーガンたちの宿を教えてもらう。

 この村には宿はなく、空き家となっていた小屋を使っていたらしい。そこまで案内してもらい、イーガンたちを運び込む。よほど深い眠りなのか、動かした時に起きる様子はなかった。

 全員をベッドに寝かせた幸助は交わした約束を守るため、森へと足を向ける。それを見て父親が声をかける。


「どこへ?」

「ちょっと見回り行ってきますよ。村の守りを手伝うってイーガンさんたちと約束したんで」

「それなら私も行きましょう」

「ついでにドラゴニス捌こうと思ってるんで、匂いにつられて魔物が近寄ってくるかもしれませんから危険ですよ。

 ここで彼らの看病しててもらいたいんですけど」

「しかし」


 魔物と対峙するかもしれないと聞いて二の足を踏む。臆病というなかれ。これまでこの森には魔物は少なく、その魔物も弱いものでしかなかったのだ。獣人たちは戦うことなく日々を過ごせていた。そこに強い魔物が集いだし、実力不足経験不足な獣人たちは一方的にやられてばかりだった。死者が出ていないのは、防衛に徹していたということとイーガンたちが戦ったおかげだ。


「ちょろっと見回ってくるだけですから」

「……よろしくお願いします」


 自身が情けないのかギュッと手を握って頭を下げる。

 森へと入る幸助をせめて見送ろうとした父親が思い出したように告げる。


「黄色い猿をみつけたら捕まえてみてください」

「黄色い猿?」


 それはジェルドを助けようとした時に見かけた物体のことだろうかと思う。


「はい。イーガンさんたちが探していたようなのです」

「騒動に関係してんのかな?」

「かもしれません」


 イーガンたちが話し合っていたのを偶然聞いただけなので、確証はない。しかしまったくの無関係でもなかろうと思っている。

 アドバイスを受けて幸助は、ドラゴニスを引きずりながら森に足を踏み入れる。進む方向はジェルドを助けた場所だ。

 十五分ほど離れた場所に小川をみつけ、そこでナイフを使い解体していく。ドラゴニスの売れる部位はほぼ全部といっていい。一番高いのは順に角爪牙骨皮だ。それ以外の部位も希少性から使い道が決まってなくとも売れるのだ。内臓や脳などは通常の店では持て余し、売りたいのならば研究機関にでも伝が必要になる。肉も食用として売ることが可能。そのままでは臭くて食べられたものではないが、特定の薬草と一緒に水に長時間漬け込むことで臭みが消え、高級牛に劣らぬ肉となる。


「肉は村の人たちに食べてもらえばいいかな」


 爪などで十分すぎる収入があるので、肉は渡すことにして、内蔵は土に埋めて処理した。匂いを嗅ぎつけた獣や魔物が掘り返さなければ土にかえるだろう。

 血で濡れている部位を洗った後、手とナイフを洗う。このまま見回りに持ち歩くのは邪魔だと思った幸助は、皮で爪などを包み、木の上に置く。肉は獣たちに持っていかれるかもしれないので、皮に包んで持っている。隙間から血が漏れているがしばらくすれば血も抜けきるだろう。

 解体を終え周囲を警戒しつつ、目的地に向かう。血の匂いにつられてか、熊と虫の魔物に襲われるも怪我なく撃退。剥ぎ取りはせず、ほったらかしたままにした。これ以上の収入は必要ないと判断したのだ。


「いない、ね。当たり前か」


 見かけた場所に到着し、周囲を見渡す。移動しているだろうと予測できていたので、気落ちはしない。


「なにか痕跡とかないかな?」


 痕跡といっても体毛が落ちている程度で、なにがわかるでもないのだが。

 足跡でも残っていれば最良なのだが、対象の足の形なんぞ知らないので探しようがない。

 ここでわかることはないもないと判断し、幸助は村を中心にして時計回りで動き出す。

 二十分ほど歩いた頃だろう。重なる木の葉の向こうに黄色が見えた。一度その場に止まり見間違いではないか確認した後、気配と足音を抑えて進み、黄色の猿を視認した。

 猿は幸助に気づいておらず、枝に座り毛づくろいをしている。


(捕まえないと駄目なんだっけ? このまま静かに移動してばれずにすむといいけど。いや眠りの魔法使えばいっか)


 木陰に隠れ、小声で魔法を使う。

 毛づくろいをしていた猿は動きを止め、木の幹に寄りかかる。


「効いたみたいだな」


 気配を隠すことを止めて、木の下まで移動し、そこから飛び上がって猿を捕まえた。


「なんだこの匂い?」


 幸助は猿から漂う匂いに首を傾げる。臭いわけではなく、良い匂いというわけでない、独特な匂い。獣特有のものだろうかと疑問を抱いたまま歩き出す。

 わりと簡単に捕獲できたなと思いながら、猿の首を掴み村へと足を向ける。左手にはドラゴニスの肉、右手には猿。両手がふさがり、置いてある骨とかの回収ができないので、一度村に帰ろうと考えた。

 

「うっとおしい!」


 歩き出して十分ほど経ってから幸助は魔物に襲われ続けている。今も豚顔のオークを蹴倒した。その前は一本角のオーガを木々の向こうへと蹴飛ばした。手が使えず、蹴りしか攻撃手段がないのだ。ドラゴニスクラスの魔物はいなかったので、蹴りだけでも十分対処できている。だが次から次へと集まってくる魔物に、休む暇なく相手させられている。

 森に入ったばかりの時や見回りを始めたばかりの時とは遭遇率が違いすぎる。この森にはこんなに魔物がいたのかと驚いている。


「原因は猿だろうなぁ」


 猿を捕まえてから遭遇率が上がったのだから間違いないだろう。気配を抑えても魔物は集まってくるのだから、偶然というわけもないだろう。


「魔物を引き寄せるフェロモンってとこか」


 魔物がこの森に集まりだしたのは、この猿がやってきたからだろう。現状からそれはすぐに予想がついた。

 しかしわからないこともある。猿を捕まえる前、猿が毛づくろいしていた時は魔物が近寄っていなかった。フェロモンを出しているならばあの時も狙われていたはずだ。


「いや待てよ? あの時匂いはしてなかったような」


 観察していた時のことを思い出し、僅かながらも匂いを嗅ぎ取っていたか思考する。答えは否だ。


「自在に放出できるってことなのかも? 自在ってのはおかしいか、今眠ってんだから。つまりは眠ってる時だけフェロモン出す? なにそれ」


 眠っているということは無防備ということだろう。そんな状態の時に自身を危機に陥れるような真似なんかしてなにか利益あるのかと、幸助はさらに首を捻る。

 寝ている時に魔物を集めるなんぞ、襲ってくれと主張するようなもの。考え違いしてるのだろうと、幸助はこれまでの考えを否定した。

 

「まあ考察は後でするとして、どうしようか。このまま村に戻ったらあそこに魔物が集まることになる」


 村を危険にさらすつもりはないので、このまま帰るのは却下。かといって魔物に襲われながら森を彷徨うのも嫌だった。

 少し考えて、殺して埋めてしまおうとも思ったのだが、捕まえてほしいと言われていたのでそれも躊躇う。


「あ」


 悩んでいたのが馬鹿らしいと閃いたことがあった。


「起こせばいいだけじゃん。さっきの考えが合ってるなら、起きてる間は匂い出さないんだから。

 起きてる間に、どうすればいいのか対処法を聞けば問題ないだろ」


 早速起こそうと片手の荷物を下ろす。

 魔法が効き過ぎていたのか、先ほどまで魔物と戦って動いていたにもかかわらず、猿は起きていない。その猿に魔法で呼び出した冷水をぶちまける。これには驚いたようで、目を覚ましキーキーと鳴き暴れている。


「これで匂いはなくなるはず」


 暴れる猿に構わず、地面に置いた荷物を持って場所を移動する。

 五分ほどして周囲からあの匂いが消えたことを確認し、魔物との遭遇率が減ったころから予想が当たっていたことがわかった。

 これならば戻れるなと足を村へと向けた。

 村に戻った幸助はジェルドの家を訪ねる。そこで猿を入れておける檻がないかと、ジェルドの母親に聞いてみた。猿は暴れ疲れたのか、おとなしくなっている。

 自分の家にはないが、皆で一緒に使っている倉庫にはあったはずだと聞いて、ジェルドの案内で向かう。ついでにドラゴニスの肉の処理も頼んでおいた。母親は処理の方法を知らないので、知っている人に頼むことになった。


「この中にあるぴょ」


 二人の目の前には扉のない、この村で一番大きな建物がある。四メートルを超える高さで、入り口は縦三メートル横二メートルと大きい。入り口からは錆びた斧や台車といった農具などが見える。


「勝手に入っていいの?」

「うん」


 中に入って探し、五分も経たずに見つけることができた。

 木製の檻で、猿の力程度ならば壊される心配もなく閉じ込めておけるだろう。

 猿を放り込み、檻ごとイーガンたちが使っている小屋に運ぶ。小屋の中を覗くとイーガンたちはまだ眠っていた。


「これからどうするぴょ?」

「森の中に置いてきた物があるからそれを取りに行くよ。その後は宿をとって休もうって思ってるよ」

「この村に宿はないぴょ」

「そういやそうだっけ。たしか空き家借りれるんだよね。あとである場所教えてもらおう」

「空き家もないと思うぴょ」

「そうなの? それはちょっと困ったな」

「うちに泊まればいいよ。部屋は空いてるぴょ」

「いや迷惑になるだろうに」

「お父さんもお母さんもきっといいって言うぴょ!」


 まずは聞いてみようとジェルドに腕を引っ張られ、家に到着する。

 ちょうど母親も肉を届けて帰ってきたばかりだった。その母親にジェルドが用件を伝える。話しを聞いた母親は「それはお困りでしょう。好きなだけ泊まっていってください」と嫌な顔を少しも見せずに即答した。少しは迷ってもと思えるくらいに即決した。あまりの迷いのなさに幸助は思わず、よろしくお願いしますと頭を下げる。下げてからほんとにいいのかと思い直した。今夜はご馳走を作りましょうと張り切る姿を見て、いいみたいだと思う。ついでだからだと母親はイーガンたちの分も作ろうと気合を入れていた。

 森から荷物を取って帰ってくると父親も帰ってきていて、幸助が泊まることに賛成していた。

 暇な幸助はジェルドにせがまれ森の外の話をする。話したのはこれまで行ってた場所や会った人のこと。

 幸助がそうしている間に父親はイーガンたちを誘いに空き家に行っていた。

 いい匂いが家中に漂いだした頃、父親はイーガンたちを連れて戻ってきた。


「よく休めた?」

「お前っ!」


 幸助に勢いよく詰め寄るイーガンたち。手を突き出して彼らを押し留める幸助。父親も止めるのを手伝っている。


「休んでいる暇なんかないんだぞ!」

「治療した者として疲労している状態を見過ごすわけにはいかなかったんだ。また怪我することになる」

「そうですよ、イーガンさん。あなたたちが疲れているのは見ていた私たちにもわかることでした。あのまま休まずにいたら近いうちに倒れてしまってましたよ」

「代わりに見回りに行って、猿を捕まえてきたんだからいいじゃないか。

 魔物が集まってる原因はあれのせいなんだろ?」


 幸助の問いにイーガンたちは頷いた。


「ご飯できたわよー」


 トレイにいくつもの皿を載せ、母親がやってくる。それにより力みがなくなったのか、イーガンたちは一つ息を吐いてジェルドたちに誘ってくれたことへの礼を言う。


「いえいえジェルドを探しに行ってもらったことへのお礼を兼ねているんだから、気にしなくていいんですよ」


 皿をテーブルに置きながら答える。

 献立は牛乳のまろやかさと野菜の甘みと鹿肉の旨みが凝縮されたシチュー、取れたて新鮮山菜と果実のサラダ、焼きたてふわふわのパンだ。魔物が跋扈し、狩りや採取が制限される現状ではたしかにご馳走といえる献立だった。

 それをわかっているのだろうイーガンたちは恐縮そうに、されど嬉しそうに食べていた。

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