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任務と音楽教室

 予定は狂うことなく二人は三日目に王都に到着した。

 王都の規模はそれほど大きいものではない。メイドとして滞在したホルンの実家のあるリッカートよりも、やや小さいように幸助は感じている。

 都の造りは、王城を中心に建物が並び、都を守る二メートルの高さの塀がグルリと囲んでいる。塀には三つの大きな入り口があり、それらと城を真っ直ぐ大きな通りが繋いでいる。遠目に見える城は華美ではなく、質実剛健といった造りに見える。

 鷹の門と呼ばれる入り口を抜け、二人はまずは宿を目指す。

 なぜ鷹の門と呼ばれるのかという幸助の疑問に、シャイトが観音開きの扉を閉めると鷹の絵が描かれているからと答える。

 ほかの門の扉には薔薇と馬の絵が描かれている。これらは初代国王が好きだったものだ。

 宿を決めて荷物を解いたシャイトは小瓶を取り出す。幸助からも渡してもらう。


「じゃあ俺は城に行ってくる」

「いってらっしゃい。俺は観光してるかもしれない」

「ん、わかった」


 ひらひらと手を振る幸助に見送られシャイトは宿を出る。

 露店などには目もくれずシャイトは真っ直ぐ城を目指す。

 近づいてくるシャイトを視認した兵が槍を持つ手に力を込め警戒する。


「薬水を持ってきたんだが、通してもらえないだろうか」


 門番に小瓶を見せ、城内に入る許可を願う。


「薬水を渡してもらえますか? 本物か調べますので」


 そういって門番は手を出してくる。門番に渡すと、すぐ近くの待機部屋までついてくるよう指示される。

 その部屋で門番は棚から取った瓶の中身を小皿に移し、薬水入りの小瓶のふたを開ける。次に針に薬水を付着させ、小皿の液体と混ぜ合わせる。すると混ざった液体からフワリと甘い匂いが漂い出した。

 その匂いを嗅いだ門番は頷いて、シャイトを見る。


「本物のようですね。薬水の回収お疲れ様でした。

 ここで身体検査をした後、城内へと案内します」


 兵士によって入念に調べられ、全ての危険物をこの部屋に置いたシャイトは別の兵の案内で城内へと入る。

 城の中も多くの飾りはなく、華やかさよりも重厚な雰囲気が感じられる。


「ここでお待ちください」


 待合室に通され、どれくらい待たされるかと考えていると予想よりも早く呼び出しの兵がやってきた。


「王と王女がお待ちです。くれぐれも失礼のないように」

「はい」


 兵が先導し、謁見室に入る。

 王冠を被った五十手前の男と淡い青のドレスを着た二十過ぎの女が、簡略化された玉座に座っている。二人とも凡庸な顔つきで、そこだけ見れば平民と変わらない。着ている服の質を落せば王族には見えないかもしれない。けれどもまとっている雰囲気で只者ではないと気づかされるだろうが。

 王はじっとシャイトを見ているが、王女はシャイトの周囲を見て小首を傾げている。誰かを探しているようだ。

 二人のほかには護衛の兵が六人と文官らしき人が二人いる。

 シャイトは絨毯を少し進み、片膝をついて顔を伏せる。


「顔を上げるがよい」

「はっ」

「薬水の回収ご苦労であった」

「お疲れ様でした」


 王の後に王女も礼を述べる。歌姫と呼ばれるだけあり、耳心地の良い声だ。


「報酬を渡そう。金貨六枚だ。異論はないかね?」


 一般家庭の生活費半年分以上だ。十分といえるだろう。


「恐れながら申し上げます」


 シャイトの言葉に王は片眉をピクンと上げる。


「言ってみるといい」

「この薬水の回収には二人で行きましたので報酬のお金は半額にして、私への報酬は別にしてもらいたいのです」

「もう一人はどうしてここにこなかったのですか?」


 王女が問う。その表情にはどこか納得しているようなものが見える。


「お金さえもらえればいいと言って、城には来ず宿で休んでます」

「そうですか。頼めばここに来てもらえるでしょうか?」

「王族に頼まれれば断れる者はそうはいないと思います。

 ですがコースケに会いたい理由でも?」

「それは後で話すことにしましょう。今はあなたの願いを聞きましょうか」


 シャイトは周囲を一度見渡し、少しだけ間を置いて口を開く。


「私はシダルン王国の諜報人員でした」


 王と王女、護衛役の兵が大きく反応を見せる。王と王女は視線がやや強まっただけだが、護衛は敵意にも似た強い視線を送っている。

 シダルン王国とは、ここカリバレッテに隣接する国で、規模はカリバレッテよりも大きい。隣接するといってもかつての主人国ではなく、別に隣接する国だ。あちらは南西にあり、シダルン王国は南東にある。


「でした、ということは今はそうではないということだな?」

「はい。近年の強引な政策に嫌気が差しまして、逃げ出しました」

「当然追っ手はあったのだろう? よく生きてここまで来ることができたものだ」


 山から出た時に襲われたのが追っ手だ。彼らの失態は無言を通したこと。少しでも事情を漏らしていれば、幸助は少しだけ得た情報に翻弄され、戦う手が鈍った可能性もある。その上でシャイトのみに標的を絞れば、抹殺任務は成功していたかもしれない。シャイトは仲間を置いて逃げたことに後ろ暗さを感じて、動きが鈍かったのだから。


「予感のギフト持ちでして、それのおかげで危機を回避し無事ここまで辿り着くことができました」

「なるほど。それで願いとはなんだ?」

「保護してもらいたいのです。暗殺の危険なく、暮らせるようにしてもらえないでしょうか」

「……どうしてうちに保護を求めようと?」


 王はすぐに答えず、少し考え込んでから別の質問をする。


「ここを選んだのはいくつか理由があります。

 王族と直接出会え、意思を伝えられる。強力な守護者がいる。そしてシダルンにちょっかいをかけられ困っている。最後の問題に少しばかり手をかせる術を持っている。

 これらの理由で、ここカリバレッテを選びました」


 王族ではなく、力の強い貴族でもいいでのはなかったのかというと、そうでもない。

 そういった貴族だと使い捨てられる可能性があった。王族でもありえるのだが、頭を悩ませている当人に直接顔を合わせることで、少しでも自身の有用性をアピールすれば、使い捨ての可能性は下げられると考えたのだった。


「ちょっかいをどうにかできると?」

「いえ、私の持っているものを使いどうにかするのはあなた方です」

「持っているものはなにか聞いてもいいかね?」

「情報です。シダルンの諜報組織で私が手に入れられる情報を持ってきました」

「ふむ……内容にもよるが確かに役立つかもしれぬな。

 最後に一ついいかね?」

「はい、なんなりと」


 王は眼光を鋭く問う。シャイトは全身に重りを乗せられたようなプレッシャーを感じた。

 外見は凡庸でもさすがは一国を背負って立つ人物ということか。


「君がシダルンのスパイではないかと疑っているのだが、それを否定できるか?」


 王としてシャイトの話を全て信じ受け入れることはできない。

 自分の国は弱小国と知っている。だから小さな失態でも国存亡の危機になりかねないということも理解しているのだ。


「違いますとは言い切れますが、それを証明することは」


 そう言って首を振るシャイトに王は頷いた。


「であろうな。持っている情報が偽物という可能性もあるわけだしな。翻弄されていいように振り回され、隙を突かれる可能性もある」

「信じてもらうためには、この国の為になり、あちらの不利益になることをすればいいのでしょうか?」


 王の考えを先読みしてシャイトは聞く。


「それ以前だな。まずはこちらで話し合い、その結果僅かたりとも信じられると思った時、その依頼をするだろう」

「それまで私はどうなるでしょうか?」

「拘束させてもらう。牢獄に入れるとかではなく、監視つきで城内で寝起きしてもらうことになるだろう。もちろん武装はなしだ」


 これはシャイトの最悪の予想よりもいいものだ。牢獄へと入れられる可能性や拷問もありえると考えていた。

 念のため、それらを防ぐ術として薬水を採ってくるという手柄を立てはしたのだが。そのことに絶対の信頼はしておらず、保険の一つとして考えていた。

 シャイトへの対処が和らいだのは、その保険が功を奏していたのだから、やっておいて損はなかったということなのだろう。まあ、王族に会うために、やらねばならぬことであったのだが。


「一つよろしいでしょうか」

「ほかに言いたいことがあるのか?」

「私と共に薬水を採ってきたコースケは、私とは無関係の冒険者なので拘束や報酬なしということは止めてもらいたいのですが」

「それならば問題はない。コースケとやらについては手出ししにくいのだ」

「手出ししにくい?」

 

 どういうことだと、シャイトは疑問を抱く。


「それについては私からお話しましょう」


 沈黙を保っていた王女が口を開く。シャイトの視線が自身に向いたことを確認し、王女は続きを話し出す。


「驚かれるかもしれませんが、今日薬水を持ってくる者がいることは知っていました。

 山を監視しているわけではありませんよ。

 実は昨日セミンルーズ様からお告げがあったのです」

「セミンルーズというと確か音楽を司る神でしたか?」

「そうです」


 音楽の神からのお告げでどうして自分たちの来訪がわかるのだろうと、シャイトは再び疑問を抱く。


「お告げの内容は『薬水を持ってくる二人のうちコースケという者は、お前の知らない歌を多く知っている。その者を招き、歌を聴くといい。お前の芸風が広がることだろう』というものでした」

「コースケが神から指名、ですか。それはまた」

 

 驚きから乾いた笑いが出そうになり止めた。

 これで何度目か幸助に驚かされたのは、とシャイトは内心呟く。

 シャイトは不意に悟る。自分が謁見室に入ってきた時、お告げでは二人来るはずだったのに一人で来た俺に王女は首を傾げたのだと。


「コースケの安全が保証されるのなら、もう言うことはありません」

「ではちょっとした仕事を頼むとしようか。

 なに簡単なことだ。監視と一緒に宿に戻り、コースケ殿を城まで案内してくれ。荷物を取りに行くついでだ」

 

 それにシャイトは異論なく承諾し、兵の一人と城を出る。

 おそらく宿には幸助はいないだろうと考えつつ、シャイトは宿に戻る。だが予想に反して幸助は宿にいた。


「あ、おかえり。その人は知り合い?」


 手に持っている本を置いて、シャイトたちの方を見る。

 シャイトの知るかぎり幸助は本を持っていなかった。この街で買ったのだろう。お金は魔物を殺して手に入れたものを売って得ていた。


「ただいま。コースケ、出かけるんじゃなかったのか?」

「でかけたよ。さすがに今日一日で全部を回ってはこない。今日は近くを見てきただけ」

「そうか」

「んで、同じ質問するんだけど、その人は?」

「もう一度城に行くことになってな。それ関係で同行してるんだ」

「ふーん。帰ってくるの遅くなる? なるなら先に夕飯食べてるけど」

「夕飯は城で食べることになりそうだ。おそらくコースケもな」


 最後に付け足された言葉に幸助はきょとんとした顔になっている。


「俺も?」

「ああ、王族から直々に呼び出し受けてるぞ」

「なんで? 別にいいことも悪いこともしてないよ? 呼び出されるわけないと思うんだけど。

 薬水回収の件で?」


 コースケには思い当たることがそれしかない。


「いや、王女が昨日セミンルーズからお告げを受けたらしくてな。そのお告げの中にコースケの名前があったんだと」

「セミンルーズ……音楽の司る女神様? ますますわけがわからないんだけど」

「王女の知らない歌を、コースケが知っているから聞かせてもらえと言われたってさ」

「あー、なるほど」


 ようやく幸助は納得できた。幸助の知る歌は地球産の歌だ。自分だけが知っているのは当然で、聞かせたいのなら自分を呼ぶしかない。

 竜殺しとばれたわけではないし、歌を歌うだけなら行ってもいいだろうと判断する。ここで断った方が怪しまれる。歌い手として呼ばれたのならば、その役目だけ全うしていればいいのだ。

 コースケは貴重品をリュックから出して、出かける準備を整える。その横でシャイトは解いた荷物をまとめなおし持つ。


「全部持っていくんだ」

「必要なんだ。ちょっと城に泊り込むことになってな」

「城で過ごせるってのはすごいね。でもせっかく払った宿代が無駄に」

「まあ、仕方ないさ。準備終わったな? 行こう」


 兵に連れられていることで住民の注目を集めつつ、幸助たちは城へとやってきた。

 三人は城入り口で立ち止まる。

 

「俺たちはここから別行動だ。コースケには案内役が来るはずだから少し待ってるといい。だろう?」


 シャイトが兵に問いかけると、兵は頷きを返す。


「じゃあな」

「またねー……って何日くらいかかるんだ?」

「んーわからん」


 王たちの話し合い次第だ。シャイトにはそれがどれくらいかかるのかさっぱりだ。下手すると二度と会えなくなることもある。その被害が幸助にまで及ばないことを祈っていた。

 そんな祈りのことは露知らず、幸助は離れていくシャイトの背をぼーっと見送っていた。

 待つこと十五分弱、壁に寄りかかって周囲を見ていた幸助にメイドが話しかけてきた。


「ワタセ様でしょうか?」

「あ、はい。案内役ですか?」

「はい、その通りです。着いてきてもらえますか、王女様がお待ちです」


 メイドに先導され城内部を進む。この城はそれほど大きくはなく、迷うということはない。王女が待っているらしい部屋に着くまでに寄り道も混ぜて四回ほど曲がっただけで、一人で帰れと言われれば道を間違えることなく城から出ることができる。

 先導していたメイドが止まる。幸助は到着したのかと思っていたが、メイドの言葉で違うとわかる。


「ここで身体検査を受けてもらいます。中に人がいますので、その人の指示に従ってください」

「身体検査?」

「はい。危険物を持ち込んでないかという検査です」

「ああ、そういうこと」


 健康診断のようなものをするのかと思ったのだ。

 中には男の使用人がいて、ポケットの中の物を出すようになどといった指示をしてくる。

 今幸助は危険物など持っていないので、すぐに検査は終わった。幸助が隠しておくような武器など、投げナイフくらいだ。それも今は荷物と一緒に海の上だ。

 部屋から出て、再びメイドの案内で、今度こそ目的の部屋に到着した。

 ここで待つように言われ、出されたお茶を飲んでいると十分もせずに王女がやってきた。

 初めて会う王族にちょっとした期待があった幸助だが、特別な感じがしないことに肩透かしを感じていた。


「お待たせしました」

「そんなには待ってないから。いや待ってませんので」


 思わず普通に返し、言い直す。王女は気にするそぶりを見せず、幸助の前の椅子に座る。


「まずは自己紹介から。

 私はカリバレッテ王女フルール・ロスマリヌス・カリバレッテといいます」

「私は渡瀬幸助、こちら風に言うとコウスケ・ワタセになります」

「コウスケですか? セミンルーズ様からはコースケとお聞きしていたのですが」

「どちらでもいいと思います。発音を伸ばしているかいないかの違いですから」

「ではセミンルーズ様からお聞きしたようにコースケさんと。

 本題に入りましょう。お呼びした理由は知っていますか?」

「はい。歌を歌えばいいんですよね?」

「ええ。十分なお礼はしますのでお願いします。

 あ、その前に薬水のお礼をしましょう。こちらをどうぞ。金貨三枚が入っています。

 私のために危険な山に入っての薬水回収ありがとうございました」


 礼と共に差し出された小袋をポケットにしまう。中身の確認はしなかった。。王族にとって金貨銀貨ははした金だろうから、ケチることなどないだろうと思ったのだ。

 これで帰るに必要なお金は手に入った。金貨三枚もあれば多少の贅沢しても帰り着くことができる。


「お金が必要だったんで、こちらこそ助かりました。

 それで歌なんですが、ここで歌うんですか?」

「いえさすがにここでは、専用の部屋がありますからそこで歌ってもらうことになってます」


 そこへ行きましょうと言ってフルールは立ち上がる。そのフルールを守るように護衛も動く。

 三人の護衛に守られることを当たり前のこととして受け入れている様子を見て、やはりお姫様なんだなと思いつつフルールの後ろをついていく。

 階段を上がり、少し進んだところにある部屋に入る。ここは様々な楽器が置かれた広めの部屋だ。窓は部屋の南壁の上部にだけあり、今は閉まっている。扉を閉めると外から切り離されたように、静かで押し込められたような窮屈感を少し感じる。


「ここは音が漏れない造りになっているんですよ。ここならどれだけ大声で歌っても大丈夫です」

「普段フルール様はここで練習をなさってるんですか?」

「はい。でも歌声を聴きたいから、ここじゃない部屋で歌えと言われることもありますね」


 作業が止まる人が続出してそうだなと、幸助は考えた。


「早速お願いします」

「んー……」


 歌えとだけ言われても少し迷うものがある。学校で習ったもの、テレビやCDで聴いたもの、色々とあるのだ。改めて思い出してみると本当にたくさんの歌を覚えているものだと、音楽に溢れていた世界に幸助は感心した。

 なにを歌おうかと考えて決まることがなかったので、リクエストを取ることにした。


「どのような感じの歌を聴きたいですか?」

「そうですね……とりあえずは落ち着いた感じのものを」


 そのリクエストに幸助は歌う方向性を決め、三つほど選び出した。


「歌姫と呼ばれるお方にお聞かせできるほどのものではありませんが、始めたいと思います」


 すうっと息を吸い込み、歌い始める。

 その歌は確かにフルールの知らないものだ。ところどころわからない言葉があるものの、それについては今はスルーし聞き入る。

 そして幸助が歌い終え、余韻もなくなる。

 パチパチとフルールの拍手を聞きつつ、幸助は口を開く。


「次はなにか別の感じの歌を歌いますか? それともまた落ち着いた感じのものを?」

「同じ感じのもので」

「それでは二つほど続けて歌いますがよろしいですか?」


 フルールが頷いたのを見て、幸助は再び歌い始める。

 二つ目を歌い終わり、別の方向のリクエストを受けそれを歌う。

 似た方向性の歌を何度か歌い、別の方向の歌に変える。そういったことを繰り返し、夕食前まで歌い続けた。一時間に十曲近く歌って、合計三十曲以上歌ったことになる。

 メイドがそろそろ夕食だと呼びに来なければ、もっと歌っていただろう。

 歌い終わった頃には幸助は、フルールからは全く知らない歌ばかり聴けた感動を向けられ、護衛たちからはぶっとおしで歌い続けたことへの賞賛を向けられていた。


「セミンルーズ様の言ったとおり知らない歌ばかりでした! 世の中にはまだまだたくさんの歌があるんですね」


 フルールはとても嬉しそうに笑顔を浮かべている。


「喜んでいただけてよかったです」

「ほかにも色々と知っているのですか?」

「そうですね。歌えと言われれば、まだまだ歌い続けることはできます」

「よければ明日も来て、歌ってもらえないでしょか?」


 断る理由もない幸助は頷く。


「かまいませんが、いつごろ城にくれば?」

「朝は仕事がありますので、昼過ぎにでも。門番には話しておきますので、名前を言ってもらえれば案内役を呼びに行ってくれるでしょう」

「わかりました」

「よろしければ夕食を準備させましょうか? 一緒に食べることはできませんので、始めに行った部屋で一人で食事することになりますが」


 この提案に幸助はどうしようかと悩むが、一食分浮くことと城の料理に興味があったので申し出を受けた。

 夕食を楽しんでくださいとフルールは言い去っていく。幸助はメイドに先導され、客室に戻る。

 三十分ほど待ったところで、料理が運ばれてくる。料理は海の幸で構成されてた。ふんわりと磯の香りが漂ってきそうで、ほどよくお腹のすいた幸助の食欲を刺激している。

 メニューはアサリのパスタ、タイラギのミニグラタン、鯛の塩釜焼き、蟹と卵のスープ、焼きたてパン、果物。それに喉にいいドリンクだ。ドリンクには採ってきた薬水はさすがに使われていないが、それでも研究されたものでフルールも常飲している。

 いただきますと手を合わせ、スープを飲む。濃厚な蟹の出汁が出ているスープが口中に広がり、食欲を後押しする。手と口を休めずによく味わい食べ続け、三十分後出されたものを残さず食べ終わった。


「食べた食べた」

「お下げしてよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 

 給仕のために静かに立っていた使用人に、ごうそうさまでしたと告げ立ち上がる。

 使用人にこのまま帰っていいのかと問いかける。入り口まで送り届けるので少し待つようにと、言われた幸助は片付けが終わるまで椅子に座りなおして待つことにした。

 その部屋の近くをシャイトが通りかかる。すぐ近くに監視役もいる。シャイトの気配に気づいた幸助は部屋の扉を開けて確認する。


「コースケ?」

「やっぱりシャイトか」

「なにしてるんだ、こんなとこで」

「夕食をご馳走になったんだ。すごく美味かったよ」

「俺はこれからなんだ。まあ俺のは普通なんだろうけどな」

「歌った報酬も兼ねてるんだろうからねぇ」

「だろうな。じゃあ俺は行くな」


 軽く手を振り去っていく。わりと自由に出歩けているようで、王の言った通り理不尽な拘束はされていないようだ。

 片付けはすぐに終わり、幸助は案内され城から出る。そのまま真っ直ぐ宿へと帰らず、遠回りして街の様子を眺めつつ賑やかな喧騒に包まれながら帰路に着いた。


 幸助の城通いは、フルールに乞われて二日三日四日と続いた。歌ったものは幅広く、邦楽と少しの洋楽で、童謡アニソン演歌などなど。

 最近の生活スタイルは午前中のうちに用事をすませ、昼からは城で歌を歌い、城の食堂で無料で夕食を食べて宿に帰るという繰り返しになっている。

 午前中の内に観光目的で街を歩き回り、ついでに帰りの船などの情報を集めた。

 集めた情報によるとカリバレッテの港からセブシック大陸へと向かう船はないことがわかった。これは時期が悪いせいだ。今の時期、エゼンビア大陸とセブシック大陸直通の航路は嵐が頻発し海が荒れているので、出航は避けるのだという。

 なのですぐに帰るつもりならば、カルホード大陸を経由する必要がある。

 そろそろ帰ろうと思いながら幸助は今日も城へとやってきた。


「こんにちは」

「やあ、今日も姫様のお相手か。失礼のないようにな」


 何度も通えば、門番の数人くらいとは顔見知りになる。

 案内役が来るまで話し相手になってもらい、時間を潰す。そしていつも案内をしているメイドがやってきて、城へと入る。

 音楽室に直行し、見張りの兵と雑談しながら待っているとフルールがやってくる。


「こんにちは、フルール様」

「はい、こんにちは」


 幸助はフルールともある程度は親しくなり、名前で呼べるようになっていた。これはフルールが親しみやすいおかげでもあった。

 軽く雑談をして、リクエストを聞き歌うことを始める。

 初日と二日目は幸助が歌うだけだった。しかし三日目からは、フルールが気に入った歌を歌いたがり、一緒に歌うといったこともしだした。

 歌い手として超一流ということもあり、幸助が歌うよりもずっと聞き応えのあるものだった。

 そのついでにフルールから歌い方の指導を受け、幸助の歌う技術は上昇していった。この時に『歌姫の弟子』という称号が手に入っていた。

 竜殺しの称号のおかげで上達は早かったのだが、技術が上がっても歌姫と呼ばれるフルールとの差は明確的なまでに大きかった。それは技術的経験的なものだけではなく、歌に思いを込めるなどの表現力の差だった。技術ではなく資質や天賦に属するもので、そういったものはいくら竜殺しの称号でもなんともしがたいようだった。

 それでもいづれ一流歌手相当ならば追いつけそうなのが、この称号の恐ろしいところだった。

 

「今日も楽しい時間でした」

「満足していただけ光栄です。

 フルール様に言わなければならないことがあります」

「なんでしょうか?」

「そろそろ帰ろうと思っていまして、歌の授業はこれにて終了とさせていただきます」


 フルールの顔に残念そうな表情が浮かぶも、すぐに消えた。


「わかりました。今までありがとうございました。

 本当はもっと歌を教えてもらいたかったのですが、コースケさんにも予定がありますから仕方ないですね」

「もう少しくらいはいてもよかったんですが、日に日に視線が強くなっていくんですよね」

「あら、気づいていたんですね」

「まあ、感覚は鋭い方なんで」

「お父様が抑えてはいるんですけど、神様からの指名を受けた人物に皆さん好奇心があるようで」


 フルールは好奇心というが、そんな生易しいものではなかった。

 どうにかして近づき甘い蜜を吸えないかという、下心満載の視線だ。王が抑えていなければ、官僚に囲まれ動けなかったかもしれない。

 彼らは青海竜に近づき失敗したという前例を思い出すべきだろう。

 

「歌をたくさん知ってるってだけでなのに、どんな利益を見出したのかねぇ」

「歌をたくさん知ってるだけというわけでもないのでは? シャイトさんから入ってきた情報によるとすごく強いらしいと聞いてますよ」

「たしかにそれなりの実力は持ってます。でも世界一というわけでもないですから」


 それとなく特別でもないと誤魔化す。


「山に行って帰ってくる人は他にもいますから、そうなのでしょうね。

 話は変わりますが、出立はいつなのですか?」

「明日にでも出ようかと思っています」

「こちらに来た時はまた顔を見せてくださいね。また歌を教えてください」

「確約はできませんが、来た時は必ず」


 少なくとも一年二年はこちらに来る予定はないだろう。フルールもそれはわかっている。そうなったらいいなと思っているだけだ。初めてできた弟子なので、これっきりなのは少し寂しいという思いもある。

 フルールは胸につけていた宝石のブローチを外し、幸助の前に置く。


「これは歌の授業の報酬です。金貨三枚相当の価値があるそうです。どうぞ」

  

 山登りと同等の報酬だ。それだけフルールにとって価値のある日々だったのだろう。


「ありがたく頂戴いたします」


 宝石部分に指紋をつけないように持ち、間近に見る。

 幸助は正直困った。王族から直接貰ったものを売り払っていいものかと。出た結論は、本当にお金に困った時に考えようというものだった。今は潤沢な資金があるので、売らなくともなんとかなるのだから。


「じっと見てどうしたのですか?」

「いえ、保管をどうしようかなと。布で包んでおけば大丈夫でしょうか?」

「そういったことはメイドに任せてあるので、おそらくとしか言えません」

「そりゃそうですよね」


 幸助はとりあえずハンカチに包んで、ポケットにしまった。そして椅子から立つ。

 

「そろそろ帰ります」

「そうですか……今日くらいは見送りたいのですけど」


 そう言ってフルールは護衛を見るが、護衛たちは首を横に振る。


「ごめんなさい」

「気にしなくていいですよ。

 あ、そうだ。シャイトのいるところに行ってもいいですか? シャイトにも挨拶していきたいんで」

「大丈夫?」


 フルールは再び護衛を見て問う。それに対して少し考えた護衛たちは互いに視線を交わし、一人が口を開く。


「我らの監視下でもよいのならば」

「ということですが。どうします?」

「それでいいんで、お願いします」


 口を開いた護衛が頷いた。

 フルールに別れを告げた幸助は、護衛の先導でシャイトが滞在している部屋に向かう。

 部屋の前には兵が二人立っており、やってきた幸助たちに何用が問う。それに護衛が目的を告げ、部屋に入れてもらう。

 部屋の中ではシャイトが鞄を触っていて、扉が開いたことで作業の手を止めた。


「誰かと思えば」

「やあ、シャイト。今日は別れの挨拶に来たよ」

「別れ? ああ、帰るのか」

「うん。港の位置とかも調べたし、旅の予定も立てたから」

「そうか、帰るのか……」


 少し考え込むシャイトに幸助は首を傾げる。

 考えをまとめたシャイトはまっすぐ幸助を見て、口を開いた。


「ちょっと頼み事をしたいんだけど、いいか?」

「内容による」

「そりゃそうだな。

 実はな? 俺はシダルン王国からの脱走兵なんだ。んでかつての仲間から追われている」

「……へ?」


 いきなりの発言に幸助は理解が追いついていない。


「山で襲われたろ? あれは物取りじゃなくて俺を追ってきた元仲間だ」

「……そうなるとあの時一緒にいて追い払った俺も要注意人物になってたり?」

「可能性はなくはないと言っておこう」

「ちょっ!?」

「まあシダルン王国に行かなけりゃ問題はないさ」

「ほんとに?」

「ああ。それでどうして俺がここに来たのかというと保護を求めてだ」


 シダルン王国の強引さなどを付け加え、詳しい理由を話していく。

 嘘を混ぜることなくぱぱっと話していく。話さなくともいいだろうと思ったところは略したので、そう長くは話していない。


「話は最初に戻る。頼みたい事があると言ったろう?

 その頼みというのは王から出された課題の手伝いを少ししてほしいんだ」

「手伝うかは置いといて、シャイトの課題に俺が手を出していいのか?」

「特に制限は出されてないな。この国の不利益になるようなことをしたり、捕まった時にこの国の名前を出さなければ、やばめの手段も許されるだろうさ」

「やばめの手段をやる場合は俺は手を貸さないぞ? 巻き込まれたくない」

「大丈夫だと思うがな。やってもらいたいことは夜闇に紛れて、空から敷地内に下ろしてほしいだけだ。そのままコースケは離脱して港を目指せばいい。

 飛翔の魔法を使えると言ってたろう? それを思い出して頼めないかって思ってたんだ。

 今日会いに来なかったら、頼むために明日会いに行くつもりだった」

「タイミング良かったってことかな、シャイトにとって」

「それでどうだ?」


 犯罪には手を貸したくないというのが幸助の正直な思いだ。しかし国からの命令で動くシャイトに、少しくらいは手を貸してやりたいとも思う。幸助にとってはシャイトは世話になったいい人という認識だ。そんな人が落ち着いて暮らせるようになるなら、魔法の一つは使ってもいいかなと思い始めた。


「俺の情報をこれ以上出さないって約束できるなら。王様たちにも話しただろ?」

「王族に聞かれたら話さざるを得ないだろう。たいしたことは話してないさ、それほどお前のこと知らないし。

 それはそれとして約束か。ん、約束しよう。二度と情報は漏らさない」


 課題が上手くいけば荒事には関わることはなくなるのだ。幸助の情報が役立つことはかぎりなくなるだろうと思って確約した。


「どこかの屋根に下ろすだけだね?」

「ああ」

「わかった。

 そういやどこに行って魔法使えば?」

「シダルン国の都市ザカメドン」


 行く場所を聞いた幸助はじと目でシャイトを見る。


「シダルンに行ったらやばいってさっき」

「目立つような行動する気はないさ、俺も見つかりたくはない。それに都の外から魔法で侵入するつもりだからな気づかれないはず」

「本当に大丈夫なのか?」

「そこに行くまで街をできるだけ避けるから野宿が多くなる程度だ。関所とかも避けることになるな」

「念を入れるならそれくらいは当然なんだろうね」


 ザカメドンという場所でなにをするつもりなのか、少し好奇心が湧くが巻き込まれる可能性も考え、聞かずにいた。

 聞けばシャイトは答えるつもりだ。けれども聞いてくる様子がないので、話すことはなかった。

 出発は明日ということになって、幸助のいる宿にシャイトが迎えに行くと決め、幸助は部屋を出た。

 護衛の監視はここで終わり、幸助は食堂でただ飯を食べてから宿へと戻った。部屋を片付け、荷物まとめいつでも出られるようにしてから寝る。

 寝る間際に、帰るために調べた港の位置とか無駄になったなと思い浮かびつつ、意識は沈んでいった。

 朝になり、朝食を食べている時、シャイトはやってきた。

 宿の主人はようやく戻ってきたのかと思っていたが、泊まることなく出かけていったシャイトになんのために宿をとったのかと首を傾げていた。

 二人は国境までは馬車で移動し、国境を越えてから歩きで移動している。事前に街には寄らない方向で行くと言ってあるので、食料は多目に持っている。そのため荷物が重くなっているが、幸助にとっては気にならない重さだった。シャイトは少し辛そうな感じだが、進んでいくうちに荷物が減って軽くなっていくので、すぐに辛さはなくなった。

 途中で獣を狩り野生の野菜を採り、食料をもたせ一度も村や町に寄ることなく、目的地へと到着する。ここに来るまでに十二日ほどかかっている。街道を避けるなど慎重に進んだため進行速度が遅くなっていた。


「あれが目的地?」


 林の中から見える街影を幸助は指差す。


「そうだ。あそこを治めている貴族にちょいと用事があるのさ」

「とりあえず夜まで待機か。詳しい場所は知ってるんだよね?」

「知っている。だから指示通りに飛んでくれればいい」


 ならば問題ないだろうと幸助はその場に座り込んで休む。

 シャイトは侵入のための準備を始める。鞄から荷物を取り出し、必要なものそうじゃないものとわけていく。必要なものをポーチに入れ、必要ないものをリュックに入れて足元に置く。街に行く時に木の上に置くつもりだ。

 時々、街から出入りする人が林の近くを通る。林に人がいるとは思っていないのか、気づかずに通り過ぎていく。

 護衛に冒険者らしき人もいたが、林を軽く見渡しただけで気にするそぶりは見せなかった。気配を抑えた二人に気づかなかったようだ。

 そして夜がきた。


「そろそろ出発?」

「準備は終えた。いつでもいける」


 幸助は魔法を使い浮かぶ。シャイトの背後から脇下に腕を通し持ち上げ、空高く飛ぶ。眼下に街全体が一望できるくらい上がってから、ゆっくりと移動を始める。

 雨ならば侵入するのにベストコンディションだったのだろうが、あいにくと少し雲があるだけで晴れている。風もあるが、飛行に問題ない微風だ。


「こっから入る家見える?」

「さすがに高すぎて難しいな、もう少し高度を下げてくれ」

「了解」


 シャイトの指示に従い高度を下げていき、ストップと声をかけられ止まる。


「あれだな。まずは北に進んでくれ」

「北ね」

「ストップ。次は東だ」

「次は東っと」

「ストップ。このまま高度を下げてくれ。それで目標の屋根に下りることができる」

「最後に高度下げる」


 ユーフォーキャッチャーみたいだなと思いつつ、高度を下げていく。

 警戒しているシャイトはもちろん幸助も視線を巡らせ、ばれていないか探っていく。

 シャイトを屋根に下ろし、幸助はその場から離れていく。ある程度離れてから振り返ると、シャイトが窓を開けて屋敷に入るところが見えた。

 少し迷った様子を見せた幸助は屋敷近くの高い建物の屋根に下り、屋敷の様子を伺い始めた。

 このままわかれてその後がわからないというのも気になるので、シャイトが街を出るまで見ていこうと思ったのだ。

 十分二十分と時間が過ぎていく。屋敷に変化は見られない。シャイトは上手く動いているのだろう。

 さらに時間は流れて、一時間後。一階の窓が開き、人影が出てくる。シャイトなのだろうと思った幸助は首を傾げる。出てきた人影は二つあったのだ。

 

「シャイトなのか?」

 

 暗がりにいるため判断しづらく、よく目を凝らして見てみる。二人の背格好や動きを観察し、片方はシャイトだと判明した。

 どういうことなのかと、シャイトたちを追い空を飛ぶ。来た時と同じく高度を上げての移動なので、シャイトは幸助に気づいた様子を見せない。

 シャイトたちは影から影に移動し、目立つことは避けている。


「あれは……」


 その二人の周囲に似たように移動する者たちがいた。数は七人。


「尾行?」


 街を出ることに集中しているのか、シャイトたちは気づいてはいないようだ。もしくは気づいているけれども相手に悟らせないために、そういった様子を見せないのか。

 シャイトたちは建物の屋根に登り、そこから塀へと飛び移る。さらに塀のでっぱりに足をかけて街外へと下りていく。

 尾行していた者たちは二人が塀に登ろうとしているのを確認してすぐに近くの門へと走る。そこにいた門番に話しかけ、門番専用の出入り口を通って街の外へと出た。

 シャイトたちと尾行は街と林の中間点で合流する。

 シャイトたちは止まり、そんな彼らを囲むように尾行たちは動く。

 少しの間、両者は話し合うようなそぶりを見せていたが、話し合いは失敗したのか武器を抜き、戦闘に入った。


「加勢はどうしよう」


 明らかに劣勢なシャイトたち。知り合いが死ぬかもしれないのを見て見ぬふりをするのは忍びなく、悩んだのは少しだけだった。けれども指名手配されるのも避けたかった。

 なので幸助はこっそりと集団からほどほどに離れた位置に着地して、集団に向かって眠りの魔法を飛ばす。正体を隠したいのならば、全員の意識を狩ればよしと思ったのだ。その後シャイトたちを移動させればいい。これならば正体を明かさずに加勢できる。

 空から見ていて、この七人のほかに尾行していた者はいなかったとわかっているので、警戒するのはこの七人だけでいい。

 使った魔法は念を入れて二種類。眠りを誘発するものと、眠らせる魔法だ。眠らせる魔法を確実に効かせるための二段構えだった。

 幸助が魔法を使ってすぐに全員が倒れる。倒れた衝撃で起きる可能性があるかもと少し心配していたが、誰も起きることはなかった。


「さて運ぶか」


 シャイトを右肩に担ぎ、もう一人も左肩に担いだ時、体の柔らかさと胸の膨らみに気づいた。


「女?」


 意識なくうなだれている横顔を見ると、間違いなく女だった。

 

「セクハラになるのかこれ?

 でもほかにどうやって運べばいいのかわからないし、少しの間我慢してもらうしか」


 役得だと一回頷いて、林へと走り出す。

 そこでシャイトの荷物を回収し、飛翔魔法を使いカリバレッテ方面へと飛ぶ。一時間ほど飛び続け、眼下に見える森へと下りた。

 二人を下ろした幸助はシャイトの頬を叩いて起こす。


「痛いんだが」

「おはよ。といっても真夜中だけど」

「……なんだよ交代の時間か?」

「寝ぼけてる?」

「寝ぼけ……あ。なんで幸助がここにいるんだ? まさか一緒に捕まったとか?」

「現状把握できてないのは仕方ないから、説明するよ?」


 把握できている方がすごいのだろう。


「シャイトと分かれた後、その後の経緯ってやつが気になったんで屋敷がよく見える位置に陣取って見てた。

 そしたらシャイトが誰かと一緒に出てきた。二人の頭上を飛んで尾行してた。その位置からだとシャイトを追ってる人たちがよく見えてた。

 街外に出たら追っ手に囲まれたから助けようと思って、全員眠らせてここまで二人を運んだ。

 簡単にまとめるとこんな感じ」

「助けてくれてありがとう。ムロンも一緒に運んでくれたのもありがとう」


 まだ眠っている女を視界に入れたシャイトは、ほっと安堵の溜息を吐いた。


「どういたしまして」

「だがシダルンの奴らにお前のことばれたんじゃ?」

「ばれないために全員眠らせたんだよ。眠ってる間のことなんかわかりようがないだろう? 周囲に見張りがいないか探ってから行動したし、俺のことはばれてないよ」

「お前さんがそういうのなら大丈夫なんだろうな」


 一緒に行動して、実力は自身以上とわかっているので幸助の言葉を信用できた。

 

「ここはどこなんだ?」

「戦ってた場所から、カリバレッテへと一時間ほど走ったところにある森の中」

「……あーそこか?」


 シャイトは頭の中で地図を広げ、現在地を予測した。


「結局、任務は成功した?」

「ほぼ成功だな。あとは無事カリバレッテ王の下へと届けるだけだ」


 シャイトがしたことは、フルールを手入れようとしている者たちの中心人物の家に忍び込み、情報を得てくることだ。その情報の中に弱みがあればなお良い。だがそこまで上手く事が運ぶとはカリバレッテ側も思っておらず、情報収集のみを命じた。

 これはシャイトが属していた組織から持ち出した情報のおかげで、行われた任務だ。カリバレッテ側は、シダルン側の誰が主導してフルールを手に入れようとしているのかさえわかっていなかったのだ。

 幸助が詳しいことを聞かなかったこの任務は、のちのちフルール婚姻交渉にカリバレッテ側へといい影響を与えることになる。これによりフルールの悩みは解消される。

 青海竜の目的は果たされたといっていいだろう。幸助にその手助けをしたという自覚は皆無なのだが。


「それを聞いて安心だ。じゃあ俺は港に行くとするよ」

「ほんとに世話になったな。生活が落ち着いたら手紙でも出すよ」

「俺の住んでるとこ、街の外にあって届かないと思うんだけど」

「家の近くのギルドに届くようにしとく。あとはギルド職員から受け取ってくれ」

「わかった。またいつか。そこの寝たふりしてる人も」


 そう言って幸助は空を飛び、カリバレッテ方面へと去る。

 幸助の姿が見えなくなってすぐに、シャイトにムロンと呼ばれた女が立ち上がる。ムロンは二人が話している途中目を覚ましていたのだが、幸助を警戒し寝たふりを続けていたのだった。

 立ち上がり土などを払ってからムロンはシャイトに話しかける。聞くことは現状や幸助のこと。それにシャイトは答えて、十五分後には移動を開始する。

 ムロンを連れ帰ったことでシャイトにもう一騒動起こるのだが、ここから先は完全に幸助とは無関係な二人だけの物語となる。そのことを幸助が知るのはかなり先のことだ。その時にはシャイトとムロンは結婚していたりする。

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