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竜にさらわれ、捨てられて

 暗い林の中を男が一人。鳥や動物が眠る深夜、黒の外套をまとい足音を忍ばせて目立たないように移動している。小さな物音がすればそちらへと素早く視線を向けるほど、周囲に気を配っている。その様子は何者から逃げ隠れているようだ。

 林の向こうから吹き込む風には、潮の匂いと波打ちの小さな音が混じっている。ある時、波の打ち寄せる間隔にずれが生じた。それを男は高波なのだろうと気にせず、前へと足を動かし続けた。だがその後に聞こえてきた、砂に何かが落ちる音には足を止めた。

 音がした方向をじっと見る。けれども木々に邪魔され浜辺はよく見えない。

 男は少し考え込み、なにかしらの結論を出した。進む方向を変え、足は浜辺へと向かう。


「なんだこれ?」


 静かだった男が思わず声を漏らした。男の視線の先には、頭から砂浜に突き刺さりじたばたと暴れる人間らしきものがいた。生まれて初めて見る光景に思わず、戸惑いの声を漏らしたのだった。


「とりあえず引っ張り出すか。そうした方がいいって勘が告げてるしな」


 男は突き刺さっている人間の足を掴んで引っ張る。突き刺さっている人間も引っ張られていることがわかったのだろう、腕を突っ張り砂か体を出そうとしている。

 二人がかりだったのがよかったのか、すぐに引っ張り出せ、砂まみれの青年が姿を現す。


「助かったぁ」


 助け出された男は安堵した様子で砂浜に座り込む。息を整えると手を貸してくれた男の方を向いた。


「どなたかは存じませんが、助けてくれてありがとう」

「どういたしまして。

 助けた礼にどうしてあんな状況に陥ったのか聞いてみたいんだけど」


 助けた方の男は改めて助けた男の全身を見る。

 衣服だけみれば旅人風だが荷物はなく、あんな状況になった経緯がいまいち想像し辛かった。


「俺も聞きたいことあるんでいいですよ。

 その前に名前だけでも言っておくよ。俺の名前は幸助、セブシック大陸に帰る途中だった旅人」


 幸助は目の前の男が自身よりも少し年上らしいと見て、丁寧な言葉遣いで応える。


「俺は……」


 ここで男は言葉を止める。少し迷った感じを見せるも、再び口を開く。


「俺はシャイト。ムバラント山へと向かっている最中だ。浜辺から大きな音が聞こえて気になって来てみたらお前がいた」

「ムバラント山? ここってどこなんでしょ?」

「知らないのか? ここはエゼンビア大陸北部カリバレッテ公国だ」

「エゼンビア……カルホード大陸の南だっけ?」

「それであってる。もしかしてカルホードから来たのか?」


 幸助は頷く。

 セブシックに帰るにしてはずれた方角にいる幸助に、シャイトは方向音痴なのかと疑いを持った。

 このまま浜辺で話すのは少し寒いということで、二人は移動しながらここにいる理由を話す。

 幸助はここに来るまでの経緯を思い出しつつ、口に出していく。



 カルホードの港を出発した幸助たち三人は、嵐などに合うことなく順調に航海を続けていた。

 乗っている船はキャラベル船に似た、三枚の帆のある中型客船だ。客と船員合わせて六十人が乗っている。現代日本の船と違い安定性を欠く船で、ウィアーレが少し酔った様子を見せた以外は変わったことはなかった。

 そうして出発して四日目、することもなく暇な幸助は日光浴でもしながらまどろもうと甲板に出ていた。


「ウィアーレ、ここにいたんだ」

「部屋の中にいるよりも風に当たってた方が気分良くて」


 酔いが治まったようでウィアーレが嬉しげに答える。


「酔い止めの薬も効果あったのかも」


 酔う客用に有料ではあるが、船に薬が常備されていた。エリスがそういった薬のことを思い出し、船員に売ってもらったのだった。


「もっと大きな船なら揺れも少ないんだろうけどね」


 幸助は何度か乗ったことのあるフェリーはたいして揺れなかったことを思い出す。


「そうなの? 私は船の乗るのこれが始めてだから、そこらへんの知識はないんだよ。

 そういえばコースケさんはなにしに甲板に?」

「暇なんで日に当たりながら昼寝でもしようかと」

「天気いいし、それもいいかもしれないね」


 船員用なのか、そういった寝転べる椅子もある。今は誰も使っていないので、一言断れば使ってもいいはずだ。

 甲板掃除をしている船員に言ってから、幸助はそっちへと向かう。ウィアーレも昼寝しようと思ったのだろう、幸助についていく。

 椅子に座り、目を閉じようとした時、頭上から大きな声が聞こえてきた。

 マストの見張り台に上がり、周囲を見張っていた船員が遠くに異変を見つけ注意を促していた。


「海竜って言ってない?」

「私もそう聞こえた」


 二人は椅子から立ち上がり、人々が集まっている甲板の端に向かう。

 何人もの人が指差す方向に、巨大な蛇みたいな生物がいた。まだ遠くにいるはずなのに、巨大だとわかる。遠近感覚が狂ったのかと幸助は目を擦ったが、大きさが変わることはない。

 誰かがあれは青海竜だと言っている。たしかに視線の先の竜は青い鱗を身にまとっている。


「逃げるとか、刺激しないように止まるとかしないんかな?」


 騒いではいるが、怖がったりはしていない船員たちを見て幸助はふと疑問に思う。

 そのことを近くにいる船員に聞くと、海竜に攻撃をしかけないかぎりは船に近づいてくることはないといった返答が返ってきて、彼らが落ち着いていることに納得した。船乗りたちは航海していて何度も経験しているのだろう。


「黒竜以外の竜って初めて見る」


 ウィアーレたちピリアル王国の民は、頭上を飛ぶ竜は何度か見ている。いつ自分たちのいる場所に襲い掛かってくるか幾度も怯えた。だからかウィアーレの視線には、黒竜ではないとわかっていても今も怯えの色が見て取れる。


「俺は生きている竜は初めてだ」

 

 せっかくだからと二人は、海竜を見物する。ウィアーレにとって恐怖以外の感情で竜を見ることは初めてで、少し腰が引けながらも視線は竜から外れない。

 

「あれ?」


 幸助が首を傾げる。幸助の優れた視力が海竜の動きの変化を捉える。

 海竜の首が船の方向へと向き、進行方向を変えたのだ。


「どうしたの?」

「海竜の動きが……」

「動き? あ、こっち来てる?」


 ウィアーレはなんとなく大きくなっているように見える竜を見て、近寄ってきてるのかと思う。


「こ、攻撃なんか仕掛けてないよね? なんでこっち来てるの?」


 少し不安の混ざった声で幸助に聞くが、幸助も答えは持っておらず答えられない。

 船員たちもこの変化に気づき、動揺が徐々に広がっていく。

 あの大きさの生物が近くに来るだけで、波に揺られ船が沈む可能性があるのだ。

 この事態にどうするか話し合う声があちこちから聞こえだす。ある者は船長へと知らせに走り、ある者は少しでも離れるため帆を調整しようとし、ある者は考えが浮かばず右往左往している。

 甲板の騒ぎに誘われるように、他の客と共にエリスが二人の元へとやってきた。


「騒ぎの原因はあれか」


 視線を海竜から離さず、納得したようにエリスは言う。

 幸助は同意し頷いた。


「あれだね」

「誰か攻撃しかけるなんて馬鹿なことしたのかの?」

「いや誰もそんなことはしてない。なんでか近づいてきてるんだ」

「どうしたもんかのう。飛翔魔法は陸が遠すぎて使いづらいしの。転移魔法を使うには時間が足りるか?」


 竜の実力は身に染みてわかっているため、エリスの考えは逃げに偏っている。間違っても戦おうとは思わないだろう。戦うには準備が足りていない。黒竜に挑んだ時は十分な準備してから行ったのだ。それでなんとか死ななかった。

 

「二人ともどうして落ち着いてるの!?」


 のんびりと話しているように見える幸助とエリスに、ウィアーレが驚いている。


「どうしようもないから?」

「そうじゃの。いざとなれば飛翔魔法で空中に逃げるつもりだが」


 今から使えて一番強力なシールドの魔法でも、体当たりに耐えられそうにない。二人ともそれをわかっているのだ。もうあとはウィアーレを連れて、空へと逃げるのみと考えていた。それからあとのことは何も考えていない。

 一キロ先にいた海竜が五百、三百と近づいてくる。距離に比例して波が荒れ、船は揺れ始める。

 

「おっと」


 倒れそうになるウィアーレとエリスの腕を掴み、幸助が支える。幸助自身は揺れる船上でもしっかりバランスを保ち、倒れる様子は皆無だ。

 近づいてきた海竜は徐々にスピードを落し、五十メートルほど離れた場所で止まる。しだいに波も治まり、船の揺れもなくなる。


「でっかいなぁ」


 二人の腕を放して、船よりも大きな海竜を見上げる幸助。水面下の体も合わせると黒竜よりも大きいだろう。そこにいるだけで、人間には勝てないと思わせる雰囲気がある。気の弱い者ならば気絶してもおかしくない。

 他の者たちも初めての距離で見る海竜に、畏怖を抱き黙って見ている。余裕があるのは、幸助とエリスだけだ。

 海竜からは敵意は感じられない。全員が恐慌状態に陥っていないのはそのおかげだろう。

 なにかを探るように海竜の目が動き、見上げている幸助と目が合い止まる。

 

「なんだ?」


 幸助は体が引っ張られるような感じを受ける。そしてそれはどんどん強くなっていく。足を動かしていないのに、縁へと動かされていく。幸助自身は止まろうと足を踏ん張っているが、止まれない。我に返ったウィアーレが手を引っ張っても力負けし、エリスが魔法で干渉しても弾かれた。

 

「呼んでるのか?」


 敵意がないことで、力に身を任せてみようかという気になった幸助はウィアーレとエリスへと振り向く。不用意な判断かもしれないが、引っ張る力に抵抗できない以上、そうするしかないともいえる。


「ちょっと行ってくる。自力でなんとか帰るから」

「敵意はないのはわかるが、目的はさっぱりじゃ。十分に気をつけるのだぞ」

「うん。ウィアーレもそんな心配そうな顔せんでも大丈夫」


 泣きそうな顔で何も言えないでいるウィアーレに声をかけた幸助は、縁からも離れ空中に浮かび海竜へと引っ張られている。そのまま海竜の頭頂部に下ろされる。

 幸助を手に入れ目的を果たしたのか、海竜は首を船の方向とは別へ向け、移動を始めた。高速で移動を開始して、船がかなり揺れた。

 だが転覆するようなことはなく、船員たちはほっと胸を撫で下ろした。どうして客の一人をさらったのか不思議に思いつつ、船に異常が出ていないか調べるために調査を始める。

 一時間ほどで点検を終え、再び航海を始める。さきほどのようなハプニングはもうないだろう、と思っている彼らに海の魔物が襲い掛かるのは八日後のこと。彼らのほとんどが船乗り辞めようかと少し考えたらしい。

 甲板から人が減った後もウィアーレとエリスは海竜の去った方角を見ている。ウィアーレは幸助の無事を一心に祈り、エリスはどうしてさらったのかと思いつつ。完全に海竜の姿が見えなくなってから二人は客室に戻っていった。


 海竜の頭に移動させられた幸助は、そのまま頭に固定され動けずにいた。動かせるのは頭と手足が少し。落とさないようにという配慮なのだろうが、ずっとそのままというのは辛かった。かといって固定化を解かれると落ちる可能性もある。乗っていた船を軽く超える速度で移動しているのだ。以前幸助はスクーターで時速五十キロほど出したことがあるが、その時の体感速度に近い。

 周囲の風景が変わらず変化が乏しいためわかりづらいが、実のところ百キロをはるかに超える速度が出ていた。普通ならば体に当たる風に耐えられないが、海竜がある程度ガードしているので五十キロほどの風に晒される程度ですんでいる。


「おーい、どこに連れて行くつもりなんだー?」


 幸助は返事があるかどうかわからないながらも、問いかけてみる。反応はなかった。予測できていたことなので、どうとも思わず力を抜いて寝そべる。昼寝するつもりだったから、このまま寝てしまえと目を閉じた。

 幸助が寝息を立て始めても、海竜はそのまま進み続けていく。

 そして移動し始めた日の夜、寝ていた幸助は陸に近づいてたことに気づかず、そのまま竜にさらわれた時と同じように、陸地へと放り投げられた。

 これが幸助が砂浜にいる理由だ。

 シャイトが気にしなかった波の変化は、海竜が大陸に近寄ったことで波に乱れが出たことが原因だ。あの時すぐに浜辺に行っていれば、遠くに見える海竜の黒い影を見ることができただろう。


 実のところ海竜は、幸助を狙ってさらったわけではない。実力がある者ならば誰でもよかったのだ。海竜が感じ取れる範囲にいる力の強い者が幸助だっただけのこと。

 さらった理由もアバウトだ。エゼンビア大陸には、青海竜のお気に入りの人間がいる。その人間が近頃困っている様子だったので、なんとかできるそうな人間を探していた。青海竜は力の強い人間を、お気に入りの人物の近くにやればあとはどうにかなるだろうと大雑把に考えて、幸助を連れてきたのだ。

 会話を交わしていない幸助がそういった事情を知るわけもなく、幸助はセブシック大陸に帰ることを第一としている。なんらかの理由があるのだろうとは幸助もわかっているが、ノーヒントではどうしようもない。

 青海竜としては幸助が失敗しても、また別の人間をさらってくればいいと考えているのだが。



 詳しい事情を幸助は話さず、適度に誤魔化しつつシャイトに説明した。

 乗っていた客船が魔物に襲われ難破。木切れに捕まり海流に乗ったまま漂流し、陸地が見えたところで海中にいた魔物に弾き飛ばされた、といった具合だ。竜のさらわれたというよりも、信憑性がある。

 海流に乗ったというところを、海竜に乗ったと言い換えられることに、上手いこと言ったと幸助は思わず笑みを漏らす。そんな幸助をシャイトは変な奴だと思っていた。

 シャイトは幸助の説明に疑いを持っている。それは漂流していたにしては、幸助の服がずぶ濡れではないから。多少濡れてはいるが小雨に打たれた程度、衣服のまま泳ぐはめになったのならばもっと濡れていてもいいはずなのだ。

 シャイトはそこを指摘しない。少しでも仲良くなっておきたいから。


「それは散々な目にあったんだな」

「まったくだよ」

「そんな状況なら食べ物とか飲み物にも不自由しただろ? 手持ちがあるから食べるか?」


 漂流したと言っているので、数日くらい飲み食いしていないのではと提案する。


「いいの?」

「ああ、困った時はお互い様だ」


 ただよりも高いものはないという諺を忘れて、幸助は提案を受けた。

 水とパンと干し肉という簡単な食事だったが、夕食抜きで空腹だったのでそれなりに美味しかったようだ。


「コースケはこれからどうするんだ?」

 

 空腹を満たし一息ついた幸助に問う。


「帰る」

「だろうな。でもお金はあるのか?」

「あ」


 幸助を懐を探り財布を出す。入っていたのは銀貨二枚と銅貨数枚だった。ほかのお金は鞄に入れてある。その鞄は当然船の中だ。


「……帰る前に旅費稼がないと」


 身分証明となるカードは財布に入れていたので、依頼を受けるのには不自由しない。


「儲け話があるんだが、のらないか?」

「大金は必要ないんだけど?」


 本当に儲かるのならば他人に明かすことはないと、日本にいたとき聞いたことのある幸助は怪しんでいる。


「怪しむのはわかる。俺だって甘い話は警戒する。

 でもその儲け話は俺一人だと厳しいんだ」

「俺が加わっても変わらないんじゃ?」

「ところが俺の予感がコースケを連れて行けと言ってる。一緒に行った方がいいってな。

 予感のギフトを持っているんだ俺」


 ほら、とカードを見せてギフト持ちだと証明する。

 シャイトは自身のギフトを信頼している。今まで危ないことがあった時も、予感に従えば怪我は負うものの死ぬことはなかった。その予感が連れて行けと命じるなら、シャイトは幸助を連れて行くことに全神経を傾ける。


「ほんとに持ってるね」


 予感が竜殺しってことに反応したのかと、幸助は小首を傾げた。


「……とりあえず話を聞いて判断するってのはどう?」

「まあ、それでもいいさ」


 なんの情報もなしに頷けというのはシャイトも無理があるかと思い、幸助の提案に同意する。


「向こうに山が見えるだろう? あれはムバラント山って行って、いくつかの魔物の巣窟になっている山なんだ。

 そこの山頂近くに泉があって、その泉が山から流れる川の源流になっている。まあそれは関係ないけど。

 その泉から少しだけ離れたところに日当たりのいい場所があって、何種類かの薬草が生えているんだ。その薬草の一つが目的の品物。といってもその薬草自体が必要じゃなくて、咲いた花の花粉と朝露の混ざり合った薬水が必要なんだ」

「どんな効能があるのそれ」

「喉にすごくいい」

「喉? それを取りに行くってことは欲しがってる人が喉を悪くしてる?」

「いや悪くはしてない。喉がすごく大事で、常にその薬水を募集しているんだ。

 世界一とも言われる歌姫のこと知らないか? この国の王女なんだが」

 

 聞いた覚えはないなと幸助は首を横に振る。


「わりと有名なんだけどな。

 そういった人がいてその人のために必要とされてる。だからその薬水は高値で取引されてるってのはわかるよな?」

「高値なら冒険者たちが採りつくしてるんじゃ?」


 シャイトは三本の指を立てる。


「三つの原因で常に品薄の状態なんだ。

 一つ目。あの薬草は高所でないと育たない。二つ目。花粉と朝露が混ざり合ったものなんて量が少ないし、取れるタイミングも限定されてる。三つ目。あの山の魔物たちはここらの魔物とは一つ二つランクが上」

「三つ目のせいで、冒険者たちの乱獲はないってことか」

「その通り」


 シャイトの予感は当たっているんだろうなと幸助は思う。魔物が強くとも逃げ切る自信はある。逃げつつ薬水回収はできそうだと頭脳が結論を出した。

 幸助は悩む。お金が必要なのは確かだ。でも一攫千金を狙う必要はない。断ってもいいのだけれど、なにかが心に引っかかっている。

 それは先ほどの食料をもらったことだ。親切にしてもらったということが、断ることにためらいを感じさせている。そしてそのためらいはシャイトが狙ったものだ。いきなり頼み込んでも承諾されない可能性が高い、と予想していたシャイトは手を打っていた。


「……一つ条件を受け入れるなら行ってもいい」

「どんな条件だ?」

「ちょっとした事情があって目立ちたくないんだ。だから俺が関わったっていう情報を流さないでほしい。

 この仕事では、手伝ってお金をもらうだけ。これでお願い」


 拍子抜けした顔となるシャイト。思っていたよりも軽い条件だったのだ。


「それだけ? 別にそれならかまわない。

 じゃあ改めてよろしく」

「うん。よろしく」


 握手した二人は近くの村へと向かう。そこで幸助の漂流での疲れを取り、薬水を取りに行く準備を整えるためだ。


「そういやシャイトはなんで薬水を取りに行きたいんだ? 俺と同じでお金目的?」

「いや俺は歌姫を間近で見てみたくて」


 幸助に悟らせないほど短く動揺したシャイトは、口調を平凡なものから変えずに答えた。


「薬水を持って行ったら歌姫に会えるんだ」

「自分のために危険を冒してくれた人に直接礼を言いたいんだと」

「ほー、出来たお姫様だねぇ」

「歌い手としてあちこちから呼ばれて国から出てるし、世間ずれしてないんだろうな」


 カリバレッテ公国は小さな国なので、王族としての意識も低いのかもしれないとシャイトは考えている。

 そんな状況にシャイトは文句などない。むしろ王族に直接会えるのだから、目的のあるシャイトとしては好都合だ。

 

「あ、見えてきた。あそこが目的の村?」

「そうだけど、よく見えたな。俺は指摘されてようやくおぼろげに見える程度なのに。

 これでも目の良さには自信があったんだが」


 夜目の利く幸助に素で驚く。


「俺も目の良さに自信があったから」

「月の出てないこの暗さで、そんだけ見えれば立派な特技だな」


 特技という言葉でシャイトは、幸助がギフト持ちか聞くのを忘れていたことに思い至る。

 だが目立ちたくないという幸助の言葉から、詮索するのはよしておこうと口を閉ざす。今は確実に薬水を手に入れる必要がある。関係に余計な亀裂を入れるようなことは止めたほうがよいと判断したのだった。

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>竜のさらわれたというよりも、信憑性がある。 竜に?
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