移動の日々の出来事
ガタゴトガタゴトと馬車は揺れる。三人がレゾティックマーグ出発して既に十二日の時が過ぎている。
乗合馬車も乗り換え三度目だ。この十二日間ずっと馬車に揺られ続けたわけではなく、観光に適した街で滞在もしていた。
今同乗しているのは、二十歳ほどのメガネをかけた男と商品を一緒に載せている商人の男。前者がスタッドで、チントンという名前だ。
同乗した三日間で、その間に会話をするくらいには親しくなった。馬車の中で一番の暇潰しなることは会話だろうし、よほど偏屈でなければ会話するくらいの関係にはなる。
「スタッドは役人試験を受けてる真っ最中なんだ」
「おう。今は三次試験の課題にされた品を取りに行った帰りなんだ。
これともう一つの試験を合格できれば、末端の役人になれる」
大事そうに抱える荷の中に、課題の品が入っているのだろう。
「三次試験か、ここらでそんな形式の採用をしているのはゼルピア王国くらいじゃったか」
「そうだぜ」
エリスの言葉にスタッドは頷いている。
「はあーすごいですなスタッドさん、勉強よりも体を動かす方が得意そうに見えるのに」
見かけによらないもんだ、とチントンが関心している。
そういったことを言われ慣れているのだろうスタッドは苦笑を浮かべている。
「ゼルピアの採用試験ってどんなの?」
「三年に一度ある試験で、最長で一年かかるのじゃよ。
最初の四ヶ月で知識と礼儀と行動力と発想力を試す。これらは政に関わるのならば最低限必要とされるもの、とゼルピアの者たちは考えている。
そしてその先は毎年課題が変わる。受験者同士で戦ったこともあれば、用意されたお金を十倍にしろと言われたこともあれば、試験官の質問に答えるだけの課題もある。
規則性のない課題を出すことで、受験者の底を測ろうとしているのだろう。
四ヶ月目までクリアすれば誰でも役人になることができる。貴族でない者も国政に関われるのじゃよ。
珍しかろう?」
「そう? うちのところじゃ平民でも国政に関われるのって当たり前のことだったよ。努力する必要はあるけど」
身分がひぼ関係なくなった国出身の幸助にとって、身分によってできる仕事に制限がかかるということの方が違和感あった。
「そっちではそうなのじゃな」
「私の常識だと政治は貴族の専門だよ」
ウィアーレの言葉にチントンも同意している。
「ここ最近では最後の試験まで到達した受験者はいないって聞いているんだが、それは本当なのか?
あと四ヶ月目まで到達しなくても採用される奴がいるらしいとも聞いたけど」
疑問に思っていたいたことの答えをエリスが知っているかもしれないと、スタッドは聞く。
「私の覚えているかぎりでは、約二十年前に全問突破した者がいたが。それ以降は突破した者がいるとは聞いていない。
ちなみに全問突破したのは今の宰相で、小規模な商家の三男だったとか。家を継げるわけもないから、役人になろうと思って受験したら全問突破したらしい」
宰相本人もその結果には驚いた。末端に属せればいいなと思っていたのだ。それがそのような結果を残し、エリート街道にのることになったのだから、人生なにが起こるかわからないと今でも部下や同僚にしみじみ話すらしい。
「四ヶ月目まで到達しなかった者でも、それまでに特異な結果を残せば採用されることはあるらしいな。
まあ、その採用は本当に特殊な例だ」
「あんたゼルピアの出身?」
「いや違う」
自国のことをよく知っているエリスに、スタッドはぽかんとしながら聞く。
「他国のことなのによく知ってなぁ」
「友に情報通がいるからの」
あとは長く生きている間に自然と入ってきた情報だ。
「今回の試験内容はどんなものだったんですか?
三番目だから行動力の試験だったと思うんだけど」
「歩きで十日離れた街の特産品を持ってこいって試験だ。十日離れていれば、街はどこでもいいんだと。
冒険者に雇って行ってもらうって方法もあるみたいだったが、そんな金はないから俺は自分で買いに行ったのさ」
「人に行ってもらったら行動力を示せないと思う」
ウィアーレの疑問にエリスは首を横に振る。
「自分で動かなくてもいいのさ。あくまで行動力、誰でもいいから動いた結果試験を突破できる物を用意できればいい。
ウィアーレの言う行動力を調べたいなら、受験者を一人で行動させずに、どのように動いたか観察する者をつける必要がある。
まだまだ難易度が低く受験者の多い試験に、そこまで労力を使わないさ」
「でもさっき言ってた特殊な例の採用って、その行動内容を知らないと採用不可能じゃない?」
「観察するまでもなく派手な行動すればいい。
金をばらまいて、自分の元に特産品をたくさん持ってこさせるとかね。そんなことをすれば噂になるだろう? そこからその受験者は財力という力を持っていて、必要な時に使うことを躊躇わない度胸を持っていると判断するのさ」
「それって真似する人出てくるんじゃ?」
幸助の疑問に、ウィアーレの疑問と同じようにエリスは首を横に振る。
「一度合格者を出した方法は、そのままだとどれだけ労力を払っても失格になると聞いたな。
知らずに同じことをした場合や工夫した場合は、話は変わってくるがのう」
なるほどと皆が関心していると、馬車が止まった。御者から聞いていた止まる予定の場所ではまだない。不思議に思ったチントンが御者に声をかける。
「それが道を塞いでいる奴らがいまして」
「どくように声をかければ?」
「ええ、やってみます。
おーい、そこを通りたいんだ、ちょっと端によってくれないか」
近寄ってくる四人の男たちに、御者は声をかけた。
それに特に大きな反応をみせず、端に避けることもなく男たちは寄ってくる。
「ん? なんだあいつら?」
「どうかしました?」
御者の出した声を気にしたウィアーレが聞く。
「あいつら手に野菜を持ってんですよ」
「野菜? 収穫したものじゃないんですか?」
「収穫したなら、籠や台車にたくさん入れて運ぶと思うんですけどね。
あいつら一つだけしか持ってないんですよ」
「なんですかそれ」
「俺に言われてもね」
どういった意図でそんなものを持って近づいてくるのかわからず、御者は馬車を止めたままだ。彼らが盗賊らしい格好でもしていれば止めずに突っ切ったのだが、剣の一つも帯びていない彼らがなんなのかさっぱりわからない。
四人が十分近づいて来た時、御者はもう一度話しかける。
「そこに立たれていると通れないんだ。すまないが避けてくれないか?」
「ここは通さん!」
四人は横一列にならび、その中でカボチャを持っている者が声を発した。ほかにニンジンを持っている者、大根を持っている者、ゴボウを持っている者がいる。
「通さんって、通してもらわないと困るんだが。
無理矢理通ると怪我させるかもしれない」
とはいえ無理矢理通れば、さすがに避けると思っている。怪我などさせたくはないので、穏便にすまそうとしているのだ。
「ここを通りたければ有り金置いていけ!」
「……は? あ、あんたら盗賊なのか?」
「その通り!」
「あんたら自分たちが持っているものに疑問を覚えないのか?」
「いい出来だろう?」
自慢げに持っている野菜を掲げる男たち。
たしかに色といい、形といい、中々の出来だと御者の背後から見ていた幸助は思う。
幸助に同意なのか御者も頷きつつ言う。
「出来の良さは否定しない。
でもそれと盗賊行為となんの関係が?」
「これはカモフラージュにして武器なのだよ。
現に俺たちが近づくまで、お前は逃げるようなことは考えなかっただろう?」
「逃げる必要性なんか思いつきすらしなかったな」
「そうだろう、そうだろう」
カボチャ男は深く頷く。
「これが剣や斧や弓を持った男たちならば、警戒されここまで近づくことすら難しかっただろうな」
そういった意味から考えると、カモフラージュという面では男たちの考えはいい線をいっているのだろう。
感心しつつも、普通は障害物のある場所で待ち伏せするものではないか、と御者は思っている。
そういった場所では御者も警戒し駆け抜けるので、近づくだけならばこっちは有効だ。後の展開まで有効な状態が続くかはわからないが。
「カモフラージュには納得するとして、武器ってのは? というか武器にならないだろ」
「野菜を舐めるな!」
男は真剣に怒っている。だがその真剣さが滑稽に思ってくる。
「例えばこのカボチャ! これで頭を叩けば痛い!」
「当たり前だな」
「十分な凶器だろう?」
「普通に剣とか使えよと思うってしまうのはいけないことなんだろうか」
御者が思ったことは、幸助たち全員が思ったことだった。
「ふっ俺たちほどの上級者になれば剣など。
脅しついでに証拠をみせてやろう」
そう言ったカボチャ男は近くの木に近づいていく。その木の幹の太さは、電信柱より少し太いくらいか。
その木に向かってカボチャ男は、片手に持ったカボチャを斜めに振り下ろす。
カボチャが砕けて終わりだろうと馬車側の人間は考えるも、その予想は外れた。カボチャには傷一つつかず、木の幹が振り下ろした角度に沿って、抉れている。
「はあっ!?」
驚きの声を上げた御者。その光景を見た幸助たちも驚いてた。
次にニンジン男が、人差し指と中指に挟んだニンジンを木に向かって投げる。ニンジンは、鉄砲の弾丸と同じような回転をしながら真っ直ぐ飛び、幹に突き刺さった。
さらに大根男が、木に向かって走り、大根を突き出す。見事に幹は穿たれ丸い穴を開けた。槍を使って同じように穿つのには、わりと高い技術を要するだろう。
最後にゴボウ男だ。片手に持ったゴボウをその場で振り下ろすと、軌跡に沿って地面が斬れていた。
どの野菜にも傷一つついていない。
「な、なんなんだあんたら!?」
言葉に驚きと怯えを混ぜて御者が叫ぶ。
「俺たちゃ農業盗賊団野菜組!
神聖なる大地の恵みを使って悪事を働く、最高の悪よ!
恐れ慄け! 命乞いしろ! 金目のものさえ置いていけば許してやる!」
「うっ」
見た目はおかしいが、実力は本物な彼らに御者は受け入れを考え始める。この道は盗賊や魔物がほとんどでないので、護衛は雇っていない。それを御者は後悔していた。
いつのまにか彼らは馬車を囲むように移動している。逃げるそぶりを見せると、攻撃されるかもしれないと考えた御者は大きな溜息を一つ吐いた。
「皆さん、ここは大人しく」
御者は振り返り、そう告げた。
「俺は反対だ! せっかく特産品手に入れることに成功したってのに!
こんな奴らに奪われるなんて!」
「私も仕入れた商品を奪われたくは……」
「しかしですね、彼らの実力は本物で、こちらには護衛すらいないのに」
ウィアーレがちらりと幸助を見る。それに気づいた幸助が動こうとして、エリスがそれを止めた。幸助が動くほどではなく、自身が動いても大した労力にならないと判断した。
そしてエリスは小声で御者に話しかける。
「魔法を使って追い払ってやろう」
「……大丈夫なんですか?」
「これでも元冒険者じゃよ。仕事の指名もされておったな」
「本当ですか?」
エリスの見た目が若いため、それほど実力が高いのか懐疑的だ。実力がなく早期引退したのではと思ったのだ。
「仕方ないのう。ほれ」
エリスは懐から証明カードを取り出し、ステータスを誰にでも見られるようにして御者に突き出す。
カードに表示されているデータを見て、御者は再び驚いた。
自身はおろか、知り合いの冒険者を凌駕するステータスだったのだ。
「ももももも申し訳ありません!」
土下座する勢いで、御者は顔を青くしている。
「大声を出すな。それと謝らずともよい。それよりも魔法の準備をするのでな、少し時間を稼いでくれ」
「わ、わかりました!」
無事に帰ることができそうだと希望を持てた御者は、自身に与えられた任務をこなすため、カボチャ男へと視線を戻し話しかける。
「な、なあ」
「どうした? 早く金目のものを出せ」
「中で渋っている奴がいるんだ。ほかの人が説得してるから少しだけ待ってくれ」
「む……ま、いいだろう」
スタッドが反対する声は馬車の外まで聞こえており、本当に反対する者がいるとわかっている。なので説得しているということも本当だと思ったのだった。
「ただしそれほど長くは待たないからな」
「わ、わかった」
振り返り馬車の中を見て、時間がないと言ったように見せかける。
「と、ところで、あんたたちはここでずっと盗賊家業しているのか?
ここらには盗賊はいなかったはずなんだが」
「盗賊行為自体は何年も前からやっているが、ここにきたのは十日ほど前だ。
前いた場所は警戒度が上がったからな」
「どおりで。
そういえばさっき野菜組と言っていたが、ほかにもいたりするのか?」
時間を稼ぐついでに、ふと疑問に思ったことを聞くことにした。
「穀物組や果実組などいるな」
「あんたもだが、ほかの奴も自分で野菜とかを育てて?」
「当たり前だろう。俺たちは農夫だ」
「農夫? 盗賊なんだろう?」
「農夫でもあるし、盗賊でもある」
「なんで盗賊なんか? 農夫だけでも生きていけるはずだ」
「ふんっ! 事情を知らないからそんなことを言えるのだ!
俺たちの地元は土地がやせていて収穫は多くない。それでも領主は他の土地と変わらない税金を取っていく。貧困にあえぐ俺たちなど知らぬとばかりにな!
このまま搾取されるだけで終わるのかと思っていた時、お頭が現れ俺たちを誘ってくれたのだ!」
「そのお頭も野菜を武器に?」
「お頭のソラマメ指弾は世界一だ!」
飛ばした際に不規則な軌道を描くので、すごく避けにくかったりする。
「トップからしてそうなのか。なんで野菜を武器にしようなんて考えたんだろう」
御者は真剣に悩んでいる。
その時、突如馬車を中心にして前後左右に衝撃が広がった。木々を大きく揺らし、盗賊たちを吹っ飛ばす。
すぐにエリスの魔法だと気づいた御者と違い、なにがなんだかわからずただ吹っ飛ばされるだけの盗賊たち。突然だったので防御すらできずにまともに攻撃を受けた。
血は流れているようだが、皆起きようともがいており死んではいないとわかる。
「どうなったかの?
お、無力化できたみたいじゃな。
さてどうするね? このまま放置するか、それとも役人に突き出すか」
「役人に突き出しましょう。仲間の居場所を吐いてもらって、ここらの安全を維持してもらいたい」
御者の言葉に頷いたエリスは、馬車の中の者たちに声をかけ、盗賊たちを縛ってもらう。そのあと軽く手当てをする。魔法でずっと寝かせておくつもりなのだが、その間うめき声を上げられ続けるのは精神的によくない。
問題が解決し、盗賊たちを馬車の隅に置いた一行は再び馬車での移動を開始する。
目的地に到着した彼らは事情を話し、兵に盗賊を渡す。その後、拷問にかけられた盗賊たちは仲間のことを話すも、多少捕まえることができただけで全員逮捕ちはいかなかった。幸助たちが思っている以上に大きな組織だったのだ。搾取に喘いでいる者たちが多いということなのだろう。
兵たちは調査の過程で、ほかの地域でもその組織による被害が出ていることを知り、ほかにも似たような組織が二つあることを知った。
一つは畜産盗賊団、育てた動物や取れた卵などを使う集団。牛による突進、卵で目潰しをされたと報告が上がっている。
もう一つは漁業海賊団、魚だけではなく貝など海で取れるものを使う集団。鰹で殴られた、貝を手裏剣のようになげられた、ウツボで鞭のように叩かれたと報告されている。
彼らは育てる時期や収穫する時期は仕事に専念し、時間ができると盗賊行為を行うため、組織の大きさの割りに被害が少ない。活発的でないので、情報も集まりにくい。
またお金を蓄えたいというよりは、搾取で失った財産を補填しまともな暮らしをしたいと思っている者が多い。そのためお金など金目の物させ手に入れば、手荒なことはしない。
一見なんでもない農夫や漁師が盗賊一味だったりして、とても犯人を捜しづらい。
農夫を片っ端から捕まえるというわけにもいかず、兵たちは少々困っていた。
こういった状況に変化を加えたのは三柱の神だった。
幸助が以前出した演劇のアイデア、その中に戦隊物も混じっていた。それをヒントに農業畜産漁業を司る神が、ランダムに人間一人ずつを選び出し、力を与えたのだ。
その力はライダーのように変身するというもので、先の三つの荒くれ者たちを相手にする場合にのみ効果が発揮される。
力を与えられた者たちは、収穫スラッシュ、解体クラッシュ、釣り上げヒットと名乗り、荒くれ者たちと戦っていくようになる。そして運命に導かれるように出会い、一次産業戦隊ワーカー3を結成する。
さらには競りのマネーや道具作りのクリエイトと名乗るサポート仲間も増えていく。
その様子を神々は楽しんで見る。荒くれ者たちから無辜の民を守るためではなく、ワーカー3の行動とその影響を面白がっているのだ。
まさに自分たちの興味を優先した所業だった。
これは世界に関わらないという戒めに反しているのだが、いい暇潰しにもなるし、これくらいは良かろうと見逃されていた。世界に危機をもたらすようなことではないし、神々にとって大したことではないからだ。
そんな影響を与えたとは知らず、幸助は馬車に揺られている。ワーカー3なるものがいると知るのは、何年か先のことだ。
そのまま旅を続け、セブシック大陸へと渡る港に到着し、船に乗りカルホード大陸に別れを告げた。
そして船に乗って五日後、幸助は一人でカルホード大陸南方にあるエゼンビア大陸にいた。
砂浜に頭から突き刺さっているところを助けられる。そんな状況がセブシックへの帰還旅の始まりだった。