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 マオマオはすぐにその場で内容を語って聞かせた。イリヤはすっかり眠気が覚めるほど聞き入った。自分が役に立っていることにマオマオもまんざらではなかった。二人はひたすら本と格闘しながら夜を明かした。

 朝を告げる鐘が鳴ったころには、それらしい記述のあるページはすべて網羅しつくした。その成果は、イリヤよりもむしろマオマオを興奮させる結果をもたらした。イリヤにとって未知の病気は一つ。それが載っていたページは、陽の国だけに生える薬草での治療を要求していた。

「つまり! 私たちは陽の国に行かなくちゃいけないってことじゃんっ!」

 マオマオは目を輝かせた。

「えっと、まあ、そういうこと、なのかな?」

「これなら病気治せるんでしょ! そうと決まったら早速準備!」

 そして二人は大急ぎで準備を始めた。リュックサックにスケッチブックをはじめ、懐中電灯、着替えにコンパス、小さなかご、少しばかりの食料と水を詰め込んだ。あとはふさわしい服を着こんで帽子をかぶりさえすれば終わりだ。

 二人はその場のノリで準備を終えたとたん、泥のように眠った。

 次に目が覚めたのは夕方だった。感染の状況は坂を下る水滴のようにゆるやかなペースで悪化していた。

 いつどうやって地上へ出ようかと、マオマオは寮を飛び出してシバの家の近くでうろうろしながら悩んだ。シバが動けない状態なら自分たちを監視する目も存在しない。今が陽の国にあがるチャンスだ。今日もシバは目立った動きをしていない。あとは夜タイミングを見計らって陽の国の安全地帯まで移動するーー。

 そのとき彼女は背後に気配を感じて振り返った。そこにいたのは変わらず薄汚れた身なりをしたトリスだった。

「びっくりした……」

「まだ、陽の国へ上がるつもりなのか」トリスは神妙そうに言った。

 唐突な鋭い問いかけにマオマオは戸惑ったが、彼ならば言っても損はないだろうと考えて肯定した。

「ええ。トリスさんは陽の国にあがったことはあるんですか? どんなところでした?」

「大したことはない。支配者が領地を維持するために土着の信仰を利用したのにすぎん」

 マオマオはあっけにとられていた。

「それを知らずに地上へ向かおうとしてるのか? 変わり者だな。ではなぜ地上に上がろうだなんて考えた? 上がって、いったい何が得られる?」

 マオマオはうつむいた。なぜ陽の国へ向かおうとしたか? それは単純、今いる場所が嫌いだからだ。それに向上心がない人間はバカになる。今みたいな原始的な暮らしは人間のような文明的な存在にはふさわしくないし、向上心のある自分にはもっとふさわしくない。陽の国はもっと進んでるから、病気でみんなが仲良くくたばることはないだろう。

「君の父は奥方が亡くなって以来医者として邁進していられるが……」

 トリスに言われて、マオマオは顔も覚えていない母親のことを思い浮かべた。母の病死が父を動かしたようにもしかすると今回の病気が自分にとってのトリガーなのかもしれない。

 マオマオは言う。

「今回の病気は地上の薬草でなければ治りません。地下の技術で妥協して上を目指さないのではだめなんです。限界をわきまえろってシバさんは言ってましたけど……、今回の病気を治せない父の限界は私の限界じゃないと思います」マオマオはトリスの顔を見ながら語気を強めて言った。「父にできないなら私がやります!」

「……そうか。ならば行け。何があろうと決して立ち止まるなよ。応援している」

 そしてトリスはポケットに手を突っ込んで言葉をつづけた。

「向こうの世界に出るのは危険が伴うだろう。これを持っていけ。それと……」

 最後に耳打ちしながら彼が手渡したのは護身用のナイフ二本だった。それを渡すとトリスはその場を去って行った。彼の言葉を受けてマオマオは決心した。これから来るどんな障害も乗り越えて見せると。


 マオマオは寮の居室に戻った。マッチでろうそくに火をつけて、今一度スケッチブックのページをめくった。摩天楼に公園、星の見える山……、そして二、三枚目に描いた海辺の風景。そこには長く続く砂浜や目下に広がる家々や広大な海が描かれていて、陽の国でしか味わえない幻想的な風景が広がっていた。イリヤが言うにはそこではきれいな日の出が見られるそうだ。ぜひ二人で見てみたいと思った。

 しばらく物思いにふけっていたマオマオのところへ、ドアをきしませながらイリヤが入ってきた。夜が訪れたのだ。いよいよ出発の時だ。

「忘れ物、ない……?」

 イリヤはぼそぼそっと言った。マオマオはそれに応じて細長いナイフを渡した。

「トリスさんに渡されたの。地上に出たことのあるあの人が渡すってことは、やっぱり危険なんだと思う。危ないことをしたくなかったらここでやめた方がいいよ。無理やり連れて行くわけにはいかないし」

 めずらしく弱気で言うマオマオを見て、イリヤはにまにま笑った。

「なんでそんなこと言うの? 今さら何を言われてもやめたりしないって! ほら、先に行っちゃうよ!」

 そう言って駆けだしたイリヤを、マオマオはろうそくを消すのもそこそこに追いかけた。

「待って!」


 その日は初夏の太陽がまばゆく照り付けていて、海岸沿いのその街ではともすると露出する肌が目についた。開かれた窓から吹いてくる風を感じながら、女は梳かれている髪が乱れないように軽く顔をあげて男に声をかけた。透き通るような声だった。

「トート、今日は散歩日和だわ。あなたが地上に飛び出してきた日も今日みたいな日だったかしら」

「ええ、あの時のことはよく覚えてますよ。何しろ私たちが出会った日ですから」

 トートの微笑みかけるような声につられて、白いドレスの女は品よく笑った。

「ご友人は元気でやってるかしら、顔に傷をつけてまでここにいることを拒んだけれど」

「彼なりに思うところがあったんでしょう。仲間を傷つけることはなにぶん勇気がいることですから。しかしあなたと出会ってしまった以上、私はこの世界のために戦いますよ。ここで無条件に味方をしてくださる優しい方はあなただけですから。私たちの世界には指一本触れさせません」

 そう言って、男は白く長い髪を梳く手を止めた。前にある三面鏡越しに二人は目線を交わした。

「今日もお綺麗です」

「ありがとう。久しぶりの大仕事で大変でしょうけれど、今までの活躍はよく聞いてるわ。今日も頑張って」

「お任せください、レヴィ様」と、トートは微笑んだ。

「あ、ところで今回這い出てきた二人組はどんな人たちなの……?」

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