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初めて芝居小屋に行ってから早いもので4日が過ぎていた。親分というのは子分がしっかりしていれば意外と気楽なものだったりする。
全て子分に任せても一家は成り立つ。特に鎌太郎の場合はそうで、よく、親の背中を見て子は育つというのが受け継がれている。親分がしっかりしていれば、子分もまたしっかりする。
だけど皆が親分みたいな訳ではない。締めるところはしっかり締める。それが出来る存在なのが親分なのだ。
「喜助、あの芝居小屋にまた行ってみるか。」
「はい。では支度をしてきます。」
出かける時の羽織を着て親分と喜助はまたあの芝居小屋へとやってきた。時間はいつもの時間より少し早めに到着した。
まだ来てないか。今日は来ないのかもしれねぇなぁ。
変なちっこいのを探していたら、ちっこいのが入ってきた。
そして鎌太郎の顔をみると、「あ、この前のオッちゃんやん!また来たん。」と話しかけてきた。
「よく来るのか?」
「いや、ちょっと病気したり、なんやかんやあって、なかなか来たいのに来れんかってん。」
「来たいのに来れなかった?」
「うん。こんなん、オッチャンに言ってもいいのか迷うけど、オッチャン、強そうやから言うわ。あのな、病気っていうのは心の病でな、それが何故かここの一座の事に関係してるみたいでな。ほかの一座みてもなんとも無かってん。芝居が好きで、病気になっても、それだけは見続けてたんよ。」
「心の病?」
「うん。最初にあったんは6年前。違う一座を見に行ってるのに、そこで、今の一座の喧嘩屋五郎兵衛が始まると思ってたらその違う一座の紺屋高尾が始まってな。頭がおかしな事になってん。役人を呼んで捕まえてくれと騒いで、いざ捕まるとなると嫌がって、最後は夜中に芝居小屋に入り込んでな。何をしようとしてたんか自分でも分からない。ただ、何度も何度も、お芝居を守りたいと言ってたのは覚えてる。その時10年間大好きだった役者が居てたんやけど、さぞや怖かったろうと今は思う。」
「よく治ったなぁ。」
「家族が心配して、医者にすぐ診せてくれて今がある。でもな、それから3年経ったころ。いまからちょうど3年前。この一座を見ている時にそうなった。今度のは不思議だったんだ。役者の声が聞こえて、怖い場面で目を閉じてたらいい。って。で目を閉じてたんだ。見たいのに、見れなくて、声だけ聞いてた。その芝居は見たことなくても、その芝居をしている声が迫真だったよ。舞を踊る楽しい場面に移っても、目は閉じたままだった。その時に声が聞こえてきて、ある役者以外の役者を見たらそのある役者が死ぬって言うんだ。でもな、めが開く瞬間があって、その時前を見たらそのある役者が出てきて舞ってたよ。で、また声がして、走って階段登って座ってろって。」
「入っちゃあいけない場所に居たんだな。」
「そう。で、その頃は家族に心配されていたから、まえみたいに1人で芝居を観に行く事を止められていて、母親が連れ戻しにきて、その時に、母親に持っていた嫌な事を全部ぶちまけて、そのあと母親に聞いたんだ。私の声が聞こえるか?と。母親は聞こえないと言って、腕がちぎれるかと思う力で引きずり下そうとした。何故かわからないけどその時に、母親に聞いたんだ。お母さんは私の幸せが何かしってるか?って。お母さんは知らんと答えたよ。なんかその時、すごく悲しかったのを覚えてる。」
「自分の子がいきなり頭がおかしな事になって、母親もびっくりしちまってたのかもしれねぇなぁ。」
「うん。あれから2年。私はその役者の事を忘れたかのように考えなくなった。ずっと心の底の方に隠してたんだ。」
「お前それ、その役者の事を好きなんじゃないか?」
とそう言った時に浮かんだ顔は、紛れもなくお花。鎌太郎もまた一年という長くて短い日々をお花を忘れたかのように過ごしていた。
「好きだった事も忘れて、その2年後に家族に連れられて行った時に、忘れていたものを思い出す事が出来たんだけど、急に家族が怒り出して、あの一座にはもう2度と見に行っちゃいけないって言うんだ。また病気になったらダメだとそう言って。辛かった。泣いたよ。もう行けないのが辛くて泣いてた。」
「でもお前、今観れてるじゃないか。」
「うん。ある一座を見に行ったら、ここの一座を見に行かないと!って思って。くるの怖かったし、心臓が口から出るんじゃないかと思うくらい緊張したけど、来て良かったよ。みんな、私の事を怖がって無かった。それが一番嬉しかった。あと、大好きな人を見ていられる。」
そう話すそのちっこいのが幸せそうで、鎌太郎の胸にはしっかりとお花の顔が浮かんできていた。
そんな会話をしていると、幕が上がったのだった。




