始まり
訳あって、侠客となった鎌太郎は、美濃追分の地を縄張りに街道の街を仕切っていた。
若い頃に知り合った仲間たちと共に築き上げた絆と友情を糧に今はドーンと一家の上座に部屋を置いてのほほんとした生活を送っている。
季節は夏の終わりを迎え、日が暮れるのを待たずとも、涼しい風が吹く季節となっていた。三下の喜助はそろそろ親分の着物を衣替えしなくちゃいけないなぁと長い廊下の手入れをしながら考えていた。そういえば親分、あれから一度も縁談の話が来なくなっちまったな。親分はどう思ってんだろうなぁ。
江戸の辰五郎親分から縁談話がきたのだが、一緒にきた女の人は親分を気に入らず帰っていった。そのあとの事は子分達はよく知らない。そう。知らないのだ。
鎌太郎には一度、夫婦になりたいと思い、迎えに行こうとした女の人が居たのだが、あれから1年の時が経っても鎌太郎は動かない。
鎌太郎の兄弟分達はもうその事には触れず、ただただ見守る事しかしなかった。
当の鎌太郎は、一家の為、そして街の人々の為、のほほんと平和な世の中を目を細め見ているのだった。
そんなある時のこと、子分である、代貸の1人が1人の男を連れてやってきた。身なりは旅の商人のような格好をしてはいるが、どこか艶っぽい。歳の頃は60をとっくに過ぎた爺さんなのだがみのこなしが浮世離れしているようにも伺える。
上座に座る鎌太郎は、その爺さんが何者か尋ねた。
その爺さんは、親分に言った。「実は良い儲け話がありましてね?どうです?親分、芝居小屋をこの地に建ててみませんか?」
「ん?芝居小屋なら一件あったと思うけど?」
「あそこはもう古くていけないですよ。どうです?新しい小屋で金儲けしましょうや。」
「で、あんたいったい誰だい?」
「あ、あたしですか?あたしはその芝居する役者たちの元締めですよ。」
「ほう。そうかい。芝居小屋を建てるったって金がいるだろうよ。悪いけど俺は損をするようなものには金はかけないよ。しかも芝居なんて見たことがない。よく知らないものには手をだせねえわ。」
「残念ですが、ではこの話は無かった事にして良いんですね。」
「良いよ。」
爺さんは、その話を終えると帰っていった。
芝居小屋なぁ。行った事ねえけど気になってきた鎌太郎は三下の喜助を連れて街にあるその芝居小屋へ足を踏み入れることにしたのだった。