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(6)

 翌日、朝食の際にキュグニー教官が作成した薬を飲んだレオンは、やはり今までより体が楽なことに機嫌をよくした。

 長い間苦しめられてきた病気とまだまだ付き合っていかなければならないのは悔しいが、それもじきに快復すると思えば、希望がもてる。

 リリーの父親がキュグニー教官でよかった。ルテウスがリリーに喧嘩を吹っかけたことから知り合えたことを考えれば、すごい偶然だ。

 いや、偶然ではないのかもしれない。虹の森を探すための仲間がはじめから定まっていたのだとしたら、これはもう天空神の導きに違いない。

「おはよう、レオン。今日は顔色がいいね」

 学院の正門付近で会ったセピアがあいさつしてくる。

「うん、昨日キュグニー先生にもらった薬が効いてるのが自分でもわかるよ」

「よかった。お父さんがもう発作用と三日分の薬を用意してるから、放課後に取りに来てね」

 リリーの言葉にレオンとフォルマは目を丸くした。

「キュグニー先生、すごいね。もしかして徹夜で作ったの?」

「発作を抑える薬は家に材料がそろってたから。レオンの病気のほうも途中まで作成してたみたいで、あの後すぐ仕上げてたよ」

「本当にキュグニー先生って、一家に一人欲しいよね」

 感嘆の息をつくレオンに、「キュグニー先生を便利な道具みたいに言うな」とルテウスが大真面目な顔で注意した。

 

 

 今日の演習は四限目だった。朝は調子がよかったが、さすがに一日やそこらですぐ改善するはずもなく、気温の上昇とともに体もつらくなってきた。

 袋の中には発作用の薬を入れている。こちらは問題ないと言われたが、やはり飲むのは抵抗がある。今日を乗り切れば放課後には新しい薬をもらえるので、できるだけ無理をしないように過ごそう。

 ホーラー教官は炎の神の使いであるとかげが現れてから、生徒たちに自習の指示を出してどこかに行っている。ちょうどいいと思って休憩を長めに取りながら練習していたレオンは、ドゥーダたちに囲まれた。

「なあ、レオン。どっちが先に炎をいっぱいにするか勝負しようぜ」

 複数の球体を狙う訓練だと絶対に負けるとわかっているからだろう。ドゥーダは威力を鍛える大きな球体を持ってきた。

 ドゥーダの発動はレオンより遅いが、火力はそれなりに高い。自分の得意なほうで競おうとするドゥーダのずるさにレオンは鼻白んだ。

 女子に人気があるのはレオンだが、男子はドゥーダが中心となって一つの大きな勢力をつくっている。レオンがいなければ、代表か副代表に選ばれていたはずだ。

 それにドゥーダはチュリブに気がある。自分に絡むのもチュリブが原因だとわかっているだけに、レオンはため息をついた。

「ごめん、今日はやめておくよ。僕、暑さに弱いから、できるだけ体力を温存しておく必要があるんだ」

 だから軽めにしていたのにというレオンのつぶやきに、ドゥーダは眉をひそめた。

「おいおい、まるで威力の調整ができるような言い方だな」

「そんな高度なこと、無理に決まってるだろ」

 嘲笑したドゥーダたちは、レオンの沈黙にしんとなった。

「まさか、本当にできるのか……?」

 ざわつく同期生たちに、ドゥーダがこぶしを震わせた。

「はっ、やっぱり手を抜いてたのかよ。お前、炎の神の守護を受けるのに暑さに弱いのか? 代表なのに恥ずかしくねえの?」

 感情に任せて負け惜しみを言うほうが恥ずかしいんじゃないかと、レオンはますますあきれた。それが表情に出たのだろう、ドゥーダはレオンをにらみつけた。

「お前、生意気なんだよ。自分は何でも一番だと思ってみんなを見下して。ちょっと顔がいいからって女の子にちやほやされて、鼻の下のばしてさあ」

 顔の良し悪しは自分のせいではないのだから、苦情は親に言ってほしい。そもそも、オルトやソールのように凛々しくてたくましい男子が近くにいると、ひ弱な自分が格好いいなどとてもではないがうぬぼれることができない。

「今までドゥーダを馬鹿にした覚えはまったくないんだけど。むしろ面白くて、みんなをのせるのがうまいなって思ってたのに」

 本心だったが、ドゥーダはそう受け取らなかったらしい。

「ああそうかよ。じゃあお前も俺の下僕になれよ。もっと笑わせてやるからさ」

「お前“も”……? みんなドゥーダの下僕なの?」

 レオンが見回すと、彼の仲間は互いを見合い、複雑な容相になった。そんなつもりで集っていたわけではなかったのだろうが、ドゥーダは怒りのあまりか失言に気づいていないらしい。

 皆を下に見ていたのはドゥーダのほうだと指摘するべきか迷ったレオンに、ドゥーダが人差し指を突きつけた。

「お前が勝ったら土下座して降参してやるよ。でも俺が勝ったら、代表を降りろ」

「僕が代表を降りた後は君がなるの?」

「代表はチュリブだ。俺は副代表になる」

「……チュリブと仲良くしたいなら、本人に伝えなよ。僕は別にチュリブのことは好きじゃない」

 だんだん苛立ってきたレオンはつい口を滑らせてしまい、周囲の空気が凍ったことに気づいた。

 いつの間にかチュリブがそばに立っていた。おそらくレオンたちがもめているのを見て寄ってきたのだろう。

 顔色を失くしたチュリブの目にじわりと涙がにじんだ。他の女子もささやきあっている。

(ああ、もう……) 

 最悪だと、レオンは狐色の髪をかき乱した。どれだけ嫌いでも、本人に聞かれるところで言うつもりはなかったのに。

「お前、最低だな」

 チュリブが泣いたことで、ドゥーダは完全にレオンを敵と認識したらしい。

「来いよ。その腐った性根をたたきなおしてやる」

「わざわざ君にしてもらわなくても、自分で修正するよ。ごめん、チュリブ。言い過ぎた」

 ドゥーダに腕をつかまれて引きずられながら、レオンはチュリブにあやまった。そのとき、動悸が始まった。

 レオンは舌打ちした。よりによってこんなときに発作が起きようとしている。

「ちょっと待って。勝負はしてもいいけど先に薬を飲ませて」

「ふざけるなっ。おい、レオンの薬を捨ててこい!」

 ドゥーダの命令にレオンはあせった。

「いや、それは勘弁して。あれがないと僕は――」

「へえー、やっぱりお前、薬で能力を上げてたんだろ?」

 でなきゃあんなに発動が早いわけないもんなと、ドゥーダはにやりとした。

「違う、あれは――」

「早くしろ! 何なら今そこで瓶を割れ!」

 ドゥーダの恫喝にジュワンが動いた。レオンの袋をあさって瓶を取り出すと、中身を床にぶちまけた。

「ほら、もう薬には頼れねえぜ。お前の本当の実力をみんなに見せてやれよ」

 ドゥーダがげらげら笑う。

 空になった薬瓶を見つめていたレオンは唇をかみ、ドゥーダの腕を振り払うと、床に転がっていた大きな球体を拾い上げた。

「一つでいいの? こんなの、すぐ決着がつくからつまらないけど」

 二つ、いや三つくらいはやらないと代表や副代表は名乗れないよと、レオンは冷ややかにドゥーダをかえりみた。

「なっ……」

 ドゥーダが気色ばむ。同時に不安ものぞかせる相手に鼻を鳴らし、レオンはあと二つ持ってくるよう告げた。

「君には一つが精一杯でしょ。その間に僕は三つ破裂させる」

「強がり言うなよ。そんなことできるわけないだろっ」

「副代表の座を狙ってる人間が聞いてあきれる。やる前から負ける気なら、最初からこんな勝負を持ちかけないでほしいね」

 発作が起きる恐怖と怒りで、毒吐きがとまらない。レオンの豹変に明らかにうろたえている皆の前で、レオンは三つの球体を宙に投げて浮かべた。

「何してるの? さっさと終わらせるよ」

 かたまっているドゥーダから球体を奪って同じように宙に追いやってから、自分の薬を捨てたジュワンに合図をさせた。

「は……はじ、め」

 覇気のないかけ声に内心で嘲笑いつつ、レオンはすぐさま球体の一つに『剣の法』をぶつけた。遅れてドゥーダも術を放ったが、そのときにはすでにレオンの一つめは炎がたまって爆発した。

「そんな馬鹿なっ」

「あり得ない。なんだあの速さと威力……」

 ドゥーダは必死の形相で球体に炎をためているが、ようやく半分までたどり着いたところでレオンの二つめが割れた。

 彼の球体が残り四分の一を残したところで三つめを破裂させたレオンは、とどめとばかりにドゥーダの球体に力をそそいだ。

「お前ら、何やってるんだ!?」

 戻ってきたホーラー教官の怒鳴り声とともに最後の球体が壊れたとき、レオンの体にドンッと激しい衝撃がきた。

「レオン!!」

 胸を押さえてその場に倒れ伏したレオンにホーラー教官が駆け寄る。

「誰かレオンの袋を持ってこい! 中に薬が入ってるはずだっ」

 しかし誰も動かない。蒼白したまま凝然と立ちつくす生徒たちにさらに叫びかけたホーラー教官は、床にこぼれている液体を目にした。

 ひどく乱れた息づかいで体を縮めるレオンを抱き上げ、ホーラー教官は命じた。

「治療室に行く。ケローネー先生がいなければ全員で捜せ! 早くしないとレオンが死ぬぞっ」

『死』という言葉に全員がびくりと反応した。慌てて法塔を飛び出す生徒たちの中で、「私、フォルマに知らせてくる!」とチュリブが別方向へ走り、数人の女生徒がそれに続いた。 

 


 射的場でそろそろ片づけを始めようとしていたフォルマは、遠くのほうから名前を呼ぶ声を聞いた気がしてあたりを見回した。同期生たちも同じようにきょろきょろしている。そこへ駆け込んできた炎の法専攻生に、弓専攻生はそろって瞠目した。

「フォ……フォルマ!」

 前のめりに倒れたチュリブは床に手をついて荒い呼吸を繰り返しながら、フォルマに報告した。

「レオン、が……大変、なの。すごく苦しそうで……」

「発作が起きたの? でもレオンは薬を持ってるはずだよ」

「薬はないの。ドゥーダたちと喧嘩になって、ジュワンが捨てちゃって」

「何だって!?」

「どうしよう。レオンが死……じゃう」

 ぼろぼろと泣きだしたチュリブの肩に手を置いて、「レオンは今どこ?」とフォルマは尋ねた。

「ホーラー先生が治療室に運ぶって」

「薬を取りに行ってくる。もうできてるって言ってたから」

 フォルマが授業を抜ける許可を弓専攻担当教官にもらおうとふり向くと、ブレイが近づいてきた。

「急いで。先生には僕が伝えておく」 

「ありがとう、ブレイ」

「待って、フォルマ。私も行く!」

 出口へきびすを返したフォルマをチュリブが追う。

「悪いけど、今のチュリブは足手まといだよ。私についてくるよりレオンを介抱してあげて。体を起こして背中をさすると少し楽になるから」

「わかったわ!」

「頼んだよ」

 いつも甘えた様子のチュリブのきりりとした表情に目をすがめ、フォルマは走った。

 途中には、息が切れて座り込んでいる炎の法専攻の女生徒が数人いた。皆フォルマのいる射的場を目指していたのだろうが、たどり着いたのはチュリブだけだった。

 あのふわふわひらひらの服で法塔から必死に来たのだろう。チュリブは思ったより根性があるようだ。

 レオンの様子を一目確認したいのをこらえ、フォルマはリリーの家へ向かった。

 乱暴に玄関の扉をたたくと、驚いた顔でシータが出てきたので事情を説明する。シータは代金はいいからとすぐに薬を袋に入れてきて、自分の馬にフォルマを乗せて学院まで送り届けてくれた。おかげで早くに戻ることができたフォルマは、炎の法専攻一回生が詰めかけている治療室まで来ると、自分をふり返る生徒たちをかき分けて治療室に入った。

 レオンはケローネー教官に上体を起こされ、銀色に光る手を背中に当てられていた。そばにはホーラー教官とチュリブがいる。

「薬を持ってきました。レオンは?」

「ありがたい。何とかまだ耐え忍んでいる」

 フォルマから袋を受け取ったホーラー教官が、発作を抑える薬を取り出してレオンに飲ませた。

 汗まみれで苦しんでいたレオンに変化の兆しが見えた。少しずつだが鎮まってきている。

 まもなく、早かった息継ぎがゆっくりになり、ついに正常な形に落ち着いた。ただ薄目を開けているが、意識があるのかどうかわからない。

「レオン、大丈夫か?」

 ホーラー教官が顔をのぞき込んだが、返事はない。ぐったりとケローネー教官にもたれかかるレオンを、チュリブが涙目で見つめている。

 ケローネー教官が慎重にレオンの体を横たえた。レオンの呼吸が乱れないのを確かめ、ほっとした笑みを浮かべる。

「もうー、心配ー、ないようですー」

 よく頑張りましたねーと、ケローネー教官がレオンの髪を優しくなでる。レオンは目を閉じていた。どうやら眠ったようだ。

 チュリブがへなへなとその場にへたり込む。フォルマも安堵のあまりよろめいて壁に背をぶつけた。

「すまん。俺が目を離したばかりに」

 教官失格だと、ホーラー教官がつぶやく。

「レクシスはー、十分なー、対応をー、しましたよー」

 ホーラー教官がレオンを運んできたとき、ケローネー教官は治療室にいなかったので、炎の法専攻一回生たちにケローネー教官を捜させたのだ。水の女神の礼拝堂から帰ってくる途中だったケローネー教官は、大声で自分の名を連呼していた生徒たちにいきなり捕獲されて治療室まで連行された。

 レオンの病気のことはケローネー教官も把握していたが、発作の薬がないというので、フォルマが薬を取りに行っている間、水の法で症状の悪化をどうにか遅らせていたという。

「少しー、ここでー、休んだらー、今日はー、帰ったほうがー、いいですねー」

 のんびりした口調で勧めるケローネー教官に、昼休みに馬車を呼んで自分が送っていくとホーラー教官が言う。両親は働いているので、フォルマも付き添うことを申し出た。

 疲れもあってか、レオンはずっと眠り続けていた。帰宅した両親はひどく驚いたが、レオンの状態が安定しているのを見て安心したらしい。

 夜、シータとリリーから話を聞いたキュグニー教官が、リリーに案内されて訪ねてきた。レオンはまだ目を覚まさないが、診断したかぎりでは心配はないという。そしてキュグニー教官は身につけて持ち運びできるようにと、発作の薬を錠剤にして入れた首飾りをくれた。

 キュグニー教官の細やかな心配りにフォルマの両親は何度も頭を下げ、丁重に見送った。フォルマもまたリリーの優しい励ましを受け、キュグニー親子に出会えた奇跡に感謝した。

閲覧ありがとうございます。上巻はここまでとなります。現在第9話を執筆中なので、最終話まで完成したら下巻として続きを投稿していきたいと思っています。

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