後編その2
「……ごめんなさい」
お母様の思いを成し遂げられなかった。
むしろ、全部放り投げて逃げた。
最低だ……私。
「こんな形で来るなんてね……」
今いる場所はサベージ帝国の辺境。
フィオーレを出ていこうとした時、たまたま馬車の御者さんに声をかけられ、ここまで来た。
「もう嫌だ。死にたい」
私を苦しめる物ばかりの思い出。
妹に苦しめられ
父親に苦しめられ
グエル様や貴族達に苦しめられ
立場や境遇に苦しめられた。
楽しくなかった。
何もできなかった。
だから死んで、楽になろう。
「……」
どこかも知らない崖。
落ちればまず助からないだろう。
誰も私の事を行く先を知らずに、私の人生は終わる。
「さようなら……」
最後になるであろう呼吸を整え、崖から落ちる覚悟をする。
出来れば一瞬で死にたいな。
そして生まれ変わったら幸せになりたい。
何かに縛られず、ある程度は自由で楽しい生活を。
でも……隣にはアーク様みたいな人がいてくれたらいいな。
「カチュア!!」
「っ!?」
かつて一度だけ聞いた声の方向に振り向く。
……アーク様、なんで?
「侍女からキミを見かけたと……そしたら何故か胸騒ぎがして探したんだ」
「……わざわざ、ありがとうございます」
よく見たら汗を流し肩で呼吸している。
そこまで必死に私を……
「何かあったか、聞かせてほしい」
「……」
私は全てを話した。
妹に苦しめられた事。
母の思いを叶えられなかった事。
フィオーレに私の居場所はない事。
私の言葉にアーク様は一つ一つうなずいてくれる。
「カチュア、キミは一人で抱え込み過ぎだ……よく一人で頑張ったな」
「それが、日常でしたから」
「……カチュアがそうしたのは、母親の為か?」
「はい……母は私の憧れでしたので」
私が今まで頑張ってきたのも母の為。
母が築いて来たものを壊したくなかった。
だから頑張った。頑張って守ろうとした。
でも……出来なかった。
「それは本当に母親の願いなのか?」
「え?」
「自らが辛い立場にいると、母親自身も分かっていたはずだ……なのに同じような思いを、カチュアにしてほしいと思うのか?」
「それは……」
「思い出してほしい……」
再び、母との会話を思い出す。
そう、あれはネメスに途中で遮られた……
◇
「私、本当はね……フィオーレがどうなっても構わないの」
「え?」
「けど、私はあなた達二人の子に争いを見せたくなかった。だから戦争が起きないよう根回しをしてたの」
「そうだったのですか……」
母はここに来る前、数々の内乱を見てきたと言っていた。
お互いがお互いを殺し合う。
幸せとは、目的とは、それすらわからず、ひたすら命が奪われていく惨状。
それを見てきた母は私達二人の子にそのような姿を見せたくなかった。
ローエン家に来たのも、その為らしい。
「勿論、平和が好きなのもあるけどね。だからね、カチュア……」
微笑みながら、私に語り掛ける。
「私の思いを受け継ぐのもいいけど……あなたがやりたいようにやる姿も見てみたいわ……」
「……」
「私に縛られないで、私では出来ない事をやる姿が……少し気になるのよ」
「……はい」
「今すぐには難しいと思う……だけど」
そのやりたい事が、母の思いを継ぐ事だとずっと思っていた。
だけどアーク様の言葉を聞いて、本当にそうなのかと再び自分に問いかける。
そして気づいた。
「生きていたら、きっと見つかるから……」
これは私がやりたい事ではなく、
母がやりたかった事を自分がやっていただけなのかもしれない……と
◇
「ひぐっ……ぐすっ……」
「大丈夫か?」
「はい……」
なんで気づかなかったんだろう。
母の言葉を真剣に受け止め、動いていたつもりだったのに。
アーク様の言葉で改めて考え直し、ようやく気づく事が出来た。
「カチュア……キミがやりたい事はなんだ?」
「私のやりたい事……」
「そうだな……本心といった方が分かりやすいか。今まで苦しい思いをしてきて、本当はどうなりたかったのか」
「……」
「ゆっくりで、いいよ……」
「……もうフィオーレにいたくない」
自らの思いを、少しずつ口に出していく。
「ずっとみんなからいじめられて……必要とされなくて……」
解放されたかった……
あの苦しみが辛くて辛くて。
だから
「誰かから……また愛されたかった……!!」
幸せになりたいんだ、私は。
母親を亡くし、私を愛してくれる人間はいなかった。
だから一人で、ずっと抱え込んでいたのだ。
思いを全て外に出し、再び涙を流す。
「……ぐすっ」
「なら、ボクの所に来い」
「え……」
「追い出されたんだろう? ボクとしてもキミのような人がそばにいてくれると嬉しい」
「……」
まさか第二皇子であるアーク様自ら誘ってくれるなんて。
確かに魅力的な話。
帝国はフィオーレと違って発展しているし、私も帝国にいれば今までの事を全て忘れられる。
だけど、また周りから……
「大丈夫だ。何かあってもボクが守る」
「……!?」
不安を抱える私を、アーク様は優しく抱きしめてくれた。
「あのフィオーレを支え続けた……その実力があれば帝国でもやっていけるだろう。それにキミといると、ボクは落ち着くんだ」
「私もです……アーク様といると、不思議と安心して笑顔になれます」
「そうか、ありがとう」
言葉と温もりで私を包んでくれる。
オルゴールを壊され、全てがぐちゃぐちゃになった私の心が少しずつ戻っていく。
「何もかも捨てて、ボクの所へ来い。大好きだ」
「はい……私も大好きです、アーク様」
ようやく、私は幸せになれる。
心の奥底に抱えていた願いをアーク様は叶えてくれた。
確かに母のやりたい事は叶えられなかった。
だけど、母はそうしなくても良いと言っていた。
これからが本当の私の人生なんだ。
お母様、天国で安心して見ていてください。
◇
「カチュア、少し面白い情報が入った」
「ん? これは……」
あれから一ヶ月。
私はアーク様の元で働き始めた。
帝国はいい。余裕があり、何か新しい事を始めやすい。
現状維持で終わっていたフィオーレとは違う。
重圧から解放されたからか、私の健康状態も良くなり、みすぼらしい雰囲気から貴族令嬢らしい綺麗さを手に入れた。
「フィオーレで領民の反乱が?」
「あぁ、何でも新しい当主のやり方に不満を爆発させたらしい……」
きっとネメスの仕業だろう。
恐らく私がやっていた事を他に投げたはいいが、全く作業をこなせずいつものワガママだけが残った。
それが領民にも伝わったのだろう。
「屋敷は領民の手により崩壊。当主は領民によって監獄へと入れられ、他の貴族達からは呆れられているとか」
「あぁ、なるほど……」
まさか領民を抑えられないなんて。
グエル様も何もできなかったのだろうな。
「ネメスだったか? どうやら彼女は監獄内でも高級料理を求めているらしい」
「ふふっ」
だけど
「確かに面白い話ですね」
「だろう?」
談笑の話題にはちょうどいい。
「そうだ……これ」
「母の、オルゴール……!!」
「帝国で一番の技師に頼んだ……そうしたらお安い御用だと」
「ありがとう、ございます……!!」
もう直らないかと思っていた。
バラバラに砕けていた、オルゴールが綺麗に修復されている。
私は早速、オルゴールの音色を聞いた。
……変わらない。
母の大好きな歌だ。
「いい音色だね……」
「はい……これと、アーク様の存在が私の支えでした」
私は引き出しから一つの物を取り出した。
それはアーク様から頂いた、薔薇の刺繍が施された白いハンカチ。
「それは……」
「初めてのプレゼント……今でも大切に保管しています」
「ありがとう……」
今となってはいい思い出。
汚したくなくて、ハンカチとしては使ってはいないけど大事な物。
私にとって思い出の品だ。
「カチュア……今やりたい事はあるかい?」
「やりたい事、ですか?」
んー、と考える。
そしてふと頭に思い浮かぶ。
かつて崖際でしてくれた、アーク様の行動を。
「優しく、抱きしめてほしいです……」
「いいよ……」
アーク様の胸元に飛び込み、全身で抱きしめられる。
温かい……私より一回りも大きい身体と彼の優しさに触れ、心が安らいでいく。
「これからは色んな幸せを知っていこう……カチュア」
「ありがとうございます……アーク様」
この幸せが永遠に続きますように。