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中編


「キミは普段から、屋敷で仕事をしているのかい?」

「えぇ、おかげで手にたこがたくさん付いてしまいました」

「頑張りの証だよ。凄い事だ……」


 貴族の社交界。

 彼は話していて落ち着く。侯爵家の人間なので多少は気を使うが、それでも周りの貴族たちに比べればだいぶ話しやすい。


「グエル様は何かされているのですか?」

「ん? 俺は特に何もしてないよ? 母と兄上の言う事さえ聞いてればいいからね」

「そうなんですね」


 愛想笑いで返す。

 彼は常に周りに合わせ、周りの言う事を聞いて暮らしている。

 今回の婚約関係も母上からの仕向けだったらしい。

 何も考えなくていいと言うのは、私からしたら羨ましい立場だ。

 

「ネメスさん、よければボクと……」

「いえ、今度はわたくしと……」

「あら、私は一人しかいませんのよ……皆さんとお話しできるまで帰らないので、ゆっくりしましょう」


 会場の中心では、ネメスを求める貴族達で集まっていた。

 ネメスは華があり、容姿も整っている。ドレスやアクセサリーも常に一級品で、見るものをとりこにした。貴族達からは憧れの存在として敬われていた。


 ……それら全てが、私の苦労と領民の限られた税金で賄われている事を誰も知らないが。


「そういえば、今日はお姉さんも来ているのでは?」

「えぇ、今日は婚約者と一緒に。でも止めた方がいいですわ。お姉様は堅物でみすぼらしいですから、せっかくのパーティを台無しにしてしまいます」

「それはいけないですわね」

「あぁ、妹がこんなにも社交性のある素晴らしいお方だというのに」

「全く、つまらないお姉様ですわ」


 私は周りの貴族達から嫌われている。

 いや、嫌われるようにネメスが仕向けたのだ。

 表に出ず、政策も現状維持ばかりで、領内の改革をいちじるしく遅らせている無能な人物だと。

 あなたが税金を無駄遣いしなければ、もう少しマシな政策が出来たのに。

 なんて、私はいつも思う。


「ねぇ、グエル様。よければ私ともお話しませんか?」

「いや、今は……」

「お姉様より私と話した方が楽しいですわよ? 少しだけ、なので」

「……わかった」


 彼も彼だ。流されやすい性格なのは知っていたがここまでとは。

 貴族はみんなネメスが大好き。私の事は大っ嫌い。

 そうなるのが運命とでもいうべきか、私にもわからない。


「頭痛い……」

 

 嫌な気分になっちゃった。帰ったらオルゴールを聞いて早く寝よう。 

 近日中に帝国へ訪問する為の準備をしなきゃだし。



「帝国に来るなんて久しぶりですわ!!」

「はしゃぎすぎないで。一応敵対関係なのだから」


 言っても無駄だとは思うけど。

 今日はサベージ帝国の城に来ていた。

 一伯爵であるローエン家が敵国の王族と話すなんて異例だが、これも母が成し遂げた事。

 今日はお茶会という名目で、帝国から呼び出されたのだ。勿論、真の目的はウチをサベージ帝国に明け渡さないか、という交渉だが。


「ん?」


 ふと、庭で本を読んでいる銀髪の男性を見つけた。身なり等から、かなり位の高い人物だというのが分かる。

 あれ? 確かどこかで見た事が……

 

「おっといけない……早く行かなきゃ」


 私とした事が彼に見とれてしまった。

 こんなみすぼらしい私なんて見向きもしないだろうに。なんて考えながら、足早に城内へと入って行った。



「はぁ、疲れた……」


 長い会議を終え、客室で一息付く。

 断るのも苦労する。

 条件は確かに良かったが、今ここで承諾してしまうと王国側からの脅威に怯えてしまう。

 サベージ帝国に入ってしまえば、周りは全て敵になる。

 そうなれば、争いは避けられないだろう。


「何これ……」

「えと、どうかされましたか?」


 私が頭を抱えているそばで、不機嫌そうな声を出すネメス。

 その様子に、帝国の侍女も怯えているようだ。


「帝国はこんな安い茶葉で客をもてなそうと言うのかしら?」

「も、申し訳ございません!! す、すぐにお取替えを……」

「帝国の程度が知れるわねっ!!」

「!?」


 すると突然、侍女を蹴り飛ばした。


「ネメス!! 落ち着きなさい!!」

「うるさい!! こんなマズい紅茶、飲める訳ありませんわ!!」

「あぁ、もう……庭の方に貴族達が集まっているから、気晴らしに行ったら?」

「え? ほんと!! 行く行くー!!」


 大好きな貴族達がいるとわかった途端、ネメスは足早に客室を後にした。

 さっきネメスがやった事は相当まずい事だ。

 身分の低い者が相手とは言え、帝国側の人間に無礼な行為を働いた。

 これが王族なんかに知られたらどうなるか。間違いなく関係は悪化し、取り返しのつかない事態が起きてしまう。

 

「ごめんなさい……妹が無礼を働いて」

「いえ、お気になさらず……」

「私ならいくら恨んでもいいから……これで無かった事にしてほしいの」


 そう言い、私は侍女のポケットに金貨を一枚入れた。


「!? こ、こんなの頂けません!!」

「受け取って。こんなの最低だって分かってるけど……今揉め事が起きるのは困るから」

「わ、わかりました……」

「本当にごめんなさい。あなたに辛い思いをさせてしまって」


 こんな所で争いの火種を作りたくない。

 今までやってきた事が台無しになるから。

 お母様が築いてきたものを私は守る為に。


 侍女が去った後、私は再び考え込んだ。

 妹は本当に手がかかる。

 だけど貴族社会において好かれやすい妹の存在は大きい。

 一体どうすれば……


 コンコンコン


「? はい?」

「失礼する」

「え……」


 ノックの後、容姿の整った男性が客室に入ってきた。

 さっき庭で本を読んでいた人だ。

 一体何故こんな所に?


「さっきボクの事を見ていたから……気になった」

「え、あぁ……すみません」

「? 何を謝る必要が?」

「いえ、そのっ」

「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったな。初めまして、ボクはアーク。サベージ帝国の第二皇子だ」

「皇……!?」


 思い出した!! 帝国に来た際何度かお見かけした事がある。ここの皇子だったのか……とんでもない人が現れちゃったな。


「キミは?」

「ええと、フィオーレ伯爵家当主のカチュアでございます」

「あぁ、あの国境にある……大変そうだ」

「いいえ、もう慣れております。」


 皇子との面会なんて完全に予想外だ。絶対、粗相のないようにしないと。

 疲れきった頭を再び集中させ、当たり障りのない会話でどうにか機嫌を損ねないように……


「気を使わなくてもいい」

「え?」

「ここではただのアークとして話して欲しいんだ。難しいと思うけど」

「えと、わかりました……」

「ありがとう」


 なんだろう。意外と親しみやすい人だ。

 余り表情の変わらない方だが、言動はとても優しい。

 第一皇子は功績に拘る典型的な貴族だったが、彼からはそのような野心を感じない。

 

「あ、妹を呼ばないと……」

「いや、その必要はない」

「え?」

「今日は君と話したいのと、あの子は正直俺とは合わない」

「……ふふっ」

「? どうして笑う?」

「あ、いえ……私もなので」

「そうだったのか。気が合うな」

「はい」


 それから私達はお互いについて話し合った。

 アーク様は色んな事を考えている方だった。

 兄である第一皇子を見て、自分では違う方面から国を発展させられるのではないかと。


「ボクは実力以外の強さを帝国は持つべきだと思っている。それこそ武器や道具といった生産技術を」

「あ、わかります。実力主義とはいえ、支える人を少し軽く見ている気がして」

「カチュアもそう思っていたのか」


 グエル様と違って、自分で何かを変えようとしている素晴らしい方だ。


「ふふっ」

「? 何かおかしい事でも?」

「いえ、楽しくて」

「そうか、それならよかった」


 何より話していて落ち着く。

 初めはぎこちなかったのに、気づけば自然と笑顔が出ていた。


「おっと、もうこんな時間か……早いね」

「私も帰る時間です……」

「もっと話していたかったよ」

「はい……」


 久しぶりに楽しい時間を過ごせた気がする。

 いつも国や貴族達とのやり取りや、妹の行動に対するストレスでずっと気を張っていたから。

 ……私ももう少し話したかった。


「これを」

「え……綺麗」

「こんなものしかなくてすまない。だけど、楽しい時間をくれたキミに何かプレゼントをしたかった」


 アーク様に手渡されたのは、薔薇の刺繍ししゅうが施された白いハンカチ。

 触っただけでわかる、上質な布で出来た代物だ。

 

「いえ、私の方こそありがとうございます……久しぶりに楽しい時間が過ごせました」

「そうか、ならよかった」


 ほっ、と安心したような表情を浮かべる。

 本当に美しい顔立ち。もし私の立場が帝国側にあり、グエルと婚姻していなければ間違いなく彼を求めていただろう。


「手紙でもいいからやりとりしよう。もし、キミに何かあれば俺が直接行く」

「え、そこまで……」

「とてもいい出会いをしたんだ。俺はまたキミと話したい」 


 だが、それはたらればの話。

 今は王国側の人間で、グエル様と婚約関係を結んでしまったから。

 

 でも、帝国側の皇子と仲を深めることが出来たのはとても嬉しい。

 彼はオルゴール以外で私の嫌な気持ちを取り除いてくれた。


 とてもいい出会いをした。

 本当に彼の言うとおりだ。

 また、出会う時があれば……その時はもっと色んな話をしよう。


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