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前編

「ふふ、いいネックレスじゃないの。お姉様にはアレだけど、私には似合いそうね♡」

「……」


 書斎しょさいでの作業中、机の上に置いていたネックレスを妹、ネメスが手に取る。

 あれは伯爵家からの贈り物。お近づきの印、なんてお菓子と共に送られたけど下心が丸出し。

 いつかは伯爵家である私達ローエン家をモノにする。私の周りにいる貴族たちはそんな人達ばかり。

 ネックレスを嬉しそうに付けるネメスには分からないだろうけど。


「お母様……」


 母が生きていたら、私はもう少し楽になれたのだろうか。

 私……カチュアはふと、母との最後の思い出を振り返った。

  


「お母様、大丈夫ですか? もう休んだ方が……」

「いいのよ、カチュア。まだまだいっぱい話したいから」

 

 寝室のベッドで弱り切った様子で横たわる、一人の女性。


 スフィア・ローエン。

 ローエン家の当主であり、心から尊敬している大好きな母だ。

 ローエン家は代々女性が当主を務めることが伝統となっており、母もその一人だった。

 

「世間はどうなっているのかしら……最近余り顔を出せていないから不安だわ」

「以前と変わりありませんよ。今はゆっくり休んで大丈夫です」

「そう? ありがとうね」


 母は素晴らしい人だ。

 非常に危うい立場にいるローエン家を支え続けている。

 ローエン家が統括しているフィオーレは立地が良すぎる場所だ。

 フィオーレが所属するギュルス王国は敵国であるサベージ帝国の侵略を常に警戒している。

 そしてここ、フィオーレがある場所はギュルス王国とサベージ帝国のちょうど国境。


 だから双方、フィオーレの存在が重要なのだ。

 王国側の伯爵は地位向上の為にフィオーレをモノにしようとしているし、帝国は国境を広げる為にここを狙っている。

 もしも、フィオーレに何かあれば戦争が起きてしまう。


 母はそんな事を望んではいなかった。

 だから母は王国と帝国、双方に交渉を行い何も起きない平和を作り出した。

 特に敵国である筈のサベージ帝国と、ある程度良好な関係を築いたのは流石としか言えない。


「カチュア……大好きよ」

「急にどうしたんですか、お母様」

「いえ、いつも真面目で一生懸命なあなたが、愛おしいなぁって」

「ありがとうございます」

「でも頑張りすぎないでね? じゃないと私みたいになっちゃう」

「ふふ、肝に銘じておきます」


 だけど、母は頑張りすぎて倒れてしまった。

 双方の国への直接交渉や事務作業、おまけにフィオーレという土地の管理まで。

 

 医者からはもう長くないと言われている。

 こうして話せるのも後、何回だろう。


「ねぇ、カチュア……私、本当はね……」


……

………


「お姉様?」

「っ……何?」


 現実に引き戻される。

 あぁ。大好きな人は記憶の中にしかいないのに、どうして現実には苦手な人しかいないのだろうか。


「ほんと、いつもつまんなそうな顔ですわね」

「元からよ、仕方ないでしょ」

「はぁ、そういう態度も気に入らないんですのよっ!!」

「っ」


 振りかぶった平手が私の頬を直撃する。

 頬がじんわりと熱くなり、やがて痛みへと変わっていく。


 ネメスはワガママで自分勝手だ。


 指摘されたり縛られるのが嫌いで、自由に楽しい事をするのが大好きな、手のかかる妹。

 フィオーレの税金を利用して、高いドレスやアクセサリーを買うのはまだ序の口。

 堅苦しい交渉や統治を私に放り投げ、自分はパーティやお茶会に頻繁ひんぱんに参加しては、私を無能と貶め、自分がいかに有能であるかという武勇伝ぶゆうでんを語り出す。

 それでも貴族達には顔が広く好かれている為、下手にネメスを追いやる事も出来ない。

 ネメスを敵にすれば私の立場のほうが危うくなる。


 だから、めんどくさい。


「あ、その指輪も綺麗ですわね。貰っちゃお」

「それ、リィン伯爵家から私へのプレゼントなんだけど……」

「えー? 似合いもしないのに指輪に執着されるのですねー? 綺麗な指輪は綺麗な私が付ける方が相応しいでしょう? ねぇ?」

「もういい……あげる」

「わーい」

 

 割と気に入ってたのに、その指輪。

 だけど強く言うと、ウソ泣き等で父親や侍女に助けを求めるから諦めた。

 ただでさえ、この家での私の立場は悪いのだから。

 

 妹は私の事が大嫌いだ。

 

 真面目な私と自由奔放な妹との相性は最悪で、いつも私を虐めてくる。

 まぁ、他の貴族を虐めないだけマシだと思う。私だけなら、貴族同士の関係になんら支障はないし。


 けど……辛いものは辛い。


「……」

「……つまんないお姉様」


 不機嫌そうな顔でネメスは部屋を出ていく。

 ローエン家は二人で統治している、というのは建前。

 めんどくさい事は全部私がやっているし、妹は社交界やパーティー等楽しい事だけをしている。

 

「……」


 引き出しの中から小さなオルゴールを取り出す。

 これは母の形見だ。

 母が大好きだった歌が、メロディーとしてこのオルゴールに入っている。


「……落ち着く」


 心地いいオルゴールの音色

 母の大好きだった歌がこのオルゴールを通じて蘇っていく。

 私は辛い時、いつもこのオルゴールを聞いている。なんだか母親がこのオルゴールの中にいるようで。この音色を聞くと、嫌な気持ちがスっと消えていく。

 私の唯一の癒しだ。


「私、頑張るから……」


 私はローエン家を守る。 

 大好きな母がそうしていたから。

 これが私のやりたい事……なんだと思う。

 けど、現実は甘くないのだ。


 ローエン家の立場、妹の問題行動。

 私を苦しめるもので、この世は溢れていた。



「いいか、侯爵家との縁談だなんて滅多にない好機だ。粗相をするなよ」

「わかっています、お父様」


 今日はキュリオス侯爵家の次男、グエル様との縁談。

 侯爵家との縁談は今までもあったが、ローエン家を支配しようとの裏のありそうな者達ばかりであった為、丁重にお断りしてきた。


「ネメスは?」

「あいつは侯爵家の人間と話に行ったよ。きっと交流を深めてくるだろう。流石は我が娘」

「……そうね」

「だが俺は不安だよ。可愛げのないお前をグエル様が気に入るかどうか」

「多分、大丈夫だと思います」


 今回の相手であるグエル様というのは非常に流されやすい人物らしい。

 強気な母親に言われるがまま育ち、現当主である長男からいいようにこき使われているという。

 これなら侯爵家という後ろ盾を利用し、今まで通り私が前に立って動くことが出来る。

 つまり政略結婚、という奴だ。


「そういえば、またネメスをいじめたらしいな」

「……どういうことですか?」

「とぼけるな!! ネメスが言っていたぞ。プレゼントである指輪を自分の物にしようとしたらしいじゃないか!! このおろか者が!!」

「申し訳、ございません……」


 だから、あれは私へのプレゼントなのに。

 ふざけるな、といらだつ気持ちを抑える。 

 きっと父に嘘を吹き込んだに違いない。

 

 父も私の事が嫌いだ。

 あざとく甘えてくる妹を溺愛し、そうではない私に厳しく接する。


 男なんて本当に単純。

 身内であろうと優しくしてくれる女性を甘やかし、都合のいいように利用される。


「おっと、ただでさえ可愛げのない表情が台無しだ。行け」

「わかりました……」


 父はローエン家の伝統で当主になれない。

 早くにして母を亡くしてしまった事で、貴族社会に取り残されないかと心配している。

 自分の立場の心配しかしていないのだ。

 でもローエン家全員が独身というのは、立場上よろしくない。

 

 早く終わらせよう。出来る限りの笑顔で相手に媚び、こちらの都合をさりげなく押しつける。

 ローエン家が生き残る為なら、私はなんだってする。



「ありがとうございます、キミのような素敵な女性と出会えて嬉しいよ」

「いえ、私もグエル様と出会えて光栄です」


 目の前の男性に精一杯の笑顔を向ける。

 彼がグエル。キュリオス家の次男だ。


「意外とスマートな方なのね……素敵です」

「はは、俺はいつも母や兄上からこき使われてるからね……付くものも付かない」


 苦笑いしながら、うつむく。

 頼りなさそうな雰囲気だ。彼が長男だったとしてもキュリオス家を統治出来る気がしない。

 だけど、私にとっては好都合だ。


「これからお互いの仲を深めていきたいです……よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」



「はぁ……久しぶりのドレスは疲れる」


 グエル様との婚約関係は結べた。

 これで侯爵家の後ろ盾を手に入れ、フィオーレが少しだけ安定するかもしれない。


 正直、グエル様への感想だが好きでも嫌いでもない。だけど男女の深い関係というのは案外あっさりしたものかもしれない。普段はあんな妹や父親を相手にしているからか、不快にならないだけでそれなりに高評価だった。


 だけど、ドレスは疲れる。重くて動きにくくて最悪。それを補うほどの可愛さがドレスの魅力ではあるけど、肝心の可愛いドレスは全部妹に奪われたし。

 

「あ、お姉様!! 何をしていましたの?」


 と、ちょうどネメスが帰ってきたようだ。


「グエル様との婚約の相談よ」

「えー!! なんで教えなかったのですか!!」

「何でって……言う暇がなかったの」

「なんですって!! お互いの家が絡む重要な縁談ですわよ!! それなのに私を除け者にするなんて……!!」


 出た、そういう時だけ真面目っぽい事を言うやつ。

 ネメスに言わなかったのは、ネメスを私よりも上の立場にしたくなかったからだ。

 今のローエン家は私と妹が”一応”対等な立場である。

 それが侯爵家と結婚することになれば?

 

 婚約関係を結んだ方は侯爵家の人間という後ろ盾ができ、発言力もある程度強くなる。

 もしもネメスと侯爵家が結ばれてしまったら……フィオーレを好き放題にさせてしまう。

 私が調整役として動いているのに、ネメスが強くなってしまえばフィオーレは本当に終わる。

 だから言いたくなかった。気づかれる前にさっさと縁談を済ませる為にも。


「ねぇー!! お父様ー!!」

「おぉ、ネメスよ!! どうしたのだ!!」

「お姉様が私を除け者にしたのー!! 大事な縁談の話を伝えなかったのよ!!」

「なんだと!? そんな大事な話を何故ネメスに言わなかったのだ!!」

「申し訳ございません……私の落ち度です」


 こうなる事は分かっていた。

 だが妹と父親が怒ろうと、縁談は終わったもの。

 後は私が苦しめばいい、たったそれだけ。

 

 私が抱えれば、フィオーレは平和になる。

 戦争の起きないフィオーレを。

 母の願いが、私の支えだった。

 

 さて、次は社交界ね。

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