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素晴らしいと思えるような歴史

 引き続き光男さんが、少なからず興奮した口調で話す。


「僕たちが令和の時代に帰ったら、源氏物語の作者は紫式部さんなのだということが、世界中に知られているはずですよ」

「それはそれは、嬉しいこと!」


 大喜びする紫式部さん。

 しかしながら、オチャコが心配そうな表情で尋ねる。


「ねえ光男さん。あたしたちが、令和に帰れたらの話でしょ?」

「帰れると思う。いいや、必ず帰ろうよ!」

「うん、そうねえ!」


 突如、寝ていた少女が起き上がり、紫式部さんに問い掛ける。


「どうなさいました?」

「あら、目をお醒ましね。わたくしが七年前に、鬼婆の仕業で、遠い平成の御代へ流されたというお話をしましたでしょ。こちらのお二人もまた、似たような怪異に見舞われましたの」

「戻れなくって?」

「いいえ、令和の御代へ、きっと戻れますわ」

「令和の御代?」

「そうよ」

しゅを唱えましょうか?」


 この少女は、高名な陰陽師おんみょうじの孫だという。少しばかり心得があるので、せっかくだから試して貰う。


「流れ給え、令和の御代へ、戻り給え、令和の御代へ」


 少女が清い声で詠唱すると、オチャコたちの目の前が大きく歪む。

 紫式部さんは、「あなた方に、お手紙を書くわ!」と見送ってくれる。そんな彼女の姿が消えてゆく。


「はい、さようなら!」

「末永く、お健やかに!」


 ゆっくりと別れを告げる間もなく、気を失ってしまう。


 ★  ★   ★


 二人が意識を取り戻すと、並んで床の上に倒れていた。

 先に立ち上がったオチャコが、光男さんに手を貸す。ここは見覚えのある場所、間違いなく「Just☆HeyAn館」の建物内だった。

 光男さんが、早速スマホで現在時刻を確かめる。令和四年、十月一日(土曜)、午前十一時三十分。


「帰ってこられたのだよ、僕たち」

「うん、よかった!」


 スマホのニュースサイトには、「太平洋上にあった熱帯低気圧が、先ほど午前十一時に、台風17号(kulap(クラー))になりました」という情報が表示されている。


「今頃になって発生しているの??」

「数日間のズレが生じたらしい。台風の名称も違っているから、これもまた、歴史が変わった証拠の一つだよ」

「そういうことね。紫式部さんの方は、どうかしら?」


 オチャコは、急ぎガイドブックを調べる。

 源氏物語の作者は、()()()と書いてある。間違いなく、彼女の名が歴史に残ったということ。

 そればかりか、彼女の作品として、紫式部日記と紫式部集が加わっていて、「紫式部日記は《記録体》と《消息体》で構成されています」という解説が添えられている。


「そっかあ、()()()の形式にして、約束してくれた通り、あたしたちに手紙を書いてくれたのだわ!」

「きっと、そうだよ。僕たちだけでなく、後世の人々へ向けて、この広い世界のすべてに送られた、大切な手紙に違いない!」


 二人は胸を打たれた。オチャコが涙を流しながら言う。


「感動で震えたら、お腹が減ってしまったわ」

「僕もだよ。お昼ご飯に行こうか?」

「うん! あたし、タコスが食べたい!」

「そうしよう」


 光男さんがスマホを使って音声入力する。


「この近くに、おいしいタコスのお店はあるかな?」

》ミナミヘ、トホ、ヒャク、メートルノ、トコロニ、アルヨ《


 スマホが教えてくれた。画面には、お店の詳細な情報と、現在地からの経路が地図に表示されている。すぐ近くだから、迷う心配もなさそう。


「これから僕たちの世界では、どうせなら一つでも多く、素晴らしいと思えるような歴史を共有シェアしたいものだね」

「光男さんの言う通りだわ!」


 軽快な足取りで、メキシコ料理店「la paz(ラ・パス) mundial(・ムンディアル)」へ向かう。

 余談だけれど、台風17号は、太平洋上をそのまま東へ進むので、日本列島に大きな影響は出ない。光男さんの家では庭の木が折れずに済み、オチャコが自宅学習の課題に頭を悩ますこともなかった。これを二人が知るのは、あと少しばかり時を経てからのこと。

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