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教科書に載っていない紫式部

 オチャコたちの通された場所には、成人女性と少女が一人ずつ、横になって、眠りに就いている。


「その方々のことは気にせずともよいの。ささ、お座りになって」

「は、はい」

「こんな夜分遅くに、済みません」

「どうということないわ。退屈でしたもの」

「でも先ほどは、騒がしかったですよね?」

「そうなの、聞いてよ」


 女性は、中宮ちゅうぐうさまのお部屋に盗賊が押し入り、女房たちの着物を奪い取って逃げたことを、半分は神妙そうに、残り半分は楽しげな表情で、詳しく説明してくれるのだった。


「たぶん、さっきあたしと激突しそうになったのが真犯人だわ」

「まあ、そうなの?」

「はい。あたし、推理は得意です!」


 状況から判断して、そう考えるのが妥当だと言えよう。


「ところで、小母おばさんは誰ですか?」

「あら、お忘れ? あんなに親しく、お話をしたのに」

「えっ??」

藤原海鞘ふじわらのほやよ。今は紫式部むらさきしきぶという女房名で通っているけれど」


 オチャコにとっては、どちらとも知らない名前だった。


「やはり、お忘れのようね。七年ばかり昔で、あなたは八歳でしたもの」

「へ?」


 当時の記憶を辿っても、思い当たる節はない。親しく話した人なら、少しくらいは覚えていてもよさそうだけれど、オチャコは、幼い頃から誰とでも気さくに接する子だったから、本当に忘れているだけかもしれない。


「それはそうと、わたくしの名は、後世に残りましたか。清少納言せいしょうなごんさんに負けないくらい」

「えっ??」


 また驚いてしまうオチャコに代わって、光男さんが口を挟む。


「清少納言さんは知っています。枕草子まくらのそうしという随筆の作者ですよね」

「仰る通り。まぁ、そんなのどうでもよく、わたくしはどうかしら?」

「あの、失礼ですけれど、どういう業績を残されたのでしょうか」

「わたくしは、源氏物語げんじものがたりを書いたのだけれど、お知りでなくて?」

「それなら知っています。光源氏(ひかるげんじ)という男性が主役の恋愛小説ですね」

「ええ、わたくしの、優れた作品よ。おほほほ」


 紫式部を名乗った女性は、いわゆる「したり顔」をしてみせる。


「そうでしたか。僕たちの令和という時代でも、源氏物語は、世界的に有名な古典文学作品として存在しています。しかし残念ながら、作者不詳なのです」

「な、なんとまあ!?」


 愕然とする紫式部さん。

 オチャコも、源氏物語は枕草子と同じくらいに知っているし、教科書に、その作者名が「不明」というように書いてあったことも覚えている。

 光男さんが、手に持っている「Just☆(ぢゃすと・)HeyAn(へいあん)かん」のガイドブックを使って、説明を試みる。


「僕たちの時代では、源氏物語についての研究が長年続けられていますけれど、誰がどういう経緯で作ったのか、分かっていないのです。ここに書いてあるように、長保ちょうほう四年くらいから寛弘かんこう五年までの間に執筆されたと考えられています」

「そうそう。わたくしが六年を掛けて書き、三日前に完成したわ」

「だとすると、この時代は今、寛弘五年なのでしょうか?」

「ええ、その大晦日おおつごもりよ」


 ガイドブックの年表に、寛弘五年(西暦一〇〇八年)という表記がある。計算すると、千十四年前の大晦日おおみそかに、タイムスリップしてきたことになる。

 オチャコが、紫式部さんに問い掛ける。


「七年前に、あたしと会って話したことについて、教えて貰えますか?」

「いいわよ」


 紫式部さんが、とても嬉しそうに笑う。


「時は長保三年、十月朔日(ついたち)鬼婆おにばばの謀略で、わたくしは、酷い仕打ちを受けましたの。()()という御代みよへ流されました」

「えっ、平成ですって??」

「まさか、強制タイムスリップ!?」


 二人は、大きく驚かざるを得ない。紫式部さんの言う鬼婆は、自分たちをこの時代に飛ばした、あの悪い魔女と同一人物かもしれない。

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