台風一過で期待の一日デート
中型で強い勢力を持つ台風17号(tacos)が、暴風プラス大雨というダブルの猛威を振るって、本州を西から東へ横断し、昨晩の遅く、房総半島沖で温帯低気圧に変わった。緊迫した一夜が明け、迎えた十月の一日、関西と関東の両地域ともに、フルパワー全開モードで晴れ渡る。
今朝は外へ出ると、頬に冷気を感じた。高く青空が広がり、すっかり秋と呼ぶに値する景色は、気分も高めてくれる。
土曜で学校もお休みだから、オチャコ(本名「浅井茶子」、東京都港区在住、十五歳)は、いわゆる「遠距離恋愛」を続けているお相手、明智光男さんと、期待の一日デートを楽しむ予定にしている。
二人が落ち合う地点は、新横浜駅の構内。
滋賀県長浜市に住む光男さんは、米原駅から乗った「ひかり638号」で定刻通りの午前九時五十四分、新横浜駅で降車した。ゆっくり歩き、在来線に連絡する乗り換え口へ向かう。
一方のオチャコは、「横浜線」の下り電車でやってきた。ショルダーバッグを肩に掛け、六番ホームに降り立った。他の大勢に混じって、ぶつからないように気を配りながら、エスカレーターで二階コンコースに上がる。
北出入り口の脇に自動券売機があって、オチャコは、三分ばかり早く到着していた光男さんと、無事に合流を果たすことができた。
「おっはあ!」
「おはよう、茶子さん。元気そうだね?」
「うん! あたしはいつだって、フルパワー全開モードだもの」
「あはは、相変わらずだね。安心できたよ」
嬉しそうに笑う光男さん。
そんな眩しい顔を見つめながら、オチャコは、神妙な表情になって、気掛かりにしていた一件について尋ねる。
「ねえ光男さん、台風の被害はない?」
「僕の家は、庭の木が二本だけ折れてしまったけれど、誰も怪我はなかったし、不幸中の幸いと思えるよ。犠牲になった二本は可哀想だけれどね。それで茶子さんの方は、どんな具合だったかな」
「あたしのところも、最小限で済んだわ。昨日は休校になって、自宅学習の課題が沢山出たのよ。それが唯一の被害だわ」
「台風そのものによる被害というより、二次災害だろうか」
「その通りね。うふふ」
二人が笑みを溢しながら手を繋ぎ、市営地下鉄のホームへ向かう。
およそ十五分、デートの舞台となる「Just☆HeyAn館」に到着した。ここは、名前の示す通り、平安時代に限定した歴史博物館という形の企画で、今年の四月に営業を開始した。
係員の老婆にスマホの画面を提示して、オンライン決済で入場料を支払う。
老婆が「記念撮影」を提案するので、せっかくだから、光男さんのスマホを使って、三人で一緒に写真を撮る。
ガイドブックを貰い、ようやく「羅生門」を潜る。赤い柱が、なかなかにオシャレな雰囲気を醸し出した入場門で、通常は、ここから二度と外へ出られない。なぜなら、退場するには、緊急時を除き、別に用意された門を通るように決められているから。
兎も角、オチャコたちは「Just☆HeyAn館」の建物に入った。
館内は、平安京の一部分をイメージした街並みが、実際より小さいスケールで再現されている。ガイドブックを見て、取りあえず「内裏」へ行くことにした。
横幅が五メートルくらいの「朱雀大路」を北に向かって歩く。この先、とんでもないハプニングに見舞われてしまうことなど、二人が知る由もない。