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スリィ×プラネット~幼馴染のためなら俺は宇宙すら翔ける~  作者: 犬鴨
第一部 カレッジ・シチヨウ
9/41

あの日の出来事③

 ドボン! 

 

 大きなものが海に落ちる、そんな無慈悲な音が、カケルの耳に響き渡った。


「アリアーーーっ!! 嘘だろ、そんな……サイトは!?」


 カケルは、フェンスがあった場所から、顔を覗かせると、海を見渡した。しかし、海面に広がっているのは、円形状に広がった大きな波紋だけだ。

 すぐにカケルは、アリアの隣に居たであろう、サイトの姿を探し始めた。しかし、周りの足場には、カケル以外、誰の姿も見当たらない。


「……ぶはッ!!」

「サイト!? サイトーーーっ!!」


 すると、海の中から勢いよく顔が飛び出した。サイトだ。

 サイトは何とか肺に酸素を送ろうと、荒い呼吸を繰り返していた。そして、バシャバシャと大きな水飛沫を上げながら、体が沈んでしまわないよう、必死にもがいている。


「ぅぐっ、……カっ……!」


 サイトの視線は、カケルの姿を捉えているが、声がうまく出せない。口を開けば、たくさんの海水が、否応なしに入ってきてしまうのだ。


「喋らなくていい! 待ってろ!! すぐに助けてやるからっ!!」


 サイトの耳に届くよう、カケルは声を張り上げる。心の片隅には、未だ姿の見えないアリアの心配もあるが、悠長なことはしていられない。

 カケルは、一度海面から視線を離すと、この状況を解決できる物はないかと、辺りを見渡した。


「くそッ! なんで何もないんだよっ! ふざけんなッ!!」


 しかし、見渡す限り、カケルの目に飛び込んでくるのは無機質な鉄骨ばかり。この状況を打破する物が、全く見当たらない。

 いくら文明が進歩しようとも、予算が無限にあるわけではない。人がほとんど訪れないこの場所に、救命具が潤沢に用意されている望みは薄かった。


「あれは……浮輪か! サイト、ちょっと待ってろ!!」


 すると、フェンスに取り付けられた浮輪が、目に飛び込んできた。カケルは迷わず、浮輪に向かって全力疾走する。

 道中、先ほどの大人たちが居ないか、付近の確認も怠らなかった。しかし、姿がないことや、最後の会話内容からも、彼らは地上に戻った可能性が高かった。


「サイト! 今から浮輪を落とすから、これに捕まるんだ!!」


 子供の体には一回り以上も大きい、白い救命浮輪。カケルは難無くそれを持ち上げると、海の中に投げ入れた。

 直撃しない、かつ可能な限りサイトの近くへ。コントロール加減が必要だったが、カケルが投げた浮輪は、この上ないといえる位置に着水した。


「はぁっ、はぁっ……! げほッ! ごほっ!」


 サイトは浮輪にしがみ付くと、先ほどよりも海面から高く顔を出した。幾らか海水を飲んでしまったのか、とても苦しそうにむせ込んでいる。

 その様子を見て、カケルは安堵から顔をくしゃりと歪ませた。しかし、安心するのはまだ早い。アリアの姿が、未だ何処にも見当たらない。


「サイト! アリアが、アリアが海面に上がってこないんだ!! 今から俺も――」

「…………ぷはっ!!」


 カケルが海に飛び込もうとした矢先――。

 足場の真下辺りで、酸素を求める、大きな息遣いが響き渡った。

 かなり深くまで沈んでいたのか、ようやくアリアが、その顔を海面に出した。体温が低下しているのか、色白の肌は、いつにも増して血色が悪い。

 そんなアリアの姿を見て、カケルは悔しそうに、ぐっと歯を食いしばった。

 時間が経ち、カケルは既に理解していた。あの時、カケルだけが落下を免れたのは、寸前で、アリアがカケルを突き飛ばしたお陰だ。


「待ってろ、アリア……! 今、俺が引き上げてやる」


 カケルは、足場にうつ伏せになると、フェンスから上半身を大きく乗り出した。

 今、カケルの体重を支えているのは、隣のフェンスに残っているパイプ部分。外れた箇所とは異なり、もう片方のフランジは正常に固定されていることは確認済みだ。しかし、片方の支えは無くなっているため、不安定にも体重をかけた側に傾いている。


「ぐっ……。あと、もう少し……」


 自身の身が危険にさられようとも、カケルは気にしなかった。出来る限り海面、そしてアリアの近くへ。腕の皮膚が嫌な音を鳴らそうとも、カケルはその右腕を精一杯伸ばした。

 カケルとアリアの視線が交差する。アリアもカケルに応えようと、何とか海面から腕を上げようとした。しかし――。


『……駄目だっ! カケル!!』


 絞り出されたサイトの怒号が、辺りに一帯に響き渡る。

 その声に、カケルはまるで現実に戻されたかのよう、はっとした顔を上げた。サイトが何を伝えたいのか、カケルは瞬時に理解したのだ。


「ごめん。ごめんなっ、アリアっ……」


 カケルは消え入りそうな声で謝罪を告げると、その顔を辛そうに歪めた。そして、伸ばしていた手を、ゆっくりと引き上げる。

 苦悶の表情を浮かべるアリアが、カケルの目に映る。それを見ていることに耐えきれなくなったカケルは、咄嗟に顔を俯かせた。

 唯一、無事であるカケルが、万が一海に落ちてしまえば、この場に居る全員が助からない。気が動転するあまり、そんな単純なことにすら、カケルは気付けなくなっていた。

 その間にも、何とか泳いで移動したのか、アリアのすぐ後ろにはサイトが近付いてきていた。サイトはすぐにアリアの手を取ると、そのまま浮輪へと誘導をする。


「約束する。必ず助けを呼んで、戻ってくるから」


 そのカケルの言葉に、声は返せずとも、サイトは力強く頷いた。

 カケルは目に浮かぶ涙を拭い去ると、2人に背を向けて走り出した。




 エレベーターが動きだした後、カケルは己の拳を力の限り壁にぶつけた。


「俺じゃなくて、サイトだったら! もっと上手くやれてるのに!!」


 カケルの悲痛な叫び声が、エレベーターに響き渡る。

 先ほどの判断ミス。あの時、サイトが止めてくれなければ、取り返しのつかない状況になっていたかもしれない。

 いくら過去を後悔しようとも、状況は変わらない。なのに、そう考えずにはいられない程、カケルの心に余裕は残されていなかった。


「早く……、急いでくれっ。頼むからっ!」


 来る時は一瞬。しかし、今はそれが数倍にも感じられる。

 やっとの思いで開いたドア。そのドアが開ききる前に、カケルは外に飛び出していた。

 必死に階段を駆け上がる。前のめりになりすぎるが故に、何度も足をぶつけた。何度も転びそうになった。しかし、カケルが速度を緩めることは、決してはなかった。


「ハっ……、はぁっ……。もうすぐ、あと少し!」


 行きは30分ほど掛けた道のり。しかし、どれだけ焦ろうとも、物理的な距離が短くなることは無い。

 カケルに与えられた選択肢は2つ。地下に残り、先ほどの作業員や救出手段を探す、もしくは、地上に戻って助けを呼ぶか。考える猶予すらなかったが、カケルは即座に後者を選んだ。

 この選択が、正しいかどうかはわからない。しかし、今はただ信じて突き進むしかなかった。




 そして、カケルはついに地上へと飛び出した。

 カケルが2人の元を離れてから、既に20分程が経過している。


『誰かぁぁーーーーー!!!』


 カケルはその場で、出せる限りの叫び声を上げた。

 カケルの叫び声は、頭上の高架橋に跳ね返り、辺りに一帯に響き渡る。しかし、反応が返ってくることはなかった。


『誰か!! お願いだからっ……! 友達が、死にそうなんだっ……。誰かぁぁぁーー!!』


 カケルは叫びながら辺りを見渡す。

 元々、人通りが少ないからこの場所を選んだ。だからこそ、辺りに通行人も居なければ、人影1つ見当たらなかった。


「なんで……なんで誰も居ないんだよッ!! クソっ、何処へ向かう!?」


 カケルは必死に考えた。ここから人通りのある住居区までは、距離がある。

 その間、果たしてサイトとアリアが持つのか。しかし、確実に人を見つけるには、選択肢はそれしかない。


「そうだ。あの点検をしていた人たち……どっちに行った!?」


 カケルが思い出したのは、行きがけに鉢合わせした、高架橋を点検していた作業員たち。彼らであれば、今もこの付近で作業をしている可能性が高い。

 カケルは目を凝らした。すると、遠目ではあるが、彼らが使用していた昇降機の一部が、目に飛び込んできた。最初に居た場所から遠ざかってはいたが、走れば辿り着ける距離だ。

 すぐさま、カケルは脳内で最短ルートを導き出すと、作業員たちの元へと駆けだした。




 いくつかの交差点を越えたところで、ようやくカケルは、点検作業を続けている彼らの元へと辿り着いた。


『ねぇっ!! お願い、助けてっ! 友達が、死にかけているんだ!!』


 真っ先にカケルが向かうのは、地上で指示を出している人物――アリアが「人」だと推測していた相手だ。


「子供……? 何かあったのか?」


 カケルの叫び声を聞いて、地上に居た男が振り返る。息も絶え絶えのカケルに、只事ではないと察知したのか、男はすぐに駆け寄ってきた。

 昇降機に乗る作業者たちも、異変を察知したのか、その手を止めている。しかし、何も言わなければ、じっとしていて動かない。どうやらアリアの見立て通り、人が1人、そして、残りの2体はヒューマノイドのようだ。


「友達が、地下で溺れていてっ! 過って海に……だから――!」


 カケルは身振り手振りをしながら、事情を説明し始めた。今すぐ目の前の大きな手を引っ張り、無理矢理にでも引きずっていきたい。しかし、状況が特殊な上に、実際の光景を見せることも叶わない。

 にわかには信じがたい話だからこそ、カケルは丁寧に説明することに専念した。




「……なるほど。君の話は理解した」


 カケルの話を聞き終えた男は、落ち着いた口調で話始めた。年齢は50くらいだろうか。ヘルメットの隙間から覗かせた黒い瞳は、真っすぐカケルに向けらている。

 カケルは男の出方を慎重に伺った。男の感情が読めない。この状況にも関わらず、妙に落ち着いたその様子に、カケルは怪訝そうに顔を歪めた。


「信じて、くれますか?」


 カケルは半信半疑で問いかける。そして、男からは見えない位置で、拳を力いっぱい握りしめた。

 仮にこの話が、カケルのいたずらだと判断された場合、すぐに他の人を探しに行かなければならない。


「お前たち、今すぐ降りて来なさい。そして私の元に」


 すると、男は昇降機の上にいる、ヒューマノイドに指示を出した。

 カケルは、さらに警戒心を強めた。万が一に備え、いつでも逃げ出すことができるように。


「お前は今すぐ関係各所への通報を頼む。そうだな、子供が溺れていること。警察と救急車、両方が必要なことも的確に」

「かしこまりました」


 男の指示は実に的確だった。ヒューマノイド1体の通信機能を使い、通報を行う。そして、行動指示を点検作業から、自身への追尾へと切り替えていた。

 ヒューマノイドの茶色の瞳が、明るく点滅している。外部に通信が行われているサインだ。そして、丁寧にもスピーカーはオンにされているのか、その通話内容は、この場にいる誰もが聞き取ることができた。


「俺を、信じて……?」


 カケルは目の前で行われる一部始終を、ただ呆然と眺めていた。

 そして、通報が無事に受理された瞬間、ついに全身の力が抜けたのか、カケルはその場に膝から崩れ落ちてしまう。


「これで、助けが……う…………うあぁっ!」


 カケルの手元には、ポツポツと斑点状の染みが作られていく。それは、カケルの目から零れ落ちた涙だった。

 ようやく手にした1つの希望に、カケルの張り詰めていた緊張は、ここにきてようやく限界がきたのだ。


「私にも息子が2人居てね。本当によく頑張った。さぁ、まだ正念場だ。すぐに現場に案内してくれるかな?」


 男の大きな手が、カケルの頭を優しく撫でる。

 泣いているこのタイミングでのそれは、全くの逆効果だ。しかし、カケルは不思議にも嫌な気が一切しなかった。

 カケルは腕で涙を拭うと、再び強い意志が宿った瞳を男へと向ける。そして、この場に居る男、そして、2体のヒューマノイドを連れて、再びあの最下層へと走り出した。



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