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スリィ×プラネット~幼馴染のためなら俺は宇宙すら翔ける~  作者: 犬鴨
第一部 カレッジ・シチヨウ
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あの日の出来事①

 今から約10年前、それはカケルが12歳の頃の話である――。

 12歳といえば、ちょうど小学校6年生だ。周りの目が気になる思春期真っ盛り。しかし、カケルは変わらず、幼馴染であるサイト、そしてアリアと一緒に遊んでいた。

 3人で集まるとすれば、サイトの家や近所の公園が多かった。遊びの内容は、読む本についてや、新しい知識に関しての議論。本当に小学生か? と突っ込みたくなるような内容だが、これが3人の「普通」だった。

 たまにカケルが体を動かしたくて、我慢が出来なくなった時は、無理矢理サイトを引きずり込む。そんなことの繰り返しだった。


 いつもと変わらない、平凡な日々。

 あの日もそうだと、誰もが思っていた。しかし――。

 きっかけは、アリアがふと零した一言が始まりだった。


「海、見てみたいな」


 前から後ろまで綺麗に切り揃えられた、丸みを帯びたストレートボブ。金色の絹糸のようなブロンドヘアーを風になびかせながら、アリアは呟いた。

 発言した本人も無意識だったのか、しばらく経った後、はっとした表情で口を抑えている。


「海かぁ。俺も本物は見たことない。というか、アリアもないの? 見たことあると思ってた」


 カケルの問いかけに、アリアが首を横に振る。

 社長令嬢であるアリアなら、旅行などの機会で見ているのでは? と、カケルは思ったのだが、どうやら無いようだ。

 アリアにしては、珍しく自分の意見を言ったよな……。

 カケルはそんなことを思いながら、何事も無かったかのよう、本に視線を戻しているアリアを見つめていた。

 アリアは普段から大人しい。年の割に物分かりも良く、いつもカケルたちに合わせてくれる。

 しかし、それにはアリアの育った環境が影響していると、カケルは考えていた。

 それは、父親であるアキラが、A-TECの社長で多忙であること。もう1つは、アリアが幼い頃に、母親のアリシアを事故で亡くしているということだ。

 もちろん、生活に不自由が無いよう、アリアの家には執事やメイドが雇われている。だからといって、アリアの寂しさが埋めれるわけではない。

 カケルは、隣で本に読みふけっているサイトに視線を送った。


「方法はいくつかあるけど」


 顔を上げずとも、カケルの視線に気付いたのか、サイトはすかさず返事を返した。どうやら海を見る方法はあるらしい。


「僕たち子供が、勝手に立ち入って良い場所じゃないよ?」

「でも、方法はあるんだろ?」


 まるで12歳とは思えないような、悪い笑みを向けてくるカケルに対し、サイトはやれやれと溜め息を落とした。そして、手にしていた本を静かに閉じると、地面に転がっていた枝を拾った。なにか描き始めるようだ。


「知ってると思うけど、僕たちの住んでいる町は、こんな風に……海の上に建てられている」


 サイトは、土にガリガリと絵を描き始めた。

 それは、この街を横視点で描いた図――上から順に、空である天窓、街の建造物、人工プレート、そして海が描かれている。


「改めて考えると凄いよな。足の下には、海が広がってるってことだろ?」

「地面が空に浮いてる……。そう考えると、少し怖いね」


 そんな会話を交わしながら、3人は足元の地面に視線を落とした。

 見えないとはいえ、想像してしまったのか、アリアは不安気な表情を浮かべている。


「僕たちより、遥かに賢い人たちが設計しているから大丈夫。知らない人も多いけど、海面の水位に合わせて、高さも自動調整されてるよ」


 カケルたちが今いる公園、そして、辺りに見えるここら一帯の全てが、人工で造られた土地だ。温暖化が進み、地球全土で陸が減少した今では、こうして海の上に、人工プレートを作ることが一般的だ。

 この人工プレートは、海底の奥深くに埋め込まれた、何本もの支柱で支えられている。そしてこの建造物には、最先端の設備がたくさん取り入れられている。今し方サイトが話した調整機能も、代表的なその1つだ。


「話を続けるけど、海に辿り着く方法は2つ。1つ目は、人工物であるからには必ず終わりがある」

「つまり、端があるってことか」


 間髪入れず答えたカケルに対し、サイトは大きく頷いた。すると、サイトは、図の端に枝を置くと、そのまま横に長い線を描いていく。

 どこまでも続きそうな線を、カケルとアリアがじっと目で追った。しかし、すぐにそれが何を意味するのかに気付いたカケルは、途中でその顔をしかめた。


「端を目指すには遠すぎる。僕たちの足じゃ、到底辿り着けない。仮に公共機関を使ったとしても、1日で往復するのは厳しいだろうね」

「駄目なのかよ。で、もう1つは?」


 すると今度は、サイトがその枝を、図の下へと移動させる。そして、プレート付近を枝で数回叩くと、その真下に大きな円を描いた。


「設備があるからこそ、メンテナンスや緊急時に備えて、入るための入口がある。数ブロック単位で設けられているはずだよ」

「なるほど、地下への入口か! ちなみに鍵は?」

「もちろん、掛かっているよ。でも、それぞれの設備ごとに、専用セキュリティが設けられているからね。地下に入るだけなら、そこまで強固なセキュリティじゃないはずだよ」


 アリアは、右へ左へと、目の前でとんとん拍子に進んでいく会話を、ひたすら目で追っていた。

 カケルとサイトは簡単に話しているが、これは立派な不法侵入である。小学6年生が起こす行動の枠を、遥かに超えていた。しかし、「地下探索」という部分だけを取れば、小学生らしく聞こえなくもない。


「というわけで、情報が全て出揃ったみたいだな。さてさて、アリア。どうするよ?」


 そして、ここに来てついに、カケルは言い出しっぺであるアリアへと問いかけた。あくまでもアリアの意志を尊重する。ということなのだろう。

 アリアは視線を手元に落とすと、もじもじと指を動かしている。


「……行きたい、な」


 しかし、顔を上げたその目には、はっきりとした意志が宿っていた。


「じゃあ、決まり! 善は急げだ」


 その笑顔を見て、カケルとサイトは満足そうに微笑むと、その場からすぐに立ち上がる。そして、アリアに向けて手招きをすると、すぐさま準備に取り掛かった。




 こうして3人は、小学校の近くにある、高架下へとやって来た。

 サイトが提示した選択肢の中で、ここを選んだのには理由がある。近場で人通りが少ない。そして、身近な場所だからこそ、状況が把握しやすいからだ。

 到着するや否や、サイトは辺りの地面を見渡した。


「あった。あれだよ」


 サイトが指差した先を見ると、地面に長方形の細い金属枠が埋め込まれていた。蓋の部分は道路と同じ質感、かつ道の端に位置しているため、意識をしていないと、それが地下に繋がるハッチだとは誰も気づかない。

 サイトはハッチの前にしゃがみ込むと、枠の端に設けられていた、小さなICリーダーに手首をかざした。


「少し時間がかかるから、人が来ないか見張ってて」


 サイトは、待機中の2人に指示を出すと、PMCで何かを操作し始めた。大方、このハッチを管理するメイン端末に、ハッキングでもしているのだろう。

 手持無沙汰になったカケルとアリアは、互いに顔を見合わせ、辺りの様子を見渡した。


「うげっ、最悪。今日に限って工事中かよ。向こうに人がいる」


 カケルは、柱1本分隣の道路に視線を向けていた。

 そこには、白いヘルメットと水色のつなぎ服を着用した、作業員の姿があった。昇降機の上で作業している者が2人、地上で作業者を管理する者が1人。計3人の人影が見える。おそらく彼らは、支柱の点検でもしているのだろう。


「いつもは誰も居ないのにね。人は……1人かな? あの下に居る人。残りはヒューマノイドだと思う」


 アリアの言うヒューマノイドとは、その名の通り人型のロボットのことだ。こうした単純、かつ高所の作業には、まさにヒューマノイドはうってつけである。

 ヒューマノイドは、今や企業や一般家庭など、あらゆるところで採用されているため、街で見かけることは珍しくない。ちなみに、アジア圏で使われているほとんどはA-TEC製だ。


「急げ、サイト! 次にどっちの方向に進むかはわからないが、あの人たちに見つかったら、注意されるのは目に見えて――」


 カケルは思わず突っ込みを入れながら、勢いよく後ろを振り返った。

 すると、先ほどまで、道路の見た目だったハッチが、大きく口を開け、中に続く階段を露わにしているではないか。


「うん、大丈夫。もう開いたから」


 すると、ハッチからにょきっとサイトが顔を出した。既に地下への入口に足を踏み入れていたようだ。


「いやいや、早すぎだろっ!?」

「人が来るかもしれないんでしょ? 早く中に入ってよ」


 躊躇のないサイトの行動に、カケルとアリアは苦笑いを零した。


「お前が頼もしすぎて、逆に国のセキュリティが心配になるわ。アリア、先に入って」

「お、おじゃまします」


 おじゃまします? この状況で?

 不法侵入にも関わらず、こんな時でも礼儀正しさを捨てきれないアリアに対し、カケルは真面目だなぁ。と心の中で呟いた。




「バレないよう入口を閉めておくけど、中からは開け閉め自由だから」


 全員が階段を降りたのを確認したところで、サイトは、階段横に設置されているスイッチに手を伸ばした。

 すると、片側からスライドしてきた金属板が、元ある位置へと戻る。中から出入自由なのは、万が一の場合に備えた、閉じ込め防止策なのだろう。


「おおー。ここがプレートの中、だよな? 想像していたより、まともな造りだな」


 地下通路は、一面灰色――コンクリートをそのまま塗り固めたような空間になっていた。ぼんやりとした明るさで、所々に照明が設けられている。殺風景ではあるが、必要最低限の設備は整えられている印象だ。

 2人を誘導するようにして、前を歩き始めるサイト。

 アリアを間に挟んで、最後尾を歩くカケルは、スンスンと鼻を鳴らしていた。


「地下だから、もっと臭いのかと」

「それは下水道。確かに同じ層には存在しているけど、支柱に繋がる通路は、全く別物として設けられているんだ」


 生活には欠かせない、上下水道などの間をすり抜けるようにして、この地下通路は設けられている。基本的には縦構造のみで、この階層間では、他の出入口との連結はないそうだ。

 現にカケルたちは、既に最下層へと続く階段に、足を踏み入れていた。地上を繋いでいた階段と、あまり距離が離れていなかったのだ。


「この階段、随分と長そうだな」


 カケルは、サイトとアリアの頭越しに、階段下を見下ろした。

 しかし、先ほどの階段とは異なり、今下りている階段は、未だ終着点が見えない。おまけに道幅や天井もかなり狭くなった。もはや、階段を下りるためだけに掘られた、トンネル状の空間が、永遠と下に続いている。

 カツン、カツン――。カケルは、繰り返す反響音を耳にしながら、アリアの肩をそっと叩いた。


(なぁ、アリア。聞こえないか?)


 カケルは、アリアだけが聞きとれるような小声で、そっと耳元に語り掛けた。


(ほら、後ろだよ……。俺たちの後を、『誰か』がずっと追ってきてる)

(ほ、本当だ。微かに足音が聞こえるね……)


 それは3人とは異なる、もう1つの足音だった。

 等間隔で歩く3人の足音は、一定のリズムを保っている。しかし、新たに聞こえる音は、タイミングが不規則なのだ。


(おかしいよな。『あいつ』の足音の数、少ないんだ。なのに、次第にこっちに近付いてきてる)


 カケルの言う通り、その音は次第に大きくなっていた。

 そこから推測できるのは大人。もしくは、それ以外の「何か」だ。


(な、なんで……?)


 嫌でも耳に入ってくる異質な音に、アリアは肩を揺らし、声を震わせた。


(いいか? アリア。絶対に振り向くなよ? でないと――)


 既にアリアの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 そして、カケルの声が途切れた、次の瞬間――。


【フーッ、フゥーッ……】


 突如、アリアの耳元で聞こえたのは、気味の悪い息遣い。

 あまりのことに、アリアはその場で硬直してしまった。無論、振り向いて確かめる勇気なんてない。


【……アヘェーッヘッヘッヘッ!!!】


 間髪入れず、不気味な笑い声が響き渡った。


『い、いやぁぁぁあああッ!!!』


 耳をつんざくような絶叫が、地下通路へと響き渡る。

 恐怖に耐えきれなくなったアリアが、悲鳴を上げたのだ。


「っ……! アリア? どうしたの……って、危なっ! ちょっ……押さないで!?」


 何事かと驚いたサイトは、慌てて事態を把握しようとした。しかし、その時間すら与えられず、アリアが後ろから押し寄せてきた。

 ただでさえ横幅の狭い階段は、人1人しか通れない。従って、どれだけアリアがサイトを押そうとも、順番を抜かすことは出来ないのだ。

 サイトは階段から転げ落ちないよう、必死に1.5人分の体重を支えながら、急いで階段を下りるしかなかった。


「もうやだっ……! サイト、早く! 急いで階段を下りてっ!!」

「イタっ! だから、押さないでって……。アリア、なんで泣いてるの!?」

『そんなことはいいからっ! 早く前に進んでー!!』


 団子状態になりながら、大慌てで階段を下りていくサイトとアリア。

 そんな2人の姿を、カケルは少し離れた位置から、呆然と眺めていた。


「あちゃー……。ちょっと、やり過ぎたかも」


 苦笑いを浮かべながら、頬を掻くカケル。

 その手には、薄っすらと青い光が灯っていた。



カケル、アリア、サイトへの愛着が深まってほしい。という想いが込もったお話です。

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