2人の進路
「やっぱり、ウィズワードのスカウトは断るのか?」
セットの炒飯を食べ終えたところで、カケルは箸を置くと、食事を終えているサイトに話を振った。
話題はサイトの進路について。先ほどのやり取りでもあったように、サイトの数ある偉業の中で、最も有名なのはHeyJohnに起用されたこと。この功績をきっかけに、サイトはウィズワードから直々に声を掛けられている。
「うん、そのつもり。母さんに何か言われた?」
サイトの予想通り、カケルがこの話題を持ち掛けたのは、サイトの母親――ハナエ(黒岩 花恵)から依頼されていたからだ。
――お願いよ、カケルくん! 卒業までの残り一年、あの子を説得し続けて!
カケルの脳裏に、両手を合わせながら、必死の形相で懇願するハナエの姿が浮かぶ。
何を隠そう、ハナエはウィズワードで務める現役社員である。
趣味の延長でしかなかったサイトの調べ物が、大きな実績に結び付いたのには、ハナエのきっかけがあってこそだ。一般人が見れば、ただのゴミ山に見えたであろうサイトの私室。そこから、ハナエは見事に原石を見つけ出したのである。
カケルは今でも、あの時、偶然耳にしたキャリアウーマンの雄叫びを、鮮明に思い出せる。
「ウィズワードをお断りって。この大学内でも、第一希望に掲げる奴らは山ほど居るのにな」
「HeyJohn」――かつてのアメリカ合衆国を思い出させるような、ユーモア溢れるネーミングセンスだが、その精度は素晴らしい。
どれほどかというと、今この大学に居る全ての人が、「HeyJohn」を利用しているといっても過言ではない。対応言語数や精度といったその品質は圧倒的である。現に企業などの組織間では、「HeyJohn」のインストールを義務付けるところがほとんどだ。このままいけば、いずれ地球全土で統一されるのも、夢ではないだろう。
「まだ大学を出るつもりはないよ。読み終えていない資料がたくさん残っているからね」
どうやらサイトは大学院へ進むようだ。在学できる極限まで、あの自習室にパラサイトする気なのだろう。
「ウィズワードは、資料室にサイトの席を用意するって言ってたけど?」
どんな待遇だよ! そもそも、嬉しいのかそれ?
そんなことを思いながらも、カケルは事前にハナエから渡されていた、手札をチラつかせた。
しかし、サイトは食いつく素振りもなければ、退屈そうに手元の紙ナプキンを折り続けている。
「UTEと直結するシチヨウとでは、比較にならないよ」
サイトの言う通り、他星に関する情報の取り扱いは厳しい。ウィズワードがいかに大手企業とはいえ、UTEによって制限されてしまうのは事実だ。
言語に関する事であれば、シチヨウよりも深い情報を得ることが可能になるかもしれない。逆に、今のように幅広い知識に触れることは不可能になるだろう。
「カケルはUTEに入るんだよね」
「そうだな。結局、親父や兄貴と同じ道だ」
UTEの正式名称は、「United the Earth(地球連邦)」。いわば、かつての国々が合体した地球規模の国家だ。
地球存亡の危機――大いなる災害を前に、人々に残された選択肢は、1つしかなかった。アンドリューの言葉を借りれば、これも星外戦争の利益といえるだろう。
今の地球に、国々という概念は無くなってしまったが、歴史は今も人々の暮らしの中に残っている。人種や言語、カケルたちが漢字名を持つのもそうだ。人々が重んじる文化といったものは、無闇に消されてはいない。
他にもUTEの場合、各国の仕切りをそのまま「支部」という形に置き換えて、円滑に運用できるよう再利用している。日本支部には、カケルの肉親が務めており、カケル自身の配属先となる可能性は高い。
新たな地球は、違いを無くすのではなく、壁を取っ払うことに注力した。無論、決して容易なことではなかっただろう。しかし、かつて国々があった時代以上に、地球の文明は飛躍的に進歩した。それが新たな選択の結果ともいえる。
「ウィズワードよりは、UTEの方が興味あるんだよね」
「は? ……え? サイトがUTEに興味持ってたとか、初耳なんですけど!? じゃあ、俺と一緒にUTEに行くのもアリってことか!?」
サイトのカミングアウトに、カケルは心底驚いた。瞬きを繰り返しては、何度も確認した。仲の良い幼馴染が、同じ道を志すことは、カケルにとっても喜ばしいことだ。
すんません、ハナエさん。今から俺は貴女を裏切ります。
カケルはあっさりとハナエを裏切ると、サイトが興味を持つような話題に切り替えた。さっそくUTEの売り込み開始である。
「でも、僕は極度のインテリだから。UTEにお断りされてもおかしくないよ?」
サイトは、自身の運動能力を懸念した。日常生活から、サイトが運動神経の悪さは、誰の目にも明かだ。UTEの中には軍事組織も含まれる。業務内容は配属先によりけりだが、採用時には総合的な能力が求められると思っていた。
「おいおい、天下のUTE様だぞ? 優秀な人材はなんでもござれに決まってる。現に、泳げない俺ですら受かったからな」
「そうなのかな。でも、今はあくまでも興味があるだけで……って、聞いてないや」
カケルは機嫌が良さそうな笑みを浮かべながら、PMCを操作し始めていた。大方、UTEに所属する兄にメッセージでも送っているのだろう。
「いやぁ~、ほんっと意外! サイトがUTEに興味あったとか。やばい、自分の時よりも楽しみになってきたんですけど!」
「そういう意味では、僕も意外だったけどね。カケルはてっきり、A-TECを選ぶと思っていたから」
A-TECとは、カケルたちが住む地域に本社を構える、アジア圏代表ともいえる大手企業のことだ。主な産業は、ロボット工学や医療工学といった、人々の生活を支える事業を中心に幅広い。ゆえに、市場の普及率や知名度においては、ウィズワードすらも超える大企業だ。
何故、サイトがこのような問いかけをしたのかというと、A-TECの創設者は日本人であり、カケルとサイトに深く縁がある。その理由は、社長の1人娘である――アリア・シラヌイ(不知火 アリア)が、サイトに並ぶ、もう1人のカケルの幼馴染だからだ。
「自分で言うのもなんだけど、俺自身も意外だった。これでもかっていうくらい、最後まで悩んだからなぁ」
カケルは、将来の進路について、相当悩んだ末にUTEを選択したようだ。
興味があるのか、サイトはこの話題を掘り下げようとした。しかし、ちょうど顔を上げたタイミングで、それよりも気になることが、サイトの視界に飛び込んできた。
「カケル! あれ見て。ニュースでアキラ叔父さんのことが、取り上げられてる」
サイトが指差したのは、食堂中央に設けられた共有のホログラム投影。
ひときわ大きな画面では、番組が中断され、臨時のニュース速報が流れ始めていた。映像には、今し方カケルたちが話題に挙げていた、A-TECの主要人物が取り上げられている。
振り向きざまに内容を確認したカケルは、すぐに座席のホログラム映像を、同じチャンネルに切り替えた。
「速報です。たった今、『人体保護法案』の改定について、審議の結果が出ました!」
ニュース速報では、女性アナウンサーがマイクを片手に持ちながら、真剣な面持ちでカメラに語り掛けた。
すると、女性アナウンサーは手元に視線を落とし、何やら頷き始めた。おそらく、PMCに新たな情報が届いたのだろう。
「たった今、結果が確認できました! えー、審議の結果は『否決』! 『否決』とのことです!! 残念ながら、今回の法案は見送りとなりました!」
周りにいる、他の記者たちもざわつき始めた。現場が急に慌ただしい雰囲気へと変わる。まさに今、誰もが結果を耳にしたばかりなのだろう。
そして、カメラが審議が行われていたであろう施設へ向けられた。
「この建物、前に俺が面接に行ったところだ」
映像に映し出された建物をみて、カケルが呟いた。
カケルの採用面接で使われていたということは、UTEが保有する施設の1つなのだろう。現に、ホログラム上に表示されている情報にも、そのことが明記されていた。
しばらくすると、入口から1人の男が姿を現した。画面に大きく映し出された男は、アキラ・シラヌイ(不知火 アキラ)。持ち前の茶髪は、オールバックで綺麗にまとめられている。角度によっては金にも見える具合から、分け目部分に明るいメッシュが入っているのだろう。
『シラヌイ社長! 残念な結果となってしまいましたが、この件について、一言いただけないでしょうか!?』
大勢の記者たちが、入口に居るアキラへと殺到する。誰もが何とかしてコメントを得ようと必死だ。アキラの居場所まで辿り着かないよう、数名の警備員が必死に抑えていた。
アキラはその中を、慣れた様子で優雅に歩いている。
整った顔に、歳を感じさせないスタイル。グレンチェックが入った茶スーツを着こなすその様は、まるで有名俳優による映画のワンシーンのようだ。
「では一言だけ。我々は決して諦めません。次の機会に向けて努力するのみです」
澄ました表情からは、特別な感情は一切読みとれない。
アキラはそれだけを告げると、傍にいた秘書の誘導によって車の中へ姿を消した。
ニュース速報は、たった数秒程の内容だった。しかし、カケルたちに妙な緊迫感を刻みつけた。
「否決、か。駄目だったみたいだな」
「数年前に改定されたばかりだし、見送りは無難な判断だね」
話題の渦中にある「人体保護法案」とは、UTEで定められている、人のインプラントに関する法のことだ。
その内容は、こう記されている――「先天性異常を除く場合、人工物は人体の4割未満とする。またその部位に脳は含まない。さらに軍事利用を目的とした改造は、いかなる場合も禁ずる」
嚙み砕いて説明すると、医療目的とはいえ、体の半分以上をインプラントに差し替えて、果たしてそれが「人」と言えるのかということだ。いわば人という尊厳を守るための法なのである。
アキラは4年前にも、この法の改定案を申請している。その時は、前半部分の割合を「3割」から「4割」に引き上げる改定に成功した。
法改定など、決して一人の人間が成しえるような内容ではない。しかし、アキラは文字通りその手腕で、法改定における中心的な役回りを果たし、見事に実現させた。
そういった意味でも、アキラは地球全土にその名を轟かす、偉大な人物の1人だ。
「アキラ叔父さんの意図が気になる」
ふと、サイトがそんな言葉を零した。
それは、誰が見ても分が悪いことが明らかなのに、何故? という点についてだろう。
「さぁな。A-TECの社長でもあるし、事業拡大や立場とかもあるんじゃないの?」
カケルは引き上げ時だと言わんばかりに、済んだ食器類をテーブル中央に固め、片付けをし始めた。
サイトはアキラの考えが気になり始めたのか、指を合わせて悩む仕草をしている。しかし、この場に本人が居ない限り、その答えは一向に解るものではない。
「午後は中庭で時間を潰してるから。夕方になったら迎えに行く、今日の夜はサイトの家だ」
これ以上は悩んでも無駄だと念押しするように、カケルはすかさず話題を切り替えた。
「この一連の動きがすべて建前? アキラ叔父さんにしては、あまりにも非効率すぎる。無駄が多すぎるよ。もしかしたら、他になにか――」
サイトは考え込むと、周りの声は一切届かなくなる。
「おーい、サイトー。戻ってこーい。……ったく」
そのことを深く理解しているカケルは、この状況を打破する方法を考え始めた。そして、いつものことだからこそ、打開策は簡単だ。
「3秒以内に返事がなければ、戻るときもシャトル禁止な。いくぞー? 3、2、1!」
カケルが始めたカウントダウンは容赦がなかった。それは実際の時間より、遥かに早い。
「き、聞こえてる! 聞こえてるってば!」
サイトは慌てて顔を上げると、カケルから逃げるようにして走り去っていった。サイトにしては無駄のない、良い動きだ。
「その調子だ。いいねぇ、食後の運動も大切です」
意図通りに幼馴染を動かせたカケルは、満足気に食堂を後にした。