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スリィ×プラネット~幼馴染のためなら俺は宇宙すら翔ける~  作者: 犬鴨
第一部 カレッジ・シチヨウ
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2体目のA04

 カケルとサイトは、脱出ポットが保管されている場所を目指し、全力で走っていた。


「っ、止まれッ!」

「ぶッ!?」


 すると、次の通路にさしかかるところで、カケルが急停止した。

 走ることに精一杯だったサイトは、急には止まれない。そのまま、カケルの背に突っ込んだ。サイトは鼻を押さえ、恨みがましい目で、大きな背を睨み付けた。


「またA04だ。この急いでるってときに!」


 カケルの言うとおり、通路の先にはA04が居た。標準装備なのか、管制室前に居たA04と瓜二つの姿をしている。


「どうするの?」


 サイトは、カケルの判断を仰いだ。

 この通路の先に、脱出ポッド保管室がある。他のルートもあるかもしれないが、今は一刻を争う事態だ。


「時間が惜しい。さっきと同じパターンを試してみて、駄目なら迂回する!」


 強行突破か、迂回かの選択に対し、カケルは前者を選んだ。危険だが、カケルの姿は既に、見られている可能性があった。


「ベストは尽くすけど、成功する保証はないからね」


 サイトは弱音を吐きながらも、すぐにその場に腰を下ろした。なんやかんやで、カケルの無茶ぶりに、慣れてきたようだ。


「できる限りの注意を引くが、もって5分ってところだ」


 カケルは勢いよく通路に飛び出すと、そのまま横に突っ切り、反対側の壁に身を隠した。あえて姿を見せることで、A04の注意が、サイトに向かないようにするためだ。

 次にカケルは、持っていた鉄パイプを壁に叩き付け、わざと大きな音を立てた。


『おい、こっちだA04! よく聞け、俺は怪我人だ! 今からそっちに行くが、間違っても攻撃してくんなよ!? 俺は怪しい者じゃないッ!』


 どうやら、カケルは怪我人を装うようだ。しかし、間違っても鉄パイプを振り回しながら、叫ぶような台詞ではない。

 隣で作業をしていたサイトも、自分で言っちゃうんだ。と心の中で突っ込んだ。




「うーん、おかしい……」


 ハッキングを開始して数分も経たないうちに、サイトの手が止まった。


「見つからないどころか、かすりもしないなんて」


 未だ、対象のネットワーク検出すら行えていなかった。サイトは妙な違和感を覚えた。例えるなら、相手側の電源が、入っていないような手応えだ。


「これも駄目だ。あり得ない。確かにあの場所に、A04は居るのに――」


 違和感を口にしたとき、サイトの言葉が止まった。何かに気付いたのか、ハッキング画面を見つめるサイトの眼が、みるみるうちに大きくなっていく。


『カケルっ! 逃げて! そいつは――ッ!?』


 サイトは慌てて叫ぶが、その声は途中で途切れてしまった。誰かが、サイトの声をかき消した訳ではない。サイト自ら、声を出せなくなっていたのだ。

 サイトは、自身の呼吸が荒くなるのを感じた。喉から出てくるのは、ヒューヒューと笛が鳴るような音だけだ。次に感じたのは、異常な熱さだった。まるで、掻き毟りたくなるような熱さだ。探るように動かした手が感じたのは、じっとりと纏わり付く、生温かさだった。

 サイトは、ゆっくりと視線を落とした。腹の辺りの服が、見覚えのない色に染まっている。

 ――赤。

 それが血であると認識した瞬間、サイトを襲ったのは、耐えがたい痛みだった。




 銃は……、持っていないな。

 カケルが確認する限り、今回のA04は、例のテーザー銃を構えていなかった。

 カケルは思い切って、通路に飛び出した。注意を逸らしつつ、距離を詰めれたら一石二鳥。至ってシンプルな考えだ。


「いやぁ~、助かりました。避難をしていたところ、此処に迷い込んでしまって」


 カケルは白々しくも、両手を上げて、無抵抗であることを前面に押し出した。

 対して、A04の反応は無かった。変わらず、カケルに向かって、ゆっくりと歩いて来るだけだ。


「よければ、出口まで案内してもらえませんか?」


 カケルは質問を投げかけて、A04の出方を伺った。しかし、A04からの返答は無い。

 完全無視? 妙だな……。カケルがそう思ったとき、A04に動きがあった。

 不意に、A04が背後に手を回した。戻ってきたその手には、銃が握られている。小型のハンドンタイプのものだ。よく見ると、細い先端からは、赤い光が放たれていた。 

 ――レーザーポインター。

 カケルが認識したときには、既に手遅れだった。


「は?」


 一瞬の出来事だった。つんざくような音が、カケルの耳に鳴り響く。カケルは自分が撃たれたと思ったが、いくら待っても痛みはこなかった。

 A04が構えた銃口は、カケルではなく、すぐ横の壁に向けられていた。


 どさり。

 

 重い荷物が倒れるような音が、カケルのすぐ後ろで響き渡った。

 カケルが振り向くと、隠れていたはずのサイトが、通路に倒れ込んでいる。


「サイト!?」


 カケルはすぐさま、床に倒れ込んだサイトを抱え起こした。


「おい、しっかりしろ! サイト!」


 苦しいのか、激しい呼吸を繰り返すサイト。時折、うめき声を漏らしている。


「なんだこれ、――っ!?」 


 手の平を確認して、カケルは息を呑んだ。べたりとした感触――血だ。

 サイトの腹部からは、おびただしい量の血が出ていた。その傷が重傷であることは、一目瞭然だ。


「なっ……。嘘だろ、どうしてサイトが」


 カケルは混乱した。隠れていたはずのサイトが、どうして撃たれたのか解らなかった。


「……金属に、穴?」

 

 カケルの目が、壁にある黒い穴を捉えた。よく見ると、床にも焦げたような跡がある。

 

「焼けているのか? まさか、レーザー銃か!?」

『正ぇ解ッ!』

 

 カケルがある可能性に辿り着いた瞬間、辺りに聞き覚えのない声が響き渡った。


「あー……、俺の腕も鈍ったもんだぜ。まさか、今ので仕留め切れなかったとはなァ」

「なっ……」


 声の出所は、あのA04だ。

 驚きを隠せないカケルを余所に、A04は流暢に話し始めた。頭を振り、残念がる仕草は、まるでカケルたちと同じ――。


「……改造人間」


 カケルは、悔しげにA04を睨み付けた。

 男は、A04――軍事ヒューマノイドではない。A04と変わらぬ姿、装備をした改造人間。つまり、中身はカケルと同じ人間だ。


「今になって気付くとは、おめでたいねェ。それより、そっちのお友達はイイのかァ? いつまで保つだろうなァ!?」


 男はサイトを指差すと、体を大きく反らせ、高笑いを上げた。

 人が死にかけているというのに、この発言。男がゲスであるに違いなかった。ヘルメットに隠された顔には、卑劣な笑みが浮かんでいるのだろう。 

 

「くっ!」


 カケルはサイトを抱え上げると、男から隠れるように身を隠した。


「あァ? 隠れんぼのつもりか? 意味が無いって、学べよバカが」


 悔しいが、男の言う通りだった。

 レーザー銃の光線は、人体は疎か、金属すら焼き尽くす。殺傷能力の高い武器だ。故に、その扱いは厳しく規制されている。だが最悪なことに、それが男の手にあることは、間違えようのない事実だった。


「よくも、よくもサイトを――」

「あぁん?」

『お前だけは絶対に許さない! ぶっ殺してやるッ! 覚悟しろ、サイトの敵だッ!!』


 普段のカケルからは、想像も出来ない荒い言葉だった。怒りの込もった叫びが、男にぶつけられる。


「ハハハハハッ! いいねぇ、いいねぇ! 救いようのない馬鹿は、嫌いじゃないぜ?」


 男は一瞬きょとんとしたが、すぐに楽しそうな声を上げた。


「ほら、いつでも来いよォ! せいぜい、俺を退屈させてくれるなよ!?」


 退屈しのぎになると思ったのか、男はあえてカケルの反撃を受けることにしたようだ。両手を広げ、無防備であることを強調している。


「俺は優しいからなァ。この銃は使わないでいてやるよ」


 男はご丁寧にも、銃のトリガー部分を、指でくるくると回し始めた。


「…………あ?」


 しかし、いくら待てども、カケルの攻撃は来なかった。

 痺れを切らした男は、ついに己の足で、カケルが逃げ込んだ通路まで歩き始めた。

 

「あァ゛!?」


 通路を覗き込むと、カケルの姿は何処にも無かった。残されていたのは、サイトのあろう血溜まりだけだった。


『糞ガキがァッ!!!』


 カケルの反撃は、ブラフだった。

 そのことに気付いた男は、怒りに身を任せ、壁を殴りつける。

 壁に大きな亀裂が入った。腕部分も改造されているのか、素手では、到底出せないような力だ。


「あのガキ、見つけたら澄ました顔に……ん?」


 すると、男があることに気付いた。血溜まりすぐ側に、小さな血痕が出来ていた。それは、通路の奥にずっと続いている。


「ははーん。鬼ごっこがイイなら、そう言えよ」


 男は嬉しそうな声をあげると、血の跡を追いかけた。




――糞ガキがァッ!!!

 

 遠くから、男の怒声と破壊音が聞こえてきた。

 サイトを背負いながら走っていたカケルは、一度だけ後方を振り返った。狙い通り、多少の時間稼ぎにはなったようだ。


「急がないと」


 カケルの頬から顎にかけて、汗が伝い落ちる。

 いくらサイトが小柄とはいえ、成人男性を抱えながら走るのには、かなりの体力が必要だ。だが、カケルは息が上がろうとも、骨が軋もうとも、決して速度を緩めることはなかった。

 先程に比べ、サイトの顔色はますます悪くなっていた。今もなお、傷口からの出血は止まらない。銃創は小さくても、レーザー銃で付けられた傷は、くり貫かれたに等しい。あの金属の壁のように、サイトの体にも、ぽっかり穴が開いてしまっているのだ。


「なんで、いつも俺じゃないんだ!」


 あのとき、意地でもサイトを連れてくるべきではなかったと、カケルは胸の内で後悔を繰り返した。

 全く同じ状況だった。10年前も、こうして致命傷を負ったのはカケルではなく、サイトの方だ。


「サイトしっかりしろ! もう少しの辛抱だ!」


 カケルの背に感じる、サイトの重み。次第にサイトの体から力が抜けているのを、カケルは肌で感じていた。一刻の猶予も無い。


「冷静になれ、頭をフル回転させろ」


 押し寄せる恐怖から、足がすくみそうになるが、カケルは唇から血が滲む程、歯を食いしばった。サイトが助かるかどうかは、今、この瞬間の行動に懸かっていると、カケルは理解していたからだ。


「もう二度と、失ってたまるかッ!」


 踏ん張りの甲斐あってか、カケルは目的地に到着することができた。

 そこは、当初の目的であった脱出ポッド管理室。カケルは迂回ルートを駆使し、なんとか男を避けて、この部屋に辿り着いた。


「はぁっ、はぁっ。俺の見立てが正しければ、此処には『アレ』があるはずだ」


 カケルは部屋に入ると、脱出ポッドには目もくれず、周囲に配置された機械に目を向けた。

 

「……あった。サイト、あったぞ!」

 

 カケルが見つけだしたのは、部屋の隅に置かれていた、ひときわ白い機械だった。

 機械の中心部には、人が横たわれるような寝台あり、半円状のアームが備え付けられている。アーム部分には、大きな十字マークが記されていた。


「待ってろ、サイト。すぐに楽にしてやるからな」


 カケルが探していたのは、医療ポッドだった。

 カケルは、さっそくサイトを医療ポッドに寝かせると、慣れた手つきで操作し始めた。

 カケルはシチヨウの生徒だ。基本的な機械学――脱出ポッドや、医療ポッドに関する操作方法は、授業で習得済みだ。


「診察を開始します。対象者を指定の場所に――」

「建前はいいから、さっさと開始してくれ!」


 カケルは機械音声を遮ると、乱暴に操作盤を叩いた。

 すると、診察台に寝ているサイトの周囲を、アームが回転し始めた。医療ポッドによる、診察が始まったのだ。


「まずは一つ……」

 

 カケルは呼吸を整えるように、その場に崩れ落ちた。しかし、汗を拭っただけで、カケルの目は全く休まっていなかった。


「あいつ、真っ先にサイトを狙って来やがった」

 

 カケルが思い返しているのは、A04に扮したあの男だ。

 発言の節々から、目立つのは性格の異常性だが、ただの気狂いではない。戦闘に関しては、間違いなく経験者であると、カケルは確信していた。


「あとはこいつで、どれだけ時間が稼げたかだな……」


 カケルはそう呟くと、己の拳を見下ろした。



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