辿り着いた情報
「あー……、死ぬかと思った。ってか、死んだ。あれは死んでたわ」
カケルはうめき声を上げると、大の字に寝転がった。
死を覚悟したのは、銃口を向けられたときだ。カケルの攻撃より、A04が銃を構えた方が、明らかに早かった。
「サイト、A04に何したんだ?」
だが、こうして無事だったのは、カケルの方だ。偶然にしては出来すぎていると、カケルは確信していた。
「ちょっと、ね。成功する保証はなかったけど」
やはりあの瞬間、サイトはA04のハッキングに成功していた。
しかし、サイトは結果に喜んでいる様子もなければ、どこか上の空だ。
「どうした? やけに難しい顔をしているな」
「あれだけ時間をかけて、制御できたのは指1本だけ。しかも偶然の産物だよ」
あのハッキングは、サイトが意図したものではなかった。手探りで解読して鉢合わせた、幸運に過ぎない。
「いや、十分凄いって。A-TEC社の製品だろ? 指1本だか毛1本だろうと、ハッキングができた時点で凄いって」
「そうなんだけど、そうじゃないんだ」
カケルは、顔を俯けるサイトを見て、落ち込んでいるのかと思った。しかし、違ったようだ。
勢いよく顔を上げたサイトの目は、らんらんと輝いている。そして、興奮を抑えきれないのか、身振り手振り語り始めた。
「見たことがない構造だった。常人では、まず思つかないよ。それが破綻もせず、動いているなんて。A04のプログラム設計者は、まさしく天才だよ!」
サイトは、A04のプログラムを芸術に例えた。型にはまらない発想、それを実現するには、相応の技術が必要になる。それらがギリギリのところで均衡し、成り立つ様は、まさにセンスの塊だという。
「サイトがそこまで言うなんてな。設計者は誰だろうな? 今度シェリーさんに聞いてみるか」
UTEより、やっぱりA-TECの方が……?
ぶつぶつ呟くサイトを横目に、カケルは体を起こした。ぐっと背筋を伸ばし、体の動きを確認する。少しではあるが、休憩は取れたようだ。
落ち着いたところで、アリアの捜索を再開させる。次の目的地は、A04が警備していた部屋――スペースポート管制室だ。
「その腕、大丈夫?」
サイトが心配そうに見つめるのは、カケルの右腕。そこには、ぐにゃりと折れ曲がった、鉄パイプが握られていた。真っ直ぐだった形状は、今や原形をとどめていない。
「じんじんするが、腕は折れてないぞ。それにしても、本当に世話になるとはな。服を巻き付けていて正解だった」
カケルの腕には、鉄パイプを固定するように、上着が括り付けられていた。服のおかげで、あの衝撃でも鉄パイプを落とさずに済んだ。
「僕に忠告する以前に、カケルが無茶しすぎ。通気口に入るなんて、思いついても普通はしないよ」
「相手はあのA04だろ? 背後に回ったところで、すぐにバレて終わりだと思ったんだよ」
カケルが事前にPMCで確認していたのは、通気口の配置図。隣の通路に回り込んだ後、天井に張り巡らされている、通気口に入り込んだのだ。
これだけ巨大な建物だ。換気設備も大きく、人が入るくらい造作もなかった。
「最初は此処。この真上に居たんだ」
管制室を少し通り過ぎたところで、カケルは頭上を指差した。A04が立っていた、ほぼ真上に位置する場所だ。
「隙間から覗いてびっくり。A04は居なくなっているどころか、サイトの方に向かっててさ。渾身の匍匐前進に感謝しろよ? 摩擦で腕が焼けるかと思ったわ」
距離と時間で計算すると、カケルの匍匐前進が、どれだけ切羽詰まっていたかは一目瞭然だ。
サイトは、カケルの到着が遅かったことに文句を言いかけていたが、この話を聞いて言葉を飲み込んだ。
「さて、いよいよ目的地に到着だ。気を引き締めるぞ」
カケルは管制室の前で足を止めると、一際大きな扉を見上げた。警備兵が居たということは、中に人が居る可能性が高い。カケルは身を低くすると、慎重に部屋の中に入った。
スペースポート管制室は、壁面が全てガラス張りで作られていた。部屋のすぐ下は、吹き抜けになっており、階下に設置されたターミナルを一望できる。
ターミナルの中央には、1台のスペースシャトルが待機していた。カケルたちが搭乗したものと比較すると、半分以下の大きさだ。あれがサイトの話していた、スタッフ用のスペースシャトルだろう。
「入って良いぞ。此処も大丈夫だ」
部屋の安全が確認できると、カケルはサイトを中に招き入れた。
「この部屋にも、誰も居なかった?」
「いや、下を覗いてみろ」
カケルは、サイトを窓際に呼ぶと、窓から下を覗かせた。
ターミナルをよく見ると、1組の集団が歩いていた。前方に長身の男が1人、後方に3人の人影が見える。小柄な男を挟むように両脇を歩くのは、今し方交戦したA04の姿だ。
「前に居るのは、確かジァンって人だよね。後ろの人は誰?」
「リーフェイだ。リーフェイ・ソン。ガイルズさんの側近で、軍事工業部門のナンバー2。あいつもフロントラリーに来ていたのか」
前方には、UTE本総督のジァン。その後ろでA04を引き連れているのは、カケルがA-TEC社で出会ったリーフェイだった。
「ソン? ソンといえば、大財閥のソン家の人?」
サイトの発言に、カケルは目を丸くした。
「言われてみれば……、そうか。ソンっていったら、あのソン家になるのか」
カケルは顎に手を当て、改めてリーフェイのファミリーネームを口にした。以前は、侵入者騒動で気が取られていたこともあり、失念していたのだ。
ソン家とは、ハワード家に並ぶ大財閥の1つ。アジア圏を拠点とし、様々な巨大産業に名を連ねる投資家で有名だ。
「リーフェイが本当にソン家だとすれば、なんでまた軍事工業部門なんかに……」
リーフェイの立場に、カケルは違和感を感じた。
確かにA-TEC社は、世界有数の大企業だ。しかし、大財閥の息子となれば、グループ会社で働く方が有意義に思える。
「親族が多い家系だからね。黒い噂も絶えないし。もしかしたら、訳ありなのかも」
大財閥にゴシップはつきものだ。ただ、ソン家はその中でも、群を抜いて有名だ。元は中国マフィアだの、取引に汚れた金が使われているなど、挙げ始めるときりが無い。
「アキラさんのことだ、好条件があったとしか思えないな」
リーフェイがソン家であると仮定すると、A-TEC社にもリスクが伴う。ライバル企業の親族を招き入れるなど、相応の利益がなければメリットがない。
「そんなに気になるなら、どちらかに聞いてみたら? カケルはアキラ叔父さんと仲が良いし、リーフェイって人とも知り合いなんでしょ?」
なぁ、お前ってソン家の息子? カケルは、リーフェイに問いかける図を想像したが、すぐに頭を左右に振った。
「後者はありえないな。そもそも、あいつは知り合いじゃない。単に互いを認知しているだけだ」
それを俗に知り合いというのでは? カケルの妙な言い回しに、サイトは怪訝な表情をした。
「リーフェイは、俺を嫌ってそうなんだよ。しかも、出会う前から」
「あの人に何したの?」
「だーかーらっ! あいつとは、過去に会ったことがないって。何かをしようがない」
どれだけ記憶を掘り起こそうとも、無いものは無い。心当たりのないリーフェイの敵意に、カケルは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「俺もあいつは苦手だ」
「苦手? カケルが? 珍しいこともあるんだね」
敵意を向ける相手と友好関係を築ける程、カケルもできた人間ではない。リーフェイトとのファーストコンタクトは、カケルに苦手意識を植え付けた。
「話を戻すけど。リーフェイって人は、ジァンさんを護送しているのかな?」
サイトは窓の外に視線を戻すと、あの集団が何をしているのか推測した。
「その可能性は高いな。状況が状況だし、施設ごと人払いしていたことにも頷ける」
サイトの考えに、カケルも同意した。
この緊急事態だ。UTE本総督であるジァンの保護は、最優先事項に値する。リーフェイの立場上、力添えすることはおかしな話ではない。それに、ジァンを隔離し避難させるのに、この管理施設はうってつけの場所だった。
「念のため、アリアの情報がないか探っておくか。幸い、向こうは俺たちに気付いていないしな」
カケルは窓から離れると、端末を操作し始めた。そして、脳内で、脱出ポッドとリーフェイたちの調査、どちらの作業が複雑かを天秤にかけた。
「俺は脱出ポッドについて調べるから、サイトはリーフェイの方を頼む」
「頼むって、急に言われても……」
カケルの無茶ぶりに、サイトは慌ててターミナルを見渡した。
リーフェイたちは、スペースシャトルの方角に向かっている。スペースシャトルから、彼らの位置を逆算すると、1台のトーイングトラクターが、サイトの目に入った。
「会話を盗み聞きできれば十分?」
「十分だ」
サイトが考えたのは、トーイングトラクターのマイクを利用した会話の盗聴。そして、サイトはカケルの横に並ぶと、端末を操作し始めた。
「志願したのは僕だけど、1日でこんなにハッキングをするとは思ってなかった。糖分が欲しい、婆ちゃんのご飯が恋しい」
「ウメさんは甘めの味付けが得意。って、地球を出発して、まだ1日しか経っていないだろ」
文句を垂れながらも、サイトはきっちり両手を動かした。その精度は信頼に足るものだ。
カケルは脱出ポッドの情報収集、サイトはリーフェイたちの盗聴。二手に分かれ、各々が作業に打ち込んだ。
「頼む。まだ発射されていないでくれよ……」
先に目的のデータに辿り着いたのは、カケルの方だった。間に合ったことを願いながら、脱出ポッドの一覧情報を画面に表示する。
左上から順に、カケルはステータス情報を確認した。「Standby」と、使用可能なステータスが並ぶ中、最後の列に1機だけ「Used」と、赤く表示されていた。
『くそッ!』
カケルは悔しげに言葉を吐き捨てると、拳で机を叩いた。
残念ながら、カケルは間に合わなかった。アリアは既に脱出ポッドを使い、このフロントラリーを離れた後だったのだ。
しかし、驚くのはこれだけではなかった。カケルはアリアが使用したであろう、脱出ポッドの詳細情報を表示する。すると、そこには思いがけない内容が書かれていた。
「は? ソルス、3号星?」
脱出ポッドの行き先は、地球ではなくソルス3号星と表示されていた。
信じられない内容に、カケルは二度見した。しかし、何度見ても内容に狂いはない。
「どういうことだ。ソルス3号星って、いったい……」
どこの星だ? そう口にしかけたとき、カケルはあることに気付いた。ソルス3号星という名前に、心当たりがあったのだ。
いつだ? 俺は何処で、この名前を聞いた?
カケルは頭を抱え、必死に記憶を辿った。焦る気持ちを抑えながら、丁寧かつ迅速に、過去の記憶をよみがえらせる。
時間はそんなにかからなかった。
カケルは、ゆっくりと顔を上げると、隣で作業を続けているサイトに視線を向けた。
――ソルス3号星には、僕らと同じ……。
カケルが思い出したのは、サイトが大学で無断外泊騒動を起こしたときの記憶。倒れる寸前にサイトが口にした言葉が、ソルス3号星だったのだ。
「サイト! ソルス3号星について、詳しく教えてくれ!」
カケルは急いでサイトから、ソルス3号星についての情報を引き出そうとした。
「……サイト?」
しかし、サイトからの返事は無い。
サイトは画面を凝視したまま、呆然と立ち尽くしていた。その顔は青く、動揺しているのか、目が揺らいでいる。
「違う。――じゃない……」
絞り出すような声で、サイトが何かを呟いた。しかし、声は小さく、カケルは上手く聞き取れなかった。
「何? 聞こえなかったから、もう一度――」
『護送なんかじゃない!』
サイトは、柄にもなく声を荒げると、必死の形相で振り向いた。
緊迫したサイトの様子に、カケルは思わず口をつぐむ。
「彼らの盗聴に成功した、でも――」
盗聴した会話データを聞いて欲しいのか、サイトは画面に目配せをする。
カケルは、恐る恐る耳を澄ませた。すると、現在のやりとりと思わしき会話が、部屋に響き渡る。
「最後に言い残すことはありますカ?」
それは、カケルが初めて聞いたときよりも、幾分も冷たいトーンだった。独特な、落ち着いたしゃべり方。話しているのは、間違いなくリーフェイだ。




