二重セキュリティ
(で、どうするの? カケルには考えがあるんでしょ?)
A04が相手であっても、カケルは諦めない。そう確信しているのか、サイトは次の指示を待っていた。
(ちょうどこの前、シェリーさんに教えてもらったことがあるんだが――)
カケルは、先日A-TECを訪問したときのことを話し始めた。要点は、研究開発部門の見学で、Aシリーズについてに学んだこと。ヒューマノイドの構造、そして、コアに到達するまでの手順についてだ。
(通信と、本体操作による二重セキュリティね。ちなみに、本体に近付く算段はついているんだよね?)
カケルの話を聞き、サイトは作戦を具体的に練り始めた。そこで気になるのは、本体のセキュリティ解除について。警備指示を出されているヒューマノイドに対し、部外者が近寄るのは、至難の業だからだ。
(そこは、気合いでなんとか――)
カケルは質問に答えながら、通路を覗き込んだ。カケルのすぐ下には、サイトの顔も並んでいる。
さっきまでは正面を向いていたA04だが、今やその首はぐるりと回転し、カケルたちの居る方を凝視していた。
(……。なりそうにないか)
カケルはA04から視線を逸らすと、前言撤回した。
(なるわけないでしょ? しかも、僕たちが此処に居ることもバレてるし!)
A04の鋭い眼差しに、サイトは必死の形相で突っ込んだ。
A04は、軍事用ヒューマノイドだ。高性能な集音機能や、赤外線カメラが搭載されている。つまり、カケルたちが此処に着いた時点で、何もかもが筒抜けだったということだ。
「でも、こっちに来る素振りはないな。部屋の警備が、よほど大事ってことか」
A04の優先が、不審者の排除より部屋の護衛であると、カケルは推測した。
(俺たちが部屋に侵入、もしくは、攻撃を加えたら、応戦してくるってこと……ふがッ!?)
サイトは、慌ててカケルの口を塞いだ。
カケルが発言した直後、心なしかA04の視線が鋭くなった……気がしなくもない。
(ちょっと! 物騒なことを口にしないでよ。危険だと判断されたら、いつ攻撃されてもおかしくないんだから!)
高度なヒューマノイドであれば、深層学習機能が搭載されている。つまり、管理者の命令がなくとも、状況に応じて行動をとることが可能なのだ。
(悪ぃ、うっかりしてたわ)
無意識か、わざとなのか。カケルは、どっちとも取れる笑みを浮かべながら、PMCを起動した。以降の会話は、チャットに切り替えるようだ。
「相手が動かないなら、動かすまで。方法がないか調べてみる」
カケルからのチャットが、サイトの視界に表示される。
カケルは、手元と周囲を見比べ始めた。PMCに表示しているのは、施設の地図情報。そして、気になる箇所があったのか、顎に手を当て、何やら考えに耽っていた。
「俺が反対側に回り込むから、その間に通信セキュリティを頼む。ついでに囮役もOK?」
次に飛んできたチャットを読んで、サイトはギョッとした。
何がOKだ、全くOKではない。A04相手に、囮役なんて務まるわけがない。何より問題なのは、A04が構えている大型のテーザー銃。あれは、まごうことなき軍用規格だ。一端の警備が持っている代物とは、威力が段違いである。あんなものに当たれば失神。むしろ、それだけで済めば安いものだ。
サイトの脳内に、あらゆる懸念が駆け巡る。そうこうしているうちに、カケルからさらにチャットが飛んで来た。
「冗談だって(笑)やばくなったら即撤退。いいな? じゃあ、行ってくる」
冗談とはいえ、カケルの作戦に無理があることには変わらない。
サイトが慌てて顔を上げると、親指をぐっと立て、ウインクをしたカケルが居た。おそらく、サイトに止められることを予期して、強行するつもりなのだろう。
「待って! 他に案を――」
サイトが返信を送る間もなく、カケルは走り去ってしまった。
サイトは、急いでカケルを呼び戻そうとしたが、ふと、その手を止めた。
――危険を承知の上で、付いてきたのは僕だ。
サイトはチャットを閉じると、新たな行動に移した。
サイトは、黙々と両手を動かしていた。操作しているのは、PMCで投影したキーボード。カケルと別れてから今に至るまで、タイピング速度は一定を保っている。
元々、サイトはハッキングに長けていたわけではない。気になった対象物の知識を得るために、自然と身に付いた技術だ。しかし、それも過去の話だ。例の無断外泊事件をきっかけに、自粛している。だが、監視役であるカケルの依頼となれば、話は別だ。
見つけた。あとは、ここを開ければ――。
A04の解析は、順調に進んでいた。通信手段の確立に、各種セキュリティの突破。そしてついに、サイトのPMCに、A-TEC社のロゴが表示された。目的の管理メニューに到達したのだ。
ここまで準備できれば、あとは、カケルが本体のコントロールパネルを、操作するのを待つだけだ。しかし、サイトは、ハッキングは止めなかった。思いの外、作業が円滑に進んだことから、さらに侵入を試みようとした。
これまでは、A04の外部にあたる領域だった。ここからは、さらに奥――A04本体の内臓プログラムに侵入することになる。ここを掌握できれば、動作制御を自在に行えるようになる。つまり、コアを狙わなくとも、シャットダウン同等の指示を送ることが出来るのだ。
さっそくサイトは、解析に取りかかった。管理メニューを経由して、関節の接合部のような小さな穴から潜り込む。すると、数秒も経たないうちに、サイトのタイピング速度が上がった。そして、次第に表情が険しいものへと変化していく。
「なに、このプログラム……」
サイトの口から、思わず声が漏れた。視線の先には、まるで濁流の如くスクロールされる、ソースコードが表示されていた。
動いて……いや、生きてる?
サイトがいくら解析しようとも、プログラムが片っ端から書き換えられていくのだ。例えるなら、体内に流れる血流。いや、むしろ細胞の動きに近いかもしれない。1つ1つのソースが、まるで意思を持っているかのように、動いているのだ。
サイトが、いくらプログラム構造を把握しようとも、数秒後にはその原型を止めていない。その繰り返しだった。
嘘でしょ? なんなの、これ。どうやったら、こんなプログラムが作れるの!?
サイトはさらにタイピング速度を上げ、必死にA04のプログラムにしがみ付く。しかし、相手はサイトの侵入をものともせず、悠々と変化し続けた。
「内部への侵入を感知。ターゲットを特定しました」
すると、通路に冷たい音声が響き渡った。
サイトが気付いたときには、既に手遅れだった。のめり込むあまり、サイトのハッキングは、A04のセキュリティシステムに感知されてしまったのだ。
サイトは、慌ててチャットを確認する。しかし、カケルから連絡は来ていなかった。
「ど、どうしようっ!?」
この時、サイトは完全にパニックを起こしていた。状況を確認しようと、通路からつい顔を出そうとした、次の瞬間――。
バチィッ!
金属が破けたような音が、辺りに轟いた。
「ひあぁっ!?」
サイトの顔すれすれにあった壁は黒ずみ、焦げた臭いが鼻を刺す。未だ帯電しているのか、バチバチと嫌な音が木霊していた。どう見ても、気絶だけでは済まない威力である。
すんでのところで、正気を取り戻したサイトは、顔を出すのを思い止まった。あのまま覗いていれば、今頃は固い金属床でおねんねだ。
「に、逃げないと……ぐぎゅっ!?」
サイトは逃げようとしたが、足をもつれさせ、顔面から地面に激突してしまう。
「無理! 逃げれるわけない!」
サイトの体は、震えていた。軍事ヒューマノイドへの恐怖。そして今し方、テーザー銃の威力を目の当たりにしてしまったこともある。
カツン、カツン。と、A04は足音を鳴らしながら、ゆっくりと近付いてくる。速度が緩やかなことから、サイトを仕留めることは、造作もないのだろう。
サイトは逃げることを諦め、寝転がったままの体勢で、PMCを操作し始めた。可能性があるとすれば、逃亡よりもハッキングの方がまだ高い。
カウントダウンのような足音を聞きながら、サイトは必死に両手を動かした。いよいよ足音が、背後に迫り来る。
通路から姿を現したA04は、ヘルメット越しにサイトの姿を捉えていた。
なんともいえない威圧感、そして、次に来るであろう衝撃に備え、サイトの全身に力が入った。
「っ、もうだめ!」
サイトが目を瞑ると同時に、頭上でガシャンと何かが外れる音がした。サイトが反射的に視線を上げると、そこに居たのは、空から降ってくるカケルの姿だった。
「待たせたな、サイト!」
カケルは重力に身を任せると、真下に居るA04目掛けて、鉄パイプを振り下ろした。
「くらいやがれッ!!」
ガキィィィン!
耳をつんざくような、衝撃音が鳴り響く。
頭上からの不意打ちを、A04はもろに食らった。鉄パイプの衝撃に加え、カケルの体重。A04は衝撃を受けきれず、その場に崩れ込んだ。
カケルも勢いを殺しきれず、床に転がり込んだ。
「いっ……、てぇぇぇーーー!!?」
カケルは器用にも、転がる勢いを活かし、跳ね返るように体勢を立て直した。そして、すぐに腕がもげていないかを目視する。よほど痛かったのか、その目には涙が浮かんでいた。
それもそのはず、A04の装甲は、一見薄そうに見えるが、強度と軽量化を追求した合金だ。勢いでねじ伏せはしたが、折れ曲がっていたのは、カケルの鉄パイプの方だった。
『カケル! 後ろッ!』
サイトの叫び声に、カケルは咄嗟に鉄パイプを構えながら振り返った。カケルの目が捉えきれたのは、迫り来る大きな矩形。
A04もまた、体勢を戻す反動を活かし、カケルを目掛けて跳び蹴りを炸裂した。
「ぐぅっ!?」
幸いにも、A04の蹴りを受けたのは、鉄パイプだった。しかし、それでもなお、威力は軽いものではない。まるで骨が折れたような鈍い音と共に、カケルの体が吹っ飛ばされる。
頭の芯がジンジンする。腕は痛みを通り越して、もはや感覚が無い。だが、衝撃の強さとは裏腹に、カケルの意識は、はっきりとしていた。
なんで蹴られた? A04は何故、テーザー銃を撃ってこなかった?
その答えは、カケルの視界に映っていた。A04は、カケルに攻撃された衝撃で、テーザー銃を地面に落としていたのだ。テーザー銃を撃たなかったのではない、撃てなかったのだ。
そして今、A04が向かっている先に、落としたテーザー銃が転がっていた。A04の手にテーザー銃が戻れば、一巻の終わりだ。
カケルは、地面に足が着くと同時に走り出していた。しかし、カケルの瞬発力がいかに優れようとも、状況は圧倒的に不利だ。
A04は、その手にテーザー銃を取り戻すと、迷うことなく銃口をカケルへと向けた。
『止まらないで! そのまま突っ込んで!』
サイトに言われなくとも、もとより、カケルは止まるつもりがなかった。否、勢いを殺すことが、出来なかったという方が正しい。無謀で、カケルらしからぬ判断だった。
カケルは、再び鉄パイプを構えた。今度は感覚をなくした右手だけでなく、左手も添えて。
『今度こそ、くたばりやがれッ!!!』
カケルは文字通り、全身全霊の力を込めると、鉄パイプを叩き付けた。金属がひしゃげる音と共に、鉄パイプがA04の腕に直撃する。
A04は、カケルの攻撃を感知していた。転倒こそしなかったものの、その手から再びテーザー銃が落下する。
カケルは、A04がバランスを崩した隙を、見逃さなかった。お得意の瞬発力を活かし、A04の背後に回り込むと、コントロールパネルに向かって飛び込んだ。
『サイト、今だ!』
「ロック解除命令を送信。セキュリティ……クリア! いけるよ!」
『しばらくおねんねしてなっ、A04さん、よぉッ!!!』
二重セキュリティが解除され、A04のコアが剥き出しになった。同時に、すかさずカケルが鉄パイプを叩き込む。
魂の灯火が消えるような、はかない電子音が鳴り響いた。
やがて、A04の目から光が消え、その場で力なく崩れ落ちた。
「はぁっ、はぁっ……。やったか?」
カケルは荒い呼吸を繰り返しながら、足元で膝をついているA04を突っついた。
A04からの反応はない。どうやら、シャットダウンは成功したようだ。




