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スリィ×プラネット~幼馴染のためなら俺は宇宙すら翔ける~  作者: 犬鴨
第一部 カレッジ・シチヨウ
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もう1人の彼女

 レストランに、沈黙が響き渡る。

 いつもは饒舌なカケルも、今日ばかりは不自然にも、その口を閉ざしていた。


「お父さんも、この件には関わってる? ……ううん。むしろ、お父さんたちでないと、こんなこと出来なかったか」


 アリアは、カケルに質問を投げつつも、その答えが返ってくる前に、自問自答を進める。

 アリアも馬鹿では無い。すぐさま、この件はアキラだけではなく、A-TECも関わっていることに勘付いた。


「やっと、疑問が繋がった……。お父さんが、私を必要以上に監視すること、進路のことも。当たり前だよね。だって、私は本当の娘じゃないから」


 アリアが置かれていた、過剰なまでの監視環境。全ては社長令嬢だからだと思ってきたが、そうではなかった。世話係として、ヒサトが常に側に居ること、定期検診という名の、A-TECでの異常なまでの検査。そして、頑なに禁止されていたこの旅行も、今となっては、その理由に納得がいく。


「そして、カケルも」


 顔を上げたアリアの瞳が、カケルを捉えた。その瞳は、まるであらゆる感情を押し殺しているかのように、揺らいでいる。


「……違う、俺は――」


 カケルは、咄嗟に否定の言葉を続けようとした。しかし、アリアがそれを否定するように、首を横に振った。


「私が、何も知らないだけだった。ごめんね、カケルをいっぱい巻き込んだ」

「止めろ、俺はそんなつもり……、っ……」


 いっそのこと、責められた方がマシだった。しかし、こんな時でもアリアは、カケルではなく、自分自身を責めた。

 その妙な潔さが、カケルに不安を駆り立てる。

 今は、アリアを引き留めなければ……。柄にもなく、焦りだけがカケルを頭を支配する。


「とにかく、今はみんなの元へ戻ろう。話の続きは、地球に戻ってからでも――」


 カケルは、咄嗟にアリアの腕を掴もうとした。今ここでアリアを繋ぎ止めなければ、何もかもが壊れたしまう気がしたからだ。


『いやッ! 私に触らないで!!』

「……いっ!」


 伸ばされたカケルの手から、アリアは逃れるように抵抗をした。それは、カケルに対しての、初めての拒絶だった。

 さらに、不運にも手を振り払った際に、アリアが所持していたワイングラスの破片が、カケルの腕を切り裂いてしまった。

 カケルは、鋭い痛みに表情を歪めるが、すぐに片方の手で押さえると、アリアに見られないよう、その傷口を隠した。 


「あ……あぁっ……!」


 カシャン――。

 アリアの手から、血の付いたワイングラスの破片が、零れ落ちる。

 鋭利な刃物で切られた傷口は、カケルが必死に押さえようとも、指の隙間から血が溢れ出していた。


「ち、違うの。私、そんなつもりじゃ……」


 アリアは、床に落ちたカケルの血を目にしながら、その顔を一気に青ざめさせた。


「ちょっと切れただけだ。俺は平気だから――」

「私……、私が、カケルを……傷付けたッ!」


 この状況に、アリアは両手で頭を押さえ、叫び声を上げる。

 カケルは、慌ててアリアをなだめようとするが、もはやその言葉は届いていなかった。


「アリア、頼むから落ち着いてくれ! そうだ、一緒に考えよう。この状況も、これからのことも――!」

『もう嫌っ、誰も信じられないっ! カケルも、お父さんもっ、なにより自分自身が……! 何もかも、信じることが出来ないッ!!』


 アリアは何度も首を振りながら、悲痛な叫び声を上げる。

 必死に冷静を保っていたが、ついに限界が来たのだ。コップになみなみ注がれた水は、一度溢れ始めると、もはや止まることを知らない。

 アリアは涙を流しながら、カケルから距離を取るように、ゆっくりと後ずさる。


「頼む、アリア。俺の話を、聞いてくれ……」


 カケルは懇願するように、アリアに手を差し伸べた。その手は血で赤く染まっているが、気にしている余裕も無い。カケルもまた、必死だった。


「……ごめん。本当にごめんね、カケル」


 しかし、アリアから紡がれたのは、拒絶の言葉。

 その言葉に、カケルは、まるで鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を受けた。思考がうまく回らない、次の対策を打たなければならないのに、体は、まるで硬直したかのように動けなかった。


「待て……。駄目だ。アリア、行くな……!」


 カケルの瞳に、走り去るアリアの後ろ姿が映る。動揺したカケルの力ない呼び声は、アリアの耳に届くことは無かった。

 伸ばしたカケルの腕が、重力に逆らえず、だらりと下に垂れ下がる。

 本来であれば、カケルはすぐにアリアを追いかけなければいけなかった。フロントラリーの今の状況、アリアに知られてしまった真実。どれも早急に対処しなければならない一大事だ。


「ねぇ」


 俯いていたカケルの目が大きく見開く。

 背後から聞こえてきたのは、カケルのものではない、第三者の声。この場にはカケルと、アリアしか居なかったはずだ。そして、何よりも、この声にカケルは聞き覚えがあった。


「さっきの話、本当?」


 問いかけと共に、カケルの方へ近づいてくる1人の気配。

 カケルが振り返らずとも、それが誰なのか、既に理解していた。

 何故、こんな場所に? と問いたいのも山々だが、投げかけられた言葉が、全てを物語っていた。先程までの、アリアとのやりとりが、全て聞かれていたのだ。


「……サイト」


 覇気を失った声と共に、カケルは少し遅れてサイトと向き合った。

 カケルの側に居たのは、どこか動揺したように視線を泳がせるサイトの姿。


「どういうこと? ちゃんと説明してくれるよね? あの子が、アリア本人じゃない……なんて」


 アリアとの会話内容は、途切れ途切れだったが、サイトは既にあらゆること推測を終えているようだ。

 カケルには、いつものように誤魔化すという選択肢も残されていた。しかし、今日ばかりは、度重なる出来事に、もはやその余裕は残されていない。


「大方、察している通りだよ。『あのアリア』は、アリア本人であって……そうじゃない」


 カケルはサイトから目を逸らすことも無く、真実を突きつける。

 サイトには、目の前にいるカケルの感情が読めなかった。苛立ち、諦め、自暴自棄なのか。まるで全てを投げ出したかのように、淡々と答えるカケルに対し、サイトの背に嫌な冷や汗が流れた。


「アリアは、10年前のあの日……助からなかった」

「なっ……、そんなはず……嘘だ。だって――」


 そして、カケルの口から紡がれたのは、衝撃の真実。


「俺は、助けられなかったんだ。アリアを」


 カケルは、まるで泣き顔を誤魔化すように、不自然な笑顔を作ると、10年前の真相をサイトに告げた――。




 レストランから飛び出したアリアは、無我夢中で走っていた。

 一刻も早く、カケルの側から離れたかった。これ以上、カケルに見られたくなかったからだ。それは、紛い物でしかない、自分自身の姿を。

 どれだけ走り続けたかは、わからない。体に限界が来たところで、ようやくアリアは速度を緩め、壁に手をつき、乱れた呼吸を繰り返した。


「ハッ……はぁっ……。私じゃ、なかった……」


 息も絶え絶えの中、アリアは思いの丈を吐き出だした。

 顔をうつむけ、痛む胸元を、力の限りくしゃりと握りしめる。


「全部ッ! 私のものじゃ、なかったッ……!!」


 叫ぶ言葉と共に、再びその瞳からは、大粒の涙が零れ落ちる。

 それは、今までアリアが、己のものだと信じてきた感情――人格、思い出、そして、カケルへの気持ち。

 アリアは悟ったのだ、これらが全て、自身の脳にインプットされた情報にすぎないことを。そして、この体に宿る「アリア本人」の記憶なのだと。


『ふっ……、うぁ……うあぁぁぁっっ!』


 その場に崩れ落ちたアリアは、まるで幼児さながらのように泣きじゃくった。

 どうしてヒューマノイドである、自身が泣いているのか? この感情、そして涙は、一体誰のものなのか?

 その答えを、自身が知ることが出来ないと理解していても、アリアは泣くことを止めれなかった。



 声が枯れるまで、ひとしきり泣いたアリアは、ようやくその口を閉ざした。呆然とする瞳に、覇気は無く、何を考えているのかもわからない。

 そして、アリアは、涙で濡れた瞼をそっと閉ざす。どうしてそうしたのかは、アリアにも分からない。


「行かないと……。でも、何処へ?」


 目を閉じたまま、アリアは自問自答を始める。その言葉は、今後の行き先を定めているようだ。

 そして、ついにアリアは、ゆっくりと目を開けた。赤茶色の瞳は、どこか遠くをぼんやりと見つめている。


「……そうだ。私、――に、行かないと」


 アリアは、かすれた声でそう呟くと、立ち上がり、ゆっくりと前に進み始めた。




 カケルからの衝撃の告白に、サイトは、しばらく言葉を失っていた。

 それは、今まで信じてきた事実が、全て打ち砕かれたからでもある。


「ありえない……。だって、あの子はどこからどう見てもアリアだ。僕も10年前のことは覚えてる。一時的に意識を失っていたとはいえ、その後すぐに、僕もアリアの姿を見たんだ!」


 あの水難事件の後、アリアと同じく重体であったサイトは、一時的に意識不明となり、入院をしていた。しかし、それも1週間程の話だ。

 意識を取り戻したサイトは、真っ先に、幼馴染みの安否を確認した。

 カケルが、すぐにサイトの病室に顔を出してくれたことは、今でも鮮明に覚えている。そして、アリアは――。


「そうだ。アリアは、アキラさんが用意した、特別な場所で……。直接会話をした訳では無いけど、僕はこの目で、確かにその姿を確認した! 呼吸はもちろんのこと、アリアの意識は戻りつつあった!」


 サイトは、まるでカケルの言葉を、嘘だと打ち消すように、過去の記憶を口にする。それは、仮にアリアに類似した、別人を用意したとしても、圧倒的に時間が足りないということ。

 しかし、どれだけサイトが訴えようとも、カケルの表情が変わることはなかった。ただ何も言わず、静かにサイトの次なる言葉を待っている。


「そ、それに、僕は今までにアリアが怪我をしたのを見たことがある! ちゃんと血が出ていたし、この手で治療を――」


 次にサイトが証明しようとしたのは、アリアの肉体に関してだった。それは、ある1つの仮定――アリアが、A-TECによって用意された、ヒューマノイドではないということだ。


「アリアは、脳死だったんだ」


 しかし、サイトの言葉は無慈悲にも、カケルの言葉によって、否定されることになる。


「間に合わなかった。脳に酸素が届かなくなって、既に時間が経ちすぎていたんだ」


 カケルは、淡々とあの時の真相を語る。 


「だったら、『あの子』は一体……」


 サイトが、やっとの思いで声を絞り出す。


「あの子は――」


 その質問を受け、カケルは瞳を、一度地面に伏せた。


「元のアリアの肉体にインプラントの脳を持つ、『アリアとは異なる子』だ」




 インプラントの脳? カケルは、確かにそう言った。しかも、人の肉体を持った、だって?

 たった今、耳にしたカケルの言葉を、サイトは何度も脳内で繰り返した。しかし、何度考えようとも、決して理解のできないことがサイトを襲う。


「あり得ない。アリアは、脳のインプラント移植を行ったって言うの? そんな事例、聞いたこともない。今の地球中の全ての技術を駆使したところで、脳移植なんてことは実現できないはずだ」


 脳移植。それは、現在の地球の技術をもってしても、オーバーテクノロジーの領域だ。仮に、インプラントの脳を用意できたとしても、それを全身の神経につなぎ合わせるなんて、神なる所業ともいえる。


「それに関しては、俺にも詳しいことは説明できない……」


 カケルも、この点に関しては知らないのか、答えることが出来ないと、首を横に振った。


「だったら――」

「けどな、俺はあの事件の後も、ずっとアリアを側にいた。治療という名目で一時的に別れたのも、ほんの1日程度。それに何より、俺だからこそ、あの子が……アリアの体――アリア本人であることを確信しているんだ」


 それは、論理とはかけ離れた答え。物的証拠もなければ、確証すらもない。

 ただ、曇り無き眼で答えるカケルのその言葉を、サイトは信じざる得なかった。幼馴染みだから、そして、何よりカケルが、アリアの1番の理解者であるからだ。


「ごめんな、サイト。今までずっと騙してきたこと、そして――」


 サイトからの質問が落ち着いたところで、カケルは話題を今に戻す。


「俺は、お前たちとの約束を果たせなかった。アリアを救うことが……出来なかった」

「っ!」


 数年にも渡り、つき続けられた嘘。しかし、誰よりも苦しそうな表情した幼馴染みを、サイトは責めることなんて出来なかった。


「さて、そろそろ俺はアリアを追いかけないとな。質問はあるだろうが、残りは無事に戻ってからで良いか? サイトはまた、スペースポートに――」

「僕も一緒に行く」


 サイトの思わぬ言葉に、カケルは驚いた様子で振り返った。


「もう置いてけぼりなんて、まっぴらだ」


 カケルは、すかさず提案を拒否しようと口を開く。しかし、それよりも早く、サイトの決意が籠もった声が辺りに響き渡った。



筆者からのお知らせです。

お仕事で更新低下のまま、妊娠後期→出産まで終えました。

改めて、本日より更新を再開します。

育児と両立のため、更新は不定期となります。ご理解いただけますと幸いです。

(2023/6/23記 犬鴨)

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