写し出された真実
レストランから離れた場所に居たアリアたちは、カケルたちと同様に、避難を始めていた。
「人が……きゃっ!」
「フィオナ!?」
走る男性の肩にぶつかり、バランスを崩してしまったフィオナ。そんな彼女の元に、アリアが慌てて駆け寄った。幸いにも怪我まで至らなかったフィオナは、アリアの手を取ると、すぐに立ち上がった。
避難先であるスペースポートが近付いてきたのか、次第に道が混み始めていた。辺りには今日一番と言えるくらい、人の姿で溢れかえっている。慌てふためく者、文句を言わずには居られない者、そして、中には小さな子供の姿もあった。
アリアは再度、ホテルの辺りを振り返った。遠目からも見える黒煙に、何か異変が起きているのは明白だ。そして、周りの様子からも、アリアは不安を隠せずにいた。
この場に居る誰もが、余裕が無かった。そして、それは訪問客だけはない。フロントラリーの関係者も、同じだったのだ。誰もが係員を見つけては問いかけるが、その回答は一律して「わからない」の一言だった。
「フィオナ。あと少しだから、頑張ろう。到着したら、ぶつけた膝を見るからね」
「ごめんなさいね。私が鈍くさいばかりに。でも、歩けるから。早く私たちも行きましょう!」
2人は、はぐれないように手を固く繋ぐと、人の流れに沿うようにして再び歩き始めた。
『慌てなくて大丈夫です! 臨時シャトルも準備しておりますので!』
『ただ今、順番にエントランスへご案内しております! 列の後方にお並びください!』
スペースポートの中は、まさに混乱の最中だった。来たときの静寂さや、落ち着いた様子は一切無く、フロントラリー中に居た大勢の人々が、一気にこの場所に押し寄せているからだ。係員はそ大勢の群衆を落ち着かせることに必死なのか、走り回っては声を荒げている。
「アリアちゃん、こっちよ。まだ、他のみんなの姿は見当たらないわね」
辺りを探し回った末、ついに列の最後尾をフィオナが見つけた。前に何人待っているのかは分からないが、今はこの列に並ぶ他に選択肢は無さそうだ。
「私たちが一番乗りなのかな? 中に誰か居てくれればいいけど」
アリアは列から顔を覗かせてみるが、今居る場所からは、セキュリティゲートの中までは見えなかった。
このような緊急事態のため、セキュリティが向上しているようだが、列は思いの他、順調に進んでいた。これも、フロントラリーに、最新の設備が準備されているからだろう。
「次の女性の方、そのまま前にお進みください」
「私の番だわ。先に行ってるわね」
そしてついに、フィオナの番が回ってきた。フィオナは係員に誘導されるように、X線センサーを始めとした、セキュリティが張り巡らされたゲートへと進んでいった。
当たり前といっては何だが、異常が見つからなかったフィオナは、そのままアリアからは見えない、奥の部屋へと姿を消していった。
「お待たせしました。お連れの方も、前にお進みください」
続いて、アリアが呼ばれた。アリアはフロントラリーに来たときと同じように、セキュリティゲートの中を歩いて通り過ぎる。
警報は鳴らない。しかし、アリアの耳に、係員が息を呑む、不自然な気配を感じ取った。
「も、申し訳ございません。お客様、少々お待ちいただけないでしょうか」
「何か、ありましたか?」
アリアはあえて気にせず、奥に進もうとした。が、やはり後方から係員に声を掛けられてしまった。
金属探知に引っかかるものでも身につけていた? アリアは心当たりを考えてみるが、思い当たるものはない。だからこそ、堂々と係員の方を振り返った。
「警報は、鳴っていなかったようですが?」
「そ、そうなのですが……」
呼び止められた理由が分からないアリアは、苛立った様子で係員に問いかけた。それは、このような状況で、フィオナをあまり1人にしておけないという理由もある。
しかし、係員たちは、変わらずアリアを通す気は無いようだ。何やら煮え切らない態度で、話し合っているだけだ。
「こちらの方は、私の方で対応します。貴方たちは、このまま次の方のチェックを続けてください」
すると、隣のゲートから1人の男性が歩いてきた。そのはっきりとした口調からも、男はこの場を取り仕切ることができる立場の者のようだ。
「ここでは何ですので、こちらの部屋にお入りください。大丈夫です、少しお話しさせていただくだけです」
「……わかりました。でも、友人を待たせているので、早めに済ませていただけると助かります」
急に列の流れが止まったこと。それに加え、身近な番の者には、アリアと係員のやりとりは、一部始終見られていた。そのため、次第に何事かと周りがざわつき始めていた。
アリアとしても、このような混乱の中で、下手に目立つことは避けたい。だからこそ、今は男性係員の誘導に大人しく従うことにした。
アリアが部屋の中に入ると、すぐに扉が閉めらた。同時に、男性係員は、すぐさまアリアの方を振り返った。
「まずはご無礼をお詫びします。IDからも、A-TEC社のご令嬢でお間違いありませんか?」
「はい。既にご存じの通り、私はアリア・シラヌイと申します」
部屋の中は、男性係員とアリアの2人だけだった。それは、いろいろな気遣いがあってこそなのかもしれない。
そして、こんな状況だからこそ、アリアも普段とは異なり、自身の身分を隠すことなく明確に示した。
「現在、非常事態に伴い、セキュリティレベルが上がっています。そのため、各個人に対しても、危険物の検査はもちろん、あらゆる事態を推測しての、最新チェックが行われています」
男性係員は、改めて現在の監視体制を丁寧に説明し始めた。スペースシャトル搭乗ということもあり、非常事態でなくとも、身体検査などは厳しいものだ
しかし、わざわざ説明されずとも、アリアも理解していることだ。だからこそ、急いでいるアリアは、男性係員に早く要点を話してほしいと促した。
「では単刀直入に言います。どういった経緯かは存じませんが、現在のセキュリティレベルでは、『ヒューマノイド』である、貴女をお通しすることは出来ません」
その男性係員の言葉を理解するのに、アリアは数秒ほど要した。
「…………は?」
そして、ようやく出た声は、アリアらしくない、気の抜けたものだった。
2人の間に沈黙が流れる。男性係員は、アリアの返答を待っているのか、これ以上は、何かを発言するつもりはないようだ。
「ちょっと、待ってください。何を勘違いされたのかは分かりませんが、私はヒューマノイドでもなければ、れっきとした人間です」
「それでは、こちらの画像をご覧になっていただいてもよろしいですか? これは先ほど、貴女自身が、セキュリティゲートを通過した時のものになります」
しかし、アリアの予想に反し、男性係員の態度はブレなかった。それどころか、画像が表示されている、モニターの方に、アリアを誘導し始めた。
このような非常事態の最中に、この人は何を訳のわからないことを言っているの? もしかして、私がシラヌイだと分かったからこそ、何か目的があって時間稼ぎをしてる?
アリアの不信感は増すばかりだった。その内心を隠しきれず、アリアは表情を歪めた。しかし、相手はアリアに対し、直接的なことをしてくるわけでもなく、ただディスプレイを指差している。
少し悩んだ末、アリアは恐る恐る、男性の近くにあるモニターに近付いた。
「な……んですか……これ?」
その画像を見て、アリアは頭の中が真っ白になった。
モニターに映し出されてるのは、青白い人間の骨格。体格やうっすらとわかる輪郭線からも、それがアリア自身のものあることは見て取れた。しかし、その画像には、おかしな点があった。全身の至る処に、人間の骨とは異なる「何か」が写っていたのだ。
それは小さな筒状の物体だった。規則正しい形や大きさからも、明らかに人工物のように見える。それらは、肩や骨盤といった主要な関節から、指先に至るまで、丁寧に等間隔で埋め込まれている。さらに、細すぎて所々しか見えないが、そのパーツの先からは、細い線状のものが伸びていた。
「この、埋め込まれているのは、なに? 私、こんなの、知らない……!」
アリアは戸惑いを隠せないのか、その場で思わず声を荒げた。
こういった類いのもので思い当たるのは、ペースメーカーのような医療器具。しかし、この画像のものは、明らかに異なっていた。
『いやぁァッ!!?』
その後すぐに、アリアの甲高い悲鳴が辺りに響き渡った。アリアは口に手を当て、その場で力なく崩れ落ちてしまっていた。それは、アリアの視線が頭部にたどり着いた時だった。
本来ならばX線検査では、脳は画像にはっきりと写らない。何故なら、脳の成分の大半が脂質であり、内臓と何ら変わり無いからだ。しかし、アリアの頭蓋骨の中には、鮮明に写っているものがあった。
まるで本物の脳の形をした「それ」は、体の節々に散りばめられたパーツが、ぎっちりと集まって形成した集合体だった。それらからは、おびただしい量の線が飛び出しているのが見える。固まっているからか、付け根の部分だけは、くっきりとモニターに写し出されていた。脳から離れるにつれて、線は散らばっているのか、その姿を消していた。
――なるほど。本人が自覚していないタイプのヒューマノイドですか。
――先ほど、お友達と言われていた方が、貴女の管理者に当たる人物かもしれないですね。
――その方は今どちらに? この場にお呼びしていただくことは出来ますか?
男性係員は、何一つ変わない様子で、アリアに話しかけている。しかし、その声がアリアの耳に届いても、言葉までは頭の中に入ってこない。
アリアは両手で耳を押さえると、仕切りに何かを振り払うようにして、頭を横に揺らしている。
この画像は本当に、私?
音の消えた世界で、アリアはゆっくりと顔を上げた。そして、男性係員と目が合った瞬間、その恐怖は一気に現実のものとなった。
「嫌……。そんな目で、私を見ないで……」
「落ち着いてください。我々は貴女に危害を加えるつもりはありません。一度、貴女の管理者とお話を――」
男性係員がアリアに手を伸ばしたとき、アリアの恐怖心が一気に溢れ出した。
アリアは、男性の手を力一杯はね除けると、その一瞬の隙に部屋から飛び出した。
「嘘よ、こんなのっ……!?」
セキュリティゲート付近に居た係員、そして、客が驚いた様子でアリアに視線を向ける。その集まる視線の一つに、アリアと面識のある人物が含まれていた。フィオナだ。
長すぎる待ち時間に異変を感じたのか、既に彼女の元に連絡が入ったか、どちらかはわからない。フィオナは、ゲートから目の届く場所まで戻ってきていたのだ。
フィオナは、アリアに何かを伝えようとしたのか、その口を開こうとした。
しかし、アリアは今にも泣き出しそうな顔で、くしゃりと顔を歪ませると、フィオナの視線から逃げるように目を逸らす。周りから向けられる視線の全てが、今のアリアには恐怖でしかなかった。
すぐに辺りを見渡したアリアは、周りの状況を瞬時に頭に叩き込んだ。そして、人の間を縫うようにして走り出すと、一気にスペースポートの出口を目指す。
『止まってください! 誰か! あの女性の身柄を捕らえてください!』
『アリアちゃん!? どうしたの!? 待って! アリアちゃんっ!!』
後方からは、走り出したアリアに対し、制止を呼びかける声が掛けられる。
それはアリアの耳にも届いていたが、アリアは決して後ろを振り返らなかった。
「ごめん、ごめんね。フィオナっ……」
アリアは、走る速度を一切緩めなかった。それは、まるで目の前の現実や、頭に過る考えを振り払っているようにも見えた。
人の流れに逆らって、アリアは来た道を一気に駆けた。道中、人にぶつかってしまうこともあった。もしかしたら、人混みの中に、アリアの知人も居たかもしれない。しかし、アリアはそれでも足を止めなかった。
「どうしてっ……? なんで?」
走り続けるアリアの息が、次第に上がって来た。
しんどい、疲れた。胸が痛い、酸素が足りない。
しかし、今はこの疲労感すら、自分自身の存在を確かめる理由に思えてくる。
『私は……。私は、一体「何」なのっ!?』
ようやく周りに人気が無くなってきた頃、誰も居ない場所で、アリアの泣きそうな悲鳴が木霊した――。




