ずっと聞きたかったこと
真っすぐな気持ちが込められた言葉に、カケルはシャルロットから目を逸らすことも出来ず、ただじっと見つめ返すことしかできない。
俺は、今シャルロットになんて言われた? 好き? 間違いなく、シャルロットはそういったよな?
改めて頭の中で状況を整理したところで、カケルは一気に顔が熱くなるのを感じた。
「え? やっ……えぇぇっ!?」
ようやくカケルの口から紡がれたのは、言葉にならない声。カケルは慌ててシャルロットから視線を逸らすと、恥ずかしそうに手で顔を抑えている。
対してシャルロットは、珍しく取り乱すカケルの姿をきょとんと眺めた後、思わず笑い声を零した。
「や。笑わないでくださいよ。シャルロットさん……」
「だって、ふふっ! こんなカケルの姿、見たことないですもの……!」
告白したのはシャルロットだが、余裕が無いのはカケルの方だった。
カケルは悔しそうに顔を背けながらも、改めてシャルロットが自身に向けた言葉を考えていた。正直に言うと、シャルロットからの好意は気付いていた。普段の行動や発言、確信とまではいかないが、意識されていることに気付かない程、カケルは鈍感ではない。
しかし、告白されたのは本当に意外だった。シャルロットの家柄や時期的なもの、あらゆる要素を考慮したとして、カケルの予想を遥かに上回っていた。
「あー。まさか、告白……。うん、本当に驚いた」
「ふふふ。初めてわたくしが、カケルを出し抜けたかもしれませんわね?」
「また、そう言って茶化す……」
数回程、軽口を交わしたところで、2人の間に再び沈黙が訪れた。それは、この告白と真剣に向き合うタイミングになったことを物語っている。
「シャルロット。これから俺が話す言葉や気持ちに、嘘偽りはない。真剣な気持ちを伝えてくれたからこそ、俺もそれに応えたいから」
「……わかりました」
カケルは一度地面に視線を落とした後、再びシャルロットと向き合った。今度は恥じる様子もなければ、目をそらさず、シャルロットの薄紫色の瞳をしっかりと見つめていた。
「シャルロットは俺が出会った中でも、本当に素敵な女性だ。真面目で、聡明で。心から信頼できる女性だと思っている」
カケルはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。それは、カケルがシャルロットを普段からどのように見ているか。
そして、シャルロットもまた、カケルの言葉に真剣に耳を傾けていた。
「……けど、俺はシャルロットとは付き合えない。相手がシャルロットだからとか、そういう意味じゃない。今はまだ、俺自身が誰かと付き合うという考えを持てないんだ」
それは、告白の返答としては「NO」。シャルロットがある程度、予想していた答えでもあった。
そして、カケルは最後に、シャルロットに向かってはっきりと「ごめん」という言葉を告げた。
シャルロットはカケルが話し終えたことを理解すると、顔を俯けた。赤茶色の2つの髪束が、力なく地面に向かって垂れ下がる。しかし、すぐにカケルにも聞こえるような大きな声で、溜め息をついた。
「あーあ! 振られてしまいましたわー。……でも、わたくしはこれで良かったんですの。ちゃんと自分の気持ちと向き合うことが出来ました」
カケルは少し気まずそうな表情をしていた。そして、シャルロットの言葉を一字一句聞き逃さないよう、真剣に聞き入っていた。
「このタイミングはむしろ、わたくしの我が儘ですのよ。ごめんなさいね、カケル。都合の良い事ばかり言っているかもしれませんが、残りの大学生活も、今まで通りに過ごしてくださいますか?」
「あぁ、もちろん。俺もそうできればって思ってる。それに、これからもみんなと、シャルロットと一緒に過ごしたい」
シャルロットのこういった生真面目な面には、カケルは今回も救われた。義理堅いからこそ、シャルロット自身も辛いはずなのに、カケルを思いやる気持ちを忘れていないところだ。
「カケル。今の発言は、たらしっぽいですわ」
「え゛っ!? いや、でも嘘は言ってないし……。だ、駄目だったか?」
「ふふ、冗談ですわ。これからもよろしくお願いしますね、カケル」
本心を誤魔化すようなやり取りの中、シャルロットはその右手をカケルに差し出した。それは、シャルロットが今出来る、精一杯の虚勢なのだろう。
そんなシャルロットの姿を見て、カケルは思わず息を呑んだ。その時のシャルロットの笑顔が、今まで見た中で1番美しかったからだ。
「なんか、こういうのもなんだけど。俺、すごく勿体ない相手を振ってしまった気がする……」
「その通りですわよ! わたくしを振ったこと、これから沢山後悔させてあげますわ!」
シャルロットは告白したことで、少し何かが吹っ切れた様子だった。いつものような照れる様子は減り、清々しそうな笑顔をカケルにたくさん向けてくる。
カケルにとってそれは新鮮なことだった。だからこそ、今のシャルロットがいつも以上に魅力的に見えたのだろう。
そして、2人はしっかりと握手を交わした後、フロントラリーという他星の浜辺で、この話題に終止符を打った。
「ところで、次いでと言っては何ですが……」
カケルが、そろそろ戻るタイミングかと考えていた時。横に座るシャルロットが、再び落ち着きのない仕草を見せ始めた。
「でも、これは流石に――」
「俺にできることであれば、話を聞くけど?」
何か気まずいことでもあるのか、妙に煮え切らない態度のシャルロットに、カケルは言葉の続きを促した。
「では、もう1つだけ。実は、ずっと気になっていることが……。でも、それは本当にわたくしの我が儘であって、本来であれば聞くべきではないとも分かっているんです!」
「お、おう……」
妙に前置きが長いことに、カケルは一体どんな質問をされるのかと身構えた。しかし、ここまできたらその内容が気になるのも事実だ。
カケルはアイコンタクトで、怒らないから早く言え。とシャルロットに念押しをした。
「質問に答えるかは、カケルが決めてくださって構いませんからね! その……カケルとアリアのことです」
それは、ずっとシャルロットが心残りだったこと。もはや、シャルロットが気にすることではないのだが、やはり聞いておきたいということで打ち明けることを選択した。
アリア。その幼馴染の名前に、カケルは何となく、あぁ。とシャルロットの心境を察した。
「わたくしがカケルをお慕いしているからこそ、どうしても気になってしまうといいますか……。ずばり、カケルはアリアのことを女性として、どう見ていますか!?」
シャルロットはようやく吹っ切れたのか、己の頬を両手ではたいて気合を入れると、ついにその言葉を口にした。
しかし、そんなシャルロットとは正反対に、カケルの様子は落ち着いていた。むしろ、反応を示すことも無く、2人の間には長い沈黙が流れる。
しばらくして、やらかしたと思ったのか、シャルロットは顔面蒼白であたふたと慌て始めてしまう。
「も、申し訳ございませんっ! い、今のは忘れてくださいまし!? わたくしは何も言っていませんし、カケルは何も聞いていな――」
「いや、ちゃんと答えるよ。お礼……って言うのは変かもしれないけど、可能な限りシャルロットと向き合いたいから」
どうやらカケルは怒ったり、不快に感じたわけではなかったようだ。単に、考える時間を要していたのである。
そして、カケルは真っすぐ顔を向け、海の方を見つめていた。海を見ながら、カケルが何を考えているかは分からない。まるで、遠い何かを思い出すかのように、愁いを帯びた瞳をしていた。
「俺は、アリアのことを――」
「それは……本当、なのですか?」
「うん。流石にこのタイミング、しかもこんな内容に対して嘘は言わないよ、俺」
カケルは軽い笑みを零しながら、シャルロットの質問に答えた。
しかし、シャルロットは未だ信じられないのか、驚きを隠せない様子で呆然としている。どうやら、カケルの答えはシャルロットの予想とは、正反対だったようだ。
「俺は、アリアのことを恋愛対象として見ていない。これは嘘偽りない、俺の正直な気持ちだよ」
はっきりとした口調でそう語るカケルは、本当に本心を打ち明けているのか、とても落ち着いていた。
「さてと、そろそろ戻るか。思ってたよりも時間が経ってるみたいだし、みんなが心配しているかもしれないな」
お喋りというものは、時があっという間に過ぎるものだ。テラス席でみんなと離れてから、既に1時間が経過しそうになっていた。
カケルはベンチから立ち上がると、1度大きな伸びをした。そして腰を掛けたままのシャルロットをエスコートするように手を伸ばした、その瞬間――。
ドーンッッッ!!!!!
「きゃあっ!?」
「シャルロットっ!!」
シャルロットがベンチから立ち上がると同時に、大きな爆破音が響き渡った。
あまりにも大きな爆発、もしくは場所が近いのか、カケルたちが立っている地面が大きく揺らいだのだ。
バランスを崩して倒れそうになるシャルロットの体を、カケルが寸前で支える。
「何……? 今のは、一体、何ですの……?」
経験したことも無いような爆音に、シャルロットは本能的な恐怖からその瞳、そして体を震わせた。
カケルはそんなシャルロットを落ち着かせながら、すぐに辺りの様子を伺った。すると、カケルの目に真っ先に飛び込んできたのは、空へ向かって立ち上る黒煙だった。
「詳しくは俺も分からない。が、向こうで何かトラブルが起きたようだ。大丈夫だ、ここからは離れた場所だ」
現場は、カケルたちが居る場所から、数キロ以上は離れていた。しかし、咄嗟にシャルロットを安心させるために遠いと伝えたが、ものすごく離れているわけではない。
見知らぬ土地のため、そこに何があるかは分からない。しかし、黙々と空に上がる黒煙から、その場所が爆発、もしくは火災が起きているのは間違いなさそうだった。
『緊急事態発生! 緊急事態発生! お客様、ならびに関係者は、直ちに避難を開始してください!』
ファン、ファン、ファン――! 次に、耳に響くような音で辺りに鳴り響いたのは、警報音だった。
道の各所に設置された、行先案内や広告に使用されているホログラムが、瞬く間に緊急時のものに切り替わった。普段は落ち着きのある、寒色系で表示されている映像は、今や全てが赤や黄色といった、警告表示を表わしている。
「そんなっ!? カケル! わたくしたちは、どうすれば――」
混乱するシャルロットが下手に動き出さないよう、カケルは改めてその小さな手を握り締めた。そして、近くにあった避難誘導の内容を確認する。
どうやらこの場所からの避難先は、宇宙船の発着地点でもあった、あのスペースポートのようだ。
「とにかく今は、俺たちも誘導通りに避難を開始しよう。この混乱の中、下手にみんなと合流しようとすれば、最悪の事態を招きかねない。ここは素直に避難先を目指す方が、合流できる可能性は高そうだ」
理に適っているカケルの説明に、シャルロットは少し落ち着きを取り戻したのか、同意の意志をカケルに返した。そして、カケルとシャルロットの2人は、案内誘導に従いながら避難を開始した。
フロントラリーに着いてから、立て続けに嫌なことばかりが続いているな……。偶然、なのか? それにしては出来過ぎているようにも思えてくる。
カケルは顔に出してはいないが、その胸の中は不安でいっぱいだった。着々と置き始めている歯車のズレに、カケルは誰よりも怯えていた。




